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2012.09/26 ガラスを生成して樹脂を難燃化(4)

新規開発された硼酸エステルには、バイプロダクトの水が含まれていましたが、水を取り除きますと粘度が上がり固体に近くなり、取り扱いに不便です。ポリウレタンの合成には、イソシアネート(この時にはTDI80を使用)とポリエーテルポリオール(この時にはPPG3000を使用)を用いますので、PPG3000にバイプロダクトの水も含めて分散し用いました。水は発泡剤としてバイプロダクトで含まれる量より多く添加しますので、発泡剤の添加量を調整し、バイプロダクトの問題を解決いたしました。

 

リン酸エステル系難燃剤として揮発しやすいTCPPを用いて、硼酸エステル変性ポリウレタンフォーム(発泡体)を何種類も合成しました。難燃性の評価を行ったところ、TCPPの添加量が0%の時に硼酸エステルの添加量を20%程度添加しても難燃性が上がらず(LOIで19程度)、硼酸エステルそのものは、ポリウレタンに対する難燃性能が低いことが分かりました。しかし硼酸エステルを3%程度添加し、TCPPを5%程度添加しましたら、空気中で自己消化性を示しました。この系において硼酸エステル0%の時に、TCPPは30%以上添加しないと自己消化性を示しません。同じレベルを達成するためにホスファゼンでも10%前後添加しなければなりません。驚くべき結果です。さらに燃えかすの分析を行いましたところ、添加したTCPPの60%に相当するリンが燃えかすの中にボロンホスフェートの構造で含まれていました。

 

すなわち、高温度で安定なガラス類似物質を燃焼時に生成させてリンを固定化し、ホスファゼン同等の高い難燃システムを開発することができたのです。ボロンホスフェートの生成機構を確認するために、200℃以上で100℃ステップで温度を上げ、状態観察を行いましたところ、400℃で黒光りしている薄膜が生成しました。化学分析しましたところリンの量が多いアモルファスのボロンホスフェートが生成しておりました。すなわち、硼酸エステル変性ポリウレタンフォームにリン酸エステル系難燃剤を添加しますと、燃焼時にオルソリン酸が揮発するのを抑制するため、難燃剤の添加量を減らすことができ、低コスト高防火性能の難燃システムを開発できることが分かりました。

 

硼酸エステルの合成は、2成分の化合物をただ100℃程度で撹拌するだけですから、内製でコストダウンも見込めました。この硼酸エステル変性ポリウレタンフォームは、他の物性にも優れたところが有り、低コスト高機能ポリウレタンフォームとして販売されました。始末書を書いたホスファゼンの問題にくじけることなくリベンジができたことは、技術者として大きな自信になりました。また、サラリーマンは始末書程度でへこむ必要のないことも学びました。多少居心地は悪くなっても、会社に貢献することを忘れなければ、チャンスがくるという人生訓を体得いたしました。

 

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2012.09/25 不可解な現象を前に人はどのように考えるか(2)

科学論文に書かれている常識と異なる現象と対面したときに、研究者ならば真理を追究するアクションを取るでしょう。しかし、技術者は、ロバスト性(注)が高く再現するならば、新技術として活用しようとします。また、堅実な経営者あるいは実務の管理者ならば、自己の使命に照らし合わせ、使命と無関係ならば、何も考えず避けて通ります。

 

仕事で遭遇した不可解な現象に対し、その立場や職業により、人は考え方が異なります。社会におけるこのような問題認識の違いを理解できるかどうかが、技術者の成長の尺度のような気がしています。

 

大学を出てきたばかりの理系の社員は、長い学校生活で科学の姿勢を学びますので研究者的思考をし、それ以外の思考を理解できません。少なくとも私はそうでした。しかし、新入社員発表会におけるCTOの言葉や樹脂補強ゴム開発における指導社員のレオロジーという学問の説明、そして難燃性ポリウレタンフォームにおける指導社員との衝突を通じ、研究者と技術者の姿勢、問題認識の違いを理解することができました。また、それを理解することができましたので、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの解析を中断し、新しい難燃システムへのチャレンジを受け入れたのです。

 

研究者的思考、価値観では、経営者や実務管理者の理解は容易です。むしろそれを理解し、研究者であることを優越感に感じる人もいるかもしれません。しかし、不可解な現象を前に、真理の追究をしないで、それをすぐに活用しようとする技術者の思考や価値観の理解は、研究者にとって大変難しいことだと思います。新入社員発表会におけるCTOの言葉の意味を真に自分の成長のための言葉と理解できましたのは、新しい難燃システムへチャレンジを始めた時で、たった一言を理解する為に1年近くかかりました。3年近く前の葬儀では、御礼の気持ちを込めて末席で献花をさせて頂きましたが、技術者とはどのように考えるべきかをよくご存じであった経営者の一人だと思います。

 

「カンと経験と度胸」これは、真理の追究をしないで現象の活用ばかりに走る技術者を研究者が軽蔑して言っていた言葉のように思います。しかし、科学の無い時代における技術の進歩を見るにつけ、「カンと経験と度胸」でも技術開発ができるように思われます。問題となるのはイノベーションのスピードで、「カンと経験と度胸」以外に現代の技術者はもう一芸を身につける必要があるように思います。

 

多くのイノベーションが、科学の世界で起きていることに着目しますと、イノベーションを起こすことのできる技術者とは、大学までの長い学生生活で培った研究者の心を忘れない技術者だと思います。研究者の心を忘れず最先端の科学の成果を技術へ昇華させることのできる技術者がイノベーションを起こすことができる技術者ではないかと思っています。

 

科学の最新情報の入手は、情報化時代の今日難しいことではありませんが、それを取捨選択し知恵を働かせて技術へ昇華させることは容易ではありません。推論を重視した問題解決力を鍛えることも大切です。数学の受験参考書には、「結論からお迎え」という標語でまとめられておりましたが、大学入試で活用していた「逆向きの推論」は重要で、「問題は「結論」から考えろ!セミナー」でも紹介しています。

 

この推論のスキルは、科学の最新情報から自分の技術領域へ推論を展開するときにも応用できます。科学の成果を技術へ展開したり、技術成果を科学の成果にまとめたりして、このスキルを高めてゆけば、イノベーションが可能な技術者になれるのではないかと思います。

 

(注)外乱や環境変化に対して、それを阻止するように、即ち外部因子の影響に対して安定であるシステムのことをロバスト性が高い、という。ロバストネスともいう。

 

 

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2012.09/24 不可解な現象を前に人はどのように考えるか(1)

ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの燃焼試験を行ったところ、LOIやASTM、UL規格に準じた試験でいずれも高い難燃効果を示しました。比較に用いた難燃剤にはリン原子と塩素原子が難燃性能に効く成分として含まれており、ホスファゼンには、その効果の成分としてリン原子だけ含まれていました。

 

他の比較に用いた難燃剤では、燃焼後の燃えかす(残渣)に難燃性能に効く成分が、ほとんど残っていませんでした。これは、当時の高分子の難燃化に関する論文に書かれていた事実と一致しており、その理由として、難燃剤から生成するオルソリン酸という物質は300℃以上で揮発するので、燃焼時にはすべて気化し散逸している、と説明されていました。そして、高分子の難燃化機構として低温度ではリン酸ユニットが高分子の炭化促進触媒として働き、その後揮発して、燃焼している物質と空気の界面に漂い、空気を遮断し高分子を難燃化する機構が、定説となっていました。

 

しかし、ホスファゼンの場合には、添加量に比例して燃えかすの中のリンの量が増えています。グラフを外挿し、燃えかすの中に残っている量を推定すると90%以上、すなわち添加したホスファゼンに含まれるリンがすべて残っていることになります。当時の公開されている情報にはこのような事実はありませんでした。また、難燃化機構として、難燃剤が気化し空気を遮断する機構が有力である、と信じられており、この説に従えば、ホスファゼンの高い難燃性を説明できません。当時の学説及び公開された情報から考察できない大変不可解な現象が起きているわけです

 

大学であれば真実を追究するために、現象の解明を進めるわけですが、企業では商品開発が優先されます。これが原因で、大学を卒業して間もない私は、仕事の進め方について指導社員と激突するわけですが、指導社員から、仮説を支持するホスファゼンと異なる難燃システムができたなら、すなわち不可解な現象を示す2例目が示されたなら、この不可解な現象を追求しましょう、と言われ、妥協し、指導社員の意見に従いました。

 

私は、燃焼時にガラスを生成するシステムを企画提案し、新しい商品の開発を進めた訳ですが、不可解な現象の2例目を示せ、と言った指導社員の本音は、私に不可解な現象へ深入りすることを断念させたかったようです。指導社員は、ドリップ方式のポリウレタンフォームの企画を新しい難燃システムの抑え技術として提案されました。この方式は当時高分子の新しい難燃化システムとして特許などにも登場してきた開発を成功させる手堅い方式です。

 

すでに成果主義が浸透していた会社では、指導社員が技術者として選択した道は正しいと思いました。また、鰯の頭から出たようなアイデアでも、つぶさずその推進をサポートしてくださった指導社員は優しい方だと思いましたが、すでに始末書を一枚書いた立場としては、提案した企画の失敗は許されません。

 

科学的定説と異なる不可解な現象を前にしたときに、置かれた立場あるいは託された使命により、アクションが変わります。そして不可解な現象を単なる異常な現象あるいは無駄な物と考えた時には、完全に捨て去る、すなわち何も考えないと思います。しかし、少しでも関心があり、その現象に何らかの意義を見いだしたならさらにはそれを理解できる新しい道が開けるならば、どうにかしたい、と考えます。おそらく指導社員は後者を考えたのではないかと思いました。その結果、高分子の難燃化技術開発の経験が乏しい鰯の頭から出た企画でも許可してくださった、と思っています。

 

なぜ当たり前のことしか浮かばないのか」は、弊社の書籍のタイトルですが、自分の役割や立場、使命といったしがらみにより、思考が制約をうけるのはよくあることです。その制約を乗り越えて新しいアイデアを出していかない限り、新しい技術を創り出すことはできません。この制約を乗り越えるために弊社の問題解決法(「問題は「結論」から考えろ」セミナーで紹介中)を取り入れることも一つの手段と考えています。

 

 

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2012.09/23 ガラスを生成して樹脂を難燃化(3)

1980年前後は、高分子に関する新しい分析機器が登場した時代です。熱分析関係はすでに一般化し、使いやすいように利便性の改良が始まっていました。また、マススペクトルでも高分子の測定ができるようになっていました。GPCという高分子の分子量分布を測定する装置も新しいカラムが登場し、分析できる高分子の種類が増えると同時に精度が向上している時代でした。

 

すなわち、従来は高度な専門技術がなければ、高分子の解析ができなかったのですが、最先端の分析装置をそろえ、手順通りに設定し、サンプルを打ち込めば自動で高分子の分析結果が出る時代になりつつありました。あたかも電子レンジを扱うぐらいの手軽さで高分子の分析ができる時代の幕開けです。

 

Z80や8080などの8ビットマイコンの登場が機器分析の自動化を促したのです。OA機器としてコンピューターが普及する前に、高価な分析機器に8ビットマイコンが組み込まれ、分析技術の自動化が進みました。樹脂補強ゴムの測定で使用していた粘弾性装置スペクトロメーターは、8畳の部屋を専有するほどの大きさでしたが、モーターの小型化、ミニコン部分のマイコン化で、4.5畳ほどのスペースに収まる同様の機能を持った装置も登場しました。また価格も2500万円前後と特注品であるスペクトロメーターの1/2ほどの価格まで下がりました。毎年新機種が登場する時代でした。

 

プラスチック製の分子モデルの実験で導いた、硼酸とジエタノールアミンのエステルの合成は、簡単でした。この2種の化合物を混合し、100℃で反応させるだけでした。興味深かったのは、通常エステル化反応は脱水をしないと進行しないのですが、このエステル化反応は、脱水をしなくとも簡単に進行しました。会社には先端の分析機器が揃っていましたので、分子モデルどおりの化合物が生成していることを容易に確認できました。

 

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2012.09/22 ガラスを生成して樹脂を難燃化(2)

当時市販されていたリン系難燃剤は、燃焼時にオルソリン酸を生成し、高分子の炭化促進の触媒機能と気相において空気を遮蔽する機能が働き高分子の燃焼を抑制する(高分子を難燃化する)、と高分子の難燃化に関する多くの論文には説明されていました。リン系難燃剤のそれぞれの機能を検証するための研究論文もすでに出ておりましたので、この説明は科学的に正しいのでしょう。

 

しかしリン系難燃剤を用いたときに燃えかすにリンもしくはリン酸が検出されず、ホスファゼンを用いたときに検出されるのは不思議な現象です。市販のリン酸エステル系難燃剤の場合に、炭化促進の触媒機能は低温度の時だけで、300℃以上では気相の機能だけで炭化促進している、と考えれば少し納得ができます。ホスファゼン変性ポリウレタンの燃えかすには、リンがホスファゼンの添加量に相関するように残っていましたので、ホスファゼンの場合には炭化促進の触媒機能が優先して高温度でも機能していた、と推定できます。

 

市販のリン酸エステル系難燃剤を用いても、ガラスを生成してくれれば、ホスファゼンと同様の効果を期待できます。すなわち、リン酸エステル系難燃剤だけならば燃焼時に分解し、オルソリン酸を生成して気相へ逃げてしまいますが、燃焼時のエネルギーを活用しガラスを生成できるようにすればリン酸のユニットを燃焼している系内に閉じ込めることができます。そのためには、少なくとも高分子の燃焼時の温度500℃から800℃の間で安定なガラス(無機高分子)を生成する方法を考える必要がありました。

 

まともなガラス生成を期待するならば、アルカリ金属やアルカリ土類金属を添加しなければなりません。しかしアルカリ性が強くなりすぎますので、ポリウレタンの発泡反応の制御ができなくなります。あれこれガラスを調べておりましたら、ガラスの原料に用いる耐熱性の高いボロンホスフェートという無機高分子を見つけました。ボロンホスフェートは、オルソリン酸と硼酸と反応させて合成されます。

 

さっそくリン酸エステル系難燃剤と硼酸を混合し、500℃以上の高温における加熱減量を調べてみました。800℃まで昇温し、どれだけ何が残っているか調べる実験を行いました。するとリン酸エステル系難燃剤の場合には、0.5%程度の残渣が残っていただけでしたが、硼酸と組み合わせた場合には20%残存し、ボロンホスフェートができておりました。

 

しかし、硼酸はポリウレタンの反応を阻害しますので、そのままでは使用できません。そこで、硼酸は、有機物とのエステルにして用いることにしました。硼酸と有機化合物のエステルは、当時ゾルゲル法が登場したばかりで、先端の研究対象でもありました。ゆえに情報は豊富に有り、一般のジオール類とのエステルは加水分解しやすく安定性に欠ける、とありましたので、検討から外しました。硼酸エステルの分子モデルを幾つか作成し、安定な化合物になりそうな分子構造を探しました。ジエタノールアミンと硼酸とのエステルが、分子モデルでは見た目に格好のよい構造となりました。

 

分子モデルで格好のよい化合物ができましたので、文献情報を調べてみましたが、70年以降の文献には、不安定な硼酸エステル以外の情報がありません。60年代の文献を探しましたら、硼酸とジエタノールアミンとの反応を記載した簡単な論文が有り、そこには脱水が難しく脱水途中でゲル化する、とありました。詳細な構造情報はありませんでしたが、加水分解については触れておりません。自分で合成し、物性を調べることにしました。

 

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2012.09/21 ガラスを生成して樹脂を難燃化(1)

軽量化タイヤ開発、樹脂補強ゴムによる防振ゴム開発、ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームの開発は、新入社員時代の1年間に経験したテーマです。最初の2つのテーマは、指導社員が企画されたテーマで、開発技術の成果は、その後商品化されました。ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームは、始末書まで書かされました思い出深いテーマです。しかし、商品化はされませんでした。

 

始末書という結果に納得はしていませんでしたが、せっかく開発した技術シーズを生かせないか考えました。なぜ、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの難燃性が高いのか、徹底的に解析しようと試みましたが、当時の難燃化技術に関する科学的情報は、大変少なかった。難燃化規格は、各業界まちまちで、それぞれの規格に相関が無い場合もあります。アメリカでUL規格が話題になり、日本ではLOIのJIS規格が検討されている時代でした。

 

当初科学的アプローチを試みて、TGAやDSCなどの熱分析と難燃規格との相関、燃焼機構の仮説設定などやり始めましたところ、指導社員から一笑に付されました。論文なども出ており、その追試を行ったが、怪しい結果がほとんどとのこと。すなわち科学的アプローチは、無駄な努力というわけです。指導社員は当時としては珍しい理系女史で、もし10年前に理系女子のミスコンに参加していたならば優勝しそうな美人でした。すでに既婚者で仕事の姿勢にも余裕がありました。

 

部下の奮闘努力を笑いながら、燃えかすの解析をするとおもしろいとのアドバイスをしてくださいました。燃えかすの解析をしたところ、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの燃えかすには、リンが多量に残っていましたが、他の難燃剤を用いた系では、難燃成分がほとんど残っていませんでした。

 

燃えかすに難燃剤の成分が残っているのは不思議な結果だから再度調べるように、指導社員から指示が出ました。ホスファゼンは、リン酸に分解しにくく、温度が上がれば高分子量化するから当然の結果だ、と反論しましたが、それもおかしい、と言われました。とにかく再度燃えかすを分析しましたが、やはりホスファゼンを添加した試料の燃えかすにだけ、多量にリン成分が残っていました。なぜだろう、と言うことで議論しましたが噛み合いません。

 

議論が噛み合わない原因についてすぐに気がつきました。指導社員は現実の結果を重視しています。そしてそれ以上の仮説を膨らませません。大学で読んだ文献の話を持ち出しても、自分たちの実験結果ではないから、とはねつけます。あげくの果てに仮説を妄想だと指導社員は言い始めました。議論は平行線となりましたので、仮説を実証できるポリウレタンを合成したら信じてくれるか、と言ってしまいました。コストが安く実用性があるなら自由にやってよい、との許可が出ました。

 

どうもホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームで始末書を書くことになったのは、コストが不明な研究企画を推進したことにあったようです。難燃機構の議論から始末書の理由が判明し、次の仕事の企画まで任されました。

 

ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームの難燃化機構について妄想と言われた仮説は、燃焼時にホスファゼンが重合し、燃焼面を被覆するとともに炭化促進の触媒として機能し、難燃性を高めた、という内容です。実際に得られていたデータは、燃えかすの中のリンの量がホスファゼンの添加量に相関するというデータだけです。しかし他の難燃剤では、添加した成分のほとんどが系外へ消えているという分析結果でしたので、いくら妄想と言われても、これを信じてコストの安価な難燃システムを設計する以外に始末書のリベンジをする機会はありませんでした。

 

燃焼時に重合して、燃焼中にも燃焼している系内に残り、炭化促進触媒として機能する難燃化システムとして当時考えましたのは、リン酸系ガラスを燃焼時に生成するシステムです。リン酸系ガラスであれば、リン酸のユニットが、炭化促進の触媒として働く可能性があり、耐熱性も十分です。

 

問題は「結論」から考えろ、セミナーでは、高純度SiCの発明の時に逆向きの推論を考案したように説明していますが、燃えかすの分析をしたり、その燃えかすの生成仮説を立てたり、と、当時すでに逆向きの推論を無意識に日常展開していました。また、思考実験については、学生時代にニュートンのリンゴの木の話を読んでいましたので、仮説を考える時に実践していました。

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2012.09/20 ホスファゼン変性ポリウレタン(2)

修士課程2年間は、ホスフォリルトリアミドとホルマリンの共重合を研究していました。論文を2報ほど出すことができました。修士論文をまとめた後、ブリヂストン入社まで3週間ほど時間がありましたので、ホスファゼンの3量体を合成しました。そして側鎖基の異なる数種類の誘導体を合成し、ショートコミュニケーションをアメリカの化学会誌に投稿することができました。迅速に研究を行いすぐにその成果を学会誌に投稿する、という姿勢は大学4年から3年間の名古屋大学における研究生活で指導された習慣です。ホスファゼンにつきましては、新しい誘導体が研究開発されている時代で、日本でも誘導体の原料だけが市販されている状態でした。

 

ホスファゼン変性ポリウレタンを開発するにあたり、イソシアネートと反応しうる官能基を持った誘導体を開発しなければなりません。入社前に合成した原料の結晶が300gほど残り、一部を窒素封入したガラス管に入れ部屋に記念として飾っていましたので、それを使うことにいたしました。当時はMSDSなどの管理をしていなかった時代です。

 

1ケ月ほどで新しくデザインした誘導体とイソシアネート基との反応様式のデータが揃いましたので、TDI80(イソシアネート基を有するポリウレタンの原料)とのプレポリマーを合成して、軟質ポリウレタン発泡体に用いることにしました。重合と発泡のバランスが取れた安定な発泡体の合成技術開発は結構難しく苦労しましたが、2ケ月ほどで工場試作できるレベルの技術ができあがりました。難燃性能も当時市販されていた難燃剤よりも高く、低発煙という特徴を備えていました。

 

新入社員テーマとしてホスファゼン変性ポリウレタン発泡体を完成させることができ、この技術を課長が後工程の化工品開発本部に紹介してくださいました。その後のいきさつは新入社員時代の出来事でよく分かりませんが、課長に呼び出されて始末書を書くように言われました。学生時代に合成したホスファゼンを会社の実験で使用した件で叱られたのかと思いましたが、どうも様子が違います。始末書の原案を課長が作成してくださり、そこへ署名する形になりました。始末書は、ホスファゼン変性ポリウレタンを企画した責任をとる内容でした。内容から新入社員である自分がサインしてよいものか迷いましたが、企画から実験、技術の完成まで実行した人物を明確にできると解釈しサインをしました。サラリーマン1年目で始末書を書くような事態になりました。

 

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2012.09/19 ホスファゼン変性ポリウレタン(1)

新素材の樹脂補強ゴムは、当初1年間の開発予定で始まりましたが、3ケ月ほどで防振ゴムの処方が完成する、という快挙を成し遂げました。独身という身軽さで、暇な時にもゴム練りをしていた結果ですが、「残り9ケ月どうするつもりだ」と指導社員O氏に叱られました。なぜか新入社員配属3ケ月で異動となり、ポリウレタンの難燃化技術を開発しているグループで改めて新入社員として出直すことになりました。

 

そのグループは、難燃性硬質ポリウレタン断熱材の開発プロジェクトとして発足したチームで、その商品化が完了し、難燃性軟質ポリウレタンの企画を始めるところでした。幸運にも新しいテーマの企画から参加できましたので、積極的にテーマ提案いたしました。

 

当時新素材の一つとして、PN骨格を持つ化合物、ホスファゼンが注目されていました。骨格にPが含まれていますので高い難燃効果を期待できます。このホスファゼンでポリウレタンを変性したら高い難燃性で低発煙の軟質ポリウレタンフォームができるのではないか、という提案をいたしました。この提案は、調査テーマとして採用され、新入社員の研修テーマとして担当することになりました。

 

この高分子の難燃化技術開発は、「なぜ当たり前のことしか浮かばないのか」でも紹介しています、高純度SiCの発明へ発展してゆくのですが、難燃化技術からセラミックス開発のテーマ企画へ自由に展開できましたのは、新たな指導社員のおかげです。その方は5歳年上の女性研究員で、自由な活動を容認してくださいました。

 

 

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2012.09/17 高分子材料技術と高分子材料のツボ

「高分子材料のツボ」セミナー(以下高分子のツボ)の内容は、高分子材料技術を担当するときに覚えておくべきこと、少なくともこれだけは最低限記憶しておきたいことをまとめたものです。高分子の一次構造や、重合反応についてほとんど扱っていません。理由は、高分子の重合反応については、かなりのところまで科学的に理解されてきたからです。

 

実際に重合反応を100%制御できないにしても、重合様式については、ほぼ明らかになったと思っています。しかし、高分子のレオロジーはじめ実際の高分子材料の機能発現機構については、推定の域に留まっています。

 

2005年から2011年までの6年間、樹脂技術開発に専念することができました。社会人になって30年間疑問に思ってきた科学的成果にフローリーハギンズの理論(以下FH理論)があります。2002年にチャンスがあり、ポリオレフィンとポリスチレンを混合し、透明になる系を発見して以来、FH理論への疑問は強くなり、どんな高分子の組み合わせでも相溶できるプロセシング開発に対する思いがよみがえりました。

 

2005年にPPSと6ナイロンの系に出会いました。OCTAでシミュレーションしましてもきれいに相分離する系です。もし高温度でPPSと6ナイロンを相溶させて、急冷したならば非相溶系を相溶状態にできるのではないか、と考え、カオス混合にトライしました。仮説は的中し、非相溶系を室温で相溶した状態にできました。混練機の吐出部から透明の樹脂が出てきたときには感動しました。科学で説明できない現象に遭遇できる可能性があるので、技術開発という仕事は、刺激的で病みつきになります。しかし、この刺激による興奮を味わうためには、素人スポーツなどの遊びと同じく、ルールを十分に理解していなければなりません。

 

高分子の相溶について、高分子のツボでも扱っていますが、通常の高分子の教科書と少し表現を変えています。教科書を否定すると売れなくなるので、否定はしていませんが、FH理論に対する疑問がわくように表現しています。

 

高分子のツボの他の部分もそうですが、高分子材料技術に関わっている人が、まず頭の中に整理して入れておいて頂きたい内容と、疑問に思って頂きたい内容をとりあげまとめております。すなわち、高分子のツボをよく理解して頂ければ、技術開発で遭遇する現象を前に楽しむことやアイデアを出すことができるのではないかという思いで編集しております。

 

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2012.09/15 樹脂補強ゴム(4)

自動車タイヤなどに用いられるような動的性能に厳しい条件がつくゴム部品は、バンバリーとロール練りを用いて混練した加硫ゴムを用います。しかしゴム部品を低コストで市場に供給するために、二軸混練やニーダーなどの混練機でゴムのコンパウンドを製造したい、というニーズは以前からありましたが、バンバリーとロール練りによるコンパウンドから製造した加硫ゴムとの性能差を埋めることができませんでした。

 

また、混練というプロセス以外に、ゴム製品の成形を行う加硫工程も成形に長時間かかるため、コストアップの要因となっており、この工程を短くし、樹脂と同様の射出成形でゴム部品を製造する技術開発も試みられました。

 

ポリウレタンゴムのRIMは、1970年代に登場した加硫ゴムに匹敵する(と言われた)成形体を製造できるソリューションで、乗用車用タイヤをRIMで製造する研究も世界中で行われました。子供用のレーシングカートのタイヤを作ることに成功しましたが、一般の乗用車用タイヤをRIMで製造することは不可能という結論になりました。技術的に不可能な理由は幾つか挙げられていますが、加硫ゴムの信頼性の高さという因子は重要で、21世紀になりました現在でも昔ながらの加硫ゴムでタイヤが作られている理由でもあります。かつてタイヤのCMに、「タイヤは命を乗せている」というコピーがありましたが、まさにその目標を達成するために加硫ゴムが使われているのです。

 

自動車タイヤほどの信頼性が要求されない分野には、RIMをはじめ、LIMS、TPEなど射出成形でゴムの成形体を製造できる技術が幾つか開発されました。最近ではTPEよりも低コストにできるという動的加硫技術を用いて樹脂に加硫ゴムを分散し、加硫ゴムの射出成形を可能にした技術も登場しています。この技術で製造されるゴムの高次構造は1979年に開発された樹脂補強ゴムと同じ海島構造ですが、海となっている樹脂の構造は異なっています。1979年に開発された樹脂補強ゴムの樹脂は、一部の樹脂はゴムとの架橋が進行し、ゴムと一体になっているナノ制御構造です。

 

ナノテクノロジーは、1980年代に起きました材料革命、ファインセラミックスフィーバーの流れを受け継いだ20世紀末から21世紀への技術革新のキーワードですが、ブリヂストンでは、1970年頃からゴム材料のナノテクノロジーに取り組んでいたように思います。ポリマーアロイの初期の世界的な研究も西敏夫先生始め諸先輩の成果です。このような風土で樹脂補強ゴムの技術開発ができましたので、製品開発というよりも高分子の勉強をしていた印象が大きいです。

 

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