科学者は、形式知に精通しておれば、職業として成立するが、技術者は、形式知と実践知、そして暗黙知まで身につけていることが要求される職業である。そして、この3つの知識のバランスが技術者の知識労働者としての価値を決める。
例えば、暗黙知と実践知に偏りがある技術者は、昔の職人に近い技術者である。一方、形式知に偏りのある技術者は、科学者に近い。今学校教育では科学教育が行われているので、この形式知に偏りのある技術者が多くなっている。
形式知に偏りがあるからと言っても、科学者ほど知識が深くないので、企業で漫然と実務をこなしていると中途半端な実力の技術者となる。そのような技術者は、酸化スズのような材料を技術として活用しようとする時に、否定証明に走る傾向がある。
本来技術者という職業は自然界から機能を取り出し、人類に有益な価値を提供することが仕事のはずなのだが、科学者のような仕事のやり方を行い、せっかく目の前にある機能を実用化する術を持たないために、チャンスが訪れてもそれを活かすことができない。
パーコレーション転移がポピュラーでなかった1980年代に、この形式知を知っているかどうかは、技術者の自己実現努力に左右される。材料系の学会においてその現象が複合則で議論されている状況でも、形式知としてそれがどのような意味なのかを体系づけて取り込む努力を怠らなければ、それが実践知に分類すべき知識であることに気づき、形式知としてパーコレーション転移を勉強するようになる(注)。
科学者の問題は、実践知をあたかも形式知の如く扱う人が稀にいる点である。STAP細胞もiPS細胞もそうである。後者については実用化研究が花盛りであるが、未だ「何故ヤマナカファクターで細胞を初期化できるのか、初期化できるのはヤマナカファクターだけなのか」という科学的な解明がなされていない。
この解明が進めばSTAP細胞が何故できないのか(あるいはできる条件があるかもしれないが)も明らかになるのかもしれない。iPS細胞の研究は、今科学ではなく技術として進められているのが現状である。世界中で技術開発競争が繰り広げられている科学分野では、形式知と実践知の混乱が起きる。STAP細胞の騒動はそのような事件だ。
特公昭35-6616を見つけたとき、慎重に企画の準備を進めた。ラッキーだったのは知財部門に優秀な人がいて知財戦略をアドバイスしてくださったことだ。転職した最初の一年は一生懸命特許を書いていた。また、都立科技大(現在の都立大)に留学生を送り、酸化スズゾルの導電性を研究しようとした。そしてパーコレーション転移シミュレーションソフトウェアーも開発した。この頃久しぶりに研究色の高い仕事をした思い出がある。
(注)この分野で有名なスタウファーの教科書は、1990年前後に登場するが、1980年前後には科学雑誌にパーコレーションの話題が取り上げられている。また、79年にゴム会社へ入社したときに指導社員はパーコレーション転移をご存じで、混合則で議論する問題を指摘されていた。
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高分子に導電性物質を分散したときに観察されるパーコレーション転移は、1980年代の材料科学の分野ではポピュラーな考え方ではなく、そのかわりに電気抵抗の並列接続と直列接続をモデルにした複合則が一般に用いられていた。
パーコレーション転移は数学の分野で発展した考え方であり、この20年前にボンド問題とサイト問題という有名な議論が展開され、パーコレーション転移の科学的理解は進み、当時は山火事などのシミュレーションに用いられていた。
パーコレーション転移は、形式知なので誰でも論文を理解すれば獲得できる(注)。一方材料科学分野では、パーコレーション転移で生じる現象を経験則から導かれた複合則(あるいは混合則と呼ばれていた)を用いた議論が行われていた。
化学という学問は科学の一分野でありながら、このように経験則を科学的議論に持ち込むようなことがよく行われるので注意が必要だ。例えばかつて高分子のレオロジーを論じるモデルとして、ダッシュポットとバネのモデルがあった。このモデルを用いてマックスウェルの方程式を解きながら現象理解を進めるという方法も実践知から生まれた形式知である。
ダッシュポットとバネのモデルではクリープ現象をうまく説明できなかったので、1990年代にこの考え方は消えていったが、防振ゴムや制震材を設計するときに用いると、材料設計を容易にできる、という便利さがあった。また、粘弾性測定の結果もこのモデルで理解すると、材料の高次構造理解に役だった。故に形式知としては廃れたが、実践知として今でも使用しているゴム技術者は多い。
同様に、高分子に導電性物質を分散したときに現れる現象について、科学的に論じるときに複合則を用いる人はもういなくなったが、かつては複合材料の教科書に書かれていた複合則を用いて、それを用いて計算される微粒子の導電性を議論していた。写真会社へ転職したときは、実践知と形式知をごちゃ混ぜにして誤った結論を導いてもそれが科学的論理で展開されていたなら正しい、と信じられていた時代である。今でもそのような光景が見られるので、弊社は新たな問題解決法を提案し、科学的間違いに早く気がつくツールを提供している。
(注)パーコレーション転移が形式知としてまとまってから、材料科学分野へ普及するのに20年以上かかっている。1979年にゴム会社へ入社したときに、指導社員はパーコレーション転移をご存じでカオス混合などのマカ不思議な言葉と同じように教えてくださった。大学で合成化学を専攻してきたので、数学物理系の指導社員に巡り会ったのは技術者として幸運だった。
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転職した当時に、新素材として酸化スズゾルという商品が多木化学から販売されていた。それは、四塩化スズの加水分解で製造された酸化スズをアンモニアに分散したゾルの水溶液で、特公昭35-6616の実施例に書かれた酸化スズゾルと同等の材料だった。
この材料については、ライバル特許に抵触しない可能性のある材料という理由で、十分な検討が社内でなされ、科学的な研究レポートが数報書かれていた。そしてそれらの最終レポートでは、この商品の酸化スズは絶縁体に近い、と結論されていた。
特公昭35-6616の実施例が正しいと信じて、この実施例の結果をシミュレーションしたところ、酸化スズゾルは帯電防止剤として十分な性能がある、と推定された。ところが、高分子にこの材料を分散した時に、パーコレーション転移が起きない場合には、十分な導電性が発現しないことがわかった。
すなわちシミュレーションの結果から、酸化スズに導電性が無いのではなく、適切な実験条件が選択されない場合には、パーコレーション転移が起きないので、あたかも絶縁体のような振る舞いになる。ただし、これは計算機上の結果であり、これを実証できる現物がなければ、この技術を用いた新たな商品化企画を周囲は受け入れない。
なぜなら、酸化スズを用いる帯電防止層は、すでに社内で検討済みという結論が出ている仕事なので、実際に現物で再現できることを示さない限り、周囲の同意が得られないだけでなく、提案の仕方を間違えると反発を招く可能性がある。
これは、ゴム会社で電気粘性流体の耐久性問題を解決した状況と類似で、進め方を間違えてFDを壊される(注)ようなひどい目にあった経験をマネジメントに活かすことができた。さらに、何もドープされていない酸化スズが本当に導電性を持つのか、という科学的疑問も個人的にあった。
個人的な興味という理由は、無機材質研究所から、高純度酸化スズ単結晶は絶縁体である、という論文がすでに公開されていたから非晶質でどうなるのか興味があったからである。ただ非晶質でも絶縁体であるかどうかは、科学的に証明されていない性質であった。
(注)ゴムから溶出する物質で電気粘性流体が増粘するという問題を一年かけて検討した結果、界面活性剤では問題解決できない、という科学的な証明が他の研究者から出されていたが、たった3日でその方法を用いて技術により問題を解決した。「できる」という実験結果が、「できない」という多くの実験結果で否定されたSTAP細胞の騒動では、一流の研究者が自殺するというショッキングな事件(注2)や、ES細胞の盗難疑惑を明らかにしようと警察へ刑事事件として告発する動きまで現れている。研究者で構成された社会では、時として信じられない事件が起きるケースがあるので、細心の注意のマネジメントが要求される。理研の環境やあの時の状況が特別なのではなく、一般企業の研究所でも、マネジメントに配慮しなければ、いじめなどの子供社会で起きるような事件が発生する可能性がある。被害者は事件が放置されると孤立感が進み恐怖感に変わってゆくものであり、マネジメントではメンタル面のケアが重要になるが、管理職にその知識が欠如している場合が多い。弊社では、研究所の健全な風土醸成のノウハウ提供も行っています。
(注2)STAP細胞の存在は未だに科学的にその存在が証明されていない。特定の条件で作ることができない、と科学的に証明されただけである。なぜSTAP現象が人間の細胞で起きないのか、という問いに対して科学的な解が出されない限り、できる可能性が残っている。この分野の素人でも理解できる状況で、一流の研究者は、否定証明の嵐の中で板挟みになったのだろう。誰かが他の組織を示してあげる必要があった。管理者は孤独なものだが、知識労働者は管理職でなくても孤独にさらされる。上位職者の役割は、孤立している当事者を改めて組織で機能できるように道筋を示してやることである。研究者は組織を失えば自己実現も貢献もできなくなる大変脆弱な職業である。組織(コミュニティー)が無くなれば、その職業をやめなければならない。
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ポリマーアロイを設計するときに重要な理論としてフローリー・ハギンズ理論がある。この形式知では、χパラメーターが定義されているが、その実体は自由エネルギーである。だからこのパラメーターが正の時に高分子は相溶しない、というのは容易に納得できる。
しかし、これは平衡状態における話だ。非平衡状態ではこの限りではない。当方の実践知によればしかるべき条件が揃ったときに、コンパチビライザイーが無くても二種の高分子の組で相溶が生じる。
この実践知を獲得したのは新入社員の時だ。二種類のゴムをロールに巻き付け混練すると、相溶しないので全体は白っぽくなる。形式知に合致した現象が起きているのだが、ある日、それが透明になる瞬間を発見したのだ。どのようなゴムの組み合わせでも透明になるこの不思議な現象は、カオス混合装置を考えるヒントになった。
最初にその現象を発見したときには、目を疑った。その後頭を疑った。そして学生時代には理解しにくかったフローリー・ハギンズ理論をすっきりと整理できたのでびっくりした。形式知と実践知をうまく組み合わせて考えることができるようになったのだ。教科書では曖昧な説明がなされているχパラメーターの問題について、その曖昧の中身が見えた瞬間である。指導社員は当方を熟練者の仲間入り、と褒めてくれた。
STAP細胞の騒動では未熟な研究者が話題になった。あの事件では、彼女の年齢と一時期でも学位を授与されたキャリアから彼女自身の責任は大きいが、もっと責任が大きいのはこのような研究者を生み出している大学である。自動車ならばリコールすべき事態である。リコールとは修復して社会に戻す作業を言う。スクラップにするのは損失が大きいので、リコールで修復するのである。リコールして修復しないのは、社会的責任が欠如していると言っても良い状態だ。
話が脱線したが、STAP問題の原因の一つに形式知と実践知、暗黙知という知識の特性をよく理解していない「無知」の問題があった。そして倫理感も含め、科学者として未熟という言葉が使われた。「PPSと6ナイロンを相溶させる技術」では、もし当方が無知な状態であれば、実用化できなかった。この技術開発では、周囲の理解と期限内にプラント建設の資金を得る必要があった。そのため形式知と実践知を迅速に周囲と共有化する必要があり、未熟な状態ではゴールにたどり着けなかった。
すなわち形式知と実践知を周囲に理解させる手段や方法は大きく異なり、前者は科学的論理で正しく行えば良いので容易だが、後者はそれだけではダメで納得を得るための細心の配慮が必要なのである。前者は、仮に理論だけであってもそれが真理の積み重ねであれば周囲の支持が得られやすい。そして、新たな仮説を確認するための実験を行うチャンスもできる。ところが、後者では、実体が経済性も含め再現よくできることが厳しく求められ、繰り返し再現性が否定された時点で、議論は終わりとなる。
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高分子へ微粒子を分散するには技術が必要である。特に超微粒子になるとその必要な技術レベルは格段に高くなる。例えば、混練プロセスで分散するときには、その濃度が高くなるにつれ、指数関数的に難しくなる。
微粒子の分散を促すためにその表面処理を行うアイデアは古くから検討されてきた。その結果、各種カップリング剤が市販されている。しかし、微粒子の表面処理に成功しても、20vol%を過ぎたあたりからクラスターを作りやすくなる。
ゆえに20vol%以上添加する場合には、プロセシングによる分散制御技術が重要になってくる。これをカップリング剤あるいは何らかの界面活性剤等の技術だけで行おうとするとうまくゆかないケースが多い。
高分子へ微粒子を分散するときに、ラテックスを使用するのはよいアイデアだが、コストが高くなる問題がある。しかし、設計した部材によってはコストよりも性能を重視する必要からラテックスを使用するケースもある。
この場合、コロイド科学の知識があれば混練よりも技術的難易度は少し下がる。さらに実践知もあれば、50vol%程度までクラスターの生成を抑えた分散に成功できる可能性が出てくる。
いずれにしても微粒子を高分子に分散しようとするときには、科学の形式知だけでは難易度は高く、開発を始める前に予備実験を行い実践知を蓄える必要がある。微粒子の濃度やその他の状態によっては、開発不可能な場合や実践知と暗黙知によるトリッキーなアイデアで簡単に成功してしまう場合などさまざまである。
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高分子の難燃化技術で最も難しい点は、生産技術によりその性能が左右される場合があるところだ。実験室で技術開発に成功しても量産過程でそれが再現しない、ということがある。タグチメソッドを用いても、制御因子や誤差因子がうまく選ばれなければ、痛い目にあう。
特にフィラーを添加していると、ローソク現象も加わり、現場で手直しが難しい場合がある。難燃化技術開発になれてくると、量産時に備えた実験計画を立てることができるようになる。しかし、それでも量産設備の制約から研究時の性能を再現できず、あわてることになる。
樹脂の製造に用いられる二軸混練機は、L/Dやそれに対応したスクリューセグメントの組み方が重要になってくるが、現場で使用されている二軸混練機の大半は、L/Dが50以下である。これが50以上あっても恐らく満足な結果は得られないかもしれないが、50以上になってくると樹脂によっては、プロセスによるダメージを心配しなくてはいけない場合も出てくる。
すなわち、高分子の難燃化技術では、難燃剤の分散をどのように均一にあるいは不均一に行うのかが重要である。不均一の制御は難しいが、均一ならば二軸混練機の吐出口にカオス混合装置を取り付けると実現できる。
以前面白い体験をしたが、UL94-V2合格品の市販PC/ABSをカオス混合装置で処理したところ性能が上がりV0になったのでびっくりした。難燃剤を分析したところリン酸エステル系の化合物が検出されて納得ができた。
30年以上前、軟質ポリウレタンフォームで実験をした時の経験知があり、現象の理解は容易だった。しかし、分散状態で難燃性能が大きく変わるという現象は、分散状態の数値化が難しいこともあり、科学的にうまく実証されていない。
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ホスファゼンおよびその多数の誘導体は高分子の難燃剤として1960年代から期待されていた。しかし、その事業化に成功したのは1970年代に入ってからで、今はブリヂストンの子会社となったファイアーストーン社から販売された耐熱ゴムが最初の商品で、宇宙船ジェミニに採用された。
その後世界で事業化に乗り出す企業が多数現れ、1980年代には10000円/kgの商品も現れた。修士論文も提出し、就職まで1ケ月近く暇だったので、ホスファゼン誘導体を数種類、また当時としては世界で初めての環鎖状型高分子を1種類合成して論文とショートコミュニケーションを書いた。
ご褒美として、自分で昇華精製したホスファゼンを1000g試験管に封管して頂いた。これが一年後ゴム会社で役立った。軟質ポリウレタン難燃化技術の企画事例としてホスファゼン変性ポリウレタン発泡体を開発できたのだ。以前この活動報告で始末書騒ぎになった顛末を書いた。
紆余曲折はあったが、この開発成果は高分子学会でも報告でき論文としてまとめることができた。まだ、企業の研究所は、そのような時代だった。その後この技術は、電気粘性流体のオイルやリチウムイオン電池の電解質用難燃剤としてゴム会社で発展するが、とにかく高価だった。
昔は日本で10社以上、世界で4社(?)程度ホスファゼンの事業に名乗りを上げていたが、今は日本で3社、世界で2社程度になった。事業を行っている会社は少なくなったが、難燃剤としての魅力は衰えていない。未だに特許でさまざまな技術が公開されている。
ホスファゼンを難燃剤として用いたときに現れる魅力は、リン酸エステル系難燃剤と比較にならない。ただ、化合物としていわゆる”ホスファゼンオタク”にしかわからない姿もあるので、関心のある方は弊社にお尋ねください。日本では大塚化学が30年以上前から頑張って事業を続けており、供給の問題も解決し価格も下がり、利用しやすくなった。
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PPSやザイロンなど特殊なエンジニアリングプラスチック以外の大半の有機高分子は可燃性である。例えばPETやPBTなどのポリエステルはLOIは19前後なので空気中でよく燃える。多くのポリエーテル系軟質ポリウレタンはLOIが18.5程度で、ポリエステルよりもよく燃える。そしてこれらの材料は比較的難燃化しにくい高分子でもある。
高分子の難燃剤として、一種類だけ用いて効果があるのは、ハロゲン系化合物とリン系化合物だけである。しかし、この一種類で難燃化できる高分子は限られ、大半の高分子は、これらの化合物と他の化合物を組み合わせて難燃化しなければならない。
例えば、ハロゲン系化合物と三酸化アンチモンの組み合わせは有名で、特に臭素系化合物と三酸化アンチモンの組み合わせは最強であり、どのような高分子でも難燃化できてしまう。1990年代には大変多くの臭素系化合物が開発された。しかし、21世紀になり環境問題が騒がれるようになると、ノンハロゲン系難燃剤が技術のトレンドになってきた。
特に樹脂のリサイクルを考えると、熱分解しにくい難燃化システムが求められる。そこで新たな難燃化システムの開発競争が盛んになってきたが、その技術の中心はリン系化合物を中心とした組み合わせ技術である。
リン系化合物と他の化合物との組み合わせシステムについて、30年以上前に当方は燃焼時の熱でガラスを生成するシステムを開発し、ポリウレタンに実装して難燃性ポリウレタンの開発に成功した。この成功後高分子の難燃化をさらに研究したかったが、高純度SiCの事業化へテーマが変わったので中断していた。
カオス混合技術は指導社員から頂いた宿題であったが、この高分子難燃化技術は自ら生み出した宿題で、その宿題を完成できる機会を待っていたら、昨年から立て続けに高分子の難燃化技術の相談を受け、リン系化合物を中心とした組み合わせ技術について一つの解答が得られた。
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高分子の難燃化技術は、科学として扱いにくい分野である。なぜなら、火災という現象が単純ではないからである。自然現象は複雑だから、それをモデル化して扱うのが科学であり、何を言っているのか、という批判が出てきそうだが、そのモデル化が難しいのである。
例えば燃焼は急激に進行する酸化反応である、と教科書には書かれている。単純に急激に進行する酸化反応をモデル化し、燃焼のしやすさを数値化したのが極限酸素指数法(LOI)で、1960年代にその原理は登場している。JIS化は1980年に入ってからである。しかし、このLOIは高分子の燃焼のしやすさの指標として一応使用可能だが、実火災を前提としたときには役に立たないケースが多い。
ちなみにLOIとは、試料が燃焼を続けるために必要な酸素濃度を指数化したもので、空気をLOIで表現すると21となる。ゆえにLOIが21を越える高分子は、空気中で燃焼を続けることができない(自己消火性を有するという)、と言いたいのだが、「いつでも」成立する真理ではない。雰囲気温度やサンプル温度も室温という条件の時成立(注)するだけである。
すなわち、小さなサンプルでLOIが21と計測されても、空気中で同じ材料の大きな物体に大きな火源で火をつければ、ばんばん燃える。LOIは、決められたサンプルの大きさと火源、管理された測定雰囲気だけで成り立つ指標である。だから、例えば電気製品の通常使用の状態における難燃性の指標には不適である。こちらにはUL94-V試験というのが適している。
以前新幹線で自殺者が原因で初めての火災があったが、鉄道用の難燃試験では、あのような状況を想定していなかったので、車内は丸焦げ状態になった。飛行機では航空機用の厳しい試験法があり、あのような事件が起きても、シートが燃えないので火を消すことが可能となる。そもそも大量の可燃性液体を飛行機内に持ち込めないので類似事件の心配はないが、飛行機のシートと鉄道車両のシートでは難燃基準が異なるので、飛行機で同じ状況になっても火を消すことが可能となる。
LOIに関して、その測定値については多くの燃焼試験の中で比較的科学的に得られ繰り返し再現性も高い。また、その測定値の考察において他の科学的な分析データと同様に扱え科学的論文を書くには便利な試験法である。しかし実火災に適用する場合には、それぞれの業界が作成した燃焼試験法が使用される。
(注)サンプルに着火して燃焼すると、サンプルも雰囲気も温度が上がる。ゆえに、LOIの測定では常にフレッシュな酸素と窒素の混合気体を流しながら行い、雰囲気温度を上げないようにしている。しかし、それでも測定時に注意をしないと、雰囲気温度が高くなる。あらかじめ、ローソクの炎よりも小さくちょろちょろと燃え続ける条件を求めてから、酸素濃度を0.5さげてやる(酸素が少なくなる)と着火してもすぐに火が消えるか、着火しなくなる。その後、酸素濃度を0.2上げてやると同様の現象となるか、あるいは、ちょろちょろと燃え続けるようになる。次に再度0.1下げて、火が消えるかどうか確認してLOIを決定する。結構面倒な測定方法で、フィラーが入ってくるとサンプルのばらつきも加わり難しくなる。
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高分子へ微粒子の分散を向上するためにカップリング剤による微粒子の表面処理は常套手段として行われている。また、カップリング剤の一部については、その反応機構や微粒子表面の反応速度について研究されている。しかし、注意しなければいけないのは、研究報告の内容が技術へそのまま展開できないときがあることだ。
すなわちカップリング剤が微粒子表面で反応している、と信じて混練機で微粒子の分散を試みても、うまく微粒子の凝集が改善されない、とか、耐久評価試験をしたときにカップリング剤がブリードアウトしたりする場合がある。
また、カップリング剤による微粒子の分散処理方法は、ノウハウになっており、特許に書かれた材料の組み合わせや手順を行ってもうまく再現しない場合もある。特許が間違っているのか、というとそうではなく、手順の一部がノウハウとして隠してあるのだ。
それでもカップリング剤による微粒子表面処理技術のリバースエンジニアリングは比較的易しく、試行錯誤で実験を進めてゆけば、そのうちにノウハウが見えてくる。ところが高分子の吸着による微粒子の表面処理技術は、カップリング剤のリバースエンジニアリングよりも難しい。
そもそも高分子を微粒子に吸着させて表面処理を行う方法など教科書に書かれていない場合が多い。当方は、その手の教科書の執筆を依頼されると、シリカを凝集しないようにゼラチンに分散した技術を例に、高分子吸着による微粒子の表面処理技術について書くようにしているが、どのように見いだしたか、あるいはどのように評価を進めたかについては詳しく書いていない。
それは、微粒子に高分子を吸着させる表面処理技術は、ノウハウの塊であり、実用的な技術は科学で説明がつかないからだ。科学では説明が難しいが、技術はできており、できあがった材料について高分子学会などに報告している。
高分子吸着による微粒子表面処理の一番の利点は、高分子を用いているので、吸着していない処理剤がブリードアウトしにくい点である。カップリング剤による場合には、カップリング剤が低分子オリゴマー程度までの大きさしかないので、微粒子に反応せず余っている過剰なカップリング剤がブリードアウトする問題がどうしても残る。
先日熱伝導高分子の開発を指導していたときに、微粒子の表面処理を高分子の吸着で行い材料開発に成功したが、湿熱劣化の耐久試験で吸着剤がまったくブリードアウトしなかった。
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