2011年3月11日の福島原発の事故以来日本のエネルギーに関する議論が活発に行われている。福島原発の事故処理費用はじめ公にされてこなかった原発の隠れたコストを考慮すると日本で原発は極めてコストの高い発電方法と言わざるをえない。脱原発の小泉発言が問題になっているが、この髙コストの問題を明確に議論すれば、日本で原発を行う大義が無くなる。
それでは低コストの発電方法は、となると現在のところ安価な天然ガスを用いた火力発電ということになる。これは従来技術の延長で集中発電方式を考慮したときの結論である。もし分散発電という考え方になってくると、現在のガス供給ラインを用いた各家庭における燃料電池発電が最有力と一部で言われている。
今のところ燃料電池の価格も高くこれを各家庭の負担で設置しなければいけないので普及していないが、各家庭で発電された電気の余剰電力を買い取るシステムが結びつけば一気に普及すると思われる。ただこれには法整備の問題があるのでまだ時間がかかるが、分散発電によりインターネットのようにエネルギーのネットワーク化が進んだ社会をスマートグリッド社会という。この小規模分散ネットワーク型システムでは新たなビジネスが誕生する可能性があり、今注目を浴びている。
この詳細は来年議論したいが、スマートグリッド社会では燃料電池以外に太陽電池や各家庭で蓄電するための安価な蓄電池など電池技術が不可欠で、「安価な電池」は今目に見えている重要なコンセプトである。レドックスフロー電池は最も安価な電池と言われているが結構場所をとる。鉛蓄電池がその次に位置している。
鉛蓄電池は自動車用として長年の間に改良されてリサイクルシステムもできあがっており、分散型発電における安価な期待される電池だが、現在のLi二次電池の技術を応用したNa二次電池の技術が東京理科大から3年前発表された。スマートグリッドの世界では安心安全安価な三安電池が不可欠である。
弊社ではスマートグリッド実現に向けすでに調査を開始しており、独自の蓄電池シナリオをすでに技術情報協会の書籍に発表しました。来年も弊社は元気な日本のために頑張りますのでご支援よろしくお願いいたします。良いお年をお迎えください。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料
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光コンピューターというコンセプトがある。学術書も販売されているので夢物語では無くその分野の研究も行われているのだろう。光ならば7色少なくとも3色使用できるので、電気信号の現在のコンピューターよりも多くの情報を扱えるだけでなくスピードも早くなる。
現在の汎用CPUはシリコーンを基板にして何層も積み重ねて製造されている。ガリウムヒソを基板とする速度の速いCPUも開発されている。またSiCを基板としたCPUも登場した。特にSiC製のCPUは耐熱性や熱伝導性の観点で注目されている。CPUではないが、SiC製パワートランジスターは高級ステレオアンプにも使用されているので20年後までには汎用CPUとしてSiCウェハーを用いたコンピューターが登場するであろう。
電気信号のCPU材料についてはかなりのシナリオを描ける状態で、それゆえすでにCPUの速度限界も議論され始めている。しかし光コンピューターの材料シナリオは見えていない。また光コンピューターにおいてメモリーをどのように設計するのか、という見通しも十分に得られていない。光コンピューターで演算を行うためにはメモリー機能が不可欠で長時間どのように光を閉じ込めるのか議論されている。
未来のコンピューターについて話題を拾ってみると20年後に実用化されているコンピューター技術のおおよその姿は見えてくる。すなわちSiCウェハーの大型化に成功すればSiで問題となる発熱温度の上限が高くなり、今よりも高速駆動可能なコンピューターが登場する。SiCウェハーの大型化技術はほぼ見えてきており20年後の技術として実現可能性が高い夢である。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料
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機能性低分子材料のコンピューターによる材料設計は、40年前コーリーらが逆合成のコンセプトで分子の合成ロジックを完成し、コンピューター上で効率的な合成ルートを評価したことに始まる。そして現代ではパーソナルコンピューターでその機能をシミュレーション可能なレベルまで到達している。
また、無機材料も固体物理の進歩によりコンピューターでその機能をシミュレーション可能なレベルに到達している。しかし、高分子については10年ほど前に元東大教授土井先生らのOCTAが完成したが、現在シミュレーターのテスト段階という状況である。
テスト段階であるが、例えばSUSHIのように現実系に適用できるシミュレーターもできている。ポリマーアロイの材料設計についてはSUSHIと経験知を併用するとコンピューター上である程度の実験が可能となる。OCTAが機能性低分子材料の設計のように使われるまでまだまだ時間がかかりそうであるが、原因は高分子物理の遅れにある。
高分子物理については、元東大教授西先生らのグループが地道に行っている分子1本のレオロジーの研究が重要である。レオロジーについては40年前の状況と現在では大きく変わったにもかかわらず、その変化が産業界に十分認知されていないように思う。
昔はあるスケールの大きさで高分子を眺め、計測されたレオロジーデータから高分子物性を議論していたのが、現在は分子一本から観測されるレオロジーデータを考察し高分子物性を議論しようとしている。この実験は気の遠くなるような実験で一つのデータを見る限り遊んでいるようにしか見えない問題がある。
しかし、このデータが必要な実務の現場が多数あるはずで、産業界はもっとこの研究に注目し、現場の情報を提供すべきであろう。実務の現場で得られたデータとこの研究が結びついたときに分子1本からメソフェーズ領域、そして目視可能なマクロ領域まで高分子物性の理解が連続的に進む。その結果高分子の材料設計がモノマーから自由に可能となる。
このコンセプトをある程度コンピューター上で実現しようとしたのがOCTAのように思われる。ここで「思われる」としたのは門外漢としてOCTAを眺めてきたからである。しかし退職後OCTAを勉強してみると高分子物理の向かうべき方向が示されていると考えるようになった。すなわちコンピューターのプログラムがあたかも高分子物理の哲学のようでもある。細部のプログラムを理解できていないのでオペレーションからの推定になるが、土井先生がOCTAで目指されたのは高分子材料設計における設計図の概念かもしれない。
(注)OCTAは名古屋で生まれたので名古屋の市のマーク「丸八」(布団屋ではない)から由来している。
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昔タイヤがそのまま自動車になった乗り物が登場する手塚治虫のマンガがあった。タイトルは忘れたが斬新な発想である。今年のモータ-ショーにはその様な車は出ていなかったが、それでも未来感覚の車の提案が幾つかあった。
今から20年後の自動車はどのようになっているだろうか。自動運転の車が注目を集めているが、おそらく実用化されていると思われる。しかし、これはまだ車のカテゴリーの自動車だ。
今から30年ほど前のモーターショ-にいすゞ自動車のセラミックアスカが実際に路上を走ったコンセプトカーとして展示されていたが、コストと信頼性を克服できず夢に終わった。しかし、トヨタブースの目立たないところに展示されていたエンジンとモーターを組み合わせたハイブリッド車は実用化された。もっとも当時のハイブリッド車は、ガスタービンとの組み合わせで、ガスタービンのエネルギー効率を上げる目的のため電気モーターとのハイブリッド設計になった。
当時のムーンライト計画では断熱セラミックスガスタービンが開発目標になっていた。ガスタービンエンジンはレシプロエンジンと異なり、高回転域の運転を得意とするエンジンである。そのかわり回転数を大きく変化させて使用するには不向きのエンジンだ。それでもセラミックスフィーバーの10年前の少年漫画には夢の車のエンジンとしてガスタービン車が描かれ、あの有名なバットマンの愛用車もガスタービンエンジンだった。
20年後の車を夢見るときに従来の延長線上で想像を膨らませても陳腐な予想しかできないだろう。思い切った発想でパラダイムシフトしたアイデアを生み出す必要がある。例えば日本は4人に一人が老人という社会になるので、老人に優しい車というコンセプトは未来に不可欠だと思う。痴呆症の老人が一人で乗っても安全な車、という難しい問題を考えれば良いアイデアが出てくるかもしれない。
またこれも従来の延長の発想では出てこないと思われるが、省エネから創エネの車というコンセプトも重要だ。すなわちエネルギーを生み出す車である。東京から名古屋まで車を走らせたら、帰りに必要なエネルギーが生み出されるような車という発想が重要になってくるのではないか。
単なる燃費を二倍にするのではなく、減速エネルギーの回生システム以外に風力発電や太陽電池も含め走っている間に発電されたエネルギーを蓄電するのである。エネルギー保存則から否定されるから100%は無理にしても使用したエネルギーに対し70%以上を目標にすることは可能なはずだ。
自動運転が可能になっているならば、車の中で事務が可能となる移動オフィス車も登場するだろう。そもそも居眠り運転の罰則規定も無くなるかもしれない。20年後の社会では生産性を今よりも上げなければならないから、車の中で事務をやるよりも安眠できる車が良いかもしれない。
今年もあとわずかになったが、今年一年を振り返ってみると未来への夢を語るきっかけとなるアイテムがたくさん登場した年である。アジアの動きも最悪の日韓関係に見られるように、真剣に明るい未来シナリオアジア版を考えなければいけない状況になった。
また、東京オリンピック招致運動はおもてなしで盛り上がったがとんでもない事件でつまづき次回のオリンピックに都知事がゲストで出席できない事態である。このように一寸先は闇だが来年は明るい未来を考えられる電子出版の新形態をスタートする。ご期待ください。
カテゴリー : 一般 宣伝
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フジフィルムのデジカメの成功で2年ほど前からクラシック感覚のデジカメが増えてきた。そして今年ニコンDfという画期的デジカメが発売された。どこが画期的かというと、画素数とか感度とかのスペックを宣伝しないカメラである。見て触って買ってください、といわんばかりのカメラ好きを狙った商品だ。
さっそく触ってみた。軽い!といってもペンタックス(リコー)の一眼レフカメラよりは重く感じた。実際にはペンタックスK3よりもわずかに軽いのだが、ペンタックスの製品はレンズも軽く作られているのにニコンのレンズは重い。ただ見た目の大きさから推定される重量よりも軽い。特にレンズセットで発売された組み合わせは、フィルムカメラを触っているような錯覚になる。ダイヤルの感触がまたよい。単なるぎざぎざダイヤルではなく昔懐かしい触り心地である。シャッターボタン始めボタン類の触り心地も抜群である。今バックオーダーを抱えているヒット商品だそうだ。
雑誌「アサヒカメラ12月号」に掲載された開発者インタビューを読み開発本部長山本氏の発言にしびれた。「構想段階ではしっかりと手を使って書き、イメージを膨らませるという教育をしている」と語っている。今時は3次元CADで図面を描けば、立体物の構想をPC上ででき、そのまま図面に落とせる便利な時代である。それでも構想段階では手を使うように教育をしているとのこと。
理由はCADで良いデザインができても実際に組み立ててみるとダイヤルの間隔が極端に狭かったりするそうだ。それで構想段階では手書きで、実際の自分のイメージを平面で確認しながら構想を具体化できるように教育をしている、という。これこそ心眼を大切にする技術者教育である。E.S.ファーガソンも同じような事を「技術者の心眼」に書いていた。
ニコンDfを1時間ほど店頭で触れてみたが、これだけ手になじむデジカメは初めてである。学生時代からペンタックスの手触り感が好きで、カメラはペンタックスを使い続けてきたが、このカメラには技術者の気合いを感じた。ただ、今売れに売れているので30万円近くする。センサー類はD4、その他はD610の部品の流用らしくD4よりは値段は安いが、外観にそれなりのお金がかかったカメラなのだろう。
高画素のデジカメD800よりも高い。D800と比較するのは無粋なことなのだろう。Dfは比較する対象が無い、それを欲しい人が買う商品である。そしてライカよりもお買い得である。カメラに興味が無い人もお金が余っていたらファッションアイテムとして買っても良いカメラである。価格もスペックとニコンカメラの製品ラインから考えるとビミョーに高い「持ちたくなる価値」を細部まで技術で表現した商品である。
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パーコレーション転移について材料科学の分野では未解明な部分が数多く残っている。数学的には確率過程で説明されるが、材料科学ではここへ材料固有の問題が加わる。すなわち高分子をバインダーに用いて導電性粒子をその中に分散し、半導体フィルムを製造しようとすると、溶融時の高分子の挙動が科学的に解明されていない場合には技術でこの問題を解くことになる。しかもKKDを働かせて科学的取り組みを行いながらモノを創り上げてゆく。
パーコレーション転移を材料設計で自由自在に使いこなすにはコツがある。詳細はコンサルティングで個別に請け負うことになるが、未経験で知識が無い場合にはカーボンと高分子1組成の単純な2元系のシステムでも隘路にはまる。
その結果、添加剤を加えて制御しようと試みる。パーコレーションに限らず材料のシステムは成分が増えれば増えるほど複雑になる。そもそも高分子という材料は多成分系である。そこへ全く構造の異なる物質を添加すれば見かけ上改善されても隠れた問題のために商品化で苦労することもある。
実際に問題解決を依頼されたケースでは、高分子AにカーボンXを添加して検討していたが抵抗が安定しないので高分子Bも加えて制御しようとした。2割ほど偏差が小さくなったが仕様に入らない。そこでXよりも微粒子のカーボンYを添加して凝集させようと試みたところ偏差が2元系よりも大きくなった。偏差が小さくなるときもあるので1年間タグチメソッドで最適化を試みたがロバストを上げることができなかった、という内容である。
故田口先生が聞かれたら、それはシステムが悪くタグチメソッドの責任ではない、と明快におっしゃるに違いない。パーコレーション転移の制御にはあたかも機械系のシステムのごとく最初にある程度の設計が必要である。カーボンの選択もその一つであるが、そのコツを書いた教科書や文献が無い。論文では現象の解説はあるが、解決方法を書いていない。
パーコレーション転移の問題は電気抵抗に限らない。実はフィラーを高分子に添加して力学物性を改善しようとするときにも現れる。しかしフィラーによる力学物性の改善は、せいぜい10倍程度なので電気抵抗のように100倍の偏差など生じない。それで問題になっていないだけである。
パーコレーション転移の科学は単純化されたモデルでうまく説明できるが、全ての材料システムに当てはめた科学理論、すなわち問題が発生したときに必ずこうすれば解決する、という理論はまだ無い。奥深い内容を含んだ技術の問題である。しかし、技術としてこうすれば良い、という経験則は存在する。ご興味のある方はご相談ください。
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カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子
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技術の伝承のために体験が不可欠である。どのような技術でも体験無しに伝承することは難しい。もし体験をしないで伝承可能な技術があったとしたらそれはすべて科学的に解明された万民が認める公知の技術か、あるいは大した技術ではないのかどちらかだろう。科学のおかげで科学で説明できる技術は論文で伝承可能である。しかし、技術の中には科学で解明されていない内容が含まれる場合もある。その部分を伝承するときに文章だけではうまく伝承できない。
技術の伝承のために何故体験が必要なのか。例えばパーコレーション転移という数学で原理が解明された現象を化学の世界で活用しようとするときに、未だパーコレーション転移は化学の分野で科学的に全てが解明されていないので、技術の伝承が文章だけでは難しくなる。
どのように難しくなるのか。例えば技術的に完成したパーコレーション転移制御による帯電防止層を体験無しに文章で説明しても伝わらず、何か品質問題が発生したときに文章で伝承された人が技術的には品質問題解決を不可能という誤った結論を出す、ということが起きる(これは実際に起きた問題であるので少し書きにくいが)。
その場合に、化学の世界におけるパーコレーション転移という知識と数学における成果を結びつけて品質問題の原因仮説を設定できるにもかかわらず、そのような行動をとろうとしない。化学の世界におけるパーコレーション転移について科学的に解明されていないため、自分が経験上獲得した他の知識と品質問題を結びつけて原因仮説を設定し、論証しようとするためおかしな事が起きる。
すなわち文章で伝承された技術は次世代の人の体験レベルまで結びついた理解が無い限り、技術がうまく伝承されない。難解な技術、というものはほとんどの場合科学的な解明がなされていない部分が多く残っている。このパーコレーション転移という現象もコンピューターの中で制御因子は解明されているが、化学の世界では未解明の因子が存在する。
この例で言えば導電性粒子表面とバインダー高分子の濡れの問題はすべてが解明されているわけではない。濡れの問題については界面活性剤の経験を数多く積んでいるためにすぐに界面活性剤を用いた仮説をアイデアとして考える傾向にある。バインダー高分子のコンフォメーションやその高分子が結晶化していた場合などに濡れが変化するという知識や経験をしていないためだ。その結果、界面活性剤など持ち出さなくても解決できる問題を界面活性剤で解決しようとしてパーコレーション転移の制御因子を増やし問題を難しくしたり解決できなくする。
特公昭35-6616という特許は酸化スズゾルを世界で初めて写真フィルムの帯電防止層として用いた技術だった。しかし酸化スズの物性やパーコレーション転移に関する数学的解明もされていなかったため、1991年にその特許の偉大さの再発見がされるまで誰もその技術の重要性を評価し理解できなかった。その特許を出願した会社においてさえ技術の痕跡すら無かった。
ライバル会社はその技術を否定するような特許を多数出願していた。写真フィルムには無色透明の酸化スズゾルが最も適しているのに青みを帯びたアンチモンドープの酸化スズが良い、という特許を出願していたのである。写真フィルムの色材以外の材料は無色であることが一番良いのは素人にも理解できるが、技術が伝承されていないとこのような不思議なことが起きる。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子
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技術開発を科学的に進めようとした時に科学で解明されていない知識を用いなければならないケースが存在する。例えば混練技術。混練中の樹脂の挙動はシミュレーション技術が発達した今日においても未解明の部分ばかりである。オープンロールを用いた混練でさえ十分な解明が行われていない。
科学的知識を用いることができない技術開発では新しい科学的知識を自分たちで研究し見いださなければ、科学的な技術開発は不可能である。たとえ科学的論理に基づき技術開発を進めたとしてもそこに用いられた知識の数々が経験に基づく知識であれば、それは科学的な技術開発ではない。
科学に基づく知識を用いていない時の技術開発について論じた本を読んだことはあるが、そこで注意しなければいけない点について明確に論じた方法論を読んだことはない。多くの会社で科学に基づく知識を用いない研究開発を行っているはずなのにその問題点を論じた本がないのは、恐らく売れないからであろう。少なくとも多くの企業では、科学的に研究開発を進めろという号令の中で仕事を行っているので非科学的なケースについて考える風潮は無い。
新人で最初に担当したのが樹脂補強ゴムでこのテーマは科学と技術を考えるにあたり大変勉強になった。また会社の風土も大変良く、経験の伝承が円滑に行われていた。すなわち経験知も用いることを前提にした技術開発が行われていた。KKDによる技術開発も恥ずかしい、という風土ではなかった。むしろKKDと科学的方法論がうまくミックスされて技術開発が行われていた、ともいえる。
役員クラスも研究開発部隊に技術開発を求めていて純粋な研究のための研究を評価しない姿勢が明確であった。ただしアングラで研究を行うことを認めていたので高分子研究のポテンシャルは高かった。今ならばサービス残業を強いるブラック企業と言われかねないが、研究者にとってはブラックではなく天国の研究環境が揃っていた。科学的知識と経験知をうまく使う技術開発が「美しく」行われている環境では技術の伝承もうまく行われていた。
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醤油や味噌、みりんなどの発酵食品に使われる米麹は日本人の発明で種麹屋というバイオビジネスが科学の無かった鎌倉時代に存在したという。しかも米麹の遺伝子や核が複数あるという細胞核の状態は自然界の麹菌と全く異なるという。そもそも生物の細胞には細胞核は一つ、というのが学校で習う科学的知識である。
米麹は明らかに技術の産物である。しかも現代の分析機器など無かった時代の技術で「カン(K)」と「経験(K)」と死ぬかもしれないリスクを省みず実験を遂行した「度胸(D)」の成果に思われる。現代でもKKDが細々と伝承されているが、科学の重要性の前にあまり歓迎されていない。しかし、昨年KKDで日本人のノーベル賞が生まれてもイノベーションの動力となる可能性を持った方法に対してあまり議論が活発になっていない。
科学を利用したKKDの威力は昨年のiPS細胞発見の経緯からNHKの番組を見た人は実感したはずだ。詳細はこの欄で触れたのでそこを読んで頂きたいが、ヤマナカファクター以外にも細胞をリセットする遺伝子の組はまだ存在する可能性が「科学的に」残っている。それはヤマナカファクターが、経験から見いだされた24組の遺伝子から度胸で全てを放り込んだ実験で経験的消去法を用いて見つけられた遺伝子の組であり、その遺伝子の組が唯一の組である、という科学的証明が成されていないためである。
ノーベル賞受賞という成果でもKKDが重要な役割をしている。もし、純粋に科学的に攻めていたら偶然が無い限りヤマナカファクターは見いだされなかった。白川博士の導電性高分子では学生の実験失敗という偶然がポリアセチレンを生み出したが、ヤマナカファクターは意欲のある学生が「試しに之もやっておこう」というKDの賜物である。そして良い結果が得られた後、試験で愛用していたかもしれない消去法というもう一つのKでヤマナカファクターを決定している。
おそらく米麹も同様のKKDで発明され、代々その技術が家宝として伝承され種麹屋が生まれたのだろう。科学が全くない時代なのでその進歩は大変ゆっくりではある。また、家宝は独占され今日まで伝承されてきたと思われる。現在はバイオビジネス花盛りの時代で農学部は花形学部である。その昔工学部受験者の滑り止めになっていた時代がある、とは信じがたい状態で、逆に工学部が落ち込んでいる。
本来技術も教えるべき工学部であるが、日本のアカデミアの発展の歴史から科学的知識しか教えていない。かつて客員教授時代に講義で科学を取り入れたKKDの話をしたら日本人の学生は居眠りをし、目を輝かせて聞いてくれたのは中国人始めアジアからの留学生であった。日本では科学を道具として活用するKKDは敬遠されるのか?
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先週NHKスペシャル「和食 千年の味のミステリー」が放送された。その後番組で紹介された内容を少し調べてみたが、WEB上には番組以上の内容が無かった。おそらく緻密な情報調査の結果の番組なのだろう。番組を見ていて疑問点が幾つかあり、そのままここで述べるのは気が引けるが、情報提供のつもりで書きました。もしご興味を持たれた方はNHKオンデマンドなどでNHKスペシャルを見てください。
番組では、日本の調味料醤油やミソ、みりんなどの発酵食品が、日本人の発明による「アスペルギルス・オリゼ」(日本コウジカビ/A.オリゼ)というカビから作られている、そしてA.オリゼを初めて抽出する方法を見つけたのが日本人だ、と紹介されていた。
驚くべきことに鎌倉時代には、種麹屋という世界最初のバイオビジネスがスタートしていたのである。この種麹屋のおかげで日本中にA.オリゼが広まった、と説明があった。この種麹屋についてもWEB上には詳しい説明が無かったので、時間を見つけて調査したいと思っている。
松たか子さんがナビゲーターになり四季折々の京都の風景を絡めながら、万人向けのナビゲーター共々美しい日本の美を表現しており、科学作品と言うよりも芸術作品と言っても良い番組だったが、NHKには科学に絞ったA.オリゼの番組を作ってもらいたいと思った。科学的にも価値のある内容がさらっと美しく表現され、科学番組としてみていた当方には少し物足りない後味であった。
さてA.オリゼに関する科学番組をNHKが作ってくれることを期待しつつ、感想を述べさせて頂くが、昔のA.オリゼは細胞の核が一つであったが今のA.オリゼにはその核が複数含まれている、とか、DNAの解読を行ったところ、昔のA.オリゼには毒素を作るアミノ酸配列があったのがすっぽりその配列が現代使用されているA.オリゼから抜けている、という説明についてはもう少し詳しい解説が欲しかった。一番大切なところである。
細胞核がどのように多核化していったのか、あるいはDNAのアミノ酸配列の一部分がどうしてすっぽり抜けたのか、またそれを作るにはどのような操作が必要なのか一切説明が無く、科学番組として期待していた当方は、松たか子さんの美しい着物姿にも物足りず不満が残った。ここが一番知りたかったところである。推理探偵小説で、探偵が行方不明になり犯人らしき人物も多数出てきて誰が誰だか分からなくなる、というような欲求不満の残った番組だった。
ただ、科学の無い時代にバイオケミストが日本に存在しA.オリゼを技術で作り出したことは確かである。種麹屋が登場した鎌倉時代(1192年鎌倉幕府誕生)には、古典力学の創始者ニュートンすら生まれていない。科学が存在しなくともバイオケミストリーのような高度の技術を生み出すことができるのだ。
昨年iPS細胞の技術は非科学的に生まれた、と紹介したが、A.オリゼは正真正銘非科学的に生まれた技術である。このようなすばらしい技術成果をみると、科学の役割について技術と科学を車の両輪にたとえたりするのさえ不適切な捉え方のように思えてくる。科学は技術開発のスピードを早めるのには役だったが、果たしてイノベーションを生み出すのにどれだけ役だったのだろうか。イノベーションは科学以外の力が重要に思うようになった。
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