「欧米探偵小説のナラトロジー」でも「シャーロック・ホームズの推論の大部分は、厳密な科学の外見をもっているだけである。推理によって、彼は敵手のみか読者をも催眠させる。彼の推理の魅力は、この催眠の魔力なのだ」とべた褒めです。ところが、「僕は消去法によって、この結論を得たのであって、これ以外の仮説ではどうしても事実と符合しない。」、と述べている部分も「緋色の研究」にあり、科学的ではない消去法という手法も使用していると公言しています。消去法は、○×のテストで正解が分からない時に使用するおなじみの方法ですが、用意された事象の中に正解があることを前提にする推論なので科学の世界では非科学的方法と言われています。
探偵ホームズが使用していた非科学的な「考える技術」はこれだけではありません。短編集「シャーロック・ホームズの冒険」に収められている「ブナ屋敷」には「僕は七通りだけ説明のつけかたを考えた。七つとも、いまわかっているだけの事実とは矛盾しないのだ。そのうちのどれがあたっているかは、これから先方へ行って新しい事実を聴取してからでないとわからない。」と、七つも仮説を考えて、新しい情報が入ったら正しい仮説を選択する姿勢を見せています。この場合は消去法でなくとも、新しい情報を加えた演繹的推論で正しい仮説を選ぶぐらいのことは探偵ホームズの能力があればできます。この後、依頼人ヴァイオレット・ハンターから新しい情報を聞くと、「ありがとう。ところでこの不思議な話をここで一応研究してみましょう。むろんこれにはたった一つしか可能な説明はありません。」と仮説を一つに絞り込んでいます。
この前後にはどのように七つの仮説から一つに絞り込んだのか書かれていませんが、この「ブナ屋敷」における仮説設定からその絞込みの過程における文章の行間を推理しますと、複数の仮説を考える時に便利な「考える技術」の一つ、思考実験を使っている可能性があります。思考実験とはニュートンが始めたと言われている頭の中で推論を展開する方法で、アイデアについて頭の中でシミュレーションを行う非科学的な「考える技術」の一つです。
探偵ホームズが思考実験を使っていたかどうかは、「ブナ屋敷」と同じ短編集に収められている「ボヘミアの醜聞」に描かれた次のシーンからも推理できます。 玄関からホームズの部屋まであがってくる途中の階段の段数をいつも見ているワトソンが、階段の段数が十七段であると答えられないことに対して、「そうだろうさ。心で見ないからだ。眼で見るだけなら、ずいぶん見ているんだがねえ。僕は十七段あると、ちゃんとしってる。それは僕がこの眼で見て、そして心で見ているからだ」と探偵ホームズはワトソンを諭しています。
探偵ホームズの活用していた「考える技術」をこのように推理してみますと、探偵ホームズは科学的論理だけを忠実に用いて推理を行う奇人ではなく、非科学的と言われている消去法や思考実験までも「考える技術」として使いこなし、事件の推理を行っていた柔軟な頭脳の持ち主で、エキセントリックにふるまっていたのは探偵としてのカリスマ性を演出するためではなかったのかと想像したくなります。
探偵ホームズの「考える技術」は、これだけではありません。探偵ホームズについては頭脳明晰な理論派と表現され、やや二枚目半的な紳士としてこれまで映画やテレビドラマなどで表現されることが多いですが、「考える技術」の使いこなし方の視点で見ますと、むしろ現場観察重視の泥臭い一面と人並み外れた鋭い観察眼のある、加齢臭よりも煙草臭の強い職人的オヤジのイメージが浮かび上がります。
例えば「赤髪組合」には、ワトソンがホームズと一緒に依頼人の話を聞き、現場観察をおこなったあとのぼやきで、「私としては、彼とおなじく話を聞き、おなじだけのものを見ているのに、ホームズがすでに過去の事実はもとより、今後いかに事件が進展してゆくかについても、明らかな洞察を下しているらしい口ぶりをもらしている」と述べています。
これは、ワトソンがベーカー街の事務所で待合わせるとの指示を受け、探偵ホームズは事件解決の段取りを一人で行うために人ごみの中へ消えていった時のワトソンの独り言ですが、相棒のワトソンをほったらかしにして、問題解決の仕上げを一人で楽しみながら行うところは、長年の蓄積された経験で身に着けた知識と知恵を活用する職人的オヤジの姿そのものです。職人的オヤジにとりまして強力な「考える技術」は、豊富な経験から得た知識と知恵を用いて頭の中でシミュレーションを行う思考実験です。
(明日へ続く)
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探偵ホームズの「考える技術」について、もう少し詳しく物語の表現から推理してみます。不評だった第一作「緋色の研究」には、探偵ホームズがやや人間性を欠いた推理の天才で、エキセントリックな人格であるなど主人公に関する説明が多く書かれています。ワトソンとの出会いのシーンでは、「いっしょに暮らすとなればそのまえに、おたがいの短所を十分知りあっていたほうが好都合ですからね」と探偵ホームズからワトソンに語りかけ、お互いの欠点を説明する部分まででてきます。
第一作ですから登場人物の説明を読者に詳しくする物語展開を否定しませんが、探偵ホームズが凡人とは全く異なる奇人で、音楽と臭いの強い煙草とコカインを愛し女嫌いであることまで最初に説明が出てくるのは、やや冗長で、このようなことは事件解決の過程で探偵ホームズの動作からわかるようになっていたほうが物語としておもしろいと感じました。第一作も含め彼の事件を推理する動作には、最初に説明された性格がにじみ出ています。
しかし、このような冗長性のおかげで、この書を読みますと探偵ホームズの使用していた「考える技術」を理解することができます。例えば「ただ一滴の水より、論理家は大西洋やナイアガラ瀑布など、見たり聞いたりしたことがなくても存在の可能なことを、推定しうるであろう」という探偵ホームズのセリフから、「部分から全体を推理する方法」を会得していたことがわかります。
これは、論理学で演繹的推論と呼ばれている「考える技術」を利用しますが、科学の研究分野でよく使われる方法です。例えば「一般的法則pが成立するならば、ある個別法則qが成立する」という表現が推論で、これを順次展開し結論を導き出してゆきます。
論理学の推論では、「pならばq」に対して、「qならばp」という表現を「逆」、「pでないならばqでない」という表現を「裏」、そして「qでないならばpでない」という表現を「対偶」と呼んでおります。高校数学で学習しましたように推論の「逆」や「裏」は常に成立するとは限りませんが、「対偶」の関係にある推論はいつも成立します。
すなわち「pならばq」を考えてもアイデアが出ない時に、その対偶である「qでないならばpでない」という推論でアイデアをひねり出す「考える技術」は有効でビジネスの問題解決でも使われております。こうした推論の表現と性質について、探偵ホームズが登場した時代には、すでに論理学の世界で解明されていました。
また、「だいたい犯罪にはきわめて強い類似性があるから、千の犯罪を詳しく知っていれば、千一番目のものが解決できなかったら不思議なくらいなものだ。」、という表現から、先の推論とは異なる、「全体から部分を推理する方法」も使っているようです。これは個々の情報から一般事象を導き出す帰納的推論と呼ばれる方法で、論理学では演繹的推論と並ぶ代表的な「考える技術」であり、高校数学で数学的帰納法として学びます。
数学的帰納法では、n=1で成立することの確認から始まり、ある自然数kと自然数k+1で成立することを示し、すべての自然数で成立する、と結論を導いてゆきます。しかし、実際の現場ですべてについて成立することなど示せませんから、結論が蓋然的になる可能性があり「考える技術」として問題解決に使用する時には注意が必要です。
帰納的推論は、ソクラテスの時代から存在していた「考える技術」のようですが、数学的帰納法のように、その推論の展開でいつも完全に成立性が保証されているわけではありません。それゆえ長い間論理学の分野で議論が続けられていたようで、フランシス・ベーコンが現れ、帰納的推論を論理学の一手法として確立したのは16世紀のことです。
その後も改良が加えられ、帰納―演繹―検証の三段階からなる演繹的方法が19世紀のジョン・スチャート・ミルにより伝統的演繹推理を補強する形式で実現されます。すなわち、帰納の代わりに仮説を入れた、仮説―演繹―検証からなる「仮説法」が考案され、伝統的論理学が「考える技術」の体系としてこの頃完成します。
驚いたことに、探偵ホームズは、現代の科学でも使用されている伝統的論理学が完成した当時の成果を「考える技術」として駆使していたことになります。先に説明しましたが、短編のほとんどの物語は、「ベーカー街における問題設定、情報収集と分析、犯人が解明され、最後の説明」という構造になっており、この毎回同じ構造の美しさとその中で探偵ホームズが科学的に体系化された論理学を駆使して推理を展開する魅力で、探偵ホームズの物語が成り立っていることはこれまで指摘されてきました。
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原子が共有結合でつながり、分子となり、分子の分子量が共有結合でつながって大きくなり高分子となります。この高分子が集まってナノオーダーからミクロンオーダーさらには目で見えるレベルまでの構造ができると、それを高次構造と呼んでいます。共有結合でつながっている分子を一次構造と呼んでいますが、その上は二次構造三次構造と言わずにいきなり高次構造と呼んでいます。DNAような二重らせんを二次構造と呼ぶ人もいますが、高分子材料の専門家の多くは、一次構造の次は高次構造と大雑把にまとめてしまっています。
ナノテクノロジーが注目され始めたころから少し細かい構造だけに絞って研究する流れができ、メソフェーズ領域という言葉が出てきました。40年近く前に、炭素間の共有結合だけでできた分子を高分子と呼んでいたのを、炭素間の共有結合以外に、例えばSiO結合や、PN結合などの少しイオン結合性を含んでいる高分子を無機高分子と呼び、高分子の概念を広げた効果と同じように高次構造の研究手法や新材料の生み出されるスピードが上がりました。
コンセプトが変わると研究の視点が変化し新しい分野が広がるためでしょう。高分子の高次構造の設計をするために利用できる情報が豊富になりました。ただ残念なことにプロセシングが追いついていません。量産技術ができなければ材料を工業製品に応用することができません。実験室レベルでメソフェーズ構造を自由に制御できても、大規模なスケールでそれができなければ商業生産できません。
プロセシングの問題以外に高分子の一次構造の制御を大スケールで完璧にできていない問題も大切ではないかと思うようになりました。分子設計技術は20世紀かなり進歩し、その結果多くのスペシャリティーポリマーが登場しました。しかし、よく現象を観察してみますと、まだまだ分子の構造制御が十分できていないところが見えてきます。プロセシング技術が遅れているために目立っていませんが、プロセシング技術が進歩した後パーフェクトポリマーを要求される時代が来るのではないかと思います。
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探偵ホームズシリーズのほとんどの作品は、ワトソンを語り手としてベーカー街で始まり、そこへ依頼人が登場し、謎(問題)が提起されます。依頼人の説明が終わったところで、探偵ホームズとワトソンは、分析と調査に乗り出し、それが依頼人の持ち込んだ問題の解決へつながる、というパターンです。もし、最初のトライでうまくゆかない時には、ベーカー街の事務所に戻り、依頼人から再度話を聞くか推理をやり直します。
シャーロック・ホームズファン(シャーロッキアン)の好きな短編リストの上位に入る「赤髪組合」では、依頼人の相談内容が極めて不思議な相談であったため、正しい問題は他にあるのではないかと探偵ホームズは調査を進めます。しかし、それを発見した後、事件解決の準備のためワトソンと現場で別れますが、その後の待ち合わせ場所は、やはりベーカー街になっています。
すなわち探偵ホームズは、ベーカー街で問題設定し、分析的思考で推理を進め問題解決する、という現在普及している科学的問題解決方法の典型プロセスで事件を解決していきます。このような物語展開の中で、読者はワトソン役になり、探偵ホームズから提供される分析や調査の結果を基に謎を推理し考えることになります。探偵ホームズシリーズが現代でも愛読される理由は、このような一般的に用いられている科学的な問題解決パターンで話が進められている安心感と読者の「解く力」とのバランスが良いためでしょう。
探偵ホームズが、このような典型的な科学的問題解決法のパターンで事件を解決するのは、作者であるコナン・ドイルがロンドンで開業医として働いていたためと思います。すなわち作者の科学的教養の高さが、探偵ホームズに厳密な科学的論理思考をさせていたのだろうと思います。
ただし、探偵ホームズのあまりにも典型的な科学的論理思考ゆえに物語全体を平板にしているという批判があることも付け加えておきますが、物語で使われている彼の「考える技術」を行間から推理しますと、必ずしもその批判は正しくないように思います。最初に書きましたように短編集の物語展開はすべて同じパターンですが、「考える技術」を駆使している探偵ホームズの姿は、時々非科学的思考方法も飛び出す柔軟な頭脳の持ち主として描かれています。この探偵ホームズの姿を味わいながら物語を読みますと、必ずしも平板とは言えません。
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弊社の問題解決法について、「考える技術」という観点で毎日書いてみようと思います。一部すでにこのコーナーで書きました内容も重複して出てくるかもしれませんが、毎日読んだ時に理解を深める配慮とご理解ください。
本能的に問題を解いていた時代から、「考える技術」を生み出し、多くの人がそれを活用するようになったのはいつ頃からでしょう。科学者や技術者の「考える技術」については、物理学者マッハが指摘するように考えることが仕事の専門家の歴史さえもたどることは困難と言われています。しかし、推論などの「考える技術」を駆使した著作物をその歴史の足跡と捉え、哲学書をたどりその一端を知ることはできます。
ただし、難解な哲学書を一般大衆が読んだとは思えませんので、それが分かっても専門家の「考える技術」の歴史がわかるだけです。一方で、多くの信者を擁する宗教の教えを大衆の「考える技術」に入れるというのは少し違和感があります。たとえ心の問題を解決できたとしても科学の問題を宗教の教えでは解けないので、宗教の教えに「考える技術」としての汎用性はありません。
それでは、一般大衆が科学や日常の問題を解決可能な「解く力」に関心を持ち、能動的に「考える技術」を日常生活の中で活用した時代を知るにはどのような著作物を調べたらよいでしょうか。
科学的な論理が注目され、一般大衆が「考える技術」を利用して楽しんだ作品は、恐らく探偵小説が最初と思われます。江戸川乱歩は、探偵小説の定義として「探偵小説とは、主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれて行く経路の面白さを主眼とする文学」と「探偵小説の定義と類別」の中で述べています。この定義に従う著作物であれば、「考える技術」の参考資料となります。
また、前田彰一著「欧米探偵小説のナラトロジー」では、科学的な語りがされている探偵小説には「一般的な探偵小説」と「倒叙探偵小説」の二つのジャンルがあると指摘しています。「一般的な探偵小説」とは、読者に対し謎の提示から始まり探偵の捜査と推理によってその謎が解き明かされる典型的な探偵小説のことで、「倒叙探偵小説」とは、書き出しで読者に犯罪を見せるという探偵小説の逆の語りで展開される物語のことです。
この探偵小説の歴史を調べてみて興味深いのは、17世紀に哲学者ルネ・デカルトが著した「方法序説」から、1878年にフリードリヒ・ニーチェにより「人間的な、あまりに人間的な」が出版されるまでの哲学と文学が相互に刺激しあいながら、専門家による「考える技術」について議論が展開されてきた時代に探偵小説が生まれ、発展していることです。
すなわち19世紀初めに有名な「モルグ街の殺人」が探偵小説の元祖エドガー・アラン・ポーにより発表され、多くの人に読まれました。続いて書かれた「マリー・ロジェの秘密」や「盗まれた手紙」を含めた3部が探偵デュパンの活躍する典型的な探偵小説として知られています。少年少女名作集などで取り上げられる「黄金虫」は、前著「欧米探偵小説のナラトロジー」によれば探偵小説ではなく謎解き物語というジャンルだそうですが、これも一応探偵小説同様に「考える技術」を楽しめる物語です。
デカルトが演繹的推論をはじめとする「考える技術」をまとめてから、ポーが探偵デュパンを生み出すまで100年以上経っています。おそらく哲学者の道具であった難解な論理学が「考える道具」として一般の生活に浸透するのに1世紀以上の時間が必要だったのでしょう。
そして1886年には、科学的推理を駆使して活躍する世界的に有名なシャーロック・ホームズが、イギリス領スコットランド生まれのコナン・ドイルにより著された長編「緋色の研究」に登場します。しかしこの作品は不評で、その後ドイルは一度探偵小説をあきらめますが、アメリカのストランド誌の編集長が、リピンコット誌に発表された「四つの署名」を見て彼の作品のヒットを確信し短編の連載を依頼したので、60作近くの探偵ホームズものを書くことになります。その結果は、探偵ホームズがアメリカ生まれと誤解されるほどのヒットとなりました。
この流れを受けて20世紀前後には本格派探偵小説の黄金期を迎え、アガサ・クリスティーやヴァン・ダインなどが登場します。オースティン・フリーマンの「歌う白骨」という倒叙探偵小説は、この黄金期を象徴する作品として発表されています。
ところで、ナラトロジーの観点では倒叙探偵小説は表現形式の新型にすぎませんが、一般的な探偵小説と倒叙探偵小説の語りの展開の違いは、読者に思考方法の転換や推論の向きの違いを要求しますので、その比較から「考える技術」の変遷を知ることができます。
ただし、ここでは考える技術のヒントを探るのが目的なので、多数の探偵小説を読み比べて論じるのではなく、読み手に明らかに異なる思考が要求される、一般的な探偵小説と倒叙探偵小説の比較に焦点を絞り、そこに展開された「考える技術」について考察し「考える技術」を磨くヒントを探ります。前者の代表例としてコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズと、後者の例としてテレビドラマですが、本書の「考える技術」に近い思考方法を行っている刑事コロンボのシリーズをとりあげ、それぞれの「考える技術」の特徴について考察したいと思います。なお、説明の都合上一部の作品につきましてシナリオの結末を紹介していることをお断りしておきます。
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昨日ボーイング787のLi二次電池事故の記事が新聞に載っていました。今週同じ話題で書いたばかりです。ただ2回3回と事故が続きますと、福島原発と同じように技術者の良心を疑いたくなります。
35年前の新入社員研修発表会で軽量化タイヤの技術発表をした時の話です。数年前お亡くなりになり葬儀に参列させていただいた尊敬する技術者の一人、CTO(当時)から「君にとって軽量化タイヤとは何か」と問われました。すなおにスペックを応えましたら、叱られました。CTOの意図は、タイヤは命を乗せて走っている、ということを新入社員に教えたかったわけです。
すなわちスペックを満たしても、初めてのコンセプトの製品については商品にしてはいけない、とまで言われました。実地走行の安全試験を繰り返したデータが重要と、タイヤという製品の品質について厳しく教え込まれました。非科学的ではありますが、実験室で実際のノイズをすべて再現できるわけではないので安全性確保に実地試験が欠かせません。
当時オイルショックもあり、軽量化タイヤは時流に沿った製品で開発はかなり早い時期から行われていたのですが、製品化は「問題が無かったにもかかわらず」遅れます。安全試験にかなりの工数を割いたわけです。驚きました。石橋をたたいても渡らないその姿勢は、設計が全く新しい初物を製品化するときに重要であることを今更ながら思いだし、今回の事故で改めて身に染みました。軽量化タイヤの経験から、Li二次電池をジャンボ飛行機に載せるには、まだ数年必要ではないでしょうか?せめて小型機の搭載実績を積み重ねてからジャンボという手順を踏むべきではないでしょうか?
実際の製品の中で問題を抽出する手段も技術開発では時として行われます。しかし、飛行機という地に足がついていない商品でそれを行うのは、あまりにも危険です。一部の報道で低燃費飛行機として初めての技術がいくつか使われているので初期故障が起きているだけ、という説明がありましたが、事故が起きた場合には人命に直接影響するという特殊な乗り物では、その説明は間違っていると思います。飛行機という乗り物は初期故障さえ許されない乗り物である、という安全哲学こそ重要と思います。
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探偵ホームズの現代版の放送が始まりましたが、探偵ホームズの問題解決法について少し考えてみました。
探偵ホームズシリーズのほとんどの作品は、ワトソンを語り手としてベーカー街で始まり、そこへ依頼人が登場し、謎(問題)が提起されます。依頼人の説明が終わったところで、探偵ホームズとワトソンは、分析と調査に乗り出し、それが依頼人の持ち込んだ問題の解決へつながる、というパターンです。もし、最初のトライでうまくゆかない時には、ベーカー街の事務所に戻り、依頼人から再度話を聞くか推理をやり直します。
シャーロック・ホームズファン(シャーロッキアン)の好きな短編リストの上位に入る「赤髪組合」では、依頼人の相談内容が極めて不思議な相談であったため、正しい問題は他にあるのではないかと探偵ホームズは調査を進めます。しかし、それを発見した後、事件解決の準備のためワトソンと現場で別れますが、その後の待ち合わせ場所は、やはりベーカー街になっています。
すなわち探偵ホームズは、ベーカー街で問題設定し、分析的思考で推理を進め問題解決する、という現在普及している科学的問題解決方法の典型プロセスで事件を解決していきます。このような物語展開の中で、読者はワトソン役になり、探偵ホームズから提供される分析や調査の結果を基に謎を推理し考えることになります。探偵ホームズシリーズが現代でも愛読される理由は、このような一般的に用いられている科学的な問題解決パターンで話が進められている安心感と読者の「解く力」とのバランスが良いためでしょう。
探偵ホームズが、このような典型的な科学的問題解決法のパターンで事件を解決するのは、作者であるコナン・ドイルがロンドンで開業医として働いていたためと思います。すなわち作者の科学的教養の高さが、探偵ホームズに厳密な科学的論理思考をさせていたのでしょう。
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この数年黒がブームである。町中が黒い車であふれています。昔黒い車と言えば高級車の代名詞でしたが、今は高級車でなくとも黒が使われています。その黒もよく見ますと、車の種類によりまして微妙に異なっています。
車以外もピアノブラックという黒が流行したおかげで、身の周りに光沢のある黒があふれています。樹脂の射出成形体であれば、PCベースのポリマーアロイです。主流はPC/ABSですが、この樹脂は、PCにABSをブレンドし、靱性をABS並みに改良しています。ただ、PCを使用していますので価格が高いのが難点ですが、射出成形一発で光沢のある高級外観が得られます。
約半世紀ほど前にABSという樹脂が登場し、電気製品はじめ身の周りにある製品の外装の多くはABSに置き換わりましたが、今はPC/ABSに置き換わっているように見えます。またPCという高級樹脂も上市されたときの4割前後の価格にまで低下してきています。
PCは光学特性が優れていますので高級外観を得やすいですが、PC以外にもポリエステル系樹脂はその光学性能からPCと同様の効果を期待できます。しかし、射出成形性とのバランスが難しく価格がPCよりも安いにもかかわらずPETのブレンド品がなかなか登場しません。PETのポリマーアロイでもPCと同様の高級外観が得られますが、難燃化の技術が難しくさらに射出成型性という特性とのバランスをとることも難しいので技術開発が進まないのでしょう。
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事故が相次ぐボーイング787ですが、Liイオン二次電池が発火するトラブルもあったそうです。ニュースで知って驚いたのは事故の事実よりも航空機にLiイオン二次電池が採用されていたこと。航空機には各種厳しい規格があり、その規格を通過できるLiイオン二次電池ができたことにびっくりしました。
エネルギー貯蔵デバイスは基本的に使用法を誤ると爆発する可能性があると言われています。エネルギー密度が高いLiイオン二次電池ならばその可能性が高くなるわけですが、航空機の規格を通過できる電池の登場は、経済性さえ改善されれば、一気に二次電池の市場がLiイオン二次電池に置き換わる可能性が出てきたわけです。
すなわちLiイオン二次電池の現在の一番の問題は経済性ということになります。Liイオン二次電池に関係する冗談で、材料メーカーの幹部が海外出張に行くときに、電解質メーカーの幹部はファーストクラスに乗るが、あとはエコノミークラスに乗る、というのがあります。これは電解質メーカーが一番儲かっていることを揶揄した冗談ですが、電解質の安全性と経済性は非水系電池で相反する関係になります。
30年ほど前にセミソリッド電解質を研究したことがありますが、溶媒で膨潤させたゲルを用いたとしても溶媒の蒸気圧はそれほど変化しません。全く溶媒を用いないときには電池の内部抵抗が高くなるので放電容量へ影響が出ます。イオン導電性を上げるためにどうしても可燃性低分子溶媒で膨潤させる必要がありました。最近は難燃性あるいは低蒸気圧のイオン性液体も登場しましたので30年前と異なる電解質の設計が可能となりました。安全性と経済性の高い電解質はLiイオン二次電池の重要なテーマの一つでしょう。
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ホスファゼンは、P=N骨格を有する化合物の総称で、Pに結合する塩素原子を求核置換して様々な側鎖基で修飾することができます。6員環化合物ではP上にハロゲン原子が結合しているときにだけ、開環重合します。ゆえに環状のまま修飾した化合物や、鎖状に高分子量化したポリマーを修飾した化合物など用途に応じて自由に設計できます。
PN骨格はC=Cと少し異なった結合挙動をとり、環状化合物の場合でも鎖状化合物の場合でも、誘電率が4以上の物質を作り出すことができます。すなわちホスファゼン誘導体は高誘電率の化合物となります。骨格そのものの誘電率が高いことを利用できる用途にイオン導電体があります。30年ほど前にLiイオン導電体を合成しましたが、CーC骨格では、やや高抵抗の半導体しか得られませんでしたが、ホスファゼン導電体では、誘電率の効果が効き、導電体と呼べるレベルまでの化合物を作ることができました。
ホスファゼンの誘電率が高いという性質は、絶縁体としての応用以外に導電体としての分野にも有益で、電池の電解質添加剤にも有望です。特にLiイオン電池のような非水系の電池では難燃化が重要なカギとなりますので、ホスファゼンイオン導電体の重要な用途になります。
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