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2013.09/11 科学と技術(50:ミドリムシプラスチックス2)

液晶用フィルムと言えばセルロースフィルムの独壇場であったが、最近ポリオレフィンフィルムがこの市場へ入ってきてセルロースフィルムメーカーは大変だと聞いた。ポリオレフィンフィルムはセルロースフィルムの製造工程で必要な有機溶媒を使用しない押出成形で製造されるのでLCAの観点から有利である。セルロースフィルムメーカーもメチクロ溶媒を使用しない押出成形を研究開発しているようで、特許がこの十年たくさん出ている。

 

粘弾性の性質を調べればすぐに理解できるがTACやDACは射出成形や押出成形が難しい材料である。しかし似たような構造だが同じ多糖類でもミドリムシプラスチックスの物性は大きく異なり簡単に射出成形が可能だ。MFRの値を見てもTACやDACが可塑剤を多量に用いた値よりも良いデータが得られている。

 

今年のセルロース学会ですでに報告されたが、世間の反応は今ひとつである。藻の培養技術は健康食品会社においてすでに商業生産の実績があり、(株)デンソーではバイオディーゼルの開発に取り組んでいる。ミドリムシは「肥だめ」でも育つのである。試しにPETボトルの側面を切り取って簡易育成容器を作り育ててみると良い。元気によく育ちすぐに増える。

 

ミドリムシの育成は小学生の夏休みの宿題には格好のテーマとなる。さらに中学の科学クラブであればこのミドリムシから多糖類を抽出することは簡単にできる。理科実験のテーマに未来技術のバイオリファイナリーを取り入れてはいかが。

 

ミドリムシと名前にムシがついているが、藻の仲間でありムシという名前は無視してよい。ユーグレナと言った方が耳あたりが良いかもしれない。栄養食品でユーグレナという呼び名を使うのは飲みやすくするためか。材料の名前に用いるとユーグレナプラスチックスとなるが、夕暮れのイメージよりもミドリムシプラスチックスのほうがバイオ感あふれている。

 

なぜ光をあててミドリムシを育てると1種類の多糖類が1個体あたり50%の収率でできるのかミドリムシの光合成における詳細な機構を知らないが、抽出して変性し利用する技術は、公知の方法で可能である。ミドリムシプラスチックスは科学の世界で考えても技術の世界で考えても面白い。

 

今週ミドリムシプラスチックスについて連載で書こうとしたが、都合により明日からはまたアイデアについて書く。但しここまで読まれてミドリムシプラスチックスに関心を持たれた方のお問い合わせにはお答えいたします。但し問い合わせは電子メールでお願いいたします。昨日電話がつながらなかった方にはお詫び申し上げます。

カテゴリー : 一般 連載 高分子

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2013.09/10 科学と技術(49:ミドリムシプラスチックス1)

今年の夏は暑かった。ミドリムシがよく育った。健康食品の会社ユーグレナは南方の島でミドリムシを培養しているそうだが、理由の一つがわかりました。ミドリムシは栄養を与えなくとも空気中の二酸化炭素を栄養としてよく育つ(光合成)。しかも光を与えて育てると、ある一種類の多糖類だけを選択的に作るという面白い性質がある。暗がりで育てればバイオディーゼルに使用できる脂肪酸を生成する。

 

この性質を利用すると、暗がりでできた脂肪酸と光合成でできた多糖類とを組み合わせて100%ミドリムシの樹脂を製造可能である。但し実際には工業用脂肪酸が安価なのでこちらを使用した方が安くなり実用的にはセルロース系樹脂と同様にアセチル基やプロピル基で変性した材料になると思われる。

 

興味深いのは、同じ多糖類のセルロースの場合では植物からセルロースを抽出するときに多量にできるリグニンなどのアルデヒド類の処理が問題となるが、ミドリムシから多糖類を抽出するときにそれが不要な点である。これはセルロースに比較して大きなアドバンテージになる。また抽出方法も乾燥したミドリムシをある薬品で処理するだけで簡単に多糖類が沈殿として落ちてきて、ミドリムシ1固体あたり収率50%という効率の良さだ。この実験は台所でもできる。

 

多糖類をベースにしたバイオケミストリーの研究は進んでおり、あとはコストだけ、と言う段階である。ミドリムシから抽出される多糖類は高分子量なのでそのままでも生分解樹脂としての応用が可能であるが側鎖を修飾することにより、セルロース化学と同様の展開が可能である。さらにセルロースでは難しかった押出成形や射出成形が可能な材料になる。すなわち液晶用フィルムTACはフィルム製造プロセスでメチクロという環境に悪い有機溶媒を使用しており、それを押出成形で製造する特許が多数出願され、いまだ実用化されていないが、それを解決できるようになる。化粧品を開発しながらミドリムシを育て健康食品と光学用部材を開発する、という技術シナリオは面白いと思う。

 

ここまでの話はすでに公開された情報であるが、ミドリムシから抽出される多糖類の性質を活用すると様々な応用展開が考えられる。夢ではなく既存の技術でそれが達成可能であり、あとは工業生産を行うだけ、と言う状況である。

 

昨日までアイデアを出すコツとしてKKDの重要性を指摘してきたが、Dはともかくミドリムシについて調べるとKKの観点で極めて実用性の高い技術シーズであることに気がつく。特にTACやDACの押出成形で苦しんできた人がこの材料を扱うと驚くことになる。可塑剤が不要なのだ。ここまで読んで光学材料を扱ってきた人にアイデアが浮かばないとしたら、それはその人のKKに対する考え方に問題がある。

 

日頃KKを整理する努力を怠ると良いシーズを見落としたり、悪いシーズに執着して開発を失敗したりする。セルロースの分子構造及びそれを熱分析したレオロジーデータ等からなぜ可塑剤を大量に添加しなければ射出成形や押出成形ができないのかは、科学的にも想像ができ技術的な解決策としてミドリムシから抽出される多糖類へ思いが至る。

 

ミドリムシの商業生産は最近株価が上がっている(株)ユーグレナが成功し、健康食品の事業を展開している。放置しておけば肥溜めでも緑色に染めてしまうミドリムシを大量生産する方法は難しくない。藻の仲間については(株)デンソーがバイオディーゼルの商業生産をめざして取り組んでいるように原料価格150円/kg前後を見込める技術だ。ミドリムシから50%という高収率で1種類の多糖類が抽出されるのでさらに価格が下がる可能性はプラント開発を経験していれば技術的に想像がつく。

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.09/09 科学と技術(48:アイデアを出すコツ6)

ヤマナカファクター発見でノーベル賞を受賞された山中博士もKKDを活用していたことをNHKで語っておられた。KKDと明確におっしゃっていなかったが、ヤマナカファクター発見のキーとなる実験は、いわゆるKKDの賜物である。さらに「うまくいくかどうか解らないがやってみた」実験で大きなヒントが生まれている。

 

KKDで行った非科学的な実験でiPS細胞ができたことを確認すると、これまた消去法という非科学的手段でヤマナカファクターを決定している。放送では、このあたりの手順を特許との関係でそれまで隠していたが初めて番組の中で発表した、と述べておられた。おそらく、特許と無関係であっても、テレビ番組でなくては、あるいはノーベル賞受賞後でなければ語れないことだと思う。そうでなければ、非科学的な手法について批判されていたかもしれない。学会だったら高純度SiCの新合成法を発表したときのようにボロクソに言われたかもしれない。

 

ヤマナカファクター発見に至る詳細な手順は以前活動報告でも紹介したが、非科学的ではあるが極めてうまい方法である。まるで弊社のK0チャートとK1チャートを用いたような実験手順で行っている。すなわちK0チャートやK1チャートは非科学的ではあるが、アイデアをひねり出すには良い方法である。山中博士は実験を推進した学生を褒めていたが、K0チャートとK1チャートの扱いを学べばその学生と同じような仕事の進め方でアイデアを出すことが可能になる。

 

アイデアを出すには科学的方法でなくてもよいのである。非科学的な方法でも機能を実現できるアイデアを出すことができればそれを褒めるべきである。産業界ではTRIZやUSITが普及しているが、これは科学的方法でアイデアを出すツールである。当たり前の結果しか出ない、というのは現場の声だが、その原因は科学的に導くからである。科学的に導かれた答で当たり前でない場合には、間違っているか、大発見である。科学の進歩した時代に科学的大発見に凡人が出会う確率は低い。しかし、非科学的方法であればセレンディピティーがうまく機能し、こなした実験の数に比例しその確率はあがる。

 

さらに周囲が「驚くべき」アイデアを凡人が科学的に導くには相当の勉強が必要になるが、非科学的方法であれば、今の実力で充分である。科学的な方法では思いつかないアイデアが浮かぶ確率も、非科学的方法が高い。山中博士も非科学的方法でヤマナカファクターを見つけた。ただしヤマナカファクターを見つけてからは科学的に考察している。ここが大切である。

カテゴリー : 一般

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2013.09/08 科学と技術(47:アイデアを出すコツ5)

写真会社へ転職して半年ほど自由な時間があった。セラミックスが専門と言うことで仕事に慣れるために会社が配慮してくれた。転職前からパーコレーション転移に興味があり、Lattice Cでシミュレーションプログラムを休日に開発していた。転職後は会社でもプログラムをコーディングする時間を取ることができたので転職後1ケ月してプログラムを完成させることができた。論文を書こうと文献調査を行ったら同じような考え方のプログラムが雑誌「炭素」から発表されたばかりであった。

 

同じ頃に同じようなことを考えていた人がいたわけである。アイデアが浮かんだ瞬間に世界に3人同じアイデアを持っている人がいると思え、と昔言われたことがある。すなわちアイデアが浮かんだらすぐ実行しないと他人に先を越される、という戒めである。プログラムのアイデアは1年以上前から持っていて、日曜日ごとにプログラミングしていたが、転職のゴタゴタで完成が遅れた。まさにアイデアが浮かんだらすぐに実行しなければいけない時代と感じた。また、材料分野で混合則からパーコレーション転移へ考え方が変わりつつある予感がした。

 

写真会社で帯電防止技術は基盤技術の一つのはずである。しかし、特許出願状況をみるとライバル会社に負けている。ライバル会社の技術を避けるような開発を行なわれていた。透明金属酸化物導電体をライバル会社は帯電防止層に使っていたが、転職した会社ではイオン導電体を使用していた。市場のワークフローが変わりつつある時代で、写真感材も画質以外の機能が重視されるようになってきた。また銀塩以外の感材ニーズも出てきており、感光層に影響を与えない透明金属酸化物導電体を用いた帯電防止層の技術が重要になってきた時代である。

 

特許を調べて驚いた。20年間にライバル会社から1000件以上も特許が出ていた。知財戦争は業界により様々であるが、ライバル会社の根性にびっくりした。特許を整理してこれまた驚いた。いわゆる戦略的にうまく出願されていた。特に酸化スズを用いた帯電防止技術について隙間は全く無く、転職した会社がなぜ金属酸化物を避けるように開発を進めていたのか理解できた。

 

1000件以上の特許群を整理して気になったのは、初期の特許群に酸化スズゾルが比較例として使われているのに、新しいところでは酸化スズゾルまでも権利範囲のごとく書かれていたのである。すなわち特許範囲に関してある時期から方針が大きく変わっていた。戦略的特許出願は重要だが戦略があまりにも整然としているとライバルに読み取られる問題がある。これをうまく利用するとアイデアをひねり出す方法になる。すなわち「敵からアイデアを学ぶ」のである。0からアイデアを出すのは難しいがヒントの存在するところからアイデアを出すのは容易である。技術は機能を実現する方法なので敵の戦略と異なるコンセプトを立案すれば良いのである。興味のある方は弊社へご相談ください。

 

酸化スズゾルを中心に特許を整理したところ、写真感材の帯電防止層としてそれを使用した20年以上前の特許があれば、ライバルの特許網に大穴を開けることができることを見いだした。さっそくセンター内でそのことを報告したら、だれもがそれを知っていた、という。酸化スズゾルで特許を回避できることに気がついたので実験を行ったら特許に書かれていたように性能が出ずダメだったのであきらめた、という。実験データも見せてくれた。ライバル特許の比較例を再現するデータばかりであった。しかし、酸化スズゾルから微粒子を取り出して電気特性を評価した人は一人もいなかった。

 

酸化スズゾルの合成は朝飯前であった。すぐに合成してドラフトに1週間放置したらゲルが得られた。それを乾燥したら粉末になった。錠剤成形機でペレットを作り電気特性を測定したところ1000Ωcm程度の体積固有抵抗であった。これは帯電防止層に必要な10の10乗Ωcm以下を充分達成可能な導電性である。しかも電子伝導性であった。

 

ライバル会社も転職先の会社の担当者もパーコレーション転移を知らないだけだと思った。さっそく作ったばかりのシミュレーションプログラムを活用し、得られた結果をメンバーに説明して開発プロジェクトを立ち上げた。実験室では、ばらつきが大きく現象をうまく把握できないときにシミュレーションは便利な道具で、コンピューターという空間で管理された実験を行い、把握しにくい自然現象からアイデアをひねり出すことが可能となる。

 

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.09/07 科学と技術(46:アイデアを出すコツ4)

フェノール樹脂とポリエチルシリケートとのリアクティブブレンドで均一な前駆体を合成するアイデアを力づくで実現した。できるかどうかわからない材料は、科学的に否定されない限り、できると思ってチャレンジすべきである。そしてあきらめないことである。

 

仮に科学的に否定されるような仮説でも、その否定の根拠となる理論が怪しければ、やはりチャレンジすべきである。例えばχが大きい高分子は相溶しない、だからコパチビライザーが必要だ、という考え方はフローリーハギンズ理論からきている。しかし、これは学生時代から少し怪しいと感じていた。単なる一つの考え方を示したに過ぎない、とも思っていた。

 

多数のヒモを丸めて床に落としてみても教科書に書かれているような状態に決してならない。面白いのは太い紐と細い紐をぐちゃぐちゃに丸めて床に落とすと太い糸に細い糸が絡みついた状態で塊になる。このマクロで観察した現象と分子レベルで起きる現象も同じようだ、と考えることに今は躊躇するが、若い時には教科書の絵との狭間で悶々としていた。亀井勝一郎の「若者はストイックであれ」という言葉が妙に理解できる状態である。このようなときにもアイデアは出る。

 

ゴム会社に入ったときに出会った指導社員は欲求不満の解消法をいろいろと指導してくれた。リアクティブブレンドやカオス混合も教えてくださったが、レオロジーが専門のその人はダッシュポットとバネのモデルの限界に厭世観を持っていた。そして技術に対する欲求不満には未来を開く力があり、それがいかに健全かを話してくれた。厭世観からはアイデアが生まれないが欲求不満からは爆発的にアイデアが出る、だから青年はストイックでなければならないと指導してくれた。どこかで聞いたような言葉や仮説の確認ではなく欲求不満を解消するために実験を行う、という考え方は独特であったがその後の人生に役だった。やってみなければ分からない現象は、どんどん実験で確認することが大切である。

 

高純度βSiCの前駆体合成実験以外に、この精神で実施したいくつか成功体験がある。実用化はされなかったが光学用ポリオレフィン樹脂とポリスチレン樹脂のコンパチビライザーを用いない相溶実験がある。ある合成条件で重合したポリスチレン樹脂が光学用ポリオレフィン樹脂に相溶し透明な樹脂が得られたのだ。若い時の欲求不満がこの実験で解消された。

 

今度はフローリーハギンズ理論をどのように理解すれば良いのか、という新たな悩みが生まれ、指導社員から聞いた伝説のカオス混合で相溶を進める実験をしたいという新たな欲求が生まれた。欲求不満のまま5年が過ぎて、PPSと6ナイロンの系を相溶化剤無しで相溶させなければいけない、という状況のテーマと遭遇した。開発ステージが進み処方変更ができずテーマを中止をするのかそのまま進めるのか判断をしなければいけない役割であった。迷わず単身赴任を決断しテーマをカオス混合で成功させた。KKD+欲求不満から出てきたアイデアの賜物である。

 

科学がこれだけ発展していても、世の中にはやってみなければ解らない現象が多い。目の前にそのような仕事が現れたら迷わず汗をかいてみることである。現象をよく観察していると、どのような凡才でもそこからアイデアが生まれる。ところが、やってみなければ解らない現象でも、解っているかのように説明してくれる優秀で親切な人がいる。しかし心を空にして聞いていると、その説明では大なり小なり欲求不満が生まれる。この欲求不満を大切にするのである。70歳まで働かなければいけない時代である。すぐに解決できなくても長い人生どこかでそれを解消できる場面に出くわす。求めていた現象に遭遇したときに新しいアイデアが生まれる。

 

頭の良い人は仮説を立てて、と言われるが、欲求不満というものは、凡人が問題意識の芽生えで味わう仮説のタネのようなものである。コーチングでうまい刺激を与えるとそこから芽が出る可能性が高い。弊社の問題解決法はそこに着目している。弊社の方法で若者の欲求不満を解消できる。

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2013.09/06 科学と技術(45:アイデアを出すコツ3)

凡人がアイデアを出すためには汗をかかなければならないと思う。冷や汗も重要だ。とにかく誠実に真摯に努力を積み重ねなければ、ニュートンやアインシュタインに凡人は近づくことはできない。近づけないとしても努力をして自分のアイデアで成功したときに得られる快感はものすごいので汗を流す価値がある。さらにこの言いしれぬ快感を一度味わうと癖になり、汗をかくことが苦痛ではなくなる。成功体験が重要と言われるゆえんでもある。

 

学会賞を受賞した発明は3つしかないが、それ以外の発明もたくさんの汗の賜物である。どのように汗をかいたのか日本化学会技術賞を受賞した半導体用高純度SiC技術の根幹である前駆体の合成法を例に紹介する。

 

30年以上前ファインセラミックスを高分子前駆体で合成するコンセプトそのものは、世の中にすでに存在した。故矢島先生のSiC繊維はその成功例である。しかし、例えば2種類の高分子をブレンドする方法など知られてなくて技術例はまだ少ない時代であった。

 

ゴム会社で会社創立50周年記念論文募集があった。ガラスを生成してポリウレタンを難燃化する技術を完成していたので、それを事例に高分子前駆体で非酸化物セラミックスを合成しゴム会社がセラミックス市場に参入する夢を書いた。論文は入選しなかったがそれがきっかけで外国留学のチャンスが生まれた。

 

有識者にヒアリングしたところ非酸化物系セラミックスを学ぶなら無機材研が良い、と言うことになり、外国留学を国内留学に変更したが、この変更については上司からからクレームがついた。セラミックスで成果を出さなくとも語学の勉強をしてくれば良い、というのが理由であった。上司の育成方向と部下の考えが一致せず、その後諸々のことが重なり、楽しいはずの留学準備で冷や汗をいっぱいかくことになった。

 

留学して半年、会社の上司からサラリーマンとして悲しい出来事の連絡を受け、それを脇で聞かれていた猪股先生が1週間だけ自由に研究をやってよい、との許可をくださった。会社でも許可を仰いだが研究所の上司にとってそのテーマはどうでもよいテーマなので無機材研でやろうがどこの企業でやろうが関係ない、というような意見だった。

 

留学前にフェノール樹脂発泡体の開発を短期間で完成させ天井材として実用化していた。このときケイ酸とフェノール樹脂の反応を検討していた。そのためポリエチルシリケートとフェノール樹脂の反応バランスを取れば、透明な前駆体高分子ができるであろうことを容易に頭に描くことができた。K0チャートとK1チャートを作成し思考実験を行い、実験手順とそこで起こりうる現象の確認を日曜日に何度も行った。月曜日は朝から、ゴム会社の実験室で混合物から透明な樹脂が得られるまでフェノール樹脂や酸触媒の混合を一心不乱に行った。

 

均一に相溶した場合には透明になると期待して、その現象を目標に昼食の時間も忘れ一生懸命反応を行った。処方は300種類程度考えられ、かき混ぜて透明になる現象を観察するだけならば1日でできる、と予想していた。しかし試行錯誤の実験で、科学的にできるという保証は無かった。一方できないという科学的証拠も無かった。これは、やってみなければ解らない実験である。

 

夕方、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混合して透明になる条件が見つかった。1時間放置しても透明な状態を維持していた。その近傍の条件で透明な固い塊が撹拌を止めたときに瞬時に得られた。ロバストを確認したところ安定に透明な樹脂を再現できる。汗をかいた成果が出たのである。さらに、200種類以上の処方でうまくゆかなかったので、ブラックボックス化できる技術であることもすぐに理解できた。ゴミの山を見たときにものすごい快感を体験した。実験後の後片付けがこれほど楽しいとは、この時以外に感じたことは無い。ゴミの山は他社が容易にまねのできないことを証明していた。

 

このゴミの山を見ながら、汗で見いだした透明な樹脂の成果とわずかに透明度の落ちるゴミの違いをどのように証明するのか掃除をしながら考えた。わずかに透明度の落ちる前駆体でも同じことになるのではないかという不安が出てきた。一方で分子レベルで均一になっているならば、前駆体の構造がSiC化の反応機構にも影響を与えるはず速度論的解析を行えばよい、というアイデアが頭に浮かんできた。

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2013.09/05 科学と技術(44:アイデアを出すコツ2)

E.S.ファーガソン著「技術屋の心眼」に次のような文章がある。

 

「目で見、匂いを嗅ぎ、触り、持ち上げ、落とす―――私たちは肉体的感覚の相互作用を通して物を知る。その経験の元締めが心眼であり、思い起こされた現実と思い描く工夫のイメージの座、信じられないほどの能力をもつ不思議な器官である。」

 

心眼というものを説明した文章であり、勘と経験の元締めが心眼である、と説明している。技術のアイデアとはその心眼で見えてくる、という意味のことをこの本には書いてある。32年間の技術開発経験から同感と思い、若い人たちに実験の重要性を説いたりしてきたが、うまくこれを伝えることができなかった。

 

K0チャートやK1チャートは状況により書かせたりしたが、その効果を実感してもここまで書けばアイデアが出るでしょう、と効能のよさを労力の寄与と見なし、高く評価してもらえない。そもそも何もしなくてもアイデアが出る状態を望んでいるようにも見える。アイデアとは思いつきという誤解である。血のにじむような経験の蓄積の結果、容易にアイデアが出るようになる、と説明しても、今の若い人には「どん引き」されるだけである。99%の汗と1%の霊感をありがたく拝聴した若者の姿は昔の話である。

 

優れたアイデアと単なる思いつきとは大きく異なる。しかし、優れたアイデアでも「単なる思いつき」ととらえる風潮があることを知った。例えば30年前ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を均一に混合し高純度SiCの前駆体を合成したときに、「当たり前の結果で、君と同じアイデアを持っていたが実行しなかっただけだ」と言った人がいた。

 

当時の特許を調べてもらえば解るのだが、ポリエチルシリケートとカーボンの組み合わせ、あるいはフェノール樹脂とシリカの組み合わせを前駆体で用いるSiCの合成法特許が存在し、それらの特許には、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂との均一な混合はできない、と書かれていた。実際に実験をしてみても簡単に2相に分離する。また、相分離を抑えるためにポリエチルシリケートを重合し、フェノール樹脂を取り込むようにしてもシリカの沈殿が生じて失敗する。逆にフェノール樹脂の架橋反応を行い、その中にポリエチルシリケートを閉じ込めようとしてもうまくゆかない。

 

すなわち両者を分子レベルで均一に混合することは一朝一夕にできない技術である。仮にフェノール樹脂の重合条件を科学的に研究しても、あるいはポリエチルシリケートの加水分解条件を研究しても両者を均一に反応させる条件を見つけることは至難の業である(注1)。この組み合わせで分子レベルに均一に混合する方法は当たり前の結果ではないのだ。また似たような前駆体ができたとしても反応速度論で解析すると分子レベルで均一になっていない(注2)。技術がなければ分子レベルで均一な前駆体の合成は不可能で、アイデアを適当に実験で確認しても、せいぜいシリカ粒子とフェノール樹脂を混合したような前駆体ができる程度である。

 

このアイデアはフェノール樹脂の天井材開発のテーマで耐火試験を通産省建築研究所と行っていたときに、石膏ボードと同じような耐火性能を持った樹脂発泡体ができないのか、と注文があり、水ガラスとフェノール樹脂のハイブリッド発泡体を提供した。フェノール樹脂をご存じの方ならば、アルカリ性である水ガラスをそのまま用いることができないので、それはうそだ、とおっしゃるかもしれない。化学的に正しい表現は、水ガラスから抽出したケイ酸とフェノール樹脂のハイブリッド発泡体という表現になる。

 

この材料の開発過程で、水ガラスとフェノール樹脂のハイブリッドは難しいがケイ酸オリゴマーとフェノール樹脂のハイブリッドならば簡単にできることを学んだ。ところがケイ酸オリゴマーを水ガラスから抽出するのが大変なのである。また抽出後放置しておくとシリカの沈殿ができる。ただ研究用に石膏ボードと同様の耐熱性を示すスーパー有機発泡体を供給するように依頼されたのでこのような材料設計を行った。

 

このスーパー有機発泡体は簡易耐火試験で石膏ボードと同様の燃焼特性を示した。しかし、この材料設計では、コストも高く生産も安定にできないのでとても商品にならない。そこでこのスーパー有機発泡体と同等の機能を実現するために、いろいろ設計して軟質ポリウレタンフォームで実績のあった燃焼時にガラスを生成する難燃化手法を組み込み商品化した。研究ではなく技術開発で行い、その過程でポリエチルシリケートとフェノール樹脂の重合も検討したので、前駆体のアイデアが生まれる下地ができた。

 

高純度SiC前駆体のアイデアは一朝一夕にできた思いつきとは異なるのである。ダンフレームという商品名の硬質ポリウレタンフォームの市場がなくなるかもしれない、という状況における不眠不休の天井材開発過程(今ならばブラック企業と騒がれるような状態)の技術蓄積があって生まれたアイデアなのである。

 

(注1)仮にフェノール樹脂やポリエチルシリケートの反応速度の解析ができても、実用化に際しては、フェノール樹脂にわずかな水が含まれているため、その水の管理が問題となる。すなわち特定のフェノール樹脂について研究論文がまとまったとしても、安定に生産できる条件がそれで解明されたわけではない。実はこの系について最適化するためにはタグチメソッドあるいはそれに近い方法(例えばクラチメソッド)が必要である。最適化された条件では、安定に前駆体が合成される。また合成された前駆体を用いてSiC化の反応を速度論で解析するとSiOガスが中間体で生成しない機構の結果となる。これは重要なことで、出来損ないの前駆体を用いた場合には、SiOガスを中間体とする反応機構になる。そのような機構で進む前駆体を新技術として紹介している論文もあるが、それはレベルの低い技術論文である。すなわち前駆体高分子の状態でSiC化の反応が制御されているのである。中間体としてSiOガスを生じない反応機構でSiC化が進行する前駆体が本物である。この事実はあまり知られていない。興味のある方はお問い合わせください。あるいは筆者の学位論文をご参照ください。

 

(注2)前駆体の合成がうまくいったかどうかは、電顕写真でも確認できるが、バルクとして確認するためには反応速度論にもとづく分析が必要である。ゆえにこの前駆体の品質管理の目的で超高温熱重量分析計を開発した。

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.09/04 科学と技術(43:アイデアを出すコツ1)

現代科学の観点からすれば、設計は取るに足らないものだが、工学の観点からは設計が全てである。設計とは、あらかじめ想定された目的を達成するために、各種の手段を意図的に適合させることであり、まさに工学の本質である、とは、エドウィン・T・レイトン・ジュニアの言葉である。

 

この工学の定義については、1828年イギリスの土木学会の憲章に「工学とは、自然界の動力源を人間の利用と利便のために支配する技である」と書かれている。また日本の特許法第二条第一項には「発明とは自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」とある。これらの定義に科学的に証明されている、あるいは科学的に支持されているという要件が書かれていないことに注意すべきである。

 

すなわち技術は科学的に支持されていようがいまいが、自然法則を利用し機能を実現でき、人間の利用と利便のためそれらを制御できれば、それが技術なのである。科学的アイデアも非科学から誕生しているケースが多いにもかかわらず、この技術について科学的ではない方法や非科学的プロセスで実現された技術を認めない風潮があるのは残念である。

 

PPSと6ナイロンが相溶した材料を電子写真機に実用化した成果で、退職前学会の技術賞に推薦されたが、χが大きな組み合わせで相溶するわけがない、と言われ落選した。相溶しない組み合わせでも相溶させることが可能なプロセシングが存在し、そこに新しい科学の種が存在するにも関わらずアカデミアの支持が得られなかった。

 

落選はしたが、脆いPPSに6ナイロンを相溶した材料は、しなやかさという機能が付与され市場で5年以上トラブル無く活用されている。また、自宅の書斎のカラープリンターにもそのキーパーツは使用されており、普通紙でインクジェットよりも美しく絶好調のフルカラー印刷を実現している。「マジ、このカラー!」と言いたくなるほどである。技術の詳細を発表する機会を失い残念であるが、技術として成功している。

 

この新しい材料は、電子写真機のキーパーツとして設計し、また実用化した技術であり、技術を実現するための多数のアイデアも含め、科学的に研究して導かれた成果ではない。学会の技術賞とはこのような技術の成果についても受け入れ新しい科学の種を拾い上げる活動の一環であるはずである。

 

技術とは何か、という問いには多くの答があるかもしれない。しかし、科学的に明らかな現象を利用した技術であれば、特許としての新規性はやや低くなり、その内容によっては成立性まで無くなる場合がある。科学で説明できない「驚くべき」技術こそ新規性が最も高い。そんな技術開発を可能にするのが弊社の問題解決法であり、アイデアを出すコツも指導している。

 

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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2013.09/03 科学と技術(42)

科学の方法論に関しては学校教育で学ぶが、技術の方法論についてはメーカーのOJT以外に学ぶ場所は無い。

 

技術の方法論については、成果をあげた技術者の数だけ存在する、と思われる。そのなかでKKDは比較的古くから存在するコンセプトであるが、これを軽蔑する人と重視する人とに分かれる。

 

「勘と経験と度胸」の頭文字を取ったKKDは、うまくいく場合もあるから軽視できない。しかしKKDだけではいつでもうまくいくとは限らない。だから意見が分かれる。科学の時代の今日では、科学的ではない、という一言で片付けられることもある。このKKDだけでもその価値について充分議論できるぐらい技術の方法論について考え方は多様である。

 

田口玄一先生は技術の方法論に一つの具体的な解を出されたが、肝心な基本機能の見いだし方を技術者の責任としてぼかしたままこの世を去られた。また、システム設計を科学的研究の成果として見いだすことを推奨されていなかった。研究を行う対象はあくまでも基本機能について、である。基本機能が見いだされれば、技術開発をタグチメソッドでできる。しかし基本機能を見いだすにはどのように行ったらよいのだろうか。

 

田口先生と議論していて面白かったのは、基本機能として科学的成果以外も認めておられたことだ。KKDの成果でも容認して頂けた。田口先生はタグチメソッドだけを教える立場だったから、という理由ではない。田口先生はそのような方ではなく大変教育熱心な方であった。

 

技術者が提案した基本機能に関して真剣に議論してくださった。その意見は、抽象的ではあったがシステムについて専門家ではないにもかかわらず的確な指摘をしていた。そしてそこには一つの哲学が明らかに存在していた。

 

技術とは機能を実現する行為あるいは方法である、とは田口哲学から学んだ技術の定義である。

 

カテゴリー : 一般

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2013.09/02 科学と技術(41)

複雑な現象を科学で説明するときにモデル化がよく使われる。その現象の最も支配的な因子に焦点をあて、モデルを組み立て、論理的に現象を説明する方法である。モデルと現象がほぼ同じであれば科学的な実証モデルとして認められる。

 

現象とモデルが一致しないときに新たなモデルを考え直すのか、誤差として認めそこで妥協するのか、あるいは全く別のアプローチで現象を説明するのか多くの場合悩む。フローリーハギンズ理論ではχの導入により、一致しない現象をすべて誤差としているように思われる。そして誤差の支配因子を探索する研究が今も行われている。フローリーハギンズ理論で合わない例も多いので、新たなモデルを考えた方が良いようにも思われるが、多数の科学者が正しいモデルと認めている状態へ新たなモデルを提案するのには勇気がいる。

 

科学の世界では真理を探究することが使命となるので厳しい議論に耐えなければならない。しかし技術の世界では機能を実現できれば勝利者である。真理かどうかよりもロバストの高さが重要となる。再現よくロバストの高い技術ができたなら、仮に間違ったモデルであっても、正しく機能しておれば大きな問題とみなされない。ただし機能の再現性やロバストの高さについては、市場に出す前に厳しく問われる。科学と技術では厳しく問われる観点が異なるのだ。

 

弊社の問題解決法のK1チャートは現象や機能を実現するモデルという見方もできる。複雑な因子の絡み合いが存在し、やってみなければ分からないところはループになる。しかしそのループについて無限ループになるのか有限ループなのかは科学的知識と経験から判断できる。有限ループと判断されたならただひたすら実験を行い、安定に機能を実現できる条件を絞り込む。こうしてできあがった技術は、ブラックボックス化しやすい。

 

安定に機能を実現できる条件が求まると、その条件を逆にたどることで科学的な考察を容易にできる場合が多い。半導体分野で使用されているプリカーサー法による高純度SiCの製造条件については、このような方法で技術を完成している。プリカーサーについては、フローリーハギンズ理論では説明ができない組み合わせとχの値であるにもかかわらず有機高分子と無機高分子が安定に均一化する、科学では説明できない現象である。また、SiC化の反応条件を探索する実験では不思議なことが発生し、1回の実験でベストな条件が求まった。

 

科学では説明できない世界であるが、新たな発見があればそれを頼りに新たな技術を開発できる。例えばプリカーサーの密度を制御すると新たな機能が生まれることを発見したならば、科学的推論を展開することにより、できあがったプリカーサーの密度も自由にコントロールできるようになる。

 

一つ条件が見つかるとその条件について科学的考察を加える。すると新たな機能を実現できる技術のアイデアが浮かぶ。技術開発における科学の使い方の一つである。

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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