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2014.02/17 パーコレーション転移(8)

帯電防止の実技テストの一つ、タバコの灰付着テストとは、温度と湿度などテスト環境が定まったところでフィルム表面をゴムでこする。そして帯電したこのフィルムをテスト直前にタバコを吸い発生した灰を集めた上にかざす。2mほど上から徐々に帯電したフィルムをおろしてゆき、タバコの灰がフィルムにつき始めた距離を測定する。


テスト方法からわかるように帯電しやすく放電しにくいフィルムの場合にはこの距離が長くなる。帯電しやすくても放電もしやすいフィルムの場合には、タバコの灰との距離を縮めてゆく過程で徐々に放電するので灰付着距離は短くなる。


帯電防止処理された写真フィルムの場合には0となる。帯電防止性能が悪くなるに従い、その距離は伸びる。すなわち帯電防止性能が悪いフィルムの場合には、遠い距離からタバコの灰を吸い寄せる傾向がある。


まったく帯電防止されていない絶縁体フィルムの場合には、低湿度の環境でこの実験を行うと2mの高さでもタバコの灰を吸い寄せる。初めてこの実験をしたときには、帯電現象のあまりの能力にびっくりした。


さて、帯電防止性能があがると灰付着距離は短くなり、0となった場合には帯電防止性能に優劣をつけられなくなる。表面比抵抗が10の10乗Ω程度で0となる場合もあれば、10の9乗Ωでも0とならない場合がある。この理由がよく分かっていなかった。だから帯電防止フィルムの開発において実技テストを欠かすことができなかった。


すなわち市場品質を再現できる科学的手法が20年前に知られていなかったのだ。経験を積んだ技術者であれば、表面比抵抗や誘電緩和、電荷減衰速度その他の帯電防止に関する電気的評価から市場品質の推定ができたようだ。しかし、実技テストの結果と相関する電気パラメーターが見つかれば、実技テストが不要になる。


インピーダンスの評価はそのような狙いで始めた。最初からパーコレーション転移との関係を調べるために開発したのではない。しかし、インピーダンスが増加すると灰付着距離が短くなる現象に若い人が疑問を持ち質問にきた。インピーダンスは交流の抵抗なのに、なぜ抵抗が上昇すると帯電防止性能が向上することになるのか、という疑問である。


ちょうど福井大学客員教授のお話を頂けたときなので、A先生と共同で帯電防止性能とインピーダンスとの関係について研究を始めた。(続く)


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2014.02/16 パーコレーション転移(7)

絶縁体フィルムに帯電防止層を塗布して、そのインピーダンスの周波数分散を測定すると低周波数領域で異常分散を生じる。面白いのは同じ表面比抵抗の塗膜でもこの領域における分散の様子が異なることだ。


イオン導電性高分子で帯電防止層を形成した場合と電子伝導性微粒子を薄膜に分散して設計した場合でこのような差が生じる。さらに両者の表面比抵抗が一致しても帯電防止性能に違いが生じる。表面比抵抗が10の8乗Ωレベルになるとその差は小さくなるが、10の9乗Ω以上の高抵抗領域では、表面比抵抗と低周波数領域におけるインピーダンスの値の差が大きくなる。


すなわち表面比抵抗が同じ値でも、100Hz以下のインピーダンスの値が大きい帯電防止層が高い帯電防止性能を示す、という現象が生じる。例えば実技テストであるタバコの灰付着テストを行うとタバコの灰の付着距離に差が生じる。


インピーダンスは交流で測定される抵抗というイメージを持っているとこの現象に悩むことになる。100Hz以下のインピーダンスの値とタバコの灰が付着し始める距離との関係を調べると高い相関が認められる。4種類の帯電防止化合物を用いて様々な表面比抵抗の帯電防止層を塗布したフィルムを製作し、その相関係数を調べたら、ほぼ1となった。しかし、表面比抵抗については0.6であった。(続く)


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2014.02/15 パーコレーション転移(6)

導電性微粒子と絶縁体バインダーで生じるパーコレーション転移の観察あるいは評価には体積固有抵抗や表面比抵抗が直流で測定される。ところがこの時観察されるパーコレーション転移の閾値はシャープに現れない。原因は、微粒子間の接触抵抗その他の要因をうまく計測できていないためである。


閾値を見積もりたいときに、交流で測定されるインピーダンスを用いると良い。それも100Hz以下の領域の値である。50-60Hzあたりはノイズが乗りやすいので避けた方が良いが、この低周波数領域のインピーダンスを計測すると閾値を直流の場合よりも見積もりやすい。


交流では、材料のコンデンサー成分を計測可能で閾値近辺の変化を観察しやすいが、直流では抵抗成分のみしか計測できないので導電性微粒子間の距離の変化を検出できないためこのような違いとなる。


実際に抵抗成分と容量成分のモデルを組み立て、抵抗成分が増加するコンピューター実験を行うとこのあたりの変化をシミュレートできる。すなわち、このようなモデルで低周波数領域から高周波数領域までインピーダンスの周波数分散を求めると現実の材料のようなインピーダンスが周波数に依存したグラフが得られる。


そして抵抗成分を小さくしてゆくと低周波数領域で大きな異常分散が生じる。このシミュレーション結果から導電性が向上すると低周波数領域におけるインピーダンスが増加する理由を理解できる


インピーダンスは交流で測定される抵抗である。ゆえに導電性が向上すると大きくなる、という現象は、驚くべきことである。よく考えれば科学的に説明がつく現象であるが教科書で学んだ知識のために現象に遭遇したときに最初はびっくりする。


このような現象は特許ネタにもなる。いくつかこのような現象を用いて特許を書いたがその幾つかが容易に成立したのには驚いた。異義申し立てが無かったのである。フィルムに帯電防止層を形成している場合にこの特許に皆ひっかかっているはずである。


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2014.02/14 パーコレーション転移(5)

昨日書いたようにパーコレーション転移は、処方とプロセスに大きく影響を受ける。これら以外の因子として粒子の大きさや、分子の形状なども重要な因子である。パーコレーション転移の因子については、実験を行っていると幾つか見えてくるが、見えない因子もある。


しかし、シミュレーションでパーコレーションという現象を抑えておけば、見えない因子の存在に気づくことができる。材料系でパーコレーション転移を扱った論文を読むときに注意しなくてはいけないのは、その論文のテーマが主要因のごとく書かれている場合がある。もともと科学論文は、一つの真理を明らかにすることを目的にしているので、そのような書き方になることを読むときに考慮すべきである。


ところが昨日簡単に紹介したように二元系のパーコレーション転移でも複数の因子が複雑に絡み合っている。昨日の例で、ラテックスのTgが80℃以上という前提を置いたのは、塗布乾燥過程でコロイド粒子が変化しない、という条件設定である。このような条件を設定しても他の因子の影響をうけてパーコレーション転移はシミュレーションと異なる結果になる。


現象に合わせてモデルを組みシミュレーションを行っても合わないことがある。うまくシミュレーション結果と合致した場合には論文を書くことが可能になる。昨日の例では、酸化スズゾル粒子がうまくネットワークを作っているTEM写真を撮ることができた。すなわちラテックスのまわりに酸化スズゾル粒子が凝集した、きれいな網目の写真をとることができた。


また、塗布乾燥条件を工夫し酸化スズゾルが表面に偏析した単膜を作ることにも成功した。面白いことに、酸化スズゾルの添加量が同じ時にネットワーク状態でも表面に偏析した場合にも同一の表面比抵抗になったことだ。


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2014.02/13 パーコレーション転移(4)

酸化スズゾルとラテックスを用いたパーコレーション転移の実験は、パーコレーション転移の制御にケミカル因子とプロセス因子がどのように関係するのか整理するのに便利である。


ラテックスは、数10nmから数100nm、酸化スズゾルは1nm前後の一次粒子が金魚のウンコのようにつながった粒子で、どちらも一定の大きさを持ったコロイドである。またラテックスのTgが80℃以上の高分子ラテックスであれば、乾燥過程で両者の粒子が壊れることがない。


ラテックスに酸化スズゾルを凝集しないように添加してよく撹拌する。この手順だけでもパーコレーション転移の制御因子が幾つか含まれている。例えばラテックスのpHや溶液の温度制御などの因子でパーコレーション転移は影響をうける。何も制御しないでこの作業を行った場合に、沈殿や凝集といった現象が起きる場合もあるが、詳細はコンサルティング内容になるので省略する。


実は二種以上のコロイド溶液を安定に分散する技術は難度の高い技術である。運良く沈殿が生じていないように見えても、混合時に小さな凝集体ができたりしている。目視で見えない凝集体をどのように観察するのかも容易ではないがこのあたりも含め、研究を行いパーコレーション転移とは異なる分野で写真学会から賞を頂いた。


この手順において幸運にも沈殿や凝集がまったく発生せず均一に安定に分散した二元系のコロイド溶液が得られたところから話を続ける。ワイヤーバーを使用して、表面処理されたPETやTACなどのフィルムにこのコロイド溶液を塗布する。この段階でもパーコレーション転移は影響を受ける。


塗布後の乾燥条件もパーコレーション転移に影響を与える因子だ。乾燥後の熱処理でもパーコレーション転移は影響を受け、冷却過程を得て帯電防止薄膜となるのか単なる微粒子分散薄膜になるのかは処方次第である。


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2014.02/12 パーコレーション転移(3)

バインダー高分子と導電性微粒子の二元系シミュレーターでも分散パラメーターを導入すると実際に生じるパーコレーション転移の現象に近づけることができる。現実系との関係が希薄なパラメーターを導入して行うシミュレーションにどのような意味があるのか、という疑問がわくかもしれない。


パーコレーション転移は微粒子のクラスターのつながり具合で物性が大きく影響を受ける現象である。クラスターの構造と現象との関係を知るだけでも大きな意味がある。例えば一次粒子の凝集体が分散して生じるパーコレーション転移を考えてみる。


凝集体が均一の場合と不均一の場合の二通りが考えられ、それぞれ特徴あるパーコレーション転移が生じる。詳細はコンサルティング内容となるのだが、この結果が分かるだけでも材料設計に有用な情報となる。


写真会社で製品化された技術の特許がすべて公開されているので詳細は特許をご覧頂きたいが、酸化スズゾルを用いたときに生じるパーコレーション転移について無知であったためにおかしな事が起きていた。


小西六出願の特公昭35-6616は、透明導電体を写真フィルムの帯電防止材として活用した世界で初めての大変重要な特許だが、この出願後ライバルの写真会社からアンチモンドープの酸化スズを用いた発明が20世紀末まで大量に出願されている。


1991年に転職した会社では、酸化スズの技術はライバル会社の技術と信じている人ばかりであった。そしてライバル会社の特許に書かれているように酸化スズゾルには導電性が無いために帯電防止材として使用できない、という伝説ができていた。


ゴム会社でセラミックスの研究開発をしてきたおかげで、セラミックス粒子に関する心眼があったので、伝説に疑問を持ち特許を整理してみた。そして古いライバル会社の特許から特公昭35-6616の存在を知った。またその頃の特許にはゆず肌とか粒子の凝集とか分散に関わる用語が多く、パーコレーション転移の問題で苦しんでいることが伺われた。


古いライバル会社の特許に書かれた比較例の実験結果と特公昭35-6616の実施例の結果との違いをシミュレーションで考察するためにプログラムを組んでみたところ、酸化スズゾルに導電性があるという結果を出せた。


すなわちライバル会社の特許の思想は、酸化スズゾルに導電性が無いためにアンチモンドープの酸化スズが好ましい、という構成であったが、それはパーコレーション転移という現象を隠して特許を成立させるための方便だったのだ。


パーコレーション転移については古くから数学者により議論されていたので、パーコレーション転移をよりどころに容易性でいくつかの特許の成立を防ぐこともできた、と思われる。技術が無いために実験で現象の再現を難しい時にはコンピューターシミュレーションが極めて有効である。知財戦略担当者は参考にして欲しい。。


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2014.02/11 パーコレーション転移(2)

導電性粒子を高分子バインダーに分散して生じる現象について考えようとすると、とたんに難しくなる。例えば導電性粒子がカーボンでバインダーがPPSの場合を考えてみる。PPSはカーボンをカミコミにくい樹脂として知られている。PPSの分子構造からはカーボンとの濡れが良さそうなイメージを受けるがベテランに尋ねるとカーボンとの相性が良くない樹脂、という。


カミコミの悪い樹脂にカーボンを分散するには分散剤を添加する、という技術手段がとられる。バインダーと粒子という二元系の問題が三元系の問題になってゆく。このような状態になってくると、コンピューターの中のパーコレーションのように科学的な確率で議論できる明確な問題ではなくなってくる。


バインダーである高分子と、添加剤、カーボンの三元系でそれぞれの相互作用を考慮してシミュレーションを行う、というアイデアが浮かぶが、経験からそれぞれの相互作用を考慮しただけでは説明できない現象が思い浮かぶ。


例えば導電性微粒子を分散したフィルムを押し出したときに表面と裏面でカーボンの分散状態が異なる現象が起きる。プロセス因子が絡んでいるのである。溶融状態の対流現象や冷却過程における熱伝導などを考慮しても実際のプロセスは非平衡の場合が多く、現象の数学的扱いが困難になる。


科学的なシミュレーションが困難でも、フィルム成形やベルト成形などの押出成形やゴムの加硫、射出成形、塗布などのフィルムの表面処理等微粒子分散系について多くの成形加工プロセスを経験すると現象を頭の中に再現することが可能になってくる。E.S.ファーガソンの言葉を借りると心眼で見えるようになってくる。


不思議なことだが、この心眼が働くようになるとコンピューターシミュレーションを活用してアイデアを導き出す事が可能になる。すなわち二元系のシミュレーターに心眼で見えた分散を再現できるようにプログラムを組み、コンピューター実験を行うのである。


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2014.02/10 パーコレーション転移(1)

1991年10月1日にゴム会社から写真会社へ転職した。前日までゴム会社に勤務していたのでこの月は給与明細書が2通ある。年金も両方の会社から支払われている。高純度SiCの事業を諦め趣味でその研究を続けながら、新たに高分子科学の勉強を始めた。たまたま最初に東工大住田教授の論文を読んだところ、シミュレーションプログラムを趣味で作成していたパーコレーションの話が書かれていた。


転職するきっかけとなったERFでは、粒子がクラスターを作り、そのクラスターの性質で機能が制御されるところはパーコレンションそのもの。30年前にプログラミング言語Cに興味を持ち、LatticeCという処理系を使ってプログラミングの勉強をしていた。勉強を進めるため、パーコレーション転移のシミュレーター開発を趣味で日曜日に自宅で楽しんでいた。


転職後帯電防止技術を担当することになり、その技術にパーコレーション転移が関係している、と直感的にひらめいた。高分子の専門家でないことが幸いした。作りかけていたプログラムを早く完成させるために会社でもプログラミングを始めた。管理職として転職したので数ヶ月は自由な時間を取ることができた。


シミュレーターが完成後、帯電防止層の導電性のシミュレーションに応用したところ現象をうまく表現できた。パーコレーション転移をコンピューターの中で再現するのは簡単である。導電性粒子間に相互作用が働かないときには確率過程で生じる現象だからである。ゆえにこの条件でパーコレーション転移がどのような挙動をとるのか科学的にコンピュータを使用して調べることができる。


パーコレーションの理論についても40年以上前に数学者についてボンド問題とサイト問題として議論されn次元のパーコレーションまで解かれている。すなわちその現象が科学的にほとんど解明され、スタウファーによる優れた教科書も発売されている。しかしこれはあくまで導電性粒子間に相互作用が無い、という前提である。


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2014.02/09 神や仏は実在するか

昔小学生の家庭教師をしていたときに、教え子が社会のテストで世界の三大宗教を問われ、「神様、仏様、お日様」と書いて×をもらっていたが、この答には少し責任を感じた。日頃、日々の活動は神様や仏様、そして昼間なら太陽が見ている、と教えていた。キリスト教や仏教、イスラム教のいずれも信仰していないが、ここぞと言うときに何故か人は手を合わせてお祈りをする。

 

高純度SiCの開発に初めて成功したときに、神の存在を信じたくなるような出来事があった。前駆体を炭化処理し、SiC化の反応を無機材質研究所の新品の電気炉で初めて行った日のことである。

 

その電気炉は納入されたばかりの新品で、電気炉の昇温プログラムは担当されていたT先生がセットしてくれた。そして不測の事態が発生したら非常ボタンを押せばよいだけになっていた。SiC化の反応条件はT先生が論文から見いだした温度パターンをインプットしていた。

 

ビジターの立場で企画した最初で最後の実験になる、という状況だったので必死だった。プログラム制御で動いていた電気炉の前で祈りながら3時間何もしないで見ている予定だった。しかし、突然プログラムが暴走し、電気炉の温度が上がり始めた。T先生に実験室から電話をしたところ、PIDが不適切かもしれないのでしばらくしたら実験室へ来てくれることになった。

 

PIDの影響か、と安心して眺めていたらどんどん温度が上がるので慌てて非常ボタンをおした。すると当たり前だが温度が下がり始めた。プログラムされたSiC化の反応温度まで下がったところでT先生が実験室に来られて、生焼けで無駄にするのも何だからとスイッチを入れてくださった。

 

不思議なことにそこからきれいに何事も無くプログラムが始まり、その後は安定に動作して実験は終了した。記録計には、電気炉が暴走した温度パターンが残っていた。その後、原因を探るために同様の実験を行っても異常はおきなかった。おかげで学位論文のデータを取ることができただけでなく、驚くべきことは、電気炉が暴走し、たまたまできた温度パターンが最良のSiC化の反応条件らしいことも明らかになったのである。

 

電気炉の暴走原因は今でも不明だが、またタイミング良くT先生が実験室に来られたのも不思議なことだが、真黄色で粒度分布がシャープな粉末がたった一度の実験で得られた奇跡とその暴走事故のおかげで原因探索を兼ねて実験を継続することができた幸運に遭遇したことを思い出すと神や仏の存在を信じたくなる。

 

この時生まれた黄色い粉をゴム会社の社長に見せ、世界で初めてのレーリー法によらない半導体に使用可能な高純度のSiCとしてプレゼンを行い、2億4千万円の先行投資を決断して頂いた。新たな研究所建設も決まり順風満帆な高純度SiCの研究開発がスタートした。その後FDを壊される事件が起き写真会社へ転職することになる。

 

そして写真会社を早期退職した最終日(2011年3月11日)には未曾有の地震のおまけまでつき、人智の及ばない力で翻弄されたサラリーマン人生だった。またFDを壊されなかったら写真会社への転職も無く、高純度SiCの技術について日本化学会技術賞の審査時のコメントを自分が書くような珍事も起きなかっただろう。

 

神や仏の存在を信じたくなるが、神や仏がいなくともドラッカーは誠実で真摯に仕事を行え、と説いている。神がかりなことも含め仕事で遭遇する幸運は、誠実に仕事を行ってきたおかげかもしれない。

 

 

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2014.02/08 承認欲求

昨日佐村河内氏の問題を書いた。しかし、18年間共犯であったにもかかわらず、この時期にゴーストライターが名乗り出てきた理由に疑問が沸いた。フィギュアスケートの高橋選手にしてみれば迷惑な話である。せめてオリンピックが終わってから、という配慮がなぜ無かったのか。

 

社会的影響はともかくもこれから競技を行う選手にとって精神的なトラブルを抱え込むことになる。18年間沈黙していたのなら、あと1ケ月の我慢がゴーストライターにできたはずである。すべてを知っているゴーストライターが冷静に判断し、公表したときの影響を考えたら、ソチ五輪が終わってからになるはずである。今更高橋選手は曲を変更することはできない。

 

しかし、高橋選手への配慮を考えなければ、タイミングとしては世界の注目を集めるのに最も良い。自分の承認欲求を満たすには良いタイミングの一つだ。18年間の沈黙を破り、この時期に公表する、という行為には状況を鑑みるとゴーストライター側の意図すら疑いたくなる。

 

もし今行わなければならない理由が他にあるならばゴーストライターは公表を高橋選手の演技が終わるまで待つべきだった。それでも世界では話題にならないかもしれないが、日本における承認欲求は十分に満たせて高橋選手の演技への影響を回避することができた。高橋選手にとって一番悪いタイミングの告白であるが、ネットでは、すでに世界中で話題になり始めた。

 

最近、アルバイト店員がアルバイト先の冷蔵庫に入っている写真や、担当している食品をつまみ食いしている写真をツイッターに投稿し炎上するといった事件が相次ぎ、話題になっている。この問題でも承認欲求の議論がネットでされているが、これも難しい問題である。議論しているときにどのような状況やレベルにおける承認をイメージしているのか、という観点で見解は変わる。

 

例えばアルバイト先の冷蔵庫に入る問題と承認されないから仕事を手抜きするといった問題とは承認欲求を同列で議論できない。いずれも承認欲求とは異なる問題と思う。そもそもこの両者について承認欲求の側面から議論すること自体間違っている。承認の前に社会における働く意味と貢献を理解しているかどうか、の問題である。

 

貢献しなくても承認するのは愛である。承認欲求が満たされていないというのは、愛が不足している社会を意味している。一方、貢献があればそれを承認するのは社会の掟である。そして貢献してもその貢献が正しく評価されないのは社会の厳しさである。さらに貢献してもその貢献を横取りする社会があるのも事実である。

 

どのような社会であっても、まず貢献することの重要さ、貢献しようと努力する姿勢を指導することこそ重要である。そしてその貢献がいつも承認されるような甘い社会ではないが努力を続ければやがては承認される、という現実を正しく理解するように努めなければならない。

 

そして社会のリーダーは少しでも貢献が正当に評価され、公平感が存在する社会を作れるよう努力しなければならない。まず、貢献ありき、これを若い人に教育しなければならない。そもそも働く意味に貢献という考え方が極めて重要であることを理解しなければならない。

 

かつて高純度SiCの反応速度論の論文を書いたときに、研究企画から実施までしてもなぜか論文の筆頭者になれなかった、新事業立ち上げを行ったが特許の報奨金すら頂いていない(注)、とか貢献しても報われなかった残念な事例は山ほどある。

 

しかし、それでもなぜ貢献を続けるのか。亡父は「誰かが必ず見ている。少なくとも仏様は見ている」と言っていた。そしてドラッカーの「断絶の時代」を高校生の時に読むように勧められた。以来ドラッカーは愛読書になったが、そこには知識労働者の貢献の重要性が書かれていた。

 

貢献がいつでもタイムリーに評価されるわけではない。努力してくじけそうになったら少しぼやいてみれば良い。情けないが酒を酌み交わしながら見苦しいぼやきをすれば必ず誰かが聞いてくれて、次の貢献のエネルギーが沸いてくる。

 

退職後、最後に担当した仕事が社長賞を受賞したらしくその記念品が元同僚から届いた。PETボトル4本だったがうれしかった。社業への貢献を考えたらささやかすぎるが、わざわざ贈ってくれた行為の輝きは太陽を越えている。承認欲求とは別次元の喜びである。

 

(注)高純度SiCの仕事ではS社との半導体冶工具に関する特許をはじめ全ての特許でゴム会社から特許の報奨金は支払われていない。無機材質研究所で書いた基本特許では国から斡旋を受けた形式になったので、その特許の国への報奨金は支払われた。そしてI先生がそのことを教えてくださって、I先生の報奨金をすべて発明者である小生に送ってくださった。神様のような凄い先生である。これは貢献は誰かが必ず見ている、という一つの体験でもあり、当時サラリーマンとして大変辛い時だったので大変勇気づけられた。

 

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