バネとダッシュポットのモデルでゴムを議論して問題となったのは、クリープである。高分子のクリープをうまく数理モデルで記述できなかった。そこで分子一本から論理を積み上げていく方法として、元名古屋大学土井先生のOCTAが注目された。
名古屋大学から東大に移られたがOCTAという名称は名古屋市のマークから生まれているので元名古屋大学とさせていただいた。
OCTAは分子1本の運動からそれらを寄せ集めて、バルクの形態の運動までズーミングしシミュレーション可能である。それにより、クリープや破壊現象のように金属やセラミックスでは科学で成功していたが高分子では難しかった現象をシミュレーションできる。
ただし、このようなことは熟練した高分子技術者であればOCTAに頼らなくても思考実験で行ってきた。そしてOCTAでデータマイニングが不可能な非平衡状態でも思考実験で実現しアイデアをひねり出してきた。
OCTAの凄いところは、当時のコンピューター資源まで考慮して考え出されている点だ。早い話が頭脳のレベルに配慮したアルゴリズムで設計がなされている、といってもよい。
大学のテストもこのような配慮を土井先生がなされていたかどうか不明だが、このような視点はある意味芸術的でもある。芸術は、手段の制約の中で最大限の美を表現しようとして創造物を完成させるからである。
また、実際に芸術家は、小説家でも画家でも皆表現手段の制約の中で美を生み出そうと苦しんで活動している。例えば、芸術大学の学科に写真学科がある。写真も芸術の一分野であり、それについて説明したい。
写真は、芸術の中でも制約の多い芸術である。写真は、シャッターを押した瞬間に芸術を完成させなければいけない「瞬間芸」である。後から修正は許されないのだ。今、デジタル写真の分野ではその修正技法の広がりから様々な表現が生まれているが、これを写真と呼んでよいのか不明である。
表現手段の制約を超える表現の工夫に着眼すると、芸術においてもイノベーションが生まれる下地がある。写真という芸術では、デジタル化によりイノベーションが起きているのだ。
例えば、瞬間的に画像を形成する銀塩写真フィルムと異なり、デジタルカメラでは画像として保存されるまでに様々な処理がなされる。これがカメラごとに異なる。現像処理プロセスがアナログ時代と大きく変わっている。
それだけではない。現像処理の自由度が大幅に上がり、RAWデータさえあれば何度でも現像処理ができるのだ。また、現像処理方法により、画像の印象を大きく変えることもできる。
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多くの燃焼試験における数値データは、ばらつきが大きいが、極限酸素指数(LOI)測定装置は、用いる部品を精密化するとばらつきを小さく設計でき、精度の高い測定ができる高分子物性評価装置となる。
フェノール樹脂は、耐熱性高分子に分類されるが、製造条件等が管理されなければ、空気中で燃えやすい、すなわちLOIが21以下の樹脂となる。
この実験結果が出た時には驚いた。これは耐熱性高分子の研究が行き詰まった理由を納得できる経験となった。高分子は製造条件の少しの違いで高次構造が変化している。
耐熱性や燃焼性がこのわずかな高次構造の違いに影響を受けることを御存じない方は多い。また、その影響の度合いを説明するのが難しい。さらに高分子の種類により、その影響が異なっている。
このような問題において、データサイエンスによる解析は有効な情報を与えてくれる。ところが、データサイエンスを身につけていない研究者が、この現象を取り扱うと、わけのわからないこじつけ仮説の結果を導く。
耐熱性高分子の研究が破綻したのもデータサイエンスの無い時代の研究だったからである。フェノール樹脂について、その高次構造解析が難しいので、研究そのものも難易度が急激に高まる。
しかし、LOIが高次構造と関係していることに気がつけば、データサイエンスを用いて高防火性の耐熱構造設計を行うことができる。
フェノール樹脂の難燃性について、筑波にある建築研究所と少し共同研究を行っている。宅配便の利用が普及していなかった時代で、ヘルメットと安全靴、サンプルを携え、常磐線荒川沖駅で降り、満員バスに揺られた思い出は、肉体的にも精神的にも辛い経験となった。
2日間に渡る実験でも宿泊出張を認めてもらえず、久米川から通っている。帰り道、常磐線で眠ってしまい、上野駅で駅員に起こされた。寝たのが西武線でなくてよかった、という思い出は今でも忘れられない。
独身だったので、私費でもよいから宿泊したいと申し出たが、上司から業務であることを理由に必ず日帰りとするように言われた。部下の疲労よりも経費節約の方が優先された時代である。
もう少し知恵があったなら、上司には日帰りと告げてこっそりと宿泊して仕事をする賢いサラリーマンの考え方(注)をできたのかもしれない。
しかし、グラフにうまく合うデータ処理に知恵が回っても、サラリーマンの生活の知恵はなかなか働かなかったことが問題だったのだろう。
(注)往復の交通費を考慮すると、ホテル代4000円を私費で払っても宿泊したかった。管理職の年収が新入社員の年収の4倍以上あり、部下は消耗品のように扱われ、パワハラ等ハラスメントは日常だった時代である。ドラッカーの著書がベストセラーとなっていてもマネジメントなるものがうまく実践されていなかった。管理職が研修でいない日があったが、研修から1週間ほど不自然に優しく不気味だったが、1カ月もすれば日常に戻っていた。今のように過重労働やハラスメントが社会的な問題とされることが無かった。データサイエンスも情報工学科設立ブームの時に話題となったが、セラミックスフィーバーとなったら社会から消えてしまった。しかし、マイコンの進化は止まらず、16ビットの時代となり、アメリカではC言語がBASICよりも使われるようになった。ライフボート社はLatticeC(本体は20万円)を日本で独占販売し、データサイエンスのライブラリーはじめ各種ライブラリーを3万円前後で輸入販売していた。ソフトウェアー代30万円ほどかければデータサイエンスを手軽にできるMS-DOS環境となった。時間のかかる処理をバックグラウンドで実行できるWindowsライブラリーも販売されていた。
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科学は、論理学とともに誕生した、と定義づけられているので、その起源を議論するのは易しい。そのうえで、科学の一分野とされるマテリアルズインフォマティクスとは何か、と問われた時に第三次AIブームで生まれた言葉に過ぎない、と当方は答えたい。
数理モデルで現象や物質を捉えることは、非科学的方法でニュートンでもやっていたのである。コンピューターで物質を扱う、という点では1970年代の第一次AIブームで行われていた。
それでは、コンピューターではなくAIで、としたらどうか、という議論について、AIというものをどのように定義づけるかにより議論は複雑に変化する。
AIの概念をコンピューターまで広げれば、第一次AIブームの時代からマテリアルズインフォマティクスは行われてきたことになる。実際にセラミックスフィーバーの時代には、JANAFのデータベースで物質を設計することが行われている。
また、無機材料のデータベース構築もこのころから本格的に始まっている。ゆえにマテリアルズインフォマティクスを新しい潮流のように騒ぐのは言葉で遊んでいるようなものだと思う。
マテリアルズインフォマティクスで注目すべきことは、数学が不得意の化学者が数理モデルを積極的に使い始めたことだろう。化学者と数理モデルとの関係では、つい最近ダッシュポットとバネのモデルによるレオロジーを使い物にならないと否定した不幸な歴史がある。
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技術に限って言えば、データマイニグをいつから始めたのか不明確である。テルマエロマエという映画では、現代のウオシュレット付き水洗トイレをローマの時代に再現している。
映画で見たときに最初大笑いしたが、あり得る話に思えたので、なるほどとそのあと感心している。機能を再現するのが技術であれば、映画の世界は技術の歴史を描き出している。
モノを作る時には寸法を測っただろうから、データを取得する行為はエジプトのピラミッド建設の時代にさかのぼる。日時計がどのような発想から生まれたのか不明だが、それで時を刻める発想に至るまでデータを集めて考えたであろうことを想像するのは楽しい。
科学はせいぜいこの300年程度の歴史しかないが、技術ははるか昔から、それこそ人間とサルの違いが技術を生み出せるかどうかだったかもしれない。しかし、サルでも高い木の上のバナナを取るのに棒を使う工夫をすると言われると、技術を生み出すことが人間だけの特技ではなくなってくる。
クルミの殻を割るのに自動車を使うカラスの映像を見せられた時には、「カラスよお前もか」とぼうぜんとした。技術はカラスでさえ生み出すことができるのだ。
それでは、芸術をカラスが鑑賞できるのかどうか知らないが、科学や技術と異なり、芸術を生み出すためには美という抽象的なオブジェクトに対して知が反応しなければ成立しない分野である。
当方は謝罪するサルを見たことはあるが、まだ芸術を生み出すサルの話を聞いたことが無い。恐らく芸術は人間だけのスキルかもしれない。それで、アルタミラの壁画とか古代人の芸術の発見が話題となったりする。
技術と芸術、それに科学の起源をいろいろ考えてみると、技術を創造する活動というものが動物の本能の一つのように思えてくるのは当方だけだろうか。
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マテリアルズインフォマティクスを新帰納法と呼ぶ人がいるが、それは科学の概念を拡張している。科学とは何か。例えば、マッハ力学史には科学の定義およびそれが誕生した時代について書かれている。
イムレラカトシュは、「方法の擁護」の中で、科学の方法で完璧と呼べるのは否定証明だけ、と明確に述べている。この説に従えば、技術開発を完璧な科学の方法で行うとモノができない、となる。
ゴム会社に入社した時に、よくこのフレーズを耳にした。しかし、研究所に配属されたら、そこは異次元の科学一色の世界だった。否定証明が日常的に行われていたのだ。その結果、経営に貢献する成果が長年出ていないことが問題とされていた。
そのような部署で新入社員の研修で学んだ統計手法を用いて研究を進めていたら非科学的と言われたのである。これは、当然と言えば当然であるが、データ処理を科学的に行うためには統計手法となるのに、である。
すなわち、科学では仮説の真偽が重要であり、データのばらつきなどどうでもよいのである。部長の納得できるデータを出さないと今日は帰れない、と嘆いていた同僚がいた。
その部長は学会である理論を発表していた。そのためその理論に合うグラフを描けるデータが要求されていたのだ。ゴム物性は必ずばらつく。同僚のデータを見せていただいて、90%の信頼区間を書いたら十分にグラフの線上にそれが入っている。
しかし、それではダメだという。ズバリ線上に載った値が必要だと嘆いていた。そこで、物性測定にN数を3倍に増やし、当方に持ってきてほしい、と言って同僚の実験につきあった。
そして、各平均値がグラフの線上に載るように測定データを3点選びデータ処理を行った。同僚は無事終電車前に帰宅できて喜んでいた。
「統計でウソをつく方法」という本が出ているが、今回は嘘をついたわけではない。仮説に合うように実測データを選んだだけである。うまく仮説に合うデータが出ない時には、N数を増やすとよい。
偶然はN数が大きくなることにより、出会う可能性が高くなる。下手な鉄砲数打ちゃ当たる、という名言を活用すれば、セラミックスやゴムの物性では仮説に従うグラフを簡単に描ける。本日の内容を気持ち悪く感じた方は問い合わせていただきたい。
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マテリアルズインフォマティクスは、第三次AIブームの中で生まれた、とするのは、日本の研究者達であるが、データマイニングにより新しい知を求めようという活動は、古くから行われていた。
どのくらい前から、という時に、データマイニグをAIでやり始めた、とするならば、第三次AIブームとしてもよいかもしれないが、コンピューターで、とした場合には、第一次AIブームの1970年代となる。
情報処理を機械でやりはじめて起きた第一次AIブームでは、推論モデルが議論されたので、アルゴリズムが議論の中心だった。
ところが、多変量解析が社会学分野で使われ始めたのもこの時代なので、情報処理で物質の科学を議論しようという物好きがどこかにいたかもしれない。
当方は1979年にゴム会社に入社してデータマイニングの手法を学んで、マテリアルズインフォマティクスし、タイヤの軽量化因子を明らかにするととともに、高分子で165-SRー13というサイズのタイヤを作った時の最軽量値を求めている。
コンピュータではなく頭の中で数値をいじりながら新しい知を求めた事例は、ニュートンの思考実験が知られている。思考実験で万有引力の法則を求めている。
しかし、マッハはこの手法を非科学的、と「マッハ力学史」の中で述べているので、科学の時代に限って言えば、データマイニングは、物理学者により科学とともに生まれた、と言っても良いだろう。
マテリアルズインフォマティクスは何も新しい科学の潮流ではなく、数理モデルに弱い化学者たちが喜んで飛びついた学問の方法と捉えることができる。
物質の現象をデータで捉え、そこから新しい知を求めるのにAIを用いる、と言ってみたところで、現在のAIは、映画「マトリックス」で描かれたAIほどのレベルではない。オブジェクト指向の成果でアルゴリズムの工夫から生まれたものだ。
マテリアルズインフォマティクスの本質を考えてゆくと、化学者が物理学者のような考え方になりはじめた、あるいは物理と化学がフュージョンした、と捉えることができる。
フュージョンと聞くと音楽の世界で1970年代に起きた一つのムーブメントでクロスオーバーとも呼ばれた。
マイルス・デイビスがジャズだかロックだか分からない音楽を始めたのが最初、という説があるが、黒人によるブルースが西洋音楽とのクロスオーバーと捉えると黒人がアメリカ大陸に連れてこられたころとなり、もっと古くなる。
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1970年代に耐熱性高分子の研究から、高分子の難燃化研究へと流れが変わった。当時耐熱性高分子の総説が発表されている。そこには、燃えない高分子を作り出すのは不可能と書かれていない。
但し、耐熱性の評価尺度をどのように決めるのか難しい点に触れられている。理由は熱天秤の評価がばらつくからだ。
高分子の難燃性についてもその評価ばらつきの問題があるが、極限酸素指数法は、再現性の高い評価法として今では認められている。
1980年代にISOが制定されているが、1970年代にスガ試験機から全自動酸素指数測定装置という怪しい評価装置が販売されて、ゴム会社の研究所に設置されていた。
多くの燃焼試験法では、試料への着火方法が問題となる。燃焼試験の経験のある方ならご存知と思うが、着火する炎の大きさやその燃料まで細かく規定されている。
この全自動極限酸素指数測定装置は、そこまでの自動化はなされていなかったが、試料への着火後の制御にはそれなりの工夫がなされていた。
ただ、この装置の欠点は、燃焼速度が速い試料の測定ができないのだ。発泡体の燃焼速度は速いので測定できずゴム会社の研究所でホコリをかぶっていた(注)のだが、それを発泡体の測定が可能なように改造した。
この装置の優れていたところは0.05%まで酸素濃度の微調整ができたことだ。ここまでの精度の装置は現在市販されていない。ガスクロマトグラフィーで酸素濃度の変動を測定し驚いた。
ところが酸素濃度の微調整ができても、極限酸素指数測定データの分散を0.1以下にすることができなかった。それでも学生時代に某女子大で使わせていただいた試験機より精度が高いと思われた。
学生時代には、0.5程度の誤差は出る、と教えられた。しかし、ゴム会社にあった自動極限酸素指数測定装置についていた流量計は、学生時代に借りた装置よりも細かいメモリがついていた。マニュアルにも0.01%の精度と書かれていた。
極限酸素指数測定について、精度の高い実験装置があったのは幸運だった。また、自動化するための各種センサーがついていたので測定環境のばらつきを小さくすることもできる。データサイエンスで解析しようと思っていたので喜んだ思い出がある。
(注)ゴム会社の研究所では残業代の申請上限は20時間まで、となっていた。しかし、その20時間の申請さえも難しい雰囲気だったので、12年間ほとんど残業申請をせず、サービス残業で時々徹夜の過重労働をしている。しかし、研究設備への投資を惜しまない体質だったようで、研究所では購入しても使われないまま廃棄される設備があった。全自動極限酸素指数測定装置も汚れは全くなく新品で2年以上放置されていた。3年間高分子の難燃化研究を担当しているが、この測定装置は研究装置の中でも一番よく使った装置である。熱天秤も使用頻度が高ったが、毎日のように使用していない。使用されていなかった装置を喜んで使っていたら、「君のために買ったのではない」と上司に叱られている。新入社員研修では、成果主義のような説明を受けていたが、成果を出したら始末書を書かせられたり、それ以外にもいろいろと注意を受けている。某建築メーカーへ供給するフェノール樹脂天井材の開発では、開発計画が1年前倒しになり、サービス残業の毎日で成果が出ても良い査定を頂けなかった。給与明細書を見れば、査定評価が分かるのである。「学会発表は君だけ優先している」と上司に言われたが、当方からお願いしたわけではない。学会発表に耐えうるデータを出していたのが当方だけだったのと上司が学会の研究会で運営委員をしていたからだろう。「科学的に実験をやれ」とよく言われたが、「どのような実験を行うのか」具体的に言われたためしはない。統計的にデータ処理したり、N数を増やしたりしていた実験をよく非科学的と言われたが、統計手法は科学的にデータ処理するときに必要である。統計手法が科学的と思われていなかった時代がある。タグチメソッドが日本で普及が始まってから30年以上経過したので品質工学を非科学的という人はいないだろうと思うが、科学とは何か、ということを充分に理解しないで技術者を指導すると喜劇が生まれる。まだこの欄で紹介していない喜劇は多い。
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始末書を提出するときにホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームの企画を添付した話を以前書いている。ゆえに詳細はそちらを参考にしていただきたい。
燃焼時にオルソリン酸として揮発しない点がホスファゼン骨格の高い難燃性発現の機構におけるキモであるらしいことは、燃焼試験におけるガス分析等で明らかにされた。
ならば、リン酸エステルとホウ酸エステルと併用し、燃焼時の熱でボロンホスフェートを生成する仕掛けをすれば、オルソリン酸の揮発を防ぐことができる。そして、この組み合わせシステムは、ホスファゼン同等の高い難燃効果を発揮できるはずだ、という仮説からホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームの企画は生まれている。
この企画は、すぐにテーマとして実施され、この実験結果とホスファゼン変性ポリウレタンフォームの実験結果を合わせて1年間の新入社員研修成果として発表している。
この時多変量解析で行った考察を報告していない。化学分析結果を科学的に考察してまとめた内容を報告している。統計手法も含め、当時の本部長がそれらを用いることについて非科学的として低い評価をしていたからだ。
当時の主任研究員が高分子学会崩壊と安定化研究会の委員だったので、30分の講演として発表するときにも多変量解析結果を発表するかどうかもめている。
当方は、データサイエンスを用いる方法として斬新な視点である、と上司を説得し発表項目の一つとして許可された。特許出願後にすぐにこのような新しい研究発表が許されていた時代である。
データサイエンスを用いた高分子の難燃化研究は、1981年に最初の発表がなされたのだが、当方が期待したほど反響は大きくなかった。
40年以上経過した今年の日本化学会春季年会では、この時の内容と、パーセプトロンを用いたアルゴリズムによる解析との比較を報告している。
マテリアルズインフォマティクスも10年の歴史があり、聴講者は少なかったが、40年以上前よりは反響があり、発表後二人の方から廊下で質問された。一人はアカデミアの方で、一人は企業の方だった。崩壊と安定化研究会では解析法に対する質問が0だったので40年の歴史の重みを感じた。
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衆院補選は自民党の惨敗という結果となったが、これは下馬評通り。多くのデータから事前に示されていたので、自民党も島根だけの戦いに臨んだのだが、そこでも予想通り負けた。
今回維新と立民の戦いが演じられると報道されていたのだが、東京15区は少し様子が異なった。後半で大混戦となり、立民が漁夫の利で勝った。
須藤元気氏が予想に反した善戦と報じる記事が多いが、当方は選挙戦の初めから想定していた。また日本保守党の候補も急激な追い上げを演じたが、須藤氏には勝てなかった。
この東京15区、もし須藤氏が立候補していなかったなら、立民ではなく維新か日本保守党の候補が当選していたかもしれない、と当方は予想している。
この15区の選挙結果は、現在の国民の意識、とりわけ保守層の意識が現れているような結果と当方はとらえている。岸田政権の支持率は、まだ2割以上あるようなアンケート結果になっているが、無党派層だけのアンケートをとったなら1割を割り込むのではないか。
問題は、一定数存在する保守層の票の行き先である。今回の15区はそれが分散した結果となったのではないか。乙武氏の敗退は昨今の不倫に対する厳しさの風潮から自明であり、その風を読むことができなかった小池氏の政治勘も鈍ったか?
今回の補選で見かけ上立民が躍進したように見えるが、それならば15区でもう少し票を獲得できていなければいけない。また、もと立民の須藤氏が次点となることもできなかった可能性がある。おそらく今週ワイドショーではこの15区の票の読み方が、今後の政局を占う話題となるのではないか。
この15区の事前の予想では、どのようなデータでどのように処理するのかで結果は左右された。当方は、今回都民ファーストの寄与を小さくして解析している。理由は乙武氏の公認となっていたからである。
都民ファーストの会の支持層は、小池氏の支持層でもあり、その支持層が減少しているデータが存在する。乙武氏の不人気だけで今回の乙武氏の得票率を説明できず、小池氏の支持層がかなり減少していたことを今回の結果から読み取らなければいけない。
但しその減少分は、小池氏の次の一手で動く可能性があり、衆議院の解散が6月以降遅くなれば面白い。データサイエンスで政治を読み解く難しさは、変革期にどのようなデータを扱い処理するかという点にある。
これが科学ならば、科学的現象に潜む相関を期待したデータを選択し、専門家ならばその選択するデータは同じになる。しかし、選挙のような社会科学と呼ぶにもその中に潜む関係を見出すのも難しい対象では、世の中を読み解くある程度の勘が要求される。
データサイエンスでは、データとアルゴリズムが重要で、とりわけ政治の変動期には、データサイエンスの手法よりも用いるデータの選択が重要となってくる。
ゆえにデータサイエンスによる推論を新帰納法による科学の推論と呼ばれる人がいるが、無理に科学的方法と結び付ける必要はない、と思っている。6デイズ7ナイツで語られているとおりである。
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デバイスとして電気粘性流体の耐久性問題が解決できている姿とは、既存のゴム技術で作られたケースに、耐久性問題が解決された電気粘性流体が封入されているシステムが、技術の視点で合理的である。
しかし、「科学的に電気粘性流体の耐久性問題を界面活性剤で解決できない」と結論されたので、耐久性を阻害している、ゴムケースからのブリードアウト物質を取り除かなければいけない。
ゴムケースからのブリードアウト物質については、科学的な分析や解析が完了していて、加硫ゴムの配合成分全てあることが分かっていた。それで、加硫剤も添加剤も何も入っていないゴム開発というテーマが企画された。
ゴム業界で世界のトップメーカーの研究所が、このような馬鹿げた企画を立案するとは信じられないかもしれないが、科学だけで考えると、この様な企画しか出てこない。科学的に完璧な否定証明で、この企画周辺が固められていた。
だから、研究所の誰もがこのテーマのおかしさに気がついていないだけでなく、ゴムに詳しくないリーダーは画期的なテーマと喜んでいる。ある意味裸の王様の物語状態である。
科学の推論で出された結論が妥当かどうか、熟練した技術者ならば検証する。そして、科学的に不可能であっても技術的に解決できる解が無いのか探す。それがロマンを持った技術者なのだ。
科学的に解決が不可能な問題を技術的に解決できるのか、と疑問を持った人は、弊社のセミナーで勉強していただきたい。ゴールデンウィークでも開講します。
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