ホワイトボードの図は、コロイド科学の知識を単純に展開すると簡単に否定される図であった。しかし、コーチングのストーリーを考えていた時に、科学的にはナンセンスな図だが、条件が揃えば実現できる現象ではないかと考えた。
すなわちこれは、機能の実現方法を思考実験であれこれ考えて思いついたヒューマンプロセスの成果である(詳細は弊社インフォメーションセンターへ問い合わせて頂きたい)。
コアシェルラテックスの合成過程でこの現象は生じると思われたので、担当者を集めて図で彼らの思考に刺激を与えたのである。ゾルをミセルとして用いるラテックス重合技術はこのようにして1993年に生まれた。ただし科学雑誌に他の研究者の報告が初めて掲載されたのが2000年なので7年早く世界初の技術が非科学的プロセスで生まれたことになる。
また、科学雑誌の研究報告では、ミセルができているところまでの論文内容だったが、写真会社ではそのミセルを活用してラテックス重合するところまで技術を完成していた。
世界初と緒言に書かれた外国人の論文が発表された直後に推薦された技術賞では学会により対応が異なった。ゾルをミセルに用いるのは技術ではない、とアカデミアの先生に否定され高分子学会賞を逃がしたが、高靱性ゼラチン技術として写真学会ではゼラチン賞を受賞できた。
一度技術ができるとその証明を科学的に行う事は容易である。しかし、技術を生み出す過程について科学的に示すことは大変難しい。この技術開発で幸運だった点は、特許回避するために膨大な数の実験を行っていたことである。しかも特許には書かれていない条件で。
コーチングを行うときには、後者も着目した。すなわち特許に書かれていない条件ではコアシェルラテックスの合成は大変難しくなる。なぜ難しくなるのか、という点とそれを克服するために担当者はどのような実験を行うかを考えてみた。
そしてきっと失敗作の中にうまくゾルでミセルが形成された場合があるのではないか、と「想像」した。うまく安定なミセルができれば後はコアシェルラテックスよりも簡単である。単なるラテックス合成実験となる。
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靱性の向上手段としてコアシェルラテックスが科学的に考え出されたのだから、それを開発することこそ近道、という考え方が当時主流を占めていた。これは一つの戦術であって他の戦術も検討すべきだ、といっても言葉の遊びとして片付けられた。
担当者を集めて戦略から再検討させてみた。目標仮説は、シリカが凝集すること無く分散し、ラテックスも同様に分散している構造を有するゼラチンが高靱性になる、ということで一致した。しかし、その実現方法となるとコアシェルラテックス以外アイデアが出てこない。
ホワイトボードに目標仮説の図を書いてみた。担当者の一人がコアシェルラテックスの合成に失敗したときに、そのイメージどおりのものができている可能性があると発言した。さっそくその実験を再現し、そこへゼラチンを添加して薄膜を作製してみた。すると驚くべきことにコアシェルラテックスで補強したゼラチンよりも靱性が高いゼラチン膜ができた。
実際にはコーチングプロセスにもう少し時間をかけたが概要は上記であった。高靱性ゼラチン膜ができたとき、皆半信半疑だった。当方は可能性を信じていたのでコーチングで担当者を成功へ導くことができた。
コロイド科学の観点から否定される図を書いたところ、それに触発されて実験の失敗例を思い出し、それを追試したところゴールにたどり着いたのである。この問題解決プロセスは科学的ではない。
さらに、ホワイトボードに書かれたシリカとラテックスが凝集しないで分散している状態は、ゼータ電位の不安定性を考えると、科学的にナンセンスな図である。しかし、この科学的にナンセンスな図が、科学的に取り組んでいては絶対に発想できない新しいアイデアを生みだし開発を成功に導いたのである。
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問題を抱えている現象があったとしよう。その問題が困った現象を引き起こしている事が明確ならば、すぐにその問題を解決しはじめる。しかし、意思決定された目標があり、その目標に至る過程でその問題を含む現象を避けて通ることができるならば、迂回路を探す問題を新しい問題として解いても良い。
目の前の問題を解決するのか、迂回路を探すのか、これは戦術論である。多少の問題については目をつぶるという戦略であれば、戦術として迂回路を探す問題に精力を注ぐことになる。ドラッカーが言うところの「何が問題か」という問いに正しく答えるためには、戦略がまず必要である。
写真会社へ転職したときのテーマに超迅速処理技術というのがあった。これは感材の現像処理時間を短くする技術である。現像処理時間を短くするためには、フィルムを早く搬送する必要がある。また湿式現像では、素早い乾燥技術も重要になってくる。いずれもバインダーに使われている脆い材料、ゼラチンにとって厳しい課題である。
脆い物性を改善する技術として、シリカをコアにしてラテックスを殻のようにシリカのまわりに合成する技術、コアシェルラテックス技術が登場した。シリカのまわりを柔らかいラテックスで覆っているので、シリカが凝集すること無く、硬さと靱性を増すことができる技術と言われた。但し問題は多数の特許がライバル会社から出ていたことだ。
このような状況で技術者は、どのように特許を回避し新しいコアシェルラテックスを開発するのか、という問題を取り上げがちである。しかし目標は脆くないゼラチン、靱性が向上したゼラチンを開発することである。
戦略としてシリカとラテックスを用いて脆くないゼラチンを創り出すことが決まっているのであって、コアシェルラテックスを開発することが戦略として決まっているのではない、ということに気がつく必要がある。
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弊社が販売している問題解決法の考え方をwww.miragiken.comで少し紹介した。
このサイトで物語の最初に問題解決法を扱った理由は、ドラッカーの著書「ネクスト・ソサエティー」に述べられている、誰も見たことのない未来が始まる、という言葉に触発されたから。
以前この活動報告で、科学的問題解決法の限界について書いた。技術者として20世紀末を過ごしたが、すでに未来の不透明化は始まっていた。
業務で既存の問題解決法を用いても解けない問題や、まぐれ当たりの体育会系の直感的な問題解決法の威力を見て、新しい問題解決法の必要性を感じながら業務を遂行していた。
ドラッカーの書物から問題設定の大切さを学んでいたが、問題の解き方や問題設定の方法論はドラッカーの著書に書かれていなかった。世間にも当方の問題意識に答える書物は存在しなかった。「問題学」が話題になったりもしたが、ドラッカーの言っていることの二番煎じのようだった。
科学的方法論を否定はしないが、科学的方法論で対応できない問題があることを経験的に知ると科学的方法論と共存できるあるいは両立できる非科学的な方法論が欲しくなる。
35年の技術者生活でおぼろげながら見えてきた方法論をまとめてみた。そのイメージをwww.miragiken.com のHPで一部を探偵物語の比較で紹介した。
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タグチメソッドを用いると実験工数を削減でき合理化できる、という誤解がある。KKDと一因子で実験を行い、ロバストの低い商品を市場に出し、クレームが来てから手直しを行う開発のほうが、初期の研究開発期間を短くできる。意図的にそのような開発をやっていると思われる商品も世の中には存在する。
ゆえに単純に開発工数の削減という視点でタグチメソッドを捉えるとがっかりするかもしれない。タグチメソッドの利点は、ロバストの高い品質を実現できる効率のよい開発法という特徴である。
市場で多くの実績があり、どのような因子がロバストに影響するのかノウハウがある場合には、タグチメソッドは面倒な開発手法に感じる。多くのノウハウがある場合には、タグチメソッドは不要かもしれない。
それでもなおタグチメソッドを使う理由は安心感である。同じ技術を新製品用に開発しているときに、タグチメソッドは退屈な実験になる。予想したとおりの最適条件が得られ、再現実験も問題なく終了し、技術が完成する。タグチメソッドがムダだったわけではない。類似結果が得られたことに安心すれば良い。
システム選択は技術者の責任で行われるが、非科学的に選ばれたシステムが正しいかどうかは実績を積み重ねて信頼性を上げてゆく以外に方法はない。もしそれが科学的に正しいと証明されたシステムでも市場のノイズをすべて実験室で確認することは不可能なので、やはり実績を積み重ねることが重要になってくる。
科学では、科学的に行われた実験でたった一つの真実でも示されたならば、それがゴールとして価値が高くなる。技術では、システムの機能が市場で安定して発揮された実績が積み重ねられて初めて価値が出てくる。
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基本機能の選択は技術者の責任で、その研究こそ重要だ、と田口先生は言われた。実は基本機能がわかっている状態は、機能の実現手段が明らかになっていることであり、そうでない場合には、基本機能のSN比を求めることができないので、タグチメソッドによる問題解決ができない。だから研究が必要になるのは当たり前だ。
機能の実現手段が不明の場合の問題解決をどのように行うのか。過去に科学的にこれを行う方法としてTRIZやUSITがもてはやされた時代があった。しかしTRIZやUSITは、科学的ではあるが、科学的ゆえに科学で解明されていない機能実現方法を導き出すことができない。科学的ロジックで進めるロジカルシンキングでも同様である。
科学的に解明されていない機能を「すべてを科学的に行い開発できる」というのは矛盾を含んでいると思う。しかしこの矛盾を理解できない人もいる。32年間の技術開発人生で何度も出会い、その度に非効率的な仕事をしなければいけなかった。またやりたくない否定証明を業務としてやらなければいけないときもあった。
科学的に解明されていない機能をもし使用したいならば、非科学的プロセスで問題解決し、技術を用いて機能を創り出すのが手っ取り早い。なぜなら多くの学者が科学的に取り組んできて解決できていない現象を、凡人に一朝一夕に解決できるはずがないからだ。
また、これまでの科学分野におけるイノベーションが科学的に導き出された成果ばかりではないことに気がつくと、非科学的プロセスの重要性を理解できる。「非科学的プロセス」を科学的に管理(注)し誰でも同様の成果が得られるようにできれば、それはイノベーションを起こしうる汎用的な問題解決法と思われる。
話がそれるが、タグチメソッドについて田口先生におそるおそるこのような考え方でタグチメソッドは非科学的ではないか、と質問したら、田口先生は穏やかにタグチメソッドを応用してゆく過程で非科学的なところが出てきても基本機能が正しければそれで良い、と言われていた。あくまでタグチメソッドでは基本機能が命なのである。
(注)これは矛盾を含んでいない。非科学的プロセスの節目を科学的手段でチェックすることはできる。そうすれば、真理は一つなので、通過点における判断の正しさを確認できる。全体のプロセスは非科学的でも成否が分かれるプロセスの分岐点を科学的に管理できれば、効率良くゴールにたどり着ける。iPS細胞のヤマナカファクターはこのようにして発見された。
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科学的に商品のスペックを記述し、それを用いて商品の品質管理を行う事が難しい場合がある。高分子の難燃性もその一つである。ゆえに高分子の難燃性という機能の品質管理では、それぞれの業界で推奨される方法、各種難燃性評価規格が決まっている。
世の中すべて科学で厳密に構築されている、あるいは世界を科学一色で記述できると信じている人は、このあたりの状況を理解できない。そもそも科学が生まれる以前にも技術の進歩があった事を知らない人が多い。科学の歴史よりも技術の発展の歴史のほうが比べものにならないくらい長いのである。それぞれの問題解決プロセスは www.miragiken.com で一例を示して説明している。
高分子の難燃化は技術で行うので、高分子の難燃化技術という言葉をよく聞くが、高分子の難燃化科学とか高分子の難燃化の科学とはあまり言わない。せいぜい「難燃化への科学的アプローチ」という言葉を使うのが21世紀の今日でも精一杯の状況である。アプローチはできても科学的な唯一の真理としての万能な方法の開発は困難である。
科学は真理を追究し、技術は機能を追究する、という弊社の考え方では、高分子の難燃化を技術として解くときに、「システムの機能」をコンセプトにして技術開発の目標を設定する。
このときよく用いるコンセプトには、「炭化促進型の難燃化」と「溶融型による難燃化」である。前者は狭義にはイントメッセント系の難燃化技術であるが、この両者で基本機能の扱いは異なる。
詳細はコンサルティング内容になるので、個別に問い合わせて頂きたい。また、今月号の雑誌「ポリファイル」に掲載された当方の論文で、このあたりのことを少し説明している。
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高分子の難燃化を行うに当たりシステムが複雑である、と昨日述べたが、その時のシステムの考え方について弊社のお問い合わせからメールで質問を頂いた。質問者及び質問内容の詳細は省略するが、要点は高分子の難燃化を行うに当たり、その基本機能の考え方である。
高分子の燃焼は急激な酸化反応で進行するので、それを唯一の真理として記述することは難しい。すなわち科学的に100%解析することは困難だろう。しかし、燃焼という現象の部分的な情報については科学的に解明されている。
例えば分子の酸化で過酸化物が生じ、ラジカルが生成することなどは40年以上前に論文発表されている。そして燃焼がラジカル反応で進む「らしい」ことも30年前には科学的に確定している。
ただ、一般の火災現象を科学で100%記述することに成功していない。科学の世界で火災については現在でも「群盲像をなでる」状態である。コーンカロリメーターが火災現象を再現するのに便利な評価装置であり、建築関係でも活用されているが、それでもまだ不十分である。
火災という現象が科学的に100%解明されていない状態で、科学的に高分子を難燃化する技術を開発できるか、というと難しい。しかし、現場では技術でこれを解決し商品開発しなければならない。
技術で高分子を難燃化するとは、高分子を燃えにくくする機能あるいは燃焼しても継続燃焼が難しく火が消える機能、着火しにくくする機能などを付与すれば良い。用途によっては、いずれか一つの機能があれば火災を防ぐことが可能になる場合もある。(明日に続く)
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技術者がどうしても複合システムを扱わなければならない場合がある。すなわち唯一の基本機能を持ったシステムを切り出して実験ができない場合である。例えば高分子を難燃化しようとする時に、その燃焼を防ぐ難燃化システムを唯一の基本機能で捉えようとすると実験が難しくなる。
なぜなら燃焼とは急激な酸化反応であり、未だ科学的に未解明な領域が残っているからである。分子システムの酸化速度論については、科学的に解明されているが、このシステムだけを切り出して、わざわざタグチメソッドを適用しようという技術者はいないはずだ(注)。
それが重要な事だと分かっていても当方はやりたくない。それができたとしても商品開発がうまくゆかないことが見えているからだ。もし時間が十分にあり経済的にも許されるならばやってみたい気持ちもあるが、日々の商品開発ではそのようなシステムを絶対に取り上げない。
こんな議論を故田口先生としたわけだが、先生は穏やかに複合システムとして切り出しても商品に大きな影響を与えるシステムが存在するはずで、その基本機能を代表して使えば良い、と失礼だが当方も考えられるようなことをおっしゃった。この時改めてタグチメソッドの理解が進んだ。
高分子の難燃化では、LOIを基本機能とする実験計画も可能であるし、燃焼速度や燃焼時間を基本機能とする実験計画も可能である。そしてそれぞれの基本機能は複合システムである難燃化システムをどのように技術者が見つめているかに影響される。
その結果できあがる難燃化システムが左右される。新技術が生まれる可能性も同様に影響をうける。このようなケースは難燃化技術以外にもあり、問題の取り上げ方、問題解決のプロセスが重要になってくる。弊社の問題解決法ではこのような場合にどうしたらよいかも示している。www.miragiken.com の書き出しは、問題解決法の比較で始めている。
(注)これは科学者の仕事である。技術者はこの仕事ができなくても、低分子の酸化挙動から頭の中で現象をシミュレートしなければいけない。
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基本機能を商品の唯一のもの、と考えている間は、タグチメソッドを自由に取り扱うことができない。換言すれば、タグチメソッドを科学として捉えているとタグチメソッドを正しく理解できない、あるいは肩すかしを食らう。
生前の田口先生と喧々諤々の議論ができて幸せだった。故田口先生は婉曲的に基本機能は商品にいくつも存在している、あるいは商品のシステムの考え方の数だけ基本機能が存在する、と言われていた。
ところが、教科書の記述や講演では「基本機能はシステムに一つ」というものだから、これが誤解の原因になっていた。商品はいくつものシステムの集合体である場合が多い。実験室では、開発ターゲットとなる商品の一つのシステムを切り出し、切り出されたシステムの基本機能を用いてタグチメソッドを適用する。
商品からシステムを切り出すときの考え方は幾つも存在するはずだ。技術者は商品を設計するときに幾つかのシステムに分割するが、そのとき技術者の考え方でシステムは変わる。ある特定の商品で定まったシステムなど存在しないのだ。
新商品を企画するときに、既存の商品のシステムを見直すだけでも全く異なる商品が生まれることを経験するとこのあたりのことが理解できる。そしてその時発明が生まれる。システムがいつも固定化されている、と考えている技術者は二流である。商品のシステムを見つめ直す作業は重要であり、技術者の訓練になる。
商品を構成するシステムの捉え方は、極端な表現をすればそれを見つめる技術者の数だけ存在する。だからシステムの基本機能は一つ、といっても商品の基本機能は一つとはならないのだ。また商品の捉え方でシステムが変わるならば、商品の基本機能の数も変わることになる。これが重要なポイントである。
教科書にここまで書いて欲しいが、タグチメソッドを科学として捉えていると、こんな事を書けないのである。故田口先生はタグチメソッドの体系を科学的に説明されていたが、あくまでも「メソッド」であることを強調されていた。商品から技術者が切り出したシステムから論理を展開されているのである。
もし技術者が複合システムを取り扱っている場合には、それこそ基本機能はいくつか存在することになる。故田口先生は基本機能が唯一存在するシステムを事例にタグチメソッドを説明しているのであって、技術者が複合システムにタグチメソッドを適用した場合で議論を展開していないのである。
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