All Nippon NewsNetworkに日本財団の若者の意識に関するアンケートが載っており、「自分で国や社会を変えられる」と考える日本の若者は18.3%で、残り8カ国で最も低い韓国の半数以下となっていたそうである。
また、「自分の国の将来についてどう思うか」という質問に至っては「良くなる」と答えた日本の若者は9.6%で、調査した9カ国中最低だったそうだ。また、トップの中国の若者の10分の一という。
連日ワイドショーでは「桜を見る会」に関して報じられている。そこには、官僚の幹部が野党から追及され、「ウソではないがあまりにも情けない答弁」をしている姿が映し出されている。
官僚が国民を見て働いていない姿、として解説されたりしているが、これを若い人が見たらどう感じるか(どう思うか、ではない)。
おそらく家族ならば情けない父親の姿として感じているに違いない。家族でなくても将来の出世の姿として捉えたときに幻滅を感じるだろう。
政治家どおしの攻防ならばまだ我慢できるが、政治家ではない官僚のこのような姿を国民にさらけ出す必要があるのだろうか。
組織を経験した人であれば、家族を抱え明日の生活を考えたときの発言として彼らの発言は、理解できる。またあの場で正義感を出してまともな答えを胸をはって言ってみても日本は変わらない。発言したその人のその組織における将来が無くなるだけだ。
当方はTVに映し出される官僚とは異なるサラリーマン人生を送り、転職や単身赴任、そして早期退職を経験している。
しかし、以前この欄にも書いたが、新入社員のころに書いた始末書も含め、組織から課せられた理不尽な仕打ちに対して素直に従い恥ずかしい、と感じたことはない。
ちなみに始末書では新技術提案をそこに書き、モノにしている。この時の経験から理不尽な組織に媚びる必要など無い、と自信を持って言える。ただ、それは組織から放り出されても生きていくという覚悟が必要である。
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働き方改革は、「働く時間を短くする」のが目的ではない。本来は、効率よく成果を出すための改革である。
昔から日々の改善は日本企業のルーチンだったはずだ。現場ではQCサークル活動として定着したが、ホワイトカラーの業務では定着しなかった。
原因の一つに科学を重視しすぎていた点にある。企業はアカデミアではないのだ。研究所さえも、本来はアカデミアと同じ活動を行っているのがおかしい、という感覚にならなければ働き方改革などできない。
故田口先生は良いことを言われていたが、この先生も科学から離れることができなかった。せっかくタグチメソッドを考案しながらも科学の世界でそれを定義づけようとした。
学者はそれが必要かもしれないが、所詮「メソッド」である。しかし、技術開発を効率化するものすごい「メソッド」なのだ。
科学はいつの時代でも大切である。少なくともこの50年くらいは科学に代わる世界共通の言語あるいは宗教、哲学は現れないと思う。
技術さえも他の人とその成果を共有化しようとしたり、次の世代に伝えようとするときに科学の力を借りなければいけない。しかし、それはコミュニケーションの手段としての科学である。
技術はいつでも人が中心であり、人の生活を豊かにするための営みである。科学の中心に来るのは論理学であり、結果がどうであれ、論理に忠実でなければならない。だから人類は科学を管理しなければいけないのだ。
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昨日の喜美子と父親常治の対立には胸を打たれた。きっかけは喜美子の妹百合子の進学であるが、働く意味についての激論だった。
喜美子は、絵付師深野が新しいことに挑戦するために会社を去る、すなわち、ドラッカーが言うところの働く意味における自己実現について語っているのだが、それに対する常治のセリフには胸を打たれた。
常治は、生きるために働かなければいけない、だから一生懸命働いている、それがわからなければ出ていけ、といって喜美子の前から去るのだが、働く意味を貢献と自己実現と語れるのは幸せな時代と身に染みて感じた。
豊かな時代の今、常治の「働く」論理の時代があったことを忘れていた。多くの常治により今の豊かさがもたらされたことを思い出させてくれた15分だった。
そもそも社会の安定があり、皆が仕事にありつけて食べていける状態になって初めて自己実現が問題となるのだ。
バブルがはじけて30年経ち、社会が二分化されてきた問題が指摘されている。また、仕事があってもその賃金で食べていけない状態がテレビで特集として組まれたりしている。
中国の状況を見ている当方からは、ただ富の分配がうまくいっていない、というステレオタイプ的な解釈では説明がつかないと感じる今の日本である。
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近所にあった書店は無くなって10年経ち本を買おうとしたら、10分-15分歩いて駅まで行かなければ新刊本を手に入れることができない。ただしその途中に古本屋が1件生き残っている。
漫画が多いのでこれまで覗いたことは無かったが、たまたま1冊100円3冊200円と書かれた張り出しを見て、その棚を見てみた。
偶然10年以上前に購入しようと立ち読みし、面白くなかったので購入しなかった本が2冊あった。1冊は麻生太郎著「とてつもない日本」で、他の一冊は三浦展著「下流社会」である。
いずれも今購入する必要もなく、また本が書かれてから10年以上経過しているので読む時間の無駄になりそうな本である。
ただ、新刊の時にベストセラーになっていた本でもあり、10年の変遷との比較も面白いと思い、購入してじっくり読んでみた。
両者を読んで気がついたのは、時代の変化を単純にステレオタイプ的にとらえている点である。10年間社会の変遷を見てきたためにそのように感じるのかもしれない。
「日本は必ずよくなる」というメッセージや「中流意識の終焉」など、その時をとらえれば間違ってはいないのだが、両者とも人口構成の変化に対しての視点が欠けている。
その結果、ただ激励するだけ、あるいは警告を発するだけで終わっている。社会を改善するための具体的な提言が書かれていないのだ。
バブル崩壊後GDPは停滞したまま30年近く経った。いまさらこの30年間の日本の変遷に触れないが、人口構成の大きな変化は今の日本を語るうえで重要である。
すなわち50歳以上の労働者を社会でどのように活用するのかが今後の日本の成長を促すためのカギである。
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本当は面白い話なのに笑えない話というシーンに何度も出会っている。例えば、無機材質研究所留学時に高純度SiCの合成実験を新品の電気炉を用いて行ったときの出来事は、人生最高の笑えない話である。
もっともこの話、第三者にとって笑えない話となるかどうか、というと「ウソだろ」という人もいれば、「わけわからん」という人まで様々だ。
しかし、実際に起きたオカルト的な出来事である。
昇進試験に落ちた、と人事部長から連絡が入り、無機材質研究所猪股先生のはからいで1週間だけ昇進試験に書いた新事業推進のエンジンとなる高純度SiCを合成するチャンスを頂いた。
この話は以前、詳しく書いているのでここでは簡単に、そのチャンスを生かした実験での出来事としておく。
1週間の実験という時間的制約があり電気炉を1回しか使えないので、そのたった1回の実験でよい結果を得られるようにお祈りをしていた。
すると、電気炉が突然暴走し、その後の偶然のアクションも加わり合成条件として最適な結果となり、1回の実験で最良の高純度SiCを合成できた。
その後、この時合成された粉体に対してゴム会社社長から2億4千万円の先行投資を受けたので、人生の大逆転劇となった本来は「笑える話」だ。
しかし、電気炉の前でお祈りして、その結果電気炉が暴走した、という現象は、無機材研の安全員会で、原因不明の出来事となり問題となった。
科学的な原因を解明するまで実験しなければならず「笑えない話」となった。
人生、誠実真摯に努力していると神様が報いてくれると亡父は口癖のように言っていたが、神様が報いてくれた出来事で結局再現できないことを示す実験結果をまとめ事態を収拾している。
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アルビントフラーの第三の波はあっというまに過去の著作となり、バブル崩壊から30年近くたった。そのような状況で5Gが注目を集めている。
この変化の時代に新材料の技術が求められており、来年にかけて招待講演を依頼されましたセミナーでその内容を公開してゆく。すでに取り組んでいるメーカーも注目していただきたい内容である。
各セミナーではテーマを明確に設定し解説するので、全部参加していただければ、今起きている材料技術のイノベーションを学べる。
まず、下記セミナーでは、情報通信の切り口で解説する。希望者は弊社へ問い合わせていただきたい。
開催日時:2019年11月27日(水)10:30~16:30
会 場:ちよだプラットフォームスクウェア ミーティングルーム B1F
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3-21 → 会場へのアクセス
受 講 料:45,000円 + 税 ※ 資料・昼食付
*弊社へ申し込まれますと割引価格になります。
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昔笑う犬とかいうお笑い番組があったが、笑わない男が流行語大賞にノミネートされたりして騒がれている。
笑わない男とは、ラグビー選手稲垣啓太氏だが、笑えないのかと思い、ネットで調べてみたら、思い切り笑っている笑顔が出てきた。
その他に何かのイベントで驚いている顔も出てきたりして表情豊かであり、笑わないのはセカンドキャリア目指し(?)努力中であることが分かった。
それにしても笑わない男としてプロである。そのキャラクターが崩れたシーンをTVで見かけることは無い。
かつて北海道へ出張した時に「居酒屋兆治」の撮影ロケ現場へ飛び込んだ失敗経験がある。リハーサル中なのか本番だったのか知らないが、交差点で青信号の点滅を見て走っている人と一緒に歩道を駆けだしていた。横断歩道へ飛び込もうとしたところで当方を制止した人物がいた。
にこやかに笑っているオヤジだった。最初状況が分からず、その人物が高倉健であることに気がつかなかった。思わず「あなた誰」と若気の至りで尋ねててしまった。
「うわさの健さん」と笑顔で応えられても分からなかった。役者のオーラなど出ていなくて、普通の薄汚い皮ジャンを着た「おっさん」だった。
交差点の反対側から赤信号なのにかけてきた人が、「君、申し訳ないけど撮影中なので」と言われて、その時に何かのロケと理解できた。
当方が撮影の邪魔をしたらしく、「申し訳ない」と謝りその現場を離れたが、その日の夜「居酒屋兆治」の撮影中だったことを知った。
また、「うわさの健さん」と笑顔で当方を制止した人物は故高倉健氏だった。汚い皮ジャンを着ていたこともあるが、全く気がつかなかったのは、居酒屋兆治になりきっていたのだろう。
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恐らく多くの会社でもこのような状況ではないか。世界が注目するほどの大成果でも出せば、そのような人材を悪く処遇すると会社としてみっともないので大切に扱うが、国内の受賞程度では社業にいくら貢献しても軽く扱われる。
また、ゴム会社では他人の仕事を妨害し、出世競争に邁進する輩もいた。高純度SiCの事業を住友金属工業とJVとして立ち上げた後、当方が転職した原因でもある。
それが日本のサラリーマン社会と言ってしまえばそれまでだが、成果を多少出しても出さなくてもサラリーマンの終わりは変わらないのである。
ちなみにゴム会社では、先日のノーベル賞よりも早くLi二次電池を商品化し、日本化学会化学技術賞を受賞しているが、その受賞者の一人は、受賞直後に事業をたたみ他社へ転職している。
インタカレーションに気がつくかどうかが分かれ道となり、負けが見えていても事業化し技術賞をとる鮮やかさは、ドラマを見ていたような展開だった。
組織に定年というものがある以上そのシステムをどのようにうまく機能させて年配技術者を定年まで満足に処遇するかは難しい問題ではあるが、テーマを強引に推進して技術賞をとる、といった会社の活用の仕方も問題である。
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デジタル化の流れの中でフィルム事業をやめる少し前の出来事だったが、ヘッドハンティングされて転職し、博士を一人育て社外から二つも受賞しているような成果を出せる組織を作ったのである。
また、事業に十分貢献した成果を出していたから、倉庫に使われていた部屋へ机を移された時には驚いた。人事は大学の研究室の先輩にあたる上司が決めたそうで油断していた当方が悪かったのかもしれない。
そこで自由に仕事を、と言われてもリストラの処遇をどのように理解し元気を出せばよいのかわかるはずもない。おそらく異動を指示しやすかったのだろうと思う。ゆえに、先輩の顔を立ててにこやかに異動した。
その後、カメラ会社との統合の話が出て、当方の部屋に足しげく訪ねてくるその会社の部長がいた。そして、役割を代わってくれ、と言った。喜んで代わる、と告げて豊川へ単身赴任する道を選択した。
ただし、役割を代わってほしいといったのには理由があった。歩留まりが10%も満たないベルトの押出成形を半年後には100%近くまで上げなければいけないテーマをかかえていたのだ。
写真会社の研究所の誰もが「あのテーマは終わっている」と言っていた。当方も終わっていると思ったが、このようなテーマを生き返らせてこそ最後の仕事として刺激的であり思い出に残るだろうと感じて引き受けた。
どのみち、サラリーマンとして終わっている処遇にあった。そして半年後、企画には無かったコンパウンド工場を立てて、一部の期待に反しテーマを成功させたのだが、役員から早期退職の提案と早期退職前に環境対応樹脂を開発してくれと頼まれた。成功しても失敗しても良いことが無い年齢だった。
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各企業により人事制度が異なるが、日本では、40歳前後までに中間管理職となり、その中から将来の経営陣が選ばれるシステムを採用している会社が多い。
ゴム会社では、早い人で37歳になると基幹職と呼ばれるようになり、40代で役員に抜擢される人もいた。ちなみに基幹職の定年は55歳であり、55歳を過ぎると一般職になる。また給与も下がる。
最近はフェロー制度とかできたそうだが、それでも55歳を過ぎると給与は下がる。写真会社では、60歳まで給与は下がらない(下がる場合もある)人が多いのでゴム会社は厳しいシステムと言える。
当方が勤務した写真会社にせよゴム会社にせよ年配技術者の処遇が上手なようには見えない。ゴム会社では、55歳で役職定年後配属された上司の人格により幸不幸が変わるようだ。
写真会社は、会社にぶら下がりながら65歳まで必死に生きてゆく状態となる。これが幸福かどうかはそれぞれの価値観によるが、65歳になれば退職しなければいけないので必死でそこで生きる価値があるのかどうか知らない。
当方は50歳を過ぎたときに当方が作り上げた組織を外され、部下の主幹研究員が後を継ぎ、当方はそれまで倉庫に使っていた部屋を割り当てられ、机を窓際に置かれて、明日からここで仕事をしてくださいとなった。
ぶら下がる、というよりも止まり木で休んでいてください、という温かい思いやりを感じても、これでは元気が出ない。
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