金属材料からセラミックス、高分子までうまく複合材料の配合設計ができれば靭性を改善できることが技術的に理解されている。ここで科学的に、と書いていないのは、靭性というファクターが科学的に完全な理解がされていないからである。
それではいい加減なことを本欄は書いているのか、と言われそうだが、まじめに書いているから技術的にと表現し、わざわざ靭性は科学的なパラメーターとして認められていない、と断っている。
科学的に証明が難しい理由として、同じ配合でも靭性が大きく異なる材料ができる場合があるからだ。このような現象について科学的に証明しようとするとすぐに否定証明に走る研究者が多い。例えば「ゴムからの抽出物で電気粘性流体の増粘する現象を界面活性剤で解決できない」などという科学的真理を導いてしまう。
この問題の場合に完璧に解決することは難しくても、界面活性剤の添加により実用レベルで使用可能にできる。すると問題解決方法は、「増粘の程度を最小限にできる界面活性剤」の探索となる。これが正しい問題となる。
実は靭性の問題にしろ、人生の問題にしろ、正しい問題を見出して解決する習慣を身につけておかないと、否定的に物事を考える習慣が身についてしまう。研究開発の下手な人は皆この習慣を身に着けており、何かアイデアを語ると、すぐにそれを否定する事例を持ち出す。このような人たちの心の靭性は、恐らく脆いと思っている。
心の靭性を高めるためにまず大切なことは、現象を見るときに否定的に見ないことである。たとえ多くの他人が否定しても、どこか肯定的にみられる「何か」を見出すことはできる。どう見ても肯定的に見られないなら、それは全くダメなことが最初からわかる簡単な現象と捉えることができる。
全くダメと納得できたなら、諦めればよいだけである。また、全くダメなものを何とかしようとしても良くはならない。今回の都議選では、都民ファーストの会がボロ負けし自民党が大勝する、と1か月以上前の予想では言われた。
この4年間の小池都政やコロナの状況をみれば、このような予想は当方でも立てることは可能だ。すると突然小池知事は過労で入院、と言い出した。
そして自民党幹部A氏は、「最初からダメと分かっている組織を作ったのは小池さんでしょう。国とのパイプがないから全部自分でやらなければならない。だから疲れたのは自業自得」と余計なことをいったものだから、世論は都民ファーストへ応援するように動いた。
投票率が低かったので共産党や公明党に有利に働き、公明党も議席を減らす予想が出ていたにもかかわらず、現状維持、共産党と共闘した立憲民主が少し伸びたが、今回の投票率ならばもう少し善戦できたはずだ。
政治評論をするつもりはないのでこれ以上書かないが、結果は議席を減らしてはいるが都民ファーストの会は善戦し、自民党とほぼ同数の勢力となった。小池チュルドレンと呼ばれる人で無所属当選した議員を加えると自民党を越える。逆に1か月以上前は大勝すると言われていた自民党の今回の当選者数に、おそらくA氏は危機感をもっているだろう。
選挙で何もしなかった小池都知事の圧勝である。小池都知事の心の靭性は極めてタフであり、おそらく乙女心のように壊れることはないのかもしれない。ただ、何もしない、という決断には勇気がいる。心の靭性を高めるには、いつでも物事を良い方向へ導けるよう決断できる勇気を養うことが大切である。
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繊維補強により靭性が向上し、同時に繊維の高い弾性率の効果が生かされるので、うまく設計できれば複合材料は高強度材料となり、構造部材に最適である。
写真会社で超迅速現像処理を可能とする高靭性ゼラチンバインダーを開発している。今はほとんど目にすることのない銀塩写真フィルムでは現像処理が必要で、これを短時間で行うためには、高速搬送と急速乾燥プロセスに耐えうるゼラチンでなければならい。
こんにゃくゼリーを喉に詰まらせる老人が問題となり、こんにゃくゼリーが割れにくいと思われているが、これは多糖類と水との複合材料で高靭性の材料である。写真用ゼラチンは、動物の骨に含まれるコラーゲンから抽出されたアミノ酸の直鎖状ポリマーで疎水部分もあり、そのゲルは脆い。すなわち、靭性が低い。
このゼラチンの脆さを改善するためにラテックスを添加してゲル化させる技術が開発された。しかし、ラテックスを添加するとゲルが柔らかくなり、傷がつきやすくなるので、これを硬くするためにシリカゾルを併用する技術が古くから使われていた。
ところが、ゼラチンへシリカゾルを添加した時に、その一部の凝集体ができることが避けられない(シリカゾル表面の界面二重層が不安定となる)。この結果生成した凝集体が破壊の起点となって靭性を低下させる。ゆえにせっかくラテックスを添加し靭性を向上させても、硬度を上げるために添加したシリカゾルの影響で思うように靭性を上げることができず、割れにくく傷がつきにくいゼラチンバインダーを製造するために現場のノウハウが大きく影響した。
そこで、シリカゾルの超微粒子をコアにしてラテックスを重合するコアシェルラテックス技術が開発され、この技術のおかげで、従来よりも脆くなく傷がつきにくいゼラチンバインダーを開発できた。
しかし、この新技術で開発されたゼラチンバインダーの力学物性を計測してみると、靭性は上がったが、硬度は添加されたシリカゾルの量に相当する値がえられていない。
そこで、シリカゾルをミセルとして用いたラテックス重合技術を開発して、それをゼラチンに添加したところ、このゼラチンよりもさらに硬く脆くないゼラチン薄膜を開発できた。その結果、コアシェルラテックスを添加したゼラチンバインダーを用いた写真フィルムよりも現像処理時間を短くすることが可能となった。
このゼラチン薄膜の話は、以前この欄で紹介しているが、超微粒子との複合化で高分子の靭性が改善された事例である。このゼラチン薄膜について電子顕微鏡でシリカゾルの凝集体を探しても、それが全く含まれていない驚くべき結果だった。
また、この結果と過去の技術によるゼラチンとの比較を行い、どの程度の凝集粒子がゼラチンの靭性を低下させているのかも明らかとなった。なお、この技術は写真学会ゼラチン賞を受賞している。
シリカゾルをミセルに用いたラテックス重合技術は世界初であり、商品化されて5年後にゾルをミセルにするアイデアの論文が科学雑誌に紹介されるような先端技術であったにもかかわらず、高分子学会技術賞に落選している。
この時審査員としておられたアカデミアの先生は新しい技術ではない、と否定されていたが、とんでもないことである。発言の重みを考えていただきたい。面白いのは学会賞の審査基準を読むと選考において間違いがあっても間違いではないという言い訳が書いてある。
アカデミアの先生は何が真実であるかを正しく見極めるの仕事だ、と昨日書いた背景でもある。STAP細胞の騒動で一流大学の学位審査の状況が明るみに出たが、大学はまず知の砦である信用を社会から取り戻さなければいけない。
大学の批判は、当方の学会賞や学位の事例以外に子供が人質になる可能性があり、なかなか社会が声を上げられないが、現在のアカデミアの状況は学術会議も含め社会感覚からのずれが大きいことを指摘しておく。
工業製品で欠陥品を社会に送り出すと品質問題として社会から批判を浴びる。未熟な科学者を博士として社会へ送りだしても品質問題として取り上げない状況に胡坐を書いてはいけない。
博士課程まで出ると就職口が少なくなると言われるが、この原因が品質問題であることに気がつかれていない。これはそれを指摘することがタブー視されているからだ。
修士卒、学部卒、高専卒、高卒、中卒と学歴があり、初年度の給与は、この順に低くなるが、5年以上勤務すると民間会社ではすでに給与における学歴差が小さいか無くなっている。ちなみに亡父は明治生まれの小卒だが仏壇には内閣府から頂いた、当方がどれだけ今後努力しても届かない位記が備えられている。
高卒で10年企業で実務を経験した人材と博士卒と比較した時に、どちらが企業で歓迎されるかは、あえて書かないが、これは社会と大学の齟齬ではない。情報化社会ではどこでも誰でも知を入手できる時代である。すなわち、企業における形式知と経験知の蓄積の結果である。この問題に関心のあるかたはお問い合わせください。
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日本化学会会報「科学と工業」7月号に表題の記事があった。まず結論から書くが、記事に書かれたいくつかの齟齬との指摘について、それらは齟齬ではない。科学と技術の本質から由来するものなので、その宿命をアカデミアの方たちは悟るべきである。
当方はゴム会社の新入社員時代にアカデミアよりもアカデミックな研究所に配属されて、科学の研究と技術開発の両方(注)を一人努力し成果を出すことを求められた。挙句の果ては同僚から会議の前日にFDを壊されるようないじめをされた。そして組織がそれを隠蔽化したので、大変悩んだ。
悩んだあげく、死を選択するのではなく、高純度SiC半導体治工具事業を住友金属工業とのJVとして立ち上げたにもかかわらず転職している。ここに至った原因は組織との齟齬などという範疇ではなく、犯人の言葉から伺われたのだが、技術に対する嫉妬の類と理解している。
それをその組織は認めたのである(研究が趣味のI本部長へ交代してからFD事件は起きている)。ゆえに組織の嫉妬として小生は捉えた。ただし、「ファインセラミックス、メカトロニクス、電池を3本の柱とする」という社長方針が出ており、この方針に基づき、当方は業務を実行していただけである。
ちなみにその会社には社内に2つの風土が存在した。研究所はアカデミックな風土であり、研究所以外では、他の企業で職人と呼ばれかねない技術者が活き活きと仕事をしているような風土である。
当方は研究所に配属されたので、例えば新入社員時代からホスファゼン変性ポリウレタン発泡体について英語の論文を書かされたり、高分子学会「崩壊と安定化研究会」で発表させられたり、高純度SiCの業務では、日本化学会の年会発表をせかされたり、と科学の研究者として育成していただいた。
他方で企業内の研究所として当然な技術のアウトプットが求められた。ゆえに技術開発と科学の研究の両者をおこなわなければいけない過重労働で業務をこなしていた。そして住友金属工業との半導体治工具事業のJVを立ち上げたその時、技術開発が行われていなかった電気粘性流体のお手伝いを言われ引き受けて推進していた最中に起きた業務妨害である。
過去にアカデミアと呼べる組織で起きたSTAP細胞騒動では著名な研究者が自死を選んでいる。この業務妨害された体験から、当方は少なからず彼の気持ちを理解できる。科学者と技術者の違いはあれど、組織の中で一人針のむしろに座らされて卵をぶつけられたなら、さらに人間の尊厳まで否定された時、どのような気持ちになるのか、彼の一部公開された遺書から想像していただきたい。
STAP細胞の騒動は自死した研究者一人だけの責任ではない。それに関わった組織の責任であって、一人の研究者が自死でそれを償うように追い込むのは間違った考え方である。彼はSTAP現象の存在を世界に発信した立役者であり、それを組織は認めている。組織が認めた仕事は、組織で責任を負うのが原則であり、それを特定個人に異常な負荷をかけ追い込むのは間違ったマネジメントである。
一つは技術の世界の事件であり、片や科学の世界の事件である。共通しているのは組織目標を取り違えている点である。企業では、技術成果を出すことが目標であり、アカデミアでは一朝一夕に見いだせない真理を見出すのが目標である。企業の研究所でJVを立ち上げても、一晩で電気粘性流体を実用化できる技術を創り出してもおかしくないのだ。アカデミアで、せっかちな目標追求は適さない。
まず、研究開発を社会の中で担う組織では正しく活動しているかどうかを反省する必要がある。当方のFDを壊した犯人も含め「研究者」と呼ばれる人には、組織活動を正しく理解せず活動しているケースがある、という内側の問題が解決されなくてはならない。社会との齟齬を言う前に、正しい目標を理解し実行しているかどうか自問自答したい。
当たり前のことを書くが、科学とは真理を追究する哲学であって、知の砦であるある大学は、まずこれを真摯に追及する活動をするのが基本である。一方で技術とは、日々の営みの中で人間の生活をより豊かにするために生み出されるべきオブジェクトである。特殊な企業を除き、技術を目標に企業では研究を進めなければいけない。
換言すれば科学者とは真理の追究者であって、技術者とはそのオブジェクトの具現化に努力する人である。技術者は科学の成果を鎧として身に着けることにより、あるいは武器としてそれを活用することにより、成果を出すスピードを加速度的に上げることができる。
科学の誕生により産業革命が起きて、今日までその技術革新が驚異的なスピードで進んだのは、科学の成果が技術者にうまく活用されたからだ。この時、技術者の中には科学者を兼務できる人間が現れて、科学者になった人もいたが、仮に科学者を兼務できても技術者として活動している人がいた。
後者は現代の技術者であり、現代は科学者を兼務できないならば、科学誕生以前の技術者と同じ力量を持って活動していても企業の中で職人として扱われる時代である。昔ながらの優秀な技術者であっても科学者を兼務できないとみなされたならば、企業内で科学も技術も理解できていない人間に職人として乱暴に利用される社会である。
ゆえに企業では、科学を身に着けている証として技術者といえども学会活動が求められ、学位を取得することが望ましいとされる。それをしていなければ職人として扱われるからである。企業から学会参加者が減り続けている状況は、企業内の職人が増えていることを表している。企業では、技術者が減少しても職人がいればモノができるので困らないのだ。いざとなればアカデミアに頼ればよいと安直に考えている。
企業における技術者の処遇はこのようであるが、アカデミアの科学者の中に技術者を兼務しようと努力をされている方はどれだけいるだろうか。無知な企業の中には、技術アイデアを知の代わりとしてもとめてアカデミアの門を叩く場合がある。追及された真理をそこに提示しても、アカデミアの門を叩く企業の職人には意味不明のこととなる。これは齟齬ではなく、科学と技術に対する相互理解の無さゆえである。
当方は、旧7帝大の某先生に学位を授与するから、と言われて、高純度SiC開発の傍ら超高温熱天秤を自作しそれを研究に用いてまとめた反応速度論データをお渡ししたところ勝手にそれを論文として出されてしまった(真理を吸い上げることをアカデミアは得意とする事例である。)。それだけではない。奨学金を支払えという。すでにゴム会社から当方のために奨学金が支払われていても、である。ゆえにその大学の学位審査を辞退している。
この一部の事実は、他大学で取得した当方の学位論文を見ていただければご理解いただける。ただしこの事例をもって、アカデミアはだめだ、と言っているのではない。このようなことを平気で行う姿勢をアカデミアとしてどのように考えておられるのか、当方はまだこの答えを勝手に論文を書いた先生からさえも聞いたことが無い。その後、その先生と学会でお会いした時の態度から想像すると、おそらくそれらの行為を当然のことと思っているように受け取れた。
他の奇妙な事例として、STAP細胞の騒動があり、その時一度学位を授与された博士が事件後学位を剥奪されている。社会に明らかになったこの経緯は極めて奇妙であり、その大学は未だに両者が納得する見解を公表していない。
少なくとも大学は真理を追究することが使命としてあり、社会は今でもそのような組織体として大学を見ている。ただし、その真理がどのような形で技術になるのかを社会に示す責任が現代のすべての研究者には求められている。一方で企業の技術者は、大学で見出された真理を活用して現象から新しい機能を取り出し、オブジェクトとして完成させる責任がある。
もし、大学の研究者がこのそれぞれの使命に気づかず、職人に話をしたり、科学も技術も理解していないような実務家に話をしていても通じないが、これは齟齬ではない。
学会誌に書かれていたような事例は、科学と技術の無理解による当然の結果と当方は思っている。これを是正するためには、科学者と技術者とがうまく連携するのか、あるいは科学者が自ら技術者となるのか、それぞれがさらなる努力をしなければいけない。技術者教育が必要であれば弊社にご相談ください。
(注)12年間のゴム会社研究所における技術成果として、1.樹脂補強ゴム(エンジンマウント用防振ゴムに採用された)、2.ホスファゼン変性ポリウレタンフォーム研究(J.Mater.Sci.,24,2761(1969),特開昭57-133111)、3.燃焼時にガラスを生成し高分子を難燃化する技術(電気製品用難燃性ポリウレタンフォーム、特開昭58-136615)、4.M社向けフェノール樹脂発泡体天井材パネル、5.高純度SiC合成技術(無機材史研究所で出願した基本特許はじめ多数)、6.高純度SiCを用いた半導体治工具(住友金属工業との共同出願特許多数)、7.電気粘性流体技術(耐久性向上技術や傾斜機能粉体合成技術、微粒子分散型微粒子、コンデンサー分散型微粒子等に関する多数の特許出願)、8.電子機器に用いるホスファゼン難燃剤技術(ホスファゼン難燃製油として複数出願)、その他、C-SiC無機繊維の開発、繊維補強アルミニウム、高靭性SiCチップ(切削工具)など。高純度SiC合成技術は、住友金属工業とJV(途中でゴム会社へ移管)として立ち上げた半導体治工具事業としてスタートしてから30年近くゴム会社で事業が行われ、その後当方の故郷にあるセラミックス会社へ移管された、思い出深い仕事である。科学の成果としては、前駆体法による高純度SiC合成法の反応速度論的解析を中心にした学位論文で工学博士の学位を取得している。
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コロナ後遺症に関して研究が進んでいないらしい。もっとも流行し始めてまだ2年経っていないのでしかたがないだろう。コロナ患者が日本で初めて見つかった時に、「単なる風邪だ、正しく恐れましょう」などと言っていた医者がいた。
TVによく出ていたあの人である。名前を出すと問題になるので、1年前までTVによく出ていたのに、最近見かけなくなったあの医者、としておく。実はこの手のいい加減な医者は彼以外にも多くいて、それが政府の中枢で1年以上頑張っていた可能性がある。
少なくとも最近の政府の対応を見ていると、1年前と異なる。2019年末中国ですでに単なる風邪ではないウィルスが流行り始めたらしい、といううわさが流れていた。なのに1年ほどして患者や症例も多くなっているのに、単なる風邪説をTVで言っていた医者は、免許を停止すべきだ。専門家として罪は大きいと思う。
さて、本日最新ニュースで、子供のコロナ患者の後遺症についてアメリカで問題になっているとの記事が出ていた。日本ではまだこのようなことは騒がれていないが、読んでみると、日本の医者たちの慎重さあるいは鈍感さ、どちらか知らないが見えてくる。
日本の大半の医者は慎重さからまだ調査中である、と信じたいが、記事を読む限り、警鐘だけは鳴らすべきである。感染時に無症状であっても感染履歴があると、1年以上たってからコロナ感染時と同様の症状が出てきて、長期続く子供がいるという。
これは、患者が子供なのでわかりにくいのかもしれないが、大人の患者の後遺症と子供の患者の後遺症が異なる可能性が出てくることぐらい、当方でも想像できる。だいたいワクチン接種の副反応が、老人と若者で異なるのである。
ある医者が、今回のワクチンについて、ウィルスに遺伝子情報を書き換えられるのを座して待つのか、ワクチンでウィルスにかからないように遺伝子情報を書き換えるのか、という選択である、と説明していたが、大変わかりやすい説明である。
少なくとも今わかっているワクチンの副反応とワクチンの効果とを比較すると、これを打たない選択はありえないのである。病気その他の事情で打てない人は仕方が無いが、打てる人はウィルスに遺伝子を書き換えられる前に打つべきである。
日本化学会の会報「化学と工業」7月号には、「新型コロナウィルスの分子構造とその変異」が記事として扱われていた。連日報じられているウィルスの活動を見ていると完全に精密に制御された化学反応そのものである。
ウィルスに人間と同じような意思があるのではない。とんでもない化学物質なのだ。ウィルスに感染して後遺症が長く続く人が現れても仕方がない。今回のウィルスは単なる風邪ではないのだ。
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金属材料からセラミックス、ゴム、樹脂などすべての材料を扱った経験から、もし材料を高分子からダイヤモンドまで一つの平面で並べるとしたならばどのような象限で材料をまとめればよいのか、という問いに対して、硬さあるいは弾性率を縦軸にして、横軸に靭性値としたグラフを書けばよいと思っている。
この点が既に怪しいのだ。縦軸に弾性率をとってみても、横軸は形式知ではない靭性値を当てはめようとしている。アカデミアの先生は絶対にこのような見方をしないが、実務家はこのような材料の見方をしている。
モノリシックな材料は、この象限では反比例のグラフのように並ぶ。すなわち、単結晶では弾性率が決まると靭性値が固有の値となる、という怪しいことを述べている。感覚的にはご理解いただけるかもしれない。
すなわち材料物性を改良しようとしたときに、例えば硬くてあるいは弾性率が高くても割れない材料を創りたかったら、複合材料しかないのである。
昔、芯が炭素で表面に近くなるとSiCになっている、傾斜組成の複合炭素繊維を開発している。これは傾斜材料であるが、この長所は炭素と反応しやすい金属の繊維補強材料として使える点である。例えばアルミニウムを炭素繊維で補強し複合材料を製造しても、界面にアルミと炭素の脆い化合物ができて十分な補強効果が得られない。
しかし、この繊維を用いると界面は、アルミと炭化ケイ素との複合材料となり、界面の靭性が上がり補強効果が出る。実際に炭素繊維補強アルミとの比較を行ってみると、引張強度に差が出る。C-SiC繊維で補強したアルミニウムは弾性率が高くなっても割れにくいので、とんでもない引張強度を示すようになる。
この結果は当時東京工業試験所の先生とデータを採取したが、学会発表はしていない。コスト計算をしたときに現実味がないのでボツとなったテーマ企画である。とにかくモノ持ってこい、と指導されていたので、とにかく傾斜組成のC-SiC繊維を瞬間芸で開発し、東京工業試験所でアルミニウムとの複合化を行い、物性試験を行っている。
ゴム会社のU本部長は今でいうところのアジャイル開発を指向していた。分厚い企画書などいらない、まず開発したいモノを持ってこい、というのである。
これは研究所ですこぶる評判が悪かったが、このような開発習慣で身についたスピード感は、写真会社へ転職しても役立った。例えば、中間転写ベルトの開発では中古機を集めて3か月でカオス混合プラントを建設している。
カオス混合については、高分子学会技術賞や日本化学会技術賞に推薦されたがボツになっている。そこで退職してから研究を進め、ゴムタイムズ社から混練書籍として上梓している。
日本化学会技術賞その他を受賞している高純度SiCの合成法と並ぶくらいの革新的技術であることが退職後のデータで示された。材料物性も含め評価能力が無ければ良い材料や技術を見落とすことになる。
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強度が弾性率と靭性をパラメーターとする関数、という経験知を3回に分けて紹介した。これは、セラミックスや金属、高分子すべての材料開発を経験してたどり着いた経験知である。また、当方以外にこのような経験知を身に着けている技術者は多い。
弾性率について科学では物質固有の値があるという前提であるが、靭性については、未だに議論されているパラメーターである。かつてK1cという応力拡大係数が話題になった。金属やセラミックスでは、弾性率よりもばらつきが大きいが、欠陥との相関が認められ、形式知として検討されていた。
ちなみに靭性値は弾性率と欠陥サイズ、欠陥の存在確率で決定されるらしい、というところまでたどり着いた。しかし、これでは科学の形式知にはならない。
それでも、サンプルの強度試験サンプルの厚みが薄くなると、強度があがる現象、すなわち厚みが薄くなると破壊しにくくなる現象をうまく説明できた。
ただ、高分子材料では、この靭性値のばらつきが、金属やセラミックスよりも極端に大きく、その原因を科学的に説明できなかった過去がある。ゆえに未だ形式知とはなっていないが、経験知としては使用可能なので、シャルピー衝撃試験やアイゾット衝撃試験として、採用されている。
靭性値は形式知ではないが、最初に述べたように、材料の強度を説明するために必要なパラメーターである。ゆえにJISやISOでその計測方法やサンプルの作成方法などが細かく規定され、測定することが推奨されている。
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それでは、強度と弾性率とはどのような関係があるのか。これはまだ科学で完璧に答えが出されていない。それは、強度のばらつきが大きく、またその原因を科学的に明らかにできない場合も存在するからである。
但し引張強度と曲げ強度の違い程度は、科学的に理解されている。すなわち、曲げ強度では引張と圧縮それぞれの強度情報が入っていることと、引張強度では材料によりポアソン比が変化することなどである。
科学的に説明ができそうな強度データだけ調べてみると、弾性率と強度とは相関している。これを科学の形式知とするのか技術者の経験知とするのかは曖昧であり、科学と技術の境界領域の知識となる。
当方は、人生経験を活かし、靭性という経験知との組み合わせで、強度は弾性率と靭性の関数として捉えている。時として誤差項を独立項として扱ったりもするが、このように考えていると技術開発でうまくノリ易いからである。
32ビートの曲を16ビートでノっているのかもしれないが、とりあえずこれが関係した開発で失敗したことは無い。バスドラムとスネアドラムの拍を聞きながらノッテいるから、と安心している。
この考え方では、強度のばらつきをすべて靭性のばらつきが原因であるという大胆な仮説を用いている。マテリアルインフォマティクスに一生懸命な研究者の中には当方よりもザルな仮説で研究されている方がおられるので、当方のデータを学会で発表できるかもしれない。
当方の強度が弾性率と靭性で説明がつく、という考え方は、ゴム会社に入社した時に指導社員から教えられた。ゆえにゴムの強度試験は怖かった。正確な歪量を知るためにサンプルにしるしをつけて、定規をあてて強度試験を行うのである。サンプルが切れたときに目をつぶらないようにできたのは数度しかない。
その結果、歪量は目をつぶった瞬間の値を想像して採用していた。この歪量を用いて求められた弾性率には、当然見えなかった瞬間の誤差が入っている。今ならばこのような原始的な方法に寄らず、高速度カメラで破断した瞬間を見ることができる。
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五輪グッズが販売不振で、このままではゴミになる、とのニュースがあった。毎週どこかの時間で「お宝鑑定団」を見ているが、今回の五輪グッズは、40年後に高価なお宝になる可能性が高い。なぜなら多くの人が買っていないからである。
コロナ禍で開催された五輪なのでグッズも売れなかった。その結果五輪グッズの大半は廃棄されたので、このような完全な形ですべてそろっているのは素晴らしい、1億円、などと言ったコメントが将来番組の中で語られるかもしれない。
環境問題がこれだけ騒がれているのでおそらく売れない五輪グッズをそのままプラごみとして廃棄することはしないと思われる。セクシーに環境問題に取り組む日本なので、オリンピック終了後参加した選手に無料配布し、お土産として大量に持ち帰ってもらう方法もある。
すると日本に残る五輪グッズは少なくなるのでお宝としての価値が出てくるはずだ。もっとも不人気な五輪なので五輪グッズの骨董品価値は上がらない、という意見もある。
4000年前の我が家のご近所が捨てたかもしれない壺にとんでもない値段がついたりするので、骨董品の価値判断は難しい。しかし、1世紀後の子孫にお宝として残しておくのは悪くないと思う。
「売れない五輪グッズ」というタイトルよりも、将来への投資として五輪グッズを買おう、という気の利いたタイトルを何故つけないのだろうか。日本製もあるので五輪グッズが売れれれば多少なりともGDPに貢献する。
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弾性率は物質固有の定数、と教科書に書かれたりしている。実はこのような前提が崩れると材料力学の形式知の体系が吹っ飛ぶことになる。ゆえに弾性率に関する科学的研究はかなり昔から行われてきて、1970年代でも日本化学会の年会でその考察が発表されたりしている。
物理学会ではないのに化学会でもそのような発表があったのは、物質起因のばらつきを議論したいためであった。すなわち、弾性率のばらつきは、単結晶<多結晶<非晶質体と大きくなってゆく。単結晶でも結晶格子が乱れてもばらつくはずである。
技術では、このような厳密性を認めていては大変なので、単結晶から非晶質体ぐらいの差異であればばらつきは変わらないだろう、ぐらいの扱いである。ただ、これは技術者によりことなり、ノリの悪い人では単結晶と多結晶体との弾性率のばらつきで悩んだりしている。
ノリの良い人では、多少の欠陥があっても弾性率がばらつかない、と考えたりしているが、弾性率と強度は同じものあたりまで来たノリは、16ビートのノリを4ビートでごまかしているのか、あるいはうまくワルツのリズムでノッテしまっているような人で、時として開発は成功することもあるが、原因不明の失敗をする場合が多いような人である。
実務で弾性率というパラメーターを扱う時に、強度からその定義に従い求めるのだが、歪をどのように扱うのかによって弾性率のばらつきは影響を受ける。このあたりから技術者の経験知の量に影響をうけはじめる。
セラミックスや金属、高分子ではSSカーブは大きく異なる。高分子の中には金属に近いSSカーブを示す材料もある。セラミックスと同じような高分子のSSカーブが得られた時にびっくりしたが、この時は弾性率を求めることができなかった。
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自動車は、世界中で共通に抱える環境問題商品である。レジ袋有料化とか騒がれて脱プラスチックなどと言う実現不可能なフレーズが世の中を跋扈しているが、そのプラスチックの使用量が多いのも自動車である。
自動車とプラスチックの関係は、軽量化というキーワードで始まっている。もし、自動車を金属やセラミックスだけで組み立てていたら、今の車の1.5倍-2倍ぐらいの重量になるのではないか。
その車から脱プラスチックなどと言うことは不可能である。このようなことは自動車業界はよくわかっていて、おそらく今環境問題を考えるときにそのお手本とすべきは自動車、しかもトヨタ自動車がよいかもしれない。
社長自ら「愛、地球博」のキャラクターだったモリゾーを名乗っている。おそらく世界中でこの人ほど環境問題を真剣に考えている社長はいないのかもしれない。
数年前、「もう自動車を売る時代ではなくなった」と言って世間を驚かせたと思ったら、自動車のサブスクを始めた。これを単なるDXの一環と捉えているとその背後の戦略が見えない。詳細は弊社へお問い合わせください。
「技術のニッサン」というフレーズも良いが、「社長がモリゾー」のほうが今の時代にそのまま遡及する。昔、「+100ccの余裕」でサニーとカローラの販売競争を制したのはトヨタだが、堅実な企業でありながらメッセージの発信内容はいつも時代の少し先をとらえている。
爺さんと子供が自転車をこいでいる比較広告にはびっくりしたが、あれは駄作であり、トヨタらしくないCMだと感じた。しかし、レクサス含め最近のトヨタのCMには他の自動車会社のCMに比較し、緊張感が感じられる。
トヨタは80点主義の車作りと言われていたが、今は100点を狙うために協業はじめ様々な取り組みを行っているように感じられる。40代が勤務したい会社No.1に選んだのは納得ができる。ハイブリッドに次ぐ新しい環境対応技術の登場に期待したい。
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