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2015.11/24 酸化スズと技術者(4)

高分子に導電性物質を分散したときに観察されるパーコレーション転移は、1980年代の材料科学の分野ではポピュラーな考え方ではなく、そのかわりに電気抵抗の並列接続と直列接続をモデルにした複合則が一般に用いられていた。
 
パーコレーション転移は数学の分野で発展した考え方であり、この20年前にボンド問題とサイト問題という有名な議論が展開され、パーコレーション転移の科学的理解は進み、当時は山火事などのシミュレーションに用いられていた。
 
パーコレーション転移は、形式知なので誰でも論文を理解すれば獲得できる(注)。一方材料科学分野では、パーコレーション転移で生じる現象を経験則から導かれた複合則(あるいは混合則と呼ばれていた)を用いた議論が行われていた。
 
化学という学問は科学の一分野でありながら、このように経験則を科学的議論に持ち込むようなことがよく行われるので注意が必要だ。例えばかつて高分子のレオロジーを論じるモデルとして、ダッシュポットとバネのモデルがあった。このモデルを用いてマックスウェルの方程式を解きながら現象理解を進めるという方法も実践知から生まれた形式知である。
 
ダッシュポットとバネのモデルではクリープ現象をうまく説明できなかったので、1990年代にこの考え方は消えていったが、防振ゴムや制震材を設計するときに用いると、材料設計を容易にできる、という便利さがあった。また、粘弾性測定の結果もこのモデルで理解すると、材料の高次構造理解に役だった。故に形式知としては廃れたが、実践知として今でも使用しているゴム技術者は多い。
 
同様に、高分子に導電性物質を分散したときに現れる現象について、科学的に論じるときに複合則を用いる人はもういなくなったが、かつては複合材料の教科書に書かれていた複合則を用いて、それを用いて計算される微粒子の導電性を議論していた。写真会社へ転職したときは、実践知と形式知をごちゃ混ぜにして誤った結論を導いてもそれが科学的論理で展開されていたなら正しい、と信じられていた時代である。今でもそのような光景が見られるので、弊社は新たな問題解決法を提案し、科学的間違いに早く気がつくツールを提供している。

 
(注)パーコレーション転移が形式知としてまとまってから、材料科学分野へ普及するのに20年以上かかっている。1979年にゴム会社へ入社したときに、指導社員はパーコレーション転移をご存じでカオス混合などのマカ不思議な言葉と同じように教えてくださった。大学で合成化学を専攻してきたので、数学物理系の指導社員に巡り会ったのは技術者として幸運だった。
  

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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2015.11/23 酸化スズと技術者(3)

転職した当時に、新素材として酸化スズゾルという商品が多木化学から販売されていた。それは、四塩化スズの加水分解で製造された酸化スズをアンモニアに分散したゾルの水溶液で、特公昭35-6616の実施例に書かれた酸化スズゾルと同等の材料だった。
 
この材料については、ライバル特許に抵触しない可能性のある材料という理由で、十分な検討が社内でなされ、科学的な研究レポートが数報書かれていた。そしてそれらの最終レポートでは、この商品の酸化スズは絶縁体に近い、と結論されていた。
 
特公昭35-6616の実施例が正しいと信じて、この実施例の結果をシミュレーションしたところ、酸化スズゾルは帯電防止剤として十分な性能がある、と推定された。ところが、高分子にこの材料を分散した時に、パーコレーション転移が起きない場合には、十分な導電性が発現しないことがわかった。
 
すなわちシミュレーションの結果から、酸化スズに導電性が無いのではなく、適切な実験条件が選択されない場合には、パーコレーション転移が起きないので、あたかも絶縁体のような振る舞いになる。ただし、これは計算機上の結果であり、これを実証できる現物がなければ、この技術を用いた新たな商品化企画を周囲は受け入れない。
 
なぜなら、酸化スズを用いる帯電防止層は、すでに社内で検討済みという結論が出ている仕事なので、実際に現物で再現できることを示さない限り、周囲の同意が得られないだけでなく、提案の仕方を間違えると反発を招く可能性がある。
 
これは、ゴム会社で電気粘性流体の耐久性問題を解決した状況と類似で、進め方を間違えてFDを壊される(注)ようなひどい目にあった経験をマネジメントに活かすことができた。さらに、何もドープされていない酸化スズが本当に導電性を持つのか、という科学的疑問も個人的にあった。
 
個人的な興味という理由は、無機材質研究所から、高純度酸化スズ単結晶は絶縁体である、という論文がすでに公開されていたから非晶質でどうなるのか興味があったからである。ただ非晶質でも絶縁体であるかどうかは、科学的に証明されていない性質であった。
 
(注)ゴムから溶出する物質で電気粘性流体が増粘するという問題を一年かけて検討した結果、界面活性剤では問題解決できない、という科学的な証明が他の研究者から出されていたが、たった3日でその方法を用いて技術により問題を解決した。「できる」という実験結果が、「できない」という多くの実験結果で否定されたSTAP細胞の騒動では、一流の研究者が自殺するというショッキングな事件(注2)や、ES細胞の盗難疑惑を明らかにしようと警察へ刑事事件として告発する動きまで現れている。研究者で構成された社会では、時として信じられない事件が起きるケースがあるので、細心の注意のマネジメントが要求される。理研の環境やあの時の状況が特別なのではなく、一般企業の研究所でも、マネジメントに配慮しなければ、いじめなどの子供社会で起きるような事件が発生する可能性がある。被害者は事件が放置されると孤立感が進み恐怖感に変わってゆくものであり、マネジメントではメンタル面のケアが重要になるが、管理職にその知識が欠如している場合が多い。弊社では、研究所の健全な風土醸成のノウハウ提供も行っています。
(注2)STAP細胞の存在は未だに科学的にその存在が証明されていない。特定の条件で作ることができない、と科学的に証明されただけである。なぜSTAP現象が人間の細胞で起きないのか、という問いに対して科学的な解が出されない限り、できる可能性が残っている。この分野の素人でも理解できる状況で、一流の研究者は、否定証明の嵐の中で板挟みになったのだろう。誰かが他の組織を示してあげる必要があった。管理者は孤独なものだが、知識労働者は管理職でなくても孤独にさらされる。上位職者の役割は、孤立している当事者を改めて組織で機能できるように道筋を示してやることである。研究者は組織を失えば自己実現も貢献もできなくなる大変脆弱な職業である。組織(コミュニティー)が無くなれば、その職業をやめなければならない。
  

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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2015.10/30 デンソーのSiCウェハー技術

今年の東京モーターショーでデンソーは、SiCウェハーの6インチサイズを展示していた。クリー社から8インチウェハー技術ができた、という発表があったが、まだ市場に出ていない。ゆえに、現段階では最先端の商品であり、自動車に興味のない人でもこの分野に興味のある人には、一度見に行って説明員から話を聞くと勉強になる。
 
東京モーターショーでは、よくコンパニオンが話題にされるが、美しいコンパニオンに目が奪われている技術者は、企画マンとして失格である。自動車は我が国の基幹産業であり、そこに展開される技術のトレンドを調査する現場として、東京モーターショーはコストパフォーマンスの大きい有益な情報源である。
 
今自動車は、石油原料から水素燃料へ、あるいは電気自動車へ技術革新が始まったばかりである。これから30年間進められる技術革新で、未来の車の姿が明確になり、新たな産業も立ち上がる。SiCウェハーは、インバーターに絶対必要なパワー半導体の本命であり、この産業がどのような展開をしてゆくのか興味がある。
 
すでにシリコーンウェハーと異なる発展の様相が見えてきており、異業種から新規参入するには良い機会である。おそらくこの10年は、最後の参入の機会になるのかもしれない。
 
デンソーは、従来の昇華再結晶法(レーリー法)と気相成長法の二刀流で技術開発に取り組んでおり、やがてクリー社を技術開発で追い抜く可能性がある。ウェハーからその応用されたデバイスまで開発できる市場のリーディングカンパニーという立ち位置が強みである。
 
かつてブリヂストンも日本化学会化学技術賞を受賞した時にSiCウェハーの開発を行っていると報告していたが、2011年にその開発をやめ、高純度SiCの創業時の事業である、ダミーウェハーやヒーターなどの半導体治工具(注)へ特化している。
 
ブリヂストンの高純度SiC技術に用いられる有機物前駆体からは、様々な状態の高純度SiCを合成することが可能で、昇華再結晶法に適した技術、と期待していただけに残念である。なお有機物前駆体法による高純度SiC技術の合成法とその速度論については学位論文として公開しているのでご興味のある方は問い合わせていただきたい。
 
(注)元住友金属工業(株)小島荘一氏のご尽力の賜物である。
 
 
 
 
 

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2015.10/19 高分子の難燃化技術(1)

高分子の難燃化技術は、科学として扱いにくい分野である。なぜなら、火災という現象が単純ではないからである。自然現象は複雑だから、それをモデル化して扱うのが科学であり、何を言っているのか、という批判が出てきそうだが、そのモデル化が難しいのである。
 
例えば燃焼は急激に進行する酸化反応である、と教科書には書かれている。単純に急激に進行する酸化反応をモデル化し、燃焼のしやすさを数値化したのが極限酸素指数法(LOI)で、1960年代にその原理は登場している。JIS化は1980年に入ってからである。しかし、このLOIは高分子の燃焼のしやすさの指標として一応使用可能だが、実火災を前提としたときには役に立たないケースが多い。
 
ちなみにLOIとは、試料が燃焼を続けるために必要な酸素濃度を指数化したもので、空気をLOIで表現すると21となる。ゆえにLOIが21を越える高分子は、空気中で燃焼を続けることができない(自己消火性を有するという)、と言いたいのだが、「いつでも」成立する真理ではない。雰囲気温度やサンプル温度も室温という条件の時成立(注)するだけである。
 
すなわち、小さなサンプルでLOIが21と計測されても、空気中で同じ材料の大きな物体に大きな火源で火をつければ、ばんばん燃える。LOIは、決められたサンプルの大きさと火源、管理された測定雰囲気だけで成り立つ指標である。だから、例えば電気製品の通常使用の状態における難燃性の指標には不適である。こちらにはUL94-V試験というのが適している。
 
以前新幹線で自殺者が原因で初めての火災があったが、鉄道用の難燃試験では、あのような状況を想定していなかったので、車内は丸焦げ状態になった。飛行機では航空機用の厳しい試験法があり、あのような事件が起きても、シートが燃えないので火を消すことが可能となる。そもそも大量の可燃性液体を飛行機内に持ち込めないので類似事件の心配はないが、飛行機のシートと鉄道車両のシートでは難燃基準が異なるので、飛行機で同じ状況になっても火を消すことが可能となる。
 
LOIに関して、その測定値については多くの燃焼試験の中で比較的科学的に得られ繰り返し再現性も高い。また、その測定値の考察において他の科学的な分析データと同様に扱え科学的論文を書くには便利な試験法である。しかし実火災に適用する場合には、それぞれの業界が作成した燃焼試験法が使用される。
 
(注)サンプルに着火して燃焼すると、サンプルも雰囲気も温度が上がる。ゆえに、LOIの測定では常にフレッシュな酸素と窒素の混合気体を流しながら行い、雰囲気温度を上げないようにしている。しかし、それでも測定時に注意をしないと、雰囲気温度が高くなる。あらかじめ、ローソクの炎よりも小さくちょろちょろと燃え続ける条件を求めてから、酸素濃度を0.5さげてやる(酸素が少なくなる)と着火してもすぐに火が消えるか、着火しなくなる。その後、酸素濃度を0.2上げてやると同様の現象となるか、あるいは、ちょろちょろと燃え続けるようになる。次に再度0.1下げて、火が消えるかどうか確認してLOIを決定する。結構面倒な測定方法で、フィラーが入ってくるとサンプルのばらつきも加わり難しくなる。
    

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2015.09/19 SiCの不純物として含まれる酸素について

SiCに含まれる不純物の酸素は、高温度で焼結助剤のBと反応し助剤を失活させるという話を以前書いた。この不純物の酸素には二種類の形態が存在する。一つはSiC表面が酸化されて生成した表面のSiOの形態として、他の一つは、SiC粒子内部に取り込まれた酸素の形態として存在している。
 
市販されているSiCの合成法には二種類あって、一つはシリカ還元法により直接SiC紛体を製造する方法と、他の一つはエジソンの弟子アチソンにより開発されたアチソン法だ。アチソン法では大きなインゴットとして得られるので粉体にするためにはこのインゴットを粉砕するプロセスが必要になる。
 
直接粉体を合成できるシリカ還元法では、βSiCが得られるが、一個の粒子はβSiCの微結晶が凝集した構成になっている。ゆえに結晶子サイズが小さい粒子ではおよそ0.8%から1.3%前後まで多量の不純物の酸素を抱きかかえている。結晶子サイズとこの内部に抱き込まれた不純物の酸素の量とは相関する。内部に抱き込まれた不純物酸素以外に表面にも不純物酸素は存在し、内部と表面の不純物酸素の合計は、1%以上になる。
 
アチソン法で得られる粉体に含まれる不純物の酸素の量がシリカ還元法で得られる粉体に含まれるそれよりも少ないのは、内部に抱き込まれた酸素が少ないためだ。またアチソン法の粉体の結晶子サイズは一般に大きい。
 
市販されていないが、ゴム会社で生産されているフェノール樹脂とエチルシリケートから製造される高純度SiCの合成法はシリカ還元法に分類され、できる粉体もβSiCだが、一般のシリカ還元法で得られる粉体よりも不純物酸素の量が極端に少ない。そして結晶子サイズも大きい。これは前駆体の構造が分子レベルで均一になっているからである。
 
このようにSiCに含まれる不純物の酸素の量は製造プロセスによりおおよそ決まってくる。粒子の外側の不純物酸素は1400℃から1500℃の温度領域で真空にしてやると簡単に除去できるが粒子内部に取り込まれた不純物の酸素は、この処理で完全に取り除くことができないので、常圧焼結において密度のばらつきや物性のばらつきに影響を与えている。そしてこれが少ないことが高純度SiCの長所の一つとなっている。
 

カテゴリー : 電気/電子材料

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2015.09/18 SiCのホットプレス焼結(3)

常圧焼結よりもホットプレス焼結が容易な理由は、焼結反応時にかかっている圧力に違いがあり、ホットプレス焼結では、その圧力で異常粒成長が抑制されるため、と言われている。
 
高純度SiCの事業化で苦戦しているときに、切削工具の企画を立案せよと指示が出た。この時の企画は「まずモノを持って来い」企画である。SiCは鉄と反応するので切削工具は難しいと言われていた。しかし、そんなことは言っておれない。
 
一発勝負でSi-Ti-B-Al-C系の組成で切削チップを開発することにした。当時クラチメソッドという怪しい方法を開発していたのでその方法を用いた。この方法はタグチメソッドと似ており、ラテン方格を用いる。但し外側因子には相関係数を割り当てる。切削チップなので、硬度測定における荷重と特殊な圧痕サイズから求めた相関係数を用いた。
 
実験計画法と同様の方法で相関係数が最小になる、すなわち圧痕がつきにくい材料組成を求めたところ、複合組成にもかかわらずSiC並の硬度の組成を見いだすことができた。驚くべきことに硬度はSiC並だが、靱性は部分安定化ジルコニアに近かった。
 
この開発で驚いたもう一つあり、それはホットプレス焼結における挙動だ。収縮カーブのモニタリングデータから、この組成において液相ができる領域があり、それを活用すると低温度で焼結できることも発見した。
 
その他にも興味深い現象が観察されたが、まずモノを作る必要から、最良組成の試料で、実際に切削チップを作って鋳鉄を削ってみた。切削チップは和井田製作所のご協力を得て製造し、鋳鉄の研削は赤羽の工業試験所で指導してもらい実験を行った。
 
結果は大成功でSiCで鋳鉄の切削ができ、工業試験所の先生もびっくりされていた。早速企画にまとめ研究テーマとして半年遂行したが、マーケッターの報告から、今回得られた組成を中心とした事業ではマーケット規模が小さいことがわかり開発中断を申し出た。
 
住友金属工業と半導体治工具のJVを立ち上げるまで、このような事業企画は数多く検討されたが、技術的な理由ではなく、マーケット規模ですべてアウトになっていた。半導体治工具の事業も一度つぶれた企画である。しかし、住友金属工業が当時としてはそれなりのマーケットを持っていたので、会社からJVの許可が下り20年以上経過した現在まで事業として続いている。

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2015.09/17 SiCのホットプレス焼結(2)

なぜSiCの常圧焼結においてβSiC>αSiC>高純度SiCの順にホウ素の添加量を少なくできるのか。理由は簡単で、SiC粉体の一個の粒子内部に含まれる不純物酸素の量がこの順に少なくなっているからだ。例えばβSiCでは0.7%以上の内部酸素が不純物として含まれているが、αSiCは0.5%前後であり、高純度SiCでは実験誤差程度である。
 
この粒子内部に含まれる不純物酸素の量に違いが生じるのは、粉体の製造プロセスが異なるためである。すなわち高純度SiCでは、理論上不純物の内部酸素は含まれない。αSiCもSiCインゴットを粉砕して製造するので、理論上含まれないはずであるが、インゴットの内部に不純物として含まれてくるとこれをそのまま引き継ぐことになる。
 
βSiC粉体だけ多量に内部不純物を抱き込むことになる。昔市販のβSiCの内部酸素を計測したところ、最大で1.5%も不純物酸素を含んでいる粉体が存在した。
 
SiC内部に不純物酸素が含まれると、1500℃以上でその酸素が助剤のホウ素と反応し、ホウ酸ガスとして系外に排出されてしまう。ゆえにホウ素をプロチャスカは多めに入れる必要があったが、高純度SiCでは0.1%以下でも焼結できた。
 
常圧焼結では微量でもホウ素を添加する必要があったが、ホットプレスではカーボンだけでも良かった。面白いことにカーボンだけを助剤にして用いたときの成形体の密度はβSiC<αSiC<高純度SiCとなった。高純度SiCでは、3以上の密度が安定して得られた。
 

カテゴリー : 一般 電気/電子材料

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2015.09/16 SiCのホットプレス焼結(1)

お茶わんなどの材料をセラミックスといい、セラミックスで成形体を製造するためにはセラミックス粉体を焼き固める必要がある。粉体をあらかじめ成形し、それを常圧で焼き固めるプロセスを常圧焼結法と呼ぶ。筒の中に粉を詰めて上下から圧力をかけながら焼き固める方法をホットプレス焼結法と呼ぶ。SiCでは、カーボン製の筒とカーボン製のシリンダーを用いる。
 
かつてSiCの常圧焼結は難しい、と言われ、様々な焼結助剤の探索が行われた。1970年代にプロチャスカにより発見された、ホウ素とカーボンの組み合わせによる常圧焼結技術は画期的な発明だった。
 
ところが、彼の特許クレームでは、ホウ素の添加量とカーボンの添加量がクレームとされ、その後この特許を見て同じ組成で添加量を変えた他の人によるαSiCの常圧焼結技術の特許も成立している。恥ずかしながら当方の開発した高純度SiCでもホウ素とカーボンを究極まで少なくした技術として特許が成立した。
 
プロチャスカが特許クレームに添加量まで入れなければいけなかったのは、周期律表の主立った元素についてホットプレス焼結を用いてSiCの焼結挙動が調べられていたからだ。すなわち、ホウ素だけ、あるいはカーボンだけを用いて常圧焼結は難しかったが、ホットプレス成形では、100%の緻密化は難しくとも90%以上の緻密化を実現した論文が存在した。
 
特許では新規性と進歩性が求められるので、ホウ素とカーボンを組み合わせた技術では特許化が難しいと判断したのかもしれない。しかし、常圧焼結技術は誰も成功していなかったので、本来は添加量など関係なく、元素の組み合わせだけでも特許として成立したはずである。
 
おそらくプロチャスカの勘違いあるいはまじめさが他者の特許成立を許したのかもしれない。当時面白いと感じたのは、αSiCに限定した特許を出願しようとした発想である。技術者として駆け出しだったので、この根性は勉強になった。勉強になったので、ちゃっかりと高純度SiCをクレームとしてホウ素とカーボンの組み合わせで添加量が最小の領域をクレームとして特許出願をさせていただいた。
 
この特許出願の裏話をすると、実は高純度SiCとカーボンだけでも常圧焼結に成功していた。しかし、緻密化に再現性が無く、やはりカーボンだけでは無理だろうと言うことになって、少量のホウ素を添加した領域で実験をすすめ、4回に3回程度成功することができた。
 
STAP細胞は一度も成功しなかったが、無機材質研究所では一度の成功でも謙虚に繰り返し再現性を評価して、一度しかできなかった条件をあきらめたのだ。ホットプレス焼結ではカーボンだけでも再現性よく緻密化していたので、特許のクレームにカーボンだけでも常圧焼結可能と、当方は記載したかった。
  

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2015.08/13 未だ科学は発展途上(23)

中間転写ベルトのコンパウンドは、子会社の敷地を間借りして建設されたプラントで現在も生産が続けられている(現在はリスク管理の観点から国内2ケ所で生産を行っている)。科学では説明できない6ナイロンとPPSが相溶したコンパウンドが、技術で組み立てられた生産体制で品質が安定に維持(注)され、後工程の押出成形で高品質のベルト生産を可能としている。
 
科学の知の体系では、二相に相分離すべき系である。当初の材料設計では、この考え方に沿って開発が進められた。しかし、技術として完成できなかっただけでなく、分析を科学的に進めてもその原因を解明できなかった。
 
科学的に解決困難に見えたのだが、電気粘性流体の増粘の問題や酸化スズゾル薄膜の導電性問題のように、ウェルド部分では必ずこのような現象が生じるため、この技術を完成させることは不可能だという論法で前任者は否定証明を行わず、技術を完成させる意志決定をして当方に相談に来た。科学的手順でゆきづまったらヒューマンプロセスに頼る賢明さが大切である。
 
ところで、科学の知の体系では高分子のプロセシングの効果に関する情報が不足している。理由は、多くの高分子材料が非平衡で進行するプロセシングにより生産されているからである。これは科学的な解明が難しく、今でも研究が行われているテーマである。しかし技術では技術者の想像力により、異分野で行われている類似のプロセシングを応用することができる。そして異分野で成功した事例で起きている変化を活用し新たな材料を作り出すことができる(アナロジーの活用はヒューマンプロセスの一つ)。
 
技術者の知の体系では、アナロジーは重要な手段で、科学の知の体系では想像のつかない技術を生み出す原動力になっている。科学で未解明の現象でも、アナロジーにより機能を絞り出し、技術の実体として実現できる。
 
科学以外を排除するマネジメントでは、このような技術を生み出す土壌は育たない。TRIZやUSITなどのツールを用いて技術を科学で支配し、開発を論理的に進めることは科学の勉強になるかもしれない。しかし、実践知や暗黙知を軽蔑する風土では、形式知を超える技術を生み出すことが難しくなる。
 
6ナイロンとPPSが相溶し、しなやかなベルトを生み出すコンパウンドに科学的な解説を与えることは難しいが、カオス混合という技術について実践知と暗黙知がどのように生かされたのか説明することはできる。昨年高分子学会から招待されて、すでに公開された資料とその後の研究成果を基に1時間の講演を行っった。また、暑くて眠れない夜には、フローリー・ハギンズ理論の見直しを行い、睡眠不足解消に役立っている。
 
(注)ベルトの電気特性をコンパウンド段階でチェックしている。その結果、工場出荷されたコンパウンドでエラーが一度も起きていないという。弊社の研究開発必勝法を用いて短期間にプラント立ち上げから品質管理体制まで当方含め3人で行った。高純度SiCのプラントと同様に小平製作所に助けていただいた。

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2015.08/12 未だ科学は発展途上(22)

部下のマネージャーが成功したサンプルを見て、成功はしたけれど製品には載せられないですね、としたり顔で言い始めた。何故だ、と尋ねたら、デザインレビュー(DR)をやっていないから、というのがその答えだった(注)。
 
ここに至るまでの彼の姿勢から不誠実極まりない回答と感じたが、まさかできるとは思わなかったからすぐにやってみることに賛成した、と言うのである。すなわち失敗すればアイデアを諦めてグループリーダーの役目に戻る、と思った、といい、本心はグループのマネジメントを心配しての対応だったようだ。
 
正直なマネージャーである。不誠実と思ったが、彼は彼なりに20名近くのグループの運営を心配していたのである。君がグループリーダーをやれ、といったら彼は、それはむちゃな回答です、人事上ありえない、という。それにDRはステージゲート法に似ていて、各段階を踏んでステップアップしなければいけないので5ケ月ですべてのゲートを通過することは難しい、と教えてくれた。
 

一か月に3回ゲートを通過すれば、2ケ月後には、今検討している材料と同じファイナルステージになる、と言ったら、健康に気をつけてどうぞご自由に、となった。
 
DRの資料作りは徹夜すれば可能なので、一人で進められるが、問題は実験データである。部下のマネージャーは極めて堅物なので捏造でもしたら、その時点で新提案のプロジェクトは終了となってしまう。
 
新薬の開発などでデータを捏造をしたりするのは、おそらく薬が完成すればそれでもう商品ができた、という技術者の思い上がりが原因だろう。薬は人体への副作用なども明らかになって初めて完成する商品である。だから臨床データの捏造は許されない。
 
今回の中間転写ベルトについて、ベルトの押出成形機でコンパウンドを製造する、というプロセスは、その繰り返し再現性も確認していた。また、そのコンパウンドを用いて製造されたベルトを旧製品に取り付け絵出しを行い、PIベルトよりも美しい絵が出ることを確認できていた。
 
問題なのはコンパウンドの量産機が無い点である。ファイナルステージの手前のDRだけで許してもらえないのか、とマネージャーに相談したら、そんな馬鹿なことを言ったら品証部に叱られる、と悲鳴にも聞こえかねない回答が返ってきた。下手な回答をしたら、社内の調整を始めかねない困った上司に見えたのかもしれない。
 
DRのようなゲートを用いた管理はステージゲート法が有名で20年ほど前から日本でも普及していたが、当方は各社の実施状況を高分子同友会の開発部会など企業人の勉強会で話を聞き、この方法に疑問を感じていた。
 
すなわち開発スピードが要求される時代にウオーターフローのような開発の進め方をして良いのかという問題である。ゴム会社ではもっと気の利いた開発方法を行っていたが、そのおかげで高純度SiCの事業は立ち上がり、30年たった今でも事業が継続している。
 
今回の場合、ゴム会社であれば、すぐにやれ、という判断をトップが簡単に出してくれただろう。そしてトップは品質保証部に品質保証体制の構築の指示を出したと思われる。高純度SiCの事業立ち上げはそうだった。品質保証体制はすべて品質保証部が整えてくださった。しかし、今回は、仕様書も含め品質保証体制つくりも自分たちで行わなければいけない。それも5ケ月未満でプラント立ち上げとコンパウンドの品質検査方法も開発しなければいけない!コンパウンド技術の基盤もない会社でできるのか?
 
(注)今日の話は、苦労の状況をお伝えするために一部フィクションを書いている。実際には部下のマネージャーは二人いた。一人は極めてまじめで、仕事を誠実にこなすマネージャーだった。彼にマネージメントの仕事を託すことができたので、当方はコンパウンドのプラント建設に集中でき、感謝している。ただ最も大きな障害となったのは、DRを通過させる作業だった。このあたりは、書けない話もある。しかし、新製品の発売タイミングに支障をきたすことなく無事コンパウンド工場を立ち上げることができたので、終わりよければすべてよし、と気持ちよく退職するはずだった。しかし、この仕事以外に新たな仕事をすることになり、退職が一年延びて、最終日2011年3月11日は記憶に残る日となった。

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