若い技術者1名と技能者1名でコンパウンド内製化チームを作った。当方も現場で作業をしなければならなかったが、短期決戦では少人数により効率をあげることができる。特許に公開されているように3mm未満のスリットへPPSと6ナイロン・カーボンが混練された状態で通過させるとフローリー・ハギンズ理論で否定される現象が生じる。すなわちPPSと6ナイロンの相溶が起きて、PPSのTgは85℃まで低下する。
中古機の検収条件として、PPSと6ナイロンだけ混練し透明になることを記載した。この検収条件は科学に反するが、量産開始3ケ月前に一発で検収に成功している。コンパウンドの内製化工場は大成功だった。立ち上げて7年近くになるが問題なく稼働しているようだ。
さて細いスリットへ高分子の混合物を流すアイデアは、1995年にウトラッキーがEFMという装置で実現している。ただ、これは鋭利なスリットを使い、伸張流動を発生させる装置でカオス混合を狙った装置ではない。特許に書いたように平行な距離が10mm以上のスリットでカオス混合が起きる。ロールと同様に剪断流動により生じる急速な伸張で二相界面の規則性は無くなりカオス混合となる。
急速に引き延ばされているので伸張流動という呼び方になるのかもしれないが、スリットの間隙が狭いことから発生する大きな剪断力がカオス混合を実現している、と考えている。この技術実現のためにアイデアは30年以上練られたが技術を実現するために費やされた時間はせいぜい数ケ月である。十分な科学的研究は行われていない。
KKDと批判されてもいいような技術であるが、科学に先行する技術とはそのようなものだ。iPS細胞でもできた当初はKKDの賜物である。KKDと科学を節操も無くブレンドして推進されたのがSTAP細胞だ。
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押出成形技術については、新入社員時代の工場実習でゴム会社の職長から学んでいた。コンパウンドが作りこまれていなければ品質を維持できない、「いってこい」の世界である、と習った。押出工程でできるのは金型の温調ぐらいしかないので、コンパウンド段階で性能を作りこまない限り成形体の品質を安定にできない技術である。
このテーマのコンパウンドで目標性能を作りこむプロセスとは、カオス混合以外考えられなかった。さらにそのアイデアもこれまでの経験から十分に熟成できていた。あとは商品化直前のステージで行う方針変更について周囲を説得する戦術だけであった。
大きな問題は内製場所と予算だった。コンパウンドの内製化はテーマに含まれていなかった。ただこの問題は、二つの企業が統合するに当たりカンパニー制になっていたので、他のカンパニーに依頼すれば解決できる。本来ケミカル会社は現在の電子写真の子会社で会った方が良かったのだが、なぜか幸運にもコーポレートの研究を行う会社の子会社になっていた。ゆえにこのケミカル会社にコンパウンド工場を作ることを決心し調整を始めた。
次に金の問題である。製品化テーマのため開発予算変更は製品価格に影響するので、大幅な変更はできない。ただ、投資を1億円以下にして、数種類の製品でコンパウンドを活用するシナリオにすれば、新たな投資金額を誤差の範囲にできる可能性があった。また二軸混練機の納期は通常半年以上かかるので中古機以外に選択の余地は無いので1億円以下でプロセスを組み立てる見通しも立った。
残るのは人の問題である。製品化まで1年しか無い状態でコンパウンドの内製化技術を立ち上げるとなるとそれなりの人数を割かなければいけない。押出成形技術だけでもいろいろな問題を抱えていた。当方も工数を割かなければ内製化プラント立ち上げまでやりきれないことは見えていた。
また短期決戦では、少人数活動で効率を上げたほうが成功率が高くなる。すなわち、外に出せる業務は可能な限り外部に委託して、外部に委託できない仕事だけを行う方法である。金はかかるが、計画を立てやすい。幸い面白い男は教育のため当方の下につけていた。さらに現場には一名仕事はできるが問題社員のひげ親父がいた。
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朝のミーティングでカオス混合装置の話をしたが、マネージャーからはコンパウンドをどこで作らせるのか、という現実的な話になった。このテーマでは、PPSと6ナイロン・カーボン系のコンパウンドを外部コンパウンドメーカーAから購入して押出成形技術を創り上げることがミッションだった。
製品化まで1年という期間のテーマ、すなわち製品化ステージに入っており、新たに混練技術を内製化する、という変更ができない状態だった。しかし、PPSと6ナイロンを相溶させる以外にこのテーマを成功させる道は無い。結局カオス混合技術を外部コンパウンドメーカーAで実現する以外に道は無かった。
そこで、混練プロセスの見直しを行いたい、という申し出を行ったところコンパウンドメーカーAは非協力的だった。説得するために納入されているコンパウンドの混練方法について少し見解を述べたら、素人は黙っていろ、と同等の厳しい言葉を言われた。
伸張流動が注目されていた時代である。そんな時代に剪断流動を重視した混練を提案しても否定されるのは分かっていた。さらにフローリー・ハギンズ理論に反した結果でこれを信じて1年以内に生産プロセスを作れ、といっても無理な話であることは当方も理解していた。しかし、PPSと6ナイロンを相溶させパーコレーション転移のシミュレーションから導かれた最適なカーボンクラスターを実現するためには、二軸混練機におけるスクリューセグメントの設計から見直したかった。
いくら説明してもダメだった。コンパウンドメーカーAの技術営業の頭が硬いのではなく当方を信じていない、ということが分かった。コンパウンドメーカーAの技術者も自信があるのであろう。当方が担当している押出技術さえ完成すればこのテーマは成功する、とまで言ってきた。早い話が押出成形技術の未完成はコンパウンド技術ではなく当方の責任、と言っているようなものだ。
当方はカーボンクラスターの説明からカオス混合の可能性まで一通り情報提供したが、ムダだった。質問すら無かった。信用が無い、ということはコミュニケーションもおかしくする。せっかく面白いデータが出て、それをすぐに業務へ反映させようとしたが、外部の協力が得られず頓挫した。コンパウンドメーカーAへの対応はマネージャーに任せ、内製化の準備を始めた。
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押出成形機の最大速度で押し出したベルトの電子顕微鏡写真には、6ナイロン相の島が無く、さらにカーボンクラスターの形状も変化していた。面白い男の大発見である。さっそくTダイを手配して、並行スリットの実験を行った。詳細は省略するが、期待していたデータだけでなく面白い結果もたくさん得られた。単身赴任してからアイデアが行き詰まっていただけに喜びもひとしおであった。
分かってしまえば簡単な答でもなかなかそれが見つからない時がある。間隙の狭い並行スリットに樹脂を押し出す実験を行えばすぐに答が得られたわけだが、それが分かっていても、身近に装置がないのでできない、と一度思い込んでしまうと隘路にはまる。その様なときには他人に話してみると良い。この事例のように、他人の頭を借りて自分が陥った隘路を打開するのである。
面白い男の素性が分かっておれば素直に相談したが、まだ転職してきたばかりなので、素直に相談しても相談された側が困るのではないかと遠慮していた。しかし、現場で何気なく話したことで一気に解答が得られた。ところが、彼はその答を得ようとして努力したわけでもなく、むしろ上司の話した内容の否定証明を行おうと思って実験して、思わぬ発見をした。彼はセレンディピティーが優れている。
ところで、科学において間違った命題の否定証明では予期せぬ結果が出るものである。
PPSと6ナイロンはχが大きいので相溶しない。だから成形装置の能力上限で製造したベルトではPPSと6ナイロンは相溶していないだろう、上司の考えを否定するには試作ベルトの結果と装置能力上限のベルトの結果を揃えて報告すれば良い、と彼は考えたのだ。
PPSと6ナイロンはχが大きいのでベルト成型の過程では相溶しない、という前提条件が、この否定照明において間違っていたために、予期せぬ結果となりDSCで測定したTgが大きく下がった。そして電子顕微鏡観察で6ナイロンの島が消失しているデータから新たな真実が生まれると同時に機能が明確になり、開発テーマを成功に導くプロセシング技術の設計が完成した。
自分一人で思い悩むよりも他人を巻き込んでアイデアを練った方が良いアイデアになる。三人寄れば文殊の知恵とは良い言葉である。今回の場合は犬も歩けば棒にあたる、のほうが良いかもしれない。
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面白い男が出社したのでマネージャーとともに呼び出し、15分ほどミーティングを行った。実験結果の説明を受けながら、金型の図面を見て驚いた。リップ部の設計がPETの押出成形で用いていたTダイと少し異なり、並行平面となっていたのだ。
そして面白い男はPPSと6ナイロン、カーボンの組成のベルトをサンプリングするときに、試作していたベルトではなく、試作終了後に押出機に残っていたコンパウンドを清掃のため装置の最大速度で押し出したベルトを採取していた。
なぜそのベルトをサンプルにしたのか尋ねたところ、試作で流れているベルトについてはすでに過去に測定済みで、少しベルトのTgがコンパウンドのそれよりも下がっていることを知っていたからという。さらに、最大速度で押し出したベルトでも同様の結果であれば、上司の言っていることは間違っている、と自信を持って報告できると考えた、と応えてきた。
頼もしい男である。当方は、普通に押し出したのではベルトのTgとコンパウンドのTgが大きく変化しないことは知っていた、と自分で測定したDSCのデータを見せた。さらにDSC以外に自分で計測していた粘弾性のデータを見せて、粘弾性の装置の中で混練を進めるとTgが下がってゆくという現象を説明した。
彼の目が輝くのが分かった。そして彼は口を開き、ご自分で計られたのですか、感動しました、と言ったので、どう思う、と問いかけたら、以前の会社の上司は、決して自分で実験をしない人だったので、と脱力感を味わう答が返ってきた。目が輝いたのは、部長にもなって実験をしている上司に対して驚いていたのだ。
感動して欲しかったのは、粘弾性測定装置のパラレルプレートを回転させて混練を行うと、損失係数のピーク温度が下がってゆく現象だ、と説明した。そして、ベルト成形機の押出速度を上げて実験を行うと、このデータを再現できる可能性があり、それを君に指示しようと思っていたところだ、と付け加えた。
すごいですね、予想されていたのですか、と彼は驚いていた。素直に驚かれると金型のリップ構造を知らなかった当方は恥ずかしいが、兎に角カオス混合を実験できそうな装置が身近にあることが分かった。
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頭の中にカオス混合を実現できる機能とその装置の構造が浮かんでいても、それを実証できる設備が無かった。本当は東工大の実験装置を借りて実験を行いたかったのだが、6ナイロンでは透明になりません、といわれたので頼みにくくなった。
豊川へ単身赴任してから、毎日カオス混合を実現できる実験装置のことばかり考えていた。単身赴任した同じ頃に面白い男が某ゴム会社から転職してきて部下になった。ゴムベルトの開発を担当していて面白くないから、というのが転職理由だったが、転職先でまたベルトの担当になった、と嘆いていた。面接の時に業務内容を聞かなかったのか、と尋ねたら、電子写真のキーパーツ開発だ、と言われたのでベルトではない、と期待したとのこと。
電子写真のキーパーツに中間転写ベルトがあることを知らない君が悪い、ゴムベルトではなく樹脂ベルトなので面白いぞ、と言ったら、どこが面白いのか、と興味を示してきた。例えば目の前のベルトでは6ナイロンは島になっているが、これが相溶したら面白くないか、と言ったところ、フローリー・ハギンズ理論をご存じですか?と科学的では無いことを言っている上司を疑い、さらに不安そうに仕事のことを尋ねてきた。
単身赴任するにあたり、高分子材料のわかる若手を1名確保するように人事に頼んでおいたが、結構期待できる人材を確保してくれた、とこの時感じた。写真会社では上位に入るぐらいの高分子の潜在能力はありそうである。自分の知識で上司の力量を測り、科学的ではない会話で不安になってきたのだろう。冗談ついでに、目の前のベルトのTg評価を行うと、コンパウンドよりも下がっているぞ、と話したら、楽しそうに、計ってみましょうか、と答えてきた。
翌日の朝、机の上にDSCのチャートが載せられており、!マークが2つも書かれていた。定時後、自発的に現場でサンプリングし、冗談で話した実験を実行したことが,そのマークの力強さから伝わってきた。そして驚くような結果だったのでチャートを上司の机の上に置いて帰宅したのだ。
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昨日東工大の研究において二枚のガラス円盤に挟まれたPPSと4,6ナイロンでカオス混合が起きているかどうか怪しい、と10年前の感想を書いたが、山形大学の最近の研究論文から推測すると剪断速度の速い円周付近では、カオス状態になっている可能性がある。この山形大学の研究論文とはカオス混合(1)で紹介した親切な研究者が送ってくださった論文のことである。
10年ほど前に東工大の論文を読んだときにはカオス混合が起きているのかどうか疑い、相溶ではなく混和で透明になっているのか、とも考えたりしていたが、O先生との議論の過程で相溶が起きている、と確信し、PPSと6ナイロンも急速な伸張を行えば相溶が進行すると考えた。
もし、山形大学の論文が10年前に存在していたならば、他の人も同様のアイデアを持ったかもしれない。この論文が無かったおかげで当方だけがアイデアを思いつくことができた。科学情報の少ない中で自然現象から人間に便利な機能を抽出できる能力は、技術者の不断の努力と成功体験で培われる。
科学者は目の前の現象から真理を導き出すために研究し論文としてまとめるのが仕事だが、技術者は自然現象から機能を取り出しロバストを上げて実用化するのが仕事である。それぞれの過程でそれぞれの能力が磨かれてゆく。山形大学では、フィルムの多層押出で発生する現象からこの論文の研究が行われた。
この論文には、キャピラリーの壁面にポリマーAをコーティングしておいて、その中にポリマーAあるいはポリマーBを溶融状態で流した結果が考察されている。するとポリマーAとポリマーAとの組み合わせ界面では生じないスリップが、ポリマーAとポリマーB の界面で起きるという。
この実験は、ABA型の3層で構成された積層フィルムの押出成形における界面の挙動を考察した研究の中で行われた一部で、異相積層フィルムの押出でもスリップが発生しているそうだ。この研究結果から、東工大の二枚の円盤の実験における4,6ナイロンの島相とPPSの界面でも同様に、スリップが発生している可能性が高い。
スリップが起きた瞬間には、相対的に4,6ナイロン相の界面のある位置とPPSのある位置とがずれて、それまで等速に剪断力を受け残っていた規則性が、一気にカオス状態になる様子を想像できる。すなわち、ガラス円盤の外周に近い領域では剪断速度が速くなると同時にスリップも頻繁に起き、中心部とは異なった混合状態になっている可能性がある。
この機能を実用化したプラントが7年近く稼働している。
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PPSへナイロンを相溶させる研究は、単身赴任する2年ほど前に東工大から論文として公開されていた。但しその研究で用いられていたのは4,6ナイロンであり、6ナイロンとは異なっていた。東工大のO先生に6ナイロンも同様の結果になるのか尋ねたところ、4、6ナイロンは相容するが6ナイロンは残念な結果だ、と教えられた。
開発を始める前の事前調査で第三者の意見を聞く習慣は毎度のことであったが、開発方向と反する見解が聞けたときにはささやかなイノベーションを期待でき、その様なケースでは成功確率も高かったので、カオス混合は成功する、という感触をつかむことができた。単なるヤマカンではない。東工大の研究論文に基づき、これから開発を行う内容について検証した結論である。検証法等は弊社の研究開発必勝法プログラムの一部ツールを用いる。また、弊社のこのプログラムについては(www.miragiken.com)でも一部その考え方を紹介している。
ところで参考にした東工大の研究内容だが、高分子の相溶現象をその場観察できる優れた方法を用いていた。二枚の透明ガラス円盤の間にPPSと4,6ナイロンが混練された材料を挟み、高温度で片側の円盤を回転させて剪断力をかける。このとき中心と外側では剪断速度が異なり、外側で早くなる。これを下側からカメラで観察する。上側からライトをあてれば、相溶し透明になる変化をその場観察できる。
この方法によるとPPSと4,6ナイロンでは、300℃で相溶の窓が開く。さらにその温度では、周辺がわずかに透明になるだけだが、310℃になると周辺のかなりの部分が透明になる。すなわち、温度と剪断速度で決まる特定条件でPPSと4,6ナイロンが相溶することをこの研究は示している。そしてこの研究の結論はχが小さいのでこのような変化が起きた、とある。だからχの大きな6ナイロンでは相溶しない、とO先生は答えられたのだ。
O先生には悪いが、質問しながらカオス混合のプロセスを開発できる自信が高まった。すでにχの大きな場合でも高分子が相容する現象を見いだしていたからだ。科学の世界ではO先生の意見が正しいが、技術の世界ではχが大きくても相溶できた実績があれば、そのロバストを上げる条件を捜すだけで技術を完成させることが可能である。制御因子が分かっておれば、タグチメソッドで解決できる。
O先生との議論をする前に、ある機能を頭に描いていた。この研究の実験におけるガラス円盤と類似の機能である。すなわち狭い平行平面で働く剪断力という機能である。回転する円盤の実験では、間に挟まれた材料から見れば無限に引き延ばされていることになる。無限に引き延ばされながら混練されている、これはカオス混合そのものである。
偏芯2円筒を用いた京都大学によるカオス混合のシミュレーションでは、有限空間でカオス混合を実現するために折りたたむ必要があった。しかし、カオス状態を作るのに折りたたむことは必須ではなく、大きく急速に引き延ばしカオス状態にできればよい。
東工大の研究では、円盤の運動は等速なので残念ながらカオス状態まで進んでいるかどうか怪しいが、円盤ですりあわせるだけでも混練が進行し透明になる、という事実は、事前に頭に描いていた装置の機能が間違っていないことを示していた。この研究では、円盤の回転速度はモータートルクとの関係で上限が決まっていたが、頭の中の装置では引き延ばす速度を自由に変えることが可能であった。
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ポリオレフィンとポリスチレン系TPEが相溶するという「笑劇」的実験結果で、それまでのもやもやが一度に晴れた。さっそくこのポリマーアロイを押出成形してフィルムを製造したところ偏光板ができた。ポリスチレン系TPEの量を増やしたところ偏光量は大きくなり、クロスニコルで暗くなる。社内で実験結果を報告しても誰も感心を示さない。また、当方もその目的で実験を行っていなかったのでこの結果はどうでも良かった。
アペルの耐熱性を上げるのが当方の仕事であった。ゆえにアペルについて錠と鍵の関係になる高分子を探索したのである。分子モデルを組み立て思考実験を行ったところポリスチレンとイソプレンを組み合わせるとぴったりと寸法があったので、まず易しいところから実験を行ったのだ。科学的にはフローリー・ハギンズ理論で否定されるが、技術的にはうまくゆくと思われる組み合わせである。
この組み合わせで成功したならば、ポリオレフィンで同様の分子設計を行えば良いだけである。さらには、得られたTPEについてポリスチレンを水添すればアペルに相溶できるポリオレフィンとなるはずだ。問題は、組み合わせるポリスチレンのTgが82℃なので、Tgを高めることができるかどうかだ。ただしうまく錠と鍵の関係のように相容すれば側鎖基が噛み合ってTgは上がるはずである。
ポリスチレン系TPEの量を40wt%まで増やしたところTgは126℃から139℃まで上昇した。ただTgを上げることはできたが最初から予想したとおり複屈折の問題が現れ、この設計ではレンズとして使用できない。複屈折があると分かっていたので偏光板の実験を行ってみたわけだが、一人で作業をしている現実を甘んじて受け入れなければならない残念な結果だった。
しかし、χが0でなくとも混練条件を選択すれば、分子どおしがうまく絡み合ってその結果高分子が相溶するという現象を見つけたことは重要な収穫で、カオス混合実現に大きく近づいた感触を得た。
年が明けて、この機能を使用しアペルと組み合わせるポリオレフィンの分子設計を行って、レンズの耐熱性を上げる、という企画を提案したが、フローリー・ハギンズ理論から考えて不可能だろうとボツにされた。アペルとポリスチレン系TPEで成功しているから簡単だ、と説明しても採用されなかった。
ちょうど写真会社がカメラ会社と「混合」された時期であり、両社がうまく「相溶」したシナジー成果が求められていた。カメラ会社では、PPSと6ナイロン・カーボン系のコンパウンドで中間転写ベルトを開発していたがうまくいっていなかった。このPPSと6ナイロンの組み合わせバインダーはカオス混合の効果を検証するのに魅力的に写った。
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三井化学のアペルという光学用ポリオレフィン樹脂は、バルキーな側鎖基によりTgをあげた分子設計がなされている。このバルキーな側鎖基でできる空間に入り込む高分子としてポリスチレン系TPEに着目した。すなわち錠と鍵の関係になるような高分子の組み合わせで相溶を実現しようというコンセプトを考案した。
これを実現するためには分子設計だけでなくプロセス設計も重要である。一般に樹脂はTm温度以上で混練される。この樹脂をTmより低い190℃で混練したところ、DSCのTgで計算されるエンタルピーが安定化するために30分以上かかった。Tm付近の200℃では、10分程度で安定化したが、190℃で安定化して得られたエンタルピーよりも高かった。
DSCで計測されるTgのエンタルピーは、高分子の自由体積の量に相関するとも言われている。すなわち混練された樹脂がアモルファスでスカスカな状態の場合には、このエンタルピーは大きくなる。逆にアモルファスでも密度が高い場合には、この値は小さくなる。実際に得られた樹脂の密度とこのエンタルピーの値とは相関していた。
錠と鍵の関係で相溶させるためにはこのエンタルピーが小さくなるような条件で混練しなくてはいけないだろう。この値が大きくなる条件で混練したのでは、χが0ではないのでうまくバルキーな側鎖基とポリスチレンのベンゼン環とが噛み合わないと想像される。小さくなる条件では、バルキーな側鎖基にポリスチレンのベンゼン環がひっかかり、抱え込みつつ混練が進行してゆくはずだ。
バルキーな側鎖基がポリスチレンを抱き込みつつ混練が進行したところでTg以下に急冷すればアペルとポリスチレンが相溶した樹脂が得られるはずである。ただし、このような現象は教科書や論文には書かれていない、あくまで勝手な想像、思考実験だ。技術者にはゴールを実現するための機能が必要で、この機能を探るための思考実験は大変良いツールである。真実が保証されていない現象で発現している機能でも、思考実験では難なく実現できる。
この思考実験と仮説とは異なる。仮説とは真理を組み合わせて新たな真理を導き出す(注)ことだが、この思考実験では、真実とは保証されていない条件まで動員して機能の働きを確認するのである。妄想でも構わないのである。ただしどのような思考実験を行い、実際の商品で機能がどの程度のロバストで再現されるのかは、技術者の経験に依存し、それを高めるのは技術者の責任である。
常識外れなTm以下で行う樹脂の混練で、そのTg付近のエンタルピーが下がって安定化するなどという科学的真理は存在しない。ゴムのロール混練で得た経験からの「期待値」である。樹脂補強ゴムでは、樹脂のTm以下の混練を何度も経験していた。そして樹脂のTm以上で混練するよりも速く混合が進むことを経験で得ていた。自分で勝手に剪断混練と名付けていた。
アペルを混練できそうな170℃から200℃までの温度領域で、短時間で最小のエンタルピーになる条件を探したところ、180℃20分という混練条件でエンタルピーは0.25mj/deg・mg以下と最小になった。この条件で、市販のポリスチレン系TPEとアペルとを混練したところ、完全な透明物は得られなかったが、Tgが一つになる混練物が得られた。
ポリスチレン系TPEの最適化を行えば完全に相溶して透明になる現象が観察される、と期待し、300程度合成処方を考え、それを実行してくれるメーカーを探したところD社が見つかった。実際には300もの合成をするまでもなく16番目のTPEと混練して透明なポリマーアロイが得られた。
(注)数学では、論理ですべてを証明できるが、物理や化学では論理だけで必要十分な条件で証明できない場合があるので実験が重要になる。すなわち実験により新たな真理を証明するのである。そのために実験サンプルやノートをずさんに扱う、という姿勢は科学者に許されない。
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