活動報告

新着記事

カテゴリー

キーワード検索

2013.08/01 科学と技術(9)

高分子材料自由討論会の質問がきっかけで書き始めた昨日の話を少しまとめる。

ゼラチン水溶液に、シリカ超微粒子とラテックスを分散して塗布液を調製する。この塗布液からは靱性の低い薄膜しかできない。また塗布液は增粘する。塗布液中でシリカ超微粒子が一部凝集し增粘しており、ゼラチン薄膜の中でもこの凝集体が残っているため、塗布膜ではそこが破壊の起点になりひび割れしている。塗布液をどのように調製しても、ゼラチン水溶液と、シリカ超微粒子、ラテックスを別々に添加して混合する限りシリカの超微粒子の凝集体が生成する。コロイド科学では当たり前の現象が塗布液の中で生じているために、シリカの超微粒子をコアにしたコアシェルラテックスを使う以外にこの系における科学的なソリューションは無い。

 

しかし現象をよく見てみると、シリカの超微粒子は凝集しやすいがラテックスの凝集は起きにくいことがわかる。シリカの超微粒子をミセルにしてラテックスを重合し、そのラテックス溶液とゼラチン水溶液をまぜたならシリカ超微粒子の凝集体はできないのではないか、と研究開発しているメンバーに問いかけた。ただし、ゾルをミセルに用いたラテックス重合などという話はコロイド科学に存在しない(注)。

 

たまたまコアシェルラテックスの合成研究を行っていたとき、失敗した合成条件でシリカ超微粒子の表面において全く重合が起きず、シリカゾルとラテックスが安定に分散している状態を経験した担当者がいた。

 

コアシェルラテックスの重合条件としては失敗であったが、うまくシリカゾルがミセルになっているかもしれない。もう一度その条件でラテックスを重合し、ゼラチン水溶液と混ぜて状態を観察したらどうか、とその担当者に指示を出した。翌日笑顔で目的を達成したラテックスができていた、との報告があった。驚くべき事に、シリカ超微粒子が存在するにもかかわらず、その水溶液の粘度は、ゼラチンとラテックスだけを混合した水溶液の粘度と同じレベルであった。シリカ超微粒子とラテックス、あるいはシリカ超微粒子とゼラチン水溶液いずれの組み合わせでも增粘するが、シリカ超微粒子をミセルに用いた場合には、そこへゼラチン水溶液を添加しても粘度上昇が生じない。

 

この技術をすぐに製品展開するとともに、特許も出願した。しかし、本当にシリカ超微粒子からミセルができて、そのミセル内でラテックスの重合が起きているのか、三重大学川口先生の御指導を受けながらコロイド科学の視点で研究を行ったところ、本当にミセルが安定に生成していた。あたかもホワイトボードに書いた絵のようなことが実際に起きていたのだ。この技術は写真学会からゼラチン賞を頂いたが、科学が基になってできた技術ではない。むしろ非科学的な方法で技術が先にできて、それを科学的方法で現象の証明を進めた手順になっている。

 

あるいは失敗という経験を基に技術を作り上げ、できあがった技術を科学的に検証している、と表現できる。もし時間や設備の関係で科学的検証をできなくとも、技術で製品を作ることは可能である。科学的検証はを行わなくともタグチメソッドで品質の安定化が可能だからだ。ここで科学的検証を行った理由は二つあり、一つは人材育成、他の理由は技術を正しく理解し、他へ応用できないか考えるためである。後者は正しい科学的視点から技術を見直すことにより、その上に構築しようとする技術が砂上の楼閣とならないようにするためである。

 

(注)1992年当時の話で、2000年になってからコロイド科学の雑誌「Langmuir」にゾルからミセルを生成し、オイルを安定に分散した研究が発表された。

カテゴリー : 一般 高分子

pagetop

2013.07/31 科学と技術(8:高分子材料自由討論会(3))

高分子材料自由討論会で多糖類高分子の発表をした。3年前に日本化学会から依頼され雑誌「化学と教育」に執筆した内容の一部とミドリムシプラスチックを組み合わせての報告。「化学と教育」では少し書いたのですが、18年ほど前に味の素で開発されたバクテリアセルロースに触れなかったことに関して質問があった(ミドリムシよりも昔の技術に関心が高いのか、とがっくりきた)。

 

バクテリアセルロースに関しては当時ゼラチンとの複合系で評価し、弾性率と靱性を同時に向上できる材料として注目をし、「科学と教育」には水分散性高分子フィラーとして面白い材料と紹介した。しかし、他の材料技術と比較評価したときに、コストパフォーマンスの観点であまり面白くない材料という社内の技術的位置づけになった。

 

そのため「化学と教育」では、単なる添加フィラーという用い方では無く一歩進んだ技術を紹介し、高分子材料自由討論会ではナタデココの話題とともに割愛した。そのかわりに「化学と教育」では触れなかった「おから」について少し紹介した。バクテリアセルロースよりも「おから」のほうが少し面白い話題性(注)を含んでいる。

 

ところで、バクテリアセルロースを18年前に高分子材料のフィラーとして評価したときに問題となった、脆いゼラチンを固く割れにくくする技術として、当時シリカをコアとするコアシェルラテックスが最先端の技術として議論されていた。

 

シェルを構成するラテックス成分がゴムで柔らかく、これでゼラチンの靱性を改善し、シリカという固い無機微粒子の存在で硬度を稼いでいるのだ。アナログ写真におけるバインダー技術の最終完成形としてデジタル化の波が起こり始めたときに登場した。

 

コアシェルラテックスは当時の先端技術であり、学会でも様々なコアシェルラテックスが発表されている時期でもあった。ゼラチンにゴム成分のラテックスと固い超微粒子を均一に混合しようとすると、超微粒子が凝集し、それが破壊の起点となり、脆いゼラチンはますます割れやすくなる。この3成分の混合において超微粒子のシリカの凝集を防ぐには、コアシェルラテックスが科学的に考えて最も良い方法である。

 

(科学的に最も良い方法だから科学を知っている誰でも考える陳腐なアイデアとも言える。)

 

ところで、実現したい機能はシリカの超微粒子とゴムのラテックスとゼラチンが凝集体を作らずに均一に水に分散していること、そして塗布してもその状態が維持され、シリカの超微粒子とゴム状のラテックスがゼラチンバインダーに均一に分散し、それが割れにくく固いという物性だ。

 

ホワイトボードにその状態の絵を描けば、他のアイデアを引き出せるかもしれない。ゴム状のラテックスのまわりにシリカの超微粒子が分散している絵を描くことは難しくないだろう。ゴールはその絵で、それを実現すれば良い。

 

このような話をすると優秀な科学者は笑う。コロイド科学の常識では、電荷二重層が存在するので、混合時にこれが乱れどうやってもシリカの超微粒子の凝集ができるはずだ、としたり顔で説明する。実際の開発現場ではもっと辛辣でコロイド科学を知らないからそのような発言ができる、と全員の前で馬鹿にされるような状態であった。

 

転職したばかりであったが、ポリウレタン発泡体の開発や電気粘性流体の開発を通じ一応のコロイド科学の知識を教科書程度持っていたので、シリカの超微粒子をミセルにしてラテックスを重合したらこのような姿にならないか、と嘲笑にくじけず再度提案した。

 

この提案では8割に笑いが起きたが、一人頭の上に電球が灯った社員が現れた。彼はコアシェルラテックスの合成実験をしていたときに、シリカの超微粒子存在下でラテックスを合成したら、まったくシリカの超微粒子表面で重合が起きず、コアを含まないラテックスが合成された経験を持っていた。

 

コアシェルラテックスが目標だったので、その実験条件は失敗だと思っていたが、その条件を見直せばホワイトボードの絵の状態ができるかもしれない、と発言した。開発の検討過程では失敗はつきもので、失敗という経験の中には新しい科学のヒントが隠されている可能性があり、この発言を待っていた!

<明日に続く>

 

(注)討論会でも回答したがバクテリアセルロースに関しては20年ほど前に出願された特許の幾つかが期限切れになり、ブレークする可能性があるかもしれない。ただしブレークするためには、競合するフィラーよりも価格が安くならねばならない。例えば300円/kg以下。

カテゴリー : 一般 高分子

pagetop

2013.07/30 高分子材料自由討論会(2)

日曜日から高分子材料自由討論会に参加している。昨日の講演では、2件弊社の今年の活動に関係する報告があった。

 

1件は、N社からのポリエチレンの混練において混練機が変わるとレオロジー特性に差が出て品質問題になっていた、との報告。この問題を解決するにはポリエチレンをロールに1回通せばよい、という内容だったが、弊社が力を入れているカオス混合の技術を支持する結果が得られていた。

 

他の1件はY大K先生の助教の報告。キャピラリーに2種類のポリマーを同時に流した時の界面の現象について。この研究報告では、細いスリット中で発生するポリマーの界面現象を形態観察とレオロジー測定を行い考察していた。

 

いずれも研究報告として弊社の技術と深く関係する内容であり、ご興味ある方はご連絡ください。

カテゴリー : 一般

pagetop

2013.07/29 高分子材料自由討論会(1)

昨日から高分子自由討論会に参加しています。夕食後アルコールが入っている状態で拝聴した興味深い話題を2つ。

 

長岡技科大河原先生の天然ゴムの構造に関する研究。数年前から拝聴していて、細かいところまで科学的に丁寧に研究されているのに感心していた。およその構造はゴム会社に入社したときに習い、怪しい構造を知っていたが、植物の体内でできる過程からラテックスの細部の構造まで電顕写真と照合しながらの説明は面白かった。

 

このような研究を「産業に貢献するのか」という人がおそらくいるかもしれないが、およその構造の説明と「確かにこのようになっている、これが真実だ」という説明では、迫力が異なる。ゴム産業に直接役立つかどうか、ということではなく、技術開発をしているときに「本当はどうなのか」という疑問がわき、それがすっきりする爽快感は、機能追求に集中できる安定した姿勢を保つので大切である。これは感覚なので実際に味わったことのない人には伝えにくい事柄である。

 

わかりやすく表現すれば、高分子材料開発では、未だに科学的に不明な事柄が多く、不安な状態に時として陥るので、それが解消されることは、間接的に産業に役立つ、ということである。特に生ゴムの場合には、稀にゴム手袋にアレルギーの人がいるが、この研究結果を見ればその理由がわかる。それでも「昔からわかっていたことだ」と言う人がいるが、この研究結果から、安いゴム手袋を天然ゴムで作るな、とはっきり言える。この研究結果からアレルギーの解決にコストがかかることが明確になった。

 

もう一題は名大の高野先生のブロック共重合体が織りなす様々な相分離構造の研究。これもその価値がわからない人には無駄な研究に見える。この研究のテーマの一つにブロック共重合体・ホモポリマー・溶媒系からできる相分離構造があるが、この結果は高分子のブレンド系を設計するときの重要なヒントを示している。一般には無溶媒の世界でこの研究と無関係に見えるかもしれないが、スピノーダル分解を利用してフィラーの分散制御を行うヒントを与えてくれる。科学的な丁寧な研究で勉強になりました。

 

 

カテゴリー : 一般 高分子

pagetop

2013.07/28 科学と技術(7)

科学とは現象を理解するための哲学、と言った人がいる。科学の目的は真理を追究することだ、ということはよく聞く。1883年に物理学者マッハは力学史を著すが、そこで本能的知識が現象の研究に先行している、と述べている。

 

現象の研究とは科学的研究のことで、科学が無くても本能的知識や経験で技術が進歩することをマッハは認めている。また、いつ、どこで、どのような仕方で科学の発展が始まったかという史実を調べることは困難だとも述べている。マッハ力学史を読むと、技術が発展した歴史の中で科学が生まれた様子を知ることができる。マッハは科学の生まれた時代の研究を検証しながら何が科学なのかを明らかにしてゆく。

 

面白いのはニュートン力学を批判し、ニュートンがニュートン力学を生み出す過程を非科学的とマッハは述べている。ニュートン力学は高校の物理で学ぶ科学の一分野でもある。しかしそれはマッハによれば非科学的に生み出された成果である。大学で改めて力学を科学として学び直すが、高校で非科学的な力学を教えていることを誰も指摘しない。これは一つの大切な知恵である。

 

会社の技術開発の現場で、非科学的方法を笑う人がよくいる。技術開発の現場は、理系の大卒以上の学歴の人が多いので皆科学のプロである。ゆえに非科学的手法を見ると批判する。批判はまだ良いが嘲笑する人までいる。

 

科学的手順は大切である。製品の品質管理でも統計学に基づいて行われる。しかし、技術開発の効率を上げたり、イノベーションを起こしたりするときには、この科学的方法が時には足かせになったりする。超高純度SiC新規合成法は、前駆体合成を開発した手順が非科学的であったため学会でひどい目に遭った。

 

また、山中博士は、ノーベル賞を受賞するまでヤマナカファクターを発見した実験を詳しく公開されなかった、とTVで紹介された。その番組で公開された、発見に至る実験の内容は、極めて非科学的方法であった。山中博士を見て自分の軽率さを反省した。

 

時としてイノベーションが非科学的方法から生み出されていることにもっと目を向けるべきである。技術開発では科学にとらわれる必要はなく、自由な発想で取り組むべきであろう。自由な発想が難しいので、科学に技術開発の方法を頼っている、というのが現状の姿ではないだろうか。TRIZやUSITはその時の便利なツールで、このツールを使えば科学的手順を「難しく」確実に行う事ができる。

 

これに対して弊社の研究開発必勝法プログラムでは、非科学的方法もとりいれている技術開発のための問題解決法である。技術開発でコーチングをうまく実施する方法も公開している。このコーチングは科学的方法に準拠していない。部下の発想を促すのに科学的方法論は不要である。機能実現のための真摯さがあれば良い。

カテゴリー : 一般

pagetop

2013.07/27 科学と技術(6)

技術とは機能を実現する行為あるいは手段だと思う。

 

福島原発の事故の状況は、技術とは何か、科学とは何かを考えさせてくれる。そもそも原子力発電は20世紀を代表する科学技術の象徴の一つであった。それゆえに現代抱えている科学技術の問題のほとんどが事故の状況に象徴的に現れてくる。放射性物質を含んだ海水の漏洩問題が3年経った今でも現在の新聞報道の内容になっているのは、水俣病の反省を技術者がしていない、と言われても仕方がない状況である。

 

さすがに最近では,東電の技術者が発言し問題となった「あれだけの事故が起きても、まだ死者は出ていない」というたぐいの発言は無くなった。しかし、事故後の状況を見る限り福島原発の事故を未だに反省していない技術者や経営者がいることも確かである。一生懸命やっている、という人がいるかもしれないが、一生懸命やって当たり前で、さらに何も問題が起きないのが当たり前なのである。またこれを経営者は理解しているので海水への漏洩問題を先送りにしてきたのである。東電の対応に「どうせ」という言葉が見え隠れする。

 

福島原発の事故について人災であるにもかかわらず未だ責任が明確にされていない。福島原発について人災か天災か不明、という人がいるかもしれないが、原発の安全確保、事故=0という機能が必達であるとするならば、その技術が未完成のまま運転していたことになるので天災ではない。また女川原発では、福島原発同様に津波に襲われたにもかかわらず、大事故に至らず停止している。この2つを比べるだけでも天災とは言えない。

 

大きなところでは、防波堤の改修を見送った事実がある。防波堤の改修を行っていたとしても全電源喪失という事態になっていたかもしれないので人災では無い、というのは見苦しい言い訳である。一部センサーの電源が外されたままになっていて運転状況が不明だったとか、外部電源車が間に合ったがコネクターが合わなかったために使えなかったとか、明らかに要所要所に人災の痕跡が残っている。

 

センサーの電源にしろ、外部電源用コネクターの問題にしろ、安全確保の機能の一つで有り、それをパーフェクトに維持するというのは原発の重要な技術のはずである。これらをパーフェクトに維持するための科学的方法を考えてもだめで、非科学的ではあるが、全てを書き出して対応策を立てなければ防げないのである。そもそも津波を発生確率でとらえ、確率が低いから津波対策をしなくとも良い、という科学的判断が大事故を招くことを福島原発は証明した。非科学的ではあるが、泥臭くあらゆる可能性を考えて事故=0を目指す機能を実現する技術こそ重要である。弊社の問題解決法ではこの考え方を取り込んだツールを用意している。

 

カテゴリー : 一般

pagetop

2013.07/26 科学と技術(5)

科学の存在しない世界で技術が生まれる可能性があるのだろうか。

 

16世紀以前に科学は存在しなかったが、技術の進歩はあった。例えば木造船はかなり古い時代から使用されていたらしいが、腐りやすい材料のためいつの時代から使用されていたか不明と言われている。しかし移動手段として川に木を浮かべそれを利用して川を渡ることを覚えた人間がその後船を発明した、と想像するのは間違いではないだろう。

 

陸で重い荷物をコロで運ぶ方法を覚えた人類は、車輪という技術を発明し、いつの時代からか不明だが、台車を動物に牽引させて荷物を運ぶようになった。物を運ぶ移動手段としての道具の発明は、明らかに技術開発であり、科学が存在しなくても技術開発が行われていた証拠は多くの遺跡から見つかっている。

 

人間に不足する能力を補う大型の技術開発とは異なり、生活を便利にする工夫の技術開発はもっと早くから行われていたようだ。例えば、石を単に削って道具としていた時代から焼き固めた土器の発明は材料技術の革新と見ることができる。この土器という材料技術発明後、デザインの開発が中心に行われ、ダイナミックな形状の土器が開発されてゆく。このあたりは、イノベーションを起こした技術を活用して様々な商品開発が行われる現代の様子と似ている。

 

その後、土器の世界は、よりよい材料の技術へと発展する。例えば日本の縄文式土器と弥生式土器を比べればデザインが異なるだけで無く土器を焼く温度も高くなり、材料まで変化している。同じ時代に中国では青磁まで登場している。人類が火の使い方を覚え、その火をコントロールし、セラミックスの技術を進歩させていたのだ。

 

進歩のスピードは現代と比較して比べものにはならないが、科学が存在しなくとも技術開発を行う事は可能なのである。このような技術開発の歴史を見ると、科学と技術は車の両輪である、と言う言葉は、少し不適切な感じがする。但し、昔技術という台車を人間が押していたところへ科学という動輪をつけた、とこの言葉を解釈するとこの言葉の含蓄の深さに感心する。

 

すなわち、自動車にはFFとFRの形式があり、科学が先導して技術開発が進められればFFであり、技術が若干先導し、それを加速度的に後押しするのをFRという形式に当てはめると、科学と技術は車の両輪という言葉は深い意味を持ってくる。すなわち科学の進歩に頼る技術開発だけでなく、科学に先行する技術開発という考え方も重要だと、この言葉は教えている。

 

さらに車にはAW(四輪駆動)という方式も有り、恐らくこの方式は人類が行う技術開発として究極の方法だろう。車の両輪、という考え方から21世紀はAWによる技術開発という考え方へ変わるべきで、その変革に弊社の問題解決法が重要な役目をする。

 

カテゴリー : 一般

pagetop

2013.07/25 科学と技術(4)

教科書に書かれていることを絶対視する人は多い。教科書には過去の知識がまとめられているに過ぎない。教科書で科学的方法論を身につけ活用することは重要であるが、教科書に書かれた知識に束縛される技術者は損をしている。

 

例えば、白川先生が高分子導電体を発見されたときに高分子半導体という教科書が先端の教科書として販売されていたが、一瞬にして過去の遺物となった。当たり前のことだが、その教科書には高分子に導電性を持たせる方法は導電性の高いカーボンを分散する技術以外に方法が無い、と書かれていた。導電性ポリアセチレンの話など一言も触れていなかった。

 

白川先生の導電性高分子発見のニュースで、1ケ月前に大学生協で購入した本がその日にゴミとなったのである。食べ放題の焼き肉屋へ2日通えるお金が無駄になったショックは大きい。この時科学の進歩の残酷さを身にしみて知った。

 

高分子のレオロジーの教科書も似たようなところがある。30年以上前はバネとダッシュポットのモデルでレオロジーを解説した教科書しかなかった。今でも時代遅れの教科書にはバネとダッシュポットを用いて高分子のレオロジーを解説しているが、すでに高分子鎖1本の粘弾性データが得られている時代である。やがては高分子物理というタイトルでまとめられるだろうが、高分子のレオロジーというタイトルは過渡期のような気がする。高分子のレオロジーから目を離せない。

 

高分子のレオロジーを勉強するにはどうしたらよいか。専門外の人にはやや馬力を要求されるがOCTAの日本語マニュアルが良いのではないかと思う。2000年前後に当時名古屋大学土井教授がリーダーになって開発されたOCTAは、今でも開発が続けられている世界に誇れる国研の成果である。無料で中身の濃い説明書をダウンロードできる。OCTAを使えなくても、この説明書を理解するだけで価値がある。

 

高分子のレオロジーについてはバネとダッシュポットのモデルを忘れた方が良いかというと、過去の遺物が意外と便利に使えることがある。アイデアを練るときにオブジェクトを抽象化する作業をする場合があるが、この時バネとダッシュポットのモデルを使うと便利である。また、複合材料を設計するときなどバネとダッシュポットのモデルは重宝する。すなわち高分子材料技術の一手段としてバネとダッシュポットの考え方を身につけておくと便利である。

 

このような事情で高分子のレオロジーは、科学と技術が混在しており教えるときに苦労する分野ではないだろうか。今の時代は科学として教えるよりも技術として実験の結果など実践に準じて教えた方が良いように思う。

 

科学の教科書は方法論あるいは考え方を学ぶには重要である。しかしそこに展開された知識にとらわれすぎると新しいアイデアを否定することになる。技術の世界では「必要は発明の母」と考え、自由にアイデアを出すべきである。そのために弊社の問題解決法がある。

 

カテゴリー : 一般

pagetop

2013.07/24 科学と技術(3)

電子写真用転写ベルトを開発していたときに、「写真工業と静電気」に書かれていた技術で解決できそうな問題に遭遇した。しかし、技術を理解していなかったために活かすことができず、問題解決に2ケ月という時間を費やすことになった。

 

2ケ月程度で技術を再構築できるならば技術の伝承などしなくても良い、という考え方もできるかもしれない。しかし、技術には複合化し発展する側面があることを知るべきである。基盤技術を重視した経営を一部のメーカーが行っている理由でもある。技術を伝承する努力は重要な活動である。「写真工業と静電気」に書かれていた技術は、30年以上前に静電気を活用した商品へ応用できたはずである。

 

カラー電子写真システムはレーザーを用いた先端のデジタル機器であるが、美しい画像情報を出力する技術について科学的にすべて説明できていない。例えば画像を形成する網点再現性は転写ベルトの表面比抵抗と相関しているデータを「作る」ことはできる。しかし、ベルトの材料が変わるとこの相関とは異なる関係が見えてくる。PIをマトリックスに用いたベルトよりもPPSの方が、同じ表面比抵抗でも網点再現性が優れていた。

 

また、PIでは高抵抗領域のベルトを設計できないがPPSでは高抵抗領域のベルトを設計できると思われる。「思われる」と書いたのはそのための研究をしていないからである。ただ、間違えてPPSで高抵抗のベルトを作成し画像を出力してみたら大変良かったが、「高抵抗のベルトだからこの程度でしょ」と周囲が言うのでそれ以上は検討せず(注1)、こっそりとルーペで網点再現性を見ただけだ。驚くほど美しいドットであった。

 

静電気が関わる機能は科学で完璧に説明できない部分がどうしても出てくる。システムの概略は均一な材料を仮定した誘電体論で説明できるが、商品設計になると均一な材料を使用していないので、怪しい「技」も繰り出さなければならない状況も出てくる。カラー電子写真システムはこのような技術で生み出されるのでリバースエンジニアリングがうまくできないおもしろい商品の一つである。またこのような商品なので常識的な見方をしていると大切なところを見落とす。

 

定年退職5年前に、カラー電子写真システム分野で、転覆しかかっていたテーマを運良く担当することができた。教科書の知識しか無い他の人では絶対にゴールへたどり着けないテーマであることをすぐに理解できた(注2)。単身赴任してこのテーマを無事立て直し商品化へ結びつけたが、科学と技術について、これまで述べてきた教訓の重要性を確認できた。

 

科学的知識だけで対応出来ない技術の世界が21世紀になった今日でも存在している。ゆえに、非科学的方法でもそれが重要な技術的手段ならばためらわず実行すべきである。ヤマナカファクターもこの方法で見つかっている。このような科学と非科学が混在したシステムの問題解決で弊社の問題解決法は有効である。

 

(注1)企業の風土にも依存するが、教科書に書かれていない、あるいは教科書と異なることはすべて間違い、という風土では、新発見をできない。33年間の技術開発生活で小さな事柄も含め多くの発見があったが、それを周囲に話して何度も痛い目に遭った。コミュニケーションの努力だけでは片づかない問題がある。外部の先生の名前をお借りして周囲を納得させる方法もとったりしたが、一番の問題は科学的知識が不変である、という常識である。科学は、発見により過去の真理がひっくり返ることだってある事を知るべきである。

 

(注2)本稿では書きにくい事であるが、アカデミアでも理解できない問題であることが後にわかった。均一な物質の誘電体論では説明できない現象である。

カテゴリー : 一般

pagetop

2013.07/23 科学と技術(2)

スクラップアンドビルドで新しい技術開発を促進する、という考え方がある。ゴム会社で6年間一人で高純度SiCの技術開発を担当していた時に、半年ほど上司になった主任研究員が言われた言葉である。

 

その方は当時ポリアニリンLiイオン二次電池の開発を担当しており、そのパイロットプラント建設のためファインセラミックスの研究施設を全部廃棄して場所をあけるように、と指示してきた。当方も電池の開発を一部担当していたので、協力しなければならない立場にあった。しかし、ここで設備をすべて廃棄したら何も残らない、と説明し、セラミックス研究棟を明け渡さなかった。この時の勇気は新入社員の研修時に社長から伺った話が役にたった。

 

その後一担当者の意見が通った結末となり、セラミックスの研究施設を廃棄せよ、という指示が全社方針ではないことを理解できた。しかしこの主任研究員の指示は少し乱暴である。また、その後事業を辞めてしまったテーマのために研究施設を上司の指示という理由で廃棄しなくて良かった、とも思った。もしあの時施設を全部廃棄していたら、住友金属工業とのJVを開始できなかったばかりでなく10数年後の日本化学会技術賞受賞もなかった。

 

技術は人材が残っておれば復元は可能である。しかし、一時期職人も含め20人以上の技術者が関わってできあがったパイロットプラントを廃棄したのなら、無形の技までも捨て去ることになるのである。先端過ぎた技術開発で失敗したのだが世間の技術水準が上がれば今後事業機会がでてくるテーマだったので会社方針が変わらない限り研究施設を廃棄するわけにはいかない、と若く経験の浅い頭で考えた。この事件以後、設備で独自の改良が施されたところを含め、記録として残す作業を始めた。

 

例えばフェノール樹脂をカーボンの代わりに使用するのも重要なノウハウで、当時カーボンだけでSiCをホットプレス焼結できたのは無機材質研究所とゴム会社だけであった。フェノール樹脂でSiC粉体を処理する技術にノウハウが必要だったからである。そのホットプレス装置には焼結過程をモニターする独自の設備が取り付けられ焼結に伴う緻密化を管理できるようになっていた。

 

スクラップアンドビルドで新陳代謝を促し新技術を育てる、という考え方は、合理的でもっともらしく聞こえる。科学技術ではその考え方が正しいのかもしれない。新しい科学的成果に基づき新しい技術を創り出す活動は重要で、この方法による競争が20世紀続けられてきた。しかし人間の「技」から創り出される技術というものも存在する。それでも科学で翻訳し科学技術に書き換えることができればスクラップアンドビルドも良いだろう。

 

ところが、科学で翻訳できない技術については、うまく伝承し発展させる努力をしなければ消えてしまう。消えてしまうような技術であれば不要という判断は少し乱暴で、その技術が重要な差別化ノウハウとなるケースもある。

 

昨日紹介した「写真工業と静電気」には、重要なノウハウと呼べる技術がいくつか記録されていたが、科学で翻訳が不可能のためそのままの再現が難しかった。しかし静電気の考え方には、現代の科学的にまとめられた静電気の教科書には書かれていない独自の内容が展開されていた。しかもその内容で設計された商品が工場で生産されていたのであるが、処方成分以外の情報を誰も詳しく知らない状態であった。転職してきた技術者にできることは、科学的な翻訳だけである。

 

カテゴリー : 一般

pagetop