新素材の樹脂補強ゴムは、当初1年間の開発予定で始まりましたが、3ケ月ほどで防振ゴムの処方が完成する、という快挙を成し遂げました。独身という身軽さで、暇な時にもゴム練りをしていた結果ですが、「残り9ケ月どうするつもりだ」と指導社員O氏に叱られました。なぜか新入社員配属3ケ月で異動となり、ポリウレタンの難燃化技術を開発しているグループで改めて新入社員として出直すことになりました。
そのグループは、難燃性硬質ポリウレタン断熱材の開発プロジェクトとして発足したチームで、その商品化が完了し、難燃性軟質ポリウレタンの企画を始めるところでした。幸運にも新しいテーマの企画から参加できましたので、積極的にテーマ提案いたしました。
当時新素材の一つとして、PN骨格を持つ化合物、ホスファゼンが注目されていました。骨格にPが含まれていますので高い難燃効果を期待できます。このホスファゼンでポリウレタンを変性したら高い難燃性で低発煙の軟質ポリウレタンフォームができるのではないか、という提案をいたしました。この提案は、調査テーマとして採用され、新入社員の研修テーマとして担当することになりました。
この高分子の難燃化技術開発は、「なぜ当たり前のことしか浮かばないのか」でも紹介しています、高純度SiCの発明へ発展してゆくのですが、難燃化技術からセラミックス開発のテーマ企画へ自由に展開できましたのは、新たな指導社員のおかげです。その方は5歳年上の女性研究員で、自由な活動を容認してくださいました。
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「高分子材料のツボ」セミナー(以下高分子のツボ)の内容は、高分子材料技術を担当するときに覚えておくべきこと、少なくともこれだけは最低限記憶しておきたいことをまとめたものです。高分子の一次構造や、重合反応についてほとんど扱っていません。理由は、高分子の重合反応については、かなりのところまで科学的に理解されてきたからです。
実際に重合反応を100%制御できないにしても、重合様式については、ほぼ明らかになったと思っています。しかし、高分子のレオロジーはじめ実際の高分子材料の機能発現機構については、推定の域に留まっています。
2005年から2011年までの6年間、樹脂技術開発に専念することができました。社会人になって30年間疑問に思ってきた科学的成果にフローリーハギンズの理論(以下FH理論)があります。2002年にチャンスがあり、ポリオレフィンとポリスチレンを混合し、透明になる系を発見して以来、FH理論への疑問は強くなり、どんな高分子の組み合わせでも相溶できるプロセシング開発に対する思いがよみがえりました。
2005年にPPSと6ナイロンの系に出会いました。OCTAでシミュレーションしましてもきれいに相分離する系です。もし高温度でPPSと6ナイロンを相溶させて、急冷したならば非相溶系を相溶状態にできるのではないか、と考え、カオス混合にトライしました。仮説は的中し、非相溶系を室温で相溶した状態にできました。混練機の吐出部から透明の樹脂が出てきたときには感動しました。科学で説明できない現象に遭遇できる可能性があるので、技術開発という仕事は、刺激的で病みつきになります。しかし、この刺激による興奮を味わうためには、素人スポーツなどの遊びと同じく、ルールを十分に理解していなければなりません。
高分子の相溶について、高分子のツボでも扱っていますが、通常の高分子の教科書と少し表現を変えています。教科書を否定すると売れなくなるので、否定はしていませんが、FH理論に対する疑問がわくように表現しています。
高分子のツボの他の部分もそうですが、高分子材料技術に関わっている人が、まず頭の中に整理して入れておいて頂きたい内容と、疑問に思って頂きたい内容をとりあげまとめております。すなわち、高分子のツボをよく理解して頂ければ、技術開発で遭遇する現象を前に楽しむことやアイデアを出すことができるのではないかという思いで編集しております。
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自動車タイヤなどに用いられるような動的性能に厳しい条件がつくゴム部品は、バンバリーとロール練りを用いて混練した加硫ゴムを用います。しかしゴム部品を低コストで市場に供給するために、二軸混練やニーダーなどの混練機でゴムのコンパウンドを製造したい、というニーズは以前からありましたが、バンバリーとロール練りによるコンパウンドから製造した加硫ゴムとの性能差を埋めることができませんでした。
また、混練というプロセス以外に、ゴム製品の成形を行う加硫工程も成形に長時間かかるため、コストアップの要因となっており、この工程を短くし、樹脂と同様の射出成形でゴム部品を製造する技術開発も試みられました。
ポリウレタンゴムのRIMは、1970年代に登場した加硫ゴムに匹敵する(と言われた)成形体を製造できるソリューションで、乗用車用タイヤをRIMで製造する研究も世界中で行われました。子供用のレーシングカートのタイヤを作ることに成功しましたが、一般の乗用車用タイヤをRIMで製造することは不可能という結論になりました。技術的に不可能な理由は幾つか挙げられていますが、加硫ゴムの信頼性の高さという因子は重要で、21世紀になりました現在でも昔ながらの加硫ゴムでタイヤが作られている理由でもあります。かつてタイヤのCMに、「タイヤは命を乗せている」というコピーがありましたが、まさにその目標を達成するために加硫ゴムが使われているのです。
自動車タイヤほどの信頼性が要求されない分野には、RIMをはじめ、LIMS、TPEなど射出成形でゴムの成形体を製造できる技術が幾つか開発されました。最近ではTPEよりも低コストにできるという動的加硫技術を用いて樹脂に加硫ゴムを分散し、加硫ゴムの射出成形を可能にした技術も登場しています。この技術で製造されるゴムの高次構造は1979年に開発された樹脂補強ゴムと同じ海島構造ですが、海となっている樹脂の構造は異なっています。1979年に開発された樹脂補強ゴムの樹脂は、一部の樹脂はゴムとの架橋が進行し、ゴムと一体になっているナノ制御構造です。
ナノテクノロジーは、1980年代に起きました材料革命、ファインセラミックスフィーバーの流れを受け継いだ20世紀末から21世紀への技術革新のキーワードですが、ブリヂストンでは、1970年頃からゴム材料のナノテクノロジーに取り組んでいたように思います。ポリマーアロイの初期の世界的な研究も西敏夫先生始め諸先輩の成果です。このような風土で樹脂補強ゴムの技術開発ができましたので、製品開発というよりも高分子の勉強をしていた印象が大きいです。
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加硫ゴムのプロセスは、通常バッチプロセスが基本になっています。すなわち混練から成形体まで完全自動化が難しい材料です。混練は、バンバリーとロール練りが基本です。ニーダーだけで練りを済ませる場合もあるようですが、機能を創りこんだ高度なゴムは、ニーダーだけでは不可能です。
1979年に防振ゴム用に開発された樹脂補強ゴムは、ニーダーだけで混練し、コンパウンドを製造することもできましたが、バンバリーとロールを組み合わせて最適化したプロセスで製造されたコンパウンドと比較しますと、防振ゴムの評価において性能に大きな差が出ました。
引張強度と耐久寿命は、一般のゴム処方でもプロセスの差異が出ますが、損失係数の周波数依存性まで差のあるデータが得られたことにびっくりしました。すなわち、混練プロセスが変わると、別のコンパウンドができている、と表現すべき結果です。驚くべきことに分析しても差異はありません。組成は当然ですが、電子顕微鏡で観察したゴムの高次構造まで一緒です。しかし、性能が大きく異なるのです。今は分析技術が進歩しましたので、この差がどこから由来するのか解析できているのかもしれませんが、そのような情報をまだ目にしていません。
麺類、例えばうどんについて産地で味が異なるのは、組成だけでなくプロセス依存性が大きいのではないかと思っています。素麺は、三輪素麺が、うどんは讃岐うどんが味一番、とよく言われますが、加硫ゴムはブリヂストン製がコストパフォーマンス一番かもしれません。少なくとも新入社員時代に工程における品質管理の厳しさを見ていて、そのように感じました。
ゴム産業は3K職場でローテク、と言われますが、そこで製造されているゴムには、進歩した公知の高分子技術を駆使しても解明できていない世界があります。実際にゴム加工を体験し、痛い目に遭ってみて初めて、科学との小さな接点が垣間見えたりします。加硫ゴムは、分子1本のレベルからメソフェーズ、さらにはもっと大きな領域までの構造が複雑に絡み合って物性が創られてゆく材料と思っています。また、加硫ゴムの成形体を手がけている多くのメーカーが、コンパウンドから成形体まですべてのプロセスを自社で行っている理由もここにあるのかもしれません。プロセス内で創りこまれた機能はブラックボックス化されます。
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今ではゴムと樹脂のブロックコポリマーや熱可塑性樹脂(以下TPE)を手軽に入手できますが、30年以上前は研究開発が始まったばかりの先端材料なので、価格が高いだけでなく、種類も豊富ではありませんでした。それゆえベースゴムにうまく分散する樹脂を頭で探す、というよりも、TPEも含め市販されている樹脂を全て集め、ベースゴムに分散し、物性データを集める、という肉体労働100%の作業を進めていました。
しかし物性データは当時最先端の粘弾性スペクトロメーターという世界に1台しかない装置で損失係数の周波数分散を計測していましたので、ただ指導されたとおりの操作で測定しているだけでしたが、モラールが高かったことを記憶しています。
二週間ほど物性データを集めましたが、シミュレーションからほど遠い実験結果しか得られませんでした。すると指導社員の方から、実験時間を短縮するために、ある特定の周波数のデータだけで良い、との指示が出ました。指示通りの実験では、それまで3時間かかっていた測定が15分未満で完了します。指示は出なかったのですが、サンプル作成水準を特定の1水準に絞ることを小生から提案しましたところ、条件付きでOKが出ました。大幅に実験効率を上げることができるので、集中的に実験を行い、当時入手可能な樹脂すべての評価を5日ほどで完了し、よい結果が出そうな樹脂2種類について、細かいデータを取りました。
驚くべきことに、その2種類の樹脂を用いたポリマーブレンドでは、シミュレーションと同じ動的粘弾性の結果が得られました。この2種類の樹脂の1次構造(分子構造)は異なっていましたが、開発目標と異なる実験結果であった大半の樹脂の物性と大きく異なる結晶化度という因子などの共通した物理的特徴がありました。
大学では合成化学の研究を3年間してきましたので、分子構造ではなく物理的特徴から高分子をながめ作業を進める毎日は新鮮でした。また、この開発を始めたときに、シミュレーションから目標となる樹脂物性が予測されていたのですが、ゴムへブレンドしたときに樹脂が発現する物性と異なるためでしょうか、少しその予測が外れました。シミュレーション結果があるのに、実際には入手可能な全ての樹脂を評価したり、予測から少し外れた物性の樹脂が最適であったりと、必ずしもシミュレーションのすごさを示す実験とはなりませんでしたが、材料開発の動機付けにはなりました。
すなわち未踏領域の物性の材料開発を行おうとするときに、その物性を本当に達成できるかどうか知る方法があれば、事前に確認することで目標が明確になります。シミュレーション結果があれば、パラメーターの動きから、実験の方向も見えてきます。樹脂補強ゴムの開発で学んだことは多いですが、材料シミュレーションの威力とその効果につきましては、大変貴重な財産となりました。また、指導社員の方が、シミュレーションに投じた時間を最初に説明された理由とその隠された思いも理解できました。
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以前新入社員の時に担当した防振ゴム開発について書きました。その時開発したのが樹脂補強ゴム。指導社員が企画し、その企画書にはレオロジーの理論によるシミュレーション結果がグラフ化されていました。シミュレーションに用いられたモデル構造は、樹脂の海にゴムの島が浮かんでいる、ポリマーブレンドの代表的な構造、海島構造である。
当時企画書の説明を聞き、驚いたことが2つある。1つはシミュレーションをすべて関数電卓1台でやられたことと、そのシミュレーションどおりの材料を開発するのが小生のテーマであったこと。
シミュレーションでは、マックスウェルモデルとかケルビン・フォークトモデルなどを組み合わせて数値計算を行いグラフ化していた。電卓による計算なので、途中結果も人間味あふれる文字でA4ノート1冊にびっしり残されていた。「コピーはするな、明日返却せよ」と言われた。すなわち1日で理解せよ、と言われたのと同じであるが、学生時代有機合成を専門とし、数値計算と言えば加減乗除の世界しか経験したことのない小生にとりましては拷問のようなものでした。
その日は定時退社し、独身寮にこもり説明の無い数値と難解な式が羅列されたノートと悪戦苦闘しました。30分ほどで明日までに全部を理解できないことに気がつき、あきらめることができました。理解できないならばすべて手で写そうと考えましたが、「コピーはするな」という指示を思い出しました。さて、どうするか考えていたら朝になりました。
翌日、独身寮にノートを持ち帰りましたことを叱られました。機密情報の扱いに関する注意かと思いましたら、「仕事は会社で、家では勉強」と指導されました。このノートでは勉強できないので無駄な時間を使うな、とも注意されました。ノートを渡された理由は、シミュレーションの結果である1つのグラフを書くためにどれだけの労力が使われたのか理解するためだったようです。1週間以上かかったように感じました、と感想を述べましたら、レオロジーを理解していないのなら1週間まず座学を行う、と言われ、すぐにレオロジーの講義が始まりました。実際には2ケ月ほど時間をかけられたようですが、指導社員からは費やされた時間については教えて頂けませんでした。
シミュレーションを何のために行ったのか、実験を開始し、すぐに理解できました。樹脂とゴムの組み合わせを選択しないとうまく混練することができないのです。当時フェノール樹脂とゴムとの海島構造のポリマーブレンドが製品化されたばかりで、最先端の技術でした。フェノール樹脂とゴムのブレンドでも防振ゴムとしての性能はでましたが、指導社員のシミュレーション結果は、その組み合わせよりも高性能の組み合わせが存在することを示しており、小生の仕事は、そのシミュレーションどおりのポリマーブレンドを開発することでした。
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高分子とセラミックスの両方の材料について研究開発を行い、両方の材料分野の開発成果は、学会から賞を頂いております。また学位論文は、有機無機複合材料という内容です。両方の材料開発を経験した感想として、高分子の技術革新の方向について考えました。
高分子とセラミックスについては、相違点が多いですが、大局的に見ると類似点もたくさんあります。
例えば、材料物性のプロセス依存性。これは、金属も含め、材料一般に言えますが、金属よりも高分子やセラミックスは、プロセス依存性が大きいです。材料の混合から始まり、成形するプロセスまで、一定条件で取り扱ったつもりでも、できあがった成形体物性のばらつきは、金属よりも大きくなります。高分子とセラミックスでは、組成によりますが、ばらつきの大きい組成で比較しますと大差は無いです。ばらつきの小さい組成の場合には、高分子の方が小さいですが、ばらつく場合には高分子もセラミックスもおそらく同じくらいばらつき、品質安定化技術が重要になります。
ゴム材料はプロセス依存性の大きい材料です。企業を分類するときにゴム業界と窯業業界か一緒に分類されている例には思わず納得することもあります。ゴムにしろセラミックスにしろ品質管理技術が参入障壁になっている可能性もあります。
次に材料の壊れ方、破壊の様子が、高分子とセラミックスは似ているように思っています。このように書きますと破壊力学の専門家からは叱られるかもしれませんが、高分子もセラミックスも金属に比較しますと、材料の破壊についての信頼性は低いです。材料物性は総じてプロセスに依存しますので、プロセス依存性が大きいので、物性である材料の破壊に対する信頼性の低さが似てくることになるのですが、無頓着の方が多いように思います。自動車の構造材料に高分子材料が使用できる、という事実は、大きな技術革新が必要でした。
1980年代にガスタービンの部品をすべてセラミックスで作ることを目標にしたムーンライト計画と呼ばれる国のプロジェクトがあり、エンジニアリングセラミックスの技術は大幅に進歩し、オールセラミックスガスタービンエンジンの開発には失敗しますが、包丁までセラミックスで作れるようになりました。当時エンジニアリングプラスチックスは実用化されていましたから、高分子の方が技術進歩が早かったわけです。
壊れにくい成形体を作る技術として、高分子もセラミックスもある程度まで技術進歩したのですが、材料の高純度化技術という点で、高分子はセラミックスよりも遅れているように感じています。コストをかければ、高分子も高純度化できます。しかし工業製品に占める高純度材料という観点では、高分子はセラミックスに負けています。パーフェクトな単分散の分子量分布をもつ高分子とか一次構造が完全に制御された高分子とかは、工業材料に登場していません。ニーズが無いのでしょうか。光学部品には意外な恩恵があるかもしれません。またエンジニアリング分野でも信頼性向上という成果や、二律背反になっている物性を両立させたりできるかもしれません。高分子にはまだ技術革新しなければならない分野が残っているように思っています。
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重合反応の最後のプロセスで配合剤を添加したりする場合も含めるが、高分子材料を実用化するときに、”混合”というプロセスが必ず入る。溶媒に膨潤あるいは分散した高分子に添加剤を入れ混合するプロセスは、溶媒を除去しなければならないので、塗布とかキャスト成膜などの用途に限られている。一般には、無溶媒でバンバリー、ニーダー、ロール、二軸混練機などの機械式混合装置が用いられる。
加硫ゴム材料では二軸混練機を用いることができないので、バンバリー工程とロール工程を組み合わせたバッチ式プロセスとなるが、樹脂材料やTPEでは二軸混練機が多くの場合用いられている。この二軸混練機の解説書は、ハードウェアー寄りに書かれており、高分子材料の物性が混練機でどのような影響を受けるのか体系的に詳述した本を見たことが無い。おそらく、多くのケースではノウハウの部類に属することなので公開されていない可能性が大きいが、加硫ゴムのように経験知の部分が多く解説が難しい、という点もあるかもしれない。
レオロジーの観点から二軸混練機を伸張流動と剪断流動の組み合わせで材料の混合を行っている装置、と簡単に書くこともできるが、実際には物質の分散だけでなく材料の変性も同時にこのプロセスの中で起きているので体系的に技術を整理するのは至難の業のように感じる。21世紀に入り高分子精密制御プロジェクトという国研で混練技術が取り上げられ、L/Dの大きな二軸混練機やEFM、高速剪断混練機などが検討されたが、これらが実用化され普及したという噂を聞かない。伸張流動を極限まで追求したL/Dの大きな二軸混練機やEFMでは、ナノオーダーのレベルまでポリマーアロイの高次構造を作り込むことができると言われたが、生産性が悪いという難点が残った。高速剪断混練機は、その機構上生産機レベルの装置を実現できないだけでなく、分子量低下という問題が残った。
国研で検討されたこれらの装置の状況を見ると、1990年前後に登場した石臼式混練機は、生産性は悪いが新しい混練機として成功した例と言っても良いかもしれない。樹脂への無機粉体の分散を得意とするこの装置の難点は生産性以外に混練後の清掃の煩雑さである。しかし、バンバリーとロールの組み合わせよりも効率は良いのでそこそこ普及した、と聞いている。
最近ラムスタットミキサーというバッチ式の混練機の提案やカオス混合装置の提案がされているが、研究報告をあまり見かけない。樹脂の着色程度ならば二軸混練機でも用を足せるが、最近普及し始めた3成分以上のポリマーアロイや融点の高いエンジニアリングプラスチックの混練では、現在普及している二軸混練機の性能の限界が見えてきている。二軸混練機の限界性能を引き出すように使い込むのか、あるいは二軸混練機に付加装置を足して二軸混練機の性能向上を図る技術開発が現実的であるが、もう少し新しいプロセシング開発にもチャレンジする企業が出てきても良いのではないでしょうか。
実用的で新しい混練機が登場するまで、もし樹脂の混練でお困りのことがございましたら株式会社ケンシューにご相談ください。
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酸化スズゾルを用いた帯電防止技術をテーマに田口先生からタグチメソッド(以下TM)の御指導を受けているときに、TMの実験結果を科学的に検証しながら進めたい、という提案をしましたら叱られました。TMだけで開発を進めれば良い、とのこと。結局御指導期間中は研究を行わず、田口先生から解放された後、すなわち製品開発完了後に酸化スズゾルのパーコレーションの研究をヤミ研として進めました。その結果は昨日述べたとおりです。
「高分子材料のツボ」セミナーには、パーコレーション転移の紹介に、日本化学会で発表した酸化スズゾルのデータを使用していますが、近々パーコレーション転移だけのセミナーも販売する予定です。パーコレーションに関してはスタウファーの書籍が有名ですが、高分子材料におけるパーコレーションの良書が見当たりません。現在のところセミナー形式で販売を予定していますが、もし皆様のご希望があれば書籍の形態に変更することも考えています。
ちなみに「高分子材料のツボ」セミナーに関しては書籍の形態希望のメールが届いており現在検討中ですが、今回のセミナーの形態にしました理由は、ポイントだけを反復して眺めるのに便利ではないか、と考えたからです。高分子材料開発において、高分子科学全体を頭に描いていた方がアイデアが豊富に出る、と思っています。よく高分子を勉強された専門家ならば「高分子材料のツボ」は必要ではないでしょうが、10年セラミックスの研究開発を行っていた技術者が高分子材料の開発を担当しましたので、最初のテーマとしてにPETフィルムの帯電防止技術を担当しましたときには大変でした。「高分子材料のツボ」はこの時から作り始めたメモが大半の内容を占めております。
「高分子材料のツボ」セミナーは、弊社のコンサルティング活動におきましても教科書的な位置づけで使用しています。20年前からメモしてきました内容を見ながら、温故知新の気持ちでコンサルティングを行っています。面白いことに、同じ科学的事実でも、その現象が現れる環境が異なると、新鮮に見えることがあります。「高分子のツボ」を見ながら、新しく見える理由を考えてゆきますとアイデアがわいてきます。
酸化スズゾルの技術は1960年の公告特許がもとになっていますから、まさに温故知新の産物ですが、科学的情報を過去のものと捉え、目の前に現れた現象を新しいと感じると、温故知新の教えを生かして、アイデアをひねり出すことができます。そのコツは、周辺の科学的知識を整理しておくことです。新しさを具体化するためには、古い科学的知識を明確にしておく、すなわちどこまでわかっていてどこからわかっていないのか、あるいはその理論がどのように生まれたのか、などをきちんと整理しておく必要があります。
最近「歴史地震学」が注目されていますが、3.11が起きる前にこの学問が温故知新の観点で整理されていたならば、もう少し被害を小さくできたのではないか、と悔やんでいます。古文書には地震の情報が少ないと言われていますが、地層には動かぬ証拠が眠っています。その証拠と古文書を科学的に対照させれば、豊富な地震情報になるのではないでしょうか。酸化スズゾルを用いた帯電防止技術では、ヤミ研ではありましたが、温故知新という言葉を味わいながらパーコレーションの研究をまとめることができました。
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タグチメソッド(以下TM)は、汎用的な技術開発ツールです。化学的見地から出した最適条件とTMで得られました最適条件が異なった、という体験を昨日書きましたが、タグチメソッドの実験ではこのような科学的推定との差異が生じることがあります。パーコレーションは、化学的因子以外に物理的因子にも支配される現象ですから、化学的因子だけで最適化していたなら当然だ、と今回の場合は納得できますが、TMから得られる結果に納得できないときも稀にあります。
このような科学的視点あるいは感覚からのずれが、実験結果に現れたりするので、TMを積極的に使わない同僚も見かけたりしました。しかし、TMは、技術開発のツールとわりきって研究開発で使用すべきと思っています。そして、TMの結果が予期せぬ結果であったならば、TMを疑うのではなく、実験計画あるいは科学的知識を疑うべきです。
酸化スズゾルを用いたPETフィルムの帯電防止加工技術開発では、TMを何度も使いました。田口先生はL18を推奨され、L9やL8のような小さな実験計画についてあまりよいお顔をされませんでしたが、開発初期の暗中模索状態の時には、いきなりL18を用いるよりも、L9やL8を使って開発スピードをあげるほうがよいように思っています。L9やL8を何度も使っていると重要な制御因子が見えてきます。そして仕上げにL18を使用すると、予想通りの実験結果が得られます。
技術的な経験知が充分蓄積された状態では、いきなりL18を用いていましたが、酸化スズゾル関係の技術開発の初期には、このように小さな実験計画を用いて、科学的知識との差異を実験結果と比較しながら進めました。パーコレーションの制御因子が複雑だったからです。初期のTMの結果には戸惑いましたが、別途モデル実験を組み、TMから導かれた制御因子の動きを確認したこともあります。研究開発の進め方として、技術開発を行ってから研究を後追いで進めるスタイルができあがりましたが、この方法は、あたかも「刑事コロンボ」というTV番組のシナリオのようです。この時の研究成果は日本化学会年会などで発表し、当時の部下の一人は講演賞を受賞しております。
TMの実験結果に対し、このような科学的検証を加えながら進めた結果、TMは、科学的考察から気がつかない因子の動きを教えてくれる便利なツールという印象を持つに至りました。そして、TMで得られた因子の動きから研究テーマを設定し、それを検証すると新たな科学的知識を獲得することができました。
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