酸化スズゾルのパーコレーション転移を制御して18vol%という低添加率で10の9乗Ωcmの体積固有抵抗を有する帯電防止層を開発したが、これは特公昭35-6616という昭和35年の特許の実施例をトレースした成果である。
インピーダンスの異常からパーコレーションの閾値を評価する方法を考案するアイデアも生まれた。そのアイデアから多数の特許を出願し、改めて昭和35年に公告となった技術領域の権利を取り直した。
温故知新の典型例だが、世の中にはこれよりもすごい事例が外にもある。例えば難燃性の評価試験器のコーンカロリメータは、1917年米国のThortonが発見した酸素消費量と発熱量の関係が基になっている。60年以上経ってからこの研究成果の再確認がなされ、コーンカロリメータの開発に至っている。
コーンカロリメータは、有機物の燃焼時に消費される酸素の量1kgに対して発生する熱量が13MJとほぼ一定であることを利用し、燃焼時の発熱量を酸素センサーで求める装置である。1993年にはつくばでこの評価技術に関する国際会議まで開かれている。そして現在建築材料の規格にまで取り入れられている評価装置である。
火災という現象に関して科学的に取り組める方法を提供した装置でもある。この評価装置の面白いところは、発熱量の変化を酸素の消費量でモニタリングしているので微妙な現象の変化までうまく捉えることができる点である。温度は強度因子なので、大きな物体の燃焼物に関して温度で発熱量を推定することは難しい。発熱量という容量因子を同じ容量因子である酸素の消費量でモニターしているので評価装置として成功した。
このコーンカロリメータを用いた研究はかなり進んだようで、理想的な難燃剤の作用機構のあるべき姿まで描かれるようになった。この装置が無い時代に燃焼時にガラスを生成するポリウレタンの難燃化システムを開発したが、その時用いたのはTGAとLOIである。
大容量熱天秤という科学的に怪しい装置があったので重宝した。一般の微量で測定する熱天秤の結果と少し測定値がずれたり、重量減少のプロファイルが変化したりするが、測定原理が分かっていれば技術分野には便利に使えた。
コーンカロリメータは、大きなサンプルで実験できるので実火災で発生する現象に近い状態で難燃性の効果を評価することができる。また、その測定原理も科学的に指示される。このような評価装置では技術と科学をつなぐ重要なデータが得られる。
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高分子にカーボンブラックを分散し、その分散状態を制御する技術に関して、1992年に東工大住田教授の論文でパーコレーションとの関係が記載されている。特に住田教授の論文を調べたわけではないが、住田教授が行われた外部セミナーの資料に添付されていた論文である。
相分離状態で観察されるカーボンの分散に関して議論した論文であるが、特許ではパーコレーションという現象でありながらその言葉と結びつけていない技術が20年以上前から出願されていた。すなわちパーコレーションという現象も技術が科学よりも先行していた。
カーボンを分散して製造するゴム製のスイッチは、早くから実用化されていたが、これもパーコレーションという現象とカーボン粒子の形態をうまく活用した技術である。カーボン補強したゴムの弾性率がばらつく現象もパーコレーションと関係している。しかし、これらの技術事例はパーコレーションという現象でありながら、その科学的内容が明らかにされないまま用いられてきた。
科学の時代なので現在活用されている技術がすべて科学的に明らかになっている、と信じている人もいるかもしれないが、実際には科学的に明らかになっている現象の方が少ない。それらの現象を科学的に明らかにすれば、また新しい技術の発展を期待できる分野が多数存在する。
アカデミアの研究は無駄な物が多い、と批判される方がいるが、学会発表を見る限り本当に無駄な研究は半分くらい、と思っている。毎年日本化学会年会に参加しているが、半分程度は何らかの価値を見いだせる研究である。世間で批判されるほど日本のアカデミアはひどい状態ではない。
セラミックスから天然物合成、高分子合成、高分子物性まで様々な分野を技術として扱い、幾つかは科学的研究も行って学位を取って、学会の研究を眺めてみると、研究を評価する側の責任の重さを考えたりする。表面的に見ればムダと思われる研究でも、技術で遭遇した現象と結びつけると頭の上に電球が灯ったような感動を覚えることがある。そのような研究は無駄な研究では無いはずだ。
世の中の技術の中には、アカデミアの研究テーマとなるようなネタがたくさんあるので、アカデミアの先生も技術を勉強されると面白いのではないかと思う。
91年に写真会社へ転職し、酸化スズゾルを導電性粒子として用いてパーコレーション転移のシミュレーションとパーコレーションとインピーダンスの関係を研究していたときに、部下が住田先生のセミナーに参加した。当方はセラミックスの専門家として写真会社の社内で紹介されていたから、高分子フィルムの表面処理に関しては素人に見られていた。
そんな素人の企画だから軽く見られていたが、住田教授の論文は、怪しいと思われていた開発方針が間違っていないことを示す事例として当時役立ち感謝している。
技術は機能を実現する方法や行為であるから、専門分野よりも問題解決力が大きく影響する。問題解決力があれば専門性は不要といっても良いかもしれない。タグチメソッドの田口先生も類似のことを言われていた。弊社の問題解決法は技術者の問題解決力に大きく貢献します。
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パーコレーションの理論的解析によると、次元によらず無限のクラスターの生成する確率(閾値)が存在する。そしてその確率は次元が高くなると小さくなる。やっかいなのは、どの次元でもサイトで考えた場合とボンドで考えた場合でその確率が異なることだ。
パーコレーションの閾値手前(仮にA領域)と閾値付近(B領域)、閾値を過ぎた確率(C領域)で物性が最も安定なのは、C領域でその次はA領域である。B領域ではばらつきが最も大きく、この領域で微粒子分散系の材料設計をしてはならない。
好ましい材料設計方法は、目的とする複合材料の導電性の1/100から1/1000程度導電性がある異方性の大きい微粒子をC領域の体積分率で添加する方針である。ただし、この設計方針では微粒子が凝集する問題を考えていない。微粒子が凝集する場合にはn次元のパーコレーションが参考になる。
例えば、1Ωcmの微粒子を絶縁体高分子に分散して半導体領域の抵抗を自由に作り出すにはどうしたらよいか。
この問題は、微粒子を凝集体として分散すればよく、凝集状態の見かけの比重を真比重の1%から60%程度まで変化させて分散する。微粒子表面の性質にもよるが、10の4乗Ωcmから10Ωcm前後まで凝集粒子の体積固有抵抗を制御することができる。この凝集粒子をC領域あるいはA領域の体積分率で絶縁材料に分散すれば、10の9乗Ωcmから10の5乗Ωcmまで安定に抵抗を制御できる。
しかし、あくまでもこれは計算上のことで実際にこれを行おうとすると、高分子中に微粒子を分散し制御する技が必要になってくる。ただ、特許をみると偶然この技が使われている場合があるから面白い。
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パーコレーション転移の閾値近傍で材料設計を行うと物性がばらつく、という科学的真理は30年以上前から数学の世界で明らかにされていたが、材料科学分野では1990年代に入ってから普及し始めた。
1980年代まで材料科学分野では、混合則とか複合側とか呼ばれている電気抵抗の直列接続と並列接続のときの抵抗計算式とよく似た式が使用されていた。
1991年になり雑誌「炭素」で、コンピューターシミュレーションする方法が公開され、手軽にパーコレーション転移のシミュレーションができるようになった。科学の世界ではすでに7次元で生じるパーコレーション転移について数値解析が行われていた。
多次元のパーコレーションが実用上意味があるのか、というと実用上の意味は不明だが、多次元空間を実空間の現象に翻訳して活用することはできる。
例えば、凝集粒子で生じるパーコレーションの問題である。クラスターの生成を凝集粒子内で生じるクラスターと凝集粒子そのものが形成するクラスターの2種考えなければいけない場合である。単純には6次元のパーコレーションを考えることになるであろう。
しかし、これを科学の真理そのままで理解しようとするとかなり難解で盆休み程度の短期間で凡人には理解不能。また、理解できたからといって他人に説明するときに6次元のパーコレーションを説明するにしても難しい。天下り的に結果がこうだからこうなる式の説明しかできない。
凝集粒子の問題については、すでにある一定のクラスターが生成している塊が分散するモデルを考えると直感的に理解しやすい。すなわち、多次元空間で考えるのではなく、あくまで重量分率と体積分率の関係を用いて3次元空間で考えるのである。そうすると凡人の頭でもすっきりと理解可能である。
凝集粒子のクラスターが均一である、そしてそのクラスターは確率に依存しないという仮定を暗黙のうちに置くことになるので、やや科学的な正確さには欠けるが、実務にそのまま展開できる表現で科学の真理を正しく理解することは重要である。このような科学の理解の仕方は、科学を技術へ展開するときに便利である。但し不正確さの原因となる前提条件を忘れないこと。
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「勝 ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」、とは勝負師野村克也氏の名言だが、科学では仮説に基づく実験を行うので、「失敗に不思議な失敗あり、成功に不思議な成功なし」となる。ところが仮説に基づく実験を行う科学の世界でも不思議な成功がある。ややオカルトのような体験になり、真夏の夜の夢ではな いか、と言われそうだが、秋も深まり始める10月中旬の栗の名産地で実際に科学者3人が体験した不思議な出来事である。
有機無機ハイブリッドからセラミックスを合成する企画が上司から却下され、会社の50周年記念論文にその内容を基にした事業展開を投稿してもボツになった。しかし、おりからのセラミックスフィーバーの中でファインセラミックス分野進出が全社方針と決まり、無機材質研究所に留学することになった。留学して半年が過ぎた頃人事部から衝撃的な電話が入り、その電話の内容を御指導してくださっていた猪股先生が聞かれていた。小生を元気づけるため、1週間だけ自由に実験を行って良い、との許可が下りた。
半導体用高純度SiCの合成実験を行うことにした。月曜日にゴム会社へ出向き前駆体高分子である有機無機ハイブリッドを合成し、火曜日と水曜日には無機材質研究所でそれを1000℃で炭化処理した。配合処方からシリカとカーボンの比率が4水準の炭化物が得られているはずである。シリカとカーボンの比率を分析している時間は無い。一発勝負でこの4水準のサンプルを4個のカーボン坩堝につめ、1600℃でSiC化の反応を行う事にした。
SiC化の反応は、2200℃まで昇温可能な最新の炭素抵抗炉を使用した。熱処理プログラムは田中先生が設定してくださった。シリカ還元法で必ずSiC化できる反応条件である。SiC化の反応をプログラム制御で行っていたところ、1600℃になってもヒーターの電流は下がらない。PIDの設定が悪いのか、と眺めていたところ、電気炉が突然暴走を始めた。
慌てて非常停止ボタンを押したところ、温度が下がり始めた。しかしアルゴンガスを流しているので下がる速度は速く、1600℃以下になりかけたので、ヒーターのスイッチを手動で入れた。電流のつまみを手動で制御しながら、1600℃15分保持した。1600℃以上であればSiC化の反応が進行するはずなので、必ずSiCができている、と確信していた。
翌日金曜日4水準のサンプルの坩堝を、猪股先生と田中先生同席の上取り出したところ、2水準の坩堝で真っ黄色のSiCができていた。
電子顕微鏡観察を行ったところ、粒度の揃った超微粒子が得られていた。その後、30分温度を保持する条件で、1600℃、1700℃、1800℃で実験を行ったが、黄色い粉末は得られるが粒度分布がシャープな粉末は得られなかった。SiC化の温度条件が粒度分布を決定していることが最初に分かったわけだが、単純に温度を保持しても市販品よりも粒度は揃っていたので、電気炉の暴走した温度条件の実験を行わない可能性があった。
この実験結果を製造条件に取り入れた異形横型プッシャー炉の発明に結びつくのだが、まことに不思議な成功であった。この成功要因は、SiC化の反応実験を行うチャンスが1日しかなかったので、電気炉の前につきっきりになり手を合わせお祈りしていたことである。祈りが通じて電気炉が暴走し最適条件の熱処理となった。極めて非科学的な体験だが、以後重要な実験では、気合いを入れこっそりと祈りながら実験を行うようになった。
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高分子材料自由討論会の質問がきっかけで書き始めた昨日の話を少しまとめる。
ゼラチン水溶液に、シリカ超微粒子とラテックスを分散して塗布液を調製する。この塗布液からは靱性の低い薄膜しかできない。また塗布液は增粘する。塗布液中でシリカ超微粒子が一部凝集し增粘しており、ゼラチン薄膜の中でもこの凝集体が残っているため、塗布膜ではそこが破壊の起点になりひび割れしている。塗布液をどのように調製しても、ゼラチン水溶液と、シリカ超微粒子、ラテックスを別々に添加して混合する限りシリカの超微粒子の凝集体が生成する。コロイド科学では当たり前の現象が塗布液の中で生じているために、シリカの超微粒子をコアにしたコアシェルラテックスを使う以外にこの系における科学的なソリューションは無い。
しかし現象をよく見てみると、シリカの超微粒子は凝集しやすいがラテックスの凝集は起きにくいことがわかる。シリカの超微粒子をミセルにしてラテックスを重合し、そのラテックス溶液とゼラチン水溶液をまぜたならシリカ超微粒子の凝集体はできないのではないか、と研究開発しているメンバーに問いかけた。ただし、ゾルをミセルに用いたラテックス重合などという話はコロイド科学に存在しない(注)。
たまたまコアシェルラテックスの合成研究を行っていたとき、失敗した合成条件でシリカ超微粒子の表面において全く重合が起きず、シリカゾルとラテックスが安定に分散している状態を経験した担当者がいた。
コアシェルラテックスの重合条件としては失敗であったが、うまくシリカゾルがミセルになっているかもしれない。もう一度その条件でラテックスを重合し、ゼラチン水溶液と混ぜて状態を観察したらどうか、とその担当者に指示を出した。翌日笑顔で目的を達成したラテックスができていた、との報告があった。驚くべき事に、シリカ超微粒子が存在するにもかかわらず、その水溶液の粘度は、ゼラチンとラテックスだけを混合した水溶液の粘度と同じレベルであった。シリカ超微粒子とラテックス、あるいはシリカ超微粒子とゼラチン水溶液いずれの組み合わせでも增粘するが、シリカ超微粒子をミセルに用いた場合には、そこへゼラチン水溶液を添加しても粘度上昇が生じない。
この技術をすぐに製品展開するとともに、特許も出願した。しかし、本当にシリカ超微粒子からミセルができて、そのミセル内でラテックスの重合が起きているのか、三重大学川口先生の御指導を受けながらコロイド科学の視点で研究を行ったところ、本当にミセルが安定に生成していた。あたかもホワイトボードに書いた絵のようなことが実際に起きていたのだ。この技術は写真学会からゼラチン賞を頂いたが、科学が基になってできた技術ではない。むしろ非科学的な方法で技術が先にできて、それを科学的方法で現象の証明を進めた手順になっている。
あるいは失敗という経験を基に技術を作り上げ、できあがった技術を科学的に検証している、と表現できる。もし時間や設備の関係で科学的検証をできなくとも、技術で製品を作ることは可能である。科学的検証はを行わなくともタグチメソッドで品質の安定化が可能だからだ。ここで科学的検証を行った理由は二つあり、一つは人材育成、他の理由は技術を正しく理解し、他へ応用できないか考えるためである。後者は正しい科学的視点から技術を見直すことにより、その上に構築しようとする技術が砂上の楼閣とならないようにするためである。
(注)1992年当時の話で、2000年になってからコロイド科学の雑誌「Langmuir」にゾルからミセルを生成し、オイルを安定に分散した研究が発表された。
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高分子材料自由討論会で多糖類高分子の発表をした。3年前に日本化学会から依頼され雑誌「化学と教育」に執筆した内容の一部とミドリムシプラスチックを組み合わせての報告。「化学と教育」では少し書いたのですが、18年ほど前に味の素で開発されたバクテリアセルロースに触れなかったことに関して質問があった(ミドリムシよりも昔の技術に関心が高いのか、とがっくりきた)。
バクテリアセルロースに関しては当時ゼラチンとの複合系で評価し、弾性率と靱性を同時に向上できる材料として注目をし、「科学と教育」には水分散性高分子フィラーとして面白い材料と紹介した。しかし、他の材料技術と比較評価したときに、コストパフォーマンスの観点であまり面白くない材料という社内の技術的位置づけになった。
そのため「化学と教育」では、単なる添加フィラーという用い方では無く一歩進んだ技術を紹介し、高分子材料自由討論会ではナタデココの話題とともに割愛した。そのかわりに「化学と教育」では触れなかった「おから」について少し紹介した。バクテリアセルロースよりも「おから」のほうが少し面白い話題性(注)を含んでいる。
ところで、バクテリアセルロースを18年前に高分子材料のフィラーとして評価したときに問題となった、脆いゼラチンを固く割れにくくする技術として、当時シリカをコアとするコアシェルラテックスが最先端の技術として議論されていた。
シェルを構成するラテックス成分がゴムで柔らかく、これでゼラチンの靱性を改善し、シリカという固い無機微粒子の存在で硬度を稼いでいるのだ。アナログ写真におけるバインダー技術の最終完成形としてデジタル化の波が起こり始めたときに登場した。
コアシェルラテックスは当時の先端技術であり、学会でも様々なコアシェルラテックスが発表されている時期でもあった。ゼラチンにゴム成分のラテックスと固い超微粒子を均一に混合しようとすると、超微粒子が凝集し、それが破壊の起点となり、脆いゼラチンはますます割れやすくなる。この3成分の混合において超微粒子のシリカの凝集を防ぐには、コアシェルラテックスが科学的に考えて最も良い方法である。
(科学的に最も良い方法だから科学を知っている誰でも考える陳腐なアイデアとも言える。)
ところで、実現したい機能はシリカの超微粒子とゴムのラテックスとゼラチンが凝集体を作らずに均一に水に分散していること、そして塗布してもその状態が維持され、シリカの超微粒子とゴム状のラテックスがゼラチンバインダーに均一に分散し、それが割れにくく固いという物性だ。
ホワイトボードにその状態の絵を描けば、他のアイデアを引き出せるかもしれない。ゴム状のラテックスのまわりにシリカの超微粒子が分散している絵を描くことは難しくないだろう。ゴールはその絵で、それを実現すれば良い。
このような話をすると優秀な科学者は笑う。コロイド科学の常識では、電荷二重層が存在するので、混合時にこれが乱れどうやってもシリカの超微粒子の凝集ができるはずだ、としたり顔で説明する。実際の開発現場ではもっと辛辣でコロイド科学を知らないからそのような発言ができる、と全員の前で馬鹿にされるような状態であった。
転職したばかりであったが、ポリウレタン発泡体の開発や電気粘性流体の開発を通じ一応のコロイド科学の知識を教科書程度持っていたので、シリカの超微粒子をミセルにしてラテックスを重合したらこのような姿にならないか、と嘲笑にくじけず再度提案した。
この提案では8割に笑いが起きたが、一人頭の上に電球が灯った社員が現れた。彼はコアシェルラテックスの合成実験をしていたときに、シリカの超微粒子存在下でラテックスを合成したら、まったくシリカの超微粒子表面で重合が起きず、コアを含まないラテックスが合成された経験を持っていた。
コアシェルラテックスが目標だったので、その実験条件は失敗だと思っていたが、その条件を見直せばホワイトボードの絵の状態ができるかもしれない、と発言した。開発の検討過程では失敗はつきもので、失敗という経験の中には新しい科学のヒントが隠されている可能性があり、この発言を待っていた!
<明日に続く>
(注)討論会でも回答したがバクテリアセルロースに関しては20年ほど前に出願された特許の幾つかが期限切れになり、ブレークする可能性があるかもしれない。ただしブレークするためには、競合するフィラーよりも価格が安くならねばならない。例えば300円/kg以下。
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昨日から高分子自由討論会に参加しています。夕食後アルコールが入っている状態で拝聴した興味深い話題を2つ。
長岡技科大河原先生の天然ゴムの構造に関する研究。数年前から拝聴していて、細かいところまで科学的に丁寧に研究されているのに感心していた。およその構造はゴム会社に入社したときに習い、怪しい構造を知っていたが、植物の体内でできる過程からラテックスの細部の構造まで電顕写真と照合しながらの説明は面白かった。
このような研究を「産業に貢献するのか」という人がおそらくいるかもしれないが、およその構造の説明と「確かにこのようになっている、これが真実だ」という説明では、迫力が異なる。ゴム産業に直接役立つかどうか、ということではなく、技術開発をしているときに「本当はどうなのか」という疑問がわき、それがすっきりする爽快感は、機能追求に集中できる安定した姿勢を保つので大切である。これは感覚なので実際に味わったことのない人には伝えにくい事柄である。
わかりやすく表現すれば、高分子材料開発では、未だに科学的に不明な事柄が多く、不安な状態に時として陥るので、それが解消されることは、間接的に産業に役立つ、ということである。特に生ゴムの場合には、稀にゴム手袋にアレルギーの人がいるが、この研究結果を見ればその理由がわかる。それでも「昔からわかっていたことだ」と言う人がいるが、この研究結果から、安いゴム手袋を天然ゴムで作るな、とはっきり言える。この研究結果からアレルギーの解決にコストがかかることが明確になった。
もう一題は名大の高野先生のブロック共重合体が織りなす様々な相分離構造の研究。これもその価値がわからない人には無駄な研究に見える。この研究のテーマの一つにブロック共重合体・ホモポリマー・溶媒系からできる相分離構造があるが、この結果は高分子のブレンド系を設計するときの重要なヒントを示している。一般には無溶媒の世界でこの研究と無関係に見えるかもしれないが、スピノーダル分解を利用してフィラーの分散制御を行うヒントを与えてくれる。科学的な丁寧な研究で勉強になりました。
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リアクティブブレンド技術は、ポリウレタン発泡体やフェノール樹脂発泡体の技術開発で体得した。ポリウレタンRIMはじめリアクティブブレンド技術を長年研究開発してきたグループに所属できたのが幸運であった。寝具用ポリウレタン、建築資材など商品開発の実績のあるグループだったが、無機材質研究所の留学から戻ったときには解散していた。技術を指導してくださった美人のメンターも他部署へ異動していた。
研究所にリアクティブブレンド技術はじめ界面活性剤の技術を知っている人は誰もいなくなった。このような技術は知識だけでは伝承できない。前駆体ポリマーについて300種以上の配合実験を知識だけで取り組んだなら、途中であきらめるか、適当に間引いた実験で失敗するかいずれかだったと思う。
パイロットプラント稼働後早すぎた技術開発のため市場が無く、プロジェクトグループは縮小され、住友金属工業とのJVが立ち上がるまでの6年間一人で高純度SiCの仕事を担当することになったが、セラミックスヒーター、切削チップ、高純度るつぼなど商品になりそうな製品の品揃えがテーマとなった。その時電気粘性流体のテーマを手伝うことになった。当初は、アイデアだけ出してくれれば良いと言うので、アイデアだけを提供していたがどれもうまくいかない。
ヘボなアイデアを提供していない自信があったので、提案したアイデアを自分でやってみたところどれもこれもうまくいった。アイデアは間違っていなかったのである。技術内容については以前この欄でも紹介したので詳細は省略するが、このことは言葉だけで技術をうまく伝承できないことを表していると思う。
界面活性剤にしてもHLB値を頼りに検討を行っただけでうまくいかないアイデアという結論が出されていた。粉体の合成実験にしても反応をうまく制御できず、だめなアイデアとの判断が出されていた。なぜ成功するまで実験を行わないのか、理由は簡単である。成功した時の状態を思い描けないからである。図に書いて説明しても科学的ではなくそんなうまく行くはずがないと、まず批判が先に出てくる。しかし、科学的ではないが技術的に正しい表現をしている、それを共有しようと質問者が入ってこないのでうまく伝わらないのだ。
科学は否定証明を得意とする、とはイムレラカトシュの言葉だが、うまく進めるための筋道を考えるよりも否定する方が易しいのである。技術の存在を認めようとしない姿勢がそこから生まれる。
これをコミュニケーションスキルの問題としてかたづけるのは簡単である。しかし技術の伝承は、単なるコミュニケーションスキルだけではうまくいかない。機能実現の行為をどのように実行するのかという言語にできないノウハウをうまく伝える技術と、受け手にはそれを受け止める心構えなり環境が必要である。コミュニケーションスキルの問題は、伝える側の責任として片付けることができるが、技術の伝承は伝える側の責任だけで片付かない。
リアクティブブレンドだからできて当たり前、という言葉はメンターの印象的な一言である。この一言は、メンターの自信に裏付けられた実験動作と重なると単なる軽薄な一言ではなくなる。高速剪断で均一に分散されること、反応の進行がその気になれば化学分析などしなくとも目視でも分かることなどの暗黙知が、伝承を受け止めようとする姿勢とそれにふさわしい環境で伝えられたのである。
技術の伝承のために設備が整っている必要はない。受け手が技術の臨場感を共有できる心の準備と環境が技術の伝承には重要である。それを何とかできないかと考え、弊社の問題解決法としてまとめた。弊社の問題解決法で展開している手順は、科学的ではない。しかし、技術開発報告書と一緒にこの問題解決法で使用したツールを添付して後世に伝えれば臨場感を伝えられる工夫をしている。
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2000℃まで計測可能な熱天秤の設計で一番問題となったのは、天秤を組み立てる材料である。センサーはW/Reを使用することができたが、その他の部品がアルミナや石英では2000℃までもたないのである。大変高価な熱天秤になりそうなので、材料については既存の材料を使用する設計方針で加熱系を工夫することにした。
赤外線イメージ炉を使用した熱天秤が市販されており、そのイメージ炉を使用して試料だけの局部加熱を行い他の部品への影響を試験した。しかしアルミナの部品が1600℃で変形したので、その温度までが赤外線イメージ炉を使用した場合の限界となった。試料ケースをカーボンで作り、YAGレーザーで直接加熱する方法を試みたところ、周辺の部品への影響はほとんど無かった。但し、試料ケースを直接加熱するとカーボンが少し蒸発し、それが重量減少を引き起こしノイズとなって現れる。
直接加熱が無理ならば、ということで試料ケース近くにセットしたカーボンをYAGレーザーで加熱したところ、2000℃まで安定に試料ケースを加熱することができた。また30秒以内に2000℃に到達する。温度上昇を見ていると、試料ケース下に取り付けられたセンサーの感度の影響で時差が生じていると思われた。
この方法ならば2000℃までの温度領域で反応速度論の研究に使用できる熱天秤ができる、と思い、赤外線イメージ炉とYAGレーザーを組み合わせた熱天秤を開発することにした。加熱系部分をすべて手作りで行い、世界で初めての超高温熱天秤を真空理工と共同で作り上げることができた。
この熱天秤を使用してリアクティブブレンドで製造された高分子前駆体の炭化物を用いた等速昇温実験や恒温測定実験を行った。データは均一素反応で進行していて、反応の誘導期間まで観察された。TGA測定データはAvrami-Erofe’evの式で解析できた。また、高分子前駆体の反応条件がずれたときの問題についてコンピューターシミュレーション(注)も行い、前駆体の品質管理が熱分析でできることを確認した。
解析結果から反応の活性化エネルギーは391kj/molと求められた。この値は炭素の拡散に必要な活性化エネルギーよりもわずかに大きいので、この前駆体炭素中の反応は、炭素の拡散律速で生じていると推定した。すなわち、速度論の解析で求められた活性化エネルギーや他のパラメーターの考察から、生成したβSiCの結晶核の表面へ炭素が拡散しシリカを還元しながら結晶成長している、と推定した。
この科学的に導かれた結果から、前駆体の品質管理方法や、独自の異形横型プッシャー炉の運転条件の概略を決めていった。リアクティブブレンドの反応条件は、試行錯誤で決めたために技術はできたが、詳細は未解明のままだ。しかし、その前駆体を用いたSiC化の反応は均一素反応で進行したので、技術について未解明な部分があるにもかかわらず、透明な有機無機ハイブリッド前駆体ポリマーは分子レベルで均一になっていると推定された。この6年後住友金属工業とのJVが立ち上がるのだが、リアクティブブレンドの反応条件は、酸触媒をスルフォン酸系からカルボン酸系に変更した程度で、フェノール樹脂とポリエチルシリケートの組み合わせで前駆体高分子を合成する手順は短時間で完成した技術がそのまま使用された。
(注)シリカとカーボンが不均一に分散した状態で反応を行うと見かけの反応機構は変化する。反応速度論的解析手法の問題点として、見かけの反応機構でも公知の速度式で解析できる時がある。ゆえに重量減がCOガス、SiOガス、Siガスの3種で起きたときにどのような重量減少になるのかをシミュレーションで検討した。
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