昨日からの続きであるが、ホスファゼンが市販されていなかったので使うことができず、企画した難燃化技術を実用化するためには、リン酸エステル系難燃剤を使いこなさなければならない。
駆け出しの技術者の浅はかさで、企画書を提出した時にはホスファゼンで実用化できると簡単に考えていた。また、課内会議でもホスファゼンに関する質問は出たが、コスト等については、新入社員に質問しても、という雰囲気だった。課長も企画内容にニコニコ笑顔だった。
企画は、今でいうところのイントメッセント系の難燃化技術で、当時そのような言葉が無く、我流で炭化促進型難燃化システムと名付けていた。1980年頃はLOIの規格やUL規格が普及し始めたころで、コーンカロリメータが登場したのはこの5年後の頃である。
ハロゲンと三酸化アンチモンによる気相で働く難燃化手法や、溶融型の難燃化手法、変わり種としてゴム会社が開発した,高分子材料が餅のように膨らみ炎から逃れるようにした難燃化手法もあった。
これは当時の建築基準の評価手法を研究していて偶然発見された技術で、やや胡散臭い手法である。すなわち試験法の特徴の裏をかき、材料を変形させて試験炎から材料が逃げるように設計した技術である。
他社もすぐに真似をしたので日本全国火災時に餅のように膨らむ天井材が普及した。その結果、実火災では防火機能を発揮できず、社会問題となった。すぐに通産省で難燃化基準の見直しが行われた。
ゴム会社に通産省から建築研究所のお手伝いをするように要請があり、新しい建築基準作成の国のお手伝いも担当した。今ならばブラック企業となるような職場環境と仕事の状況であり、人生で一番忙しい時期だったが、周囲からの期待と仕事が直接会社と社会への貢献につながっている実感があったので、この難燃化技術を研究していた時がサラリーマンとして最も幸せだったのかもしれない。
企画した技術について、ホスファゼンを用いて機能確認したところ、狙い通りの結果になったが、始末書騒ぎになり、あげくの果てはリン酸エステル系で実現せよとの指示。どのように始末書を書いたらよいのか、「人に聞けない書類の書き方」という本を購入し、研究するとともに、燃焼時の高温度で揮発する市販のリン酸エステルの活用方法に悩まなければならなかった。
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燃焼時にガラスを生成するコンセプトは、ホスファゼンと他のリン酸エステル系難燃剤との比較から欲求不満の解消結果として生まれた。すなわち、ポリウレタンが燃焼後、その残渣にホスファゼンは大量にリン成分を残すが、他のリン酸エステル系難燃剤はほとんどリン成分を残さない。
この残渣と極限酸素指数LOIとの関係を考察するとリン系難燃剤の難燃化機構に3タイプあることがわかる。まず、炭化物残渣(チャー)を大量に生成する機構と炭化物を生成しない機構の二種と、前者についてはリン成分を系内に残存しないタイプと系内にリン成分を残すタイプの二種に分かれ合計3種類の機構が推定される。
ホスファゼンは高温度で熱分解するが、その構造によっては重合したり三次元化する。酸素が存在すると三次元化し、雰囲気を変えて熱重量分析を行うとその状況を重量減少の変化として捉えることが可能である。
側鎖基の構造で、最初に生じる重量減少速度が速くなる温度が異なるが、600℃における残渣の量は、PN構造の割合と概略相関するのでPの単位が高温度まで残っていると推定される。
リン酸エステル系難燃剤で同様の熱重量分析を行うと300℃から400℃までの温度領域で重量減少速度が速くなり、600℃ではほとんど残渣を残さない。最近のイントメッセント系とあえて唱っている難燃剤を実験していないのですべてのリン酸エステル系難燃剤がそうであるか不明だが、少なくとも1980年前後に市販されていた主要なリン酸エステル系難燃剤はすべて600℃で数%以下の残渣しか残らなかった。
これは、リン酸エステル系難燃剤の場合に250℃前後の温度領域で沸点を持つオルソリン酸を生成し、これが揮発するためである。当時の教科書には、オルソリン酸の構造でチャーを生成する反応機構が書かれていたが、すべてのリン酸エステル系で正しい難燃化機構ではない、と思った。
例えばTCPPでは、その存在の有無で600℃における残渣量がほとんど変化しないので、燃焼時には気相で空気を遮断し高分子を難燃化しているのだろう。しかし、同じくリン酸エステル系の難燃剤Fyrol6では、その添加量に相関して600℃の残渣が増加するので教科書に書かれているような機能を発揮していると思われる。しかし、この場合でも600℃における残渣中にほんのわずかしかリン成分は残っていない。
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燃焼時にガラスを生成するコンセプトは、当時のセラミックスフィーバーの影響でセラミックス前駆体のアイデアを生み出した。タイミングよくゴム会社の創業50周年を祝う企画で論文募集があったので高純度SiC半導体事業の話を書いて応募した。この応募に関する顛末は過去に書いたので、ここでは技術者が新しい技術を生み出すために必要なコンセプト思考について書いてみたい。
技術は科学とは異なり人類の本能的活動の一部として発展してきた。「マッハ力学」にもそのあたりの考察が書かれているが、科学万能の時代にあまり意識されていない。科学の無い時代に技術をどのように開発してきたのか知るためには、過去の遺品を基に想像する以外にないが、「こういうものが欲しい」という欲求生まれ、その欲求を実現するための努力で技術が磨かれたり、新しい技術が生まれた可能性がある。
「必要は発明の母」という言葉もあるが、同じことを表現していると思う。今ほど便利ではなく自然の驚異に裸同然であった時代には、自然に欲求が湧きだし、その結果無意識に技術開発が行われた可能性がある。人間の基本欲求として生理的な三欲求があげられるが、科学の無い時代には食欲と同じように技術開発欲のようなものがあったに違いない。
今は科学万能の時代で技術開発は理系の人間の仕事のようになっているが、昔は文系の人間も欲求を満たすために技術開発を行っていた可能性がある。レオナルドダビンチが芸術家であり科学者でもあった、という表現を読んだことがあるがこれは間違っている。ダビンチは欲求不満の解消のため芸術活動と同じ次元で技術開発をしていたと思われる。
このような視点でダビンチの肖像画を眺めると欲求不満の肉食系に見えてくる。コンセプト思考は欲求不満解消のために行う行為と類似しており、こうあって欲しいとか、このようにしたい、と頭に思い浮かべることであり、現代のゴール指向の思考方法と同じことになる。
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燃焼時にガラスを生成する難燃化技術は、当時の高分子難燃化技術分野の常識を超えた技術であった。当時まだ三酸化アンチモンとハロゲンの組合わせ難燃剤が注目されていた時代で、この難燃剤システムの問題解決のため各種リン酸エステル系難燃剤の開発競争が行われていた。
大八化学はその先端を走っていた会社で、ポリウレタンの事業も行っていたゴム会社には新製品が多数持ち込まれていた。この新製品の評価を幸運にも担当することができ、リン酸エステル系難燃剤の問題点を理解することができた。
今でもリン酸エステル系化合物を用いたイントメッセント系の難燃剤開発が行われているが時代遅れのような気がしている。リン系難燃剤の特徴的な難燃化機構は3パターンあり、新しいイントメッセント系難燃剤をリン酸エステル系難燃剤で開発するぐらいならホスファゼンを素直に活用したほうが良い。
ホスファゼンは始末書を書くことになった化合物だが、当時先端材料として日本曹達や大塚化学はじめ中堅化学メーカーが積極的に取り組んでいた。ゴム会社で開発されたリチウムイオン電池用難燃剤は日本化学で生産されているが、もしこれらの会社がもう少し早くホスファゼンを事業化していたなら始末書を書くことにはならなかった。
ホスファゼンについては大学院修了後、ゴム会社へ就職するまでの半月近く暇だったので趣味的に研究する機会ができた。大学院2年間ご指導してくださった先生のご厚意である。ただ社会人になってからもこの時の成果を論文にするように尻をたたかれたのには困った思い出がある。指導熱心な先生や諸先輩に恵まれたゴム会社の12年間だった。
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ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームは実用化されなかったのですぐに論文として発表することができた。上司が「高分子の崩壊と安定化研究会」の委員だったので、研究会のネタとして採用されたからだ。
論文は英文で投稿したが、今はやりのコピペを用いていない。当時ワープロなど無かったので、直接タイプライターで書かねばならなかった。学生時代に修士論文を書くために買ったタイプライターが役に立った。
タイプライターは、片手打ちである。片手に辞書を持ち英文を打ち込んでゆく。五月雨の音よりも遅く、独身寮の廊下に何の音かわからないぐらいの音色で響いていたそうである。
ホウ酸エステルとリン酸エステル併用システムは実用化されたので、その外部発表はすぐにできなかった。ただ、5人目の上司が学位取得を勧めてくれて、そこに掲載するために社内調整してくださった。
開発してから4年後にようやく論文になったが、こちらは日本語である。日本語ワープロ一太郎を用いて書いた。この研究は日本化学会の年会でも発表したが評判がよく、講演依頼が来るようになった。
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過去に何度も書いているが、高分子の難燃化技術もゴム会社で学んだスキルである。入社1年後にホスファゼン変性ポリウレタンフォームを半年で試作まで行い、新入社社員でありながら始末書を書くことになった仕事で、始末書を書くにあたり恥ずかしくない内容にしたいと思いこの分野の技術の実情を猛勉強した。
市販されていない難燃剤を用いて開発を進めたのが、その始末書を書くことになった原因である。しかし、この始末書のおかげで、燃焼時のエネルギーでガラスを生成し、難燃化する技術を開発することができた。
この始末書に反省の証として低コストの難燃化技術を開発する、と書いたのだ。余分なことを書くな、と上司に叱られたが、そもそも新入社員である当方に始末書を書かせる管理職もすごい、という陰の声があったので、ひるまずに始末書をそのまま提出した。
この始末書がどのような扱いになったのか知らないが、罰として納期が決められ半年で新しい難燃化システムを開発するようにというありがたい指示が上司から出た。期待に応えて、半年後に試作を成功させ商品化できた。
この時完成した新規の難燃化システムはホウ酸エステルとリン酸エステルを組み合わせる難燃化技術である。ホウ酸エステルは市販されていなかったが、ホウ酸とジエタノールアミンとを撹拌するだけで合成できたので、工場の隅に簡単な反応釜を設置するだけで実用化できた。コストは300円/kg以下だったように記憶している。
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有機高分子と無機高分子を均一に混合する技術を検討していたので、界面活性剤のキットを常に揃えていた。增粘した電気粘性流体の中にその界面活性剤を一滴ずつ添加した20組以上のサンプルを一昼夜放置しただけで結果が出た。
ある界面活性剤を添加したサンプルの粘度が下がっていたのだ。その界面活性剤と類似した構造の活性剤をいくつか取り寄せ検討したところ、增粘を起こさない界面活性剤を見つけることができた。ただしこの界面活性剤は界面活性剤というカテゴリーで販売されていない添加剤であった。
しかしこの添加剤の構造には親水性セグメントと親油性セグメントが存在したので界面活性剤と分類してもよい。界面活性剤で增粘を防ぐことができるとプロジェクトリーダーに報告したら頭ごなしに否定された。そして一年間の検討成果を丁寧に説明され、検討してもムダと言われた。
もの凄い人だと思った。目の前に問題解決ができている状態のサンプルを見せて説明しているのに、そのサンプルはやがてまた增粘すると理路整然と説明されたのである。状況を担当部長に相談したら、模擬耐久試験をすぐにやろうということになり、担当部長の指導で耐久試験をやることになった。
ある構造の界面活性剤が添加された電気粘性流体が3ケ月間の耐久試験でも增粘しないという結果が出てきて技術として使えることをプロジェクトメンバーに認めてもらえた。但し、增粘を防止している添加剤は界面活性剤ではなく第三成分と名付けられた。当方は3ケ月の耐久試験を行わなくても技術的イメージから使えることが分かっていたが周囲の視線を気にしながらも快く耐久試験を行った。
技術的に可能性あるシーズを科学的観点から懐疑的に見たり、あるいは科学的論理で否定したりすることが何故起きるのか。これは義務教育時代から学んでいる科学的姿勢が大きく影響していると懸念している。イムレラカトシュはその著書「方法の擁護」の中で科学的に完璧に証明できるのは否定証明だけである、と指摘している。さらに「できない」ということを科学的に証明するのは簡単であるけれど、否定証明された事実と反する実験結果がでてきたなら、真摯に新たな仮説で証明をやり直さなければならない、とも述べている。
これは当たり前のことであるが、ものすごく大切な指摘である。これはまた科学のカテゴリーの中で技術を構築することは簡単だが、科学的ではない技術を創り出すことは難しい、とも言っているのと同じである。しかし冷静に考えて頂ければ、科学の無い時代にも技術は生まれ発展してきたのである。科学でサポートされた技術だけで世の中が動いているわけではない。
否定証明を得意とする人は知らず知らずのうちに新しいアイデアの芽を摘んでいることに気がついていない。科学を尊重することは大切である。しかし、科学に支配されその奴隷になってしまうと科学で解明されていない新しい技術を生みだすことが難しくなる。この問題については「未来技術研究部( www.miragiken.com )」で少し説明しています。
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自動車のエンジンマウント用防振ゴムには省エネタイヤと同じように二律背反の要求があり、その解決策の事例として樹脂補強ゴムの開発や、電気粘性流体との併用技術の開発体験があることを昨日書いた。
電気粘性流体との併用技術では、電気粘性流体へ抽出されるゴムの配合物による增粘が問題になった。この問題では、界面活性剤による解決方法が1年間検討されたが、結局解決できず、解決できない理由を説明した報告書があった。
この報告書については見せてもらえなかった。ゴムと電気粘性流体を併用したデバイスで生じる增粘問題を解決するために助っ人としてかり出されたときには、科学的には正しくても商品として成立しない技術の検討をやらされていた。
世の中には科学的に正しくても商品として成立しない技術を平気で企画し推進する科学者がいる。このような人に技術開発を担当させると研究成果は出ても新商品は完成しない。研究成果が出るだけでも良い、と考える経営者もいるからびっくりする。このような人は、実は、否定証明も得意で否定証明までも研究成果と考えている。
33年間のサラリーマン生活で出会った企業の研究者の何人かはそうであった。商品開発ができない人は、否定証明も好きだ、という事に気がついたのは、技術者生活11年目に担当した電気粘性流体のテーマを担当した、このときだ。プロジェクトにはこのような技術者が3人いた。
助っ人を含めた技術者10数名のプロジェクトで3人もこのような人がいると商品はできない。若いプロジェクトリーダーを支えていた担当部長は頭を抱えていた。ゆえにヤミ研実施の相談をしたときにはすぐに賛成してくれた。一度は否定されていた界面活性剤の検討をすぐに行い、1週間で成果を出すことができた。短期間で成果を出すことができたのは、コンビナトリアルケミストリーの手法を使ったからである。
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自動車エンジンの防振ゴム、エンジンマウントも省エネタイヤ同様に二律背反を解決する技術が要求される分野である。すなわち、アイドリング時と高速走行時には防振しなければならない振動の周波数が異なり、前者は15Hz付近の運動モードを、後者は75Hz付近のモードを防止しなければならない。
また防振ゴムは硬くなければいけないが、硬いと材料の損失係数は低下する。これも二律背反である。ゴム会社で初めて担当した新入社員のテーマでは樹脂補強ゴム(TPV)でこの問題を解決しようとした。そして実用化に成功した。
同じテーマをその10年後電気粘性流体の開発で担当した。こちらは電気デバイスとして動作させて防振するのである。これはチームの一員として材料の耐久性を改善する仕事として取り組んだ。
電気粘性流体は電場をかけると固体になる流体で、電気で流体のレオロジーを制御できるデバイスであり当時ゴム会社として重要テーマだった。この流体を防振ゴムに封入すると、ゴムの配合物が流体中に染みだしてきて流体を著しく增粘させる。その結果、電源オフ状態でも固体のようになる現象が耐久試験で起きた。
そのプロジェクトでは界面活性剤で問題解決しようと1年ほど努力したらしいが、界面活性剤では問題解決できない、という結論が出された。そこで、ゴムから抽出される成分を解析して、それらの成分をゴムに添加しないでデバイス設計を行う方向で活動していたが、それではゴムが十分な物性を維持できない、ということになり、すなわち電気粘性流体の物性とゴムの物性の両立ができない二律背反の問題ということになり、大騒ぎになった。
問題解決のアイデアにつきたときに行う手段は人海戦術である。三人寄れば文殊の知恵ではないが、とにかく人を集めれば何とかなる、ということで研究所で重要テーマを行っていない人間が物色された。ゴム会社で、しかもファイアーストーンを買収しその立て直しをやっている最中に半導体用高純度SiCの開発を担当していたのですぐにお声がかかった。
プロジェクトには助っ人として参加させられ、最初は文献や特許すら読ませてもらえなかった。とにかくこの仕事をいついつまでにやれ、という命令だけである。しかし素人目にもそれで問題解決できると思えない仕事ばかりである。完全にプロジェクトリーダーは浮き足立っていた。
界面活性剤を問題解決手段として提案したら、過去に界面活性剤を検討してダメだった、という話を聞かされ、余分なことは考えるなとリーダーから言われた。ひょっこりひょうたん島の博士のような人物と思っていたのでびっくりし、相当深刻な状態であることが十二分に伝わった。
界面活性剤では提案しても採用されないので、「電気粘性流体の耐久性をあげる第三成分検討」という新テーマを提案した。第三成分などと持って回った言い方をしているが、界面活性剤のことである。ただ、界面活性剤では過去に失敗しており、テーマとして採用されないことが分かっていたから、第三成分と言い換えたのである。
発泡体を過去に開発した経験があったので、界面活性剤の技術について体得していた。したがって、たった一週間で問題解決できた。ゴムからの抽出物で電気粘性流体の增粘を防止できる界面活性剤を見つけたのである。これが後ほど会社を辞める原因になったのだが、担当したテーマの二律背反よりも人間関係の二律背反の問題が難しかった。ただ当時に比べればサラリーマン経験も積み、人間関係の問題については二律背反に持ち込まないで解決する知恵もついたが。
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省エネタイヤではシリカをフィラーとして添加している。シリカの表面にはシラノールが出ているので親水性が高く、WET SKIDは良好となる。しかし、この親水基のためにゴムへの分散が難しくなり、それを容易にするためにカップリング剤を使用する技術が20年以上前に開発された。
最近の技術では末端を変性したSBRを用いることでカップリング剤と同様の機能を発揮でき、シリカの分散性があがる。このゴムの末端変性技術が最近省エネタイヤの主流になった。またその研究発表も行われ、先行していた技術を追いかけるように科学の成果も発表されつつある。
フィラーがゴムにうまく分散せず、凝集状態となったために生じる現象として、ペイン効果がある。これは、ゴムに歪みをかけたときに歪み量が大きいと弾性率が下がる現象である。一般にフィラーの凝集体が大歪みにより崩れるから、と説明されている。
末端を変性したSBRを添加した処方にシリカを用いるとシリカの分散が進むのでペイン効果は見られなくなる。電子顕微鏡観察により、実際にシリカフィラーの分散が向上している様子も発表されている。
ところでこれらの現象はどのくらいのサイズの構造で起きているのか、中性子散乱で計測された結果を読むと、シリカの一次粒子サイズが13.6nmでクラスターサイズが65.4nmとある。そして末端変性SBRがフィラーに吸着している厚みは5.3nmだそうだ。
これらシリカフィラーの凝集構造の情報はこの20年間の研究成果であり、粗視化MD法でシミュレーションも行われている。このシミュレーションでは、シリカフィラーによりゴムが拘束されてTgが上昇する様子まで計算に成功している。
ゴム会社に入社したときには、二律背反の技術開発事例としてカンと経験の世界のような発表を聞いたが、これが科学として裏付けされつつあるのだ。転がり抵抗の低減で省エネを実現するという大変成果が分かりやすい事例である。30年間の長期テーマで現在も科学的研究が行われており、技術が科学を先導した一例だろう。
20世紀は科学の時代とも言われたが、科学誕生以前にも技術が存在したように、科学に依存しない技術の進歩が現在でもある。科学が著しく進歩した21世紀になっても人類の本能的営みとしての技術の進歩は続くと思われるが、便利な科学情報に頼りすぎた技術開発の手法ではそれが難しくなってきた。
人間の自らの発想力を促す目標仮説の重要性に気づき、ヒューマンプロセスによる問題解決が必要になってきた。www.miragiken.com ではその一例を探偵物語を例に説明しています。
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