大学の非常勤講師はある意味悲しい役割である。教育者としての役割や研究者の役割はあるようで無い。特別講義は単位をもらえるものだと学生は期待して参加している。大学の先生方ができない授業をしようと意気込んで準備をしても、学生は前が空いていても後ろへ集まり、授業が始まればスリープモードへ。
2000年頃から少し雰囲気が変わり前の方にすわる学生が出てきた。出身地を尋ねると日本ではない。皆留学生だ。すなわち日本の学生は後ろへ座り、留学生は前の席に座って講義を聴く状態で中央に聴講者はいない、まるでダイスウェル効果の大きい樹脂にカーボンを分散し押し出したときの樹脂の断面写真のようだ。
変化は着席の様子だけでなく、講義終了後に質問が届くようになったことである。質問は講義終了直後の時もあるが、自己紹介の時に記載したアドレスへ電子メールで来る。しかしこの質問をする学生も皆留学生だけである。うれしいのは授業を熱心に聞いていてくれたことが伝わるメールがあることだ。今まで聞いたことがない授業で大変参考になった、別の話を聞きたい、などと書かれていると、メールの返事にも力が入った。
講義では必ず科学と技術の話を入れる。科学の無い時代でも技術は進歩した話だ。科学はその進歩を加速したが、必ずしも順調に速度アップしてきたわけではないことを話す。イノベーションの波が大きな進歩をもたらしたこと、イノベーションを起こすために不断の努力が必要なことなど話す。「マッハ力学史」がネタ本だ。
日本人には受けないのだが、留学生にはこの話がうけた。恐らく授業に臨む意識が異なるのだろう。授業中に寝ている日本の学生を叱りたいが、非常勤講師の立場では難しい。せいぜい近くまでいって、反省を促す程度のことしかできない。熟睡をしているわけではないので疲れて寝ているわけではない、と思う。講義がつまらないから寝ているのである。しかし、そのつまらない講義でも、留学生には歓迎された。
客員教授や非常勤講師の経験は技術の伝承を考えるのに参考になると同時に魅力的な授業を考えることで自己の成長にも大変役だった。しかし、スリープモードに入る学生には申し訳ないことをした、という思いはある。教師には「いつやるか」「それは今でしょ」というようなスキルが求められている時代なのだろう。
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1970年代公害問題の影響で化学系の学部の偏差値が軒並み下落した。その化学系学部は1960年代には石油化学発展の波に乗り花形学部だった。現在は工学部全体の偏差値が下がったままである。製造業のほとんどが中国や東南アジアへ出て行き、国内の産業構造が大きく変化しているので大学の偏差値が影響を受けるのは仕方がない。
しかし今や技術者はボーダーレスの時代に突入し、世界中の技術者との競争にさらされている。そのような状況で大学の偏差値が下がり続けている現実を見ると、就職難は当たり前のように思えてくる。
一方で、社会で活躍している技術者達の出身大学は様々である。出身大学の偏差値など無関係という雰囲気すらある。地方大学で客員教授をさせて頂いた時にびっくりしたことが一つあり、偏差値が低くても、東大にいるぐらいの優秀な生徒が二人や三人いるのである。地方大学でも優秀な先生がいらっしゃるのでこれを不思議なことと思ってはいけないのだろう。
問題は、学生の質のばらつきの大きさである。理系でも微積分を満足にできない学生から量子力学の問題まで解ける学生を相手にどのような講義を行えば良いのか。研究者と教育者の両面を期待されている大学の先生のご苦労は大きいだろうと、講義をしながら考えた。
まともな講義をすると、半分以上睡眠モードに入る。しかし笑い話をすれば、睡眠モードの学生は無視できる程度になる。お祈りをして高純度SiCができた話は、結構受けた。授業の感想を作文に書かせたところ、半分以上の学生がこの話題について書いてきた。180分の授業で10分の話しか聞いていただけなかったことになる。
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技術開発を行うときに、いつでも科学的情報がすべて手に入るとは限らない。科学の時代の今日においても科学的に明らかにされたことだけで技術開発が可能な分野は限られる。
無機材料の固体物理は20世紀かなり科学的に進んだ分野である。有機材料科学の分野と無機材料科学の分野の技術開発について、32年間に両方を担当することができたのは幸運だった。有機材料科学例えば高分子科学の分野は、C-C結合でつながった材料の科学と捉えることが可能である。一方無機材料科学はC以外の様々な元素が織りなす材料科学と捉えることができる。
無機材料科学は、金属材料科学とセラミックス材料科学に分けられ、セラミックス材料科学は、金属材料科学以外の無機材料という分野である。例えば、ガラス材料はセラミックス材料科学に分類されるし、カーバイド系材料は主にセラミックス材料科学で取り扱う。この分類は科学の歴史の中で自然にできたものだ。その分類の歴史を見ると、かつて科学と技術2つの違いを科学者が意識していたように思われる。現代は有機無機ハイブリッドなどクロスオーバー材料の研究も盛んで、材料科学の垣根はなくなっている。
ところで金属材料科学は、純粋に金属だけを扱う風潮があるように見える。セラミックスフィーバーの時に東北大学の金属材料を研究されている先生にお話しを伺う機会があったが、金属材料工学については20世紀に研究のネタがなくなるのではないか、と言われていた。金属ガラスがその後生まれるのだが、これが最後の大きな研究と言われていた。その先生は、セラミックス材料工学の扱う範囲が広いにもかかわらず、研究者が少ない点やその他の批判を述べられていた。
その後大学の講座なども含め国立大学のリストラが行われ、大学の講座の看板から何を研究しているのか分からない時代になった。無機材料科学の一分野である無機固体物理については学問が完成した、と言われる研究者もいるぐらい進歩したようで無機固体物理を前面に出した講座はほとんど見られない。現在の半導体産業において日本が壊滅的状況に至っていることと関係しているように思われる。例えばCPUは、材料科学と言うよりも回路の設計技術が重要であり、科学よりも技術の比重が高い。
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SiC基切削チップの処方設計をどのように行ったのか、上司に質問された。すでにテーマは終わっていたのだが、ゴムが専門であった上司もセラミックスの文献を幾つか読み勉強をされたらしい。幾つかの相図を机の上にならべ、どのように考えたのか説明して欲しい、と言うのである。すべての相図が揃っているわけではないので、説明できない、と回答したら、処方を発想した方法を教えて欲しい、と言われた。難しい仕事でも何とかこの上司のためにやり遂げたい、と思うことができる真摯な上司であり、新入社員時代のメンター同様尊敬している上司の一人である。ゴム会社では優れた先輩に恵まれた。
それなら簡単、とばかりに説明した。すなわち当時すでに考案し活用していた弊社の問題解決法で解決した手順を示した。SiCで鋳鉄を研削するためにはフェロシリコンをできにくくすればよいこと、チップの組織構造を細かくすればよいことなどゴールが実現されたときのあるべき姿を説明した。そしてそのあるべき姿を実現するために、この組成が必要だった、と言いかけたときに、なぜ、そのあるべき姿を実現できると思ったのか、と尋ねられた。
当時SiCのホットプレスに関しては論文がたくさんあり、助剤を選べば、粒成長を抑制し組織の細かい焼結体が得られることは知られていた。TiCに関しても同様に研究例は多いほうであった。サーメットに関しても情報は多かった。しかし、複合カーバイドに関する研究例は少なく、何が起きるか分からないが、存在する周辺情報から特定の組成で細かい組織構造のセラミックスができる可能性が読み取れた、と説明した。仮説とまでは言えないが、公開された論文を整理し、想像を働かせれば細かい組織構造になる組成を見つけることはできる。
さらにその想像は、当時無機材質研究所で提唱された焼結の自由エネルギー理論に基づいて行えば容易であった。早い話が、難しいことは考えず、安定な相が優先してできるであろう、ぐらいの考え方である。実験結果は1個のサンプルしか得られなかったことから、この考え方だけでは問題がすべて解決できていないことを痛感し反省したが、一方で自然現象は熱力学的に決められた方向へ進む確率が高いので想像通りの材料が一つでもできたのは熱力学的な見積もりが間違っていなかった、と考え方に自信を持った。
これがキンガリーの教科書に書かれていた従来の焼結理論ならば液相の相図を組み合わせて考察しなければならないので難しい話になる。焼結理論は、当時日本セラミックス協会誌においても議論が展開されていたホットな話題であった。議論を読む限り自由エネルギー理論のほうが自然であった。
上司は一言、無機材質研究所に留学できて良かったですね、と言われた。上司はまじめな方だったので、科学と技術について議論をしたかったのだろう。科学的情報や知識に基づき技術開発を行う、という姿勢は基本として大切である。しかし、科学的情報が無いときにどのように技術開発を行えば良いのか、それは科学的研究を進めながら技術開発を行う、という答が一般的であり、そのように指導された。しかしそれでは科学的研究が律速段階となり、技術開発の速度を早めることはできない。山中博士は科学的ではない方法でイノベーションを起こすという一つの例を公開してくれた。彼は仮説を基に技術的に解を見つけてから科学的研究を進めた。科学的研究の重要性は認めつつ技術開発についてスピードアップとイノベーションの効率の視点から見直す必要がある。
(技術開発の速度を早める方法をまとめたのが弊社の問題解決法である。)
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高分子の相分離はスピノーダル分解で進む。Si-Ti-Al-C系の相分離も同様に進むのだろうか。手元にある18個のサンプルの電子顕微鏡観察を行いながらその相分離メカニズムを考えてみた。検討している系の相図はほとんど公開されていなかった。しかし、一部のSiC-TiC、SiC-Al4-Cの相図について論文が存在した。これを頼りに考える作業を始めた。
18個のサンプルの中で1種類1400℃前後で急激に柔らかくなる、すなわちかなり柔らかい液相ができる組成があった。この組成のおかげでホットプレスのカーボン型を1セットだめにした。しかし、論文に記載された情報からはその現象の説明がつかない。18個の電子顕微鏡写真を眺めながら、途方に暮れた。高分子の相分離のように簡単ではない。液相から様々な結晶形態が析出しているように見える。
SiCも低温度で結晶析出しているかのようだった。これは当時の科学常識に反する現象である。商品は期待通りできたが、期待していない不思議な現象も起きている。科学的に表現すれば、仮説通りの現象と仮説に反した現象の両方が起きていた。この状態は、第三者からみれば偶然にモノが出来た、となり、少し気の利いた人ならば、優れたセレンディピティーの持ち主という表現になるのだろう。
18個のサンプルの硬度と靱性の関係は、セラミックスの組織構造からうまく説明できた。しかし、仮説では半分以上良好なサンプルが得られるはずだったが、なぜ1サンプルだけ高硬度高靱性のサンプルが得られたのかが分からない。機能を実現できているので、技術として完成させることは容易でも、この組織構造がどのようにできたのか科学的に説明するとなると情報が少なく大変である。研究を行っていたら1年程度時間がかかってしまう。
偏光顕微鏡観察も加え、少なくとも6相程度できているらしいことはわかったが、それぞれの相を決定できる科学的データを1ケ月で揃えることなどできない。幸いなことに鋳鉄を研削できる組成が見つかり、その物性を組織構造から説明できたので、物性と組織構造の関係だけでも線形破壊力学を用いてまとめ上げることができた。また、最良のサンプルについて繰り返し再現性も問題なかったので生産することは可能であった。
この繰り返し再現性を見る実験でも一つ発見があった。1400℃前後で液相ができ、収縮が激しくなるが、圧力をあげても収縮速度の大きな変化が見られなかったのだ。X線分析でSiC相やTiC相は観察され、その他未確認の結晶相によるピークが多数あるが、これは他のサンプルと大きく異なる点である。他のサンプルでは、明確に同定できるピークは存在しない。この結晶相の構成は繰り返し再現性があるのであまり複雑なことは起きていない可能性があると推定し、仕込み比から組織構造で観察された結晶相の同定を試みた。
各元素の分散状態等の対比も含め、超微粒子相はSiとAlとTiCを含む相と結論づけた。やや強引であったが、配合条件、焼結の進行等から当時公開されていた論文を頼りに、この系の焼結機構のマンガを書いてみた。そしてマンガの各コマに集められたデータと文献情報を加え、上司に説明できる一応それらしい資料を作成した。
科学情報が少ない段階で新しい現象を発見した時に、アカデミアであれば研究のネタができ、真理を追究する作業に時間を割ける。しかし、企業では商品開発が中心になり、研究に多くの時間を割けない。ましてや、1ケ月先にはテーマでなくなっている可能性がある場合に、どこまで研究時間を割くのか難しい判断だ。技術ができれば良い、と割り切れば研究など不要である。瞬間芸で機能を実現でき繰り返し再現性のある技術ができたのならそれでゴールを達成したことになる。
材料の焼結機構に関するそれらしい資料について上司は何も言わなかった。セラミックス分野に科学的情報の少ない状況を理解できた、とセラミックスの仕事を離れるときに言われただけだった。30年前のセラミックスフィーバーでセラミックスの科学は大きく進歩したが、それはフィーバーが始まったときに公開された科学的情報が少なかったことを意味している。
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1ケ月という短期間で実際に商品を作り企画書をまとめる、というのはかなりきつい仕事である。技術開発と言うよりも瞬間芸的開発という表現が似合う。あれこれ調査している時間など無い。身につけている技術で芸をする感覚である。上司は指示を出すだけなので楽であろう、と思っていたが、そうではなかったようだ。担当者がいる会議の席ではあまり厳しい意見はでないが、管理職だけになると結構厳しい意見がでて胃が痛くなる、と上司がこぼしていた。
6年間一人でSiCの仕事を抱えていたときに、一時期上司は半年から1年で交代していた(注)。その上司の中で思い出に残っているのは基礎的に丁寧に仕事を進めた上司である。上司になる前の仕事ぶりは、参考になりそうだったので注目していたが、上司になったとたん大変なことになった。技術データ以外に、技術のよりどころを示す科学の基礎データまで要求されるのである。すなわち、科学に基づく技術開発を忠実に追究し、科学的ではない技術を認めない姿勢であった。
切削チップの開発では、超微粒子分散型の構造で靱性を上げる材料設計にしたが、仮説から始まり、その強靱化機構のメカニズムまで示すデータを要求された。1ケ月という短期間に商品まで作らなければいけないのに地獄である。時間が無い、という議論をしても時間の無駄で、科学的データを出す必要があった。困ったのはなぜ超微粒子が分散した構造になるのか、という科学的説明である。
思考実験ではできていたが、世の中の情報もデータも無いので風が吹けば桶屋が儲かる式の説明しかできない。そんな説明では、女子学生より甘い、と本部長に言われますよ、と「叱咤激励」された。今ならパワハラセクハラ表現で就業時間を越える仕事量を要求するブラック企業と騒がれるような状況だが、当時はそれが「叱咤激励」という言葉に感じる時代であった。ちなみに女子学生より甘い、とはその上司が本部長から本当に言われた言葉らしい。研究所で「迷言」として噂になっていた。
当時女子学生は、古くは11PMの時代から中年のあこがれの対象であり、それがゴールデンタイムに持ち込まれ、テレビ番組の低俗化がはじまった。そしてこれがバブルのはじける直前に流行したお台場のディスコにおけるお立ち台フィーバーにつながってゆくのだそうだ。お堅いNHKもサイエンスレーダーに慶應大学女子学生宮崎緑氏を採用し女子学生ブームに便乗していた。その後セラミックスフィーバーを特集したNHKの「日本の先端技術」という特番で彼女は司会を担当し世の中をさらに熱くした。50周年を迎えたゴム会社ではこのビデオが連日社内で流された。
科学の歴史は論理的必然性の歴史ばかりではなく突然変異的な発明や発見により発展する場合もあるが、一応のつながりは存在する。しかし、社会風俗の変化には理解できないところが多い。それでも風俗評論家は科学史以上にその流れをうまく説明する。そんな風俗史のもっともらしい説明を聞くと、逆に科学の歴史が人間の営みそのものであるように見えてくる。すなわち自然の美と豊かで便利な生活にあこがれる欲望の歴史のように見える。錬金術師から化学が生まれた逸話は今の日本経済の状況で化学の果たす役割の大きさを再認識させる。
おそらく本部長はそのような当時の風俗を取り込んだ冗談で使われた表現だろう。それほど厳しく捉える必要はない、と思ったが、上司は納期もマンパワーも考えず真剣に科学的データを迫ってきたので大変に困った。タグチメソッドもどきで狙ったとおりの構造はできた。しかし、それがどうしてできたのか、当時の科学論文を探しても見つからなかった。これでは女子学生よりも古い錬金術師と同じ発想と言われかねない。
<明日へ続く>
(注)上司が交代していたのか、担当者がたらい回しされていたのか不明である。高純度SiCのテーマは継続しており、0.5人分のパワーを裂いていた。残り0.5人分の仕事のテーマで上司が変化していた。実験室と居室は先行投資で建てて頂いた研究所にあったので6年間同じ場所で仕事をしていたが、退職してから冷静に考えるとサラリーマンとしてきつい状態だったのだろう。しかし、研究予算も潤沢にあり給与は毎年増えていたので、会社と自分を信じ業務を進めることができた。
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切削チップの技術については全くの初体験でも、1ケ月程度で鋳鉄を研磨可能なSiC製のチップを作成することができた。これは弊社の問題解決法によるところもあるが、セラミックスフィーバーでセラミックスチップの製造技術がすでに完成していたことが幸いした。
当時ノウハウよりもノウフーが大切だ、と言われていたがその通りであった。切削チップに仕上げる技術などゴム会社に情報すら無かったが、高山の会社には、そのまま導入すれば切削チップを生産できる設備が整っていた。インターネットなど無い時代であったが、ヘッドハンティングの会社がよく接触してきていたので、企業情報やセラミックス関係の人的ネットワークができており、高山の会社もそのネットワーク経由で知ることができた。
若い時に少し有名になると道を誤るリスクは大きくなるが、情報が自然と集まってくるのはありがたい。それらの情報は科学的情報から非科学的情報まで、さらには怪しい情報もある。高山の会社も最初情報を得たときに、あまりにもできすぎた話なので怪しい情報と誤解した。すなわち先端技術メーカーの生産ラインが容易に手に入ってしまうのである。ただ怪しい情報と思っていても当時頼らざるを得ない状況であった。しかしその会社に賭けて正解であり、そのまま商品にできるような姿に仕上げてくれた。
このときノウフーの重要性を身にしみて知った。その会社の設備を導入すれば、切削チップの先端の生産技術がすべて手に入るのである。切削チップ事業は、チップの設計技術が差別化技術であり、生産技術はノウフーの世界であったのだ。さらにチップの設計技術については都立工業試験所に公開された技術が存在し、評価技術がタダで手に入る状態であった。残っているのは材料設計技術で、ゴム会社が取り組むには適していると判断し、企画として提案した。
事業化検討の議論では技術ではなく、その市場構造が問題となった。大手以外に中小がひしめき合っている市場に入ってトップになれるのか、というのが議論の中心で、さすがにSiC一材料しか無い状況でトップになれます、とはったりを言う自信は無かった。
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昨日実験計画法を行うときには相関係数を用いると良い、という話を書いた。これはタグチメソッドの表現では感度を配置している事と同じで、感度を最大(あるいは最小)にする因子を探る方法となる。SN比とは異なるので必ずしも得られた結果のロバストは高くないが、当時新材料を開発し機能の最大を求めるのがミッションでもあったのでタグチメソッドもどきは大変役にたった。
何故相関係数を用いると実験計画法が当たるようになるのか、難燃化技術を開発しているときにはよく分からなかった。当時LOIのリン濃度依存性で求められる相関係数を用いていたのだが、タグチメソッドもどきの手順で外側因子として難燃剤濃度を用いている状況と類似している。タグチメソッドでは、外側因子でSN比が求まるわけであるが、タグチメソッドもどきでは感度を求めている。
タグチメソッドの教科書にはSN比最大を求めることが大切で感度を追究することはロバスト最高を保障しない、と言うようなことが書かれている。このあたりについてかつて故田口先生(注)は、技術的に必要なときには感度最大の制御因子を選んでも良い、と柔軟であった。ただし、これは小生だけだったのかもしれない。小生は田口先生にタグチメソッドもどきの体験をお話ししたが、笑っておられた。
タグチメソッドの存在を知らなかったが、タグチメソッドもどきがあったので、SiC-TiC系の切削工具開発を迅速にできた。特許を回避する目的と焼結を液相焼結で進めサーメットに近いセラミックスの設計を行った。液相焼結ではSiCは異常粒成長しやすい問題があるがホットプレスを用いると防ぐことが可能である。助剤はAl、B、Feの3種から選択することにした。
タグチメソッドもどきで最適化したところ、Alが選択され、Si-Ti-Al-C組成の硬度は一般のサーメットよりも高く靱性もサーメット並に高いセラミックスが得られた。高山にある切削チップを製造するマシンを販売しているW社に依頼し、切削チップの形に加工してもらった。東京都立工業試験所に切削チップを評価しているグループがあり、そこでチップの評価をお願いした。
驚くべき事に鋳鉄を切削可能で、サーメットよりも優れBN系に近いとの評価を頂いた。この評価結果を持って本部長報告を行った。1ケ月で新材料を開発し、新商品を仕上げたことは評価されたが、事業化検討テーマにはならなかった。そのかわり、また1ケ月後新商品テーマを持ってくるように言われた。数ケ月間同様の事が続いたが、結局高純度SiCに真正面から取り組むことだ、と言うことになり、解放された。このゴタゴタの時期にフェノール樹脂を助剤にした半導体用セラミックスヒーターの企画は生まれている。
このとき、新材料開発ではタグチメソッドもどきが活躍した。科学的な考察も加えてはいたが、最適化はタグチメソッドもどきで行っている。科学的にアイデアを出すときの問題点は、公知の情報程度のアイデアしか出ないことにある。SiCがカーボンだけで焼結することが学会では信用されず、焼結理論さえ怪しく、ファインセラミックスの相図などまだ充実していなかった時代に、科学的に技術開発を進めることは頭の良い方法では無い。大胆な仮説と常識にとらわれない実験が重要である。
セラミックスフィーバーの時代にセラミックスの科学は大きく進歩した。しかし、この時代の技術開発は、科学の無い時代の技術開発に近い状態であった。ただ、既存のセラミックスの教科書に異を唱える研究者の科学的な新説の発表もあり、活用できる情報は幾つかあった。
(注)昨年お亡くなりになりました。
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高純度SiCの事業が立ち上がるまで様々なテーマを片手間に遂行していた。ある日、何か成果を出さなければいけないというので、1ケ月後までに新材料と新商品企画を行え、と指示が出た。「まず物を持ってこい」というのが当時の本部長の口癖だったので、この指示は、1ケ月後までに新商品を持ってこい、という指示と等価である。そしてそれができなければ結果は想像できた。
さて、何を企画するのか。アイデアは豊富にあった。ただし新材料で1ケ月後に新商品の姿にできるアイデアは、その中で一つか二つである。まだセラミックスフィーバーの嵐は去っておらず、その嵐の中で金属加工に使用する切削チップの開発状況が新聞でいくつか取り上げられていた。従来サーメットで使われていた分野へどんどんファインセラミックスが入り込んでいる、という内容である。それらの記事の中で、SiCで鋳鉄を削れたら低コスト長寿命のバイトができる、と紹介されていた。
SiCは脆くてさらに切削中に鉄と反応するので切削工具には使用できない、と説明が書かれていた。これならば1ケ月で問題解決できそうだ、と考えた。すなわちSiCの靱性向上と鋳鉄の反応防止を考えれば良いのである。さっそく弊社の問題解決法にあるK0チャートとK1チャートを作成し開発計画を立案した。
すなわち、新商品は切削工具で、そこに用いる新材料は鋳鉄を削ることができるSiC系セラミックスである。SiCの靱性向上策として、当時セラミックスの論文に紹介されていた、超微粒子分散による破壊エネルギーの伝播防止策を採用し、鋳鉄の反応防止策として、TiCを活用することにした。すなわちSiC-TiC系セラミックスを新材料の開発ターゲットに据えた。
ここまで具体化されるとあとはタグチメソッドでスピードアップするだけである。しかし当時タグチメソッドを知らなかった。そのかわり日科技連の研修でならった実験計画法を改良したクラチメソッドを開発していた。これは、ポリウレタンの難燃化技術開発で実験計画法を使用していたときに、あまりにも実験計画法が外れるので、それを改良した方法である。すなわち、開発では一般に改善方向が問題となるので、実験計画法を行うときに、測定値をそのまま使うのでは無く、相関係数を用いると面白いのではないかと考えた。すなわち相関係数を最大にできる条件を実験計画法で探ればもう少し当たる可能性が高くなるのでは無いか、と考えた。
<明日へ続く>
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「科学と技術(12)」で書いた電気炉の不思議な暴走は、装置に異常があったわけでは無い。また、温度調節器のプログラムが間違っていたわけでは無く、PIDの設定値も最適な値であった。原因不明のまま30年以上過ぎゴム会社で高純度SiCの事業も何とか継続している。
この高純度SiCの開発過程で弊社の問題解決法が完成した。弊社の問題解決法は、幾つかのモジュールがありフルセットですべて使用する必要はない。半分以上のモジュールは当時普及していた日科技連の手法を研究開発向けに改良してできた手法である。K0チャートやK1チャートは新QC7つ道具の一つPDPC図を使いやすく改良したものだ。
PDPC図は、実際に使用してみると初めての仕事や経験の浅い仕事では次のアクションを考えるのが難しくて使いにくい。K1チャートでは一つのアクションが成功したときと失敗したときとに機械的にふりわけ、それぞれについてアクションを考える規則にしているので、次のアクションは考えるのでは無く決断する内容を書き出すことになる。そして、アクションがこの成功したときと失敗したときという2つの事象は、それぞれ補集合の関係になっているので、K1チャートができあがったときには、考えられる全てのアクションを書き上げた図となる。
K1チャートだけで成功に導けた研究開発がある。酸化第二スズゾルの量産プロセス立ち上げである。酸化第二スズゾルの生産はY社にお願いしたが、そこで生産立ち上げ時にトラブルが発生した。実験室では、四塩化スズを加水分解したときに簡単に酸化スズの沈殿が得られていたのだが、量産プロセスでは、酸化スズがうまく沈殿せず、洗浄ができなくなる事態になった。
できあがった量産プロセスの中で変更できる条件は少ない。ただ、実験室の条件が量産プロセスで再現していないだけなので、全ての組み合わせを実施すれば酸化スズの沈殿が得られる条件が見つかるはずである。この場合タグチメソッドは有効であるが、問題はこの規模でそれを行うと確認実験まで終了するために1ケ月以上時間がかかる点である。
タグチメソッドが源流で行うと効果的と言われる背景にはこのような理由も関係する。量産時にもタグチメソッドを使用しても良いのだが、設計段階よりも規模が大きくなり費用と時間の点で不利である。そこでK1チャート作成にとりかかった。
全ての条件の組み合わせについて、実験室の結果と照合しながら可能性の高い順に並べ、K1チャートを作り上げた。その時のK1チャートでは最適条件が最短3ステップで求まる図ができていた。最悪の場合には80ステップほどの実験を行うことになる。運良く3ステップで最適条件が見つかったのだが、繰り返し再現性を確認してもロバストの高い条件となっていた。
競馬の予想に近い方法だが、科学の仮説立案とも似ている。各ステップを決定するために情報を最大限に活用している。重要なのは実験室で観察した現象を改めて見直す作業である。タグチメソッドでも源流の実験結果が川下で再現しないときがある。そのようなときにはK1チャートは有効である。仮に大きなチャートになったとしても、チャート作成に使用された仮説が正しければ最短でゴールを達成できる効率の良い方法である。
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