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2016.01/04 高純度SiCの発明プロセス(5)

フェノール樹脂とポリエチルシリケートとのリアクティブブレンドは、フェノール樹脂天井材の開発初期に、技術が成功した、と報告書にまとめていた。この報告書にはシリカ超微粒子をフェノール樹脂マトリックスにナノ分散するための技術として書かれている。
 
ここに書かれた材料でも1000℃まで焼成すれば高純度のシリカと炭素の均一混合物を製造できるので高純度SiCの原料として使えないことはない(注1)。しかし、シリカのナノ粒子と言っても電顕で詳細に調べると粒度分布があり、SiC生成反応が不均一となる心配があった。(注2)
 
フェノール樹脂開発前に担当したポリウレタンの難燃化技術のテーマで、ホウ酸エステルとリン酸エステルとの組み合わせ難燃剤システムを開発していた。この技術は無機高分子のモノマーに相当する成分をポリウレタンに分散し、燃焼時の熱でこれらを反応させて無機高分子を合成するという画期的な方法である。この時に得られた実践知からも、ナノレベルの微粒子分散系と分子レベルで分散した系とは反応の均一性に差が現れることが予想できた(注3)。
 
実践知をもとに、いろいろ技術イメージを展開すると副生成物による弊害について思考実験で確認できた。すなわち、微粒子や分子状態の難燃剤を添加した様々な難燃性高分子をTGAで解析した経験から、理想と異なる微粒子を分散したSiC前駆体で生じる弊害を予想したのである。恐らくこれはファーガソンの著書「技術者の心眼」に書かれた心眼の使い方と同様と思われる。
 
そして、シリカと炭素が均一な反応で進行し、生成するβSiCの粒度が揃うためには、シリカが分子レベルで炭素に分散している構造が不可欠という結論が思考実験から導き出された。このような構造が得られるためには、フェノール樹脂とエチルシリケートとのリアクティブブレンドの段階で両者の高分子が相容し,コポリマーが生成しなければならない。
 
フェノール樹脂天井材の開発で行った実験では、形式知を動員してもイメージ通りにうまくゆかなかった(注4)。しかし、天井材の開発を完了後、技術の見直しを行ってみると、なぜか頭の中でうまく反応が進行してゆき、理想の技術を実現できそうな気がしてきた。すなわち、天井材の開発過程で遭遇した新たな現象から利用できそうな機能を取り込み思考実験を繰り返すことにより、フェノール樹脂とポリエチルシリケートを反応させた時に生成する、透明な液体が、中間体として合成されるイメージが具体化された。
 
しかしこの結論は、形式知から見出されたわけではなく、実践知の組み合わせによる思考実験から導かれたものであり、非科学的な見通しだった(妄想と言う人もいる)。
 
(注1)シリカ還元法によるSiC合成法では、シリカ微粒子とカーボン粉体を樹脂で固めてペレット化した原料が使用されている。あるいは、シリカ微粒子とカーボン粉末の流動層で反応を行っている場合もあるが、反応に必要なカーボン量の2倍から3倍の量のカーボン粉末を使用している。そしてSiC化の反応終了後、カーボンを燃焼させて除去しSiCを取り出しているが、その結果、シリカ不純物が生成するという問題を抱えている。ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドで生成したコポリマーを使用した場合にはほとんどカーボンを残さないようにしたSiC化の反応を行うことが可能である。2%前後カーボンが残っていても助剤として使用可能なので問題ではない。また、SiCウェハー生成用に用いる場合でも問題とならない。
(注2)この1年半後、無機材質研究所の留学から戻り、自作の熱天秤を用いて研究したシリカ還元法の速度論で見出された結果では、この前駆体を用いるとSiOガスが生成し、炉内を汚染するという可能性が示された。
(注3)燃焼している材料では急激に酸化が進んでいる部分とそうではない部分との界面が存在する。あるいは、あくまでも燃焼は気相で進み、燃焼が進んでいないところとの界面を仮定する場合がある。この界面で無機高分子が生成するとそれが耐熱層となり、酸化の進行を止める。この界面に無機高分子相が生成する現象は科学的に確認され実証実験にも成功している。高度な難燃性を実現するためには発泡断熱層の生成が重要と言われているが、発泡断熱層でなくても火を消す作用はある。
(注4)山中先生も、当初実験がうまくゆかず、悩んでいたが、学生の形式知からずれた思い切った実験で突破口ができた、と語られている。

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2016.01/02 3種類の知識

知識には科学で代表される形式知と経験から獲得される実践知や暗黙知が存在する。20世紀は科学の時代ともよばれ、形式知一辺倒の時代だった。1960年代末から始まった研究所ブームがそれに拍車をかけ、企業でもアカデミアと同様な細分化された知の獲得競争が、あたかも陣取りゲームのように行われた。
 
そして新たに見出された形式知を基に新たな技術開発が行われ、様々な価値が企業から提供された。しかし、20世紀末の情報革命は、形式知の公知化速度を速め、企業の研究所で開発された形式知の独占期間を著しく短縮化した。また、細分化の方向に進んだ科学は、体系の緻密さを可能としたけれど新しい形式知の創出を困難にしていった。
 
科学の良いところは、真理が一つと決まっている点と新たに見つかった真理が過去の真理の上に緻密な論理で結合されている点である。だから科学教育を受けた誰でもが形式知の塊である技術を容易に理解できる。その結果、リバースエンジニアリングも活発に行われ、特許で技術が守られているといっても、新たな機能と組み合わせの新規性で特許を回避した新商品の市場参入を許すことになった。
 
例えば液晶TVや太陽電池のような高度な形式知の塊の商品でも短期にコモディティー化する時代である(注1)。すなわち現代は、単なる形式知の組み立て技術で実現された商品は、戦略を工夫しない限り、新しく見出された形式知を用いたとしても高々20年の市場独占が許されるだけで、すぐにライバルとの価格競争に巻き込まれてしまう。
 
科学による問題解決法では誰でも真理にたどり着くことができ、そのたどり着いた形式知を共有化するのも容易である。すなわち、科学は技術開発の効率を上げたが、企業に技術の独占という力を与えなかった。それどころか、形式知を重視した結果、実践知や暗黙知が軽視され、リベール容易な技術を生み出すことになった。
 
衆知のように、科学と技術の目標は異なり、技術では自然現象から新しい機能を取り出して、新しい価値を創造できれば、それだけでよいのである。その時、現象が形式知で記述されていなくても実践知や暗黙知で理解できれば技術を商品に創りこむことが可能になる。
 
例えば年末まで連載で書いてきた高純度SiC合成技術の基になった、フェノール樹脂発泡体でできた天井材では、難燃化と高靱性化という機能が求められた。材料の難燃化では、その直前まで担当していたポリウレタンの難燃化技術開発で獲得した実践知が重要な役割を担っていた(注2)。難燃化手法だけでなく実験計画法を工夫した手法は、当時形式知で説明できなかった。
 
実践知を躊躇なく技術開発に用いることができたのは、理論派であった指導社員が教えてくださった「高分子材料の形式知が貧弱」という事実である。徹底して混練ノウハウを伝授していただいたが、カオス混合は当方の宿題とされた。人生とは不思議なもので、ゴム会社でセラミックス事業を起業することになり、カオス混合の開発をあきらめていたが、退職直前に担当した電子写真機用樹脂部品開発で開発「しなければいけない」状況になった。
 
30年前の実践知と暗黙知を活用し無事開発できたその技術は、10年経った今でも無事トラブルなく稼働している。そして、カオス混合という形式知で解明されていない特殊な混練技術でブラックボックス化されたコンパウンドが安定に生産されている。このコンパウンドは、χが大きなポリマーアロイであり、形式知であるフローリー・ハギンズ理論では理解できないので、リバースエンジニアリングが難しい技術になっている。
 
(注1)技術の流出が騒がれたりしているが、亀山ブランドのシャープが苦境に立たされているのは、技術に占める形式知の比率が高いためだ。また、製造設備の展示会にゆくと、誰でもお金を出せばその設備を購入することができ液晶TVの製造ラインを作れそうな状態である。ブラックボックス化された技術が無い状態の事業が液晶TV事業である。
(注2)当時日本のトップであったゴム会社の研究所は、アカデミアに近い状態の思想とその会社のDNAに基づく実践知と暗黙知の活用を認める思想のせめぎ合いが存在した。新入社員のスタートが後者の思想の指導社員だったのは幸運だった。ところが、この指導社員とは3ケ月間しか仕事ができず、その後担当したポリウレタンのテーマでは、科学こそ命と言う主任研究員の指導の下、学会発表や論文執筆をさせられた。大学院を修了して間もない小生にはありがたい仕事でもあったが、ゴム会社に入社後1年間で強烈なカルチャーショックを受けていたので、心中複雑であった。また、高分子の難燃化は形式知で語れる部分が少なく(それゆえ形式知による論文は書きにくい)、実践知や暗黙知の占める割合が大きい。実火災など未だに形式知だけでは説明ができない。実践知で偶然見つかった現象を科学的に解析し、形式知の成果で材料設計されたお餅のように膨らむポリウレタン発泡体は、実火災では燃えやすいが、規格に基づく燃焼試験では燃えないという奇妙な商品を生み出した。上司である主任研究員の自慢の成果であったが、こっそりと極限酸素指数を測定し19(空気中で良く燃える材料である)であったことでびっくりした。あわてて問題提起をしたところ、「難燃化技術とは燃焼試験規格に通過する商品を作ることであり、君はまだ実務をよくわかっていない」と妙な指導を受けた。この指導は形式知の視点では正しいかもしれないが、消費者の求めている品質と異なり社是に反する考え方だ。この主任研究員とは、形式知と実践知の戦いのような状態の人間関係になった。その後市場で火災が多発しこの天井材が問題となり、当時の通産省が燃焼試験規格(形式知100%の規格だった)を見直すことになった(新しい規格は、実火災に近づけるために実態に近い試験方法が規格になった。当方はそのお手伝いを担当でき光栄であった)。そしてフェノール樹脂天井材の開発、という仕事を担当することになった。

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2015.12/31 高純度SiCの発明プロセス(4)

フェノール樹脂へアモルファスシリカとリン酸エステルを均一に分散したフェノール樹脂発泡体技術で一番難しかったのは、アモルファスシリカの分散方法である。高分子へアモルファスシリカを均一に分散する技術は、ゴム会社に実践知を有する人が多くいたので問題解決そのものは容易だった。
 
ところが、形式知ならばすぐに技術ができあがるのだが、実践知や暗黙知を活用して技術を組み立てるときには、再現性の問題あるいは技術の安定性の問題、いわゆるロバストの問題との格闘になる。そして、実験室スケールにおける技術のロバストと生産スケールにおける技術のロバストが異なれば、生産立ち上げに苦労することとなる。
 
実験計画法からリン酸エステル系難燃剤とアモルファスシリカとの間に交互効果が存在することが示され、この効果のロバストが低かったので量産化の際に技術の微調整が必要だった。しかし、それでも計画に遅れることなく開発から1年程度で技術移管できたので、無機材質研究所の留学を控えた立場では、計画通りできたことよりも留学準備の時間に余裕ができたことが一番うれしかった。
 
業務移管が無事完了し、開発に使用した様々なフェノール樹脂を処分することになった。社内の廃棄処理施設で処理するには、液状物をすべてゲル化させる必要があった。これはフェノール樹脂と酸触媒をかき混ぜてゲル化させる単純作業である。
 
天井材開発の初期に、フェノール樹脂とポリエチルシリケートとの混合で相分離してうまくゆかなかったことが気になっていた。フローリー・ハギンズの理論、すなわち形式知からすれば当たり前だが、ポリエチルシリケートが分解したときに生成するシラノールの反応速度はイオン反応よりも遅いので何とか工夫すればリアクティブブレンドできる可能性がある。
 
すなわち、フェノール樹脂とエチルシリケートとの反応バランスを取ってやれば、RIM技術のようにχの異なる高分子でも均一に相溶させることができる(実践知)。フェノール樹脂の反応速度やポリエチルシリケートの加水分解速度の情報はモデル反応において知られており、それらの形式知の情報を見る限り、RIMのようなシステムができると推定された(技術の大半が実践知であっても、20世紀にできあがった技術には形式知の部分が必ず存在し、その形式知の類似性から新しい技術の成功確率を予測可能である。また、材料技術では、少なからず実践知の部分が必ず存在する。例えば高分子の難燃化技術や混練技術は実践知の部分が多い。)。
 

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2015.12/30 高純度SiCの発明プロセス(3)

フェノール樹脂にナノレベルのシリカを分散する手段としてポリエチルシリケートを使用する必要はなく、フィラーとして販売されている安価なアモルファスシリカを使えば良い、というアイデアはすぐにひらめく。しかし、フェノール樹脂の難燃性改良をどのように実現するのか、という問題は未解決のままである。
 
この問題については、樹脂の難燃化技術の定石通り、リン酸エステル系難燃剤を使用すれば良いのでは、ということになり、アモルファスシリカとリン酸エステル系難燃剤の組み合わせでクラチメソッドによる実験計画法を行った。このクラチメソッドとは、タグチメソッドが日本で知られていなかったときに、当方が開発したメソッドである。
 
ゴム会社では入社すると技術者全員統計的品質管理の通信教育を受けさせられた。そしてその受講修了後、日科技連が推進していた同様のタイトルのBASICコースを一年受講する、というカリキュラムで統計的品質管理手法と問題解決法を徹底的に身に着けさせられた。さらに実務でそれらを活用することが義務になっており、研修課担当者のフォローがさらに一年間あった。
 
ところが、せっかく学習した実験計画法であったが、実務でうまく結果が出ない場合が多かった。しかし、うまくできない、手法がおかしい、などということは受講直後正直に言えない。会社が1名当たり50万円前後の費用をかけて新入社員の教育に採用している統計手法である。定年退職するまでこの会社で仕事をしてゆこうと決心していた当方は、実務にうまく使用できない手法を前にして悩んだ。そこで考案したのがクラチメソッドだった。
 
当時習った実験計画法では計測値をラテン方格の外側にそのまま割り付ける方法である。このラテン方格の外側にわりつけられた計測値のかわりに、タグチメソッドの感度に相当する相関係数を割り付けて実験したのだ。すなわち、改善効果を相関係数で評価するようにしたらどうなるか、と工夫して実験計画法を使ってみたところ、どんぴしゃで良好な制御因子の組とその値が見つかるようになった。
 
当方は会社の研修で習った手法を用いて問題解決できればよく、当時それがどのような理由でうまく改善できる仕組みになっているのか深く考えなかったが、ちょうどその時田口先生がタグチメソッドを開発されていた時代(注)でもあるので、無駄なことを考えなくて良かったと思っている。
 
 さて、シリカ変性フェノール樹脂天井材の開発では、外側に割り付ける信号因子は、シリカ量を変量したときの極限酸素指数あるいは脆性の値を用いる場合が多かった。この時極限酸素指数の測定方法も便利に測定できるように改良し、会社から改善提案賞を頂いている。これはゴム会社で貢献を認められて頂いた唯一の賞である。(高純度SiCの事業化では随分と貢献したつもりであるが、----。)
 
(注)1979年に経営工学シリーズ18として田口先生の「実験計画法」が日本規格協会から発刊されている。その本に書かれた分散分析の手法に損失関数の記述がある。当時企業では、日本科学技術連盟の統計手法が企業内教育で使用されており、そこには損失関数の概念は述べられていない。当時実験計画法だけでも数冊本を買い込んだが、この田口先生の書籍が一番読んでいて面白かった。但し、この書にはタグチメソッドは書かれていない。

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2015.12/29 高純度SiCの発明プロセス(2)

昨日の続きで、フェノール樹脂天井材の開発について。
フェノール樹脂天井材の開発は、難燃性評価用の炎から逃げるように膨らみ合格した可燃の硬質ポリウレタン発泡体に置き換わる商品として企画された。国内で多発した火災の反省から評価法が見直され、難燃性の規格レベルも高くなり、ポリウレタンではゴール達成が難しいので、フェノール樹脂が選ばれた。しかし、フェノール樹脂でも発泡体になると難燃性能が著しく低下するので新しい技術が要求され、無機高分子で変性する技術を提案した。
 
最初に検討したのは、ケイ酸ソーダから抽出したケイ酸ポリマーの変性効果である。これは当時発表されたばかりの研究成果があり、形式知により良い結果が出ることが見えていた。すなわち、可燃性の有機成分の一部を無機成分で置換すれば、単位重量当たりの発熱量は必ず少なくなる。発熱量が抑制された結果、不完全燃焼となり炭化促進されるという仮説があった。また、無機成分として用いるケイ酸ポリマーの抽出方法もセメントの分析技術として公開されていた。
 
この実験結果は仮説通りになり、無機成分が多いほど難燃効果が高かった。また、フェノール樹脂そのものが炭化しやすい樹脂だったので、ケイ酸ポリマーを増加すれば燃焼後も構造材としても使用可能なレベルの材料ができた。しかし、問題となったのはTHFやジオキサンを使用してケイ酸ソーダからケイ酸ポリマーを抽出するプロセスである。
 
作業環境に悪い有機溶媒を使用するだけでなく、抽出過程も考慮すると、かなりのコストアップになりそうだった。そこで当時半導体用途で市場に出回り始めたポリエチルシリケートに着目した。この化合物は、テトラエチルシリケートを加水分解し、重合させた液状のケイ酸ポリマーの重合体である。タンクローリーで購入すればkgあたり800円という難燃剤として捉えると安価な価格であった。
 
しかし、実験を始めてすぐに挫折した。フェノール樹脂と混合するとすぐに二相に分離するのである。また、混合攪拌し二相に分離する前にフェノール樹脂を硬化させようと酸触媒を増加させると、ポリエチルシリケートが加水分解し、シリカとして沈殿し、その形態でフェノール樹脂に分散して狙った効果が得られないのだ。
 
仮説から期待された実験結果は得られなかったが、この時思わぬ発見をした。超微粒子が分散したフェノール樹脂の脆性が著しく向上するという複合材料の形式知どおりの材料が得られただけでなく、燃焼試験後の炭化したサンプルの靱性も向上しており、難燃効果は小さかったが、燃焼前と燃焼後の力学物性改良技術として使える成果だった。
     

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2015.12/28 高純度SiCの発明プロセス(1)

現在でもゴム会社で続いている異色の半導体事業の心臓部の技術である高純度SiCの合成技術は、形式知よりも実践知や暗黙知の占める割合の高い技術だ。会社を創業してから外国からの問い合わせがあったり、最近は国内のメーカーからこの技術に関係した特許出願があったりと少しブームの兆しがあるように思われる。
 
高純度SiCの注目されている本命のマーケットはパワートランジスタの領域で、ハイブリッド車や電気自動車に必要なインバーターの重要部品である。すでに市場が立ち上がり始め、川上では6インチウェハーの生産が開始され、川下では高級オーディオアンプにも普及し始めた。
 
オーディオアンプへの普及は、高純度SiCの開発に成功した時に一番最初に思いついた分野である。1980年初めにすでに高級オーディオ市場ができつつあり、パワートランジスタのニーズが見えていたので期待した。
 
また、ゴム会社の基盤技術として音や振動分野を制御する技術開発が活発に行われていた時代であり、音の見える化技術やその評価技術を用いた新幹線の騒音対策壁デルタの発明などオーディオ市場につながりそうな気運が社内にあった。また、その技術の担当者の一人は定年退職後オーディオ専門店を始めている。
 
パワートランジスタへの夢を育てる環境はあったが、実際にその夢を会社へ提案するきっかけは、既にこの活動報告に書いたように、社名からタイヤを取り除くCIの導入時に行われた創業50周年記念論文の募集である。
 
この記念論文に応募する時、フェノール樹脂天井材の開発を担当していて、フェノール樹脂へ水ガラスから抽出したケイ酸ポリマーを相溶させたり、その技術の発展形としてポリエチルシリケートの相溶を検討したりしていた。この時は、科学的方法こそ技術開発の王道という時代で、形式知100%のアプローチだった。
   

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2015.12/27 微粒子の表面処理

高分子に微粒子を分散するために、その表面を修飾する方法はよく用いられる。カップリング剤や低分子配位子が使用される場合が多い。しかし困るのはその副作用である。
 
化学修飾された微粒子と高分子の組み合わせによっては、混練プロセスで微粒子から化学修飾した分子がはずれる問題がある。高分子と微粒子だけを混練してストランドを押し出したときには何も起きなかったが、化学修飾された微粒子を用いたときにダイスウェル効果を起こす場合は、微粒子表面の分子が発泡現象を引き起こしている。
 
低分子カルボン酸や低分子アミンで酸化物微粒子を化学修飾した場合などとナイロン系の樹脂と混練するとダイスウェル効果を起こすことが多い。ポリエステル系の樹脂でも起きる場合がある。教科書には、このような副作用について述べられていない。実体験して分かる実践知である。
 
それでは、このような場合の微粒子の表面処理はどのように行ったら良いのか。カップリング剤は一つの答えであるが、カップリング剤でも現象が起きた経験を持っている。おそらく一番無難なのは高分子の吸着機能を利用した微粒子の表面処理だ。
 
この技術については、特許出願を20年近く前に行っているが、あまりPRしていない。重要な実践知であり、暗黙知でもあるから、という理由ではない。写真学会からゼラチン賞を頂いているが、高分子学会技術賞は受賞できなかった。もし受賞できていたら公開していたかもしれないが、落選したので公開する機会が無くなった。
 
しかし、中国で混練技術の指導をしているときにこの方法をいろいろ試してみると、副作用の無い大変良い技術手段であることが分かってきた。過去に超微粒子シリカを分散したゼラチンの改質技術だけしか実績が無かったが、超微粒子の分散など高分子の吸着現象をつかった表面処理方法は現在のところ失敗は無い。日本の某企業で技術を公開したが、残念ながら採用していただけなかった。しかし、中国では砂漠に水をまくが如く何でも素直に吸収してくれる。
     

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2015.12/26 混練技術のどこが難しいのか

高分子の混練の難しさは、混練されている高分子の状態をそのまま観察することが難しいためと思っている。オープンロールの混練でさえ、すべての状態を観察することが不可能である。ましてやバンバリーや二軸混練機ではオープンロールに比較し見えない部分が圧倒的に多い。
 
10年近く前、上海の某大学で混練の専門家と称する大学教授の怪しい研究室を見学した。自己紹介ついでに行われたプレゼンテーションはどこかで見たような資料だったが、説明が中国語になっていたのでコピペではなかった。
 
最も怪しかったのは、二軸混練機の動作を可視化し研究を進めている、という話だった。実験装置を見せていただいたら、混練機のシリンダーの一部がガラスになっており、実際に高分子が混練されて流動している状態が見えるようになっている。
 
そして目の前で、紅白のペレットをその二軸混練機で混練して見せ、一様のピンクになったストランドを示しながら、高分子の流動がよくわかるでしょう、と言っていた。確かに紅白のまだらになった状態からピンクに変色する過程を見ることができたが、それで何がわかるのか。
 
質問をしたら、混練されてゆく状態を見ることができる、という回答以上のご返事を頂くことができなかった。可視化できるようになっている装置ではあったが、温度計以外のセンサーがついておらず、目で見て楽しむ以外目的の不明な装置だった。
 
さらに怪しかったのは、ポリエチレンにナノカーボンを分散する技術について、この装置で研究していると言っていたことだ。そしてカーボンナノチューブの分散した真っ黒で薄く引き延ばされたポリエチレンシートを見せてくれて、太陽光にかざして見ると光が見える、と誇らしげに語っていた。当たり前の現象にドヤ顔されても返す言葉が無い。
     

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2015.12/25 高分子の混練

今年もまもなく紅白歌合戦を視聴することになる年の瀬である。何とか会社は5周年を迎えようとしている。今年はなぜか高分子の混練に関する質問が多かった。ゆえに来年1月末に混練の講演を&Techの主催で行うことにした。
 
高分子の混練は、形式知だけではどうにもならない分野である。しかし、「形式知でどうにもならない」ということを理解している人が少ないので指導するときに大変苦労する。2005年には、コンパウンドを購入していた某メーカーの技術サービスから「素人はだまっとれ」と言われた。仕方が無いので、黙ってコンパウンド工場を短期間で立ち上げ、コンパウンドを内製することにした。
 
この時の生産ラインでは世界で初めてカオス混合の連続装置が無事稼働した。手作りに近い装置だったが、未だにトラブルが無いので、この装置とコンセプトは異なるが動作がよく似ている、4年間開発を続けてきた新しいタイプを弊社から販売することにした。
 
高分子の混練の実践知は、ゴム会社で新入社員の研修と3ケ月間ではあるが電卓でマクスウェルモデルの計算を行っていた大変優秀な指導社員から教えていただいた。理論派であったが、混練の形式知は当てにならない、と明確に否定し、実践知を科学的に観察を中心にご指導してくださった。
 
残業代も無く、深夜まで業務を行うという、今ならばブラック企業と呼ばれるような指導環境ではあったが、ゴム配合の考え方やロール混練の暗黙知に至るまで丁寧にご指導いただいた。濃厚な教育環境は、今から振り返るとバラ色に輝いており、ロールで混練されていたゴムだけがブラックだった。
 
高分子の混練だけは、現場の指導がどうしても必要と感じている。言葉で技術がどこまで伝わるのか、当方はあまり自信は無い。講演会でもそのようにお話しする予定である。40年近く前の指導社員も同様の発言をしていたが、実践知や暗黙知の伝承の難しさだろう。
 
ちなみに指導社員は、一連のゴム開発プロセスを説明後、ご自分が加硫したゴムサンプルをくださり、このサンプルと同じ物性のゴムができるようになったら、次のステップに進みます、と言われた。そのゴールを達成するのに1週間ほどかかったが、よく短期間で達成できたね、と褒めてくださった。この時は1週間会社に泊まりながら混練の練習をしていた。
 
複雑な配合処方になるとプロセシングの影響がその物性に大きく現れるようになる。単純な配合であったPPSとナイロン、カーボンの三成分系でさえ、混練条件でその電気電子物性は大きく変動し、カオス混合を用いなければ到達しない世界が存在した。カオス混合技術は、新入社員時代のロール混錬の技術から生まれた成果であるが、関心のある方はお問い合わせください。
 

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2015.12/15 高分子の混合における科学の問題

高分子の混合分散の形式知として、フローリー・ハギンズの理論(以下FH理論)が教科書に書かれている。すなわち高分子の混合分散を科学的に論じる時にはこのFH理論を用いることになるが、FH理論の考え方は科学として正しいかもしれないが、当方の実践知や暗黙知から眺めると、怪しい理論である。
 
フローリーはノーベル賞も受賞されているので、当方のような技術者が彼の理論を論じるにはおこがましさを感じるが、FH理論は、高分子技術の実務のシーンでよくみかける現象やそこに潜む機能を実用化したい時には重要な理論となるので、コンサルティングの時には必ず一言、仮に不遜と思われても、この理論の批判を行うことにしている。
 
理由は、パワー半導体用原料として知られるようになった高純度SiCのポリマーアロイを用いた低コスト合成法やPPS・ナイロン相溶中間転写ベルト、ポリマーアロイ下引き、ポリオレフィンとポリスチレンの相溶したレンズなどの発明を可能にした実践知から見ると、大変不完全な理論だからだ。
 
換言すればFH理論を批判的に見てきたので、これらの機能を実現できた、といったほうが適切かもしれないし、科学にとらわれない技術開発の重要性を説明する時の良い事例になるだろう。
 
今年京都大学からもこのFH理論に疑問を投げかける研究が発表された。それは、植村卓史工学研究科准教授や北川進物質―細胞統合システム拠点教授らのグループが開発した技術である。これは、新たな機能性材料の開発につながる成果で、英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズで7月1日に発表されている。
 
FH理論で知られているように、ポリマーは同じ種類同士で集まる性質があり、異なる種類の混合は、ナノ(10億分の1)メートルのレベルでは難しいとされてきた。
 
グループは、微小な穴が無数に開いたジャングルジムのような構造を持つ多孔性金属錯体(PCP)の内部で異なる種類のポリマーをそれぞれ合成した。その後、薬剤を使ってPCPを除去することにより、それらを混合することに成功した。
 
発泡スチロールの原料であるポリスチレンと、アクリル樹脂の原料であるポリメタクリル酸メチルもこの手法を使い、ナノメートルレベルで混合し、耐熱性を上げることができた。他のポリマーの組み合わせにも適用し、片方の材料の耐熱性などを向上させることが期待できるという。
 
アカデミアからもFH理論に反する事例が公開されたように、高分子の混合分散についてFH理論にとらわれ過ぎると新しいアイデアを生み出したいときに障害となる。この分野では、特に科学にとらわれない自由な発想が大切となる。
 
 

カテゴリー : 高分子

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