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2013.12/25 技術の伝承における体験の重要性

技術の伝承のために体験が不可欠である。どのような技術でも体験無しに伝承することは難しい。もし体験をしないで伝承可能な技術があったとしたらそれはすべて科学的に解明された万民が認める公知の技術か、あるいは大した技術ではないのかどちらかだろう。科学のおかげで科学で説明できる技術は論文で伝承可能である。しかし、技術の中には科学で解明されていない内容が含まれる場合もある。その部分を伝承するときに文章だけではうまく伝承できない。

 

技術の伝承のために何故体験が必要なのか。例えばパーコレーション転移という数学で原理が解明された現象を化学の世界で活用しようとするときに、未だパーコレーション転移は化学の分野で科学的に全てが解明されていないので、技術の伝承が文章だけでは難しくなる。

 

どのように難しくなるのか。例えば技術的に完成したパーコレーション転移制御による帯電防止層を体験無しに文章で説明しても伝わらず、何か品質問題が発生したときに文章で伝承された人が技術的には品質問題解決を不可能という誤った結論を出す、ということが起きる(これは実際に起きた問題であるので少し書きにくいが)。

 

その場合に、化学の世界におけるパーコレーション転移という知識と数学における成果を結びつけて品質問題の原因仮説を設定できるにもかかわらず、そのような行動をとろうとしない。化学の世界におけるパーコレーション転移について科学的に解明されていないため、自分が経験上獲得した他の知識と品質問題を結びつけて原因仮説を設定し、論証しようとするためおかしな事が起きる。

 

すなわち文章で伝承された技術は次世代の人の体験レベルまで結びついた理解が無い限り、技術がうまく伝承されない。難解な技術、というものはほとんどの場合科学的な解明がなされていない部分が多く残っている。このパーコレーション転移という現象もコンピューターの中で制御因子は解明されているが、化学の世界では未解明の因子が存在する。

 

この例で言えば導電性粒子表面とバインダー高分子の濡れの問題はすべてが解明されているわけではない。濡れの問題については界面活性剤の経験を数多く積んでいるためにすぐに界面活性剤を用いた仮説をアイデアとして考える傾向にある。バインダー高分子のコンフォメーションやその高分子が結晶化していた場合などに濡れが変化するという知識や経験をしていないためだ。その結果、界面活性剤など持ち出さなくても解決できる問題を界面活性剤で解決しようとしてパーコレーション転移の制御因子を増やし問題を難しくしたり解決できなくする。

 

 

特公昭35-6616という特許は酸化スズゾルを世界で初めて写真フィルムの帯電防止層として用いた技術だった。しかし酸化スズの物性やパーコレーション転移に関する数学的解明もされていなかったため、1991年にその特許の偉大さの再発見がされるまで誰もその技術の重要性を評価し理解できなかった。その特許を出願した会社においてさえ技術の痕跡すら無かった。

 

ライバル会社はその技術を否定するような特許を多数出願していた。写真フィルムには無色透明の酸化スズゾルが最も適しているのに青みを帯びたアンチモンドープの酸化スズが良い、という特許を出願していたのである。写真フィルムの色材以外の材料は無色であることが一番良いのは素人にも理解できるが、技術が伝承されていないとこのような不思議なことが起きる。

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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2013.12/24 技術と科学(2)

技術開発を科学的に進めようとした時に科学で解明されていない知識を用いなければならないケースが存在する。例えば混練技術。混練中の樹脂の挙動はシミュレーション技術が発達した今日においても未解明の部分ばかりである。オープンロールを用いた混練でさえ十分な解明が行われていない。

 

科学的知識を用いることができない技術開発では新しい科学的知識を自分たちで研究し見いださなければ、科学的な技術開発は不可能である。たとえ科学的論理に基づき技術開発を進めたとしてもそこに用いられた知識の数々が経験に基づく知識であれば、それは科学的な技術開発ではない。

 

科学に基づく知識を用いていない時の技術開発について論じた本を読んだことはあるが、そこで注意しなければいけない点について明確に論じた方法論を読んだことはない。多くの会社で科学に基づく知識を用いない研究開発を行っているはずなのにその問題点を論じた本がないのは、恐らく売れないからであろう。少なくとも多くの企業では、科学的に研究開発を進めろという号令の中で仕事を行っているので非科学的なケースについて考える風潮は無い。

 

新人で最初に担当したのが樹脂補強ゴムでこのテーマは科学と技術を考えるにあたり大変勉強になった。また会社の風土も大変良く、経験の伝承が円滑に行われていた。すなわち経験知も用いることを前提にした技術開発が行われていた。KKDによる技術開発も恥ずかしい、という風土ではなかった。むしろKKDと科学的方法論がうまくミックスされて技術開発が行われていた、ともいえる。

 

役員クラスも研究開発部隊に技術開発を求めていて純粋な研究のための研究を評価しない姿勢が明確であった。ただしアングラで研究を行うことを認めていたので高分子研究のポテンシャルは高かった。今ならばサービス残業を強いるブラック企業と言われかねないが、研究者にとってはブラックではなく天国の研究環境が揃っていた。科学的知識と経験知をうまく使う技術開発が「美しく」行われている環境では技術の伝承もうまく行われていた。

 

カテゴリー : 一般

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2013.12/23 技術と科学

醤油や味噌、みりんなどの発酵食品に使われる米麹は日本人の発明で種麹屋というバイオビジネスが科学の無かった鎌倉時代に存在したという。しかも米麹の遺伝子や核が複数あるという細胞核の状態は自然界の麹菌と全く異なるという。そもそも生物の細胞には細胞核は一つ、というのが学校で習う科学的知識である。

 

米麹は明らかに技術の産物である。しかも現代の分析機器など無かった時代の技術で「カン(K)」と「経験(K)」と死ぬかもしれないリスクを省みず実験を遂行した「度胸(D)」の成果に思われる。現代でもKKDが細々と伝承されているが、科学の重要性の前にあまり歓迎されていない。しかし、昨年KKDで日本人のノーベル賞が生まれてもイノベーションの動力となる可能性を持った方法に対してあまり議論が活発になっていない。

 

科学を利用したKKDの威力は昨年のiPS細胞発見の経緯からNHKの番組を見た人は実感したはずだ。詳細はこの欄で触れたのでそこを読んで頂きたいが、ヤマナカファクター以外にも細胞をリセットする遺伝子の組はまだ存在する可能性が「科学的に」残っている。それはヤマナカファクターが、経験から見いだされた24組の遺伝子から度胸で全てを放り込んだ実験で経験的消去法を用いて見つけられた遺伝子の組であり、その遺伝子の組が唯一の組である、という科学的証明が成されていないためである。

 

ノーベル賞受賞という成果でもKKDが重要な役割をしている。もし、純粋に科学的に攻めていたら偶然が無い限りヤマナカファクターは見いだされなかった。白川博士の導電性高分子では学生の実験失敗という偶然がポリアセチレンを生み出したが、ヤマナカファクターは意欲のある学生が「試しに之もやっておこう」というKDの賜物である。そして良い結果が得られた後、試験で愛用していたかもしれない消去法というもう一つのKでヤマナカファクターを決定している。

 

おそらく米麹も同様のKKDで発明され、代々その技術が家宝として伝承され種麹屋が生まれたのだろう。科学が全くない時代なのでその進歩は大変ゆっくりではある。また、家宝は独占され今日まで伝承されてきたと思われる。現在はバイオビジネス花盛りの時代で農学部は花形学部である。その昔工学部受験者の滑り止めになっていた時代がある、とは信じがたい状態で、逆に工学部が落ち込んでいる。

 

本来技術も教えるべき工学部であるが、日本のアカデミアの発展の歴史から科学的知識しか教えていない。かつて客員教授時代に講義で科学を取り入れたKKDの話をしたら日本人の学生は居眠りをし、目を輝かせて聞いてくれたのは中国人始めアジアからの留学生であった。日本では科学を道具として活用するKKDは敬遠されるのか?

 

カテゴリー : 一般

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2013.12/22 和食のミステリー

先週NHKスペシャル「和食 千年の味のミステリー」が放送された。その後番組で紹介された内容を少し調べてみたが、WEB上には番組以上の内容が無かった。おそらく緻密な情報調査の結果の番組なのだろう。番組を見ていて疑問点が幾つかあり、そのままここで述べるのは気が引けるが、情報提供のつもりで書きました。もしご興味を持たれた方はNHKオンデマンドなどでNHKスペシャルを見てください。

 

番組では、日本の調味料醤油やミソ、みりんなどの発酵食品が、日本人の発明による「アスペルギルス・オリゼ」(日本コウジカビ/A.オリゼ)というカビから作られている、そしてA.オリゼを初めて抽出する方法を見つけたのが日本人だ、と紹介されていた。

 

驚くべきことに鎌倉時代には、種麹屋という世界最初のバイオビジネスがスタートしていたのである。この種麹屋のおかげで日本中にA.オリゼが広まった、と説明があった。この種麹屋についてもWEB上には詳しい説明が無かったので、時間を見つけて調査したいと思っている。

 

松たか子さんがナビゲーターになり四季折々の京都の風景を絡めながら、万人向けのナビゲーター共々美しい日本の美を表現しており、科学作品と言うよりも芸術作品と言っても良い番組だったが、NHKには科学に絞ったA.オリゼの番組を作ってもらいたいと思った。科学的にも価値のある内容がさらっと美しく表現され、科学番組としてみていた当方には少し物足りない後味であった。

 

さてA.オリゼに関する科学番組をNHKが作ってくれることを期待しつつ、感想を述べさせて頂くが、昔のA.オリゼは細胞の核が一つであったが今のA.オリゼにはその核が複数含まれている、とか、DNAの解読を行ったところ、昔のA.オリゼには毒素を作るアミノ酸配列があったのがすっぽりその配列が現代使用されているA.オリゼから抜けている、という説明についてはもう少し詳しい解説が欲しかった。一番大切なところである。

 

細胞核がどのように多核化していったのか、あるいはDNAのアミノ酸配列の一部分がどうしてすっぽり抜けたのか、またそれを作るにはどのような操作が必要なのか一切説明が無く、科学番組として期待していた当方は、松たか子さんの美しい着物姿にも物足りず不満が残った。ここが一番知りたかったところである。推理探偵小説で、探偵が行方不明になり犯人らしき人物も多数出てきて誰が誰だか分からなくなる、というような欲求不満の残った番組だった。

 

ただ、科学の無い時代にバイオケミストが日本に存在しA.オリゼを技術で作り出したことは確かである。種麹屋が登場した鎌倉時代(1192年鎌倉幕府誕生)には、古典力学の創始者ニュートンすら生まれていない。科学が存在しなくともバイオケミストリーのような高度の技術を生み出すことができるのだ。

 

昨年iPS細胞の技術は非科学的に生まれた、と紹介したが、A.オリゼは正真正銘非科学的に生まれた技術である。このようなすばらしい技術成果をみると、科学の役割について技術と科学を車の両輪にたとえたりするのさえ不適切な捉え方のように思えてくる。科学は技術開発のスピードを早めるのには役だったが、果たしてイノベーションを生み出すのにどれだけ役だったのだろうか。イノベーションは科学以外の力が重要に思うようになった。

 

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2013.12/21 産経新聞の記事

昨日の産経新聞の記事には驚いた。猪瀬知事が副知事時代に徳州会が都知事選のために1億5000万円用意していて、検察はそのお金を受け取る人物を監視していた、というのだ。そして、そのうち5000万円を猪瀬知事が受け取るのを確認し、徳州会疑惑を表で捜査を開始したとのこと。

 

贈収賄事件は1億円以上が相場だそうで、5000万円では贈収賄疑惑にならないので、検察が意図的にリークした、ともうわさされていたが、今回の事件は少し薄気味悪い印象を受けた。

 

猪瀬知事の副知事時代の業績を今更ここで紹介するまでもなく、知事選の得票数がそれを物語っている。選挙でカネを使わなくても猪瀬知事は誕生していた、と都民の誰もが思っていたのではないだろうか。実行力があり、ずばずばと問題点を指摘する勇気とその行動に私心の無い仕事ぶりに都民は惚れたはずだ。石原-猪瀬コンビで東京都はかなり良くなった、と思う。

 

しかし、食べてはいけない毒まんじゅうを食べてしまったようだ。ご本人は政治家としてアマチュアだった、と述べている。しかし、最後まで徳州会を紹介した人物をしゃべらなかったのは、単なるアマチュアではないだろう。政治とカネの問題はロキード事件で大問題となり、現在まで選挙がある度に取りざたされてきた。猪瀬知事もその当たりをよくご存じのはずだが、毒まんじゅうと分かっていて食べてしまった。

 

政治の世界とはそのようなものだ、と言ってしまえば簡単だが、実績を上げた人物が、そして恐らく現在最も知事にふさわしいと思われた人材が、5000万円で吹っ飛んだのだ。恐らく猪瀬氏の性格からもう政治家としての活動はやめてしまうだろう。

 

魔がさす、という言葉があるが、5000万円の授受はこの言葉が合っているような気がする。猪瀬知事の著作物を読む限り、一個だけ食べてしまったのだろう、と信じたい。もしそうだとするとあまりにももったいないことだ。人間誰でも魔がさすことはある。

 

ドラッカーが誠実、真摯な人材を経営者として選び育てるように遺作に書いているが、猪瀬知事は石原元知事が育て、都民がその様に認めた人物である。猪瀬知事の事件から、しかるべき職位になった場合には、誠実かつ真摯な生活に努めないとどこに監視の目があるのか分からない、ということだろう。

 

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2013.12/20 高分子の相溶(4)

PPSと4,6ナイロンについてOCTAでχを計算すると0.0006となる。限りなく0である。だからPPSと4,6ナイロンの相溶実験の動機になる。これは高分子の研究者であれば常識的な研究動機である。6ナイロンでは0.14となり非相溶系と予想される。この数値から相溶性を期待する研究動機はアカデミアで起きない。

 

しかし、アペルとポリスチレンの相溶を実現した着眼点から現象を眺めると、フローリーとハギンズが見ていた世界と異なる情景が見えてくる。E.S.ファーガソンによればこれを心眼と呼ぶそうである。アカデミアで心眼の話を行うのは気が引けるかもしれないが、技術者がこの心眼を十分に活用するとイノベーションを引き起こすことができる。換言すれば科学で解明されていない現象でも心眼で成功が見えたならば技術者はそれを実行すべきである。

 

東工大扇沢研究室で行われた実験は、相溶の窓が開かれるところを直接観察する実験である。すなわち二枚の円平板でPPSと4,6ナイロンの混合物を挟み、回転させながら温度を上げて透明になる現象をビデオカメラで直接観察できる装置で実験を行っている。論文では、310℃の時、円板の周辺で透明になる現象が観察された、とある。

 

この研究レポートでは、310℃で相溶の窓が開いた、と結論づけられているが、剪断速度が関係しているとも書いている。すなわち温度だけで論じられるχパラメーターであるが、相溶という現象に剪断速度が関係していることを示す、すなわちフローリーハギンズ理論で説明されていない相溶パラメーターの存在を示す価値あるレポートである。

 

このレポートの結果とアペルとポリスチレンが相溶した結果と重ね合わせると、プロセシングで高分子を相溶させるアイデアが見えてくる。プロセシングで発生する結晶相についての研究は存在するがアモルファス相の研究はない。

 

結晶相についてはシシカバブというトルコ料理の名が付いているラメラからできた有名な結晶がある。学生時代にシシカバブの意味を質問したら回答できなかった高分子合成の教授がいたが最近は写真の入った教科書も存在する。そこまで結晶については丁寧に説明されているが高分子アモルファスについては自由体積ぐらいであまり研究も進んでいない。相溶は高分子の場合アモルファス相で生じる現象である。

 

温度が高く剪断速度が速い樹脂の流動状態のアモルファス相がどのようなものか知らないが、この条件で急冷処理したPPSは何故かアモルファスとして得られる。そしてそのアモルファスの密度は結構低いのである。すかすかの状態で混練されたときに4,6ナイロンだけでなく「4,」がとれた6ナイロンが相溶しても良さそうである。「4,」が取れるといっても熱分解するわけではなくPPSと6ナイロンをカオス混合するのである。

 

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.12/19 高分子の相溶(3)

合成技術をもったあるメーカーにお願いし、様々な重合条件でポリスチレンを合成して頂いた。すなわち合成条件が変わればポリスチレンの重合様式も変わり、安定なコンフォメーションに違いのあるポリスチレンができるのではないか、と期待した。これをアペルに混練すれば、アペルのアモルファス相で安定に相溶する、と仮説を立てた。

 

重合条件については300程度まで頑張ってみようと、気合いを入れて取り組んだ。運良く16番目に重合されたポリスチレンをアペルに混練した時に透明になった。すなわち15番目までは不透明な混練物しかできなかったが、ポリスチレンを30wt%配合しても透明になる混練物が16番目の重合条件で合成したポリスチレンでできたので、それを射出成形しテストピースを作ったところ透明になった。

 

このテストピースを加熱すると面白い変化が起きた。ポリスチレンのTg付近でテストピース全体が白濁し、アペルのTg以上ではまた透明になったのだ。また、白濁になる過程を見ていると、テストピースのゲートに近いところから白濁が始まり、樹脂流動の様子がうかがわれるように全体が白濁してゆくのだ。美しい光景である。

 

300の実験を覚悟して16番目にできたので相当運が良い、と思った。運が良い時にはよいことが重なるものである。写真会社がカメラ会社と統合し、PPSと6ナイロンの相溶を検討できるチャンスが生まれた。ポリオレフィンとポリスチレンの相溶実験は、窓際の席になった時に何か面白いことができないか狙って行った実験であるが、PPSと6ナイロンの相溶はフローリーハギンズ理論から誰にもできないと思われるが、しかし社業へ大きく貢献できる仕事である。

 

サラリーマンとして初めて単身赴任を経験するチャンスでもあった。ゼオネックスについてもアペル同様その問題点を深く調べたかったが、PPSと6ナイロンの相溶に興味が惹かれた。東工大扇沢研究室からPPSと4,6ナイロンの相溶実験の論文が発表されていた頃でもある。

 

PPSと4,6ナイロンではχは0になるが、6ナイロンではχは0.14程度になり、これをコンパチビライザーを用いずプロセシングで相溶させてやろうと考えた。成功できればアカデミアの先を行くことになる。

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.12/18 高分子の相溶(2)

高分子ガラスには、DSCを測定した時にTgが現れないことがある、と昨日書いたが、不思議な現象ではないのだろうか。無機材料では、アモルファス相でTgを持つ物質をガラスという、と明確に書いてあるが、高分子ではすべてTgを持っている前提になっている。そのためこのTgを示さない高分子アモルファス相について、ほとんど研究が進んでいない。

 

例えばAとBの高分子を相溶させたときに、Aの高分子のTgとBの高分子のTgが一つになった時にAとBの高分子は相溶している、と判断され、電子顕微鏡で一相になった様子を観察した結果が示されている。粘弾性で測定されるTgも同様に一つになる。またTMAで観察されるTgも一つになり、アモルファス相でAとBがガラス相で一相になっている、と同定できる。

 

それではTgが観察されない高分子のアモルファス相はどのような状態だろうか。やはりガラス相と同等に扱うべきという考え方で少しトリックを使いTg変化をチャートにだすような測定方法で良いのだろうか。それとも無機材料のようにガラスではなく単なるアモルファス相と扱うべきではないだろうか。高分子の相溶現象はアモルファス相で生じるのだが、このアモルファス相の理解を進めなくてもよいのだろうか。

 

光学用樹脂として有名なアペルやゼオネックスは非晶性樹脂として知られているがこれはウソである。ただしこのウソは今年話題になったホテルの食材偽装と性格は異なり、材料を供給しているメーカーの技術水準を問われる問題だが、少なくとも10年前のアペルやゼオネックスはある条件で結晶化させることができた。そしてわざわざアペルやゼオネックスの結晶を作って営業担当にこの問題の回答をお願いしたがいずれも回答を頂けなかった。この2つの樹脂には、世間であまり知られていない技術に関わる問題を引き起こす物性が隠れている。そのため品質問題が起きても迷宮入りとなる。

 

アペルを非晶性樹脂として扱う技術上の問題については、とことん実験を行い理解を深めた。ゼオネックスについてもその問題の幾つかを実験していたが、PPSと6ナイロンの相溶を扱うようになって時間が無くなり、非晶性樹脂とうたっている怪しいベールの全てを剥がすことができなかったが、結晶化させることができたのでこれも結晶性樹脂といってもよいと確信している。そしてその結果ゆえに引き起こされる問題をゼオネックスもアペル同様に内在している。

 

さてアペルであるが少なくともそのアモルファス相(非晶相)は2つある。一つのアモルファス相はTg以上で膨張する相であり、他の相は収縮する。そしてこの比率は射出成型条件で変化する。そして時々起きる偶然がTMAで観察される見かけ上のTgを30℃以上も引き上げる。TMAのTgは高く観察されるが面白いことにDSCのTgはほとんど変化しない位置に現れる。

 

アペルのアモルファス相の不思議な現象からアペルにポリスチレンが相溶するのではないか、と考えた。理由を簡単に説明するとフローリーハギンズ理論の見かけのχが大きな組み合わせでもコンフォメーションを安定化させる錠と鍵の関係になれば、自由エネルギーが下がり(χが小さくなり)相溶する可能性がある、と考えた。これはフローリーハギンズ理論で説明されているようなモノマー単位の親和性ではない立体の安定化の要請から生じる現象である。

 

 

 

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2013.12/17 高分子の相溶(1)

2種類の高分子を混合したときに混ざって均一になるのかどうか、すなわち相溶するのかどうか、という問題は高分子溶液論から導かれたフローリー・ハギンズ理論(FH理論)で論じられχが0となるときに相溶する、といわれている。また、それぞれの高分子のSP値をモノマー構造から計算して、SP値が近い高分子は相溶しやすいとか議論したりする。

 

高分子の相溶性だけでなく、何か添加剤を高分子に添加したいときにその分散性を事前評価する場合にも用いられている。添加剤についてはカーボンブラックやチタンホワイトなどの粒子表面のSPなども提案され、微粒子が高分子に分散する状態を表現することに成功した、という論文もある。

 

ところでχパラメーターやSPは溶液論の延長から導き出された値である。これらのパラメーターを用いる高分子加工分野の大半は高分子を無溶媒で混合するプロセスであり、FH理論がそのまま当てはまる、と考えてよいのだろうか。ゴム会社に入社したときに最初に頭に浮かんだ疑問である。

 

高分子の相溶は高分子のアモルファス相(結晶になっていない部分、非晶相)で起きる現象である。高分子相溶系で結晶が生成し始めるとスピノーダル分解で2相に分離することはよく知られている。

 

ところが高分子のアモルファス相は無機のアモルファス相と少し異なる。また、アモルファスである無機ガラスと似ていると言われているが、やはり少し異なる。一応高分子のアモルファス相にもガラス転移点(Tg)が観察されるので、アモルファス相という言葉よりもガラス相という言葉が高分子の教科書で使用されている。

 

アモルファス相にはTgを持つ相と持たない相があり、Tgを持つ相の物質をガラスと呼ぶことはガラス工学の教科書に書かれているが高分子の教科書には書かれていない。すなわちガラスであるためにはTgを持っていなければならず、Tgは高分子の基礎パラメーターとして常識となっている。

 

ゴム会社に入社して、からかわれた思い出がある。今ならばいじめに近いが、ある高分子の示差熱分析(DSC)を測定していたらTgが出ない。これは新発見、と驚いたら、DSCの測定方法としてちょっとしたテクニックが知られており、そのテクニックを使用するとどのような高分子でもTgが出ると教えられた。しかしこのちょっとしたテクニックを知っていることは高分子研究者の常識だとからかわれた。

 

この思い出のおかげで高分子ガラスに疑問を持つようになった。大学院の生活は無機材料の、それもガラスも扱っている研究室でリン系の材料の合成研究をしていた。その時は、Tgがあるのか無いのかはガラスの判定基準であった。しかし、高分子の世界では、姑息な手段でDSCのチャートにTgがわざわざ現れるように測定するのである。これは科学としてインチキである。ただ、高分子のアモルファス相はガラスという常識があるからTgの無いDSCチャートではかっこつかないから姑息なテクニックが生まれたようだ。

 

 

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2013.12/16 とにかく「創ること」の重要性

オカラハンバーグは、とにかくおいしいハンバーグを創ることに集中しとりあえず完成した。しかし、食材のコストの問題が残っている。研究開発において新商品を開発するときに多くの場合新技術を導入する。新技術が完成しそれを新商品に組み込む、という余裕のある研究開発のできる環境が理想だが、研究開発のスピードアップという観点に立ったときには、新技術と新商品の開発を同時並行(コンカレント)で進める手法が重要になる。

 

このコンカレントエンジニアリングを成功させるためには、企画段階で新技術を用いた商品を組み立ててみることが大切である。新技術ができていなくても、企画段階で結集できる最善の技術を組み合わせてまず商品を創り上げ、その評価を企画書とともに議論するとコンカレントエンジニアリングの成功確率が上がる。

 

ゴム会社で高純度SiCの事業をスタートしたとき、世の中はセラミックスフィーバーであったが、パワー半導体のマーケットもSiCウェハーを商品化している会社も無く、高純度粉末を開発できてもお客様がいなかった。

 

現在ウェハー事業で日本の中心企業になっている某メーカーへ高純度粉末の商品評価をお願いしたら、「実は当社もこの高純度SiCを開発しており、それを評価して欲しい」、といわれ高純度SiCの交換評価を行う、といった笑い話の体験もある。結局当時のU本部長から「テーマは0.5人で推進しろ」と言われ、0.5人工数の研究企画を求められた。

 

S社とジョイントベンチャーを立ち上げ再出発するまでの5年間、新技術の企画ばかりやっていた。そしてその時U本部長から言われたのは、「まず、企画書は入らないからモノをもってこい」である。ECD、フレキシブル常温超伝導体、セミソリッド電解質、燃料電池、切削チップ、SiC製ルツボ等外部のメーカーの技術や秋葉原のお世話になりながら世の中に無い新技術を不完全ではあるが、まず創った。

 

例えば、フレキシブル常温超導電体では、同僚の若手F君が常温超伝導体をすっぱ抜いた週刊紙を片手にその日のうちに評価装置を組み立ててくれた。週刊紙に載っていた材料は液体窒素温度で超伝導現象を示したが、面白いことに、1週間経過すると超伝導を示さなくなった。当時の超伝導体は生ものだったのである。

 

その結晶構造からすぐに酸素欠陥が増えるのではないかと仮説を立て、常温超伝導体が出現したときには酸素が抜けないような対策が重要と考え、ブチルゴムで覆った超伝導体という発明をすぐに出願した。そして、ブチルゴムで被覆された超伝導線を試作し超伝導体の研究企画を提出した。

 

ブチルゴムで包んだ超伝導体の板でマイスナー効果をU本部長に見せたのだ。それを見せながら、現在の材料では液体窒素温度でなければ超伝導を示さないが、これを改良して常温で超伝導体にする、とプレゼンテーションを行った。この企画は無事通り、1年間超伝導体の研究開発を行った。

 

最初にとりあえず不完全であっても「モノ」を創り出してみると、ゴールが明確になる。ブチルゴムで被覆した超伝導線の場合には、ブチルゴムのTg以上の温度で超伝導現象を示す必要がある。それ以下の超伝導体で酸素欠陥が増加するのを防ぐには金属で被覆する必要がある、といったアイデアも容易に出てくる。ゴム会社のU本部長は厳しい人であったがその指導のおかげで技術開発に注力する実践的研究開発を学ぶことができた。

 

カテゴリー : 一般 電気/電子材料

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