前回の(6)では、ゴムのSP値から科学と技術の話になったが、二種類の高分子を混ぜる時の科学について、未だに解明されていない事項が多いため、30年経っても進歩していないように見える。だから、ゴム会社の友人がカオス混合装置について妙なシミュレーションの発表にしない方が良い、とアドバイスしてくれたのだろう。
高分子を混ぜるときには混練と呼ぶが、低分子の時には混合すると表現されている。どこから高分子というのか、という議論と同様に混合と混練の境界も曖昧である。ところが混ざり合った平衡状態の科学では、低分子についてSP値で議論し、高分子ではχで議論する。そしてχパラメーターをSP値で表現する式まで提案されている。
これを大学では完成された科学の理論として学ぶ。低分子の溶液論については物理化学の学生実験にテーマとして組み込まれている(40年前の話)。当時高分子の相溶については、幾つか完全に相溶する例が知られていたが、皆χパラメーターは大変小さな値だった。リアクティブブレンドは、χが大きくても相溶状態を作り出せる唯一の方法だった。
どのくらいの大きさまでリアクティブブレンドで相溶できるのか確認するために有機高分子と無機高分子の組み合わせについて取り組んだ。この活動報告では高純度βSiCの開発にその様子を詳しく書いたが、OCTAで計算して得られた8以上というχの値の組み合わせでもリアクティブブレンドで相溶状態を作り出すことが可能であることを見いだした。
もちろん簡単では無かったが、条件を工夫さえすればどんなに大きなχであってもリアクティブブレンドで高分子を相溶できることが分かったことは大きな成果だ。これがわかると、リアクティブブレンド以外の方法でも高分子の相溶を実現できるのではないかと思いたくなる。分子間相互作用のある系については当時学会発表にも登場していたので、高分子の立体的な構造で相溶を実現できる系を探すことにした(注)。
(注)
人生とは面白い。高純度SiCの事業化では、6年間一人で死の谷を歩き住友金属工業とJVを立ち上げることになるのだが、ストレス解消と上司の勧めもあり、ゴム会社内のあらゆるテーマの御用聞きをしていた。会社内の活動なので、他部署のテーマのお手伝いをさせられることになる。
電気粘性流体は、メカトロニクスの一分野として長く研究されて実用化が見えていなかったテーマだった。開発しなければいけない最も難しい機能は、ゴムの中に電気粘性流体を入れたときに、ゴムからゴムの配合物が電気粘性流体に染みだしてきて電気粘性流体の粘度を著しく上昇させる現象だ。この現象のために電気粘性流体の耐久性が悪く実用化が見えていない状態だった。
分析結果では、ゴムの配合物のあらゆるもの(すなわち大半)がシリコーンオイル中に抽出されていた。面白いのは、ゴムとシリコーンオイルのχパラメータは大きいのでシリコーンオイルがゴム中に拡散することはなく、ゴムの外に染みだしてくることはなかった。問題を相談されたときに思わず吹き出しそうになったことを覚えている。
本来相溶しないポリマーによりゴム内の配合物が抽出される現象というのは当時知られていた理論を駆使しても説明つかないはずだ(これについての仮説は後日述べる)。そのため問題を説明していたプロジェクトリーダーは、メカニズムは不明なのでその解析を行って欲しい、と依頼してきた。メカニズム解析よりも問題解決が先だろう、と言ったら、抽出メカニズムが分からないので問題解決ができない、と科学の観点で問題を捉えている悩ましい姿で回答していた。
抽出されても增粘しなければいいのだろう、と問うたら、そんな当たり前のことができればすでにやっている、と叱られた。あくまでも現象の機構が分からないから問題解決できない、という科学的石頭の説明である。自然科学の現象で解明された現象であれば科学的にメカニズムを解明し科学的に対策をうてばよい。
しかし科学で解明されていない現象では、問題解決を行うために必要な機能を考えた方が簡単である。電気粘性流体の耐久性の問題では、增粘を防ぐ機能を電気粘性流体に付与すれば良いだけである。
相談を受けて1日で問題解決できた。電気粘性流体の担当者は皆χやSP値を一生懸命議論していた。この問題では界面活性剤を添加すれば機能が付与されるわけで、χやSP値のことを散々考えていたところへ飛び込んできた問題なので、それでは解決できないと判断でき、すぐに頭を切り換えることができた。
ただこの仕事では、せっかく解決できても担当者に恨まれる結果になった。理由は界面活性剤の検討をすでに1年以上やっていて見つからなかった、という過去があったのだ。それを当方が簡単に一晩で見つけてきたものだから、問題の解答を示したときに、全員が絶句した。
なぜ彼らは1年以上も界面活性剤を探索して結果を出すことができなかったのか。それは科学的なアプローチを行い、否定証明に向かったためだ。実際にそのような報告書ができていた。一晩で問題解決した手法は弊社の研究開発必勝法そのもので、後日紹介する。
科学と技術は異なる、この点が分からなければ解決できない典型的な問題だった。それがχとSPの問題を考えていたときにでくわした。科学から技術へ頭を切り換える必要があったが、科学が怪しい、と判断していたので、あっさりと科学をすてて技術で問題解決を行った。
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科学と技術では思考方法や現象の取り扱いが全く異なる。これを車の両輪と言う人もいたが少し違うと思う。科学技術とくっつけて論じる人もいるがおよそ異なる概念をくっつけてミソクソ一緒に語るのにも無理がある。但し宮本武蔵の二刀流のように科学と技術両方のスタイルで現象に対峙することは訓練あるいは適切なツールの使用でできるようになる。
当方は科学と技術の思考方法について、コロンボとホームズの事件解決で行う推理方法の違いに似ていると思っている。ゆえにどこかのシーンでコロンボが、わたしゃホームズのような刑事じゃない、というセリフを語っていたが、それは正しい感想だ。コロンボとホームズではその思考スタイルが異なるのだ。このあたりについては www.miragiken.com で説明しているのでそちらを見て頂きたい。
現象に対峙するときに科学の接し方と技術の接し方を区別しないとどうなるのか。STAPの騒動では真理を見いだそうとする視点と機能を重視する視点とを区別しないために問題が起きた、とも言える哲学の事件である。渦中のリケジョは科学者ではなくテクニシャンだったのだ。実験ノートから伺われるのはレベルの低い技術者の顔である。レベルの高い科学者かつ技術者でもあるバカンティー教授にこのリケジョがかわいく見えたのは当たり前である。
科学者は目の前の現象から真実を探そうとするが、技術者は目の前の現象で機能を確認しようとする。現象を前にしたときに、すでに科学者と技術者は異なる姿勢になっている。科学の世界でリケジョが犯した過ちを正しく理解すると、科学と技術の違いを明確に教育してこなかったアカデミアの責任が見えてくる。
批判を恐れずに言えば、科学で世の中全てが動いている、と誤解しているアカデミアの研究者がいる、という問題だ。すなわち技術によって生み出された人工物も存在し、それに含まれる知識まで科学がもたらした、というとんでもない勘違いをしていることだ。科学的ではない思考法で生み出された人工物も多いのだ。
だから学会は科学と技術が対等に議論できる場になるべきで、対等の議論ができるようにそれらを明確に区別しなければいけない。もし学会がそのような風土であればSTAP細胞の問題はすぐに是正ができたはずで、論文の内容表現も変わり何も問題が起きなかった。
昨日のロール混練の条件を変えて上司の理論に合致する実験結果を導いた指導社員の話(注)は、科学で解明できていない、それゆえ真実がどこにあるのか不明な技術を使い、科学のデータを創り出さなければいけないという科学者から見ればパラドクスのようなものだった。しかし、科学と技術が別物であることを認めればパラドクスでもなく、一つの作業手順であることに気がつく。そこに気がつけば効率的な科学の研究方法や技術開発の手順が見えてくる。弊社の研究開発必勝法はそこに着眼したプログラムだ。www.miragiken.com に一部紹介している。
(注)理論に合うように得られた実験データに修正を加える作業を捏造という。しかし、理論に合うデータを得るために、理論に影響を与えない(と思われる)操作手順を変えて理論に一致する実験データを得るのは、捏造ではない。
科学では実際にデータが得られている事が重要なのである。科学の新規領域を開拓するときには、科学的な技術が不明なので、しばしばこのような滑稽な手順を見ることができる。本来は、理論を実現できるロバストの高い技術を開発してから科学的研究を進めなくてはいけない。
iPS細胞では、iPS細胞を実現できるヤマナカファクターをKKDで見いだし、そして科学的研究を行ったのでノーベル賞受賞へとつながった。NHKの放送で山中博士は特許の都合で公開してこなかった、と言い、消去法による実験をしたことを明かしている。
STAP細胞の騒動では、笹井副センター長も確認したようにSTAP現象は存在すると思われる。しかし、技術と科学をミソクソ混ぜたように扱い、さらにミソまでもクソのようなハートマークで表現する実験の進め方をしたのでせっかくの科学的真理が分からなくなってしまったのである。
科学では1000に1個でもよいから、誰でもどこでもその手順を踏めば実現できることが重要で、技術では実現すべき機能を明確にしてそのロバストを高めることが要求される。STAP騒動では刺激をどのように与えればよいのか、すなわちSTAP現象を引き起こす技術が分かっていないために、あるいは細胞と外部刺激の関係における基本機能が分かっていないために、作ることができないのだ。
iPS細胞発見のように、まずSTAP細胞を作る技術を確立してから科学の研究を始めれば良い。この意味が分からない人はSTAP細胞を創り出すことはできない。
よく研究者に「モノ」を作ることはできない、という人がいるが、研究者は一つ一つの現象に潜む真理に目を奪われ、機能を見ようとしないからである。「モノ」を作れないのではなく、基本機能という概念を理解していないのが原因である。タグチメソッドでも基本機能の議論になると激論になる。
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樹脂補強ゴムの開発では、ゴムのSP値を測定しなければならなかった。きれいな海島構造の相分離を可能とする組み合わせを求めるためだ。フローリー・ハギンズ理論のχパラメータで高分子の相分離は議論されるが、指導社員からはSP値が分かっている溶媒にゴムを溶かし溶解する状態観察からSP値を求めるように言われた。
SP値については分子構造のモノマー単位に着目して計算するSmallの方法も知られていたが、必ず溶媒から求めるように言われた。ゴム業界でSP値と言えば溶媒法で求めるのが標準と教えられた。しかしSP値を求める実験は退屈な作業だった。
毎回配合が変わる度に測定していては面倒なのでサンプルビンを大量に用意し、ドラフトの中にそれを並べ、たこ焼きを作るときのタコを入れるようにサンプルビンに実験で使用予定のゴムを一切れずつ落とし、そのまま放置しロール混練を行いながら作業の合間に観察するという手抜き方法を考案した。
丁寧に実験を行ったときよりも廃棄溶媒が増えるが、他の作業と並行して実験できるというメリットがあった。しかし、それで予期せぬ事を学んだ。SP値が適合したゴムと溶媒の組み合わせでも静置したままでは溶解していかない場合があったのだ。スパチュラーで強引に撹拌してやってはじめて溶解するのだが、多少振盪しただけでは膨潤したままで溶解しない。
おそらく擬似ゲルかエントロピーの関係だろう、と指導社員から教えられた。正則溶液の理論ではエントロピー項はモル分率だけで表現されていたが、高分子では様々なコンフォメーションが存在するために理想溶液の混合理論では取り扱えない、とも説明を受けた。ヘキサンとシクロヘキサンの溶解性の違いも同様で、χパラメーターで高分子の溶解を議論するにはエントロピー項の中身の精度があがらないとだめだ、と説明を受けた。
大学の講義では、χパラメータで高分子の相分離が議論できると習った。会社ではそれが使えないという。カルチャーショックという言葉があるが、これはカルチャーショックというレベルではない。大学で学んだ高分子科学の内容が明確に否定されているのだ。もっとも当時大学で学ぶ高分子科学は、合成化学が中心で、一次構造に対して高次構造ができる、その高次構造は現在学会で議論されている、と言う程度だった。
そのため指導社員から学ぶ高分子物性論は新鮮な内容だった。ダッシュポットとバネのモデルで説明しながら、この方法ではクリープを説明できないので将来このモデルは無くなる、とか、**先生のレオロジーはケモレオロジーといってなにやら怪しい話をしているが、このあたりは怪しいだけでなく間違っている、とか歯に衣着せぬ評論が面白かった(注1)。
さらに*△先生はこの会社の部長時代に上司だったが、自分の理論から導かれたグラフどおりのデータがでないと何度も実験のやり直しをさせられた。そのうえデータの捏造を許さないから大変だった。ロール混練の条件を変えてプロセスでデータを作りこんだ(注2)が、高分子という学問の実態を知る良い体験学習だった、と皮肉交じりに教えてくれた。科学のデータを創り出すためには、まず技術が必要であるというSTAP細胞と同様の状況であった。
(注1)指導社員の高分子の世界感はユニークだったが、OCTAの世界感に似ていた。分子レベルから行うズーミングとは逆にバルク状態から分子レベルへ考察を進める独特の説明は面白かった。
(注2)この連載のどこかでポリオレフィンとポリスチレン系ポリマーが相溶した体験を書くが、その体験では、混練条件を変更すると相溶しないというおもしろい現象に遭遇した。その体験ではカオス混合のヒントがまた一つ得られた。
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指導社員からロール作業はロール間距離を3mm未満で行え、と指導を受けた。混練するゴム量が少ないときにはその教えを守れたが、多く混練したいときには3mm以上のロール間距離にする必要があった。しかし、その様なときには面倒でもゴム量を減らせ、と指導された。
またニーダーも使うな、とも言われた。理由は現場作業ではバンバリーとロール混練が使われており、ニーダーを使っている工程は当時存在しなかったからである。現場で得られるデータとの対応をとるためには、同じ種類の混練機で実験を行うべきである、と習った。この指導は徹底しており、バンバリーでマスターバッチを混練したのだが、開発段階で用いる最も大きなバンバリーで実験を進めた。ゆえに余った大量のマスターバッチのゴムを捨てることになった。
ニーダーや二軸混練機の進歩はすばらしく、バンバリーやロール混練作業が過去の遺物になるような雰囲気があった。研究所では、バンバリーとロール混練プロセスをやめて便利なニーダーで処方開発を進める人もいた。しかし、指導社員はロール混練の重要な機能をよくご存じであった。今でもロール混練の機能を100%実現できる混練装置は存在しない。特許に公開され先日の講演会で説明したカオス混合装置でもロール混練の一部の機能を実現できていない。
ロール混練ではロールの回転数や混練物の量、ロール間距離、ナイフの返しなどに特有の機能が存在する。効率の悪いプロセスではあるが、ゴムに限らず高分子に混練が必要なときには一度試してみると良い。二軸混練機やニーダーで満足がゆかない混練物の性能がすばらしく良くなることがある。写真会社で環境テーマとして企画した樹脂とパルプの複合材料のテーマでは、バンバリーや石臼、二軸混練機など様々な混練装置で実験を行ったが、ロール混練プロセスで最も良好な混練物が得られた。
オープンロールの取り扱いについて教科書に詳しい説明は無い。現場の技術者の伝承が全てである。たかが二本のロールと侮ってはいけない。小平製作所のロールはすばらしい。どこが良いかといえば安全対策が十分に行われ初心者でも安全に取り扱うことができる。新入社員時代に使用したロールのブランドも小平製作所であった。
混練機でもブランドの威力は絶大で、KOBELCOの二軸混練機は値段が高い。しかし、値段の高いだけのことはあり、中古機10年物でも新品同様の機能を持っている。カオス混合装置の実用化ではこの中古機を使用したが、中古機の組み立ては小平製作所にお願いした。ちなみにゴム会社の研究所は小平市にあるが小平製作所は根津にある中小企業である。
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カオス混合では混練しようとする物質が急速に引き延ばされて、有限空間でそれがさらに可能となり続けるために細かく折りたたまれ、カオス状態になり、混練が進む。これは混練を有限空間で考えたときのカオス混合の説明である。ロール混練では、ロールに巻きついたゴムはエンドレスの状態なので無限空間という捉え方もできる。
例えば少量のゴムをロールに巻き付けただけでもロールでゴムに剪断力がかかれば混練は進む。この時細かく折りたたまれる現象は起きず、急速な引き延ばしだけとなる。ナイフによる返し作業が無くても混練が進むが、返し作業があれば、より早く進む。しかし、作業のばらつきの問題を抱え込むことになる。
面白いのは、ロール混練における作業のばらつきに対して鈍感なゴムの配合処方があるということだ。すなわちロール混練の作業を厳しく管理しなければ混練できないゴム処方から、いい加減な作業を行っても、さらにはナイフの返し作業をサボっていても物性ばらつきの出ないゴムの処方まである。後者ばかりのゴム処方を扱っている技術者は不幸である。また前者は作業者を不幸にするが技術者を幸運にする。前者は技術者と単なる作業者を分ける踏み絵となる。
新入社員時代にとんでもないゴム処方の開発を担当した。ロール作業のばらつきで耐久寿命試験のデータが10時間から480時間までばらつくのである。それに対して力学物性データはそれほどのばらつきを示さない。そのためハートマークやどっきりマークだけの実験ノートでは何が何だか分からなくなる。現在のSTAP細胞のような生化学分野のテーマよりも難しい開発テーマだった。
ナイフの返し回数についてマッチの棒を置いてカウントしたり、ナイフの位置を色ビニールテープで機械にマークしたりして、可能な限りの管理の工夫を行い、正確に実験ノートに記録しないと、ばらつきの小さくなる作業を見いだせなかった。
ゴム会社の凄いところは当時アカデミアでも持っていないような電子顕微鏡を備えていたことだ。さらに、その顕微鏡を操作する技術者のスキルも高く、実験ノートに書かれたデータから問題となったゴムの配合処方をすぐに可視化データにできた。樹脂補強ゴムでは、樹脂の分散状態がゴムの耐久性に影響を与えており、そしてその分散状態はロール作業のばらつきの影響を受けていた。
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昨日は講演前に論文を送って頂いたアカデミアの親切からSTAP細胞の問題に話がそれたが、STAPの騒動では山形大学の研究者の行為と異なり当たり前のことが当たり前に行われていなかったことが気になっていた。もっとも発言内容や行為について何を当たり前として受け取るのかに普遍的な基準は無いが。カオス混合にもカオス状態を実現するための普遍的な基準は無い。まさにカオスである。
忙しい時代である。論文請求を電子メールで受け取っても差出人が見知らぬ人物であれば無視しても問題にならない、という考え方もできる。そこを親切な行為として実行した姿勢がその研究者の普遍的行為として思われたのである。
技術の世界でも同様に普遍的な基準というものは無く、標準的な技術を示すためにISOなどの規格を制定しようという動きが出てくる。混練の世界にはできあがった材料について幾つかの規格はあるが、プロセスについてその規格は存在しない。例えばスペックがまったく同じ二軸混練機を使って混練してもできあがるコンパウンドのレオロジー的性質は全く異なるというケースも出てくる。技術者の経験から作られたそれぞれの基準があるだけだ。未だに「技」と「術」を使いこなせる世界である。
そもそも混練プロセスのような動的な世界では非平衡となっているのでそれを理論的に扱う学問は遅れており、科学的に正確な議論は大変難しい。例えば混練のベスト条件を決める、という場合では、できあがったコンパウンドの物性から手探りで条件を決めてゆく。このような状況では、混練プロセスに用いられた装置の問題は大半が隠れてしまう。
ロール混練ではロール間の隙間を正確に維持できる仕組みが重要となってくる。ただ二本のロールが回転しているだけの状態でどうして混練が進むのか不思議だった。指導社員からカオス混合が起きているかもしれない、と教えられた。カオス混合の研究が始まったばかりのころである。その指導社員は京大出身の神様のようなレオロジストであった。目の前の現象をすべてレオロジーを使い説明してくれた。
説明するだけであれば専門の技術者ならば誰でもできる。その人の凄い点は、ダッシュポットとバネのモデルで説明しつつ、このような説明は10年後に無くなっているだろう、と予測していたことである。すなわちレオロジーの専門家でありながら自分の寄って立つ領域の学問に対して懐疑的であったのだ。このような人であったから現象に対する見方には鋭さがあった。科学の視点と技術の視点を明確に分けていたのである(注)。科学技術というミソクソ一緒の言葉が闊歩していた時代に凄いことであった。
(注)科学では真理を求めることが仕事になるが、技術ではロバストの高い機能を実現することが目標となる。実現された機能にロバストの高いことが要求されるが、それが科学的真理ですべて証明できる必要は無い。技術で為すべき事と科学で為すべき事は異なる。STAP細胞も一度技術を創り上げてから科学の研究を行う、という順序が効率的である。iPS細胞はそのようなステップでノーベル賞となっている。ヤマナカファクター発見は科学的に行われていない。ヤマナカファクターというiPS細胞を作る技術が開発されて、今科学的研究が進められているのだ。
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http://www.spsj.or.jp/entry/annaidetail.asp?kaisaino=943 でカオス混合について学会から招待講演を依頼された。カオス混合はゴム会社で新入社員時代に指導社員から教えて頂いた究極の混練技術と言われているプロセシングである。本講演に推薦してくださった方に感謝しているが、講演するに当たり困った問題があった。写真会社がデータの提供を許可してくださらなかったのである。そもそも退職者の学会講演を許可する仕組を定めている会社があるのかどうかも知らないが、1時間の講演を行うに当たりキモとなるデータが無い状態で準備することになった。
ゴム会社時代の同期で混練のシミュレーションを担当していた横井技研の所長に発表内容を相談したところ、すなおに32年間考えてきたことを講演すれば良いではないか、とアドバイスされた。理由は未だに混練技術を完璧にシミュレートできるレベルに無いのが科学の世界の現状だからである。下手なシミュレーションやエセ科学的説明を行うよりも、現象から思い描いた技術をその時々のテーマで機能として活かしてきた経験こそ大切だというのが所長の見解だった。
ここでも困った問題が起きた。32年間考えてきたことを1時間にまとめる作業である。こうして32年間のサラリーマン時代の活動報告を3年以上毎朝書いてきたが、それでも書き切れていないのである。書いてはいけないことに配慮しつつ書いていてもネタ切れしない状態を1時間にまとめるのである。写真会社から生データはもらえなくてもこれまで学会発表で使用してきたデータや公開された特許があるが、それだけをまとめても1時間以上の内容となる。
最近のアカデミアのデータも含めてどのように1時間の講演にまとめるのか苦難の作業であった。ほぼストーリーができあがって予稿集を書き上げ、プレ資料を作成し始めたところで、山形大学にお願いしていた論文が届いた。お願いしてから無しのつぶてであったので、入手を諦めていた論文であるが、重要な内容だったのと、わざわざ送ってくださった研究者への感謝もある。再度プレの資料を作り直すことにしたが、予稿集は提出済みだったので山形大学の論文を反映できないままになった。
山形大学の論文はカオス混合のための論文ではないが、真実を追究している科学的論文でSTAP騒動の論文と異なり、実験も正確に行われており、「真実」の成果をどこにでも活かすことができる。すなわち科学的成果には普遍性があるのだ。ノーベル賞候補と騒がれたSTAP細胞の論文はあえなく撤回されたが、この論文はノーベル賞の対象とはならないが科学的に優れた論文である。科学的真理に軽重は無いのだ。人間がその時の都合で賞の対象を決めているだけで、科学的成果として真に必要な評価は、真理としての普遍性である。
また普遍性を持たせるために科学の論文には厳しい審査があるのだ。最近の捏造問題は生科学分野ばかりであるが、生科学は科学として新しい分野だから、という甘えは許されない。生化学分野のアカデミアの研究者は、錬金術時代の怪しい化学者から科学の時代にふさわしい変貌を遂げた化学者を見習うべきである。
発表前に間に合うように論文を送ってくださる親切な面すなわち人としての道も見習うべきで、部下に責任を押しつけるような発言をしていてはダメである。もっとも当方でもSTAPの論文騒動を読むと逃げ出したくなる状況だが、それぞれが自分の責任として受け止める姿勢が重要だ。ファーストオーサーの責任は当たり前だが、名前を連ねている以上問題が起きたときに論文全体の責任を誰もが負うのも当たり前である。(続く)
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リアクティブブレンド技術としてシリコーンLIMSを見たときに何が問題か。大きく分けて2つ原因がある、と推定している。一つは未だミラブルタイプのゴムについてその物性と高次構造の研究が不十分な点とLIMSにおける反応機構解析がゴム物性の視点から十分に成されていないことである。
軟質ポリウレタンフォームやポリウレタンRIMについては古くから研究されており、学会などで報告されたデータに優れた内容の論文が多い。しかし、シリコーンLIMSについてはその配合がブラックボックス化されており、公開された研究報告に学術的な内容が少ない。ましてや物性との関係については材料メーカーのカタログを信じる以外に情報は無い。
シリコーンLIMSの材料メーカーの戦略がシリコーンLIMSの技術的発展を遅らせている。換言すればRIMにはSが無いがLIMSとなっていることにより、末端ユーザーが価格に対して弱い立場になっている。
シリコーンLIMSでは御三家と呼ばれるメーカーが国内に3社存在する。トップのS社にそれを追うT社とM社である。この三者に見積もり書を出させるとS>T>Mとなる。S社の情報で得た製造条件で他の二者の材料の物性比較をするとS>T>Mという序列になるから面白い。しかし、T,Mそれぞれに製造条件を尋ね、技術レポートをもらい最適条件で評価するとS=T=Mとなる。
当たり前のような結果だが、実務の現場ではS社の営業マジックで基本を忘れ、うっかりと同一製造条件でT社とM社を評価するようなミスをする。S社の技術サービスはうまい、というよりもきめ細かい。だからS社の話を鵜呑みにしてT社とM社の材料を評価し、やはりS社の材料が一番良い、となる。
S社はサギをしているわけではない。やはりそれなりの技術を持っており、それで営業戦略を展開しているのだ、T社とM社はその点で負けてしまっている。それでは、S社がダントツに優れた技術を持っているのか、というとそうではない。ゴム技術という視点で眺めたときにまだ稚拙と感じるミスを行う。少なくとも1970年代のゴム技術で解決できていた内容を分かっていない品質問題に遭遇した。
シリコーンLIMSもwww.miragiken.com で扱う予定にしているが、まだ先の話である。もし質問があれば気軽に尋ねて頂きたい。シリコーンは無機高分子の代表的存在であり、当方は高分子学会無機高分子研究会の企画委員の実績もある。最近は他の講演会に忙しく研究会に参加していないが、今年は時間を作り参加したいと思っている。なお本日東工大で開催される学会 http://www.spsj.or.jp/entry/annaidetail.asp?kaisaino=943 でカオス混合の招待講演者になっている。順番では最後の講演者なのでお時間のある方は足を運んで頂けるとうれしいです。
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高純度βSiCの前駆体ポリマーはリアクティブブレンドという技術で合成されている。リアクティブブレンドの技術はポリウレタンRIMや、ポリウレタンフォームのワンショット法で経験していたが、写真会社でも同様の技術を退職前に数年担当することになった。それはシリコーンLIMSの技術である。
RIMは巻き舌で「リム」と発音するが、LIMSは舌先を上の前歯にくっつけて「リムズ」と発音する。「ズ」がつくので日本人が発音しても、RIMとLIMSの区別は可能である。但し地方によっては、SがついていないのにRIMを「リムズ」と言っていたところもあるので注意を要する。冗談でLIMSの読み方を尋ねてみたら同じ発音であり、大笑いになったことがある。方言を笑うのは失礼と思ったが、ご本人に大受けしたので一緒に笑った。
1980年頃開発されたシリコーンLIMSは、シリコーンゴムの廉価版である。シリコーンゴムには、ミラブルタイプのゴムとこのLIMSのゴムの2種類がある。前者はHCR(Heat Cured Rubber)あるいはHVR(Heat Vulcanizing Rubber)とも呼ばれているが、タイヤのゴムのようにロール混練で配合され、成形時に加硫し製造される。
LIMSとはLiquid Injection Moldingの略で、低分子液状状態のまま金型に注型し、反応させて重合と加硫を同時に行うシステムである。この説明だけも想像がつくように、ミラブルタイプの成形品のほうがかなりコストが高い。シリコーンゴムのコストダウン技術としてLIMSが登場したと思われる。
両者の開発を担当した経験から、高性能を要求される分野にLIMSを使おうという気になれない。リアクティブブレンド技術として未だ完成しておらず、換言すれば現在でもLIMSの開発目標は品質安定化と高性能化であり、30年経った今でも開発が続けられている。
シリコーンLIMSの用途は細かい電子部品からローラなどのゴム製品まで多岐にわたるが、いずれも高価でミラブルタイプで作っても価格差の無い部品まである。すなわち成形業者が稼ぐことのできる材料なのである。材料メーカー御三家もしっかりとこの材料で稼いでいる。ゆえに末端ユーザーは、LIMSで設計すべきかミラブルタイプで設計すべきかよく考えた方が良い。
業者によっては同じ値段のところもあってびっくりした。もっとも最初から同じ値段では無く、価格が決まって上市した後品質問題が起きてその問題解決のためにミラブルタイプで製造した部品を持ってきたのである。末端ユーザーは知識が無い担当者が多いのでシリコーンゴムは高い、と言ってミラブルタイプで見積もり、LIMSで製品を納めていたのである。
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住友金属工業とのJVが、半導体用高純度SiC事業の発展のきっかけとなった。一人で開発の死の谷を歩いているときに、気分転換で外部の顧客探し、マーケティングを行っていた。セラミックスフィーバーはエンジニアリングセラミックスが中心だったが、SiCに関しては半導体用途に対する関心が高まりつつあった。
半導体冶工具もエンジニアリングセラミックスのカテゴリーであり、半導体分野の市場を持っていたメーカーで研究開発が進められ、SiC半導体冶工具分野は1990年にそこそこのマーケットが形成されつつあった。しかし、低コストSiCを製造できるアチソン法やそれよりも少し高純度化可能なシリカ還元法のSiCでは、高純度化のためにコストがかかり、高純度粉体は1kgあたり10万円以上で取引されていた。
また、ゴム会社のSiCは、シックスナイン以上の高純度であったが、既存の方法のSiCは、それよりも純度が低く、半導体用冶工具はSiへの汚染を防ぐためにCVDによる表面処理が必須であった。ある日自宅に住友金属工業の小嶋荘一さん(注)と言う方からお電話があった。無機材質研究所のT先生から自宅に電話するように言われたからだそうだ。T先生は当方が社内で辛い立場で一人で開発を進めていることをご存じであった。
当時の上司に相談したところ、話を進めて良いとの指示を頂いたので、会社に来て頂いた。話はとんとん拍子に進み、まずサンプル提供による共同開発から始めた。最初のサンプルは100g程度で良かったが、次第に量が増え、1ロット1kg要求された。6年間休眠していた高純度SiC量産プラントを稼働させる必要が出てきた。
JV立ち上げ後10kgの生産を行うのだが、休眠していたプラントを立ち上げるのは大変であった。上司から一人で仕事を進めるように指示されていたからである。誰も手伝ってくれる人はいなかった。当方の設計した高純度SiC生産用の横型異形プッシャー炉は、最低2人で運転する装置であった。自動化装置も組み込んでいたが、最適化しないままプロジェクトが縮小し装置が休眠状態となっていた。(続く)
(注)ゴム会社の高純度SiCが学会賞(日本化学会化学技術賞)を受賞するに当たり、開発の歴史を捏造した推薦書のために一度落選し、二度目に産学連携の成果であるとの修正が書き加えられた形で受賞している。この方の名前も入れて頂きたかったがT先生一人を入れるのが精一杯であった。
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