酸化スズゾルを用いた帯電防止技術をテーマに田口先生からタグチメソッド(以下TM)の御指導を受けているときに、TMの実験結果を科学的に検証しながら進めたい、という提案をしましたら叱られました。TMだけで開発を進めれば良い、とのこと。結局御指導期間中は研究を行わず、田口先生から解放された後、すなわち製品開発完了後に酸化スズゾルのパーコレーションの研究をヤミ研として進めました。その結果は昨日述べたとおりです。
「高分子材料のツボ」セミナーには、パーコレーション転移の紹介に、日本化学会で発表した酸化スズゾルのデータを使用していますが、近々パーコレーション転移だけのセミナーも販売する予定です。パーコレーションに関してはスタウファーの書籍が有名ですが、高分子材料におけるパーコレーションの良書が見当たりません。現在のところセミナー形式で販売を予定していますが、もし皆様のご希望があれば書籍の形態に変更することも考えています。
ちなみに「高分子材料のツボ」セミナーに関しては書籍の形態希望のメールが届いており現在検討中ですが、今回のセミナーの形態にしました理由は、ポイントだけを反復して眺めるのに便利ではないか、と考えたからです。高分子材料開発において、高分子科学全体を頭に描いていた方がアイデアが豊富に出る、と思っています。よく高分子を勉強された専門家ならば「高分子材料のツボ」は必要ではないでしょうが、10年セラミックスの研究開発を行っていた技術者が高分子材料の開発を担当しましたので、最初のテーマとしてにPETフィルムの帯電防止技術を担当しましたときには大変でした。「高分子材料のツボ」はこの時から作り始めたメモが大半の内容を占めております。
「高分子材料のツボ」セミナーは、弊社のコンサルティング活動におきましても教科書的な位置づけで使用しています。20年前からメモしてきました内容を見ながら、温故知新の気持ちでコンサルティングを行っています。面白いことに、同じ科学的事実でも、その現象が現れる環境が異なると、新鮮に見えることがあります。「高分子のツボ」を見ながら、新しく見える理由を考えてゆきますとアイデアがわいてきます。
酸化スズゾルの技術は1960年の公告特許がもとになっていますから、まさに温故知新の産物ですが、科学的情報を過去のものと捉え、目の前に現れた現象を新しいと感じると、温故知新の教えを生かして、アイデアをひねり出すことができます。そのコツは、周辺の科学的知識を整理しておくことです。新しさを具体化するためには、古い科学的知識を明確にしておく、すなわちどこまでわかっていてどこからわかっていないのか、あるいはその理論がどのように生まれたのか、などをきちんと整理しておく必要があります。
最近「歴史地震学」が注目されていますが、3.11が起きる前にこの学問が温故知新の観点で整理されていたならば、もう少し被害を小さくできたのではないか、と悔やんでいます。古文書には地震の情報が少ないと言われていますが、地層には動かぬ証拠が眠っています。その証拠と古文書を科学的に対照させれば、豊富な地震情報になるのではないでしょうか。酸化スズゾルを用いた帯電防止技術では、ヤミ研ではありましたが、温故知新という言葉を味わいながらパーコレーションの研究をまとめることができました。

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タグチメソッド(以下TM)は、汎用的な技術開発ツールです。化学的見地から出した最適条件とTMで得られました最適条件が異なった、という体験を昨日書きましたが、タグチメソッドの実験ではこのような科学的推定との差異が生じることがあります。パーコレーションは、化学的因子以外に物理的因子にも支配される現象ですから、化学的因子だけで最適化していたなら当然だ、と今回の場合は納得できますが、TMから得られる結果に納得できないときも稀にあります。
このような科学的視点あるいは感覚からのずれが、実験結果に現れたりするので、TMを積極的に使わない同僚も見かけたりしました。しかし、TMは、技術開発のツールとわりきって研究開発で使用すべきと思っています。そして、TMの結果が予期せぬ結果であったならば、TMを疑うのではなく、実験計画あるいは科学的知識を疑うべきです。
酸化スズゾルを用いたPETフィルムの帯電防止加工技術開発では、TMを何度も使いました。田口先生はL18を推奨され、L9やL8のような小さな実験計画についてあまりよいお顔をされませんでしたが、開発初期の暗中模索状態の時には、いきなりL18を用いるよりも、L9やL8を使って開発スピードをあげるほうがよいように思っています。L9やL8を何度も使っていると重要な制御因子が見えてきます。そして仕上げにL18を使用すると、予想通りの実験結果が得られます。
技術的な経験知が充分蓄積された状態では、いきなりL18を用いていましたが、酸化スズゾル関係の技術開発の初期には、このように小さな実験計画を用いて、科学的知識との差異を実験結果と比較しながら進めました。パーコレーションの制御因子が複雑だったからです。初期のTMの結果には戸惑いましたが、別途モデル実験を組み、TMから導かれた制御因子の動きを確認したこともあります。研究開発の進め方として、技術開発を行ってから研究を後追いで進めるスタイルができあがりましたが、この方法は、あたかも「刑事コロンボ」というTV番組のシナリオのようです。この時の研究成果は日本化学会年会などで発表し、当時の部下の一人は講演賞を受賞しております。
TMの実験結果に対し、このような科学的検証を加えながら進めた結果、TMは、科学的考察から気がつかない因子の動きを教えてくれる便利なツールという印象を持つに至りました。そして、TMで得られた因子の動きから研究テーマを設定し、それを検証すると新たな科学的知識を獲得することができました。

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高純度の酸化スズゾルに含まれる粒子(以下酸化スズゾル粒子)は、アンチモンを不純物として含む結晶質の酸化スズ粒子(以下不純酸化スズ粒子)に比較すると、導電性は1000分の1以下です。従って高分子のバインダーに分散し、帯電防止層として必要な導電性を得る時に、低い技術的難易度のため不純酸化スズ粒子が好んで選ばれます。特に溶媒として水を用いるときには、酸化スズゾル粒子は導電性が悪いだけでなく水中において分散性が高いので、塗布したときに、パーコレーション転移が生じにくく、抵抗が下がりにくい(導電性が出ない)。パーコレーション転移が生じにくいので、導電性を出すためにはパーコレーション転移を制御する技術が必要になる。このパーコレーション転移の制御方法について、特公昭35-6616特許には書かれていなかったために、ライバル他社も含め実施例の再現が難しかった。しかしできあがった帯電防止層の特徴について、30年経過しても再現可能な科学的データが記載されていたので当時特許として成立したのでしょう。
酸化スズゾル粒子とパーコレーション転移制御技術を組み合わせて実現した帯電防止層の透明性は極めて高く、透明樹脂フィルムに塗布してもその透明性を損なわない。不純酸化スズ粒子を用いた帯電防止層の場合にはわずかに透明性が劣化するので、透明フィルムの帯電防止層に用いるには、酸化スズゾル粒子の方が好ましい。しかし、ライバル他社も含め1993年まで酸化スズゾル粒子を用いた帯電防止層を商品化できなかった。パーコレーション転移制御技術の難易度が極めて高かった為であるが、運良く技術開発を行った時がタグチメソッドの普及期で、田口先生のご指導を受けることができた。
田口先生のご指導を受けたときに、ロバストの観点で不純酸化スズ粒子を用いる技術を選択する方が正しい、と言われた。ご指導を受けたときの最初の実験結果で、不純酸化スズ粒子を用いた帯電防止層のSN比が高かったからですが、タグチメソッドを用いてパーコレーション転移制御技術を最適化したところ、SN比が逆転した。この結果をご覧になった田口先生は、酸化スズゾル粒子を選択する方がよいでしょう、と言われました。田口先生をご存じの方は、このあたりのニュアンス並びにこの結果に至るまでの実験の苦労をご理解頂けると思いますが、パーコレーション転移制御技術が完成した瞬間です。
田口先生のご指導を受ける前まで、化学的な視点からパーコレーション転移を制御するのに最適な条件を採用し技術を創り上げていましたが、品質工学的に最適化を行っていませんでした。タグチメソッドを用いて最適化を行ったところ、化学的に最適化した条件から少しはずれた結果となりました。パーコレーションという現象が確率過程を含む現象のため、ある程度はこの結果を予想していたのですが、田口先生の満足された表情が印象的でした。
化学は科学の一領域です。パーコレーションを制御するためには、化学と物理学の両面の知識が最低限必要です。パーコレーションという現象を科学的知識だけで制御する試みは、うまくいけば運がよかった、と捉えるべきで、ロバストの高い技術として完成するためには、技術開発力が要求されます。この意味で、技術は科学的知識以外も包含し、タグチメソッドの習得は、技術開発力を高める一つのソリューションと思っています。また、このような表現は誤解を招くかもしれませんが、タグチメソッドは「工学的技能」として優れており、汎用化されていますので、メーカーであればどこでもその導入効果を感じ取ることができます。

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温故知新は知財分野で有益な指針となります。少なくとも材料分野では温故知新の観点で知財を眺めると新しいアイデアが出てきます。
知財の有効期間は20年ですので、20年以上前の知財から技術を探し出し、新たな視点で知財網を構築するという方法は、アイデアマンでなくとも少しの努力で多大な成果が得られます。具体的な方法は弊社の研究開発必勝法プログラムでご指導いたしますが、新技術アイデアが無くて困っているときに重宝します。
組み合わせ特許とかの問題が残りますが、20年以上前のスジのよい技術からアイデアを拝借し、新しい技術に仕立て上げる力は実務上大切なスキルです。
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酸化スズゾルを用いた帯電防止技術の開発事例では、
1.科学の成果が無い時代に、経験知で「モノ」を創れる技術があった。
2.科学の成果が知られていても、経験知が無ければ、「モノ」を創ることはできない。
ということを示しているように思います。
1960年頃どのような技術があったかは、特許の実施例を検証すれば理解できます。1990年には、スタウファーらのパーコレーションの研究成果に関する書籍が販売されていましたから公知であったと思います。また、酸化スズゾルも新素材として販売されており、塗布技術も揃っておりました。
経験知も技術のカテゴリーにいれれば、1990年に存在した塗布技術は、1960年に存在した塗布技術よりも劣っていることになります。しかし、生産技術として塗布技術を捉えると、30年間の進歩は確かにありました。技術開発は進められたが、経験知は忘れ去られた、あるいは経験知を見ることができなくなった、というのが実態では無いかと思います。このような事例は、他にもあるかもしれません。
科学が進歩した時代であっても、技術が無ければ「モノ」を作れません。ゆえに科学と技術は車の両輪にいつも例えられます。科学は学術論文と教育でその成果が未来へ継承されてゆきますが、技術はどのように未来へ伝えられるのでしょうか。
どこの企業でも技術開発報告書があります。報告書で技術は未来にうまく伝わるのでしょうか。技術の継承を考慮し、報告書に工夫をしている企業もあるかもしれません。一方ISO9001の普及で、報告書は単なる技術開発の証拠として形だけになっている企業もあります。また、一般に報告書は科学的知識で論理を展開するはずですから、報告書で技術を伝えるのは、結構難しい作業になるかと思います。
E.S.ファーガソンは、その著書「技術屋の心眼」の序文で、技術に含まれる知識には科学がもたらしたものと、科学的ではないものが含まれることを指摘しております。1960年に発明された酸化スズゾルを用いた帯電防止技術は、まさにその典型であり、科学的知識など無い時代に、技術で帯電防止薄膜を完成させております。ファーガソンが指摘している、技術には科学的ではないものが含まれる事実は重要で、これをどのように継承してゆくのかというのは、技術開発で重要と思います。また、この要素が多い技術ほど独創性が高く、他社との差別化技術になるのではないかと思います。
また、技術には科学的ではないものが含まれる、という認識は重要で、この認識を持つことで、「温故知新」という古人の知恵をうまく生かすことができるように思います。酸化スズゾルの帯電防止層を科学的に技術開発し商品化できましたのは、「温故知新」によるところが大きいです。
カテゴリー : 一般
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昭和35年(1960年)の公告特許に記載された実施例には、酸化スズゾルが導電性を有しどのような湿度依存性があるか書かれておりましたので、当時の帯電防止薄膜の技術について検証することができました。
発明者がノウハウとして隠したためでしょうか、製造方法について記載不十分であり、30年以上経過してから実施例を再現するために少し苦労しましたが、驚くべきことに酸化スズゾルのパーコレーション転移に配慮していることを実験で理解できました。パーコレーションについて科学的な議論が活発になりましたのは、1970年代に入ってからであり、材料技術に展開されるのは1990年代で、2001年にICパッケージに使用された難燃剤の赤燐粒子によるパーコレーション転移でハードディスクのコントローラーICが誤動作するという品質問題が発生し、社会問題化しました。
パーコレーションは材料技術の分野において重要な概念で有り、パーコレーションの概念が無かった時代には、有名な混合則と呼ばれる経験式が一般に使用されていました。パーコレーションは科学的論理で現象についての議論が展開されますが、混合則は統計により導かれた「実験結果としての」経験式であります。両者はグラフにすれば似たような結果になりますが、全く異なる概念です。パーコレーションの概念が理解されておればハードディスクの誤動作という品質問題防止できた、と思っています。
このように材料技術の歴史を考えますと、昭和35年の公告特許は「ものすごい発明」という位置づけになると思います。
昭和35年の公告特許は、科学よりも技術が10年以上先行していたことを示していますが、その技術が30年の間に消えている現実に驚きました。科学的に解明されていない現象を技術として完成したのですから、経験知と思われますが、それがうまく伝承されていないどころか、その周辺の技術がライバルに特許で抑えられているひどい状況でした。
昨今の経済状況からリストラを行うのは仕方がないことですが、リストラにより経験知を持った人材を抹殺すると技術は伝承されなくなります。基盤技術の整理や確認を一生懸命行う風景を20年間見てきましたが、技術の担い手である人材についての議論をあまり聞かず、また自分自身も転職後リストラされ、掘り起こした技術を伝承できないまま、失意の中で、新入社員時代に伝承して頂いた技術で中国人を指導しながら、定年間近のサラリーマンとして勝負せざるを得ない状況になりましたから、おそらく経験知には関心が無い風土で仕事をしていたと思っています。また、この会社に限らず某自動車会社からリストラされ物質材料研究機構の研究員になった技術者や、某自動車会社からサムスンに移りLiイオン二次電池の指導をしている技術者などリストラされた技術者を見るにつけ、リストラに伴う技術の消失リスクという問題をもう少し日本の企業は真剣に考える必要があると思います。
昭和35年の特許を発明した技術者がどのように処遇されたかは不明ですが、技術が伝承されていなかったために、30年後の永久帯電防止技術の商品化で出遅れた経済的損失は大きいのではないでしょうか。転職した職場で、まず悩みましたのは、少なくともライバルと同等レベルである透明金属酸化物導電体技術を構築しなければ、透明機能性フィルム事業で負ける、という危機感からでした。
転職前の会社にはフェロー制度などがあり、経験知を身につけた人材が定年後も在職し後進の指導に当たっていますが、技術を伝承するために大切な制度で、創業者の理念に基づき人材を重視している会社だと思っています。人に蓄積された経験知を如何にして組織内で移転するのか。そのためのコーチングスキルが研究開発部門で重要と考えています。
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20年ほど前に酸化スズゾルは、新素材として販売されていました。
私が転職したときに、写真感材用の帯電防止剤として、その材料評価は完了しておりました。評価結果は、導電性が無いので帯電防止剤として使用できない、という結論が報告されていました。昭和35年の特許によれば、高純度の酸化スズゾルには導電性がある、と書かれていましたので、この報告は不思議なお話です。
ちなみに酸化スズについて調べてみますと、インジウムやアンチモンを不純物として含む酸化スズ結晶は、カーボン並の高い導電性を有するが、高純度酸化スズ単結晶は、絶縁体である、と論文に書かれていました。非晶質の酸化スズの導電性につきましては、様々な値が公開された論文に記載されていましたが、いずれも不純物を含む酸化スズ単結晶の値よりも100倍以上導電性が悪いデータでした。ただし、多くの金属酸化物が、含まれる酸素のわずかな量の違いで電気特性が大きく変化する、というのは常識でした。
市販の酸化スズゾル10%水溶液(非晶質酸化スズを10wt%含む)を自然乾燥して非晶質酸化スズを取り出して電気特性を測定したところ、アンチモンを含む酸化スズ結晶の1000倍程度導電性が悪い結果でした。ただし、この程度の導電性があれば、昭和35年の特許の実施例に書かれた半導体領域の導電性は十分に出ます。しかし、社内の評価結果では、酸化スズゾルに含まれる非晶質酸化スズは絶縁体であることになっています。
私は自分で実験を行いました。実験は、市販の酸化スズゾルを用いた場合と昭和35年の特許の実施例をそのまま再現した場合と2つのケースで行いました。最初の実験条件では、両方とも社内で報告されたデータと同様の帯電防止性能が無い、という結果でした。奇妙に思いました私は、昭和35年の特許の実施例について、詳しく書かれていない条件を変化させた場合にどのような結果が得られるのか調べてみました。その結果、この特許の実施例に、ある特殊な条件を加えると実施例と同じ実験結果が得られることを見つけました。おそらく特許を書かれた人はノウハウとして記載しなかったのではないか、と推定しました。帯電防止性能が得られた、この実験条件を用いて、市販の酸化スズゾルを評価しましたところ全く同一の良好なデータが得られました。
プラスチックフィルムの表面処理で帯電防止性能をフィルムに付与する技術は、高度な技術の部類になるかと思います。しかし、塗布液を調製し、表面に1μm以下の薄膜を形成する技術は、塗布液があれば、素人には簡単な技術に見えます。特にワイヤーバーを用いて塗布する技術は1-2回練習すれば、あるいは器用な人であればすぐにでもできるようになります。この塗布技術では、塗布液の調製技術が重要で、どのような添加順序で試薬を投入したのか、その時のそれぞれの試薬の濃度はどのように管理したのか、など文献には書かれていないノウハウがたくさんあります。昭和35年の頃は、酸化スズゾルが市販されていませんでしたので、自分で合成し、塗布液に添加するときの濃度も自分で管理しなければなりませんでした。しかし、20年前には、30年前に起きたセラミックスフィーバーのおかげで多くの無機化合物の機能性ゾルが市販されており、簡単に入手できる環境でした。
ところで、市販の酸化スズゾルを用いて、昭和35年の実施例と同じ結果を出すには、市販の酸化スズゾルを一度2%前後に薄める必要がありました。ただ、2%では薄すぎてそのまま塗布液へ添加できません。その後の処理方法は、ノウハウになりますのでここでは述べませんが、科学の視点では、「パーコレーション転移の制御」という高度で難解な塗布液調製作業を行っています。
私が実験をやりましたときに、この科学的知識は、物理学や数学の世界では研究テーマとして知られていましたが、材料科学の世界ではポピュラーではありませんでした。その後当時の私の部下は、学術的にまとめ日本化学会で発表し講演賞を、また、コニカは日本化学工業協会技術特別賞を受賞しましたから、パーコレーション転移の制御を行った塗布液調製技術は、材料科学の先端技術と言ってもよいかと思います。ゆえに昭和35年に特許の実施例に書かれていた技術は、大変高度な塗布技術に裏付けられた成果と思いました。
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ディープスマートの典型例である写真感材の帯電防止技術について。
プラスチックフィルムは絶縁体であり、帯電防止加工をしなければ、静電気を蓄積する。冬場にウールのセーターを着るときのパチパチという静電気の現象を想像して頂ければ、この電荷蓄積が写真感材にとって有害な故障を引き起こすことを理解して頂けると思います。ゆえに帯電防止技術は、写真感材メーカーにとりまして基盤技術として重要というだけでなく、経験に土台を置く専門知識、ディープスマートとして事業が存続する限りコーチングにより受け継がれなくてはならない技術です。
20年以上前の頃、写真感材の帯電防止技術分野でイノベーションがあり、写真感材の現像処理後も高い帯電防止性能が維持される「永久帯電防止技術」が商品に搭載されはじめました。この技術が登場する前は、現像処理後に帯電防止性能が落ちるため写真感材を扱う部屋の厳密な調湿管理が要求されていました。
永久帯電防止技術について、透明導電体である金属酸化物を薄膜にして、写真感材の接着層に用いる技術が主流でした。しかし私が転職した会社では、イオン導電体を用いた帯電防止技術を採用していました。この技術は一応永久帯電防止技術の範疇に入りましたが、様々な問題を抱えていた技術です。様々な問題を克服する技術を新商品を設計する度に開発しなければなりませんでした。しかし、事業は成功していましたので事業の観点ではわずかな問題があっただけです。世間の潮流である透明金属酸化物導電体を使わなかった理由は、ライバル会社の特許網が完璧に思われ、特許の抵触性の観点からイオン導電体を選択したのです。
以前勤めていた会社でセラミックスの研究開発を担当していました私は、ライバル会社の20年間にわたり出願された1000件以上の永久帯電防止に関係する特許群を読み、奇妙に思いました。透明金属酸化物は私が生まれた頃によく研究された材料ですが、特許では新規化合物となっているのです。特許は学術論文ではありませんから、時折嘘が書かれていることがあります。その特許群は、昔の金属酸化物は非晶質で導電性が無かったが、自分たちは結晶質の導電体を発明した、という論理で統一されていました。これはおそらく特許出願されたときに、審査官や特許監視を行っている各メーカーの専門家が異議申し立てをしなかったために、「特許の真実」として誤った常識になったものと推定されます。もし該当分野の専門家が最初に出願されたインチキ特許を読んでいれば特許として成立しなかったと思います。
私は特許の証拠集めを行いました。その結果、酸化スズゾルを初めて写真感材に用いた昭和35年の公告特許(特公昭35-6616)を見つけました。なんとその権利者は小西六工業(現在のコニカ)だったのです。この特許は、まさに世界で初めて透明金属酸化物を透明プラスチックフィルムに用いた発明で、その後数年経ち、コダックから他の透明金属酸化物導電体の発明が公開されていますから、いかに先駆的発明であったか、また当時の小西六工業の帯電防止技術力がどれほど高いレベルであったかを知ることができます。
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開発テーマで検討している技術がライバル特許に抵触している場合について。
25年ほど前に印刷感材(印刷に用いる写真フィルム)の帯電防止と擦り傷防止に対して市場ニーズが厳しくなりました。感材の現像処理スピードが速くなった(短時間で処理することが求められた)ためです。感材の処理スピードが速くなった結果、感材の摩擦で帯電や擦り傷が発生しやすくなりました。さらに擦り傷については、現像処理工程でもゼラチンが水に膨潤し強度が低下するので深刻な問題となっていました。そこで感材メーカー各社による帯電防止技術と擦り傷防止技術について開発競争が激化しました。本日は研究開発におけるコーチング事例2として、ゼラチンの擦り傷防止技術について説明します。帯電防止技術につきましては事例3として後日ご説明します。
ゼラチンの擦り傷防止技術については、現像処理工程でゼラチンが水により膨潤し強度が低下するので、古くからシリカなどの無機フィラーを添加し硬度を上げる技術が開発されていました。しかし、硬度を上げるとゼラチンは脆くなるので、無機フィラーで補強されたゼラチンに柔らかいラテックスを添加する技術も開発されました。そして25年ほど前には、無機フィラーとラテックスの添加量のバランスを最適化する技術は確立され、さらに高度な擦り傷防止技術が市場で求められていました。このような背景で登場したのが、無機フィラーをコアにし、その周りを柔らかいラテックスで被覆したコアシェルラテックス技術です。
この技術の着眼点は、以下。ゼラチン水溶液に無機フィラーとラテックスを別々に添加すると、無機フィラーの凝集が生じ粘度が上昇します。その状態のゼラチン水溶液を塗布しますと、無機フィラーの凝集体が原因となり、ひび割れしやすくなるので、無機フィラーの凝集を防止する技術のニーズが古くからありました。分散処理技術で無機フィラーの凝集を壊し、ひび割れしにくくするところまで技術はできていたのですが、微量存在する凝集体が、柔らかいラテックスの効果に限界を与えているという仮説が知られていました。それで、無機フィラーの周りをラテックスで被覆し、ゼラチン水溶液に添加したときに無機フィラーの凝集が全く生じないようにできる技術として、コアシェルラテックス技術が注目されました。後日談となりますが、特許情報から各社同じ時期に同じような技術を考えていたようで、ゼラチン水溶液に添加するという理由で、同一技術の特許となり、特許の出願時期が勝負を決めました。ゆえにテーマ担当者は、公開されたライバル特許を見れば、自分たちがどのような状況かすぐに理解できたわけです。
転職者である私は技術の状況を全く理解していませんので不安でたまりませんでした。テーマ担当者は、出願は遅れたが、公開された技術とは少し異なる組成で検討しているから大丈夫だと言います。数年後大丈夫ではなかったことが明確になるのですが、担当者は公開情報が少ないので楽天的に判断したのでしょう。しかし、これは福島原発の津波の問題と似ており、楽天的に捉えていては事業に大きな影響を与えます。原子力の安全神話がそうであったように、このような状況でコーチングを行って新しいアイデアを導こうとしても担当者はコアシェルラテックス以外の技術を考えません。おそらくどんなにコーチングスキルが高い人でも、従来の一般的なコーチング方法では不可能だったと思います。業界の技術者全員が、コアシェルラテックスが唯一と思っていたような状況ですから。研究開発では、このようなシーンはたびたびあります。
研究開発では、従来のコーチング方法にイノベーションを生み出す要素を加えたコーチング技術が必要です。時には担当者を追い込む必要から心理学的な観点でマイナスと思われるようなコーチングになることもあります。このテーマでは、別グループにコアシェルラテックスと異なる技術を検討させる開発の進め方について担当者を納得させるのに少し苦労しました。
一方、別グループにコアシェルラテックス以外の技術を検討させるに当たり、そのリーダーに趣旨を納得してもらうのにも大変苦労しました。このあたりの事情は、原発の安全神話を想像して頂ければ専門外の方にもご理解頂けるのではないでしょうか。20年前、反安全神話の観点で脱原発技術開発を日本で積極的に進めることができたかどうか、という問題と同じと考えてください。特許は公開されただけなので、まだ全電源喪失という状況になったわけではなく、せいぜいチェルノブイリの事故が起きただけの段階です。
別グループのリーダーに脱コアシェルラテックス技術のテーマを企画してもらうために、「怖い怖い戦略」に基づくコーチングを行いました。コアシェルラテックス技術全体をライバル会社に抑えられ商品の品質に圧倒的な格差をつけられた場合を想定する議論をしました。この議論の中で、ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術というコロイド化学では全く新規の技術が生まれるのですが、この詳細は「問題は「結論」から考えろセミナー」で公開していますのでここでは説明しません。「怖い怖い戦略」に基づくコーチングという従来のコーチング概念と異なるスキルが研究開発でイノベーションを起こすためには必要と思っています。
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ドラッカーは、クライアントに「何が問題か」とまず尋ねることにしていたそうです。研究開発では、テーマが決まっているので「何が問題か」という質問はナンセンスあるいはそのような質問は必要ないと感じている方もいるかもしれません。
しかし、研究開発でも環境変化が生じた場合には、「何が問題か」と問う姿勢は重要です。さらに、「あるべき姿」に影響は無いかを検証する必要があります。
例えば20年以上前の転職したころの話ですが、シリカをコアにその周りをアクリル系高分子で被覆したコアシェルラテックスを開発している担当者がいました。その頃ライバル会社による多数の特許が公開になり始めていました。このような状況では、一度テーマの見直し、さらには技術開発戦略そのものの見直しが必要です。
管理者が対策を打たなければ、担当者は特許をすり抜けるモグラたたきを始めてしまいます。当時見かけはうまくいっているように見えて実はモグラたたき状態でした。このモグラたたき状態というのは注意をしないと管理者の立場で見えないことがあります。この点は後日お話するとして、モグラたたき状態の担当者とのコーチングについて経験をお話しします。
モグラたたき状態で熱くなっている担当者にテーマの見直しを考えさせるのは難しい場合が多いと思います。特にやる気満々の担当者であれば、モグラが数万匹いても叩くぐらいの気持ちで仕事をやっていますので、方針変更をコーチングで納得させるのは大変です。このような場合には、テーマ目標となる「あるべき姿」をコーチングスキルを発揮し、とことん話し合うのが有効です。そして、管理者が思い描く「あるべき姿」と担当者のそれが最後まで一致しなければ、その担当者にはテーマを担当者の方針で継続させ、別の担当者に管理者が思い描く「あるべき姿」を目標とする技術を検討させるのが寛容です。これは研究開発現場において一般のコーチング手法に限界があるためで、スキルが高く思い入れの強い担当者の場合に管理者の考えをコーチングで伝えるのは、コーチングスキル以外の要因が大きく影響するため大変難しいです。そこで、戦力の問題があったとしても、モラールダウンを避けるために他の担当者に管理者方針の業務を任せることになります。もし戦力が無ければ、同じ担当者に管理者方針の業務をお願いすれば良いかと思います。業務のお願いをコーチングの場面で担当者に受け入れさせることは難しくないと思います。
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