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2014.06/23 カオス混合(13)

面白い男が出社したのでマネージャーとともに呼び出し、15分ほどミーティングを行った。実験結果の説明を受けながら、金型の図面を見て驚いた。リップ部の設計がPETの押出成形で用いていたTダイと少し異なり、並行平面となっていたのだ。

 

そして面白い男はPPSと6ナイロン、カーボンの組成のベルトをサンプリングするときに、試作していたベルトではなく、試作終了後に押出機に残っていたコンパウンドを清掃のため装置の最大速度で押し出したベルトを採取していた。

 

なぜそのベルトをサンプルにしたのか尋ねたところ、試作で流れているベルトについてはすでに過去に測定済みで、少しベルトのTgがコンパウンドのそれよりも下がっていることを知っていたからという。さらに、最大速度で押し出したベルトでも同様の結果であれば、上司の言っていることは間違っている、と自信を持って報告できると考えた、と応えてきた。

 

頼もしい男である。当方は、普通に押し出したのではベルトのTgとコンパウンドのTgが大きく変化しないことは知っていた、と自分で測定したDSCのデータを見せた。さらにDSC以外に自分で計測していた粘弾性のデータを見せて、粘弾性の装置の中で混練を進めるとTgが下がってゆくという現象を説明した。

 

彼の目が輝くのが分かった。そして彼は口を開き、ご自分で計られたのですか、感動しました、と言ったので、どう思う、と問いかけたら、以前の会社の上司は、決して自分で実験をしない人だったので、と脱力感を味わう答が返ってきた。目が輝いたのは、部長にもなって実験をしている上司に対して驚いていたのだ。

 

感動して欲しかったのは、粘弾性測定装置のパラレルプレートを回転させて混練を行うと、損失係数のピーク温度が下がってゆく現象だ、と説明した。そして、ベルト成形機の押出速度を上げて実験を行うと、このデータを再現できる可能性があり、それを君に指示しようと思っていたところだ、と付け加えた。

 

すごいですね、予想されていたのですか、と彼は驚いていた。素直に驚かれると金型のリップ構造を知らなかった当方は恥ずかしいが、兎に角カオス混合を実験できそうな装置が身近にあることが分かった。

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/22 カオス混合(12)

頭の中にカオス混合を実現できる機能とその装置の構造が浮かんでいても、それを実証できる設備が無かった。本当は東工大の実験装置を借りて実験を行いたかったのだが、6ナイロンでは透明になりません、といわれたので頼みにくくなった。

 

豊川へ単身赴任してから、毎日カオス混合を実現できる実験装置のことばかり考えていた。単身赴任した同じ頃に面白い男が某ゴム会社から転職してきて部下になった。ゴムベルトの開発を担当していて面白くないから、というのが転職理由だったが、転職先でまたベルトの担当になった、と嘆いていた。面接の時に業務内容を聞かなかったのか、と尋ねたら、電子写真のキーパーツ開発だ、と言われたのでベルトではない、と期待したとのこと。

 

電子写真のキーパーツに中間転写ベルトがあることを知らない君が悪い、ゴムベルトではなく樹脂ベルトなので面白いぞ、と言ったら、どこが面白いのか、と興味を示してきた。例えば目の前のベルトでは6ナイロンは島になっているが、これが相溶したら面白くないか、と言ったところ、フローリー・ハギンズ理論をご存じですか?と科学的では無いことを言っている上司を疑い、さらに不安そうに仕事のことを尋ねてきた。

 

単身赴任するにあたり、高分子材料のわかる若手を1名確保するように人事に頼んでおいたが、結構期待できる人材を確保してくれた、とこの時感じた。写真会社では上位に入るぐらいの高分子の潜在能力はありそうである。自分の知識で上司の力量を測り、科学的ではない会話で不安になってきたのだろう。冗談ついでに、目の前のベルトのTg評価を行うと、コンパウンドよりも下がっているぞ、と話したら、楽しそうに、計ってみましょうか、と答えてきた。

 

翌日の朝、机の上にDSCのチャートが載せられており、!マークが2つも書かれていた。定時後、自発的に現場でサンプリングし、冗談で話した実験を実行したことが,そのマークの力強さから伝わってきた。そして驚くような結果だったのでチャートを上司の机の上に置いて帰宅したのだ。

 

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/20 カオス混合(11)

昨日東工大の研究において二枚のガラス円盤に挟まれたPPSと4,6ナイロンでカオス混合が起きているかどうか怪しい、と10年前の感想を書いたが、山形大学の最近の研究論文から推測すると剪断速度の速い円周付近では、カオス状態になっている可能性がある。この山形大学の研究論文とはカオス混合(1)で紹介した親切な研究者が送ってくださった論文のことである。

 

10年ほど前に東工大の論文を読んだときにはカオス混合が起きているのかどうか疑い、相溶ではなく混和で透明になっているのか、とも考えたりしていたが、O先生との議論の過程で相溶が起きている、と確信し、PPSと6ナイロンも急速な伸張を行えば相溶が進行すると考えた。

 

もし、山形大学の論文が10年前に存在していたならば、他の人も同様のアイデアを持ったかもしれない。この論文が無かったおかげで当方だけがアイデアを思いつくことができた。科学情報の少ない中で自然現象から人間に便利な機能を抽出できる能力は、技術者の不断の努力と成功体験で培われる。

 

科学者は目の前の現象から真理を導き出すために研究し論文としてまとめるのが仕事だが、技術者は自然現象から機能を取り出しロバストを上げて実用化するのが仕事である。それぞれの過程でそれぞれの能力が磨かれてゆく。山形大学では、フィルムの多層押出で発生する現象からこの論文の研究が行われた。

 

この論文には、キャピラリーの壁面にポリマーAをコーティングしておいて、その中にポリマーAあるいはポリマーBを溶融状態で流した結果が考察されている。するとポリマーAとポリマーAとの組み合わせ界面では生じないスリップが、ポリマーAとポリマーB の界面で起きるという。

 

この実験は、ABA型の3層で構成された積層フィルムの押出成形における界面の挙動を考察した研究の中で行われた一部で、異相積層フィルムの押出でもスリップが発生しているそうだ。この研究結果から、東工大の二枚の円盤の実験における4,6ナイロンの島相とPPSの界面でも同様に、スリップが発生している可能性が高い。

 

スリップが起きた瞬間には、相対的に4,6ナイロン相の界面のある位置とPPSのある位置とがずれて、それまで等速に剪断力を受け残っていた規則性が、一気にカオス状態になる様子を想像できる。すなわち、ガラス円盤の外周に近い領域では剪断速度が速くなると同時にスリップも頻繁に起き、中心部とは異なった混合状態になっている可能性がある。

この機能を実用化したプラントが7年近く稼働している。

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/19 カオス混合(10)

PPSへナイロンを相溶させる研究は、単身赴任する2年ほど前に東工大から論文として公開されていた。但しその研究で用いられていたのは4,6ナイロンであり、6ナイロンとは異なっていた。東工大のO先生に6ナイロンも同様の結果になるのか尋ねたところ、4、6ナイロンは相容するが6ナイロンは残念な結果だ、と教えられた。

 

開発を始める前の事前調査で第三者の意見を聞く習慣は毎度のことであったが、開発方向と反する見解が聞けたときにはささやかなイノベーションを期待でき、その様なケースでは成功確率も高かったので、カオス混合は成功する、という感触をつかむことができた。単なるヤマカンではない。東工大の研究論文に基づき、これから開発を行う内容について検証した結論である。検証法等は弊社の研究開発必勝法プログラムの一部ツールを用いる。また、弊社のこのプログラムについては(www.miragiken.com)でも一部その考え方を紹介している。

 

ところで参考にした東工大の研究内容だが、高分子の相溶現象をその場観察できる優れた方法を用いていた。二枚の透明ガラス円盤の間にPPSと4,6ナイロンが混練された材料を挟み、高温度で片側の円盤を回転させて剪断力をかける。このとき中心と外側では剪断速度が異なり、外側で早くなる。これを下側からカメラで観察する。上側からライトをあてれば、相溶し透明になる変化をその場観察できる。

 

この方法によるとPPSと4,6ナイロンでは、300℃で相溶の窓が開く。さらにその温度では、周辺がわずかに透明になるだけだが、310℃になると周辺のかなりの部分が透明になる。すなわち、温度と剪断速度で決まる特定条件でPPSと4,6ナイロンが相溶することをこの研究は示している。そしてこの研究の結論はχが小さいのでこのような変化が起きた、とある。だからχの大きな6ナイロンでは相溶しない、とO先生は答えられたのだ。

 

O先生には悪いが、質問しながらカオス混合のプロセスを開発できる自信が高まった。すでにχの大きな場合でも高分子が相容する現象を見いだしていたからだ。科学の世界ではO先生の意見が正しいが、技術の世界ではχが大きくても相溶できた実績があれば、そのロバストを上げる条件を捜すだけで技術を完成させることが可能である。制御因子が分かっておれば、タグチメソッドで解決できる。

 

O先生との議論をする前に、ある機能を頭に描いていた。この研究の実験におけるガラス円盤と類似の機能である。すなわち狭い平行平面で働く剪断力という機能である。回転する円盤の実験では、間に挟まれた材料から見れば無限に引き延ばされていることになる。無限に引き延ばされながら混練されている、これはカオス混合そのものである。

 

偏芯2円筒を用いた京都大学によるカオス混合のシミュレーションでは、有限空間でカオス混合を実現するために折りたたむ必要があった。しかし、カオス状態を作るのに折りたたむことは必須ではなく、大きく急速に引き延ばしカオス状態にできればよい。

 

東工大の研究では、円盤の運動は等速なので残念ながらカオス状態まで進んでいるかどうか怪しいが、円盤ですりあわせるだけでも混練が進行し透明になる、という事実は、事前に頭に描いていた装置の機能が間違っていないことを示していた。この研究では、円盤の回転速度はモータートルクとの関係で上限が決まっていたが、頭の中の装置では引き延ばす速度を自由に変えることが可能であった。

 

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/18 カオス混合(9)

ポリオレフィンとポリスチレン系TPEが相溶するという「笑劇」的実験結果で、それまでのもやもやが一度に晴れた。さっそくこのポリマーアロイを押出成形してフィルムを製造したところ偏光板ができた。ポリスチレン系TPEの量を増やしたところ偏光量は大きくなり、クロスニコルで暗くなる。社内で実験結果を報告しても誰も感心を示さない。また、当方もその目的で実験を行っていなかったのでこの結果はどうでも良かった。

 

アペルの耐熱性を上げるのが当方の仕事であった。ゆえにアペルについて錠と鍵の関係になる高分子を探索したのである。分子モデルを組み立て思考実験を行ったところポリスチレンとイソプレンを組み合わせるとぴったりと寸法があったので、まず易しいところから実験を行ったのだ。科学的にはフローリー・ハギンズ理論で否定されるが、技術的にはうまくゆくと思われる組み合わせである。

 

この組み合わせで成功したならば、ポリオレフィンで同様の分子設計を行えば良いだけである。さらには、得られたTPEについてポリスチレンを水添すればアペルに相溶できるポリオレフィンとなるはずだ。問題は、組み合わせるポリスチレンのTgが82℃なので、Tgを高めることができるかどうかだ。ただしうまく錠と鍵の関係のように相容すれば側鎖基が噛み合ってTgは上がるはずである。

 

ポリスチレン系TPEの量を40wt%まで増やしたところTgは126℃から139℃まで上昇した。ただTgを上げることはできたが最初から予想したとおり複屈折の問題が現れ、この設計ではレンズとして使用できない。複屈折があると分かっていたので偏光板の実験を行ってみたわけだが、一人で作業をしている現実を甘んじて受け入れなければならない残念な結果だった。

 

しかし、χが0でなくとも混練条件を選択すれば、分子どおしがうまく絡み合ってその結果高分子が相溶するという現象を見つけたことは重要な収穫で、カオス混合実現に大きく近づいた感触を得た。

 

年が明けて、この機能を使用しアペルと組み合わせるポリオレフィンの分子設計を行って、レンズの耐熱性を上げる、という企画を提案したが、フローリー・ハギンズ理論から考えて不可能だろうとボツにされた。アペルとポリスチレン系TPEで成功しているから簡単だ、と説明しても採用されなかった。

 

ちょうど写真会社がカメラ会社と「混合」された時期であり、両社がうまく「相溶」したシナジー成果が求められていた。カメラ会社では、PPSと6ナイロン・カーボン系のコンパウンドで中間転写ベルトを開発していたがうまくいっていなかった。このPPSと6ナイロンの組み合わせバインダーはカオス混合の効果を検証するのに魅力的に写った。

カテゴリー : 連載 電気/電子材料 高分子

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2014.06/16 カオス混合(8)

三井化学のアペルという光学用ポリオレフィン樹脂は、バルキーな側鎖基によりTgをあげた分子設計がなされている。このバルキーな側鎖基でできる空間に入り込む高分子としてポリスチレン系TPEに着目した。すなわち錠と鍵の関係になるような高分子の組み合わせで相溶を実現しようというコンセプトを考案した。

 

これを実現するためには分子設計だけでなくプロセス設計も重要である。一般に樹脂はTm温度以上で混練される。この樹脂をTmより低い190℃で混練したところ、DSCのTgで計算されるエンタルピーが安定化するために30分以上かかった。Tm付近の200℃では、10分程度で安定化したが、190℃で安定化して得られたエンタルピーよりも高かった。

 

DSCで計測されるTgのエンタルピーは、高分子の自由体積の量に相関するとも言われている。すなわち混練された樹脂がアモルファスでスカスカな状態の場合には、このエンタルピーは大きくなる。逆にアモルファスでも密度が高い場合には、この値は小さくなる。実際に得られた樹脂の密度とこのエンタルピーの値とは相関していた。

 

錠と鍵の関係で相溶させるためにはこのエンタルピーが小さくなるような条件で混練しなくてはいけないだろう。この値が大きくなる条件で混練したのでは、χが0ではないのでうまくバルキーな側鎖基とポリスチレンのベンゼン環とが噛み合わないと想像される。小さくなる条件では、バルキーな側鎖基にポリスチレンのベンゼン環がひっかかり、抱え込みつつ混練が進行してゆくはずだ。

 

バルキーな側鎖基がポリスチレンを抱き込みつつ混練が進行したところでTg以下に急冷すればアペルとポリスチレンが相溶した樹脂が得られるはずである。ただし、このような現象は教科書や論文には書かれていない、あくまで勝手な想像、思考実験だ。技術者にはゴールを実現するための機能が必要で、この機能を探るための思考実験は大変良いツールである。真実が保証されていない現象で発現している機能でも、思考実験では難なく実現できる。

 

この思考実験と仮説とは異なる。仮説とは真理を組み合わせて新たな真理を導き出す(注)ことだが、この思考実験では、真実とは保証されていない条件まで動員して機能の働きを確認するのである。妄想でも構わないのである。ただしどのような思考実験を行い、実際の商品で機能がどの程度のロバストで再現されるのかは、技術者の経験に依存し、それを高めるのは技術者の責任である。

 

常識外れなTm以下で行う樹脂の混練で、そのTg付近のエンタルピーが下がって安定化するなどという科学的真理は存在しない。ゴムのロール混練で得た経験からの「期待値」である。樹脂補強ゴムでは、樹脂のTm以下の混練を何度も経験していた。そして樹脂のTm以上で混練するよりも速く混合が進むことを経験で得ていた。自分で勝手に剪断混練と名付けていた。

 

アペルを混練できそうな170℃から200℃までの温度領域で、短時間で最小のエンタルピーになる条件を探したところ、180℃20分という混練条件でエンタルピーは0.25mj/deg・mg以下と最小になった。この条件で、市販のポリスチレン系TPEとアペルとを混練したところ、完全な透明物は得られなかったが、Tgが一つになる混練物が得られた。

 

ポリスチレン系TPEの最適化を行えば完全に相溶して透明になる現象が観察される、と期待し、300程度合成処方を考え、それを実行してくれるメーカーを探したところD社が見つかった。実際には300もの合成をするまでもなく16番目のTPEと混練して透明なポリマーアロイが得られた。

 

(注)数学では、論理ですべてを証明できるが、物理や化学では論理だけで必要十分な条件で証明できない場合があるので実験が重要になる。すなわち実験により新たな真理を証明するのである。そのために実験サンプルやノートをずさんに扱う、という姿勢は科学者に許されない。

カテゴリー : 連載 電気/電子材料 高分子

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2014.06/15 カオス混合(7)

前回の(6)では、ゴムのSP値から科学と技術の話になったが、二種類の高分子を混ぜる時の科学について、未だに解明されていない事項が多いため、30年経っても進歩していないように見える。だから、ゴム会社の友人がカオス混合装置について妙なシミュレーションの発表にしない方が良い、とアドバイスしてくれたのだろう。

 

高分子を混ぜるときには混練と呼ぶが、低分子の時には混合すると表現されている。どこから高分子というのか、という議論と同様に混合と混練の境界も曖昧である。ところが混ざり合った平衡状態の科学では、低分子についてSP値で議論し、高分子ではχで議論する。そしてχパラメーターをSP値で表現する式まで提案されている。

 

これを大学では完成された科学の理論として学ぶ。低分子の溶液論については物理化学の学生実験にテーマとして組み込まれている(40年前の話)。当時高分子の相溶については、幾つか完全に相溶する例が知られていたが、皆χパラメーターは大変小さな値だった。リアクティブブレンドは、χが大きくても相溶状態を作り出せる唯一の方法だった。

 

どのくらいの大きさまでリアクティブブレンドで相溶できるのか確認するために有機高分子と無機高分子の組み合わせについて取り組んだ。この活動報告では高純度βSiCの開発にその様子を詳しく書いたが、OCTAで計算して得られた8以上というχの値の組み合わせでもリアクティブブレンドで相溶状態を作り出すことが可能であることを見いだした。

 

もちろん簡単では無かったが、条件を工夫さえすればどんなに大きなχであってもリアクティブブレンドで高分子を相溶できることが分かったことは大きな成果だ。これがわかると、リアクティブブレンド以外の方法でも高分子の相溶を実現できるのではないかと思いたくなる。分子間相互作用のある系については当時学会発表にも登場していたので、高分子の立体的な構造で相溶を実現できる系を探すことにした(注)。

 

(注)

人生とは面白い。高純度SiCの事業化では、6年間一人で死の谷を歩き住友金属工業とJVを立ち上げることになるのだが、ストレス解消と上司の勧めもあり、ゴム会社内のあらゆるテーマの御用聞きをしていた。会社内の活動なので、他部署のテーマのお手伝いをさせられることになる。

 

電気粘性流体は、メカトロニクスの一分野として長く研究されて実用化が見えていなかったテーマだった。開発しなければいけない最も難しい機能は、ゴムの中に電気粘性流体を入れたときに、ゴムからゴムの配合物が電気粘性流体に染みだしてきて電気粘性流体の粘度を著しく上昇させる現象だ。この現象のために電気粘性流体の耐久性が悪く実用化が見えていない状態だった。

 

分析結果では、ゴムの配合物のあらゆるもの(すなわち大半)がシリコーンオイル中に抽出されていた。面白いのは、ゴムとシリコーンオイルのχパラメータは大きいのでシリコーンオイルがゴム中に拡散することはなく、ゴムの外に染みだしてくることはなかった。問題を相談されたときに思わず吹き出しそうになったことを覚えている。

 

本来相溶しないポリマーによりゴム内の配合物が抽出される現象というのは当時知られていた理論を駆使しても説明つかないはずだ(これについての仮説は後日述べる)。そのため問題を説明していたプロジェクトリーダーは、メカニズムは不明なのでその解析を行って欲しい、と依頼してきた。メカニズム解析よりも問題解決が先だろう、と言ったら、抽出メカニズムが分からないので問題解決ができない、と科学の観点で問題を捉えている悩ましい姿で回答していた。

 

抽出されても增粘しなければいいのだろう、と問うたら、そんな当たり前のことができればすでにやっている、と叱られた。あくまでも現象の機構が分からないから問題解決できない、という科学的石頭の説明である。自然科学の現象で解明された現象であれば科学的にメカニズムを解明し科学的に対策をうてばよい。

 

しかし科学で解明されていない現象では、問題解決を行うために必要な機能を考えた方が簡単である。電気粘性流体の耐久性の問題では、增粘を防ぐ機能を電気粘性流体に付与すれば良いだけである。

 

相談を受けて1日で問題解決できた。電気粘性流体の担当者は皆χやSP値を一生懸命議論していた。この問題では界面活性剤を添加すれば機能が付与されるわけで、χやSP値のことを散々考えていたところへ飛び込んできた問題なので、それでは解決できないと判断でき、すぐに頭を切り換えることができた。

 

ただこの仕事では、せっかく解決できても担当者に恨まれる結果になった。理由は界面活性剤の検討をすでに1年以上やっていて見つからなかった、という過去があったのだ。それを当方が簡単に一晩で見つけてきたものだから、問題の解答を示したときに、全員が絶句した。

 

なぜ彼らは1年以上も界面活性剤を探索して結果を出すことができなかったのか。それは科学的なアプローチを行い、否定証明に向かったためだ。実際にそのような報告書ができていた。一晩で問題解決した手法は弊社の研究開発必勝法そのもので、後日紹介する。

 

科学と技術は異なる、この点が分からなければ解決できない典型的な問題だった。それがχとSPの問題を考えていたときにでくわした。科学から技術へ頭を切り換える必要があったが、科学が怪しい、と判断していたので、あっさりと科学をすてて技術で問題解決を行った。

 

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2014.06/12 カオス混合(6)

科学と技術では思考方法や現象の取り扱いが全く異なる。これを車の両輪と言う人もいたが少し違うと思う。科学技術とくっつけて論じる人もいるがおよそ異なる概念をくっつけてミソクソ一緒に語るのにも無理がある。但し宮本武蔵の二刀流のように科学と技術両方のスタイルで現象に対峙することは訓練あるいは適切なツールの使用でできるようになる。

 

当方は科学と技術の思考方法について、コロンボとホームズの事件解決で行う推理方法の違いに似ていると思っている。ゆえにどこかのシーンでコロンボが、わたしゃホームズのような刑事じゃない、というセリフを語っていたが、それは正しい感想だ。コロンボとホームズではその思考スタイルが異なるのだ。このあたりについては www.miragiken.com で説明しているのでそちらを見て頂きたい。

 

現象に対峙するときに科学の接し方と技術の接し方を区別しないとどうなるのか。STAPの騒動では真理を見いだそうとする視点と機能を重視する視点とを区別しないために問題が起きた、とも言える哲学の事件である。渦中のリケジョは科学者ではなくテクニシャンだったのだ。実験ノートから伺われるのはレベルの低い技術者の顔である。レベルの高い科学者かつ技術者でもあるバカンティー教授にこのリケジョがかわいく見えたのは当たり前である。

 

科学者は目の前の現象から真実を探そうとするが、技術者は目の前の現象で機能を確認しようとする。現象を前にしたときに、すでに科学者と技術者は異なる姿勢になっている。科学の世界でリケジョが犯した過ちを正しく理解すると、科学と技術の違いを明確に教育してこなかったアカデミアの責任が見えてくる。

 

批判を恐れずに言えば、科学で世の中全てが動いている、と誤解しているアカデミアの研究者がいる、という問題だ。すなわち技術によって生み出された人工物も存在し、それに含まれる知識まで科学がもたらした、というとんでもない勘違いをしていることだ。科学的ではない思考法で生み出された人工物も多いのだ。

 

だから学会は科学と技術が対等に議論できる場になるべきで、対等の議論ができるようにそれらを明確に区別しなければいけない。もし学会がそのような風土であればSTAP細胞の問題はすぐに是正ができたはずで、論文の内容表現も変わり何も問題が起きなかった。

 

昨日のロール混練の条件を変えて上司の理論に合致する実験結果を導いた指導社員の話(注)は、科学で解明できていない、それゆえ真実がどこにあるのか不明な技術を使い、科学のデータを創り出さなければいけないという科学者から見ればパラドクスのようなものだった。しかし、科学と技術が別物であることを認めればパラドクスでもなく、一つの作業手順であることに気がつく。そこに気がつけば効率的な科学の研究方法や技術開発の手順が見えてくる。弊社の研究開発必勝法はそこに着眼したプログラムだ。www.miragiken.com に一部紹介している。

 

(注)理論に合うように得られた実験データに修正を加える作業を捏造という。しかし、理論に合うデータを得るために、理論に影響を与えない(と思われる)操作手順を変えて理論に一致する実験データを得るのは、捏造ではない。

 

科学では実際にデータが得られている事が重要なのである。科学の新規領域を開拓するときには、科学的な技術が不明なので、しばしばこのような滑稽な手順を見ることができる。本来は、理論を実現できるロバストの高い技術を開発してから科学的研究を進めなくてはいけない。

 

iPS細胞では、iPS細胞を実現できるヤマナカファクターをKKDで見いだし、そして科学的研究を行ったのでノーベル賞受賞へとつながった。NHKの放送で山中博士は特許の都合で公開してこなかった、と言い、消去法による実験をしたことを明かしている。

 

STAP細胞の騒動では、笹井副センター長も確認したようにSTAP現象は存在すると思われる。しかし、技術と科学をミソクソ混ぜたように扱い、さらにミソまでもクソのようなハートマークで表現する実験の進め方をしたのでせっかくの科学的真理が分からなくなってしまったのである。

 

科学では1000に1個でもよいから、誰でもどこでもその手順を踏めば実現できることが重要で、技術では実現すべき機能を明確にしてそのロバストを高めることが要求される。STAP騒動では刺激をどのように与えればよいのか、すなわちSTAP現象を引き起こす技術が分かっていないために、あるいは細胞と外部刺激の関係における基本機能が分かっていないために、作ることができないのだ。

 

iPS細胞発見のように、まずSTAP細胞を作る技術を確立してから科学の研究を始めれば良い。この意味が分からない人はSTAP細胞を創り出すことはできない。

 

よく研究者に「モノ」を作ることはできない、という人がいるが、研究者は一つ一つの現象に潜む真理に目を奪われ、機能を見ようとしないからである。「モノ」を作れないのではなく、基本機能という概念を理解していないのが原因である。タグチメソッドでも基本機能の議論になると激論になる。

 

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2014.06/11 カオス混合(5)

樹脂補強ゴムの開発では、ゴムのSP値を測定しなければならなかった。きれいな海島構造の相分離を可能とする組み合わせを求めるためだ。フローリー・ハギンズ理論のχパラメータで高分子の相分離は議論されるが、指導社員からはSP値が分かっている溶媒にゴムを溶かし溶解する状態観察からSP値を求めるように言われた。

 

SP値については分子構造のモノマー単位に着目して計算するSmallの方法も知られていたが、必ず溶媒から求めるように言われた。ゴム業界でSP値と言えば溶媒法で求めるのが標準と教えられた。しかしSP値を求める実験は退屈な作業だった。

 

毎回配合が変わる度に測定していては面倒なのでサンプルビンを大量に用意し、ドラフトの中にそれを並べ、たこ焼きを作るときのタコを入れるようにサンプルビンに実験で使用予定のゴムを一切れずつ落とし、そのまま放置しロール混練を行いながら作業の合間に観察するという手抜き方法を考案した。

 

丁寧に実験を行ったときよりも廃棄溶媒が増えるが、他の作業と並行して実験できるというメリットがあった。しかし、それで予期せぬ事を学んだ。SP値が適合したゴムと溶媒の組み合わせでも静置したままでは溶解していかない場合があったのだ。スパチュラーで強引に撹拌してやってはじめて溶解するのだが、多少振盪しただけでは膨潤したままで溶解しない。

 

おそらく擬似ゲルかエントロピーの関係だろう、と指導社員から教えられた。正則溶液の理論ではエントロピー項はモル分率だけで表現されていたが、高分子では様々なコンフォメーションが存在するために理想溶液の混合理論では取り扱えない、とも説明を受けた。ヘキサンとシクロヘキサンの溶解性の違いも同様で、χパラメーターで高分子の溶解を議論するにはエントロピー項の中身の精度があがらないとだめだ、と説明を受けた。

 

大学の講義では、χパラメータで高分子の相分離が議論できると習った。会社ではそれが使えないという。カルチャーショックという言葉があるが、これはカルチャーショックというレベルではない。大学で学んだ高分子科学の内容が明確に否定されているのだ。もっとも当時大学で学ぶ高分子科学は、合成化学が中心で、一次構造に対して高次構造ができる、その高次構造は現在学会で議論されている、と言う程度だった。

 

そのため指導社員から学ぶ高分子物性論は新鮮な内容だった。ダッシュポットとバネのモデルで説明しながら、この方法ではクリープを説明できないので将来このモデルは無くなる、とか、**先生のレオロジーはケモレオロジーといってなにやら怪しい話をしているが、このあたりは怪しいだけでなく間違っている、とか歯に衣着せぬ評論が面白かった(注1)。

 

さらに*△先生はこの会社の部長時代に上司だったが、自分の理論から導かれたグラフどおりのデータがでないと何度も実験のやり直しをさせられた。そのうえデータの捏造を許さないから大変だった。ロール混練の条件を変えてプロセスでデータを作りこんだ(注2)が、高分子という学問の実態を知る良い体験学習だった、と皮肉交じりに教えてくれた。科学のデータを創り出すためには、まず技術が必要であるというSTAP細胞と同様の状況であった。

 

(注1)指導社員の高分子の世界感はユニークだったが、OCTAの世界感に似ていた。分子レベルから行うズーミングとは逆にバルク状態から分子レベルへ考察を進める独特の説明は面白かった。

 

(注2)この連載のどこかでポリオレフィンとポリスチレン系ポリマーが相溶した体験を書くが、その体験では、混練条件を変更すると相溶しないというおもしろい現象に遭遇した。その体験ではカオス混合のヒントがまた一つ得られた。

 

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2014.06/10 カオス混合(4)

指導社員からロール作業はロール間距離を3mm未満で行え、と指導を受けた。混練するゴム量が少ないときにはその教えを守れたが、多く混練したいときには3mm以上のロール間距離にする必要があった。しかし、その様なときには面倒でもゴム量を減らせ、と指導された。

 

またニーダーも使うな、とも言われた。理由は現場作業ではバンバリーとロール混練が使われており、ニーダーを使っている工程は当時存在しなかったからである。現場で得られるデータとの対応をとるためには、同じ種類の混練機で実験を行うべきである、と習った。この指導は徹底しており、バンバリーでマスターバッチを混練したのだが、開発段階で用いる最も大きなバンバリーで実験を進めた。ゆえに余った大量のマスターバッチのゴムを捨てることになった。

 

ニーダーや二軸混練機の進歩はすばらしく、バンバリーやロール混練作業が過去の遺物になるような雰囲気があった。研究所では、バンバリーとロール混練プロセスをやめて便利なニーダーで処方開発を進める人もいた。しかし、指導社員はロール混練の重要な機能をよくご存じであった。今でもロール混練の機能を100%実現できる混練装置は存在しない。特許に公開され先日の講演会で説明したカオス混合装置でもロール混練の一部の機能を実現できていない。

 

ロール混練ではロールの回転数や混練物の量、ロール間距離、ナイフの返しなどに特有の機能が存在する。効率の悪いプロセスではあるが、ゴムに限らず高分子に混練が必要なときには一度試してみると良い。二軸混練機やニーダーで満足がゆかない混練物の性能がすばらしく良くなることがある。写真会社で環境テーマとして企画した樹脂とパルプの複合材料のテーマでは、バンバリーや石臼、二軸混練機など様々な混練装置で実験を行ったが、ロール混練プロセスで最も良好な混練物が得られた。

 

オープンロールの取り扱いについて教科書に詳しい説明は無い。現場の技術者の伝承が全てである。たかが二本のロールと侮ってはいけない。小平製作所のロールはすばらしい。どこが良いかといえば安全対策が十分に行われ初心者でも安全に取り扱うことができる。新入社員時代に使用したロールのブランドも小平製作所であった。

 

混練機でもブランドの威力は絶大で、KOBELCOの二軸混練機は値段が高い。しかし、値段の高いだけのことはあり、中古機10年物でも新品同様の機能を持っている。カオス混合装置の実用化ではこの中古機を使用したが、中古機の組み立ては小平製作所にお願いした。ちなみにゴム会社の研究所は小平市にあるが小平製作所は根津にある中小企業である。

 

カテゴリー : 連載 高分子

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