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2012.10/01 会社の留学制度

入社して2年目に会社は創立50周年を迎え、CIが導入され、社名からタイヤが消えました。そして、非タイヤ部門を強化する方針が発表され、メカトロニクスと電池、ファインセラミックスの3分野を事業の柱とする戦略が発表されました。同時に50周年記念論文の募集(1980年)があり、私は有機無機複合材料から高純度セラミックスを合成し、それを基盤技術としてファインセラミックス市場に進出するシナリオを提案いたしました。この提案は、入選しませんでしたが、海外留学のチャンスを頂きました。

 

留学し学位を取得するのは一つの夢でしたので、このチャンスは夢実現につながる朗報でしたが、日本が先端を走っているファインセラミックスフィーバーの状況と会社の方針を考慮すると、留学先を日本とし会社の事業戦略に直結する研究テーマを選ぶべき、という思いが浮かび、アカデミアの先生3人に最良の留学先について相談いたしました。すると3人の先生方全員が研究環境の観点で無機材質研究所(現在の物質材料研究機構)を一番の留学先であると教えてくださいました。

 

しかし、無機材質研究所の留学では研究所に学位審査権が無いので学位は取れません。学位取得の容易さと会社の方針、そして会社が用意してくださいました海外留学先も含め悩みましたが、30年以上担当することになるであろうファインセラミックスの仕事を中心に考えを整理し、S人事部長とご相談しました。すると、無機材質研究所から留学許可が得られるならば、海外留学制度にとらわれる必要は無い、という見解を示され、研究所の上司にも調整してくださいました。

 

その後手続きを進め、無機材質研究所へ留学することになりましたが、当時国内の大学以外の研究機関への留学は全社の留学制度として前例が無く、海外へ毎年研究所から1名留学するのが常態化していましたので、研究所の同僚からは今回の国内留学が前例となったなら、海外へ留学しにくくなるのではないかとの批判も聞かれました。また、仕事中心ではなく学位取得と語学を成果として考えればよい、とアドバイスしてくださる先輩もいました。

 

会社に留学制度がある場合に、その目的の一つは人材育成ですが、それ以外は会社により様々と思います。研究所の上司からも柔軟に考えるように、ともアドバイスを頂きました。その後学位取得に苦労しましたから、当時の自分の判断が正しかったのかどうか悩むこともありましたが、無機材質研究所へ留学し、高純度SiCの新合成法を完成することができ、そしてその事業が現在も続けられていることを思いますと、海外留学と学位のチャンスを見送り、無機材質研究所を留学先に選びましたのは、正しかったのではないかと思っています。ただ、発明の成功により先行投資2億4000万円が決まり、高純度SiCの新合成法のパイロットプラントを建設することになり、3年間の留学予定が1年半になりましたのは誤算でした。

 

上司の説明による当時の全社留学制度は、語学留学が目的で、将来の海外派遣要員育成という目的があったようです。将来のキャリアプランとして社内ベンチャーを起業したい、という夢もございましたので、全社留学制度の趣旨どおりの留学でも良かったのかもしれません。しかし、SiC半導体の原料となる高純度SiCの新合成法のアイデア実現が、社業に貢献できる成果として具体的に見えておりましたので、無機材質研究所への留学を決意しました。また、当時の無機材質研究所は、ファインセラミックスフィーバーの中心研究機関で、セラミックスメーカーからのビジターが多く、留学先のSiC研究グループは、海外の留学生も含め満杯の状態でした。ところが小生のビジョンを理解してくださった猪股先生が田中無機材質研究所長と調整してくださり、受け入れてくださいました。さらに、田中所長は、留学の挨拶で訪問した会社幹部に、高純度SiCの用途が、パワー半導体やLED、半導体冶工具に広がり、将来一大マーケットが形成されるという説明をして、高純度SiCの研究の後押しをしてくださいました。この詳細は「なぜ当たり前のことしか浮かばないのか」(1)あるいは「問題は「結論」から考えろ!セミナー」(2)に紹介してあります。

 

(1)(2)は、クリックして頂くと、リンク先からサンプルを閲覧できます。

カテゴリー : 一般

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2012.09/30 実験の目的

実験は、仮説を検証するために行う、とは、大学で研究の指導を受けているときに言われた言葉である。確かに仮説を検証するために実験を行えば、企業の研究開発業務でも効率があがる。

 

哲学者イムレ・ラカトシュ著「方法の擁護」には、科学的論理で完璧にできるのは否定証明だけである、と書かれている。興味を持ちましたのは、否定証明された科学的真実について、それを否定する事実が出現したらどうなるか、という点で、それは科学的にありえないことになるが、新発見として認められれば、否定証明に使われた論理のどこかが間違っていたか、前提条件が不足していたことになるので、そこから新たな科学の研究が始まる、すなわちイノベーションを起こすことができる。しかし、このような今までの科学が否定された現象が見つかった、というニュースをほとんど聞かない。科学が進歩し、自然現象の解明が進んだからだ、と説明されるかもしれないが、高分子物理の世界には、怪しい式が存在する。

 

イムレ・ラカトシュが言うように、否定証明だけが完璧な論理展開とするならば、仮説を検証するための実験についても2通りの実験計画が考えられる。一つは、仮説の正しさを確認するための実験と、仮説を否定するための実験である。通常の研究開発では、科学的成果を活用し開発速度を上げるために前者が採用され、仮説で見いだした因子の最適化を行い、製品化作業を進める。また、科学的成果から立案した仮説をわざわざ否定するような実験は、経験上から多くの場合失敗する、と考える。しかしイノベーションを期待できるのは後者の実験である。仮説を否定した実験が成功すれば、その仮説の基になった科学的成果は疑わしくなり、新たな可能性が展開する世界が開けてくる。

 

32年間の企業の研究開発において、仮説を否定する実験を3度成功させた。その最初の実験の成果が、高純度SiCの前駆体高分子の合成である。1980年の技術調査結果では、高純度SiCを合成するための原料として幾つか提案されていたが、珪素源と炭素源のいずれも高純度で経済的な原料の組み合わせ、あるいは高純度化を達成できる経済的なプロセスは存在しなかった。例えば珪素源としてポリエチルシリケートは、半導体原料にも用いられている経済的な高純度の珪素源であり、フェノール樹脂は、高純度炭素を製造するのに経済的な原料である。それゆえ、それぞれを珪素源もしくは炭素源として用いて、その他の珪素源あるいは炭素源とを組み合わせた発明が公開されていた。しかし、その他の珪素源や炭素源の純度が悪いために、合成されたSiCの純度を99.0%以上の高純度化に成功した発明は無かった。もし、この両者を組み合わせてSiCの前駆体に用いることができるならば、理論上100%純度のSiCが合成できるはずである。

 

ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせが存在しなかったのは、両者を混合すると相分離するからである。すなわちうまく混ぜることができないからである。これは、フローリー・ハギンズのχパラメーターの説明を読めば容易に説明がつく。簡単に申せば、異なる構造の高分子を安定に混ぜることができない、混ぜれば必ず相分離する、という理論が高分子物理の世界に存在する。この理論を知らなくとも、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混ぜてみれば、白濁しすぐに2相に分離するので、この2種の組み合わせをあきらめることになる。ポリウレタンの合成経験を生かして、ポリエチルシリケートを低分子量のテトラエチルシリケート(TEOS)にしても改善されない。純度を犠牲にして界面活性剤あるいはコンパチビライザーを用いれば少し改善され、白濁した状態の混合物が得られ、それを加熱してゆくと、運が良ければうまく硬化するが、運が悪ければ発泡する。運が良かろうが悪かろうが得られた硬化物の構造を見ると数ミクロンのシリカ粒子が析出している。シリカゾルとフェノール樹脂の混合物はナノオーダーの構造なので、ポリエチルシリケートあるいはTEOSとフェノール樹脂の混合など実験を行う動機は生まれない。

 

しかしポリエチルシリケートとフェノール樹脂の均一混合を成功させたいと思った。それは、樹脂補強ゴムの開発を行っていたときに、高分子の相溶に疑問を持つような結果を体験し、フローリー・ハギンズの理論のあまりにも単純な仮説に疑問を持っていたからである。構造の異なる2種の高分子を分子レベルで混合し(相溶し)安定化する一つの手段は、構造の異なる2種の高分子を反応させる方法である。これをリアクティブ・ブレンドというが、反応でできた結合が安定であれば、混合後放置しても相分離しない。分子レベルで反応しているので、炭化すれば分子レベルのシリカと炭素が混合された前駆体ができる。この前駆体を用いれば、未反応の酸化珪素が残る可能性は無くなる。しかし、そのためにはフローリー・ハギンズの理論を否定する実験を行わなければならない。

 

このフローリー・ハギンズの理論を否定する実験は、無機材質研究所留学時代に行い、成功しましたが、この成功は、フローリー・ハギンズの理論を否定する新たな実験のアイデアを生み出し、定年退職前にカオス混合を簡便に行う混練装置の発明につながりました。カオス混合につきましては、「高分子材料のツボ」セミナー(クリックしてください)をご覧ください。

 

サンプルはこちら(Adobe Flash Player最新版がプラグインされている必要があります)

 

 

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2012.09/29 高純度SiC前駆体の発明

硼酸エステル変性ウレタンフォーム(1)は、燃焼時にアモルファスボロンホスフェートを生成し、高分子の難燃化を行うコンセプトで開発しましたが、合成された高分子は、高純度ボロンホスフェートの前駆体高分子とみなすこともできます。

 

1980年頃通産省主導でセラミックスガスタービンを開発目標にしたムーンライト計画というプロジェクトがスタートし、セラミックスフィーバーが始まりました。ファインセラミックスの製造プロセスとして、金属アルコキシドを用いるゾルゲル法は注目を集めておりました。セラミックスは高温でも安定なので、高純度のファインセラミックスを得るためにセラミックスを合成してから高純度化するよりも、原料段階で高純度化できるゾルゲル法が有利だからです。しかし、アルコキシドの安定性や反応バランスから、合成できるセラミックスが制限されておりました。高分子マトリックス中にセラミックスの成分を固定化したゾルゲル法であれば、原料のアルコキシドの制約が無くなります。

 

硼酸エステル変性ウレタンフォームの開発が完了した時に、フェノール樹脂発泡体開発プロジェクトが社内にできました。フェノール樹脂は耐熱性が高い樹脂ですが、当時のフェノール樹脂で発泡体を製造すると難燃性が低下する問題がありました。しかしフェノール樹脂は、燃焼時に炭化物を多く生成する樹脂ですので、リン酸エステル系難燃剤が無くとも難燃性向上ができるのではないかと推定し、硼酸エステル変性ポリウレタンフォームのコンセプトを見直し、シリカゾルだけで難燃性向上を狙ってみました。見事的中し、LOIの向上とJIS規格準不燃レベルも低密度フェノール樹脂発泡体で合格することができました(2)。このフェノール樹脂とシリカゾルの複合材料は、窒素中800℃で炭化(蒸し焼き)しますと、高純度のシリカ(SiO2)と炭素(C)の均一に混合された材料になり、さらに1600℃以上の高温度で反応させますと、高純度SiCが合成されます。すなわち、シリカゾルで難燃性を向上させましたフェノール樹脂発泡体は、高純度SiCの前駆体高分子でもあるのです。

 

1990年代に有機無機ハイブリッドの研究報告が活発化しますが、1980年代に高分子前駆体からセラミックスを合成する研究は、ノーベル賞が噂された故矢島先生のポリジメチルシランのご研究が存在したぐらいで、2種以上の高分子を均一混合し、セラミックス前駆体に用いる研究報告はありませんでした。ホームランを狙い、フェノール樹脂とシリカゾルのハイブリッドポリマーの研究をフェノール樹脂発泡体開発の傍ら続けました。

 

難燃性を向上させたフェノール樹脂発泡体は某大手建築会社の天井材に採用されますが、この天井材開発は成功しても、いろいろなマネジメント上の障害が多数発生し、開発プロジェクトの活動は精神的苦労が大きかったので、良い思い出になっていません。ただ、プロジェクト活動中はストレスの多い毎日でしたので、時間外のテニスを有機無機ハイブリッドポリマーの研究に切り替えて、気分転換し楽しんでおりました。

 

天井材用に開発されたフェノール樹脂とシリカゾルのハイブリッドポリマーでもナノレベルの複合化を達成していました。さらに難易度が高い分子レベルの複合化をめざして、シリカゾルのかわりに、水ガラス(ケイ酸ソーダ)から抽出したケイ酸ポリマーとフェノール樹脂のリアクティブブレンドを研究していましたが、中間処理にジオキサンやTHFを用いますので作業環境の問題を抱えておりました。この研究は、フェノール樹脂とポリエチルシリケート(TEOSなど)とのリアクティブブレンド及びそれを用いた高純度SiCの発明(3)(4)へ発展しますが、難燃剤の研究が、ファインセラミックスフィーバーの影響を受け、ゴム会社の事業とは無関係の新しいアイデアを生み出す原動力になっておりました。

 

この時の思考過程は、コンセプト重視の考え方に思考実験を組み合わせたプロセスでしたが、ソフトウェアー工学のオブジェクト指向やエージェント指向の勉強もしておりましたので逆向きの推論の有効性に着目し始めておりました。「なぜ当たり前のことしか浮かばないのか」や「問題は「結論」から考えろ!セミナー」では、若い時にどのようにアイデアが浮かびそれを実現してきたのか、その方法をまとめています。是非ご一読ください。

 

 

 

<参考文献>

1.特開昭58-1366158

2.特開昭59-100144

3.特開昭60-226406

4.特開昭61-132509(特公平6-2565)

 

カテゴリー : 宣伝 電気/電子材料

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2012.09/28 高分子を混ぜる

混練の話につきまして過去にしておりますが、改めて高分子を混ぜる技術について。

 

混練機の中では、溶融した高分子で発生する剪断流動と伸張流動の2種の力により、分散が進行すると言われております。そして、分散効率の点では剪断流動が、分散粒径の点では伸張流動が有利とまで説明している教科書もあります。しかし、混練のこの説明は再度見直した方がよい、あるいは技術的に高分子を混ぜるとはどうすればよいか、を材料とハードウェアーの関係において改めて根本的に見直すべきではないか、と思っています。その結果新しい混練機が生まれるように思います。

 

硼酸エステル変性ポリウレタンフォームを商品化するために、何度も試作を繰り返しました。自分が発明した技術を現場で試作を行い、商品に仕上げるまで体験できたのですが、このとき、液状の原料を高速撹拌する装置に興味を持ちました。通常の高分子の混練装置の10倍以上の回転数で攪拌機は回転しています。実験室ではワンショット法と呼ばれる方法で、エマルジョンを混合する特殊な高速攪拌機を用い混合していましたが、これを実用化するときにはどのような混合方法を行うのか大変興味がありましたので、試作では率先して装置の準備や試作終了後の洗浄に参加させていただきました。技術を学ぶには、実際に現場で操作する、体育会系精神が一番近道です。

 

攪拌機の部分はノウハウの塊で特許出願を行っていない、と説明を受けました。単なるスクリューではなく、ブラシのような形状の攪拌機です。撹拌される原料の粘度が低いので、このような多数の羽根で剪断流動を起こすことができるのでしょう。また、羽根の大きさから実験室よりも攪拌時に発生している剪断速度は数倍速くなっていると思いました。発泡体のセルも小さく均一度が高いです。一番びっくりしましたのは、イソシアネート化合物とポリエーテルポリオールとの反応効率が2-3%向上している点です。実験室よりも実機の方が、撹拌性能が優れていたのです。

 

撹拌部分の形状から、攪拌時に発生しているのは明らかに剪断流動です。この装置で分子レベルの効率が上がっていますので、剪断流動には分散粒径に限界がある、という定説は、普遍的な真理ではなさそうです。剪断流動でも剪断速度を上げれば伸張流動と同じくナノ分散ができるはずではないかと当時推定しましたが、21世紀になり、(独)産業技術総合研究所で1000回転以上の回転数を発生する高速混練機が開発され、実験データが公開されました。その報告では、ナノ分散が達成されていますが、分子量低下も起きているとのことでした。また、残念ながら、大変大きなモーターを開発しなければいけないので、この装置を生産用にスケールアップすることは不可能です。

 

高速混練機は残念な結果でしたが、剪断速度を上げれば、伸張流動と同様に剪断流動でも分散粒径を小さくできることがわかりました。科学の世界では分子量低下の効果も議論する必要がありますが、技術の世界では、この実験結果やポリウレタンフォームの体験を組み合わせ、イメージし、実際に装置を工夫して実現できれば十分です。そして、剪断速度をあげ分子量低下を起こさない混合方法は、同じ頃開発に成功しています。「高分子材料のツボ」セミナーには、このほかにイタリアの学会で報告された混練方法なども紹介していますのでご興味のある方はご覧ください。

 

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2012.09/27 学会発表の意義

企業活動において学会との関係は、経営者の考え方や各企業の方針で大きく変わるかと思います。32年間研究開発に携わり、学会活動も行ってきた経験から、知財との関係で学会発表の長所の例について。

 

学会発表は、企業活動において短所もありますが、積極的に活用しますとその長所の方が大きいことに気づきます。特に知財面では、特許出願で抑えきれない分野を科学的に公知とすることで、「奇妙な」特許出願を抑制することができます。公知化には、学会発表以外にもいくつか方法がありますが、学会発表における公知化では、実用化しようとする技術の権利範囲が科学的に不明確である場合に特に有効です。

 

例えば結晶と非晶質の境界は曖昧です。分析技術が高度化し、ナノ結晶の実態も明らかになってきました。ナノ結晶を非晶質に入れるのか文字通り結晶にするのか、物質ごとに意見が分かれる場合があります。先願の実施例に書かれた合成法では、ナノ結晶しかできないことに着目した後発メーカーが、ちゃっかりと結晶を権利範囲とする特許を多数出願し、気がついたら後願の特許群に権利範囲を全部抑えられていた、ということを経験しました。当然ながら、このような特許群に対して、科学的証拠で対応すれば、先願の権利範囲周辺についてぽっかりと穴を開けることができますが、科学的証拠を集めにくい状況では、学会発表が有効です。学会発表で科学的事実を積み重ね、特許の不明確な境界を過去から存在したであろう客観的事実で記述できれば、特許の権利の境界を明確にすることができます。

 

また、あまり知られていない古い情報があり、新概念で生み出した技術とその関係が不明確の場合に、学会で議論を行うと情報が掘り起こされるとともに、新概念の客観的位置づけを知ることができます。硼酸エステル変性ポリウレタンフォームの特許は、硼酸エステルの文献情報が多数存在し、現物は見つかっていませんでしたが、リン酸エステル系難燃剤との組み合わせ技術の存在が疑われましたので、かなり権利範囲を限定し出願いたしました。しかし、ガラス生成による難燃化技術として学会発表を行いましたところ、概念そのものが新しいとわかったので、特許出願を工夫すればもう少し広い範囲の権利化ができたのではないか、と反省しています。

 

すなわち、当時まだアルコキシドによるゾルゲル法が登場したばかりで、高分子マトリックスを活用し無機材料を合成する技術は、この難燃化技術が生まれてから5年後に学会発表が活発化しています。有機無機ハイブリッドの研究発表は、1980年代のセラミックスフィーバー以降活発になりました。ゆえに硼酸エステル変性ポリウレタンフォームの発明の内容を有機無機ハイブリッドとし、高分子前駆体をセラミックス原料に用いる発明まで拡大すれば、基本特許とすることができました。もったいないことをした、と現在後悔しております。学会発表は、単なる情報収集だけでなく、知財権の観点で積極的に活用する場として見直してもよいのでは、と思っています。

カテゴリー : 一般

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2012.09/26 ガラスを生成して樹脂を難燃化(4)

新規開発された硼酸エステルには、バイプロダクトの水が含まれていましたが、水を取り除きますと粘度が上がり固体に近くなり、取り扱いに不便です。ポリウレタンの合成には、イソシアネート(この時にはTDI80を使用)とポリエーテルポリオール(この時にはPPG3000を使用)を用いますので、PPG3000にバイプロダクトの水も含めて分散し用いました。水は発泡剤としてバイプロダクトで含まれる量より多く添加しますので、発泡剤の添加量を調整し、バイプロダクトの問題を解決いたしました。

 

リン酸エステル系難燃剤として揮発しやすいTCPPを用いて、硼酸エステル変性ポリウレタンフォーム(発泡体)を何種類も合成しました。難燃性の評価を行ったところ、TCPPの添加量が0%の時に硼酸エステルの添加量を20%程度添加しても難燃性が上がらず(LOIで19程度)、硼酸エステルそのものは、ポリウレタンに対する難燃性能が低いことが分かりました。しかし硼酸エステルを3%程度添加し、TCPPを5%程度添加しましたら、空気中で自己消化性を示しました。この系において硼酸エステル0%の時に、TCPPは30%以上添加しないと自己消化性を示しません。同じレベルを達成するためにホスファゼンでも10%前後添加しなければなりません。驚くべき結果です。さらに燃えかすの分析を行いましたところ、添加したTCPPの60%に相当するリンが燃えかすの中にボロンホスフェートの構造で含まれていました。

 

すなわち、高温度で安定なガラス類似物質を燃焼時に生成させてリンを固定化し、ホスファゼン同等の高い難燃システムを開発することができたのです。ボロンホスフェートの生成機構を確認するために、200℃以上で100℃ステップで温度を上げ、状態観察を行いましたところ、400℃で黒光りしている薄膜が生成しました。化学分析しましたところリンの量が多いアモルファスのボロンホスフェートが生成しておりました。すなわち、硼酸エステル変性ポリウレタンフォームにリン酸エステル系難燃剤を添加しますと、燃焼時にオルソリン酸が揮発するのを抑制するため、難燃剤の添加量を減らすことができ、低コスト高防火性能の難燃システムを開発できることが分かりました。

 

硼酸エステルの合成は、2成分の化合物をただ100℃程度で撹拌するだけですから、内製でコストダウンも見込めました。この硼酸エステル変性ポリウレタンフォームは、他の物性にも優れたところが有り、低コスト高機能ポリウレタンフォームとして販売されました。始末書を書いたホスファゼンの問題にくじけることなくリベンジができたことは、技術者として大きな自信になりました。また、サラリーマンは始末書程度でへこむ必要のないことも学びました。多少居心地は悪くなっても、会社に貢献することを忘れなければ、チャンスがくるという人生訓を体得いたしました。

 

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2012.09/25 不可解な現象を前に人はどのように考えるか(2)

科学論文に書かれている常識と異なる現象と対面したときに、研究者ならば真理を追究するアクションを取るでしょう。しかし、技術者は、ロバスト性(注)が高く再現するならば、新技術として活用しようとします。また、堅実な経営者あるいは実務の管理者ならば、自己の使命に照らし合わせ、使命と無関係ならば、何も考えず避けて通ります。

 

仕事で遭遇した不可解な現象に対し、その立場や職業により、人は考え方が異なります。社会におけるこのような問題認識の違いを理解できるかどうかが、技術者の成長の尺度のような気がしています。

 

大学を出てきたばかりの理系の社員は、長い学校生活で科学の姿勢を学びますので研究者的思考をし、それ以外の思考を理解できません。少なくとも私はそうでした。しかし、新入社員発表会におけるCTOの言葉や樹脂補強ゴム開発における指導社員のレオロジーという学問の説明、そして難燃性ポリウレタンフォームにおける指導社員との衝突を通じ、研究者と技術者の姿勢、問題認識の違いを理解することができました。また、それを理解することができましたので、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの解析を中断し、新しい難燃システムへのチャレンジを受け入れたのです。

 

研究者的思考、価値観では、経営者や実務管理者の理解は容易です。むしろそれを理解し、研究者であることを優越感に感じる人もいるかもしれません。しかし、不可解な現象を前に、真理の追究をしないで、それをすぐに活用しようとする技術者の思考や価値観の理解は、研究者にとって大変難しいことだと思います。新入社員発表会におけるCTOの言葉の意味を真に自分の成長のための言葉と理解できましたのは、新しい難燃システムへチャレンジを始めた時で、たった一言を理解する為に1年近くかかりました。3年近く前の葬儀では、御礼の気持ちを込めて末席で献花をさせて頂きましたが、技術者とはどのように考えるべきかをよくご存じであった経営者の一人だと思います。

 

「カンと経験と度胸」これは、真理の追究をしないで現象の活用ばかりに走る技術者を研究者が軽蔑して言っていた言葉のように思います。しかし、科学の無い時代における技術の進歩を見るにつけ、「カンと経験と度胸」でも技術開発ができるように思われます。問題となるのはイノベーションのスピードで、「カンと経験と度胸」以外に現代の技術者はもう一芸を身につける必要があるように思います。

 

多くのイノベーションが、科学の世界で起きていることに着目しますと、イノベーションを起こすことのできる技術者とは、大学までの長い学生生活で培った研究者の心を忘れない技術者だと思います。研究者の心を忘れず最先端の科学の成果を技術へ昇華させることのできる技術者がイノベーションを起こすことができる技術者ではないかと思っています。

 

科学の最新情報の入手は、情報化時代の今日難しいことではありませんが、それを取捨選択し知恵を働かせて技術へ昇華させることは容易ではありません。推論を重視した問題解決力を鍛えることも大切です。数学の受験参考書には、「結論からお迎え」という標語でまとめられておりましたが、大学入試で活用していた「逆向きの推論」は重要で、「問題は「結論」から考えろ!セミナー」でも紹介しています。

 

この推論のスキルは、科学の最新情報から自分の技術領域へ推論を展開するときにも応用できます。科学の成果を技術へ展開したり、技術成果を科学の成果にまとめたりして、このスキルを高めてゆけば、イノベーションが可能な技術者になれるのではないかと思います。

 

(注)外乱や環境変化に対して、それを阻止するように、即ち外部因子の影響に対して安定であるシステムのことをロバスト性が高い、という。ロバストネスともいう。

 

 

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カテゴリー : 一般 高分子

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2012.09/24 不可解な現象を前に人はどのように考えるか(1)

ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの燃焼試験を行ったところ、LOIやASTM、UL規格に準じた試験でいずれも高い難燃効果を示しました。比較に用いた難燃剤にはリン原子と塩素原子が難燃性能に効く成分として含まれており、ホスファゼンには、その効果の成分としてリン原子だけ含まれていました。

 

他の比較に用いた難燃剤では、燃焼後の燃えかす(残渣)に難燃性能に効く成分が、ほとんど残っていませんでした。これは、当時の高分子の難燃化に関する論文に書かれていた事実と一致しており、その理由として、難燃剤から生成するオルソリン酸という物質は300℃以上で揮発するので、燃焼時にはすべて気化し散逸している、と説明されていました。そして、高分子の難燃化機構として低温度ではリン酸ユニットが高分子の炭化促進触媒として働き、その後揮発して、燃焼している物質と空気の界面に漂い、空気を遮断し高分子を難燃化する機構が、定説となっていました。

 

しかし、ホスファゼンの場合には、添加量に比例して燃えかすの中のリンの量が増えています。グラフを外挿し、燃えかすの中に残っている量を推定すると90%以上、すなわち添加したホスファゼンに含まれるリンがすべて残っていることになります。当時の公開されている情報にはこのような事実はありませんでした。また、難燃化機構として、難燃剤が気化し空気を遮断する機構が有力である、と信じられており、この説に従えば、ホスファゼンの高い難燃性を説明できません。当時の学説及び公開された情報から考察できない大変不可解な現象が起きているわけです

 

大学であれば真実を追究するために、現象の解明を進めるわけですが、企業では商品開発が優先されます。これが原因で、大学を卒業して間もない私は、仕事の進め方について指導社員と激突するわけですが、指導社員から、仮説を支持するホスファゼンと異なる難燃システムができたなら、すなわち不可解な現象を示す2例目が示されたなら、この不可解な現象を追求しましょう、と言われ、妥協し、指導社員の意見に従いました。

 

私は、燃焼時にガラスを生成するシステムを企画提案し、新しい商品の開発を進めた訳ですが、不可解な現象の2例目を示せ、と言った指導社員の本音は、私に不可解な現象へ深入りすることを断念させたかったようです。指導社員は、ドリップ方式のポリウレタンフォームの企画を新しい難燃システムの抑え技術として提案されました。この方式は当時高分子の新しい難燃化システムとして特許などにも登場してきた開発を成功させる手堅い方式です。

 

すでに成果主義が浸透していた会社では、指導社員が技術者として選択した道は正しいと思いました。また、鰯の頭から出たようなアイデアでも、つぶさずその推進をサポートしてくださった指導社員は優しい方だと思いましたが、すでに始末書を一枚書いた立場としては、提案した企画の失敗は許されません。

 

科学的定説と異なる不可解な現象を前にしたときに、置かれた立場あるいは託された使命により、アクションが変わります。そして不可解な現象を単なる異常な現象あるいは無駄な物と考えた時には、完全に捨て去る、すなわち何も考えないと思います。しかし、少しでも関心があり、その現象に何らかの意義を見いだしたならさらにはそれを理解できる新しい道が開けるならば、どうにかしたい、と考えます。おそらく指導社員は後者を考えたのではないかと思いました。その結果、高分子の難燃化技術開発の経験が乏しい鰯の頭から出た企画でも許可してくださった、と思っています。

 

なぜ当たり前のことしか浮かばないのか」は、弊社の書籍のタイトルですが、自分の役割や立場、使命といったしがらみにより、思考が制約をうけるのはよくあることです。その制約を乗り越えて新しいアイデアを出していかない限り、新しい技術を創り出すことはできません。この制約を乗り越えるために弊社の問題解決法(「問題は「結論」から考えろ」セミナーで紹介中)を取り入れることも一つの手段と考えています。

 

 

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カテゴリー : 高分子

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2012.09/23 ガラスを生成して樹脂を難燃化(3)

1980年前後は、高分子に関する新しい分析機器が登場した時代です。熱分析関係はすでに一般化し、使いやすいように利便性の改良が始まっていました。また、マススペクトルでも高分子の測定ができるようになっていました。GPCという高分子の分子量分布を測定する装置も新しいカラムが登場し、分析できる高分子の種類が増えると同時に精度が向上している時代でした。

 

すなわち、従来は高度な専門技術がなければ、高分子の解析ができなかったのですが、最先端の分析装置をそろえ、手順通りに設定し、サンプルを打ち込めば自動で高分子の分析結果が出る時代になりつつありました。あたかも電子レンジを扱うぐらいの手軽さで高分子の分析ができる時代の幕開けです。

 

Z80や8080などの8ビットマイコンの登場が機器分析の自動化を促したのです。OA機器としてコンピューターが普及する前に、高価な分析機器に8ビットマイコンが組み込まれ、分析技術の自動化が進みました。樹脂補強ゴムの測定で使用していた粘弾性装置スペクトロメーターは、8畳の部屋を専有するほどの大きさでしたが、モーターの小型化、ミニコン部分のマイコン化で、4.5畳ほどのスペースに収まる同様の機能を持った装置も登場しました。また価格も2500万円前後と特注品であるスペクトロメーターの1/2ほどの価格まで下がりました。毎年新機種が登場する時代でした。

 

プラスチック製の分子モデルの実験で導いた、硼酸とジエタノールアミンのエステルの合成は、簡単でした。この2種の化合物を混合し、100℃で反応させるだけでした。興味深かったのは、通常エステル化反応は脱水をしないと進行しないのですが、このエステル化反応は、脱水をしなくとも簡単に進行しました。会社には先端の分析機器が揃っていましたので、分子モデルどおりの化合物が生成していることを容易に確認できました。

 

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2012.09/22 ガラスを生成して樹脂を難燃化(2)

当時市販されていたリン系難燃剤は、燃焼時にオルソリン酸を生成し、高分子の炭化促進の触媒機能と気相において空気を遮蔽する機能が働き高分子の燃焼を抑制する(高分子を難燃化する)、と高分子の難燃化に関する多くの論文には説明されていました。リン系難燃剤のそれぞれの機能を検証するための研究論文もすでに出ておりましたので、この説明は科学的に正しいのでしょう。

 

しかしリン系難燃剤を用いたときに燃えかすにリンもしくはリン酸が検出されず、ホスファゼンを用いたときに検出されるのは不思議な現象です。市販のリン酸エステル系難燃剤の場合に、炭化促進の触媒機能は低温度の時だけで、300℃以上では気相の機能だけで炭化促進している、と考えれば少し納得ができます。ホスファゼン変性ポリウレタンの燃えかすには、リンがホスファゼンの添加量に相関するように残っていましたので、ホスファゼンの場合には炭化促進の触媒機能が優先して高温度でも機能していた、と推定できます。

 

市販のリン酸エステル系難燃剤を用いても、ガラスを生成してくれれば、ホスファゼンと同様の効果を期待できます。すなわち、リン酸エステル系難燃剤だけならば燃焼時に分解し、オルソリン酸を生成して気相へ逃げてしまいますが、燃焼時のエネルギーを活用しガラスを生成できるようにすればリン酸のユニットを燃焼している系内に閉じ込めることができます。そのためには、少なくとも高分子の燃焼時の温度500℃から800℃の間で安定なガラス(無機高分子)を生成する方法を考える必要がありました。

 

まともなガラス生成を期待するならば、アルカリ金属やアルカリ土類金属を添加しなければなりません。しかしアルカリ性が強くなりすぎますので、ポリウレタンの発泡反応の制御ができなくなります。あれこれガラスを調べておりましたら、ガラスの原料に用いる耐熱性の高いボロンホスフェートという無機高分子を見つけました。ボロンホスフェートは、オルソリン酸と硼酸と反応させて合成されます。

 

さっそくリン酸エステル系難燃剤と硼酸を混合し、500℃以上の高温における加熱減量を調べてみました。800℃まで昇温し、どれだけ何が残っているか調べる実験を行いました。するとリン酸エステル系難燃剤の場合には、0.5%程度の残渣が残っていただけでしたが、硼酸と組み合わせた場合には20%残存し、ボロンホスフェートができておりました。

 

しかし、硼酸はポリウレタンの反応を阻害しますので、そのままでは使用できません。そこで、硼酸は、有機物とのエステルにして用いることにしました。硼酸と有機化合物のエステルは、当時ゾルゲル法が登場したばかりで、先端の研究対象でもありました。ゆえに情報は豊富に有り、一般のジオール類とのエステルは加水分解しやすく安定性に欠ける、とありましたので、検討から外しました。硼酸エステルの分子モデルを幾つか作成し、安定な化合物になりそうな分子構造を探しました。ジエタノールアミンと硼酸とのエステルが、分子モデルでは見た目に格好のよい構造となりました。

 

分子モデルで格好のよい化合物ができましたので、文献情報を調べてみましたが、70年以降の文献には、不安定な硼酸エステル以外の情報がありません。60年代の文献を探しましたら、硼酸とジエタノールアミンとの反応を記載した簡単な論文が有り、そこには脱水が難しく脱水途中でゲル化する、とありました。詳細な構造情報はありませんでしたが、加水分解については触れておりません。自分で合成し、物性を調べることにしました。

 

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