高純度SiCの製造方法は、ゴム会社で1980年に企画されたホウ酸エステルとリン酸エステルを併用して高分子を難燃化する技術として,そのシーズが生まれている。
ポリウレタンマトリックスへ均一に分散したホウ酸エステルとリン酸エステルが燃焼時に反応し、アモルファスボロンフォスフェートが生成する。それが燃焼面にチャー生成を促してポリウレタンを難燃化する。
難燃化技術であるが、高分子からセラミックス(ボロンホスフェート)を製造する方法にも転用できるこの技術は、始末書がきっかけで生まれている。この経緯はこの欄で以前書いたので省略するが、高純度SiCの企画はさらに紆余曲折を経て事業化された。
セラミックスフィーバーのさなか、ゴム会社創立50周年を迎えた。記念論文の募集があり、そこでこの企画を発表したり、昇進試験にも書いたりと、とにかく企画が採用されるまで粘り強く、提案を続けている。
社長方針として出された3つの新規事業、ファインセラミックス、メカトロニクス、電池の一つとして、研究所で最適なと考え提案したのだが、その過程で珍ドラマがいくつか生まれている。
珍ドラマの1シーンである1週間のチャンスを利用して、高純度SiC製造方法を完成した。今でもほとんどこの時の発明と変わらない方法で生産されている。4日間の実験で黄色い粉ができたのだが、その詳細はもう少し後で書きたい(注)。
これは、ゴム会社の研究所の許可も得て実施した実験である。許可が得られていたので、フェノール樹脂とポリエチルシリケートの前駆体はゴム会社の研究所の実験室で合成している。
特開昭60-226406(基本特許として公告となっている)は、無機材質研究所から出願された特許だが、この特許出願後、ゴム会社で2億4千万円の先行投資が決まり、事業化がスタートした。
始末書を書かされたり昇進試験に落とされたり、逆風ばかりだったが、研究開発本部長が交代してから、研究所に配属されてゆっくりと研究開発ができるようになった時代の思い出は、今でも忘れない。
(注)当時レーリー法しかなかった時代に簡単に高純度SiCを製造できたので無機材研で大騒ぎとなっている。しかし、所長はじめ直接当方をご指導くださった総合研究官や主任研究官の方は冷静で、理研で起きたSTAP細胞のような騒動にならないよう配慮してくださった。無機材研のリーダーによる研究マネジメントが優れていたので、当方はこの高純度SiCの研究で学位を取得できた。
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日本の半導体技術を復活させようと政府も本腰を入れ始めた。半導体工場ではかつて高純度石英の治工具が主流だったが、最近はウェハーの大口径化もあり、高純度SiC治工具が伸びている。
高純度SiCの治工具を製造する方法として、高純度炭素製品の表面をSiCでCVDにより被覆する方法と全体を高純度SiCで製造する方法とがあるが、後者の方が長寿命であり、その市場ものびている。
問題となるのは高純度SiCの原料製造方法だ。やはり一番低コストとなるのは、フェノール樹脂とポリエチルシリケートを前駆体とする合成法である。これは40年以上前にゴム会社でデータサイエンスを用いて開発された。
その時ホウ素を添加すると粒度のそろった粉体を製造できる特許を出願していたが、同じ会社から4年ほど前に特開2018-135249が公開された。
もちろんこの特許は公告とならなかったが、40年以上前に出願された発明と同じ内容の特許が異なる発明者で出てきてびっくりした。
この技術は確かに優れた方法であり、40年以上前のことを知らなかったら、びっくりする発明である。ゆえにあわてて出願したのだろう。しかし、この特許を見て恥ずかしくなった。
技術の伝承がうまくなされていなかったからだ。当方は1991年10月1日に転職したがその後1か月ほどは最後の上司に頼まれ、技術の伝承をしている。それも無償である。
40年以上前なので当時の前駆体技術のことなど忘れられているようなので、少しこの活動報告に書いてみたい。高純度SiC治工具のコストダウンを狙うならば原料のSiCをコストダウンしたほうが効果が大きい。
例えばAGCのようなガラス会社であれば、高純度石英粉なども容易に手に入るはずなので、この前駆体法を応用するとよいが、単純にフェノール樹脂と高純度石英を用いてもコストダウンは難しいから技術とは面白い。
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ポリエーテル系軟質ポリウレタンフォームは、重合反応と発泡反応のバランスをとりながら製造される。例えば重合反応はイソシアネートと水酸基の反応であり、発泡反応はイソシアネート基と水との反応である。
イソシアネート基と水との反応でゲル化が進行するので、それを気泡とするために界面活性剤が必要となる。すなわち、ポリエーテル系軟質ポリウレタンフォームの合成はポリウレタンの合成よりも技術的難易度が高い。
科学的に要素技術を解明できたとしてもゲル化と発泡反応のバランスをとる技術開発は試行錯誤となる。当時はタグチメソッドが無かったので、一因子実験の組み合わせでバランスをとるための反応条件を探っていた。
効率的に進める方法として実験計画法があったが、タグチメソッドよりも効率が悪かった。ラテン方格を用いる点では似ているが、タグチメソッドでは誤差要因を外側因子に割り振る。
このあたりの統計処理の意味が理解できていないとタグチメソッドと実験計画法の違いを理解できない。後日、気が向いたら数式使わずにこのあたりの説明を書いてみたい。
高純度SiC合成に用いる前駆体の合成条件についても同様の説明となる。しかし、高純度SiC前駆体の場合には、透明になる条件を追及すればよいので、発泡反応と重合条件の反応バランスをとるよりも易しい。
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熱可塑性樹脂のリサイクルはコンパウンディング技術を理解していると難しくない。しかし、熱硬化性樹脂の再生は、サーマルリサイクルかケミカルリサイクルぐらいしか思いつかない人が多い。
サーマルリサイクルは二酸化炭素が出るので、国際標準の環境対策ではない。今や日本だけの呼び名になっている。
ケミカルリサイクルは、使用されなくなった石油コンビナートの利用が考えられる。しかし、コストが見合うかどうかが問題である。LCAの観点では環境対策とならない場合もあるので注意する必要がある。
PETのケミカルリサイクルが実用化されているが、採算性の問題を解決しつつの運営となっている。しかし何とか生き延びている。10年以上前、東洋製缶の子会社だった時に一度見学しているが、環境企業としてきれいな工場だった。
熱硬化性樹脂ではないが、加硫ゴムの再生は40年以上前タイヤ会社の重要テーマだった。二度のオイルショックだけではなく、廃タイヤの山が各地で放火される事件が起きたためである。
新聞にはシェアーの高かった会社名が連日載っていたので、当方が入社した時研究所の重要テーマだった。ケミカルリサイクルも検討されたが採算性の無いことがわかり、テーマが中断された。
活性炭プラントが作られ試作レベルの検討がなされており、これが有望と沸いていた時に、環境管理部の知恵者が、セメントキルンにタイヤを放り込んだ。これが大変よい成果となって現在に至っている。
すなわち、単なるサーマルリサイクルではなくセメントの性能向上にも役立つ、ということがデータとして出されたので、ホームランの成果となった。そして、活性炭試作プラントはその後セラミックフォームの触媒研究施設となった。
このように高分子は、3次元の網目が形成されるとリサイクルが困難になるが、加硫ゴム粉が道路の添加剤やテニスコートの添加剤として利用されている点に注目すると熱硬化性樹脂を機能性素材に化けさせるアイデアが生まれる。特許出願が可能なのでここに書きにくいがーーー。
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ポリウレタンはイソシアネート化合物とポリオール化合物あるいはポリカルボン酸化合物類と反応させて合成されるTPEである。TPEは当時の新素材であり、その難燃化も重要な社会テーマだった。
先端材料の発泡化技術は、特許を読んでみてもうまくできるものではない。それなりの技術ノウハウが必要だった。しかし、ゴム会社にはすでにその材料の製品を生産していた部署があり、その現場にはノウハウが蓄積されていた。
アメリカ企業から導入された技術でポリウレタン発泡体が生産されていたので、この技術の習得をしている。技術習得しながら、ポリウレタンを変性するためのホスファゼン誘導体を設計し合成していた。
原材料の合成と技術習得を同時並行で進めたが、これは上司から命じられていたわけではない。工場の現場で技術を見学したときにやるべきことがすぐに理解できたからである。
この現場で技術をすぐに理解できる能力は、誰でも備えているわけではないことを当時理解していなかった。大学院までの3年間で育成された能力だった。それは、写真会社へ転職し、ゴム会社における12年間の反省をしていて気づいたことである。
生産現場では様々なノウハウが機能している様子を観察できる。この機能に着目し観察できるという能力は、実験をすることにより鍛えられる。ただし、何も考えずに実験していては能力を鍛えることができない。仮説の検証と機能の動作観察という二つの視点で実験を観察して能力を鍛えなければいけない。
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ポリウレタンに限らず有機高分子の主鎖にホスファゼンを導入する技術は、当時未開拓の領域だった。ゆえにホスファゼン変性ポリウレタン合成は、世界初の技術であり、また情報が無いので難易度も高い。
さらに原料となるホスファゼンは新素材として注目され始めた時代であり市販されていなかった。この理由から、技術の難易度よりもホスファゼンをどのように調達するのか企画検討会で問題にされた。
大学院修了後就職するまでの1か月間、ご指導いただいた先生のお手伝いを無償でしている。その先生と新年度の学生が使用予定のホスファゼンを大量合成し数kg精製した。
その仕事を終えても2週間ほど時間があったので、実験を行い新規のホスファゼン誘導体を4種と、そのうち1種の誘導体を使って新たな環鎖状型ホスファゼンの重合に成功した。これらはその後論文2報にまとめられたが、その御褒美として2kgほどホスファゼンを頂いた。
企画検討会でその話をしたところ課長からそれを使って研究するように命じられた。そして足らなくなったら大学からもらうように指示された。
しかし、ホスファゼン変性ポリウレタンの合成は、新入社員という立場で残業手当がつかない当方の毎日の努力により、大学から追加分をもらうことなく6か月後に工場試作まで成功することができた。そして始末書、となった話は以前この欄で紹介している。
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ゴム会社に入社して9カ月が経過した時に職場異動となった。10月1日に研究所へ配属されて担当していた1年間で実施予定だった新入社員テーマ樹脂補強ゴムを3か月で終了したからである。
1980年1月からのテーマを企画してほしいと新しく上司となった主任研究員(課長)から命じられた。高分子材料科学の分野では、耐熱高分子の研究の流れから1970年代高分子の難燃化研究が生まれている。
大学院の2年間は無機の講座に在籍していたので無機化合物が難燃剤として応用されていることを知っていた。また、単に情報として知っていただけでなく、研究も少し行っている。
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塗料として用いられているPVAの難燃化が難しい、といわれていたのでホスフォリルトリアミドのホルマリン付加体を合成し、難燃性のPVAに変性する研究を行い色材協会誌に発表している。
ゆえに課長の期待に応えることは朝飯前であった。新たに配属された部署の看板は高分子合成研究室であり、世界初の難燃性軟質ポリウレタンフォームを合成してほしい、と具体的なテーマを命じられた。
世界初の技術であることが重要だ、と念を押された。リン酸エステル系難燃剤の開発競争が始まっていたので、新たなリン系難燃剤のコンセプトが生まれたらすごい、と指導社員から言われた。
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新入社員のモラールアップのためのリップサービスと最初はとらえたが、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの企画を提出したら、大変感謝された。高分子合成研究室という看板だったが、新入社員のアイデアをそのまま受け入れるレベルだった。
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昔は第一次産業から第三次産業までだったが、今は情報も加えて第4次産業と言われたりする。しかし、数字が大きくなるにつけ労働集約的とならないところは同じである。
ところがこの見方も間違っている、と言われた時代があった。第三次産業が労働集約的というのだ。しかし、第二次産業の多くが中国進出したところ国内の空洞化が起き、労働市場が消失したことを否定する人はいない。
今円安に振れたことやチャイナリスクその他の理由で、中国へ出ていったメーカーの国内回帰が起きているという。さらに中国国内の賃金が上がり日本の労働者賃金との差が小さくなったので新興中国企業が日本に工場を建てる現象まで起き始めた。
また、日米半導体摩擦で産業の米と言われた半導体産業が壊滅状態にもなった。今これを立て直そうと国も金を出しての取り組みがされ始めた。
このような変化は、第二次産業への新たな回帰という見方ができる。第一次産業の農業においても回帰現象がささやかながら起き始めた。
産業構造の変化が起きるときに注意をしなければいけないのは、労働者である。派遣社員というシステムが批判されたりするが、このシステムにより、労働者は人生における労働場所を選択できる自由が生まれた。
同一労働同一労働賃金が議論されたりしているが、業務選択の自由というシステムが労働者の学びに極めて有利なシステムとして気がつかなければ無意味である。
故ドラッカーは知識労働者の時代として現代を定義している。すなわち、労働者は単純な機械の代わりではないのだ。しかし、労働者の中には目の前の仕事を言われたとおりにかたずけることしか考えていない人が多い。
大学院を出てきた若者さえもそのような働き方をする者がいて、叱ったことがある。ところがこのような行為は今はパワハラとして禁じ手となった。派遣だろうが正規だろうが知識労働者であることに変わりはない。
その労働に知識が必要という自覚をもって働かなければ給与をあげることはできない。どんな仕事にも知識が必要であり、仕事から新たな知識が生まれるのは改善を日々意識した時である。これはどのような産業構造にも共通している。
データサイエンスはDXの進展した今の時代に誰もに要求される基礎知識となった。どのような仕事でもデータは生まれる。データ中心に仕事を眺めるノウハウは一度知識として身に着ける必要がある。
ようやく小学校でもプログラミング教育が始まった今データサイエンスの知識は子育てにも必要である。3月から問題解決法としてのデータサイエンスのセミナーを開始します。是非活用してください。
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劣悪な環境で働いていても上司を襲わない日本人を外国人は不思議に思う、という記事があった。記事には日本人の労働に対する考え方が紹介されていたが、腑に落ちなかったのは日本人は仕事が嫌い、ということを前提にしたような内容だったことである。
もしそれが現在の風潮であれば、仕事は好きになった方が良い、とアドバイスしたい。あるいは、好きな仕事をした方が良い、のほうが適切かもしれない。
好きな仕事であれば、どんな環境でも楽しめるのだ。当方はその楽しむ時間さえも奪われたのでゴム会社を転職している。同様に写真会社は早期退職している。
以前ここに書いているので詳細は過去の記事を参照していただきたいが、高分子の難燃化研究を担当していた時の上司は最悪だった。しかし、仕事の中身は自分で楽しくできたのでそのような上司の下でも我慢して仕事ができた。
ましてや襲撃してやろうとなどと思ったことはない。たとえ新入社員でありながら世界初の技術について工場試作を成功させて始末書を書けと命じられても、せいぜいその始末書に新しい企画を添付してほしいと要求したぐらいである。
仕事を長期間続けるためにはそれを楽しめることが大切である。仕事を通じての人間関係とか、仕事の内容そのものとか楽しめる要素はいろいろある。それを見出すためには若干の知識が必要になる。
今の時代、何の知識もなく楽しめるような仕事は皆無である。ハンバーガーの売り子にしてもマニュアル通り挨拶していてはだめなのだ。
マニュアルをベースにしてお客さんに笑顔でお金を支払ってもらえるような応対ができるためにはやはりそれなりの教養が必要になる。
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訪米中に同行した岸田首相の長男が観光地を遊び歩いていた、という報道が流れたと思ったら、今度は複数の閣僚が、首相からお土産をもらった、と記者会見で述べている。
土産をもらった、という話をリークする目的があるのかないのか知らないが、記者団から何をもらったか、という質問に、内容を言えば角が立つ、と答えたそうだ。
そもそも訪米から帰国した首相から土産をもらった話をすることが、「角が立たない」と考えているところが世間の常識を知らない。土産をもらっていない人がどのようにその話を受け取るのか、想像しなかったのか。
飴玉一個でももらえなかったことを怒っていた上司がゴム会社にいたが、お土産はバレンタインデーの義理チョコよりも重い時がある、とその時学んだ(注)。
そもそも自分の長男をまだその年齢にふさわしくない役職に就けていることがおかしいのだ。能力がずば抜けてよいなら国民も納得するが、週刊誌情報からするとそうでもないらしいから呆れるのだ。
もっともご自分の支持率が低いので政権についているうちにやりたい放題やっておこう、という魂胆かもしれない。最近の首相の行動がそのように見えて仕方が無い。
これでは自民党の支持率も落ちるが、情けないのはそうした失点があっても加点を拾える野党がいないのも問題である。若い立憲民主党の美人政治家が自民党に鞍替えし、岐阜県会議員に立候補することがニュースとなっている。
しかし、美人という尺度で政界渡り鳥と言われた小池百合子都知事の話がこのニュースに出てこないのは、年齢差がありすぎて比較の対象とならないからか。節操も無く政党を渡り歩いても都知事になれるのである。
日本の政党政治とはその程度であり、将来有望な政党へ鞍替えをと考える若者が出てきてもおかしくない。それが若くて美人だからニュースになっているのなら、マスコミはとりあげかたがおかしい。
戦争で大変な国もあるかと思えば、外遊の土産が話題になって、その中身まで質問するマスコミ、平和な風景である。もっと質問すべきことがたくさんあるはずである。今この国で何が問題かをマスコミは率先して考えるのが仕事だ。真面目に仕事をやってほしい。
(注)ゴム会社から写真会社へ転職した時に、職場へ一切お土産を買わない習慣とした。そのほうがすっきりすると考えたからだ。部下からケチと思われてもつらぬいた。また、お歳暮やお中元が管理職に届くと総務課がせっせと返却する会社だったのでお土産の処理も特に問題とならなかったようだ。
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