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2013.07/18 科学と技術(リアクティブブレンド6)

半導体用高純度SiCを製造するためには、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドで合成される有機無機ハイブリッド前駆体が重要な役目をしている。有機物なので高純度化が容易でその品質管理も簡単である。

 

さらに、分子レベルで均一になっており、この高分子前駆体を1000℃で熱処理し得られるシリカと炭素の混合物は、反応速度論で解析すると均一素反応の系として扱えるほどである。すなわちこの高分子前駆体の技術を用いると反応式の化学量論比どおりに原料を仕込みSiCを製造できる。

 

シリカ還元法による当時の粉末製造技術では、1450℃以上でSiOガスが発生し、気相反応でウィスカーが生成するため粉末とウィスカーの混合物が生成して問題になっていた。これを防ぐために、化学量論比よりも多い炭素を用いてシリカと炭素を固めたペレットを用いる技術が生産に使用されていた。

 

過剰に用いた炭素はSiC反応終了後燃焼させて取り除く。このような製造方法のため必ず粉末の表面はシリカで覆われることになる。このシリカ不純物を取り除くためにフッ酸と硝酸の混酸で洗浄する必要があった。

 

しかし、混酸で洗浄してもシリカ不純物を完全に取り除くことができず、1%前後の不純物酸素がSiC粉末に必ず含まれていた。この1%前後の不純物酸素のうち、半分以上はSiC粒子の内部に閉じ込められていることが解析してわかった。すなわちSiC化の反応途中で未反応のシリカが生成したSiCに取り込まれていたのだが、この不純物酸素の存在のため99%以上の高純度SiCを合成することが当時不可能であった。

 

ところがリアクティブブレンドで製造されたシリカと炭素の混合物から製造されるSiC粉末では、粒子の中に酸素が不純物として閉じ込められておらず、また、シリカと炭素を炭素が残らない化学量論比で反応させることが可能だったので、過剰の炭素を取り除く処理が不要となり、99.9999%の純度のSiCを合成することに成功した。初回の実験で真黄色の粉末が得られたときには無機材質研究所の猪股先生始めSiCをよくご存じの先生方はびっくりしていた。

 

初回の実験で高純度SiCが合成されたので、この前駆体を用いたシリカ還元法の速度論的解析を学位論文のテーマにしようと考えた。当時業界で行われていたシリカ還元法のSiC生成機構は複雑で動力学的手法で解明されていなかった。リアクティブブレンドによる前駆体を用いれば化学量論比での反応が可能なだけでなく、分子レベルで均一に反応を行う事ができ、そのため均一素反応の取り扱いができる。しかしこの反応解析を行うためには2000℃まで急速昇温可能な熱天秤が必要であった。

 

<明日へ続く>

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2013.07/17 科学と技術(リアクティブブレンド5)

ポリエチルシリケートとフェノール樹脂をリアクティブブレンドで均一なポリマーアロイを製造しようと試行錯誤している姿は、科学者から見ると何をやっているのか分からない作業に見えるらしい。

 

試行錯誤ではあるが、ゴールは透明な樹脂が得られること、と明確であり、必ず到達できる事が分かっている。技術的に必ず到達できることが分かっているならば、何も考えず、全ての組み合わせを実施した方が研究を行うよりも早くゴ-ルにたどり着ける。ノーベル賞の山中博士も同じように考え手元の20個前後の遺伝子を細胞に一度に組み込みヤマナカファクターを発見したのだから、これはバカな考え方ではなく要領の良い方法である。弊社の問題解決法の着眼点の一つにもこの視点が入っている。

 

有機無機ハイブリッド前駆体を用いた高純度SiC合成法として学会で初めて報告したときに会場は満員で廊下まで人があふれていた。一番前の席にはS教授の講座の方々が陣取っておられた。7分の短い発表の後、その最前列から厳しい質問が飛んできた。

 

学会で技術発表は受け入れられないのではないか、と迷って発表したのであったが、学位を取るために学会報告が必要だったので、学位でまとめる速度論の研究の前段階の研究報告として発表した。しかしその結果は散々だった。すなわち高分子前駆体を用いてシリカとカーボンが分子レベルで均一に混合された結果、均一固相反応の解析ができるようになり、シリカ還元法の反応機構が明らかになる、と報告したのだが、議論は高分子前駆体の話に集中したのだ。

 

日本化学会なので反応速度論の研究発表でも良いかと思っていたが、高分子前駆体が本当にできているのか、という失礼な質問が飛んできた。技術という行為を理解していない質問で、さらに速度論の研究そのものまで否定されたので、以後このテーマについて日本化学会での発表は控えた。

 

学会に企業からの研究発表が少ないのは当時からも問題であったが、その原因の一つにこのような無思慮な議論の仕方もあると思う。このような無思慮な議論を展開されたら誰も技術発表などしなくなる。技術開発の中にも新しい現象の発見があるので学会発表を活発に行えるようにすることは大切なことであるが、実際はこのような状況だ。

 

7分間という短時間の発表であった。議論は、テーマの中心に絞るべきで、あげ足取りのような議論をすべきではない。今でも当時の挫折感はトラウマとして残っており、この時の経験は科学と技術の違いを強く意識するきっかけともなった。科学と技術は車の両輪であり、とよくたとえられるが、25年ほど前の学会発表の光景は、科学が技術の足を引っ張るようなお粗末な議論だった。

 

科学が技術をリードしている、とよく言われるが、技術の世界でも科学的な発見が多く成されているのである。学会報告はアカデミアだけでなく企業からも積極的に行われる状態が理想である。この理想を目指している研究会も存在するので企業参加の少ない学会はそれなりの変革努力が必要だと思う。

 

これは座長の努力だけでも改善できる。アカデミアは真理を追究することが目的なので厳しい議論は当たり前である。しかし新しい機能を実現した技術発表であれば、そこに新しい研究テーマが生まれているはずで、アカデミアはそれを褒め称えることが学会の場では自然の流れだと思う。この技術は、苦い思い出から15年以上過ぎてから日本化学会賞を受賞したが複雑な思いがある。

 

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2013.07/16 科学と技術(リアクティブブレンド4)

「リアクティブブレンドだから均一に合成できて当たり前」というメンターの一言は、300種類もの配合処方を検討する動機になった。また、当時相溶しない系のブレンドでポリマーを相溶させて安定にする唯一の手段はリアクティブブレンドだけであることも学会で議論され始めていた。このような状況からポリエチルシリケートとフェノール樹脂を均一に混ぜるためには、リアクティブブレンド以外に技術的手段は無いと予想された。しかし、化学式を見るとポリエチルシリケートに、反応点は存在しない。

 

 

ところがポリエチルシリケートは、加水分解でシラノールを生成するので、フェノール樹脂のフェノール性水酸基あるいはメチロール基と反応する可能性があり、唯一の手段と言われるリアクティブブレンドで「当たり前」に均一にできると弊社の問題解決法で予想された。当時この組み合わせで高純度SiCを製造する方法が知られていなかったのは機能を達成する手段を仮に推定できても、機能を実現するための条件を見つけるのが大変だったのである。また、その条件を見つけるためには、通常の問題解決法であれば、触媒存在化におけるポリエチルシリケートの加水分解速度の研究や、エタノール/ポリエチルシリケート/フェノール樹脂/水/触媒で構成された系の研究など膨大な時間が必要に思われた。

 

 

科学で真理を追究する場合と比べれば、技術で機能実現のための条件を求める作業は、時間をかければ達成できる易しい作業である。時間がどれだけかかり、それが許されるのかどうかが問題となる。この時間の問題は効率をあげる方策を打てば短くできる。方策の一つとして弊社の問題解決法は有効である。問題を科学的に真正面から捉えると膨大な時間が必要に思われても、弊社の問題解決法を用いるとこれを効率化でき、実際に高純度SiC前駆体の合成条件を1日で見つけることができた。

 

 

一方科学で真理を追究する問題をすべて科学的に行う事はかなりの困難を伴う。イムレラカトシュがその著書「方法の擁護」で指摘したように、科学的に完璧にできるのは否定証明だけ、という限界があり、過去の法則を否定することは容易だが真理を科学的に見いだすことは至難の業となる。

 

 

ところが科学で真理を追究したいときに、それを効率良く行いたいならば、技術的手段を取り入れ、弊社の問題解決法を用いると効率良く研究を進めることができる。技術的手段で真理を見つけておいて、科学的証明を加える、という方法が効率をあげる。例えばノーベル賞を受賞した山中博士もこのような方法と類似の方法で科学的成果を出している。ゆえに科学にも弊社の問題解決法は効率を上げる有効な方法である。

 

 

技術では、機能実現の手段が見つかり、それが科学的に証明された場合に当たり前となる。リアクティブブレンドについては、ポリウレタンRIMで当時研究が進んでいたが、先端技術の一つであった。ゴム会社では、1970年代にポリウレタンタイヤを検討した実績があり、リアクティブブレンドに関しては高い技術が存在し、メンターの「当たり前」の一言に象徴されるように伝承されていた。そしてその技術の伝承のおかげと弊社の問題解決法で、半導体用高純度SiC前駆体ポリマーが1日という短時間で合成された。

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2013.07/15 科学と技術(リアクティブブレンド3)

ポ リエチルシリケートとフェノール樹脂、酸触媒の3成分によるリアクティブブレンドは当初の予想よりも難しかった。お そらくコンパチビライザ-を用いればもう少し簡単にできたかもしれない。しかし、高純度の前駆体を合成したかったので、不純物を持ち込む原因となる添加剤を使 いたくなかった。

 

また、イソシアネート系化合物とポリオールのシステムと異なり、混合時にポリエチルシリケートに反応点は存在しない。フェノール樹脂と反応するためには、ポリエチルシリケートが一部加水分解してシラノール基を生成しなければならない。ポリエチルシリケートの加水分解速度は酸触媒で加速される。この時問題になるのは、反応速度だけで無く、加水分解したときに出てくるエタノールである。またフェノール樹脂からは反応が進行すると水が出てくる。

 

すなわち、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドは、まず、ポリエチルシリケートの一部が酸触媒で活性化され、フェノール樹脂のメチロール基と反応が進行し、遊離したエタノールは、反応熱で系外へ蒸発してゲル化が進行する、というようにうまく反応バランスを調節できる触媒を選ばなくてはならない。

 

この反応バランスが崩れると、副生成物であるエタノールのため、ポリエチルシリケートだけの分解反応が進行しやすくなり、一気にシリカが生成することになる。午前中の実験では、目視でそれを確認するような実験が大半であった。

 

最初の約50種の配合では、ポリエチルシリケートの加水分解に必要な水を添加していた。しかし反応を行いながら、水の存在がポリエチルシリケートの加水分解を促進していることに気がつき、水を用いない系に変更した。また、フェノール樹脂の相で反応が進行するように有機触媒を選択しているにもかかわらず、ポリエチルシリケートの分解反応が少しでも早くなると生成するエタノールのためゲル化反応が起きにくくなり、これが加速度的に進行しシリカの析出と相分離が生じる。

 

ごみの山を片付けながら、10時間以上行った試行錯誤の実験を思い返してみた。大半のゴミでシリカの析出が目立っていた。成功した実験では、まったくシリカが遊 離していない透明な樹脂が得られていた。面白い系である。

<明日に続く>

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2013.07/14 科学と技術(リアクティブブレンド2)

ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混合するとすぐに相分離する。高速剪断を使っても均一にならない。χパラメーターがかなり大きく混合比率が1に近いためである。だからフェノール樹脂とシリカの組み合わせやポリエチルシリケートとカーボンの組み合わせの特許が存在しても、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせが存在しなかったのである。

 

リアクティブブレンドで行えば均一になるだろうと軽く考え、実験で確認せず企画書をまとめた。エンジニアリングセラミックスからエレクトロニクスセラミックスまでちりばめ当時の通産省のロードマップによる数兆円の市場規模を参考にした、高分子前駆体から合成された半導体用高純度SiCの応用展開を示す派手な企画書だったが、採用されなかった。

 

その後無機材質研究所へ留学機会ができ、猪股先生のはからいで留学中に1週間だけボツになった企画書の実験を行えるチャンスが訪れた。たった1週間で高純度SiCを合成するプロセスを開発しなければならない状況に少し鳥肌が立ったが、当時すでに考案していた弊社の問題解決法を使い、4日でやり遂げる計画を立てた。

 

高純度SiC前駆体の合成検討に当てた時間は8時間である。ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドが必ず成功するという確信のもとに実験を行った。美人のメンターが「当たり前」と表現したリアクティブブレンドだったが苦戦した。ひたすらポリエチルシリケートとフェノール樹脂、そして有機触媒の3成分をフェノール樹脂の種類や触媒の量と種類を変えながら混合し続けた。

 

300種類ぐらいの配合を試してある組み合わせでエタノールで膨潤した透明なゲルが得られた。それを加熱したところ相分離せずに透明なまま固まった。実験は朝から始めたが、昼飯も食べるのを忘れ気がついたら夕方になっていた。できあがった処方はロバストの高い処方だった。あきらめずに、美人のメンターの「当たり前」の一言を信じて実験を行った成果である。

<明日へ続く>

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2013.07/13 科学と技術(リアクティブブレンド1)

異なる高分子同士は混ざりにくい。科学の世界では混合による自由エネルギーの変化を表すフローリー・ハギンズ式でこれを説明する。学生時代には試験に出たりするなじみのある式である。科学の常識があると、通常はポリエチルシリケートとフェノール樹脂を均一に混ぜようということは考えない。

 

ゴム会社入社2年目にポリウレタン発泡体の難燃化技術を担当した。ポリウレタン発泡体は、イソシアネート化合物とポリエーテルポリオール(以下ポリオール)、発泡剤として水を用いて合成する。初めて発泡体を合成したときにイソシアネート化合物とポリオールが、無溶媒という条件でうまく反応することに感動した。

 

生成物の分析を行っても98%以上の反応率である。実験をやりながら、ふとフローリー・ハギンズ式を思い出した。メンターの女性に質問すると、リアクティブブレンドだから当たり前だという。反応には界面活性剤も関与しているはずだが、リアクティブブレンドの場合には、高速剪断で撹拌してやれば界面活性剤が無くとも反応が進行するという。リアクティブブレンドとは、そのような技術だそうだ。

 

実際に界面活性剤を抜いて実験を行ったところ、安定した発泡反応こそ実現できなかったが、イソシアネートとポリオールの反応は進んだ。昨日までゴムの配合処方を立案するときには、溶媒にゴムを溶かしSP値を求める作業から行っていたが、ポリウレタンの合成では、SP値などお構いなしである。

 

高速剪断により撹拌され、イソシアネート化合物の微細な粒子の界面で反応が進行し、ポリオールとイソシアネートの理想的な界面活性剤が生成する。これが反応を均一に進行させる働きをする。ゆえにイソシアネート化合物は高分子量体でも反応は進行する。

 

以前ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの話を書いたが、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームでは、イソシアネート末端を有するホスファゼンのプレポリマーを合成し、添加している。その結果ホスファゼンがポリウレタンマトリックスに取り込まれ効率良く難燃剤として機能していた。

 

ホウ酸エステル変性フォームも同様で、ホウ酸エステルや組み合わせたリン酸エステル系難燃剤は、ポリウレタンマトリックスに均一に分散し、難燃性ポリウレタンフォームとして合成された。イソシアネートが反応性の高い基なので、水酸基を有する液状ポリマーであれば、何でも放り込める便利なシステムだ。

 

水酸基とイソシアネートのモル比を揃えてやれば、かなりずぼらな処方でも反応が進行して均一なポリマーとなる。おまけにイソシアネートを少し過剰に入れてやることでそれが架橋点になり容易にエラストマーや熱硬化性樹脂を合成可能である。ある機能実現のためにも便利なシステムだ。

 

 

この経験は高純度SiCの前駆体合成技術開発で大変役にたった。ムーンライト計画によりわき起こったセラミックスフィーバーの影響で、セラミックス材料の企画をすることになった。高分子から高純度セラミックスを合成するコンセプトで技術調査を行ったところ、故矢島先生のSiC繊維技術以外に実用化されていなかった。

 

新しい技術としてフェノール樹脂とシリカの組み合わせあるいはポリエチルシリケートとカーボンブラックの組み合わせによる高純度SiCの合成法特許が存在した。

面白いことに、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせが無かった。

<明日に続く>

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2013.07/12 科学と技術(静電気8)

昨日静電気に関わる現象を利用した機能を実現するための材料設計法について少し詳しく書いた。しかし、静電気の研究を20年以上続けてきたわけではない。ゴム会社で転職する原因となったお手伝いの仕事の成果が中途半端な形だったので心の中で悶々としていた。そのもやもやとした気持ちを退職前に運良く巡り会った仕事で解消することができ、その一部を昨日簡単にまとめた。

 

技術者にとって新たな自然現象を発見し、その自然現象を利用して機能を実現した技術が中途半端な状態になっているのは気持ちが悪い。さらにせっかく生みだした技術を転職のために埋没させてしまっては企業の社会貢献の視点から好ましくない。技術が社会に活かされるかどうかは、企業だけでなくそれを生み出した技術者にも責任がある。

 

技術者が生み出した技術について社会に役立てるまで、創造主である技術者が伝承の努力をしない限り消えてしまうのが日本の社会の現状である。半導体用高純度SiCの技術はゴム会社と住友金属工業とのJVで世の中に出た。その後ゴム会社は日本化学会賞まで受賞し技術が会社に定着していることを実感した。しかし、お手伝いで創造した3種の粉体の技術については、外部から見ていて消える運命にあった。

 

所詮消えてしまうような技術は大した技術ではない、と評論する人がいる。それも真実だろう。しかし、周囲がその良さを理解しないために消えてしまう技術も多く存在するのだ。「理解できない」のではなく「理解しようとしない」人が多い、ということも技術者は知るべきである。学会賞までも高いプレゼン能力が要求され、学会で伝承すべき優れた技術でも落選する。「話が伝わらないのは、発信者の責任」、とビジネスコミュニケーションで言われるように、理解してもらえるように技術者は努力しなければいけない。

 

技術で生み出される機能には皆関心があるが、機能を実現した技術には、技術者以外は関心を示さないのだ。「行為」を伝承することは難しいのである。特許があるではないか、という人もいる。しかし昨日の文を読みどれだけの方にご理解頂いたか不明だが、「行為」を文章だけで伝承することは難しい。

 

例えば「特公昭35-6616」(以下35特許)という古い公告特許がある。透明金属酸化物を透明導電層として世界で初めて塗布で実現した技術の特許で、出願から30年以上忘れられていた優れた技術である。

 

不思議なことにこの一件だけが透明導電薄膜の技術の歴史の中にポツンと存在する。この特許の後に続くのはITO薄膜を物理蒸着で形成する技術開発である。しかもそれらは35特許を出願した企業以外からで、35特許を出願した企業からはその後しばらく特許出願は無い。特許出願が無かっただけでなく、20年ほど前にはその存在すら社内で忘れられていた。そして技術の痕跡すら無くなっていた。

 

「写真工業と静電気」という社内発行された技術書を会社の図書室の倉庫で20年前に見つけた。埃をかぶり異臭を放っていたので読むのもつらい本であった。今から30年ほど前に書かれたその本には、35特許が出願されてから10年以上帯電防止材として金属酸化物の研究が行われ、弱発電性という新たに発見されたな機能について説明されていた。

 

この機能について科学的な概略の意味を理解して業務の中で機能の一部を再現したが、その他の内容について材料設計として発展させる行為については科学的視点からは残念ながら不明のままだ。これを非科学的な内容と切り捨てることは簡単である。

 

しかし、実際に帯電防止材として絶縁体を分散させた下引き、「恐るべき技術」を採用した商品(今は事業そのものを終了している)が実用化され市場で販売されていた実績がある。そもそも絶縁体の帯電防止材で帯電防止能を発揮していたので現像処理後も帯電防止性能を失わない永久帯電防止技術であった。

 

よく理解できていないが、弱発電性という機能が優れた帯電防止性能を発揮していた事実がある。10年ほど写真フィルムの帯電防止技術の仕事も担当し、弱発電性の理解も少しできたが、この機能を実現した技術者に敬意を表したい。

 

 

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2013.07/11 科学と技術(静電気7)

昨日つい一言を書いたために質問が来た。マトリックス樹脂の設計を行うことと高抵抗領域の話が見えない、という内容である。熱心な読者が増えてきた。

 

今後、高分子の相溶についても書く予定にしており、その時に書く話題として考えていた。昨日までマトリックスを構成する高分子材料の凝集粒子へ与える影響について触れてこなかったが、凝集粒子の制御に高分子の相溶と相分離という現象を活用している。

 

カーボンと絶縁体である樹脂を用いて、高抵抗でも放電しやすく、帯電しやすい材料に設計し、それを自由自在に制御するためには、カーボンの凝集状態とその分散状態が制御できなければならない。

 

この制御のためには、マトリックスが単相では不可能でカーボンが分散しやすい樹脂と分散しにくい樹脂を組み合わせて複合材料で設計して機能を実現する。もう少し詳しく書けば性質の異なる樹脂を相溶させてわずかに生じるスピノーダル分解を制御して凝集粒子の凝集状態を制御する。分散状態はスピノ-ダル分解速度が組み合わせる高分子で異なることを利用する。

 

これも科学的な証明はできていないが、このように考えてベルトを作ったら妄想通りにできた。「妄想」と表現したのは周囲が「妄想からできた技術」と評価したからだ。妄想だから気兼ねをしないでもう少し書くと、フローリーハギンズ理論は間違っていないかもしれないが鵜呑みにするな、ということだ。あの理論は高分子材料設計の自由な発想を阻害する場合がある。ただ、できあがった内容について科学の香をつけて説明するときには便利な理論である。

 

どんな高分子でも条件が整えば相溶する可能性がある(注1)。ただその状態は安定ではないのでいつか相分離する。そしてその相分離はスピノーダル分解で進行する。これを無限に遅くするには、それぞれの高分子のTg以下に急冷すれば良い。技術の世界では高分子の相溶と相分離は混練技術や成形技術、冷却プロセスなどで制御できると考えた方が機能実現のための手段が広がる(注2)。

 

複写機のベルトは高抵抗であればあるほど網点再現性が良くなる、と学会報告で聞いたことがあり、また実験データもそのような傾向があった(注3)。しかし、高抵抗のベルトでは放電が難しくなる。このあたりの材料設計の考え方は昨日書いたとおりだが、その実現方法を本日説明した。

 

 

(注1)この考え方には異論があるかもしれないが、この20年間に出会った現象はこの仮説を支持していた。技術の立場ではこの考え方で発想の自由度が広がる。例えば水と油を界面活性剤を添加しないで高速撹拌すると一瞬色が薄くなる現象がある。この実験では、教科書に書かれていない、いろいろな知見が得られる。転職により新しい知識を勉強しなければならない状況になり、教科書を読みながらつまらないことでも疑問に思ったことを実験し確認する作業を誠実真摯に行っていった。その結果、教科書は自然現象を科学という一側面からしか見ていないことを理解できた。科学では見えていないが面白い現象が身近な世界にまだ多数存在する。夏場だからお化けの話では無い。繰り返し再現性も有りロバストの改善も可能な現象である。技術開発の可能性が広い、ということを感じると同時に「科学は自然を理解する為の哲学である」と言われている意味を理解できた。これに対して技術は「自然現象やその法則を利用して人類に役立つ機能を実現する行為」である。新技術は特許により文書化されるが、その伝承方法は現代の課題である。

 

(注2)この先は問い合わせて頂ければ個別に対応する。文章は1行だが、内容はかなり濃厚な技術である。弊社のコンサルティングにおける差別化ポイントである。弊社では弊社独自の問題解決法で科学的成果を踏まえ新しい技術を生み出せるようにコンサルティングを行う独自のスタイルです。新しい技術について科学的研究が必要な場合でも高分子からセラミックス材料まで対応いたします。技術の最適化はタグチメソッドを使用します。

 

(注3)

電子写真システムにおいて網点再現性は各種因子に左右される、と言われている。技術開発の現場ではタグチメソッドを使い最適化するわけだが、このとき制御因子として常識的に見えている因子が選ばれる。TRIZやUSITを使って考えても、あたりまえの因子が選ばれる。

 

当たり前の因子で最適化すれば商品は完成するが、いまやどこの会社でもタグチメソッドやTRIZを使用している。そこで、技術で差別化したり、自分たちの技術にイノベーションを起こすためには、弊社の問題解決法が有効です。

 

「妄想」でもそれが実現し、商品ができれば、そこに新しい科学のネタが生まれています。「開発をやってから研究せよ」これは、マネージャー時代に部下を指導していた時のポリシーです。半導体用高純度SiCの開発では、パイロットプラントを作ってから反応速度論の解析を行い学位を取得いたしました。

 

「妄想」で見えていた均一素反応を実現する異形横型プッシャー炉という発明を最初に特許出願し、それを用いたプラントを作り、「妄想」が現実となったので研究を行った。正しい仮説設定がなされ予備実験でその正しさが確認されれば「妄想」は「科学の仮説」となる。そこで研究を開始するのは研究者で、科学の仮説で機能を実現するのが技術者である。

 

「勘」と「経験」と「度胸」は技術者に必要な素養といった人がいるが、ヤマカンはダメである。クソドキョウもダメである。正しい科学的知識に裏付けられた「勘」と、科学的知識に対して確かな自信に裏付けられた「度胸」が必要で、技術者と職人ではKKDの中身に違いがある。

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2013.07/10 科学と技術(静電気6)

昨日、カラー複写機に用いられている中間転写ベルト(以下ベルト)の開発に過去の帯電防止技術や電気粘性流体開発の知見を動員した、と書いた。この中間転写ベルトについては公開されているテクニカルレポートで報告している。ポリイミドの溶融成膜で得られるベルトと同等以上の性能のベルトが押出成形で得られた。

 

このベルト用のコンパウンドは特許で公開しているように特殊な混練で得られた材料であるが、カーボンの凝集粒子が絶縁体樹脂の中に制御されて分散している。断面写真を見ると、凝集粒子の分散がパーコレーション転移を起こす手前である。しかし、インピーダンスの低周波数領域は大きくジャンプしている。これは凝集粒子を構成しているカーボンのクラスターが影響している。

 

この考察は単なる現象を記述しただけで、科学的にどうのこうのと説明をしていない。ただ面白いのは、外部から購入したコンパウンドで成形したベルトと比較すると電子顕微鏡で樹脂の断面写真が同じように見えてもインピーダンスの変化は大きく異なる。細かく観察するとベルトの断面写真が細部で異なっていることに気がつく。しかし、それは凝集粒子の形状観察を注意深く行わないと気がつかないレベルである。

 

すべての凝集粒子一個一個を確認したわけではないが、恐らく特殊な混練を行った粒子では凝集粒子の大きさが揃って密になっているので、凝集粒子1個の中でパーコレーション転移を完結し、全ての凝集粒子の導電性がかなり高い状態になっているのではないか、と想像している。それがインピーダンスの低周波数領域に影響を与えている、と妄想している。

 

それ以上の実験を行っていないのでこれは科学的な考察ではない。しかしこの考察をもとに現象を数値解析するとうまく合うのだ。さらにマトリックス樹脂の設計を行ってやるとかなりの高抵抗領域でもインピーダンスをうまく制御でき、高い性能のベルトができる。科学的考察はできていないが、技術的な機能実現の見通しは間違っていない。タグチメソッドの制御因子もこの見通しを指示する結果になっていた。

 

このベルトでは、凝集粒子1個1個のパーコレーション転移を制御しつつ、凝集粒子についてもパーコレーション転移を制御しているWパーコレーション転移制御材料と呼べる複合材料ができている。その結果キャスト成膜で得られたベルトと同等以上の機能を発揮し、トナーのきれいな網点再現性が得られた、と想像している。

 

中間転写ベルトはカラー複写機の重要なキーパーツの一つで、帯電と放電を迅速にできる材料物性が要求される。このニーズは電気粘性流体に使用される粉末と同様である。しかし、帯電と放電は二律背反の現象で、これを均一な一組成の物質で達成することは難しい。

 

放電を直流抵抗の機能だけで達成しようとすると抵抗を充分に下げなければならない。一方帯電では絶縁領域の誘電体でなければその機能を発揮できないので、抵抗を下げることができない。これが単一物質で材料設計が困難な理由である。

 

もし材料の直流抵抗が低くてもインピーダンスが大きいときに静電気はどうなるか。インピーダンスは、交流の抵抗として機能するので帯電しやすいであろう。このとき直流抵抗が低いので放電もしやすい物質になっている。すなわち二律背反と思われていた帯電と放電の両方に有利に機能する材料は交流の世界で考えると可能になるのだ。

 

問題は直流抵抗を低くインピーダンスを大きくする材料設計が可能かどうかだ。これは、抵抗とコンデンサーのネットワーク回路と同等の材料を設計し、静電容量を小さくしてゆけば、低周波数領域のインピーダンスを大きくできる。低い抵抗のまわりに大変小さい容量のコンデンサーが分散しているような回路であると低周波数領域のインピーダンスは大変大きくなる。抵抗とコンデンサーの組み合わせの一素子では達成できないがネットワーク回路ならばこの設計が可能となることが数値シミュレーションで容易に確認できる。

 

すなわち単一材料ではこのような材料設計は不可能だが、カーボンを分散し、そのクラスターを絶縁体の中で生成すれば直流抵抗成分とコンデンサーのネットワーク回路を実現できる。ただし、このネットワーク回路でコンデンサーの容量を小さくするにはカーボンのクラスターを制御する、すなわちパーコレーションという現象を制御しなければいけない。複写機のベルトも電気粘性流体の粉末もこのような材料設計の考え方で行った。

 

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2013.07/09 科学と技術(静電気5)

昨日、抵抗(R)成分のクラスターが増加すると低周波数領域におけるインピーダンスの絶対値が増加する現象について数値シミュレーションを行ったことを書いた。この現象とその理解は、帯電現象を機能として活用している電気粘性流体用の粉体や、レーザープリンターや複写機部材の材料設計技術に転用できる。

 

91年にゴム会社から写真会社へ転職したときに最初に帯電防止技術を担当したのは幸運であった。実は、転職直前ゴム会社で半導体用高純度SiC技術についてS社とJVを立ち上げの傍ら電気粘性流体用の粉末開発を手伝っていたからである。

 

電気粘性流体用粉末の開発テーマでは、技術者の心眼で発想した3種類の機能性粉末を開発したが、実際のところ電気粘性流体の科学的な意味を当時充分に理解していなかった。また、特許情報も含め重要文献をお手伝い担当者には見せて頂けなかったことも幸いした。

 

過去の重要文献等見せて頂けなかったおかげで自由な発想ができ、1.コンデンサー分散型粉末、2.傾斜組成機能粉末、3.超微粒子分散型複合微粒子という3種の独自の粉末を開発することができた。おそらく開発メンバーはこれを期待していたのだろうと今はこの時のことを楽しい思い出としている。

 

この電気粘性流体の3種の粉末をどのように発明したのか。それは、弊社の問題解決法を用いたのである。弊社の問題解決法では、現象として起こりうる場合と起きない場合の2つの事象を必ず考える。すなわち全ての事象を考える容易な方法は、Aという命題とその命題対して全否定のAを考える方法である。それにより、2と3の粉末の設計が自然と浮かび上がる。1については3においてコンデンサーが分散したら面白い、という発想から出てきた。

 

言葉遊びのような形で発想した技術であるが、実際に粉末を合成してみたら、当時存在したどのような粉体よりも性能の良い電気粘性流体ができたのである。科学的で無くとも機能を追究した言葉遊びで技術というものを創り出すことができるのである。

 

人生とはまことに奇妙で、定年退職前の5年間にカラーMFP用中間転写ベルトを担当する機会が巡ってきた。このベルトは半導体ベルトで、トナーを静電気力により感光体から引き取る役目をする。このベルトの材料設計では、電気粘性流体の開発経験やインピーダンスの評価技術など帯電防止の材料設計技術をすべて動員したが、できあがったベルトは凝集粒子分散型材料で、この凝集粒子の凝集状態をプロセスの中で制御する、少し難易度の高い混練技術と成形技術を使用している。

 

*弊社の技術アイデアを生み出す問題解決法に関心のある方はお問い合わせください。

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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