問題を前にしたときに、科学の方法で仮説を立てて解くよりもオブジェクト指向の方が簡単である。すなわち、オブジェクトである問題をそのまま受け入れて解けるからである。
まず、オブジェクトである問題のふるまい、「何が問題か」を考える。これは、ドラッカーの教えでもある。問題を前にしたときに、偏差値の高い人はすぐに問題を解きはじめる。
そして、正しい答えを出してくれるのだが、その問題が間違った問題だった時に、どうする?間違った問題の正しい答えほど無益なものは無い、とドラッカーは語っている。
まず、オブジェクトとなる正しい問題を探すことから始める。正しい問題が見つかれば、80%問題が解けたようなものだ、とドラッカーは述べている。
目の前の正しい問題について、その振る舞いを観察する。そのためにはデータを取る必要があるかもしれない。あるいは、問題のふるまいを起こしている機能あるいはメソッドを探るのである。
その前に、オブジェクトが一つなのか、複数のオブジェクトで構成されていないかを探る必要もあるかもしれない。とにかく正しい問題について、オブジェクトとして捉え、そのふるまいが、複数のオブジェクトかどうかが決まったら、一つのオブジェクトについて、属性とメソッドを決めてやるのである。
属性とはどのようなデータを収集するのか、ということである。メソッドとは機能とか現象を支配する関数である。これが基本機能一つであれば信号因子を探して収集する。
このとき、制御因子や誤差因子といった属性データを基に、データを収集するとタグチメソッドとなる。タグチメソッドはオブジェクト指向の方法だった。
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複雑な振る舞いは隠蔽化して、オブジェクト全体の振る舞いを見ながら、複数のオブジェクトを組み合わせてプログラミングする手法は、オブジェクト手法の説明であるが、この概念は技術開発でも有効である。
すなわち、求められている技術に必要な要素の振る舞い(動作)を考える。それらのオブジェクトを組み合わせて、まず、モノを組み立ててみる。モノ全体もオブジェクトであり、改めて全体のオブジェクトの中のパーツとなるオブジェクトの振る舞いを観察する。
するとパーツである各オブジェクトの振る舞いを実現するための機能及びその実装すべき用件が見えてくる。機能の一部については、とりあえず見えなくしていても良いものもあるので、それは隠蔽化してみる。
ここで各パーツの基本機能が決まる。その結果その基本機能を制御しているであろう因子がわかる。それだけではない。他のパーツからのノイズも見えてくる。
ここまで書くとわかる人には見えてくるかもしれない、タグチメソッドの基本機能の決め方と、制御因子と誤差因子の捉え方である。すなわち、タグチメソッドは、オブジェクト指向の方法だったのである。
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会社の仕事をやるために部下に80万円の1年ローン(月給10万円の時代である。オプションの無いカローラDXが1台買えた)を命じた主任研究員は今なら大問題となるだろう。
当方は保証人の欄に印が押された時に、指導社員とともにびっくりしたが、「頑張りなさい」と言われて、何も言えなかった。頑張るしかなかった時代の話である。
今から思えば、データサイエンス黎明期に勉強する環境ができて良かった、というよりもこのようなことが無ければデータサイエンスを必死に研究しなかっただろう。1年間生活費にも困ったのである。勉強する以外日々の癒しは不可能だった。
日本を代表する一流企業に通いながら、時々親に仕送りをしていただいていた。しかし、その時の苦労が、電気粘性流体のいかがわしいテーマをひっくり返す結果を一晩で出すことができ、報われたと思った。
夜自宅で一晩徹夜して、界面活性剤の解析とグラフ、報告のためのレポートを作成していた。翌朝出社して、300種類の界面活性剤を添加した電気粘性流体を観察したところ、データサイエンスで解析した結果と一致していた。
すぐに主任研究員に報告したところ、界面活性剤ではない、第三成分といえ、と言われた。理由は界面活性剤では問題解決できないと結論したので、これは第三成分だというのだ。頭が良いというかずるいというか、釈然としない説明だが、いかがわしいテーマを担当するよりも良い、と判断し受け入れた。
同時に、電気粘性流体用粒子のアイデアを話したところ、面白いから企画書にまとめよ、と言われたので、U本部長時代と同様に企画書ではなく、傾斜機能粉体や超微粒子分散微粒子、コンデンサー分散微粒子を合成し、データとともに提出している。その後いかがわしい事件が起きるようになったのだが。
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1970年代から20年間空前のオーディオブームだったが、DXの進展でそのブームは去り、2000年あたりからオーディオメーカーの倒産が目立つようになった。
アメリカの大学発ベンチャーボーズ社もオーディオ向けスピーカーの生産を辞めてしまった。音空間の再現では、この会社のスピーカーを越えるものはなく、家を新築した30年ほど前に天井からボーズ社のスピーカーをつるしたのだが、その寿命が来ても代わりの製品が無くなった。
このスピーカーについては、スピーカー専用メーカーやキットを販売するメーカーなど21世紀になり注目されるようになったが、早い話、アンプなどの機器に比べ、スピーカーは数字で議論しにくくスペックを決めにくい。
同じスピーカーユニットを用いても箱の設計で音が大きく変わる。分かり易いのは、密閉型とバスレフ型の違いである。キットではダブルバスレフ型なる箱もある。同じスピーカーユニットを用いても低域の迫力が大きく改善される。
それ以外に箱の外観でも音の印象は変わる。箱だけでなくスピーカーの設置方法や部屋の形状などでも音が変化するので、結局オーディオ製品を自宅で楽しむためにはどこかで妥協が必要になってくる。
妥協せずに理想の音を追い求めると、これが底なし沼になる。ボーズスピーカーはライブハウスのような錯覚を提供してくれるので、代替スピーカーを時間をかけて探してみようと思っている。
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管理職研修で印象に残っているのは複数の顔を使い分けよという指導。すなわち、家庭では家庭の顔、会社では管理職の顔、社会では社会の顔などそれぞれの場にふさわしい顔をするように指導を受けた。
せっかく受けた研修であったが、意外と複数の顔を使い分けるのは難しい。他の研修では分かり易く管理職を演じることが重要、と指導してくれた。
当方はこの手の研修が苦手だったが、それでは社会で生きてゆけない、との説明に不思議に思った。ドラッカーはこのような説明をしていない。誠実真摯に職務に励めと、これが基本である。
この複数の顔の指導はどこから出てきたのか、と当時疑問に思ったが、最近日産の社長の顔色が悪いのに気がついた。どこがどうだと書くと失礼なのでそれ以上書かないが、大変なのだろう。
今回の日産とホンダの対等合併は破談になったのだが、現在の日産の状況では、ゴーンが社長になった時のように、容赦なくリストラを進めるのか、ホンダに頭を下げてでも提携を進めるのか、どちらかしかない、という論調の記事が多い。
ホンダ側の発表では、思うように日産のリストラが進んでいないので子会社という提案をしてきたのだ。会社存続を願うのであれば、社長は我慢して笑顔で受け入れなくてはいけない。
しかし、社員の前でどのような顔をしたらよいのかわからなかったので、提携を断ったのだろう。困ったことに円安状態で今のままでは、また外資に狙われることは必至で、ホンダの子会社になっていた方が良かった、というようなことにならなければよいが。
実は今の日産に一つV字回復の特効薬がある。それにおそらく一部の社員は気づいているはずだが、それが社長まで届いていないのだろう。日産にはまだ可能性が残っているが、それを生かすも殺すも経営次第でどうなるか?
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昨日の続きとして、電気粘性流体の研究事例をとりあげる。電気粘性流体の研究は、高純度SiCの研究と同じ頃にスタートしていた。しかし、当方が転職した1991年まで6年近く研究していてもモノとして完成していなかった。
U本部長からI本部長に代わった時に、「加硫剤も添加剤も何も入っていない電気粘性流体用高性能ゴム」という研究企画が研究所の重要テーマとなり、2年後には課長である主任研究員に昇進するかもしれない当方が担当することになった。
当方のキャリアから当方が担当しなければいけないことを理解できていた。当時アメリカのタイヤ会社を買収し、その経営建て直しのため、研究所でゴム技術を担当した人材はアメリカへ送られた。
当方も新入社員の半年間樹脂補強ゴムの研究、3年間難燃性軟質ポリウレタンの研究を行った経験があり、ゴム技術のキャリアがあったが、高純度SiC事業を始めてからはセラミックスがキャリアとなり、日本に残っていた。
「加硫剤も添加剤も何も入っていない電気粘性流体用高性能ゴム」、このようなテーマをU本部長ならば、実際に作ってどうなるか示せと言われたであろう。
当方は、このテーマを命じてきて来た主任研究員に荒唐無稽のテーマであることを伝えたところ、I本部長が認めた重要テーマだという。しかし、U本部長の時のように企画会議が設定されて決められたわけではなかった。
この主任研究員が長年研究してきて、「ゴムからのブリードアウトにより、電気粘性流体の寿命が1日と持たない、その原因は加硫剤や添加剤である。電気粘性流体にあらゆるHLB値の界面活性剤を添加しても増粘した電気粘性流体を回復できず、加硫剤も添加剤も入っていないゴムが重要な技術である、という結論に至った」という。
この主任研究員は、京大出身の博士であり、大変優秀な方であった。研究報告書もI本部長が高い評価をされて、科学的に完璧な論文と言われていた。
しかし、U本部長からご指導いただいて身についた感覚からはおかしいのである。1週間企画を練る時間を欲しい、と伝えた。U本部長時代に立ち上げた住友金属工業とのJVの仕事を抱えていた。
このJVは、U本部長印ではなく社長印で始められていた。このあたりのマネジメントは秀逸である。U本部長は、退任されるときのことを考えられて社長印とされたのであった。
その結果、住友金属工業も社長印となっており、新日鉄との合併時にはゴム会社と3社で話し合いが進められ、ゴム会社で高純度SiC半導体治工具事業を継続することになった。その時住友金属工業から3名の技術者がゴム会社へ移籍している。
転職後の話までずれてしまったが、「加硫剤も添加剤も何も入っていない電気粘性流体用高性能ゴム」のテーマ企画は、大変困った問題だった。まず、動的部品として活用する時に耐久性を満たせないことは経験知としてすぐに理解できた。
そこで、モノを示すために、耐久試験で実際に増粘した電気粘性流体を主任研究員から頂いたのだが、これが非常識な人で、廃棄処理予定だった一斗缶をそのまま持ってきた。
当方は、それを20ccの小瓶にとりわけ、そこへ手持ちの300種類ほどの界面活性剤を、1種類1滴ずつ添加し、良く振り一晩放置して観察した。同時に用いた界面活性剤についてデータサイエンスで処理して、4種類ほど増粘を回復できる可能性のある界面活性剤があることを見出した。
この時データサイエンスの処理はMZ80Kで行い、結果をパラレルインターフェースでPC9801Fに転送し、LOTUS123でグラフを書いている。なぜこのような面倒なことを行ったのか。
これは以前の活動報告を読んでいただきたいが、80万円のローンで1年間独身寮に蟄居しなければいけなかった時に、データサイエンスの環境を作り始め10年近くMZ80Kでデータサイエンスしていたからである(続く)。
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同じような規模の経営統合では、対等となるようにその時の優位な企業が譲歩しない限り、あるいは相手を尊重しない限り、成功しない。
昨日報道されたホンダと日産の経営統合失敗は、まさにその例で、ホンダの提案を日産が怒って蹴った、という構図である。過去にも化学業界でこのようなことがあった。
逆に大成功したのがコニカとミノルタの経営統合である。当時株価は倍以上高かったコニカは紳士的にミノルタとの統合を進めた。
このあたりは企業風土の影響が大きく、経営者の人格も含め作用している。コニカの経営者の方が表向きの人格は良かったのかもしれない。
コニカとミノルタの経営統合は、某新聞社の朝刊に載る、ということで、早朝管理職が呼び出され、発表があった。当方は早朝電話を受けてびっくりした。
ミノルタの株価は300円台であり、統合以外の道は危険水域だった。コニカは、写真フィルムの事業売却も着々と進め、業績は悪いながらも今よりは良かった。昨年人員削減のリストラが発表されたが、当方が勤務中には無かったことだ。
当方が転職してバブルがはじけ、当方の配属された部署はリストラで廃止されたが、それによる人員削減は無かった。リストラで当方は逆に昇進している。
さてコニカミノルタの経営統合では、企業のロゴマークをミノルタのマークにしている。知らない人が見たら、ミノルタにコニカが統合されたような形である。そこまでして初めて企業の対等統合は上手くゆく。
コニカの社風は、様々な風土の事業部が寄せ集まったような会社で多面評価による人事制度が効果を発揮し、表向きは穏やかで紳士な社員が出世する。ホンダの経営統合失敗から透けて見えるのは、厳しい社風なのだろう。
逆に日産は、ダメな経営状態を続けながらも腐っても日産、というプライドの強い企業風土なのだろう。この経営統合の失敗は、日産には資金面で不利に働き、ホンダでは技術面でマイナスとなった。
CASEが重要な車の要素となっている時代に、日産の方が良い特許を出願している。問題はそれを実現するための風土が日産にあるかどうかである。30年以上前に日産と共同開発を経験したが、スピード感はなくプライドだけが高かった。
e-Powerは、その原理から、科学的にホンダやトヨタのハイブリッドよりも燃費は悪くなる。しかし、その乗り味は、ハイブリッドよりも上である。例えばプリウスGRとオーラニスモを比較してもらえばすぐにわかる。
オーラニスモの方が加速感は上質である。3.5lの車のような印象を受ける。プリウスGRはせいぜい2lエンジンである。このあたりのPR方法を日産は考えるとよいかもしれない。決して技術でホンダに負けていない。経営が下手なだけである。
今回の失敗が日産が変わる機会になればよいが、恐らく今のままでは無理だろう。台湾企業に買収されるリスクが高まった。そうなれば、日産のブランドは残るが、本社は中国に移り、日本の企業ではなくなる。どうする、日産。ご相談いただければ技術経営のアイデアを提供します。ここはV字回復しかない!
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昨日書いたが、U本部長の「まず、モノ持ってこい」という指示は、アジャイル開発であると同時に考え方はオブジェクト指向である。
通常研究企画書では、研究の背景から説明が始まる。そして当時の研究所の企画書の多くは、世界初とか、他社を引き離しダントツになる、とか、勇ましい言葉が並んだ。
そして、その研究が本当に事業となるのか、あるいは研究をした結果どのようなモノができるのかは、明確に語られなかった。研究目標とその研究成果がモノとして現実のモノになるかどうかは大きく異なるとともに月とスッポンぐらいの差がある、と本部長は言われていた。
それに対して、今技術が無いから研究して技術を作り出す、と食い下がる管理職もいたが、具体的なモノの姿を説明できない状況になると、「女学生より甘い」とU本部長は叱っていた。
今ならNGワードだが、言われた管理職はその一言で黙る以外方策はなかった。そのような企画会議で、当方は、SiCヒーター、SiC切削チップ、SiCるつぼなど、とりあえずモノを作って説明した。
企画の説明は簡単であった。モノをU本部長に渡し、現在出来上がっているモノの問題点を語り、その問題を解決するために研究する、と結論すればよかった。
そうすると、費用とか工数の質問が間髪入れずU本部長から出てきたので、それに答えるだけでテーマとなった。SiCヒーターはその後事業として立ち上がったが、切削チップは、U本部長の判断で事業立ち上げに時間がかかるという理由で半年研究し、中断している。
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今ならば、パワハラでアウトになるかもしれないU本部長のご指導で、企業の研究で陥りやすい誤りに気づいた。すなわち、科学的に優れた研究成果でも技術として機能しない場合がある、という点である(続く)。
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表題は孫正義の出席される会議でのNGワード、という記事があった。ソフトバンクの意思決定の速さを象徴する話題として記事にとりあげられていたのだが、もっともである。
ゴム会社でY本部長からU本部長に交代した時に、企画書を提出した管理職にU本部長は、まずモノ持ってこい、と言って企画書を受け取らなかった。いわゆるアジャイル開発である。
アジャイル開発はソフトウェアー業界で生まれた、と誤解されている人がいるかもしれないが、ゴム会社の研究所で始まった、と思っている。
Y本部長時代あるいは、U本部長と交代したI本部長時代は、U本部長と異なり、否定証明でも最大の成果と評価されていて、当方は不思議に思っていたが、U本部長は大変分かり易いマネジメントだった。
まず、モノに仕上げてみて、不完全なところ、あるいは現在の技術で実現できないところを確認してから研究を始めよ、と申されていた。
モノができないような企画は、10年以上あるいはそれ以上の研究期間が必要になる可能性がある、とも申されていた。ゆえにU本部長の時代には、検討中です、は言う機会は無く、常に進捗を報告することになっていた。
モノを示す限り、何でも研究テーマにできたので、研究を自由にできた。また、高純度SiC半導体治工具事業もU本部長の時に立ち上がり、住友金属工業とのJVとしてスタートしているが、I本部長に代わり、社長印の押されたJVであるにもかかわらず、電気粘性流体をテーマにするように迫ってきた。
FDが壊れたり、ナイフが机の上に載っていたり、と異常なことが起き始めたのもI本部長の時である。そして新入社員は数カ月で辞め、当方と同僚も転職することになる。住友金属工業とのJVは、新日鉄との合併が行われるまで続き、合併後はゴム会社で事業継承され、現在は愛知県のMARUWAで続いている。
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科学の方法は分析や解析には適しているが、何かモノを創り出そうとするときには否定証明に気をつけないと、何もモノができなくなる。
信じられないかもしれないが、40年以上前に在籍した研究所は、見事にモノを作ることができない集団だった。その中でもダンフレームという商品を創り出したグループに配属され、喜んでいた時に、このダンフレームのLOIが21以下で、防火性能が無い天井材であることが分かった。
しかし、アカデミアのサポートを受けたりして科学的にできた製品だから、規格にもなっていない非科学的な評価のほうが間違っていると言われた。その後のことはこの欄で書いているので省略するが、この経験から科学とは何かを強く意識するようになった。
学生時代にトランスサイエンスに関する論文やAI(第一次AIブームだった)に関する論文を雑学程度に読んでいたが、ゴム会社の研究所に配属されてそれが災いした。
80万円のローンの話など何度も書いたので、過去の記事を読んでいただきたいが、データを基に考えることや、オブジェクト指向(当時はこのような言葉は無かったが)で実験計画を立案することは非科学的といじめられたのである。
しかし、科学の方法よりも迅速にモノができる長所を見出していたので、その方法を追求し、高純度SiCの新規合成法を開発している。オブジェクト指向は、誰も考えつかないアイデアや否定されるようなアイデアを活かす方法でもある。
40年以上前は非科学的と否定されたが、DXにより、技術者が実装していなければいけない時代になった。ゴム会社の研究所は今どのような風土になっているのだろうか。
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