昨日元ソニー現桜美林大学原田節雄氏の講演を高分子同友会例会で拝聴した。高分子同友会は高分子関係の企業幹部経営者の集まりである。高分子学会の関連団体のため材料メーカーばかりだが、高分子材料ユーザー企業の幹部社員や経営者にも魅力的団体であるはずだ。
こうした団体に所属すれば、怪しげなコーディネーターなど頼らなくても事業パートナーを探すことが可能である。コーディネーターというコンサルティング業務は便利なように見えるが、本来は、企業が自らそのスキルを身に着け事業を推進すべきで、重要なのはそのスキルの指導なり伝承で、弊社はそのメニューも用意していますのでご相談ください。高分子同友会については無料で事務局等をご紹介いたします。
ところで昨晩の講演は、「経営の本質とルールメーキングビジネス」というタイトルで、他の講師による類似タイトルの講演を写真会社在職中に聞いている。しかし、昨晩の内容は、それとは異なり、むしろビジネス交渉術や会議術、闘争術の要素に関するもので、新事業を推進するためにも参考となる経営スキル指南だった。
そもそも企業にとって新事業ではスキル不足に陥りやすい。当方も高純度SiCの事業を推進していた時にこれを痛感したが、それよりも面食らったのは、マネジメントとして怪しげなコンサルタントを何人も紹介されたことである。
ほとんどがコーディネーターであり、技術の本質を理解せず、表層の内容で不要なユーザー企業を紹介してくれる。そのたびにやらなくても良い業務が生まれ、本来の事業推進には役立たない無駄な業務をたくさんやらされた、という印象である。
さらにそのコンサルタントを雇うのに支払われた金額を聞いて呆れたのである。およそ無駄な仕事を増やしているにもかかわらず、当方の年収よりも高い金額が支払われていたのだ。当方はこの時の経験を反面教師として、担当者に無駄な業務発生が無いようなコンサルティングを心掛けている。
そのためには十分な言葉が必要になるとは昨晩の講演の内容であるが、弊社のコンサルティングを理解していただくために十分な言葉をこの活動報告で発信している。すなわち、弊社は技術の問題を表層でしかとらえられない巷のコンサルタントと異なり、技術の本質から事業というものに迫るコンサルティングを心掛けている。昨今モノづくりに不安を与える不祥事が続き不安を抱えている方もご相談ください。5月には材料の信頼性に関する講演会を予定しています。
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カオス混合という混練技術について知ったのは、新入社員の時である。防振ゴムを樹脂補強ゴム(TPEと呼ばれている樹脂と同一構造だが、射出成型できず通常の加硫ゴムのプロセスで成形体が作られる)で設計するテーマを担当したときである。
一年の予定が、たった3ケ月のテーマとなったが、開発処方は特許出願されて製品化に成功している。このテーマを担当していた時に、指導社員から混練技術の実務について濃厚な指導を受けた。
特に、パイロットプラントのバンバリーを操作し、20kgノンプロ練したゴムから100gほど使い、ロール混練(プロ練)して評価サンプルを製造した手順には驚いた。使用しなかったゴムは廃棄するのである。
大抵はバンバリー1バッチのゴムで加硫剤などを追加して10水準ほどのゴムをプロ練するので1kgほど使用するが、残りはボイラーの燃料となる。
もったいないと思ったが、指導社員は、ニーダーを使えば小スケールで練り上げることができるが、そのプロセスで最適化されても実用化の時には、今以上の廃棄サンプルが出ることになる、それが加硫ゴムの混練だ、と説明された。
すなわちバンバリーを用いたときと小スケールニーダーを用いたときでは、同一配合でも出来上がる加硫ゴムの物性が異なる、というのだ。その結果、小スケールニーダーで素晴らしい物性のゴムができたとしても、実用化できない場合も出てくるとのこと。
小スケールニーダーで製造したゴム物性が、大スケールのバンバリーを用いて製造したゴムのそれよりも悪いならば良いが、そのような結果になることは稀で、たいていは量産化で物性が悪くなり、ひどいときには実用化できない場合もある、と実験をやっているときによく言われた。
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科学の研究で行われる実験には、仮説が必ず設定されている。すなわち、実験とは仮説を検証するために行うものだ、と学校で指導される。企業でもそのような指導をする管理職がいる。研究開発の職場ではそのような人が多い。
特に、昨今の働き方改革で、仕事を効率よく行うためには実験量を減らすことができるこの仮説設定後の実験という方法は歓迎されているようだ。
これに対して、技術では基本機能を中心に実験が行われる。これを効率的に行う方法として、昔は実験計画法が採用されたが、今はタグチメソッド(必ずカタカナで書かなければいけない)が推奨されている。
ただし、基本機能の選択は技術者の責任であり、どのような基本機能を選ぶのかが重要で、そのための実験なり思考が必要になる。ところがこの部分を合理的にあるいは簡単に行う方法が公開されていない。
先日のNHKの特番は、ボーっとしていることがアイデアのひらめきに重要と報じていたので、基本機能を考えるのにもボーっとしていることが重要だ。上司はボーっとしている部下を見て注意してはいけない。ものすごいひらめきを生み出す瞬間を奪うかもしれないからだ。
ボーっとしている以外に基本機能を考え出す、あるいは決めるために科学と同様に仮説を設定して実験を行うことも悪くはないが、その実験に失敗したらどうするか。これについては昨日書いた。技術者ならばそれを否定証明に使ってはいけないのだ。
それでは、仮説設定による実験の代わりに技術者はどのように実験を行えばよいのか。それにはコンセプトを設定した実験が有効である。これが具体的にどのようなものかは問い合わせていただきたい。技術者が最初に行う実験では、仮説設定よりもこのコンセプトに基づく実験が重要である。
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ボーっとしているときにアイデアがひらめく、とはNHK特番から学んだ役に立つ情報の一つだ。最近は、電車に乗るときに本を読むのをやめて、ボーっとしている。ところが座ってボーっとしていて眠ってしまい乗り過ごすミスをした。
こうなると、アイデアのひらめきどころではない。役に立つ情報のはずが、ミスを誘発するとんでもない教え、と評価が変貌する。人間とは勝手な動物である。ボーっとする行動は、「ながら」でしない方がよい。特に自動車の運転では要注意。老人の事故や違反は厳しく批判される。
実は、ひらめき以外にアイデアをひねり出す良い方法がある。昔ベストセラーになったカッパブックスの「頭の体操」という本にもいくつか書いてあった。それらを実践してみて、良い方法と納得していた。これらは現代の脳科学でどのように説明されるのか知りたい。
さて、写真学会から賞を頂いたゾルをミセルに用いたラテックス重合法は、当方のアイデアを引き出すコーチングにより当時の部下が発明した技術である。面白いのは、その部下以外は皆コーチングの過程で否定証明を展開していたことだ。
積み重ねられた否定証明の山に当方もうんざりしかけたが、その部下は突然、あっと叫び実験室から当方の提案していた「あるべき姿」のラテックスを持ってきてくれた。それは、コアシェルラテックスの検討過程で実験に失敗したサンプルだった。
ある目的でゴールを目指して実験を行い失敗をする。しかし、その失敗で気にかかる現象があれば、コンセプトを現象に合わせて見直し再評価する作業は、技術開発で現象から機能を取り出したいときに、アイデア創出法として有用である。
これは、科学でいうところの仮説の見直しとは少し異なる。何故なら、実験の失敗が否定証明として使われることからご理解いただけると思う。
技術では、目の前に起きた現象を失敗ではなく、新たな現象として捉え、そこから機能を取り出す行為を実行する。すなわち、実験に失敗してもそこに新たな機能が生まれていないのか、現象そのもを見直す。科学のように失敗を前にしてロジックを見直すのではない。
コアシェルラテックスの開発では、コアとして用いたシリカにラテックス成分がシェルを形成するようにうまく巻き付かず、単なるラテックスとして合成される現象が、たびたび起きていた。科学者はこれを実験の失敗としてとらえるが、技術者は、シリカの新たな機能としてとらえるのである。
製品化が迫っていたので、ゾルをミセルに用いたラテックス重合法として特許出願、量産立ち上げを急いだ。某学会賞を受賞していたコアシェルラテックス技術を用いた製品よりも品質の高い新商品を開発できた。
これは、コアシェルラテックスよりもゼラチンを変性する機能が優れていたからである。その後、ゼータ電位の測定はじめ、ミセルとして機能しているのか科学的な分析を三重大学川口先生のご指導を頂き実施し、その発現を確認できた。この成果は学会等で発表している。
このようなことは書くべきではないかもしれない。写真学会では、高靭性高弾性ゼラチンの開発成果として賞を頂けたが、新しいラテックス重合法として臨んだ高分子学会技術賞の審査会では某先生から当たり前と批判され受賞を逃がした。
ところがその二年後、界面科学に関する科学雑誌で他の研究者からも、世界で初めてゾルをミセルとして用いた現象の紹介がなされた。それで、高分子学会の審査員の某先生は不勉強だった、と理解した。
アカデミアには、企業の失敗で得られた技術に対し新しい現象と捉え真摯に対応される先生がおられる。技術者はこのような先生を尊敬するが、自己の権威から新しい現象を前に笑い飛ばすような先生を愚かと思う。科学の手法が見直されるべき時代と感じているので、厳しい書き方をしている。
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カオス混合のアイデアは、PPS/6ナイロンをマトリックスに用いた中間転写ベルトの押出成形を眺めていて、成形終了時の音の変化からひらめいている。ひらめきは一瞬だったが、しかもその一瞬は、ぼーっと眺めていたときなので、NHKの特番で山中博士が説明されていたアイデアがひらめく瞬間そのものだ。
しかし、このアイデアがひらめくまでに、30年近くの年月がかかっている。カオス混合について教えてくださったのは、ゴム会社に入社したときの、神様のような指導社員だった。
ただしカオス混合がどのような混練技術であるかを習ったが、どのように実現するのかは、教えていただけなかった。さらにそれを考えるのが当方の仕事と言われていた。そのような指導だったので、業務が代わり、指導社員が女性に代わっても、カオス混合の実現方法を考え続けた。
すなわち、材料開発においてプロセシングの機能に力点を置き技術を眺める日々となった。材料のプロセシングについては、化学工学あるいはプロセス工学という分野である。今、たいていの大学では独立した化学工学の講座を開設している大学は少なくなったが、工学としてアカデミアで扱うべき大切な分野だと思っている。
しかし、その学問分野は学際的であり、アカデミックな扱いが難しいのかもしれない。また、その昔学んだ時に機械工学とどのように異なるのかその差異が不明確だったように、アカデミックは何を研究したらよいのか理解していなかった可能性がある。
プロセシングは単なる装置の学問ではないのだ。材料がその過程で様々な変化をしている。すなわち材料の機能を生む出すため、作りこむための機能の学問でなければならない。このような視点を本来は大学で学びたかったが、残念ながらゴム会社で学ぶ以外に方法がなかった。
ゴム会社の最初の指導社員は、レオロジーの解析を電卓一台で常微分方程式を解きながら進める理論派だった。それゆえ形式知に関して厳しかったが、プロセシングがどのようなものであるかは経験知として指導してくれた。
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老化防止剤やワックスその他の配合剤を用いないゴムがどのようなものかは教科書を読んでいただきたいが、形式知や経験知の観点で実用性のあるゴムなどこのような処方で製造できない。
一方、界面活性剤で問題解決できない、と形式知の観点で完璧な結論が出ていた問題に対して、どうしてまた界面活性剤のアイデアがひらめいたのか。それは、当方がこの増粘問題を界面活性剤で解決できない、と結論された否定証明を知らされていなかったからだ。
さらにその後当方の界面活性剤技術を特許として出願しているが、その特許を書く時でさえ界面活性剤という言葉を使うな、と指示され、そこではじめて研究報告書の存在を知らされた。仕事を開始して数か月過ぎてからである。
この界面活性剤で解決できないという完ぺきな否定証明をお手伝いの依頼されたときに読んでいたら、アイデアなど浮かばず一晩で結論を出せなかった可能性が高い。それでも、配合剤の入っていないゴムというものが耐久性のないことを即座に説明するような無思慮な対応は、しなかった。
しかし、情報を知らされていなかったことが、素直なアイデアのひらめきと、それを確認する実験につながった。そしてこの実験結果は、一年もかけて研究したのに隠されていた報告書の内容を完全にひっくり返すような結果だったので、相手を怒らせたのかもしれない。さらに、その結果はたった一回の一晩静置するという簡単な実験からえられていた。
今冷静に考えるとこの時のマネジメントは極めて稚拙である。当時当方は一般的な職位でいえば係長の役職にいた。そのような立場の者に対して、ただ黙って仕事を手伝え的な依頼の仕方は非常識だろうし、少なくとも同じ社内で同じテーマを担当する研究者にテーマに関する情報をすべて開示しないという秘密主義もおかしい。
その非常識な依頼に対して、当方は臥薪嘗胆し、静かにそして謙虚に実験結果を示したのだが、このようなお手伝い依頼の背景では、否定証明をひっくり返したような実験結果となって、せっかくの忖度も、「モリカケ問題」同様に悪い状況を生み出してしまった。ゆえに忖度をしなくてもよい組織が理想であり、これはドラッカーの遺言でもある。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子
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高純度SiCの事業化を一人で推進していた時に、電気粘性流体の増粘問題が研究所で大きな問題として扱われていた。これは、その後当方が界面活性剤で解決した問題だったが、当時優秀な人材が一年かけて界面活性剤では問題解決できない、という結論を科学的に出していたのでややこしい。
ただ、この結論は電気粘性流体を実用化するときに避けられない問題であり、その解決策と問題そのものは極めて重要な形式知と位置づけられ、社内でも機密扱いにされ、本部内の報告会でも扱われなかった。
そしてこの電気粘性流体の増粘問題を解決するため、界面活性剤では問題解決できないという結論を出したメンバーにより、電気粘性流体を増粘させないゴム材料の開発という新たな企画がなされた。
その企画のお手伝い役として当方に一部仕事が回ってきた。住友金属工業とのJVを進めようとしていた頃だったので、何とか断りたかったが、本部長命令だという。高純度SiCの事業化は、本部長が交代した時に、どうでもよいテーマになっていた。
ただ、この時どうでもよいテーマになってはいたが、一年後には、当方の転職の決断で大きなテーマになり、現在まで事業がつづいている。電気粘性流体の増粘問題が、転職問題に変わったのは、このお手伝いがきっかけだった。
お手伝いを言ってきた人に、配合剤が電気粘性流体のオイルに抽出されないゴム=配合剤の添加されていないゴムという意味か尋ねたところ、それに近いという。すでにオイルに抽出される添加剤は解明されているので、それらを用いなくてもよいゴム(加硫剤も入っていないようなゴム)を開発するのだ、と真顔で、少し考えれば間抜けな説明をそのリーダーはしてくれた。
どこが間抜けかはここで詳しく書かないが、反射的に、増粘した電気粘性流体を欲しい、とお願いした。そんなものは実験室にたくさんあるから自由に使ってよい、と言われたので、耐久試験時間が一番長くヘドロの様なもっともひどい状態の電気粘性流体を頂いた。
そしてそれらを300個程度サンプル瓶にわけて、それぞれのサンプル瓶に手元にあった界面活性剤を一滴ずつ添加し、サンプル瓶をよく振ってから一晩放置した。翌朝配合剤の添加されていないゴム開発というテーマを担当しなくてもよくなる、素晴らしい結果が得られていた。
すなわち、電気粘性流体の増粘問題を解決するアイデアは、お手伝いを頼まれた仕事がゴムの常識から考えてあまりにもばかげていたので、ショックであきれた瞬間にひらめいたアイデアである。
常識にとらわれないアイデアとは、実現可能性が明らかに存在しないときに、それを聞いた人をびっくりさせる。しかし、それが素晴らしい内容の時には感動を呼びおこすが、ほとんど苦労してよく考えていないと思われるばかげた内容の時には、相手を忖度した行動を引き起こす。サラリーマンとして、150年以上のゴムの歴史から考えるとばかげた企画だと即座に断れなかった。
カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子
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科学者は科学という哲学を頼りに仕事をしているが、技術者は第六感も含めたすべての感覚を働かせながら自然を眺めている。この時必ずしも科学という哲学は必要ではない。
科学者と技術者とがコラボした結果、うまく発展している分野がある。高分子である。当方が大学で高分子を学んだ時に一次構造、すなわち分子レベルの構造が重要と習った。
また、高分子の歴史的認識において、その分子の大きさが着目されてきたこともあり、ノーベル賞を受賞したフローリーの研究もずばり高”分子”に関する基礎研究であり、実用性の乏しい研究成果だった。
この一次構造に対して高分子の塊として現れる現象や機能性については、おおざっぱにとらえられて高次構造と呼ばれていた。
DNAの二重らせんを二次構造と呼ぶ科学者もいたが、当時はこれも高次構造の一つとして扱われた。
研究の着眼点として高分子を階層的に取り扱おう、という動きが出てきたのは技術者からである。技術者が高分子の機能と高次構造の関係の重要性に気がつきアカデミアへ相談するようになったのである。
当方が社会に出た1980年前後のころ、企業の技術者はすでに高分子を階層的にとらえていた(注)。アカデミアでは一次構造と高次構造だけであったが、技術者は、高分子材料物性の細かい機能性を取り出す必要性から、自然とその階層性を問題にしなければいけなくなった。
このモノの見方にアカデミアが飛びついたのだ(注2)。2000年の精密制御高分子プロジェクトや、20世紀末に行われた土井プロジェクトは高分子の階層性について一定の成果を出した重要なプロジェクトである。
高分子物理は、多少のおおざっぱさをその論理に認めつつ、素粒子物理とは少し異なる哲学で発展している科学として稀な分野である。
一方技術者は高分子物理の科学体系がうまくできていなくても自然を経験知や暗黙知で階層的に眺めることにより、上手に機能をそこから取り出すことに成功している。
(高分子科学は技術を科学が追いかけている状態だ。当方の開発したカオス混合機の機能については、いまだに科学で説明できない。しかし、この装置を使うとポリマーアロイをナノオーダーで美しくできる。当方が自然現象眺めていたのは科学という哲学とは異なる方向からで、それを具現化したのがこの装置である。)
恋は人を盲目にして既婚者も独身者も区別せず許される、というのが瀬戸内寂聴氏の見解であるが、仏教も科学同様の倫理と異なる哲学なのだろう。倫理という人の自由を束縛する考え方を排除しているのかもしれない。
高分子科学者はその昔、素粒子物理学者と同様に高次構造を区別せず細かくなる方向で眺めていた。しかし、40年ほど前まで一次構造を重要と言っていたことを忘れ、今はその階層性に心をときめかせている。
(注)当方の新入社員時代に担当した樹脂補強ゴム(一年間のテーマだったが)では、最も高次の構造は、ゴム相で島が形成され樹脂相で海となっていた海島構造が観察された。さらにその下位の構造として樹脂の結晶性が物性を支配していた。さらにゴムの架橋密度も他の力学物性に効いており、この階層性と機能の関係が商品設計の重要なツボであり、これを3ケ月でまとめた。指導社員は大変優秀な人で午前中座学で形式知の伝承を、午後は実技で経験知の伝承という指導方法だった。指導社員は定時退社される人だったので、翌朝までは自分の暗黙知を蓄積する時間となった。
(注2)セラミックスフィーバーで固体物理の分野が急速に発展した。強相関物質という概念が誕生し、これを高分子に応用した、という説もある。しかしセラミックスと高分子の両者の研究をしてきた立場から見ると、固体物理の強相関物質という分野をご存じない先生もおられる。それゆえ科学という哲学の視点よりも技術者の影響が強いと思っている。
カテゴリー : 一般 高分子
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文春砲など標的にしないだろうから、科学者が倫理観を喪失する問題を今日も少し書いてみる。当方は技術者だが科学者にあこがれたこともあり、科学者が不倫と意識せず論文不正に手を染めてしまう理由がよくわかる。
まず科学者と技術者の根本的違いをのべれば、科学者は自然を論理で支配しようとするが、技術者は自然を生活に役立てようと活動する。この違いからくる倫理観の差異は大きい。技術者は人類の幸福という問題をどうしても考える必要に迫られる(注)。
また、素粒子物理学の進歩を見れば明らかなように、技術者にとって原子や分子レベルの機能で十分だったにも拘らず、さらに細かい粒子の存在を科学者は技術者に提示した。その結果、技術者にしてみれば、そこから生まれる機能をどのように使うのか悩まなくてはならなくなった。
ただし、技術者は粒子であることを知らなくても、すでにその機能を活用していたので、科学者の成果物で余分な仕事を増やされたような気持ちになった者も技術者にはいると思う。
それだけでなく科学者はさらに細かいレベルまでつき進んでいった。その果てがどのように人類に役立つのか考えず、ただひたすら論理の導くままにコストがどれだけかかろうが、とにかく果ての果てまで論理の支配のもとに進んでいった。そして、その行為に倫理観は必要ない。
おそらく今や論文に書かれていることが本当に正しいかどうかがわかる技術者はいないのではないかと思われるレベルまで、素粒子物理は進んでいる。論理の正しさを確認するために実験が必要になってくるが、その実験でさえも正確な論理で裏打ちされた実験が必要となり、誰が見てもその正しさを理解できる状況ではなくなった。
だからほんの少しのデータの改竄でも論文不正として取り上げなければいけない、と科学者は考えるようになっていったのではなかろうか。ところが、論理で自然を支配しようとして行き過ぎると実験データを改ざんしたいという動機が生まれる可能性がある。
かつて生データの手動SN比改善など日常茶飯事の時代もあった。気に入らないシグナルをノイズの中に埋めることなど、卒論提出期限が迫って無意識にやっているのを目撃したこともある。一方ノイズのような信号のX線チャートを見て結晶に基づくピークと主張した大学教授もいた。
この点に気がつくと、科学者は不倫と紙一重のところで仕事をしている職業だと理解できる。ときめきだけで突っ走っていると、生臭坊主の説話をごもっともと聞かなければ救われない事態になる恐れがある。
人間は罪深い生き物かもしれないが、さらに罪を増やさない努力が幸せを約束する、と考えてほしい。不倫は文化だといったふとどき者もいたが、瀬戸内氏の言うような不倫など当たり前の社会にしてはいけない。転ばぬ先の杖として、特に科学者は倫理をよく学び不倫をしないように努力しなければいけない。
(注)今社会問題になっている企業の品質管理部門で行われているデータ改ざんは、一部の人の幸福だけを願った結果、と捉えることができ、技術者の行為ではない。技術者は誰もが幸せを感じるよう努力する職業なのだ。
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昨日のアサイチで瀬戸内寂聴氏が、不倫とは雷に打たれたようなもので私も何度もしたわ、と言われていたが、不倫による被害家族のことを考えていない。独身女性が妻帯者の男性に簡単にときめいてもらっても困るのだ。
瀬戸内氏は源氏物語も不倫を描いた名著とその痴性の歴史も語っていた。その他、恋にときめくのは女性の性の様なもの、とどこかで読んだような気がするが、科学者は自然現象にときめき、それが研究のモチベーションにつながる。それゆえ、瀬戸内氏の話を聞いているとその活動は不倫と同じように見えてくる。
同じ雷に打たれたような喜びならば、研究活動のほうが、よほど社会のためになる。文春砲は不倫だけでなく予算の少ない中で基礎研究に打ち込んでいる研究者の喘ぎも扱ったら面白いと思う。
山中博士が胸を痛めたのは、この科学者の性に気がついていなかった反省からかもしれない。瀬戸内氏との対談を組んだら面白いかもしれない。何故彼は簡単に辞職せず、給与返上としたのか。科学者としての心の問題が分かるとその行動を理解できる。
たびたび起きる論文不正は、不倫同様に倫理の視点で科学者を教育しなければ、無くすことができない。瀬戸内氏同様に、私も昔は論文不正をやったわよ、という老科学者は多いはずだ。デジタル機器の無い時代では、データをロットリングを用いて手書きしていた。
論理的に出てもらっては困るノイズで汚れたアナログ信号のチャートを論文用に書き写すときに、頭の中でSN比の改善を行っていた研究者は多いはずだ。例えばNMRは、ノイズの中から信号を拾い出さなければいけない時代があった。家族の存在を忘れて不倫に走るように、そのノイズを忘れたかのようなチャートが書かれた論文のあふれていた時代がある。
グラフのわずかな歪曲も許されず、今や大学の研究者の中には、桃色吐息をしのぐ青色吐息で生活保護まで受けなければいけないような人も出てきた。自分で選んだ道だから自己責任と言ってしまえばそれまでだが、少し政府や国会議員は、現在の文部科学行政を見直した方が良い。
iPS細胞の論文不正では研究者の収入の不安定さが事件を引き起こしたように報じられたが、実態は、そうではないはずだ。論文不正をやってしまう科学者の性が原因と当方は思っており、そこにスポットをあてて文春砲がさく裂したら面白いと思う。
実は、科学者という職業は、時として倫理観を喪失するような、人間の欲望が原動力となる職業である。換言すれば倫理観など忘れ、論理の美しさとその美しさの中で自然現象を捉えることができたときに、科学者は知的な支配欲を満たされたような言い知れぬ恍惚感を味わう。
当時600万円前後で熱天秤(測定上限1200℃)が買えた時代に、品質管理をするためにSiC生成機構を正しく知る必要に迫られ、2000万円かけて測定上限が2000℃の熱天秤を自作した。
その熱天秤で当方の合成した低コスト前駆体を分析したところ、世界で初めてSiCの反応機構が解明され、一瞬我を忘れ、出力されたチャートをみながら恍惚感に浸っていた。今から思えばそのトキメキは、脳科学の成果によると不倫と変わらない。ただし、この場合は倫理に反することをしていない。
ところが、周囲からは2000万円かけて熱天秤を自作したことについて、いろいろ言われた。趣味で仕事をしているとか、学会発表のためとかは、まだ我慢できたが、2億4千万円投資された金を好きなように使っている、と言われたときには傷ついた。
「分子レベルで均一に混ざっていることを固形の状態でどのように品質保証するのか」、という問題は、均一固相反応の取り扱いが反応速度論を用いてできる、という科学的な証明を用いると最も確実にできる。
量産プロセスにおいて抜き取り検査により1時間熱分析を行えば、すぐに判定できる。数値ではなく、熱重量分析で得られる曲線の形状が品質保証データなのでねつ造のしようがない。
顕微鏡で相分離していないことを確認するのも一つの方法であるが、生産はマクロ的な行為であり、その品質保証では一定量の大きさでその均一性を保証できる必要があった。ミクロ領域の情報しか得られない顕微鏡だけで量産性を判断するのは、危険である。
科学ではミクロ領域における情報で証明できれば論理を構築できて、それで仕事は終わるが、技術では、ミクロからマクロまでうまく機能しているかどうかの視点が求められる。これは科学と技術の相違点だが、技術者は均一固相反応で解析できる結果が得られたからと言って恍惚感に浸っていては許されない。量産出来て初めて喜ぶべきストイックな職業である。
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