昨日から高分子自由討論会に参加しています。夕食後アルコールが入っている状態で拝聴した興味深い話題を2つ。
長岡技科大河原先生の天然ゴムの構造に関する研究。数年前から拝聴していて、細かいところまで科学的に丁寧に研究されているのに感心していた。およその構造はゴム会社に入社したときに習い、怪しい構造を知っていたが、植物の体内でできる過程からラテックスの細部の構造まで電顕写真と照合しながらの説明は面白かった。
このような研究を「産業に貢献するのか」という人がおそらくいるかもしれないが、およその構造の説明と「確かにこのようになっている、これが真実だ」という説明では、迫力が異なる。ゴム産業に直接役立つかどうか、ということではなく、技術開発をしているときに「本当はどうなのか」という疑問がわき、それがすっきりする爽快感は、機能追求に集中できる安定した姿勢を保つので大切である。これは感覚なので実際に味わったことのない人には伝えにくい事柄である。
わかりやすく表現すれば、高分子材料開発では、未だに科学的に不明な事柄が多く、不安な状態に時として陥るので、それが解消されることは、間接的に産業に役立つ、ということである。特に生ゴムの場合には、稀にゴム手袋にアレルギーの人がいるが、この研究結果を見ればその理由がわかる。それでも「昔からわかっていたことだ」と言う人がいるが、この研究結果から、安いゴム手袋を天然ゴムで作るな、とはっきり言える。この研究結果からアレルギーの解決にコストがかかることが明確になった。
もう一題は名大の高野先生のブロック共重合体が織りなす様々な相分離構造の研究。これもその価値がわからない人には無駄な研究に見える。この研究のテーマの一つにブロック共重合体・ホモポリマー・溶媒系からできる相分離構造があるが、この結果は高分子のブレンド系を設計するときの重要なヒントを示している。一般には無溶媒の世界でこの研究と無関係に見えるかもしれないが、スピノーダル分解を利用してフィラーの分散制御を行うヒントを与えてくれる。科学的な丁寧な研究で勉強になりました。
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リアクティブブレンド技術は、ポリウレタン発泡体やフェノール樹脂発泡体の技術開発で体得した。ポリウレタンRIMはじめリアクティブブレンド技術を長年研究開発してきたグループに所属できたのが幸運であった。寝具用ポリウレタン、建築資材など商品開発の実績のあるグループだったが、無機材質研究所の留学から戻ったときには解散していた。技術を指導してくださった美人のメンターも他部署へ異動していた。
研究所にリアクティブブレンド技術はじめ界面活性剤の技術を知っている人は誰もいなくなった。このような技術は知識だけでは伝承できない。前駆体ポリマーについて300種以上の配合実験を知識だけで取り組んだなら、途中であきらめるか、適当に間引いた実験で失敗するかいずれかだったと思う。
パイロットプラント稼働後早すぎた技術開発のため市場が無く、プロジェクトグループは縮小され、住友金属工業とのJVが立ち上がるまでの6年間一人で高純度SiCの仕事を担当することになったが、セラミックスヒーター、切削チップ、高純度るつぼなど商品になりそうな製品の品揃えがテーマとなった。その時電気粘性流体のテーマを手伝うことになった。当初は、アイデアだけ出してくれれば良いと言うので、アイデアだけを提供していたがどれもうまくいかない。
ヘボなアイデアを提供していない自信があったので、提案したアイデアを自分でやってみたところどれもこれもうまくいった。アイデアは間違っていなかったのである。技術内容については以前この欄でも紹介したので詳細は省略するが、このことは言葉だけで技術をうまく伝承できないことを表していると思う。
界面活性剤にしてもHLB値を頼りに検討を行っただけでうまくいかないアイデアという結論が出されていた。粉体の合成実験にしても反応をうまく制御できず、だめなアイデアとの判断が出されていた。なぜ成功するまで実験を行わないのか、理由は簡単である。成功した時の状態を思い描けないからである。図に書いて説明しても科学的ではなくそんなうまく行くはずがないと、まず批判が先に出てくる。しかし、科学的ではないが技術的に正しい表現をしている、それを共有しようと質問者が入ってこないのでうまく伝わらないのだ。
科学は否定証明を得意とする、とはイムレラカトシュの言葉だが、うまく進めるための筋道を考えるよりも否定する方が易しいのである。技術の存在を認めようとしない姿勢がそこから生まれる。
これをコミュニケーションスキルの問題としてかたづけるのは簡単である。しかし技術の伝承は、単なるコミュニケーションスキルだけではうまくいかない。機能実現の行為をどのように実行するのかという言語にできないノウハウをうまく伝える技術と、受け手にはそれを受け止める心構えなり環境が必要である。コミュニケーションスキルの問題は、伝える側の責任として片付けることができるが、技術の伝承は伝える側の責任だけで片付かない。
リアクティブブレンドだからできて当たり前、という言葉はメンターの印象的な一言である。この一言は、メンターの自信に裏付けられた実験動作と重なると単なる軽薄な一言ではなくなる。高速剪断で均一に分散されること、反応の進行がその気になれば化学分析などしなくとも目視でも分かることなどの暗黙知が、伝承を受け止めようとする姿勢とそれにふさわしい環境で伝えられたのである。
技術の伝承のために設備が整っている必要はない。受け手が技術の臨場感を共有できる心の準備と環境が技術の伝承には重要である。それを何とかできないかと考え、弊社の問題解決法としてまとめた。弊社の問題解決法で展開している手順は、科学的ではない。しかし、技術開発報告書と一緒にこの問題解決法で使用したツールを添付して後世に伝えれば臨場感を伝えられる工夫をしている。
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2000℃まで計測可能な熱天秤の設計で一番問題となったのは、天秤を組み立てる材料である。センサーはW/Reを使用することができたが、その他の部品がアルミナや石英では2000℃までもたないのである。大変高価な熱天秤になりそうなので、材料については既存の材料を使用する設計方針で加熱系を工夫することにした。
赤外線イメージ炉を使用した熱天秤が市販されており、そのイメージ炉を使用して試料だけの局部加熱を行い他の部品への影響を試験した。しかしアルミナの部品が1600℃で変形したので、その温度までが赤外線イメージ炉を使用した場合の限界となった。試料ケースをカーボンで作り、YAGレーザーで直接加熱する方法を試みたところ、周辺の部品への影響はほとんど無かった。但し、試料ケースを直接加熱するとカーボンが少し蒸発し、それが重量減少を引き起こしノイズとなって現れる。
直接加熱が無理ならば、ということで試料ケース近くにセットしたカーボンをYAGレーザーで加熱したところ、2000℃まで安定に試料ケースを加熱することができた。また30秒以内に2000℃に到達する。温度上昇を見ていると、試料ケース下に取り付けられたセンサーの感度の影響で時差が生じていると思われた。
この方法ならば2000℃までの温度領域で反応速度論の研究に使用できる熱天秤ができる、と思い、赤外線イメージ炉とYAGレーザーを組み合わせた熱天秤を開発することにした。加熱系部分をすべて手作りで行い、世界で初めての超高温熱天秤を真空理工と共同で作り上げることができた。
この熱天秤を使用してリアクティブブレンドで製造された高分子前駆体の炭化物を用いた等速昇温実験や恒温測定実験を行った。データは均一素反応で進行していて、反応の誘導期間まで観察された。TGA測定データはAvrami-Erofe’evの式で解析できた。また、高分子前駆体の反応条件がずれたときの問題についてコンピューターシミュレーション(注)も行い、前駆体の品質管理が熱分析でできることを確認した。
解析結果から反応の活性化エネルギーは391kj/molと求められた。この値は炭素の拡散に必要な活性化エネルギーよりもわずかに大きいので、この前駆体炭素中の反応は、炭素の拡散律速で生じていると推定した。すなわち、速度論の解析で求められた活性化エネルギーや他のパラメーターの考察から、生成したβSiCの結晶核の表面へ炭素が拡散しシリカを還元しながら結晶成長している、と推定した。
この科学的に導かれた結果から、前駆体の品質管理方法や、独自の異形横型プッシャー炉の運転条件の概略を決めていった。リアクティブブレンドの反応条件は、試行錯誤で決めたために技術はできたが、詳細は未解明のままだ。しかし、その前駆体を用いたSiC化の反応は均一素反応で進行したので、技術について未解明な部分があるにもかかわらず、透明な有機無機ハイブリッド前駆体ポリマーは分子レベルで均一になっていると推定された。この6年後住友金属工業とのJVが立ち上がるのだが、リアクティブブレンドの反応条件は、酸触媒をスルフォン酸系からカルボン酸系に変更した程度で、フェノール樹脂とポリエチルシリケートの組み合わせで前駆体高分子を合成する手順は短時間で完成した技術がそのまま使用された。
(注)シリカとカーボンが不均一に分散した状態で反応を行うと見かけの反応機構は変化する。反応速度論的解析手法の問題点として、見かけの反応機構でも公知の速度式で解析できる時がある。ゆえに重量減がCOガス、SiOガス、Siガスの3種で起きたときにどのような重量減少になるのかをシミュレーションで検討した。
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ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドで合成される有機無機ハイブリッド前駆体のロバストの高い技術が4日間で完成し、その顛末をゴム会社へ報告した。人事部所属で留学していたので、報告先は人事部長であった。
高純度SiCの開発については、社会現象となったセラミックスフィーバーと社長方針などを背景として会社の50周年記念論文その他で提案し続けてきた内容であり、人事部長も経緯をよくご存じで我が事のように喜んでくださった。研究所へも同様の報告を行ったが大きな温度差があった。たった4日間のデータなので信じて頂いていないことを理解できた。しかし、リアクティブブレンドについては、バケツを使用した合成実験で、10kg以上の前駆体製造もすでに成功していたのでスケールアップのリスクは無かった。
無機材質研究所で行った研究なので基本特許を無機材質研究所で出願するという条件について、承認も簡単に下りた。その後いろいろとあったが1ケ月後には社長の前でのプレゼンテーションとなり2億4000万円の先行投資が決まった。ファインセラミックス専用の研究所を建設することになり、3年の留学を1年半で切り上げることになった。
先行投資はパイロットプラントの設備導入ために大半が費やされた。SiC化の反応を行う独自に設計した異形横型プッシャー炉が最も高い買い物であった。設備設計については、研究データも満足に無い状況で大胆ではあったが、セラミックスフィーバーが吹き始めて3年経過した当時の日本には、マンガの説明から器用に図面を書き上げる設備メーカーが存在していた。すなわちセラミックスの反応から容易に生産技術へ展開できるレベルに日本のメーカーの技術が到達していたのである。
このようにSiC生産技術はすでに存在していたが、シリカ還元法の反応機構の研究は遅れていた。中間体としてSiOガスが必須かどうかの議論をした論文が出たばかりの状態であった。有機無機ハイブリッド前駆体ではSiOガスは生成していない。この前駆体を使用したシリカ還元法の反応機構に関する研究は、セラミックス科学の進歩のため必要であった。
また、この反応機構の研究は、前駆体の品質管理に展開できるので高純度SiC生産のためにも重要である。問題は2000℃まで短時間に昇温可能な熱天秤の開発にあった。世の中には1500℃まで昇温可能な熱天秤の技術は存在したが、2000℃まで計測可能な熱天秤は、高温度に耐える装置の材料設計からやらなければならなかった。
<明日へ続く>
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半導体用高純度SiCを製造するためには、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドで合成される有機無機ハイブリッド前駆体が重要な役目をしている。有機物なので高純度化が容易でその品質管理も簡単である。
さらに、分子レベルで均一になっており、この高分子前駆体を1000℃で熱処理し得られるシリカと炭素の混合物は、反応速度論で解析すると均一素反応の系として扱えるほどである。すなわちこの高分子前駆体の技術を用いると反応式の化学量論比どおりに原料を仕込みSiCを製造できる。
シリカ還元法による当時の粉末製造技術では、1450℃以上でSiOガスが発生し、気相反応でウィスカーが生成するため粉末とウィスカーの混合物が生成して問題になっていた。これを防ぐために、化学量論比よりも多い炭素を用いてシリカと炭素を固めたペレットを用いる技術が生産に使用されていた。
過剰に用いた炭素はSiC反応終了後燃焼させて取り除く。このような製造方法のため必ず粉末の表面はシリカで覆われることになる。このシリカ不純物を取り除くためにフッ酸と硝酸の混酸で洗浄する必要があった。
しかし、混酸で洗浄してもシリカ不純物を完全に取り除くことができず、1%前後の不純物酸素がSiC粉末に必ず含まれていた。この1%前後の不純物酸素のうち、半分以上はSiC粒子の内部に閉じ込められていることが解析してわかった。すなわちSiC化の反応途中で未反応のシリカが生成したSiCに取り込まれていたのだが、この不純物酸素の存在のため99%以上の高純度SiCを合成することが当時不可能であった。
ところがリアクティブブレンドで製造されたシリカと炭素の混合物から製造されるSiC粉末では、粒子の中に酸素が不純物として閉じ込められておらず、また、シリカと炭素を炭素が残らない化学量論比で反応させることが可能だったので、過剰の炭素を取り除く処理が不要となり、99.9999%の純度のSiCを合成することに成功した。初回の実験で真黄色の粉末が得られたときには無機材質研究所の猪股先生始めSiCをよくご存じの先生方はびっくりしていた。
初回の実験で高純度SiCが合成されたので、この前駆体を用いたシリカ還元法の速度論的解析を学位論文のテーマにしようと考えた。当時業界で行われていたシリカ還元法のSiC生成機構は複雑で動力学的手法で解明されていなかった。リアクティブブレンドによる前駆体を用いれば化学量論比での反応が可能なだけでなく、分子レベルで均一に反応を行う事ができ、そのため均一素反応の取り扱いができる。しかしこの反応解析を行うためには2000℃まで急速昇温可能な熱天秤が必要であった。
<明日へ続く>
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ポリエチルシリケートとフェノール樹脂をリアクティブブレンドで均一なポリマーアロイを製造しようと試行錯誤している姿は、科学者から見ると何をやっているのか分からない作業に見えるらしい。
試行錯誤ではあるが、ゴールは透明な樹脂が得られること、と明確であり、必ず到達できる事が分かっている。技術的に必ず到達できることが分かっているならば、何も考えず、全ての組み合わせを実施した方が研究を行うよりも早くゴ-ルにたどり着ける。ノーベル賞の山中博士も同じように考え手元の20個前後の遺伝子を細胞に一度に組み込みヤマナカファクターを発見したのだから、これはバカな考え方ではなく要領の良い方法である。弊社の問題解決法の着眼点の一つにもこの視点が入っている。
有機無機ハイブリッド前駆体を用いた高純度SiC合成法として学会で初めて報告したときに会場は満員で廊下まで人があふれていた。一番前の席にはS教授の講座の方々が陣取っておられた。7分の短い発表の後、その最前列から厳しい質問が飛んできた。
学会で技術発表は受け入れられないのではないか、と迷って発表したのであったが、学位を取るために学会報告が必要だったので、学位でまとめる速度論の研究の前段階の研究報告として発表した。しかしその結果は散々だった。すなわち高分子前駆体を用いてシリカとカーボンが分子レベルで均一に混合された結果、均一固相反応の解析ができるようになり、シリカ還元法の反応機構が明らかになる、と報告したのだが、議論は高分子前駆体の話に集中したのだ。
日本化学会なので反応速度論の研究発表でも良いかと思っていたが、高分子前駆体が本当にできているのか、という失礼な質問が飛んできた。技術という行為を理解していない質問で、さらに速度論の研究そのものまで否定されたので、以後このテーマについて日本化学会での発表は控えた。
学会に企業からの研究発表が少ないのは当時からも問題であったが、その原因の一つにこのような無思慮な議論の仕方もあると思う。このような無思慮な議論を展開されたら誰も技術発表などしなくなる。技術開発の中にも新しい現象の発見があるので学会発表を活発に行えるようにすることは大切なことであるが、実際はこのような状況だ。
7分間という短時間の発表であった。議論は、テーマの中心に絞るべきで、あげ足取りのような議論をすべきではない。今でも当時の挫折感はトラウマとして残っており、この時の経験は科学と技術の違いを強く意識するきっかけともなった。科学と技術は車の両輪であり、とよくたとえられるが、25年ほど前の学会発表の光景は、科学が技術の足を引っ張るようなお粗末な議論だった。
科学が技術をリードしている、とよく言われるが、技術の世界でも科学的な発見が多く成されているのである。学会報告はアカデミアだけでなく企業からも積極的に行われる状態が理想である。この理想を目指している研究会も存在するので企業参加の少ない学会はそれなりの変革努力が必要だと思う。
これは座長の努力だけでも改善できる。アカデミアは真理を追究することが目的なので厳しい議論は当たり前である。しかし新しい機能を実現した技術発表であれば、そこに新しい研究テーマが生まれているはずで、アカデミアはそれを褒め称えることが学会の場では自然の流れだと思う。この技術は、苦い思い出から15年以上過ぎてから日本化学会賞を受賞したが複雑な思いがある。
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「リアクティブブレンドだから均一に合成できて当たり前」というメンターの一言は、300種類もの配合処方を検討する動機になった。また、当時相溶しない系のブレンドでポリマーを相溶させて安定にする唯一の手段はリアクティブブレンドだけであることも学会で議論され始めていた。このような状況からポリエチルシリケートとフェノール樹脂を均一に混ぜるためには、リアクティブブレンド以外に技術的手段は無いと予想された。しかし、化学式を見るとポリエチルシリケートに、反応点は存在しない。
ところがポリエチルシリケートは、加水分解でシラノールを生成するので、フェノール樹脂のフェノール性水酸基あるいはメチロール基と反応する可能性があり、唯一の手段と言われるリアクティブブレンドで「当たり前」に均一にできると弊社の問題解決法で予想された。当時この組み合わせで高純度SiCを製造する方法が知られていなかったのは機能を達成する手段を仮に推定できても、機能を実現するための条件を見つけるのが大変だったのである。また、その条件を見つけるためには、通常の問題解決法であれば、触媒存在化におけるポリエチルシリケートの加水分解速度の研究や、エタノール/ポリエチルシリケート/フェノール樹脂/水/触媒で構成された系の研究など膨大な時間が必要に思われた。
科学で真理を追究する場合と比べれば、技術で機能実現のための条件を求める作業は、時間をかければ達成できる易しい作業である。時間がどれだけかかり、それが許されるのかどうかが問題となる。この時間の問題は効率をあげる方策を打てば短くできる。方策の一つとして弊社の問題解決法は有効である。問題を科学的に真正面から捉えると膨大な時間が必要に思われても、弊社の問題解決法を用いるとこれを効率化でき、実際に高純度SiC前駆体の合成条件を1日で見つけることができた。
一方科学で真理を追究する問題をすべて科学的に行う事はかなりの困難を伴う。イムレラカトシュがその著書「方法の擁護」で指摘したように、科学的に完璧にできるのは否定証明だけ、という限界があり、過去の法則を否定することは容易だが真理を科学的に見いだすことは至難の業となる。
ところが科学で真理を追究したいときに、それを効率良く行いたいならば、技術的手段を取り入れ、弊社の問題解決法を用いると効率良く研究を進めることができる。技術的手段で真理を見つけておいて、科学的証明を加える、という方法が効率をあげる。例えばノーベル賞を受賞した山中博士もこのような方法と類似の方法で科学的成果を出している。ゆえに科学にも弊社の問題解決法は効率を上げる有効な方法である。
技術では、機能実現の手段が見つかり、それが科学的に証明された場合に当たり前となる。リアクティブブレンドについては、ポリウレタンRIMで当時研究が進んでいたが、先端技術の一つであった。ゴム会社では、1970年代にポリウレタンタイヤを検討した実績があり、リアクティブブレンドに関しては高い技術が存在し、メンターの「当たり前」の一言に象徴されるように伝承されていた。そしてその技術の伝承のおかげと弊社の問題解決法で、半導体用高純度SiC前駆体ポリマーが1日という短時間で合成された。
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ポ リエチルシリケートとフェノール樹脂、酸触媒の3成分によるリアクティブブレンドは当初の予想よりも難しかった。お そらくコンパチビライザ-を用いればもう少し簡単にできたかもしれない。しかし、高純度の前駆体を合成したかったので、不純物を持ち込む原因となる添加剤を使 いたくなかった。
また、イソシアネート系化合物とポリオールのシステムと異なり、混合時にポリエチルシリケートに反応点は存在しない。フェノール樹脂と反応するためには、ポリエチルシリケートが一部加水分解してシラノール基を生成しなければならない。ポリエチルシリケートの加水分解速度は酸触媒で加速される。この時問題になるのは、反応速度だけで無く、加水分解したときに出てくるエタノールである。またフェノール樹脂からは反応が進行すると水が出てくる。
すなわち、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドは、まず、ポリエチルシリケートの一部が酸触媒で活性化され、フェノール樹脂のメチロール基と反応が進行し、遊離したエタノールは、反応熱で系外へ蒸発してゲル化が進行する、というようにうまく反応バランスを調節できる触媒を選ばなくてはならない。
この反応バランスが崩れると、副生成物であるエタノールのため、ポリエチルシリケートだけの分解反応が進行しやすくなり、一気にシリカが生成することになる。午前中の実験では、目視でそれを確認するような実験が大半であった。
最初の約50種の配合では、ポリエチルシリケートの加水分解に必要な水を添加していた。しかし反応を行いながら、水の存在がポリエチルシリケートの加水分解を促進していることに気がつき、水を用いない系に変更した。また、フェノール樹脂の相で反応が進行するように有機触媒を選択しているにもかかわらず、ポリエチルシリケートの分解反応が少しでも早くなると生成するエタノールのためゲル化反応が起きにくくなり、これが加速度的に進行しシリカの析出と相分離が生じる。
ごみの山を片付けながら、10時間以上行った試行錯誤の実験を思い返してみた。大半のゴミでシリカの析出が目立っていた。成功した実験では、まったくシリカが遊 離していない透明な樹脂が得られていた。面白い系である。
<明日に続く>
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ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混合するとすぐに相分離する。高速剪断を使っても均一にならない。χパラメーターがかなり大きく混合比率が1に近いためである。だからフェノール樹脂とシリカの組み合わせやポリエチルシリケートとカーボンの組み合わせの特許が存在しても、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせが存在しなかったのである。
リアクティブブレンドで行えば均一になるだろうと軽く考え、実験で確認せず企画書をまとめた。エンジニアリングセラミックスからエレクトロニクスセラミックスまでちりばめ当時の通産省のロードマップによる数兆円の市場規模を参考にした、高分子前駆体から合成された半導体用高純度SiCの応用展開を示す派手な企画書だったが、採用されなかった。
その後無機材質研究所へ留学機会ができ、猪股先生のはからいで留学中に1週間だけボツになった企画書の実験を行えるチャンスが訪れた。たった1週間で高純度SiCを合成するプロセスを開発しなければならない状況に少し鳥肌が立ったが、当時すでに考案していた弊社の問題解決法を使い、4日でやり遂げる計画を立てた。
高純度SiC前駆体の合成検討に当てた時間は8時間である。ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドが必ず成功するという確信のもとに実験を行った。美人のメンターが「当たり前」と表現したリアクティブブレンドだったが苦戦した。ひたすらポリエチルシリケートとフェノール樹脂、そして有機触媒の3成分をフェノール樹脂の種類や触媒の量と種類を変えながら混合し続けた。
300種類ぐらいの配合を試してある組み合わせでエタノールで膨潤した透明なゲルが得られた。それを加熱したところ相分離せずに透明なまま固まった。実験は朝から始めたが、昼飯も食べるのを忘れ気がついたら夕方になっていた。できあがった処方はロバストの高い処方だった。あきらめずに、美人のメンターの「当たり前」の一言を信じて実験を行った成果である。
<明日へ続く>
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異なる高分子同士は混ざりにくい。科学の世界では混合による自由エネルギーの変化を表すフローリー・ハギンズ式でこれを説明する。学生時代には試験に出たりするなじみのある式である。科学の常識があると、通常はポリエチルシリケートとフェノール樹脂を均一に混ぜようということは考えない。
ゴム会社入社2年目にポリウレタン発泡体の難燃化技術を担当した。ポリウレタン発泡体は、イソシアネート化合物とポリエーテルポリオール(以下ポリオール)、発泡剤として水を用いて合成する。初めて発泡体を合成したときにイソシアネート化合物とポリオールが、無溶媒という条件でうまく反応することに感動した。
生成物の分析を行っても98%以上の反応率である。実験をやりながら、ふとフローリー・ハギンズ式を思い出した。メンターの女性に質問すると、リアクティブブレンドだから当たり前だという。反応には界面活性剤も関与しているはずだが、リアクティブブレンドの場合には、高速剪断で撹拌してやれば界面活性剤が無くとも反応が進行するという。リアクティブブレンドとは、そのような技術だそうだ。
実際に界面活性剤を抜いて実験を行ったところ、安定した発泡反応こそ実現できなかったが、イソシアネートとポリオールの反応は進んだ。昨日までゴムの配合処方を立案するときには、溶媒にゴムを溶かしSP値を求める作業から行っていたが、ポリウレタンの合成では、SP値などお構いなしである。
高速剪断により撹拌され、イソシアネート化合物の微細な粒子の界面で反応が進行し、ポリオールとイソシアネートの理想的な界面活性剤が生成する。これが反応を均一に進行させる働きをする。ゆえにイソシアネート化合物は高分子量体でも反応は進行する。
以前ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの話を書いたが、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームでは、イソシアネート末端を有するホスファゼンのプレポリマーを合成し、添加している。その結果ホスファゼンがポリウレタンマトリックスに取り込まれ効率良く難燃剤として機能していた。
ホウ酸エステル変性フォームも同様で、ホウ酸エステルや組み合わせたリン酸エステル系難燃剤は、ポリウレタンマトリックスに均一に分散し、難燃性ポリウレタンフォームとして合成された。イソシアネートが反応性の高い基なので、水酸基を有する液状ポリマーであれば、何でも放り込める便利なシステムだ。
水酸基とイソシアネートのモル比を揃えてやれば、かなりずぼらな処方でも反応が進行して均一なポリマーとなる。おまけにイソシアネートを少し過剰に入れてやることでそれが架橋点になり容易にエラストマーや熱硬化性樹脂を合成可能である。ある機能実現のためにも便利なシステムだ。
この経験は高純度SiCの前駆体合成技術開発で大変役にたった。ムーンライト計画によりわき起こったセラミックスフィーバーの影響で、セラミックス材料の企画をすることになった。高分子から高純度セラミックスを合成するコンセプトで技術調査を行ったところ、故矢島先生のSiC繊維技術以外に実用化されていなかった。
新しい技術としてフェノール樹脂とシリカの組み合わせあるいはポリエチルシリケートとカーボンブラックの組み合わせによる高純度SiCの合成法特許が存在した。
面白いことに、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせが無かった。
<明日に続く>
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