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2016.04/20 混練の講習会の案内

この3年間、弊社が中国で活動してきました成果を踏まえ、5月までに3件ほど混練技術に関する講演会を開催致します。いずれも異なるセミナー会社で開催されますが、申し込みは弊社で行いますのでご案内をさせていただきます。
 
 
お申し込みは、弊社インフォメーションルームへお問い合わせください。詳細のご案内を電子メールにてさせていただきます。
 
 
1.混練技術のトラブル対策に関する講演会

(1)日時 4月21日  10時30分-16時まで

(2)場所:高砂ビル 2F CMC+AndTech FORUM セミナールーム【東京・千代田区】

(3)参加費:27,000円

(4)http://ec.techzone.jp/products/detail.php?product_id=4152

2.混練の経験知を伝承する講演会

(1)日時 5月19日  10時30分-16時まで

(2)場所:江東区産業会館  第1会議室

(3)参加費:49,980円(税込)

(4)https://www.rdsc.co.jp/seminar/160522

3.シランカップリング剤に関する講演会

*日時等弊社へお問い合わせください。

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2016.04/19 カレーライスの面白さ(2)

ビーフカレーは、肉に高級な和牛を用いるとどのようなルーを用いても文句なくおいしいカレーができる。これでは面白くないと思い、スーパーマーケットでよく安売りされるバーモントカレー中辛を使い、おいしいカレーができないか1年ほど研究してきた。
 
バーモントカレー中辛は安い時には12皿分のルーが90円台で売られている。ビックリするほど安い。このバーモントカレー中辛を用いて松阪牛でカレーライスを作った時の感動が得られないか、鋭意努力し、ようやく今回それと同様の感動が得られた。
 
チキンカレーだから味の方向性も異なる。また一食当たりの原価も一ケタ以上異なるので食べ比べたらビーフカレーがおいしいという人が多いかもしれない。しかし今回食べたチキンカレーは久しぶりに感動した味だった。バーモントカレーに思えないコクだった。
 
また中辛のルーを用いたが甘口のカレーになった。甘口ではあるがお子様カレーの様な安っぽさは無い。ビーフカレーの10分の一以下の費用でこれだけの感動が得られたので思わず二日間にわたり、その話を書いている。
 
この一年間バーモントカレー中辛でおいしいカレーができないかいろいろ工夫してきた。高い肉を使えばおいしくなるが、それでは能が無いので、チキンカレーかポークカレーで感動的なおいしさを表現できないか工夫してきた。努力が報われたのである。
 
たまたまNHKのアサイチでトマトケチャップダシを取り上げていた。そこで説明された裏技、一度ケチャップを炒めると甘くなるという現象を応用してみた。実はトマトケチャップを入れた経験は過去にあった。しかし、その時にはトマトケチャップの味がするカレーライスという結果だった。しかし、今回は家族からもトマトケチャップを入れたことが分からない、という意見が出るほどの効果だった。
 
要するに材料の添加方法が異なった結果、味覚効果が変化したのだ。このようなことは材料の配合設計でよく経験する。材料の配合設計というとその配合組成しか考えない人がいるが、プロセシングも重要な設計の因子である。このことを体験されたい方は、今回のチキンカレーを食べてみるとよい。そして単純にトマトケチャップをカレーライスに添加した時との比較をされるとプロセシングの重要性を味わうことができる。

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2016.04/18 カレーライスの面白さ(1)

最近カレー作りに熱中している。毎週土曜日は当方が作るカレーライスが家族で定番の夕食メニューになった。わけあって今回は日曜日の夕食メニューがカレーライスとなったのだが、これがコストパフォーマンスが高く大変おいしかった。それで本日情報公開してみました。
 
ところで家庭で誰でもおいしいカレーを作りたいのであれば、間違いない方法が一つある。しかし、一食当たり1000円以上の原価がかかる。一食当たりの原価がホテルカレー並みの値段だが、間違いなくホテルよりもうまいカレーを作る方法がある。
 
肉に高級和牛のスジ肉とモモ肉を使う方法だが、1食あたり1000円以上かかるのはこの肉代が原因である。しかし、どんな市販のルーを使っても文句なくうまいカレーができる。***発売の「****」というルーを使うと、誰でもホテルカレーよりおいしいというカレーができる。
 
これは企業秘密だが、市販品でこれだけうまいカレーができると、外食でカレーライスを食べるときに、やや評論家的になり、ますます外食のカレーがおいしくなくなる。
 
今日公開するのはこの対極にある大変コストパフォーマンスの高いカレーで、肉代は一人50円前後で、カレーライスを一食当たりの原価120円程度に抑えることができて大変うまいカレーライスができる。ただし、通好みのスパイスが効いておいしい、という方向性ではなく、お子様向けでおいしい、という表現になる。
 
だから辛い本場インドカレーをおいしいカレーの基準にされている方には物足りないかもしれないが、家庭で食べるホームカレーライスでおいしいカレーを食べたい人には一度試していただきたい。
 
まず材料を煮込むときに、沸騰した湯に鶏がらを入れて一時間煮込んだスープを使う。粉末の鶏がらスープの素よりも肉屋で鶏がらを手に入れたほうが安くておいしいスープができる。材料である鶏肉と玉ねぎ、にんじんはあらかじめ炒めるのだが、このときトマトケチャップを一人前当たり小さじ半分程度入れて炒める。
 
炒め終わって、トマトケチャップが甘くなった状態で鶏がらスープに入れて30分ほど煮込む。好みによりジャガイモを適量入れて煮込んでもよい。煮込み終わったら、スーパーで安売りがよく行われるバーモントカレー中辛を入れて10分ほどかき混ぜると、バーモントカレーと思えないおいしいチキンカレーができる。
 

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2016.04/15 「天才」を読んで

45万部を突破したと聞いたので石原慎太郎の「天才」を読んでみた。内容は石原慎太郎が田中角栄に成り代わって書いたモノローグであり、2月頃書店で一度手にしたときに決算が迫っている多忙を理由で購入を取りやめた本である。
 
2ケ月ほど前に立ち読みしたときには、それほど面白い本とは思わなかった。内容の大半はかつての「私の履歴書」や「ロッキード裁判とその時代」、さらには週刊誌や東スポなどで仕入れた情報の焼き直しに思える本だった。
 
書店で立ち読みすれば30分で読み終えるような内容とタカをくくっていたが、さすが石原慎太郎である。確かにその本に書かれた情報に新しいコトは無かったが、その長い後書きを除けば、立派な小説(失礼!)であり、単なる情報の焼き直しではなかった。
 
20分ほど立ち読みしていたが、結局半分以上読んだその本を昨日購入してしまった。涙をこらえきれなくなったからだ。久しぶりに泣けた本である。あえてどこがどうだ、と言うことは読んでいない人のために書かないが、情報化時代の今日において、文章などの表現の持つ力の大きさを感じたおもしろい本だ。
 
モノローグとして書いているところにすべての仕掛けがあるが、日本人は誰もが一度この本を読む必要があるのではないか。特にバブルを享受した団塊の世代である先輩諸氏には読んでいただきたい。また若い人には日本に田中角栄のような「日本という故郷のために」多大な貢献をした政治家がいた、ということを知っていただくために読むべき、と伝えたい。
 
田中角栄は金権主義の権化かもしれないが、一方で戦後の高度な繁栄をプロデュ-スした重要人物であり、その業績は業績として正しく評価されなければいけない。今の時代は、まず法的遵守が重要視され、これは正しいことだが、その結果そこからはずれた事柄をすべて排除する風潮がある。しかし恩人にも値するような業績をあげた人物については、その功績に報いる姿勢が必要ではないか。
 
物事には裏表があり、善悪も視点により変わる。田中角栄は確かに法を犯した。しかし、その罪とは無関係にアメリカ人をして「JAPAN as No.1」と言わしめた日本の高度成長の立役者でもある。恐らく著者はその功に報いる意味で本書を出版したに違いない。罪は、確かに罰せられるべきである。しかしその償いが済んだ人物について、いつまでも罪人扱いする社会はどうかと思う。貢献を正しく評価できる社会こそ健全な社会である。

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2016.04/11 賭博問題

野球に続いてバドミントンでも賭博問題が起き、選手が処分された。先日の選手の会見を聞いていてもかわいそうに思う。ギャンブルは楽しいからだ。
 
当方も学生時代パチンコに賭麻雀というギャンブルづけになったことがある。地下鉄を降りて大学まで向かう道に、4件のパチンコ屋と無数の雀荘があった。友人の下宿も含めると雀荘の数は不明である。
 
不謹慎であるが大学の構内も雀荘になった。さすがにこれはエスカレートしたところで学長名で禁止令が出された。学内で行うときに当方は必ず毛布を敷いていたが、消音もせずに大胆にじゃらじゃらと音を立ててやる輩もいたので、これはまずいと思い、禁止令がでる前に大学構内の麻雀を自主的に辞めた。
 
人間とは不思議なものでギャンブルにはまる前には善悪の判断が出来るが、はまってしまうと麻痺をする。しかし、心の隅に悪いことをしているという負い目がある時に気づけば自分の意思で辞めることができる。しかし、それにはものすごい勇気がいる。
 
仲間の存在も大きい。パチンコは一人だが麻雀は4人で行うギャンブルである。パチンコを辞める決心をしてまじめに大学に向かっても、通学路にある雀荘から友人が手を振る。もうだめだ。
 
麻薬にしてもギャンブルにしてもなぜか他人に迷惑をかけていない、というロジックで自分に甘くなり、その行為を正当化してしまう罠がある。公営のギャンブルならば貢献になるのだろうけれど、それが私営の場合にお金がどのように使われるのか不明で、結局他人に迷惑をかけることになる。
 
パチンコも麻雀も一切やらなくなったきっかけは、4年生になった時である。通学途中のパチンコと麻雀が原因でドイツ語の単位を取得できず、英語だけで語学の単位を揃えていた。講座の教授から大学院進学を勧められ、ドイツ語の単位を取ってこなかった話をしたら、毎朝マンツーマンで指導するから、と言われた。
 
毎朝の指導でパチンコと麻雀の日々は、健全な学生生活になった。麻薬やギャンブルは習慣である。悪い習慣を身につけるとなかなかそれから抜け出せない。悪い習慣に変わる良い習慣をつけることが最良の策であるが、何らかのきっかけか第三者のサポートが必要である。
 
スポーツ界における賭博問題の根本原因は、指導陣の甘さにあると思っている。本当に選手が大切ならば、選手に良い習慣をつけさせる努力をすべきだが、それには大変な労力が必要になり、関係者にも厳しさが求められる。
 
選手の自主性に任せる放任主義は、無責任だと思う。一流選手として悪い習慣を断ち良い習慣を身につけられるようにするには、選手の周囲の関係者にも努力する厳しさが要求される。4年に進級する前に配属講座を決めるとき、当方が配属された講座は厳しい講座と評判だったので不人気だった。
 
しかし、講座の雰囲気は未熟な研究者を生みださないように教授が先頭に立って当たり前の厳しい指導をしてくれる親切で優しい講座だった。おかげで大学院では授業料免除と奨学金付きで優雅に勉強することが出来た。但し研究者として良い習慣が身につくよう厳しい毎日が一年続いた。そして麻雀もパチンコも忘れた。

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2016.04/10 北島選手引退

北島康介選手が金曜日引退表明した。100m決勝は大変残念だったので200m決勝ではドラマが起きるのでは、と期待してみていた。前半100mは盛り上がったが、残念ながら5位で終わった。
 
残念な結果だったので、特にこの欄で取り上げるつもりは無かったが、NHK「深読み」で人工知能について取り上げていたので、残念な気持ちを書き残したいという気になった。
 
昨日残念な感動のためブログで書こうという気になれなかったが、今日突然書いてみようというちゃらんぽらんな行動はAIにはとれないだろう。また、33歳になっても肉体の限界を顧みずチャレンジする、という行動にAIならば感動しないだろう。しかし、当方は人間で大いに感動した。
 
彼はインタビューでオリンピックが特別な舞台であり、苦しい練習をしてでもそこにチャレンジしたくなる夢舞台だと言っていた。金曜日にそれは夢で終わったが、視聴者は、たとえ夢が実現しなくても、あるいは失敗のリスクが高い目標でも、チャンスがある限り精いっぱいの努力をする大切さを学んだのではないか。
 
火事場のバカ力もそうだが、人間の能力は環境で大きく変わる。ゴールに向かって真摯に努力をした結果、仮にゴール未達になったとしても努力しただけの能力向上があることを32年の技術者生活で学んだ。
 
高いゴールを設定しそれを達成するために努力することは大切である。そのゴール実現が難しい、と悟ると適当にお茶を濁してゴールを目指すのをやめてしまう、あるいはゴールのレベルをさげてしまう優等生をたくさん見てきた。サラリーマンという職業では、組織力という隠れ蓑でそれが許される環境である。
 
しかし、失敗するリスクが高いとしても成功する可能性が少しでもあるならば、チャレンジする勇気を絞り出す人生が大切(注)だと思う。北島選手の200m決勝は、残念な結果ではあったがチャンスがある限りチャレンジし続ける重要性を改めて確認できたレースだった。
 
(注)2005年に中間転写ベルト開発のため豊川へ単身赴任した。樹脂の混練や押出成形などはド素人だったので赴任前猛勉強した。大学受験以来の、あるいは学位試験以来の集中度で勉強した結果、科学的に考察すると半年後に必ず失敗するテーマだと理解できた。しかし、赴任前現場で真剣に開発に取り組んでいるメンバーを見て、技術で成功させる道を探す気持ちになった。そしてその道を見つけることができた。なんでも科学で解決しようと考えているとAIに勝つことはできないが、仮にAIがどれだけ進歩したとしても情緒や感情、ヤマ勘、ド勘を発揮できる人間には勝てないだろう。弊社の販売しています研究開発必勝法には従来のロジカルシンキングの手法以外にAIが到達できないヒューマンプロセスも取り入れております。AIの進歩におびえるよりもAIにできない道を弊社は探索しています。

カテゴリー : 一般

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2016.04/08 高分子のレオロジー(2)

高分子材料の物理的挙動については、大まかに昔ながらのレオロジーで解釈でき、バネとダッシュポットのモデルによる理解は便利である。岡小天著「レオロジー入門」や村上謙吉著「レオロジー基礎論」は材料技術者にとって今でも役立つ、と思っている。
 
クリープや一部の現象について注意する必要があるが、昔のバネとダッシュポットのモデルによる理解が無駄だとは思わない。実践知としてその適用の仕方を身につけておけば、現場で材料の問題を解決するときに直感で対策しやすい場面もある。
 
今高分子材料の力学物性について分子一本から積み上げて、どのような高次構造が作られ物性が発現しているのか研究が行われている。高分子シミュレーター「OCTA」はその思想を目指したソフトウェアーだ。まだ実験例は少ないが、引張試験で得られるSS曲線をシミュレーションすることが可能で、その時の分子挙動も動画として得られる。
 
おそらく将来「OCTA」で材料設計できる時代が来るかもしれないが、現在はまだ試行錯誤の状態である。試行錯誤の状態ではあるが、この「OCTA」の重要な点は、時として暗黙知を刺激するところである。モヤのかかったような高分子のレオロジー挙動について「OCTA」がヒントを与えてくれる点に高分子技術者は注目すべきだろう。
 
高分子材料のプロセシングにおいて困るのは可視化が難しいところである。かつて射出成形の金型の一部を可視化した設備や二軸混練機の一部を可視化した設備を見たが、残念なのはいつもその設備で可視化された現象が起きている、という保証が無いところである。
 
しかし、コンピューターでは自由に高分子融体の画像を書くことが出来る。時として役立たない漫画となる場合もあるが、プロセシングでトラブルが起きアイデアが何も無いときにはヒントになるので「OCTA」はそれなりに役立つソフトウェアーである。
 
学生時代に「シシカバブ」という構造を見せられたときに、おもわずその構造の名前の由来を授業中に質問したが、先生はご存じなかった。ラテン語を調べても出ていなかったが、これが料理の名前とわかってずっこけた。テストのためには丸暗記で記憶しそれで済ませることが出来るが、もう少しポリマーに関係したわかりやすい名前をつけておいて欲しかった。
 

カテゴリー : 一般 高分子

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2016.04/06 高分子のレオロジー(1)

レオロジーとは流れに関する学問であり、高分子においては粘弾性学として発展してきた。面白いのは、1980年前後までダッシュポットとバネのモデルを用いて研究されてきたのが、21世紀になりそれらのモデルを学会ではほとんど見かけなくなったことである。
 
ゴム会社で優秀なレオロジストの指導社員に出会ったのは幸運だった。この方は電卓でマックスウェルの方程式を解き、粘弾性のシミュレーションをやってのける強者で、表向き理論派の科学者で内側は現物現場主義の技術者だった。
 
さらに驚いたのは、ご自分の強みであるレオロジーについて10年後にはこのような方法論は無くなるだろうと言われていたことだ。やや斜に構えた人で、カッコづけでダッシュポットとバネのモデルが無くなると言っているのか、と初めて聞いたときに感じたが、自分の強みがやがて科学の世界で無くなる、と真剣に悩まれていた。
 
ただ、物理学者は自然現象を数値で捉える力に優れており、レオロジーだけでなくパーコレーションやフラクタルなど面白い数学の世界をわかりやすく指導してくれた。未だかつてこの方のように科学と技術のバランスがとれた物理学者に会った経験が無い。
 
さて高分子のレオロジーはこの方が言われたように、科学の世界では今やダッシュポットとバネのモデルで議論されていないが、技術で高分子材料を扱うときには便利な考え方である。特に粘弾性の温度分散データを眺めるときに現象を直感的に捉えることが可能である。
 
今、分子一本の粘弾性を研究している科学者もいるが、実用ではバルクの性質が問題になり、そのようなときには昔ながらのバネとダッシュポットのモデルが欠かせない。一種類の高分子でも、結晶部分と自由体積部分、ガラス部分の3つの構造が出来るので、バネとダッシュポットを組み合わせたモデルに無理があることがわかるが、手っ取り早く材料の改良効果を予測するには便利である。
 

カテゴリー : 一般

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2016.04/05 再燃するSTAP細胞の騒動

「あの日」が25万部を突破した、とWEBニュースで報じられている。また著者によるSTAP細胞に関するホームページ(HP)も開設されたという。そしてそのHPに対し、ネイチャーの編集者が立腹された、というニュースまで流れている。
 
このSTAP細胞の騒動はせっかく理研が迅速な幕引きを図ったのにいつまでも組織の問題を問うような形で再燃している。それとともに未公開であった山梨大に引っ越された先生の機密書類無断持ち出しまで明るみになった。
 
いずれの情報もニュースで報じられた内容だが、組織にとってあるいは組織内部の人間にとって出されたくない内容だろう。またその幾つかは組織と個人の阿吽の呼吸で、従来であれば表に出されずそのまま隠れてしまった事柄である。
 
「あの日」の著者には、組織に責任を押しつけられているような被害者意識の発言が目立つ。しかし、公開されている著者の発言を読むと、常識的な組織が当然とるであろう当たり前のアクションに対して被害妄想に陥っているように当方には思われる。
 
理研所長が「未熟な研究者」と評したように、STAP細胞の騒動は、科学の研究を推進するには不適切な未熟な研究者を特別待遇として処遇した理研の責任と、未熟な研究者の自己責任感の欠如が絡まって起きている。
 
不幸だったのは理研という組織に教育能力が欠如していたことだ。教育機関ではない理研でも組織を維持するための最低限の教育機能は必要だが、新聞報道を読む限り、大手企業の社員教育よりも貧弱な状況である。
 
結局未熟な研究者として認識しつつもそのまま組織から追い出してしまった。未熟な研究者は、働く意味も分かっていない知識労働者だったので、そこから生じる当然の行動をとる。これは組織も個人もこれまでの行動を反省し、両者が歩み寄らない限り収まらない騒動かもしれない。
 
ただ、理研は「STAP細胞は存在しない」と結論を出し、未熟な研究者は「STAP細胞は必ず存在し、それを見つけたのは私だ」と主張しているので、STAP細胞の存在が科学的に肯定されたときにどうなるか心配である。この問題は、組織と個人の関係において、組織が組織の利益のみを追求し問題収拾しようとした時に企業でも発生しうる問題である。

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2016.04/04 科学で未解明の現象から機能を取り出す(続き)

必要とする機能について、自然現象として起きることが分かれば、科学的に未解明でも自然現象から機能を取り出すことが可能である。例えば試行錯誤で機能を人工的に再現してみて機能を動作させる方法を見つけることが出来る。
 
あるいは、過去の経験から考えられる方法について全部試してみて機能を動作させることができるか見れば良い。経験から考えられる方法が、科学的に見てすべての方法を取り上げているならば、消去法という手段が有効である。
 
とにかく不完全でも科学的にはそのメカニズムは不明でも動作する機能が見つかったならば、あとはタグチメソッドでそれを最適化してロバストの高い機能にできる。
 
すなわち科学的に未解明な機能でも、その手がかりが見いだされれば人類は活用することが可能で、科学誕生以前の人類は皆そのようにして技術開発を進めてきた。
 
ところが1970年代の研究所ブーム以来企業では科学以外の方法を禁じ手として封印し、科学的に技術開発を進めることに注力してきた。ここで、科学的に技術開発を進めることは間違っていないが、科学的以外の方法を禁じ手にしたのは技術開発の可能性を自ら捨てたようなものだ。
 
当方は、新入社員の研修でS専務に技術の意味を教えられカルチャーショックを受けた。現場現物主義で時には科学的データさえ信じないような意味を込めた説教は、大学で6年科学を学んできた若者には刺激的な説教だった。
 
しかし、そのおかげで「マッハ力学史」や「技術者の心眼」などの著書に目を向けることができ、技術について真摯に考えることが出来た。但し、配属された研究所はアカデミアよりも科学一色であり、たまたま巡り会った優秀な指導社員が斜に構えた人でなかったならば、今日まで技術というものを考え続けることが出来なかったろう。

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