コンパウンド工場を立ち上げるにあたり、難しい問題は、量産試作段階だったので、QMSの制約からコンパウンドの配合PPS/6PA/カーボンの組成と組成比を変更できず、コンパウンドメーカーのコンパウンド組成と原料をそのまま扱う必要があった。
しかし、これは営業部長が最初の会議で簡単に許可してくれたので、問題なく社内調整できた。また、コンパウンドメーカーでは、カーボン以外の原料を生産販売していたので、加工賃は減るが、原料の売り上げが残るので問題はないのだろう。
コンパウンドメーカーの一番のメリットは、当方の最先端の混練技術について無料で学べる点だった。ちなみに、当方が3カ月でコンパウンド工場を立ち上げに成功し、押出成形歩留まり100%のコンパウンド量産に成功してから、コンパウンド会社は、カオス混合の特許を10件近く出願している。
この事実を確認することは簡単で、特許検索サイトでコンパウンドメーカー名xカオス混合と入力すると、2007年以降の出願特許が出てくる。当方のアイデアを聞いた後、おそらく研究開発に2年ほどかかったのだろう。
当方のアイデアは、ゴム会社に入社した1979年に、指導社員から出された「二軸混練機でカオス混合する方法を考えるのは宿題である」と言われ、26年間思考実験を繰り返してきた技術である。
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20年以上前の話になるが、国内トップメーカーからコンパウンドを購入し、5年以上研究開発された中間転写ベルトの押出成形プロセスによる量産立ち上げが行われていた。
しかし、歩留まりが10%前後と低く半年後の量産が始まれば大幅な赤字となることは自明であった。そこで、担当していたリーダーは、当時窓際だった当方に役割を代わって欲しい、と言ってきた。
そこで、たった3カ月で世界初のカオス混合によるコンパウンド工場を3カ月で立ち上げ、歩留まり100%で量産立ち上げに成功した話を以前この欄に書いている。
初めての会議でカオス混合を提案したところ、樹脂メーカーの営業部長から「素人は黙っとれ」とか「勝手にコンパウンド工場でも建てて作ってみろ」とか言われた話である。
この時同席した部下の課長が、「倉地さん、これからはこの会議私に任せてください」などというので、当方は半年しかない時間を無駄にせずに済んだので、部下に感謝しているが、部下は当方が単身赴任しておいしい餃子の作り方を開発した話を聞いていた。
昨日書いたような自慢話を部下にしていたのだ。だから、会議の席でのある意味無礼な申し出も快く聞き入れ、会議終了後、「3カ月後に当方のコンパウンドができたら、トップメーカーのコンパウンドとの性能比較表を報告書として提出してください」と命じている。
部下は驚き、「本当にコンパウンド工場を建設するのですか。」と、尋ねてきたので、「本日のできごとを正確に議事録に残して欲しい。コンパウンドメーカーもコンパウンドの内製化を認めた」と書いておいて欲しい、とお願いしている。
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餃子の餡は、大別してひき肉と調味料、キャベツなどの野菜で構成されている。そして肉の味や調味料、野菜の配合割合で味が制御されている。
ただし、これは配合比の視点だけで述べた餃子の味の制御法である。餃子の味は、これら3種のオブジェクトの混合プロセスにも影響を大きく受ける。
これに気がついている人は、高分子の配合設計にも失敗が無い。この15年の間に国民の大事な税金が投入され、明らかに間違っている高分子材料の国研プロジェクトが推進された。
このプロジェクトでは、混合プロセスに依存せず、配合だけで高分子物性が定まるように形式知の体系を研究しようという誤った内容だった。もちろん大した成果が出ていない。
餃子の餡の話に戻るが、これをおいしくするには、最初にひき肉と調味料をよく混ぜ、これをつなぎにするようなイメージで野菜と混合することが重要である。
このプロセス以外では、一個一個の餃子の味がばらついたり、皮に餡を包んでいるときに、餡から汁が染み出したりして包む作業が難しくなる。
ひき肉と調味料の混ぜ方と混ぜた状態については、ハンバーグにおける混合方法とは大きく異なり、全体が糊のようになるくらいよく混ぜることが重要である。ハンバーグでは、少しひき肉の形状が残るぐらいの混ぜ方が重要となる。
この点では、ハンバーグの方が混合が難しい、と言える。餃子の餡では、ただひたすらひき肉と調味料を均一になるように練り上げるだけで良いからだ。
糊のように練りあがったひき肉に野菜を混ぜるのだが、この段階ではハンバーグのノウハウが重要になってくる。あまり練りすぎると、餃子のシャキシャキ感が無くなるからである。
ギョーザは、一口かじった時にシャキっとし、肉汁がじゅわーッと広がるのがうまい。おいしい餃子を作るためには、混練技術のノウハウを学んだ方が良いが、これが一般の教科書に書かれていない。
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土俵際で外掛けにでたところを豊昇龍に内掛けを取られ、あえなく昨日安青錦は負けました。これまで豊昇龍は勝てなかった相手にようやく1勝したのだが、負けた安青錦は、大事な一番で負けてしまいました。
安青錦は、今場所横綱へ前例のないスピード出世をするのではないかと期待されたのだが、終わってみれば、負け越しとなり、昇進早々のカド番となってしまいました。
安青錦には申し訳ないのだが、人生それほど甘くないことを教えてくれた相撲だと思っている。もっとも、今場所の負け方は、安青錦らしからぬ相撲が多く、他の関取が彼のスタイルを研究した結果とみることができる。
昨日の横綱の勝ち方は、まさにそれで、外掛けが入るや否や、大関よりも短い脚をきれいに跳ね上げて、勝負を決めている。
横綱も恐らく必死だったのだろう。これまで大関に全敗であり、ここで勝たなければ、来場所も危なくなる。すなわち、安青錦が苦手力士となってしまうからだ。
横綱は苦手力士を作ってはいけない、と言われている。すなわち、横綱に対する期待は大関のそれよりも高く、豊昇龍もそれをアドバイスされていただろう。昨日の一番は彼にとって必死な一番となっていたはずである。
カド番となった安青錦は、おそらく来場所に向けてさらなる力量向上のためのトレーニングに励むに違いない。これからが彼の本当の相撲人生となるのではないか。
順風満帆に人生が流れる人が幸せかというと、そうではない。むしろ、多くの障害を乗り越え自己実現の目標に向かっているときの充実感こそ、幸せな状態であるが、残念ながらそれが分かるのは、自己実現の目標が無くなった時であるのが人生の皮肉である。
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昨日の一番で霧島は勝ちたかったに違いない。大関と横綱に勝って、優勝と同時に大関昇進も決めたかったに違いない。恐らく、本日の取り組み次第では、明日委員会が開催され、大関昇進の可否が議論されるはずである。
これが若ければほぼ確実なのだろうけれど、数値上は大関昇進の条件を満たした霧島であるが、大関安青錦に負けたのである。印象が悪い。本日の一番でも負けたなら、大関昇進は来場所見送りとなるかもしれない。
それにしても昨日の安青錦は凄かった。彼の相撲である低い姿勢からそのまま勝負を決めたのである。ご存知のように大関昇進まで、彼はこのスタイルで勝ち続け、今場所優勝したならば横綱昇進できるかもしれない、と言われていた。
しかし、今場所の彼の相撲には、そのスタイルが無く、今日の一番で負ければ負け越しで、横綱昇進どころか、カド番大関になるかもしれない状態である。
ところが、昨日突然彼の大関昇進までのスタイルが戻り、霧島を撃破した強さを見せた。これが底力というものだろう。そして今場所様々なプレッシャーから、それが隠れてしまった。
そこへ大関昇進がかかったライバルが現れた。彼の大関としてのプライドが突然覚醒したのだろう。もし、これが横綱への思いまで昇華すれば、本日の彼の一番は面白くなる。
千秋楽前に優勝が決まり、本日は気の抜けたコーラのような大相撲観戦となるが、安青錦が昨日のような相撲を取れるかどうかが楽しみな一日となった。
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「おばさん」をおじさん言葉として抗議した高齢者がニュースになったが、もし「おばあさん」という言葉を用いていたら、と想像していたら、日本の真珠湾攻撃が飛び出した。
今回のアメリカのイラン攻撃は真珠湾攻撃のようなものだ、とトランプ大統領はさらりと訪米中の高市首相に答えている。
ロシアのウクライナ侵攻で始まった地域戦争は、米イ戦争まで引き起こした。両者の戦争は異なるものだが、おそらく100年後の教科書には第三次世界大戦と表現されるかもしれない。
トランプ大統領の言葉は、それを暗示しているように思える。80年経っても米国における日本観は変わっていないのである。しかし、この表現に対し、高市首相は抗議していない。
これをどのように捉えたらよいのか。もし抗議していたなら、今回の米国訪問は大失敗になっていただろう。発せられた言葉に対し、常に寛容さで接しないと判断を誤ることになる。
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今朝目が覚めてTVのスイッチを入れたところ、NHKで表題の討論番組を行っていた。高齢者をおばさんと呼んだので、東京都知事が「おじさん発言はダメだ」と怒られていた真の理由を理解できた。
バブル崩壊後男女共同参画はじめ男女差別すなわち社会に存在するジェンダーにまつわる問題解決にむけて社会が動き出した。すなわち、最初から差別を無くす活動ではなく、ジェンダーにまつわる問題解決だったのだ。
朝の討論のパネラーは、30歳前後の女性で肩書は放送関係者だった。このあたりの書き方にも気づかいをしなければいけないのが今という時代である。
ふた昔前ならば、若い美人のお嬢さん達だった、と書いていたかもしれないが、今の時代はこのような書き方をしたらアウトなのだろう。
美人と感じて美人と表現したらそれがアウトになる社会は何故か息苦しい。人間を視覚的なイメージで区別することが悪い、と説明されても、そして納得できても息苦しいのだ。
高齢者で年齢を感じさせない女性をおばさんと呼ぶことが何故問題なのか分からない老人もいるだろう。この老人は男性に限らず女性でも問題点が不明の人がいるかもしれない。
今のジェンダー問題に対する社会の反応は、わずかな問題も許さないといった神経過敏な空気が漂っているように感じるのは当方だけだろうか。
「私がおばさんになってもーーー」という歌があったが、今の時代はこのような歌も放送禁止歌になるのだろう。NHKのうたコンで放送したら拍手喝采である。
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「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」とは、故野村監督の言葉であり、恐らく生きておられたならば、今回の侍JAPANの戦いぶりをぼろくそに評論されていただろうと思う。そしてXで炎上していたかもしれない。
また、この2日間のワイドショーでも負けた原因と思われるデータがいくつか示された。しかし、不思議なのは、負けて当然、というデータを示しながら、そのように表現していないのだ。
これが昭和の時代であれば、恐らくすべての野球評論家が聞くに堪えない罵詈雑言も含めて辛辣な言葉を並べたに違いない。また、今も御存命の評論家であれば、「***の腐ったようなプレー」などというセクハラなのか何なのか意味の分からない表現が飛び出したかもしれない。
パワハラやセクハラがすぐに問題視される現代では、昭和の評論をするような野球人は、TVから締め出される。その結果、何故か優しい人ばかりの番組となる。
その優しさあふれる環境の中で、井端監督は辞意を表明された。潔いのだ。恐らく、彼はむしろ厳しく責められることを望まれたかもしれない。しかし、今の時代に誹謗中傷含め他人を責めるのはご法度の時代だ。
また、とにかく称えあう社会というのが今の日本である。日本は恐らく世界でも優しい国のトップになるのではないか。
今の時代を生きる若者は幸せだ。当方の時代には、工場試作を成功させても、訳の分からない始末書を新入社員でありながら容赦なく命じられ、1週間仕事をさせてもらえず、図書室に籠る日常をしいられたのである。
鉄は熱いうちに打て、とは、教育に関するノウハウ(注)だが、打たれる原因が不明ならば、それはイジメである。これ以外に多くのイジメを12年間受け、同僚二人が転職した時に当方も転職したが、12年間受けたイジメで今もトラウマで悩まされている。
頑張ることも昭和の生き方だが、それもほどほどに転職したつもりだったが、心の傷は深い。社会が優しくなるのは自然の流れかもしれない。ただし、自己責任という厳しい流れがあることも忘れてはいけない。
(注)日ハム新庄監督と伊藤大海投手とのDMの逸話は、上司とその部下の関係を学ぶのに良い事例である。当方も上司からの手紙を保管しているが、昭和の時代の部下への手紙とは、上司の身勝手さの見本のようなものだろう。いつの時代でも次の世代を育て、頑張ってもらわなければ、社会というのは成長できないのである。
AIによる井端監督の采配についての評価は以下ですが、一部ハルシネーションが起きています。しかし、そのまま掲載しました。下記評価は、いかがでしょうか。
<ChatGPT無料版の回答:ハルシネーションが起きてます>
では、井端弘和監督のWBC準々決勝での采配を、戦術・結果・選手起用の観点から冷静に評価します。
■ 総合評価(先に結論)
👉 「堅実だが、勝負どころでやや消極的」
■ ① スタメン・打順の評価
● 良かった点
-
コンディション重視の起用
-
実績ある選手中心で安定志向
👉 トーナメントとしては妥当
● 気になる点
-
相手投手への“対策型オーダー”が弱い
-
流れを変える意図が薄い
👉 「いつも通り」に寄りすぎた
■ ② 継投(投手起用)
● 良かった点
-
投手の使い方は比較的オーソドックス
-
崩壊は防いでいる
● 課題
-
交代のタイミングがやや後手
-
「流れが変わる前」に動けていない
👉 結果論ではなく、流れ読みの問題
■ ③ 代走・代打(ここが最大の論点)
● 周東佑京を使えなかった影響
これはかなり大きいです:
-
1点を取りに行く局面で
-
“足で崩す選択肢”が消えた
● 代替策
👉 ただし全体的に:
👉 動きが少なく、待ちの姿勢
■ ④ 攻撃戦略
● 特徴
● 問題点
👉 短期決戦としてはやや単調
■ ⑤ 試合全体の流れでの評価
準々決勝のような試合では:
しかし今回は:
👉 「流れに乗る」ことはあっても
「流れを作る」采配が少なかった
■ ⑥ 周東がいた場合の仮説
もし周東が万全なら:
👉 1点勝負の構造が変わる可能性が高い
■ ⑦ 総括
● 良い点
● 改善点
■ 一言でいうと
👉 「ミスはしないが、勝ちを奪いに行く采配ではなかった」
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3月11日に卒業祝いとして赤飯を準備したが、保護者から震災の日に赤飯を出すとは何事だ、という一本の電話があり、全量廃棄した。生徒には乾パンを出しているのだが、市長は謝罪した。ただし、この謝罪では、大切な問題点を見落としており、これでは再発防止につながらないのではないか。
市長の謝罪をまとめると、赤飯の予定をずらすべきだった、という内容である。しかし、米の高騰や環境問題を考慮すれば、赤飯を全量廃棄処理したことについても問題とし、述べるべきではなかったか。
赤飯を用意した問題は、市民感情の問題であり、これは人生に1回しかない卒業式として理解を求めるべきだった。謝罪すれば市長の責任は終わる、と考えているようでは、リーダーの役割として失格である。
そもそも、卒業祝いと震災の日とは別の行事であり、卒業祝いとして赤飯を出し、保護者からの批判も含め状況を説明すれば、「赤飯を用意した」という行為は許されたと思う。しかし、人間が食べられる赤飯の全量廃棄は、環境問題だけでなく教育的観点から大問題である。
正しい問題を設定できない謝罪や、こころない一本の電話で過剰な反応をする社会、少しおかしくないか。ちなみに、2011年3月11日は当方の退職記念日でもある。3月11日は躊躇なく退職祝いをしている。
ところで、この件について、AIは以下のように回答している。
<AIの回答>
この件は、論点がいくつか重なっているため「何が問題だったのか」が見えにくくなりやすいケースです。整理して考えると、少なくとも次の 3つの論点があります。
① 3月11日に赤飯を出す是非(感情・配慮の問題)
3月11日は
東日本大震災 の日であり、日本では
が強く共有されています。
そのため一部の保護者が
と感じたのは、感情としては理解可能です。
ただしこれは
であり、「絶対的に間違い」とまでは言えません。
② 赤飯を“全量廃棄”した判断(運用の問題)
ここがあなたの指摘の核心です。
この判断には
-
過剰反応ではないか
-
食品ロスの問題
-
多数の生徒への影響
といった別の問題が含まれています。
特に
は
としても議論の余地があります。
③ 市長の謝罪の対象(責任の切り分け)
市長が謝罪した場合、多くは
という①の部分に焦点が当たりがちです。
これは行政として
という意図があるためです。
しかしその結果
という運用上の問題が十分に議論されない、という状況が起きやすいです。
あなたの指摘について
結論として、あなたの見方には一定の合理性があります。
という点は重要です。
むしろ政策・運営の観点では
-
クレーム対応の基準
-
現場判断の裁量
-
食品ロスへの配慮
といった②の方が、再発防止としては本質的とも言えます。
全体の整理
| 論点 |
性質 |
| 赤飯の是非 |
感情・文化 |
| 廃棄の判断 |
運用・倫理 |
| 市長の謝罪 |
政治・リスク管理 |
まとめ
この問題は
が重なったケースです。
市長の発言が①に偏ることで、
あなたが指摘している②(廃棄の問題)が見えにくくなっているというのは、十分あり得る構図です。
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昨日のWBC2026の結果に関するAIの評価は、当方のプロンプトで得られたのだが、その回答から、大抵の人はプロンプトの内容を推定できるのではないか。
また、AIの回答からAIを用いた情報検索が、従来のキーワード検索と大きく異なり、思考ツールとして十分に活用できるレベルにある、と感じた方もいるのではないか。
もっとも、昨日の回答から、AIによる情報検索のイメージがわかなかった人もおられると思う。また、当方のプロンプトについて、その内容を推定できない人は、AIを日常使い慣れていない、と判断される。
40年以上前に情報データベースサービスが始まったが、当初は定期的に送られてくる紙のデータベースから自分でデータを「探す」作業が要求された。学生時代には、当方は毎週月曜日午前中図書室に籠る日課が常識だった。
まさか、ゴム会社に入って世界初のホスファゼン変性ポリウレタンフォームの工場試作に成功した時に毎日図書室に籠る生活になるとは思わなかった。
少なくとも40年ほど前までは、紙のデータベースあるいは紙媒体から、まず情報を集め、そこからさらに自分の目的に合う情報を探す、という手順であり、図書室に籠ることが情報収集の最も確実な方法だった。
それが、30年ほど前から、電子データベースを誰もが使える時代になり、10年ほど前までキーワード検索が当たり前の情報検索方法だった。
ところが、生成系AIが登場し、AIにインターネットの情報を集めさせて判断させて情報整理どころか評価までできる時代になった。2年前まではハルシネーションを防ぐノウハウを必死に考えていた。
最近はハルシネーションを容易に防ぐプロンプトを用いて、情報検索ではなく、思考の道具として使えるようになった。昨日はその事例である。
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