科学的手順で実証された現象は正しい、ということになっている。フローリーハギンズの理論でもその理論に適合する現象を例に実験で理論の流れを証明している論文がある。おそらくフローリーハギンズ理論の考え方は、高分子の混合系について現象をうまく説明できる理論なのだろう。しかし一方でフローリーハギンズの理論に合わないような実験データもある。合わないような、と表現したのは高分子の混合プロセスに必ず問題が残るからである。理論を正しいという考え方に立てば、理論にうまく合わないときに考察を混合プロセスの問題に持ち込めば良い。
哲学者イムレラカトシュは、科学的に厳密に証明できるのは否定証明だけだ、とその著書「方法の擁護」の中で述べている。すなわちフローリーハギンズ理論を否定する証明は科学的に厳密にできても、この理論を肯定する証明では科学的に不確かな部分が残るというのである。イムレラカトシュに従えば、フローリーハギンズ理論が間違っていることを示すために、χが大きい高分子の組み合わせで安定に相溶する系を示せば良い。
この視点で、光学用ポリオレフィン樹脂とポリスチレンの組み合わせを用いた相溶実験を計画した。ポリスチレンを様々な重合条件で重合してスチレン単位の並び方が異なっているポリスチレンを100種類以上合成しようと考えた。これらのポリスチレンと、光学用ポリオレフィン樹脂とを混練する実験を計画した。あらかじめ光学用ポリオレフィン樹脂だけで平衡状態になる混練条件を求め、その混練時間よりも短い条件で混練し、透明になるかどうか確認する実験を行った。すなわち混練時間5分という短時間の条件でポリオレフィン樹脂が平衡状態に無いことを確認し、この条件でポリスチレン存在下、透明樹脂ができるかどうか実験を行ったのである。
ポリスチレンの合成条件を100以上考えたが、運良く16番目の条件で合成したポリスチレンを混合したときに透明な樹脂が得られた。この16番目の合成条件のポリスチレンは、実験に用いた光学用ポリオレフィン樹脂と様々な比率で混合しても透明になる。すなわち完全に相溶しているのである。面白いことにこの樹脂で直径1cm程度の丸い平板を射出成形で成形し、温度変化を観察するとポリスチレンのTgあたりで平板は白濁し始める。さらにこの現象はゲートから樹脂の流れた状況がわかるような白濁の仕方である。そして、光学用ポリオレフィン樹脂の高い方のTgあたりから高温度の領域でまた透明な樹脂になる。
この実験でフローリーハギンズ理論が間違っていることを確信した。多くの系でこの理論に合う現象が生じるのは、考え方の大枠が間違っていないためであろう。しかし、χの定義が不十分ではないか、と疑っている。フローリーハギンズ理論は高分子のエントロピー変化に着目し構築されている理論であるが、χの定義をもう少し厳密に行う必要があるように思う。このあたりは高分子物理の専門家に任せるとして、技術の立場では、フローリーハギンズの理論が正しくないとすると面白いアイデアの展開ができるのである。
<明日へ続く>
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例えば、10の9乗Ωcmの半導体シートを樹脂で製造する場合に、樹脂へカーボンブラックを分散する材料設計を思いつく。しかし、導電性材料を絶縁材料に分散したときにはパーコレーション転移が生じるので、10Ωcm以下の体積固有抵抗で導電性の良いカーボンブラックを用いたときには、ある添加量のところで10の9乗Ωcmから1000Ωcm前後までばらつくことがある。このような場合でも成形プロセスで成形条件を工夫し、強引にシートを作ることは可能である。おそらく歩留まりは悪いがこのようにして10の9乗Ωcmの半導体シートを製造している場合が多い。
しかしマトリックスを構成する樹脂によっては、半導体シートの歩留まりが30%前後になる場合がある。パーコレーション転移は確率過程の現象なので10の9乗Ωcmの抵抗ならば30%前後の歩留まりで目標の抵抗となる。歩留まりを上げるために、樹脂の中で分散しているカーボンブラックのクラスターを制御することを思いつく。カーボンブラックの表面にはカルボン酸ができているはずだから、ナイロン樹脂を一緒に分散させればカーボンはナイロン樹脂の表面にくっついて分散するだろう、と甘いアイデアを思いつく。ナイロンの構造式を見れば周囲も信じてしまう。ところが実際にはうまく反応しないことは化学屋の常識である。
高分子をかじった技術屋がいれば、ここでフローリーハギンズ理論を持ち出し、χが大きいナイロン樹脂を選べば良い、とアドバイスする。このような材料設計案を材料開発の実力のある技術屋が聞けば一笑に付すはずである。しかし構造式や期待される反応、高分子分散に対する理論をまことしやかに並べて説明されると皆が納得するから不思議である。また、皆が納得しているところへ反対意見を言おうものなら袋だたきに遭う場合もあり、おいそれと怪しい理論のプレゼンテーションで反対意見を言いにくい。フローリーハギンズ理論など教科書に書かれた有名な理論なのでその理論に従い相分離するナイロンの島の表面にカーボンブラックをくっつけてパーコレーション転移を制御する、という怪しいアイデアは採用されテーマとして推進されることになる。
ある樹脂にナイロンを分散させて海島構造を作り、その島の表面でカーボンブラックのクラスターを制御する、というアイデアは一見すばらしい。アイデアは間違っているが、実験を行うと歩留まり改善に寄与して、30%が60%まで上がる場合がある。ナイロンの添加でパーコレーションの確率に影響がでたわけだが、それが良い方に出現したのである。2倍に歩留まりが上がったのだからもう少し頑張れば100%に行くかもしれない、と周囲も応援する。ただパーコレーションが確率過程であることに気がついていると、ここで限界と悟ることができるのだが周囲の応援もあってどんどん開発を進める。
開発プロセスにも品質管理を導入しているところでは、開発中の技術をある時点で商品化するかどうかの議論を行い、商品化決定後は技術の中身を固定化する。商品化まで半年あるからそれまでに60%から100%にできるだろうという予測で技術手段を決めてしまうとこの場合には開発を失敗する。このような技術開発をしている場合があるのではないか。このような場合に失敗の原因は明らかだが当事者には見えにくい。ゆえに不思議な失敗となるが、技術を正しく知っている技術者が最初に一任され、技術をチェックする仕組みしておけばこのようなことは起こらないが、日本の多くの企業ではそれだけの力量の技術者が少ないだけでなく、力量の高い一人の技術者に判断をゆだねることをしない。
<明日へ続く>
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勝負の世界では不思議な勝ちがあるという。しかし、論理を積み上げて行う技術開発では不思議な成功は無い。成功した技術開発には成功するための論理があり、問題は皆が成功すると信じていた技術開発が失敗する不思議である。そもそも技術開発を博打同様に考えている企業は少ない。少ない、と書いたのはリーダーが自分の定年退職の日までこのテーマが続けば良い、とうそぶいて技術開発を行う場合が大企業では起こりえるからだ。これは冗談の言葉としても言語道断で、そのようなリーダーの上手なプレゼンテーションに経営者はだまされないことである。
話は高分子材料から離れるが、省エネで注目を浴びているLED電球は無機系の材料でできている。これを有機系の材料で置き換える技術開発は100億円以上のマーケットを狙う必要のある大企業では技術テーマとして取り組まないはずである。また、寿命が無機系材料と有機系材料では大きく異なり、そのようなことは20年以上前から分かっている。当たり前だが特殊な付加価値でも無い限り、寿命の短い照明用の材料が寿命の長い照明用の材料を置き換える、という逆転現象は市場では起きないのである。コストは現在のLED電球の状況を考えればわかるように無機系材料にやや歩がある。ゆえに普通なら有機系照明という商品を目標に大企業では技術開発企画を立てない。
ただし有機ELディスプレーは15年前にすでに小さな画面ならできていたので、照明用ならば技術開発の目標として易しい。このように小さな市場と予測される分野を大企業は狙わないうえにすでに機能を達成できる基本技術が揃っている技術開発は、技術がさらに成熟してからニッチを狙う企画として中小企業が取り組めば必ず成功する。今から5年後であれば基本特許も切れるので、特許戦略を今立案し、特許出願を行って5年後に必要な技術開発を行えば、大きな市場をとれないが必ず成功できる技術開発を行える。
しかし、フローリーハギンズ理論のような怪しい理論がかかわる技術開発になると成功と失敗の見極めを企画段階で行うことが難しくなる。先の照明の例では20年ほど前に有機系材料及び無機系材料で「光るモノ」ができていたので技術開発を有機系で行うのか無機系で行うのかという選択を技術以外のどのような判断で行うのかという問題になり、技術的な要因で成功か失敗か左右されない。しかし、技術開発の根幹に関わる部分で怪しい理論がある場合には、その理論を頼りに技術開発を行うと失敗する可能性が出てくる。まずその理論が正しいのか間違っているのか、あるいは技術開発のよりどころとして捉えて良いのかどうかと言うことを最初に明確にする作業が必要になる。すなわち技術開発に関係する科学の成果を整理して、科学的に必ず成立する現象と怪しい現象を区別する作業が成功する技術開発のために重要である。
科学的に必ず成立する現象はそのまま技術開発計画の中に入れても問題ないが、怪しい問題は、まずその問題を解決してから技術開発計画の中に入れる必要がある。怪しい問題の解決方法であるが、それは技術開発のゴールとなる「モノ」を自分たちが保有している技術で作り上げ、どのような「モノ」ができるのか確認することが一番手っ取り早い。すなわち技術開発の「ゴール」に対して怪しい理論の副作用を手作りで不完全でも良いから1つ「モノ」を作って確認してみることである。そのとりあえずできあがった「モノ」を解析し怪しい理論の副作用の影響を見極めるのである。
<明日に続く>
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フローリーハギンズ理論は2種類の高分子を混合したときに生じる変化を論ずる重要な基礎理論と言われている。その理論では2次元の四角の中に異なる2種類の高分子を閉じ込めたときのエネルギー変化を論じている。その理論の中でお互いを溶かし込みやすいパラメーターとしてχを定義しているのだが、このあたりから怪しくなる。しかし、理論は実験で得られる現象をうまく説明できそうな雰囲気があるので2成分系の混合ではよくχまたはその相関するパラメーターとしてSPが用いられたりしている。ただしこのとき用いられるSPは低分子溶媒に溶解して求めたSPではなく、低分子の溶解の世界で用いられているSPである。
多分に怪しい理論にもかかわらず、実験でしばしば遭遇する現象をうまく説明できる。2つ3つうまく説明できるとマインドコントロールされたような状態で、その理論で全ての現象を解釈しようという気になる。これが危ない。新しいアイデアが出てくる可能性をつぶしてしまうのである。たった1種類の高分子を混練した時に、それが安定化するまでに40分以上という時間が必要な現象があるのに、5-6分で二軸混練機から吐出されるポリマーアロイをフローリーハギンズの理論で解釈しようとすることは乱暴な試みである。
実務で扱う高分子が、多分散系であることを理解している人は多い。GPCなどの測定器が進歩し分子量分布を簡便に測定できるようになったため分子量分布のデータを見る機会は多い。しかし、これが多成分系であることを示しているデータとして考える人は少ない。分子量が数100万以上の高分子と数万以下の高分子では分子運動のモードは全く異なる。化学式でモノマー構造にnをつけて代表して表現していても、実際には多成分の混合物と捉えた方が良い場合が実務上の現象では出てくる。さらに2種以上のモノマーを共重合して合成したコポリマーならば順列組み合わせを思い出して頂ければすぐに多成分と考えなければいけない状態ということに気がつくはずである。
光学樹脂用ポリオレフィンは、Tgを高めるために側鎖基をバルキーに分子設計している。ポリスチレンを水添した構造の材料や提灯のような構造をぶら下げたモノマーとエチレンを共重合させた材料などがある。
ポリスチレンは結晶性樹脂である。まだ完全な非晶性ポリスチレンは合成されていない。結晶性樹脂を水添してできた樹脂も結晶性樹脂のはずだが、これが非晶性樹脂として売られている。一部二重結合が不規則に残り完全にランダムな構造になっている、というなら理解できるが、この材料について二重結合は含まれていないので405nmのレーザーのレンズに使用できる、として説明されては何が何だかわからなくなった。使えない、というのが正しいし、実験をやらなくても予想はできたが実際に実験を行っても実用化ができなかった。無駄だと分かっていてもサラリーマンゆえにやらなければならない実験ほどむなしいものは無い。
提灯のような分子構造をぶら下げたポリマーでは、明らかに多成分系であるがこれを単成分のポリマーとして供給元の技術者は説明してきた。多成分のポリマーと解釈しなければならない実験結果が出ていても実験がおかしい、とまで言われた。現実を正しく見るように求めていたら最後はプロジェクトを外された。どうせおかしな実験と思われているならば、とポリスチレンとポリオレフィンを混練し透明な樹脂材料を作って405nmのレーザーで耐久試験を行ったところ、単成分と言われていたポリマーよりも耐久時間は延びた。ただし、この材料はポリスチレンが入っており複屈折があるのでレンズとして使用できない。そのかわり、押出成形して延伸すれば偏光子ができ、二枚重ねて90度回転させると暗くなる。フィルム会社ではこのような実験ができる環境がある。このあたりは別の機会に述べるが、新しい現象を発見できることが期待される実験は楽しい。
ここで大切なことは、フローリーハギンズの理論からはポリオレフィンとポリスチレンが相溶し透明な材料ができる、という現象を説明できないという点である。フローリーハギンズの理論を信じている限り、この二種のポリマーを混ぜて透明な樹脂を作ろうという動機は起きない。また、少し高分子科学を知っている人にこのようなアイデアを話せば馬鹿にされるのがオチである。しかし、ポリマーメーカーの技術者とポリマーに対する技術思想の違いから、いたずら心で行った実験でとんでもない実験結果が得られたのである。
この実験結果そのものは面白い実験結果であったが外されたプロジェクトで推進されていたテーマは失敗に終わったのは残念である。勝ちに不思議な勝ちはあるが、負けに不思議な負けは無い、とは野村克也氏の言葉だが、技術開発では不思議な成功は無い代わりに、皆の意見が一致した道を進んでいたのに失敗するという不思議な出来事はよく見かけた。技術開発の方向を多数決で決めるのは不思議な失敗の始まりとなる。
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χと高分子のSPについて高分子の教科書の取り扱いは様々である。明確にχがSPの関数であるがごとく説明しているケースやSPに触れていないケースなど様々である。しかしはっきりとχと高分子のSPとは異なる、と書いてある教科書は存在しない。
高分子のSPについて、実務上は低分子有機溶媒に溶解して決める。簡便にはSmallの方法が用いられているようだ。OCTAを使用できる環境であれば、SUSHIで温度依存性まで求めることができる。しかしこれらの方法で求められた値のお互いの相関係数は1ではない。例えば、SUSHIでは大別して2通りの方法で求めることができ、それぞれで求められた値と実務的SPとの相関係数は異なる。SUSHIの2通りの方法で求められた値どおしの相関についてもわずかにくずれている。
実際に2種類の高分子を混合したときに観察される挙動は複雑で、混練プロセスにより異なっている。どのような状態を均一に混合された状態と決めたら良いのかさえも難しい。そもそも1種類の高分子について混練しただけでもプロセス条件で異なった状態になる。高分子材料ではどのような状態を基準に論じたら良いのは実務上難しい問題がある。
初めてゴムの混練実験を行ったとき、指導社員から1組の加硫ゴムサンプルを渡された。そして、まずそのサンプルと同一の処方を混練し4種類の力学物性がすべて一致するゴムが得られてから実験を開始するように指導された。ところが、このゴムサンプルと同様の力学物性を有したゴムを再現良く作れるまで5日かかった。バンバリーとロールを組合わせて混練していたのだが、勘所を指導されていてもそれが身につくまで1週間近くかかったわけだ。
特殊な樹脂補強ゴムでプロセス変化が顕著に物性に表れる。その後様々なゴムを混練したが、そのサンプルほど物性がプロセスに依存していた例を体験しなかったので高分子の混合がどのような意味を持っているのか理解するのに貴重な体験だった、と思っている。一度この体験をすると、高分子の混練プロセスだけでなくその他のプロセシングについても慎重になる。
13年前、レンズ材料を担当したときに某ポリオレフィン材料だけを混練してみた。横軸に混練時間を、縦軸にガラス転移点における熱力学的値をとり、その変化を調べた。驚くべきことに30分以上混練しないと縦軸の値が安定しないのである。30分以上4時間まで混練したが40分から安定してばらつかなくなった。分子量分布はわずかに変化していたが誤差の範囲であった。
この実験結果は、日々納入される材料の品質安定性とも関係する。材料スペックや力学物性の偏差は小さいが、あるパラメーターのロットばらつきは大変大きいにもかかわらずスペックに入っていない。その一方でレンズ成形においてばらつきに悩んでいる実態を見て複雑な気持ちになった。<明日へ続く>
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異なる低分子の組み合わせで混合したときの現象については基礎的な物理化学の教科書に書かれた内容でほぼ説明可能である。ほぼ、という表現を用いたのは、低分子の組み合わせでも科学的理論からはずれた現象が観察されることがある。これが高分子の組み合わせになると、まず均一に混合するところから困難になる。
高分子と低分子の組み合わせについて希薄溶液ではフローリーの基礎的研究が科学的に正しい、と言われている。すなわち誰がどこで行っても再現する理論である、とされている。しかし、高分子の濃度でたった1-2%の世界の話で、この濃度を超えると低分子溶媒の中で高分子どおし接触が生じ理論から外れてくる。また再現性も怪しくなる。
高分子と高分子の組み合わせで生じる現象について、この低分子の組み合わせの世界で生じている現象と同様の捉え方で理論が構築されている。フローリーハギンズ理論がそれで、大雑把な理論にもかかわらず高分子の教科書に取り上げられている。
異なる低分子の組み合わせで均一になるかどうかは、溶解度パラメーター(SP値)で吟味される。高分子についても同様にSP値が用いられるが、フローリーハギンズ理論ではχパラメーターが定義されている。ややこしいのはこのχパラメータがSP値の関数である、という教科書が存在することである。
ゴム会社にはいるまでそのように信じていたが、指導社員から高分子のSP値は低分子溶媒に高分子を少量溶解して完全に溶解したときにその溶媒のSPと一致する、という定義であると指導された。χパラメーターと別物であるとも習った。またSBRと書かれていても銘柄が異なればSP値が異なることもある、と聞いてびっくりした。ゴムのブレンド実験をするときにいつも低分子溶媒でSP値を確認するように指導を受けた。χパラメーターやフローリーハギンズ理論は実務で信用されていなかったのである。また言葉は同じでも高分子のSP値は実験値であり、熱力学的パラメーターの関数と等しい、としてはいけないのである。
ただ数年してこの常識が常識では無かったことに気がついた。社内でもフローリーハギンズ理論を重視する研究者がいたのである。これは大切なことで、早い話が異なる高分子の組み合わせを混合したときに生じる現象はよく分かっていない、ということである。よく分かっていない現象について、教科書によく分かっているような書き方がされているので技術開発にも影響がでているのである。
SP値が異なる高分子の組み合わせ、あるいはχパラメーターが異なる高分子の組み合わせは必ず相分離する。この事実は正しい。そしてその相分離過程はスピノーダル分解で進行する、というのも正しいかもしれない。しかしχパラメーターがSP値の関数となる、というあたりから怪しくなる。この怪しい世界の現象についてどのように接するのか、この接し方でアイデアの出方が変わる。<明日へ続く>
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材料開発をセラミックスから有機高分子まで32年間研究開発した経験から、科学的に完璧に否定されない限り、技術開発は新しいことにチャレンジすべきだ、という考え方に至った。現代の科学で完璧に否定される技術はおそらく実現する可能性は低いが、科学で完璧に否定されない技術は実現する可能性がある。さらにその技術が完成したときに新しい科学の世界が広がるので挑戦的技術開発は人類にとって大歓迎すべき活動である。
昨年ノーベル賞を受賞したiPS細胞を創る技術は、それが実現するまでできるのかどうか科学的に不確かな世界であった。一つ一つの細胞について確認する作業が続けられている時にトリッキーな実験で一気にヤマナカファクターが完成した。ただしこの時点でそれはiPS細胞を創り出す技術であったが、ヤマナカファクターの研究が進むにつれて科学として完成しつつある。iPS細胞を創り出す技術ができあがってみると、ヤマナカファクターが4個の遺伝子の組み合わせであったので科学的アプローチをまじめに続けていたら膨大な時間がかかったであろうことが理解された。だから山中博士が最初に行った非科学的な実験を否定する人は誰もいない。むしろそのチャレンジ精神を称えている。
ヤマナカファクターには及ばないが、高純度SiC合成技術に用いる前駆体高分子の発明も非科学的方法で開発された。ポリエチルシリケートとフェノール樹脂はフローリーハギンズの理論から相溶しない組み合わせと言われていた。フローリーハギンズの理論を科学的に完璧であると認めるとこの組み合わせで均一なポリマーアロイを合成することは不可能なので技術開発しても成功の可能性は極めて低い。しかし、フローリーハギンズ理論は未だに科学的理論とは言いがたい。ゆえにポリエチルシリケートとフェノール樹脂を均一に混合したポリマーアロイの技術開発は成功する可能性があり、それが成功すると新たなポリマーアロイの技術の世界が広る。また、この技術の成功で、もしフローリーハギンズ理論が科学的に正しいならば、科学的な理論として不足している部分を明らかにできる。
高純度SiC前駆体の発明を行った時代にリアクティブブレンド技術はポリウレタンRIMのような低分子どおしの反応で用いられていた。これを高分子で行ったらどうなるか考えてチャレンジしたところたった1日で成功した(注)。山中先生と同じでただひたすら反応条件を変えて実験を行い均一になる条件を探したのである。300種以上の組み合わせ実験を行い、最適条件を見いだした。この30年前の実験の成功でフローリーハギンズ理論に対する疑問とカオス混合技術の可能性が結びついた。(明日に続く)
(注)ポリエチルシリケートとフェノール樹脂、反応触媒の3種類を混合し、透明な物質になる条件を求めれば良いので、1処方について実験開始から1分で結論は出る。実験準備も含め1日で500種類実験ができるという計算で実験を開始したが、朝9時から始め、ただひたすら撹拌実験を行い技術が完成したのは夜10時であった。
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コンピューターのハードディスクから異音が出た。3年以上使用してきたので寿命かもしれないと思い交換した。そのときハードディスクとロジックボードをつなぐコードがベトベトしているのに気がついた。ブリードアウトである。
コードを最初に交換したが、この効果は無くハードディスクの単なる寿命だったが、3年程度でベトベトするコードでは信頼性に疑問が残る。おそらくコストダウンのため不適切な難燃剤を使用しているのであろう。
ライターでコードに着火してもコードは炭化してすぐに火は消える。難燃剤がブルームしてきたと想像しているが、3年程度でこのようになるのは充分な加速試験を行っていなかったのだろう。ブリードアウトの加速試験は環境試験器を使用して行われるが、その試験法が問題である。加速試験を処方に合わせて変更しているであろうか。ブリードアウトは物質の拡散現象なのでその速度は処方に依存する。加速試験の結果を利用して処方改良の情報にできるのだが、問題となるのは、加速試験条件である。
可塑剤は一般に低分子で純度の高い物質が多い。すなわち結晶化しやすい。しかし不純物を含むと結晶化しにくくなるだけでなく、融点も下がる。ベトベト感はこのような可塑剤の性質とも関係する。樹脂やエラストマーには数種類の添加剤が含まれているはずで、室温で長時間放置したときと高温度で放置したときに表面へ拡散してくる成分の組成は変化するはずである。
これが加速試験で観察される現象と実際に生じる現象との誤差が生まれる原因である。これは加速試験を行い表面にブリードしてくる成分を分析するとわかる。加硫ゴム材料では可塑剤以外に加硫促進剤や老防など多種類の添加剤を添加する。加速試験を行うと試験条件によりブリードしてくる成分が変化することは常識となっている。ゆえにどのような加速試験条件を設定するのか大きな問題となっていた。加速試験条件は重要な製品開発のノウハウである。
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多変量解析が趣味のようになり業務に使用していた、ある日に、指導社員から、単なる統計で見いだされた因子として整理するだけでなく、材料の構造因子とプロセス因子に分けて、統計因子との関係を整理していったらどうか、とアドバイスを頂いた。指導社員は当時HP製の関数電卓を使用し、粘弾性のシミュレーション計算を手で行っていたほどの技術者である。そのうち何かアドバイスが飛び出す、と思っていたら、材料物性の相関についてご自身が考えているところを語ってくれた。
科学的ではないが、と前置きがあり、説明が始まった。高分子材料の物性には高次構造との相関があることが期待されているが、それがきれいに説明つかないので、研究としてうまく進んでいない。ただ、機器分析が急速に進歩してきて、ミニコンとの連携でかなり細かい解析ができるようになって、プロセス因子の複雑な関わりが見えてきたところだ。
例えば、引張強度が弾性率と靱性の関数で表現できるとする。弾性率は高次構造の結晶部分の影響を強く受ける。今ここに高次構造が完全にガラス化すると弾性率はかなり低くなる材料があるとする。その材料を用いて少しずつ結晶化度を上げてゆくと結晶化度との相関性が表れるが、あるところからその相関性が崩れる。結晶化部分のクラスターがプロセスで変化するためと考えられるが、プロセスで除去しきれない欠陥の影響が弾性率の上昇とともに大きくなると思われる。靱性は線形破壊力学から弾性率の関数として表現されているので、引張強度は弾性率の1因子関数として整理できて良いはずだが、ここは線形破壊力学が少し怪しいと考えて、独立因子として扱っておいた方が安全だ。
とご自身の経験から材料物性の強い相関性の世界について話してくれた。そして多変量解析による物性の見方は、かつて研究所内で意見が出たが、コストと成果の関係から見送られた課題だ、とも。またある年代以上の化学屋はコンピューターアレルギーが多く、そのうえコンピューターの値段が高いので、シミュレーション業務に対し見方が厳しい、と風土の問題を話してくれた。さらに強引に自分流で仕事を進めている現状は好ましく無いとクギを刺された。高いマイコンを自費で買った状態だから皆黙って見ているが内心はどうか分からないから、仕事のやり方も少しずつ是正した方が良い、と。
メンターとしても優れていた人で、良い勉強になった。指導社員は、定時になるとさっさと囲碁を始めたり、また行動もどこか斜に構えているところも感じられたが、組織人としてのツボを心得ていた。指導の仕方も絶妙で、ただ仕事のやり方を注意するのではなく、強相関ソフトマテリアルの概念につながるようなアドバイスと組み合わせて部下の向上心を促しながら辛口の指導をする優れたスキルを持ち合わせていた。このような指導社員と長く仕事ができたなら、と憧れたが、新入社員でありながら3ケ月で異動することになり、これが最後のアドバイスとなった。
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大学院に進学した頃8bitのマイクロコンピューターが話題になり、シャープからMZ80Kという組み立てキットが登場した。社会人になって車を買う前にこのMZ80Kを手に入れたが、BASICとアセンブラーがついていただけ。単純な計算はアセンブラーでコードを書けばよく走る。アセンブラーではプログラミングが面倒な作業になるので長いコードを書かないからバグも見つけやすい。
しかし、BASICはすぐにスパゲッティーよりも長いプログラムになる。走りも良くないが、バグるとリセットする以外に対応方法が無い。しかし、多変量解析などのプログラムではアセンブラーでコーディングするには大変で、BASICは重宝した。ただメモリー空間の狭さには閉口した。F-DOSが発売されたので、本体よりも高いフロッピーディスクドライブを購入した。今ではゲームで有名なハドソンからDISK-BASICが発売されたので飛びついた。10変数の実験データまでならFDOSを使い、多変量解析が自由にできるようになった。
フロッピーをアクセスしながらプログラムは走るのでちょっとした計算でも30分以上かかる。プリンターが無かったので計算結果は、表示されたデータを紙に手書きで写す。グラフも手書きである。画面に映し出された概略の分布を参考に、軸のスケールを大きくとり大雑把なグラフを手書きで書く。それでも一次相関だけを見ているより開発のスピードは上がり、アイデアも出る。主成分分析では予期せぬ分類を考察することになり、単相関では出てこなかったアイデアが出てくる。50万円近く私費を投入し、会社の仕事を独身寮に持ち帰り夜遅くまで楽しんでいた。今で言う”オタクの世界”だったのだろう。
多変量解析については、新入社員の開発実習でIBM3033という大型コンピューターのパッケージプログラムを使ったときに興味を持った。数千万円のコンピューターでしかできない計算を20万円のコンピューターでできるのか、と配属先の上司に言われ会社でMZ80Kを購入することをあきらめた。そこで自分で購入しチャレンジした。初めてプログラムが動いたときにはものすごく興奮したことを覚えている。
当時、機器分析技術が進歩していて、ゴムの分析データは1週間程度で分析グループの研究員が出してくれた。力学物性の試験結果と分析データを組み合わせて、単相関でグラフをいっぱい作成し、考察を進めるのが当時の仕事の進め方だが、これを改善したかった。せっかく分析グループの研究員が迅速に出してくれたデータである。仕事のスピードだけでなく、データを隅から隅まで利用したかった。大型コンピュータは専門家以外は自由に使えない環境で、さらにMZ80Kは上司の理解が得られなかった状況だったので、多変量解析を仕事に使うならば自分でコンピューターを購入する以外に道が無かった。
しかし、自分で多変量解析のプログラムを作る機会は、勉強不足の分野を補強する機会でもあった。学生時代あまり読んでいなかった線形代数の教科書はとたんに赤線だらけになった。当時の数ヶ月分の給料の出費は痛かったが勉強をする動機づけにはなった。お金も無くなり遊ぶこともできず、休日は独身寮でMZ80Kを動かし過ごす。仕事と私生活の区別が無い、サラリーマンとして落第生だったが、ストレスは無かった。毎週新しい発見がある仕事が楽しかったのである。
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