高分子材料の難燃化と評価法についてその概略を昨日まで述べたが、高分子材料の用途とその設計方針が最初に必要である。
高分子材料の用途が決まると、その分野における難燃性規格が材料開発時に使用する品質評価法の一つとして決まる。設計方針とは後述するコンセプトのことであるが、難燃性規格を合格するためのコンセプトも許される。
規格を通過するためだけのコンセプトで材料開発する、というと科学的でもなくいかがわしささえ感じる人もいるかもしれないが、難燃化規格が用途と実火災を考慮して開発されているはずなので、技術的には賢明な方法となる。
今となっては笑い話となるが、30年以上前にJIS難燃2級という建築材料向けの欠陥評価法があり、この評価法に合格するためにもちのように膨らみ変形する材料が開発された。
サンプルを試験装置に取り付け試験を開始すると、炎から逃げるように高分子発泡体が膨れ、その結果、煙も出なければ燃焼による発熱も無く試験が終わる。
このような材料が市場に出た結果、耐火建築でも簡単に燃えるという事件が発生し、規格の見直しが叫ばれ、簡易耐火試験が建築基準として採用されるにいたった。
当方が技術者としてスタートした頃であり、当時の通産省建築研究所の先生方と規格の見直しのお手伝いをしたが、これは高分子の難燃化「技術」の重要性を学ぶ機会となった。
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UL94-V2試験では、サンプルを垂直に保持する点でLOIと同じだが、着火は下から行う。ゆえに溶融物は下に落ちて火が消える。
ただし、高温で溶融しやすい材料がすべてこのような結果になるわけではない。UL94-V2試験に合格するように「巧みに」材料設計された場合だけである。
高温で溶融しやすい材料でもUL94-V2試験に不合格となる材料は存在し、このLOIが仮に20.5であったとしても、UL試験を行うと廃PETボトルを80%含む樹脂よりも燃えやすい材料との判定になる。
UL試験は、アメリカの民間会社の評価試験法だが、材料の用途における実火災との対応についてよく考えられた試験法として、多くの分野で規格として採用されている。
燃焼時にチャーと呼ばれる炭化層を積極的に生成する炭化促進型難燃化手法で材料を設計しようとする場合に、LOIは他の難燃性試験法よりも実験室で重宝する。
例えば、UL94-V0以上という高い難燃性を実現する材料を設計したい時に、溶融型で高分子の難燃化設計はできない。そのためLOIで21以上となる配合を探索しなければならない。
この段階で難燃化という機能について、材料設計コンセプトからチェックしなければいけない高分子の高次構造因子があれば適宜汎用の分析評価を行う。
燃焼では高分子の熱特性が重要になるので、熱重量分析(TGA)や熱機械分析(TMA)、熱走査時差熱分析(DSC)が主に用いられる。難燃剤の分散状態を知りたければ電子顕微鏡もその手段の一つとして加える。難燃剤の計量を簡便に行う方法として赤外分光法(IR)がある。
ノウハウになるが、先に説明した廃PETボトルを80%含む樹脂では、粘弾性評価装置も難燃性の設計に使用している。
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30年以上前にJIS化されたLOIは、酸素と窒素の混合気体の雰囲気の中に長い板状のサンプルを立て、その上方から着火して燃焼状態を観察し、継続して燃焼するのに必要な最低限の酸素濃度で高分子の燃えにくさを数値化する試験法である。
測定法の定義から一見理にかなった燃焼試験に思えるが、経済性の視点で高分子の用途を眺めた時に、実火災においてこの尺度で決められた序列が適切ではない場合もある。
例えば、空気の酸素濃度は21%程度なのでLOIが22以上となるように難燃剤を添加して寝具が材料設計されていたならば、寝タバコの火が寝具に着火した時に空気中で燃焼を継続することができず、自然に火が消えて燃焼は広がらない。
しかし、LOIが21以下でも燃焼が広がらない材料がある。それは熱で簡単に溶融し消火するように設計された材料である。
このような材料では、たばこの火の程度であれば、溶融時の吸熱効果で火が消える。
この考え方で、高価な難燃剤を用いずPETボトルの廃材を80wt%含有する射出成形可能な難燃性樹脂を四年前に開発した。この樹脂の20wt%の他の組成は、射出成型が難しいPETを易射出成形性にするための成分と靱性を改良する成分、溶融型で難燃性を向上する成分とからなる。
すなわちこれは強相関ソフトマテリアルの概念で設計されコンビナトリアルケミストリーの手法で開発された材料である。
この材料は難燃材を添加していないPETが主成分の樹脂なのでLOIは19以下であるが、UL94-V2試験を行うと自己消火性を示し合格する。
LOIが19前後、すなわち空気中で燃焼し続けると評価された材料でも自己消火性を示すことについて不思議に思われるかもしれない。これは、サンプルを垂直に立て上から着火するというLOIの試験方法にも少し原因がある。
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燃焼とは急激な酸化反応で進む現象なので、どのような火災の状況でも絶対に燃えない有機高分子は存在しない。
ゆえに火災時の燃焼対策としてとられる高分子の高機能化について、高分子の不燃化とは言わず、難燃化という表現が用いられている。
燃える物質と燃えない物質という境界が明確な材料群ならば、その評価技術を一義的に決めることができそうだが、「難燃性」とか「燃えにくさ」という曖昧な尺度に対して、唯一の客観的評価技術を開発することは、直感的に難しい作業になると想像できる。
もしそれをイメージできないならば、具体的な火災を思い浮かべればよい。
火事の現場検証では最も黒焦げになっているところが注目される。そこは酸素不足で高温度に曝された可能性が高く、そのような現象が起きるのは火元と考えられるからだ。
本当に火元だったかどうかは、その他の状況証拠との組み合わせで決められるそうだが、火災の現場を観察すると、高分子の燃え方が一様ではないことに気がつく。
このような状態を実験室で再現しなければならない評価法とは、高分子材料そのものの燃えにくさの数値化以外に様々な因子の絡みあいを盛り込まなければならず複雑になるであろう。
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正しく粘弾性特性を評価すると、Tg以下で処理した場合とTg以上の熱処理では、全く異なる機構で非晶部分が変化するらしいことが推定された。ライバル会社の技術は一応学会でも発表されそれ相応の評価を受けていたが、科学的に不十分なところが存在したのだ。
ちなみにTg以上では、拘束されていた分子鎖の運動性が解放されるので、結晶のパッキングが進む。だからTg以上の温度で長時間放置するとフィルムがしわしわになる。
しかし、運動性が解放されたからといって、すぐにパッキングが進むわけでは無く、大変微小なタイムラグが存在し、そこをうまく過ぎれば、しわしわにならない。
文章で書くと簡単だが、これを技術で実現しようとすると大変なことであると同時に、短時間アニールが本当に短時間勝負の技術であることが工場実験の成果として示された。
基本機能をクリープでとっていてはうまくいかないこともこの結晶のパッキング機構から理解できた。工場実験では容積が大変大きなところの実験になったので物性は大きく変化した。その結果、様々な物性のPENフィルムが得られた。
ばらつきが最少となる条件、すなわちSN比が最大になる条件がゴールだったが、このゴールを達成していないサンプルにも貴重な情報が隠されていた。それらの情報を丁寧に集め整理していった。この作業で目に見えない高分子鎖のTg付近の動きがあたかも見えるように思えてきた。
実験は仮説を立てて行え、と一般に言われる。またアカデミアでも学生の指導にこのフレーズを使われる先生も多いと思うが、落ちこぼれ学生のたてた仮説から得られるはずれた実験データについて真摯な指導を行う先生は少ない、と聞いている。
しかし実験データには科学で未解明の現象が隠されていることに気がついて頂きたい。時折実験の失敗から大成功が生まれるのはこのためである。これは凡才が科学で活躍するためのコツでもある。www.miragiken.com に登場する落ちこぼれの文子嬢もそのうちびっくりする発明をすることになる。
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予備実験では容積が小さいので簡単にできたが、企画が通ってからは大変だった。試作プラントでその再現実験を行うためにタグチメソッドを行ったのだが、最適条件で得られたフィルムの巻き癖は予備実験で得られたフィルムの性能よりも低く目標未達となった。
基本機能にクリープを用いて実験を行っていたので、科学的視点からはもう少しまともな結果になっても良いとクビをかしげつつ、この技術を実用化するときに、テストプラントの結果を用いていては工場で再現できない可能性がある、と直感的に感じた。
タグチメソッドは、設計段階における小スケールの実験結果が生産段階で再現する、というのがセールスポイントである。しかし故田口先生との議論や品質工学学会誌の初期に掲載されたタケトンボの事例を読んでいたので、すぐに工場を使ってタグチメソッドを行う決断ができた。
すなわち実験室で最適化データを揃える努力をしないで工場試作を行う仕事の進め方である。さすがにこの決断の結果で社内調整するには時間がかかった。
まず工場長から社内の品質規格を無視していると、簡単に馬鹿にされ相手にされなかった。次にセンター長からも実験室でもっと頭を使え、とも言われた。
センター長に、実験室でいくらやっても時間がかかり、さらにそこで得られた結果を工場で再現する自信が無いが、工場実験で実用化の条件を探ればそのまま実用化でき開発コストを下げられる、というプレゼンテーションを行って、ようやく前に進むことができた。
2日間行った工場実験では元巻き二本を使い、最適条件を見つけることができた。工場で最適条件を決めたので得られた条件はすぐに実用化できるレベルだった。
驚いたのは、巻き癖は解消されたが、粘弾性特性が企画段階で得られたデータと少し異なり、Tg以下の処理で得られるフィルムの特性と大きく異なる値を示したことである。
他社の特許に抵触しない技術ができあがったと喜びたかったが、科学的な裏付けが欲しいと思った。特許出願後、外部の有識者にデータを見てもらい議論したところ、ライバル会社の特許に書かれた粘弾性特性の評価方法が、実は科学的実験として正しくない条件であることが分かった。
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温度とエネルギーの関係の重要性をしみじみと味わったのは、半導体用高純度SiCの合成に初めて成功したときである。その実験では、炭素ルツボに少量仕込み、炭素ルツボの温度を計測しながらプログラムコントローラーで温度制御を行っていた。
ところが突然温度コントローラーが暴走し、慌てた当方は実験装置の非常停止ボタンを押した。当たり前の事だがその結果温度が下がり始めたので、実験を中断するのか手動で運転して実験を継続するのか悩んだ末、どうしてもその実験で結果を出さなければならない事情があって実験を継続することにした。
その結果驚くべきことに超微粉で粒度の揃った黄色に輝く高純度SiCが得られた。高分子前駆体を用いたこととエネルギーが均一に与えられた結果が目の前に現れたのだ。
その後温度を一定に保つ実験を行い、実験の再現を狙ったが、この時ほど粒度の揃ったSiC超微粉は得られなかった。すなわち高分子前駆体を用いても吸熱反応で進むシリカ還元法では反応エネルギーが均一に保たれなかった場合には粒度分布が悪くなることを学んだ。同時に急激な温度上昇で、吸熱反応にエネルギ-を加えることの有効性を知った。
ただ、この急激に温度を上げてある温度で平衡状態にあるエネルギーを加えるというテクニックは、科学的ではない。高純度SiCの合成条件でたまたまその様になっただけである。
しかし、吸熱反応の場合には系の容積がわかればエネルギーを瞬時に加えるテクニックとして使えるかもしれない、と想像した。
PENの巻き癖解消企画で用意したサンプル作成にはこの時の経験が生かされた。すなわちTg以上の高温度環境にPENフィルムを一瞬さらし冷却する、という方法でサンプルを作成した。
驚くべきことにPENフィルムはしわしわにならず、巻き癖だけが解消された。さらに驚くべきことにはできあがったPENフィルムの粘弾性特性がTg以下で処理したPENフィルムのそれと同じにならなかったのだ。
科学で考えていては思いつかなかった驚くべきことが重なりこの技術について特許出願までできた。同時にライバル会社の特許に抵触しないPENフィルムを製造できる技術の可能性が示された。
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フィルムの高温短時間処理プロセスでは、急激な温度上昇とその後の制御された温度下降制御がうまくできるかどうかが勝負である。
すでに説明したように温度は強度因子であり、測定された値がフィルムに供給されるエネルギーとの相関は保証されていない。
難しい技術に見えるが、フィルムはオーブンの中を一定速度で動いているので、オーブンを細かく区切り、各ゾーンの温度制御を行う事で技術的に簡単に実現できる。
難しいのは、非平衡状態で実験を進めるので温度とエネルギーは無関係と考えるため試行錯誤実験となる点である。
科学的ではない実験方法だが得られた結果には再現性があるので技術として使える。
STAP細胞のように再現できないとその機能を技術で実現することは難しいが、この高温短時間処理プロセスはロバストの高い技術である。
ロバストが高い理由は、非晶部分の変化が意外と温度に対し鈍感なためではなかろうかと思う。温度に対して鈍感なので、Tg以下の熱処理では時間がかかるが、高温短時間処理では、条件を見つけてしまえばロバストの高さとしてその現象を技術として利用できる。
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高温短時間処理プロセスはTg以下のアニールよりも難しいが、Tg以下のアニールよりも短時間で非晶部分の均一化が進む。おそらく高温短時間処理では非晶部分は均一になっているのではないだろうか、と思ったりもする。
材料科学分野で結晶の科学は20世紀著しい進歩をした。当方も高分子前駆体を用いた半導体用高純度SiCの合成研究でSiC微結晶生成の反応速度論を研究し、貢献している。しかし、非晶質については科学の進歩はほとんど無かった。
非晶質の定義すらできていない。結晶以外は皆非晶質体である。非晶質体の中にガラスと呼ばれる状態があることはわかっているが、ガラス状態をとらない非晶質物質が存在し、そのような物質からガラス状態を作る方法が分かったのは20世紀末である。それでも全てのガラス状態を持たない非晶質物質に適用できる方法では無い。
非晶質に関する研究は21世紀の課題の一つで、高分子自由体積に関する研究は毎年高分子学会の研究報告で必ずある。このような状況だから高温短時間処理で科学的にどのようなことが起きているのか説明はできない。しかし、妄想のシナリオを書くことは可能である。
妄想のシナリオに基づき思考実験を行い、実際の実験条件を決め、実行して結果を出す。当然実験は試行錯誤になるが、それでも工夫次第では効率を上げることができ、工場を使って2日ほどで実現できる技術を創り上げた。
そのプロセスでできたフィルムを解析し、Tg以下のアニールでできたフィルムと高次構造が異なるらしいことと、それをサポートする粘弾性データが得られ、特許を出願した。特許は科学論文ではなく技術の権利書であり、科学的に不確かなことでも権利化可能である
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昨日の話をフィルムについてもう少し細かく書く。フィルムの表面温度が雰囲気温度と同じになってもフィルムの中心部分は低いままだ。
表面から少しづつ熱としてエネルギーがフィルムの中心部分へ送られてゆき、やがてフィルム全体が雰囲気からもらったエネルギーの均一な状態になったとする。ただし、これはフィルムでエネルギー消費がまったく行われない場合である。
実際のフィルムでは、エネルギーが加えられるとまず自由体積部分がそのエネルギーに応じた変化をする。このとき、雰囲気がTg以下の場合には、非晶部分の大半が凍結されているので動くことができず、自由体積部分で側鎖基がぴくぴくと振動しながら凍結されていく。すなわちもらったエネルギーに相当する安定な密度へと変化してゆく。
このようにTg以下のアニール処理では、高分子の自由体積部分のパッキングが進むだけである。
これがTg以上のアニールになると、少し複雑なことが起きてくる。雰囲気からもらったエネルギーで凍結されていた非晶部分の内、そのエネルギーで解凍される部分も自由体積部分と同様にぴくぴくと動き出すのである。
ここでエネルギーが大変大きい場合には、凍結されていた非晶部分の大半が動き、その結果フィルムはしわしわになる。結晶部分も溶解しうるエネルギーが与えられたなら、フィルムはしわしわを通り過ぎてドロドロになる。
Tg以上でほどよいエネルギーが与えられると、凍結されていた非晶部分の一部と自由体積部分の分子運動を可能とし、パッキングが急速に進行する。ただし全ての非晶部分が解凍されるわけではないのでフィルムの形状は変化せずしわしわにならない。
これらの物理変化はすべて吸熱反応なので、フィルムの表面部分も含めフィルム全体のエネルギー分布は不均一になる。この状態で温度計測を行うと、表面部分と内部とは100ミクロンのフィルムで1℃前後の違いを生じる。実際はもっと温度分布があるだろうが、現在の技術ではその温度計測を実務の中で行うには膨大な費用が発生する。
ここで科学的に厳密に計測しろ、という管理者が稀にいるのが今の日本の状態である。転職した会社ではこのような類似の状況をしばしば見てきた。
ゴム会社では12年間で2人の管理者という極めて少ない人数だった。科学的厳密さにこだわる、ある意味科学のパラノイアがゴム会社で少なかったことに未来の光を見たが、これは企業により状況が異なるだろう。
科学的厳密性にこだわる管理者から指示を受けた担当者は、少ない予算の中で適当な回答を実験で出し説明することになる。100ミクロンで1℃という値は、上司から指示を受け、サラリーマンとしてしかたなく部下へ適当な実験方法を指導して出した値である。
技術ではロバストの高い機能を実現するのが目標であり、科学的厳密性が目標ではないが、これを理解していない研究職が本来人間の自由な活動で行えるはずのダイナミックな技術開発をだめにしている。
一時はやったコーチングが人気を失ったのも単なる一つの哲学にしかすぎない科学にとらわれすぎたことも一つの理由と思う。ヒューマンプロセスを取り入れるようにしておれば、コーチングも円滑に行われ技術の伝承もうまく行われると思う。
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