活動報告

新着記事

カテゴリー

キーワード検索

2015.10/19 高分子の難燃化技術(1)

高分子の難燃化技術は、科学として扱いにくい分野である。なぜなら、火災という現象が単純ではないからである。自然現象は複雑だから、それをモデル化して扱うのが科学であり、何を言っているのか、という批判が出てきそうだが、そのモデル化が難しいのである。
 
例えば燃焼は急激に進行する酸化反応である、と教科書には書かれている。単純に急激に進行する酸化反応をモデル化し、燃焼のしやすさを数値化したのが極限酸素指数法(LOI)で、1960年代にその原理は登場している。JIS化は1980年に入ってからである。しかし、このLOIは高分子の燃焼のしやすさの指標として一応使用可能だが、実火災を前提としたときには役に立たないケースが多い。
 
ちなみにLOIとは、試料が燃焼を続けるために必要な酸素濃度を指数化したもので、空気をLOIで表現すると21となる。ゆえにLOIが21を越える高分子は、空気中で燃焼を続けることができない(自己消火性を有するという)、と言いたいのだが、「いつでも」成立する真理ではない。雰囲気温度やサンプル温度も室温という条件の時成立(注)するだけである。
 
すなわち、小さなサンプルでLOIが21と計測されても、空気中で同じ材料の大きな物体に大きな火源で火をつければ、ばんばん燃える。LOIは、決められたサンプルの大きさと火源、管理された測定雰囲気だけで成り立つ指標である。だから、例えば電気製品の通常使用の状態における難燃性の指標には不適である。こちらにはUL94-V試験というのが適している。
 
以前新幹線で自殺者が原因で初めての火災があったが、鉄道用の難燃試験では、あのような状況を想定していなかったので、車内は丸焦げ状態になった。飛行機では航空機用の厳しい試験法があり、あのような事件が起きても、シートが燃えないので火を消すことが可能となる。そもそも大量の可燃性液体を飛行機内に持ち込めないので類似事件の心配はないが、飛行機のシートと鉄道車両のシートでは難燃基準が異なるので、飛行機で同じ状況になっても火を消すことが可能となる。
 
LOIに関して、その測定値については多くの燃焼試験の中で比較的科学的に得られ繰り返し再現性も高い。また、その測定値の考察において他の科学的な分析データと同様に扱え科学的論文を書くには便利な試験法である。しかし実火災に適用する場合には、それぞれの業界が作成した燃焼試験法が使用される。
 
(注)サンプルに着火して燃焼すると、サンプルも雰囲気も温度が上がる。ゆえに、LOIの測定では常にフレッシュな酸素と窒素の混合気体を流しながら行い、雰囲気温度を上げないようにしている。しかし、それでも測定時に注意をしないと、雰囲気温度が高くなる。あらかじめ、ローソクの炎よりも小さくちょろちょろと燃え続ける条件を求めてから、酸素濃度を0.5さげてやる(酸素が少なくなる)と着火してもすぐに火が消えるか、着火しなくなる。その後、酸素濃度を0.2上げてやると同様の現象となるか、あるいは、ちょろちょろと燃え続けるようになる。次に再度0.1下げて、火が消えるかどうか確認してLOIを決定する。結構面倒な測定方法で、フィラーが入ってくるとサンプルのばらつきも加わり難しくなる。
    

カテゴリー : 電気/電子材料 高分子

pagetop

2015.09/19 SiCの不純物として含まれる酸素について

SiCに含まれる不純物の酸素は、高温度で焼結助剤のBと反応し助剤を失活させるという話を以前書いた。この不純物の酸素には二種類の形態が存在する。一つはSiC表面が酸化されて生成した表面のSiOの形態として、他の一つは、SiC粒子内部に取り込まれた酸素の形態として存在している。
 
市販されているSiCの合成法には二種類あって、一つはシリカ還元法により直接SiC紛体を製造する方法と、他の一つはエジソンの弟子アチソンにより開発されたアチソン法だ。アチソン法では大きなインゴットとして得られるので粉体にするためにはこのインゴットを粉砕するプロセスが必要になる。
 
直接粉体を合成できるシリカ還元法では、βSiCが得られるが、一個の粒子はβSiCの微結晶が凝集した構成になっている。ゆえに結晶子サイズが小さい粒子ではおよそ0.8%から1.3%前後まで多量の不純物の酸素を抱きかかえている。結晶子サイズとこの内部に抱き込まれた不純物の酸素の量とは相関する。内部に抱き込まれた不純物酸素以外に表面にも不純物酸素は存在し、内部と表面の不純物酸素の合計は、1%以上になる。
 
アチソン法で得られる粉体に含まれる不純物の酸素の量がシリカ還元法で得られる粉体に含まれるそれよりも少ないのは、内部に抱き込まれた酸素が少ないためだ。またアチソン法の粉体の結晶子サイズは一般に大きい。
 
市販されていないが、ゴム会社で生産されているフェノール樹脂とエチルシリケートから製造される高純度SiCの合成法はシリカ還元法に分類され、できる粉体もβSiCだが、一般のシリカ還元法で得られる粉体よりも不純物酸素の量が極端に少ない。そして結晶子サイズも大きい。これは前駆体の構造が分子レベルで均一になっているからである。
 
このようにSiCに含まれる不純物の酸素の量は製造プロセスによりおおよそ決まってくる。粒子の外側の不純物酸素は1400℃から1500℃の温度領域で真空にしてやると簡単に除去できるが粒子内部に取り込まれた不純物の酸素は、この処理で完全に取り除くことができないので、常圧焼結において密度のばらつきや物性のばらつきに影響を与えている。そしてこれが少ないことが高純度SiCの長所の一つとなっている。
 

カテゴリー : 電気/電子材料

pagetop

2015.09/18 SiCのホットプレス焼結(3)

常圧焼結よりもホットプレス焼結が容易な理由は、焼結反応時にかかっている圧力に違いがあり、ホットプレス焼結では、その圧力で異常粒成長が抑制されるため、と言われている。
 
高純度SiCの事業化で苦戦しているときに、切削工具の企画を立案せよと指示が出た。この時の企画は「まずモノを持って来い」企画である。SiCは鉄と反応するので切削工具は難しいと言われていた。しかし、そんなことは言っておれない。
 
一発勝負でSi-Ti-B-Al-C系の組成で切削チップを開発することにした。当時クラチメソッドという怪しい方法を開発していたのでその方法を用いた。この方法はタグチメソッドと似ており、ラテン方格を用いる。但し外側因子には相関係数を割り当てる。切削チップなので、硬度測定における荷重と特殊な圧痕サイズから求めた相関係数を用いた。
 
実験計画法と同様の方法で相関係数が最小になる、すなわち圧痕がつきにくい材料組成を求めたところ、複合組成にもかかわらずSiC並の硬度の組成を見いだすことができた。驚くべきことに硬度はSiC並だが、靱性は部分安定化ジルコニアに近かった。
 
この開発で驚いたもう一つあり、それはホットプレス焼結における挙動だ。収縮カーブのモニタリングデータから、この組成において液相ができる領域があり、それを活用すると低温度で焼結できることも発見した。
 
その他にも興味深い現象が観察されたが、まずモノを作る必要から、最良組成の試料で、実際に切削チップを作って鋳鉄を削ってみた。切削チップは和井田製作所のご協力を得て製造し、鋳鉄の研削は赤羽の工業試験所で指導してもらい実験を行った。
 
結果は大成功でSiCで鋳鉄の切削ができ、工業試験所の先生もびっくりされていた。早速企画にまとめ研究テーマとして半年遂行したが、マーケッターの報告から、今回得られた組成を中心とした事業ではマーケット規模が小さいことがわかり開発中断を申し出た。
 
住友金属工業と半導体治工具のJVを立ち上げるまで、このような事業企画は数多く検討されたが、技術的な理由ではなく、マーケット規模ですべてアウトになっていた。半導体治工具の事業も一度つぶれた企画である。しかし、住友金属工業が当時としてはそれなりのマーケットを持っていたので、会社からJVの許可が下り20年以上経過した現在まで事業として続いている。

カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料

pagetop

2015.09/17 SiCのホットプレス焼結(2)

なぜSiCの常圧焼結においてβSiC>αSiC>高純度SiCの順にホウ素の添加量を少なくできるのか。理由は簡単で、SiC粉体の一個の粒子内部に含まれる不純物酸素の量がこの順に少なくなっているからだ。例えばβSiCでは0.7%以上の内部酸素が不純物として含まれているが、αSiCは0.5%前後であり、高純度SiCでは実験誤差程度である。
 
この粒子内部に含まれる不純物酸素の量に違いが生じるのは、粉体の製造プロセスが異なるためである。すなわち高純度SiCでは、理論上不純物の内部酸素は含まれない。αSiCもSiCインゴットを粉砕して製造するので、理論上含まれないはずであるが、インゴットの内部に不純物として含まれてくるとこれをそのまま引き継ぐことになる。
 
βSiC粉体だけ多量に内部不純物を抱き込むことになる。昔市販のβSiCの内部酸素を計測したところ、最大で1.5%も不純物酸素を含んでいる粉体が存在した。
 
SiC内部に不純物酸素が含まれると、1500℃以上でその酸素が助剤のホウ素と反応し、ホウ酸ガスとして系外に排出されてしまう。ゆえにホウ素をプロチャスカは多めに入れる必要があったが、高純度SiCでは0.1%以下でも焼結できた。
 
常圧焼結では微量でもホウ素を添加する必要があったが、ホットプレスではカーボンだけでも良かった。面白いことにカーボンだけを助剤にして用いたときの成形体の密度はβSiC<αSiC<高純度SiCとなった。高純度SiCでは、3以上の密度が安定して得られた。
 

カテゴリー : 一般 電気/電子材料

pagetop

2015.09/16 SiCのホットプレス焼結(1)

お茶わんなどの材料をセラミックスといい、セラミックスで成形体を製造するためにはセラミックス粉体を焼き固める必要がある。粉体をあらかじめ成形し、それを常圧で焼き固めるプロセスを常圧焼結法と呼ぶ。筒の中に粉を詰めて上下から圧力をかけながら焼き固める方法をホットプレス焼結法と呼ぶ。SiCでは、カーボン製の筒とカーボン製のシリンダーを用いる。
 
かつてSiCの常圧焼結は難しい、と言われ、様々な焼結助剤の探索が行われた。1970年代にプロチャスカにより発見された、ホウ素とカーボンの組み合わせによる常圧焼結技術は画期的な発明だった。
 
ところが、彼の特許クレームでは、ホウ素の添加量とカーボンの添加量がクレームとされ、その後この特許を見て同じ組成で添加量を変えた他の人によるαSiCの常圧焼結技術の特許も成立している。恥ずかしながら当方の開発した高純度SiCでもホウ素とカーボンを究極まで少なくした技術として特許が成立した。
 
プロチャスカが特許クレームに添加量まで入れなければいけなかったのは、周期律表の主立った元素についてホットプレス焼結を用いてSiCの焼結挙動が調べられていたからだ。すなわち、ホウ素だけ、あるいはカーボンだけを用いて常圧焼結は難しかったが、ホットプレス成形では、100%の緻密化は難しくとも90%以上の緻密化を実現した論文が存在した。
 
特許では新規性と進歩性が求められるので、ホウ素とカーボンを組み合わせた技術では特許化が難しいと判断したのかもしれない。しかし、常圧焼結技術は誰も成功していなかったので、本来は添加量など関係なく、元素の組み合わせだけでも特許として成立したはずである。
 
おそらくプロチャスカの勘違いあるいはまじめさが他者の特許成立を許したのかもしれない。当時面白いと感じたのは、αSiCに限定した特許を出願しようとした発想である。技術者として駆け出しだったので、この根性は勉強になった。勉強になったので、ちゃっかりと高純度SiCをクレームとしてホウ素とカーボンの組み合わせで添加量が最小の領域をクレームとして特許出願をさせていただいた。
 
この特許出願の裏話をすると、実は高純度SiCとカーボンだけでも常圧焼結に成功していた。しかし、緻密化に再現性が無く、やはりカーボンだけでは無理だろうと言うことになって、少量のホウ素を添加した領域で実験をすすめ、4回に3回程度成功することができた。
 
STAP細胞は一度も成功しなかったが、無機材質研究所では一度の成功でも謙虚に繰り返し再現性を評価して、一度しかできなかった条件をあきらめたのだ。ホットプレス焼結ではカーボンだけでも再現性よく緻密化していたので、特許のクレームにカーボンだけでも常圧焼結可能と、当方は記載したかった。
  

カテゴリー : 一般 電気/電子材料

pagetop

2015.08/13 未だ科学は発展途上(23)

中間転写ベルトのコンパウンドは、子会社の敷地を間借りして建設されたプラントで現在も生産が続けられている(現在はリスク管理の観点から国内2ケ所で生産を行っている)。科学では説明できない6ナイロンとPPSが相溶したコンパウンドが、技術で組み立てられた生産体制で品質が安定に維持(注)され、後工程の押出成形で高品質のベルト生産を可能としている。
 
科学の知の体系では、二相に相分離すべき系である。当初の材料設計では、この考え方に沿って開発が進められた。しかし、技術として完成できなかっただけでなく、分析を科学的に進めてもその原因を解明できなかった。
 
科学的に解決困難に見えたのだが、電気粘性流体の増粘の問題や酸化スズゾル薄膜の導電性問題のように、ウェルド部分では必ずこのような現象が生じるため、この技術を完成させることは不可能だという論法で前任者は否定証明を行わず、技術を完成させる意志決定をして当方に相談に来た。科学的手順でゆきづまったらヒューマンプロセスに頼る賢明さが大切である。
 
ところで、科学の知の体系では高分子のプロセシングの効果に関する情報が不足している。理由は、多くの高分子材料が非平衡で進行するプロセシングにより生産されているからである。これは科学的な解明が難しく、今でも研究が行われているテーマである。しかし技術では技術者の想像力により、異分野で行われている類似のプロセシングを応用することができる。そして異分野で成功した事例で起きている変化を活用し新たな材料を作り出すことができる(アナロジーの活用はヒューマンプロセスの一つ)。
 
技術者の知の体系では、アナロジーは重要な手段で、科学の知の体系では想像のつかない技術を生み出す原動力になっている。科学で未解明の現象でも、アナロジーにより機能を絞り出し、技術の実体として実現できる。
 
科学以外を排除するマネジメントでは、このような技術を生み出す土壌は育たない。TRIZやUSITなどのツールを用いて技術を科学で支配し、開発を論理的に進めることは科学の勉強になるかもしれない。しかし、実践知や暗黙知を軽蔑する風土では、形式知を超える技術を生み出すことが難しくなる。
 
6ナイロンとPPSが相溶し、しなやかなベルトを生み出すコンパウンドに科学的な解説を与えることは難しいが、カオス混合という技術について実践知と暗黙知がどのように生かされたのか説明することはできる。昨年高分子学会から招待されて、すでに公開された資料とその後の研究成果を基に1時間の講演を行っった。また、暑くて眠れない夜には、フローリー・ハギンズ理論の見直しを行い、睡眠不足解消に役立っている。
 
(注)ベルトの電気特性をコンパウンド段階でチェックしている。その結果、工場出荷されたコンパウンドでエラーが一度も起きていないという。弊社の研究開発必勝法を用いて短期間にプラント立ち上げから品質管理体制まで当方含め3人で行った。高純度SiCのプラントと同様に小平製作所に助けていただいた。

カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子

pagetop

2015.08/12 未だ科学は発展途上(22)

部下のマネージャーが成功したサンプルを見て、成功はしたけれど製品には載せられないですね、としたり顔で言い始めた。何故だ、と尋ねたら、デザインレビュー(DR)をやっていないから、というのがその答えだった(注)。
 
ここに至るまでの彼の姿勢から不誠実極まりない回答と感じたが、まさかできるとは思わなかったからすぐにやってみることに賛成した、と言うのである。すなわち失敗すればアイデアを諦めてグループリーダーの役目に戻る、と思った、といい、本心はグループのマネジメントを心配しての対応だったようだ。
 
正直なマネージャーである。不誠実と思ったが、彼は彼なりに20名近くのグループの運営を心配していたのである。君がグループリーダーをやれ、といったら彼は、それはむちゃな回答です、人事上ありえない、という。それにDRはステージゲート法に似ていて、各段階を踏んでステップアップしなければいけないので5ケ月ですべてのゲートを通過することは難しい、と教えてくれた。
 

一か月に3回ゲートを通過すれば、2ケ月後には、今検討している材料と同じファイナルステージになる、と言ったら、健康に気をつけてどうぞご自由に、となった。
 
DRの資料作りは徹夜すれば可能なので、一人で進められるが、問題は実験データである。部下のマネージャーは極めて堅物なので捏造でもしたら、その時点で新提案のプロジェクトは終了となってしまう。
 
新薬の開発などでデータを捏造をしたりするのは、おそらく薬が完成すればそれでもう商品ができた、という技術者の思い上がりが原因だろう。薬は人体への副作用なども明らかになって初めて完成する商品である。だから臨床データの捏造は許されない。
 
今回の中間転写ベルトについて、ベルトの押出成形機でコンパウンドを製造する、というプロセスは、その繰り返し再現性も確認していた。また、そのコンパウンドを用いて製造されたベルトを旧製品に取り付け絵出しを行い、PIベルトよりも美しい絵が出ることを確認できていた。
 
問題なのはコンパウンドの量産機が無い点である。ファイナルステージの手前のDRだけで許してもらえないのか、とマネージャーに相談したら、そんな馬鹿なことを言ったら品証部に叱られる、と悲鳴にも聞こえかねない回答が返ってきた。下手な回答をしたら、社内の調整を始めかねない困った上司に見えたのかもしれない。
 
DRのようなゲートを用いた管理はステージゲート法が有名で20年ほど前から日本でも普及していたが、当方は各社の実施状況を高分子同友会の開発部会など企業人の勉強会で話を聞き、この方法に疑問を感じていた。
 
すなわち開発スピードが要求される時代にウオーターフローのような開発の進め方をして良いのかという問題である。ゴム会社ではもっと気の利いた開発方法を行っていたが、そのおかげで高純度SiCの事業は立ち上がり、30年たった今でも事業が継続している。
 
今回の場合、ゴム会社であれば、すぐにやれ、という判断をトップが簡単に出してくれただろう。そしてトップは品質保証部に品質保証体制の構築の指示を出したと思われる。高純度SiCの事業立ち上げはそうだった。品質保証体制はすべて品質保証部が整えてくださった。しかし、今回は、仕様書も含め品質保証体制つくりも自分たちで行わなければいけない。それも5ケ月未満でプラント立ち上げとコンパウンドの品質検査方法も開発しなければいけない!コンパウンド技術の基盤もない会社でできるのか?
 
(注)今日の話は、苦労の状況をお伝えするために一部フィクションを書いている。実際には部下のマネージャーは二人いた。一人は極めてまじめで、仕事を誠実にこなすマネージャーだった。彼にマネージメントの仕事を託すことができたので、当方はコンパウンドのプラント建設に集中でき、感謝している。ただ最も大きな障害となったのは、DRを通過させる作業だった。このあたりは、書けない話もある。しかし、新製品の発売タイミングに支障をきたすことなく無事コンパウンド工場を立ち上げることができたので、終わりよければすべてよし、と気持ちよく退職するはずだった。しかし、この仕事以外に新たな仕事をすることになり、退職が一年延びて、最終日2011年3月11日は記憶に残る日となった。

カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子

pagetop

2015.08/11 未だ科学は発展途上(21)

技術の知恵の構造体が明確になっていると、アイデアを具体化しやすいばかりでなく、その実体を作り出す方法も見えてくる。もしその機能を創りだすために代用できる道具が身近にあるならば、それを活用して実体を作り出せばよい。この時その道具の本来備えている機能と全く異なる場合もあるが、代用できれば何でも良い。
 
新しい非科学的アイデアであるPPSと6ナイロンを相溶させるカオス混合で必要な機能は、急速に引き延ばし、すばやく折りたたむプロセスである。また6ナイロンをPPSに相溶後それを急冷しなければ相分離が始まる可能性がある(注1)ので、混練後急冷するプロセスが必要になる。
 
詳細な説明は省略するが、身近にあったベルト押出成形機がそれらの機能を備えていた(注2)。不完全な部分は「急速に」という点だけだった。実験用の押出機にはトルクと回転速度の大きなモーターが運良くついていたので、外部のコンパウンドメーカーの製造したペレットを押出機の能力限界を超えた速度で押し出してみた。サイジングダイには水を流し、押し出されたクチャクチャのベルトをそれで急冷した。
 
10kgほど強引に押出し、粉砕器でそれらを粉砕した。電子顕微鏡写真を見てびっくりした。6ナイロンの島は狙い通り無くなり、カーボンのソフト凝集体がうまくできていたのである。
 
一応その高次構造ができることを期待した実験ではあるが、あまりにも期待通りの高次構造が一発でできたので、そのような場合には、心の準備ができていてもやはり驚く。これは、30歳の時に無機材質研究所で初めて高純度SiCを合成できた時と同様の感動した驚きである。いくつになってもこのような感動は心地よい興奮を伴い天に上るような不思議な気持ちとなる。ましてや今回は30年近く温めてきたアイデアである。そのアイデアを試すチャンスが不運の処遇で訪れただけでなくその実現にも成功したのである。
 
理想通りのコンパウンドができたので、翌日それでベルトを成形してみた。周方向の電気特性を測定し、こんどは思わず涙が出てきた。PI製ベルトよりも精度の良い抵抗安定性だったからだ。6ナイロンがPPSに相溶していたので、脆さはMIT値でPPS単体の50倍以上となった。品質特性をすべて満たしPIよりも電気特性が優れたベルトを簡単に作ることができたと同時にカオス混合の条件と得られる機能も確認することができた。
 
(注1)科学的可能性なので対策は必須である。この技術を創りだしてわかったことだが、PPSと6ナイロンのスピノーダル分解速度は遅く、また流動状態ではこれが極めて遅いこともわかった。これは技術を創り上げる上において幸運な現象だった。このように技術を作ってみて初めてわかる科学もある。iPS細胞もそのような幸運があったので成功している。
(注2)どのような押出成形機でもこの機能を備えているわけではない。この時の金型形状は現場で5年間改良されてきた特殊な形状だった。驚くべきことは、その改良点には科学的意味があり、マトリックスが単一成分の時に発生した問題は、ウェルドも含め不完全ではあるが改善されていた。この部分は科学と技術の違いや科学的に解明されていない世界で科学的に問題解決した時に生じる問題を論じるには適した例であるが、そこには偶然様々な技術が生まれていたので、ここでその詳細を公開できない。ちなみにPPSだけの場合にこの金型で押出成形を行うと歩留まり30%程度で低価格プリンターにかろうじて使用できるレベルとなる。

カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子

pagetop

2015.08/10 未だ科学は発展途上(20)

バンバリーと技を用いて混練したコンパウンドを用いて、力学物性は脆くて使い物にならないが、電気特性は良好な中間転写ベルトを作ることができた。樹脂の混練については一流のコンパウンドメーカーの研究者から見れば素人だが、バンバリーを用いた高分子の混練については30年近く前に獲得した技術があった。技で製造したベルトの高次構造は6ナイロン相の島がPPSに分散し、その島の中にだけ導電性のカーボンが分散している。
 
もしこのベルトの高次構造において、6ナイロン相がPPSに相溶したならば、カーボンの凝集は拘束が無くなり、ソフト凝集体になるだろうと想像した。相談者も含め周囲はその考えに納得し、6ナイロンがPPSに相溶し、カーボンがソフト凝集して分散した高次構造のベルトを開発目標にしようと言うことがすぐに決まった。(この結果豊川へ単身赴任し、相談者から業務を引き継ぐことになった)
 
科学的には否定されるアイデアであるが、目の前に実体があり、6ナイロンを相溶させる技術的アイデアも用意していたので、社内の合意を得るのは簡単だった。
 
しかし、外部のコンパウンダーの説得には苦労した。挙げ句の果ては新しくコンビを組むことになった部下のマネージャーからアイデアが極めて危険な賭ではないか、と科学的に正しい指摘をされ苦しい立場になった。技術としては実現可能性が高い方法だと説明しても納得してもらえなかった。
 
結局部下のマネージャーは従来通り外部のコンパウンドメーカーからコンパウンドを購入し科学的に開発を進めて、当方が混練プラントを立ち上げることでその場は納得してもらった。驚いたのは外部のコンパウンドメーカーも了解したことだった。
 
あとが大変だった。危険な賭という噂が広まる前に、技術の知恵を完璧な実体として示す必要があった。しかし、新アイデアに用いるカオス混合機は、その時この世に存在しなかった。
 
この状態でどうするのか、弊社の問題解決法を用いて考えた。すぐに答えが出てそれを実行に移したところ、6ナイロンが相溶したPPSにソフト凝集したカーボンが均一に分散した理想通りのベルトを製造できた。知の全てを動員する点に特徴がある弊社の問題解決法は、巷の科学的問題解決法よりも強力である。

カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子

pagetop

2015.08/09 未だ科学は発展途上(19)

中間転写ベルトのコンパウンドは、その道の一流メーカーで二軸混練機によりコンパウンディングされていた。また、コンパウンディング条件も設計者の希望を満たすように設定して行っている、と語っていた。
 
そこで、6ナイロン相にカーボンがすべて取り込まれてPPSに分散しているコンパウンドを製造してくれないか依頼した。回答はすぐに来た。「そんな物は二軸混練機でできない」という。考えていることが当たれば面白い材料となるが実用性の無い材料であることが分かっていたので、しぶしぶゴム会社で獲得した実践知を活用して、某社から借りたバンバリー(注)で目標とするコンパウンドを製造した。
 
そのコンパウンドで押出成形を行いベルトを製造したところ、周方向の抵抗偏差が0.5桁以下という、電気特性についてはスペックを満たしたベルトを製造することができた。但し、6ナイロン相にカーボンが分散しているため、その相の弾性率が高くなった。
 
一般に、樹脂へ大きな硬い粒を分散すると脆くなることが知られている。もともと脆いPPSへそのような硬い相が分散したので紙のような脆い材料になってしまい、これでは電子写真の中間転写ベルトとして使えない。
 
電気的品質特性を満たすが力学的品質特性を満たさないベルトができた。これは技術の知の形態から想定内の実体であった。このベルトは商品として使い道が無かったが、中間転写ベルト開発の方針変更のためには大切なベルトだった。
 
このベルトについて、相談者と同様に電子顕微鏡写真を揃え、解析した。コンパウンド段階でカーボン粒子はすべて6ナイロン相に取り込まれていたので、導電相は6ナイロンの島の数だけ数えれば良かった。解析の結果、周方向のどこをみても6ナイロン相の島の数はすべて等しかった。すなわち、ウェルド部分が他の部分と同一高次構造になれば、ウェルド部分の抵抗も他の部分と等しくなるのである。
 
(注)ゴムのコンパウンドは、バンバリーとロール混練で製造されているが、樹脂のコンパウンドはその技術が誕生以来一軸あるいは二軸押出機が進化した連続式混練機(多くは二軸混練機)で混練されてきた。最近低コストのゴムは二軸混練機でも製造されるようになってきたが、樹脂をバンバリーやロールで混練することは通常行われない。後日解説するがこれは樹脂の混練技術について考える時に落とし穴のようなものである。バンバリーやロール混練技術はおよそ二世紀の歴史があるが、連続式混練機の歴史はその半分もない。最近トリッキーな二軸混練機の使用方法によるフィラーのナノ分散技術やポリマーアロイの権威故ウトラッキーによるEMFがようやく登場してきた。そして10年近く前に二軸混練機による当方のカオス混合技術(第一世代)が登場したのである。今この技術について第三世代の開発を行っている。

カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子

pagetop