活動報告

新着記事

カテゴリー

キーワード検索

2014.05/18 オカラ餃子

オカラを工業材料として使用するには、3種類以上含まれる多糖類や多量の水分が問題となったため、食料品としての応用を考えだしてから3年になる。トリダンゴやハンバーグの処方はほぼ完成した。餃子についてはそこそこのものができていたのでそのままにしていたが、もう少し味を改良するために検討を始めた。

 

オカラハンバーグは、オカラを炒めることにより食感の改善ができた。オカラ餃子ではオカラをそのまま使用するだけでなく、水分の追加が必要となる。オカラのトリダンゴではオカラをそのまま使用して水分を追加しなくてもホクホク感が出てくるが、餃子の場合オカラが持っている水分だけではややパサパサした餃子になる。

 

そのままでもフー○○餃子の出来損ないと思えばおいしく食べられる。餃子の王○の味を目指しつつ改良を始めたが、ニラを多めに使用すると独特の味の餃子になり、結構これが家族に評判良く、餃子の王○の味を目標とするのではなくオリジナル餃子を目指して改良を始めた。

 

オカラ餃子ではキャベツの代わりにオカラを用いる。その他の具材は一般の餃子の具材で構わない。シソの大葉を入れると風味が増しおいしくなる。これはフー○○餃子も品揃えをしている。オカラとニンニク、タマネギ、豚肉の挽肉、豚の背脂、ニラ少々で味の素を大量に使用するとフー○○餃子に近い味になることは開発の初期段階に確認した。

 

しかしパサパサ感が残りそれがせっかくの味を落としているように感じた。オカラには多量の水分が含まれているのにこのパサパサ感になる原因がよく分からなかった。しかし開発を進めた結果混練手順に原因を見つけた。すなわち具材を一度にカオス混合するとパサパサ感のオカラとなるが、オカラとブタの背脂を予めカオス混合し十分に背脂とオカラをなじませてから挽肉以外の具材を混ぜ合わせ最後に挽肉を加えてカオス混合するとパサパサ感が解消される。

 

これは面白い発見である。高分子の混練でも同様の現象は存在し、混練手順を変えるとポリマーブレンドの高次構造が変化する場合がある。例えば二種類の高分子をバインダーに用いてカーボンを分散する場合に、ノンプロ練りとプロ練りの2段階で混練すると高次構造が一段階の場合と変わる。さらにノンプロ練りとプロ練りの配合を変えても高次構造が変化する。

 

料理も奥が深い。「美味しんぼ」もこの料理の奥の深さをテーマにしていた時が面白かった。いまだに連載が続いていたとは知らなかったが、話題が料理ではなくなっていた。わざわざ休載宣言しなくとも自然消滅するマンガと思われる。

 

 

カテゴリー : 一般

pagetop

2014.05/15 フローリー・ハギンズ理論(9)

FH理論の物理学的な基礎事項には、ポリマーの混合におけるエントロピーとエンタルピーの扱いが含まれている。この点は、低分子における正則溶液の混合における扱いとどういう関係にあるのだろうか。

 

低分子の混合で考察される混合エントロピーの大きな効果は、一般に液相における混和現象に基づくもので、混合によるエンタルピーの扱いではあまり好ましくないためである。低分子の流動性における混合のエントロピーは、分子が自由に混ざり合って集まる状態を全て予測して求める、すなわちコンビナトリアル的なエントロピーである。

 

手元に教科書があれば見て頂きたいが、これはΣiNiln(Ni)に相関する。ここでNiは、系におけるiという種類の分子の個数を表す。ポリマーにこの考え方を拡張したFH理論では、この項をΣiNiln(φi)に置き換えている。なおφiは、あるポリマーiの体積分率を表す。

 

各ポリマーは、モノマーの重合によってできている。すなわち、ポリマー一分子には大量のモノマーが含まれている。しかし、ポリマーの混合物を熱力学的に捉える時の分子の個数は、これに比較して少ない。なぜならモノマーa個で1個のポリマーができるので、b個ポリマーが存在すれば、モノマー単位はaxb個存在することになるからである。

 

ここから得られる結論は、低分子の場合に比較してポリマーの混合のエントロピーは小さく、その相溶性を促進させるエントロピー的な力は弱いということになる。これでは以前この欄で紹介したが立体的に嵩高い側鎖基を持ったポリオレフィンとポリスチレン系TPEとの相溶を考えるときに矛盾が出てくる。

 

科学的な矛盾を承知し、自らの経験を信じPPSと6ナイロンをその間隔が1mm前後の平行なスリットへ通したら相溶し透明になった。FH理論を考えてきた経験で、すでに科学で説明された事柄でも技術者の長年の経験と合致しないところは、一度経験知で見直した方が良い、と言える。

 

第三者はそれをKKDによる開発と呼び、中には軽蔑する人もいるが、KKDが大きな発見をもたらし、新たな科学を創り出す事がある。少なくとも科学の存在しない時代には、KKDによる自然現象への取り組みが成されていた。科学の時代においてもKKDは時として大きな発見を導き出す。

 

例えばSTAP細胞は、植物では起きる現象だが動物では起きない、という科学的常識が、度胸のあるリケジョによりひっくり返され生み出された新たな科学の領域である。理研の笹井副センター長が記者会見でそれに近い発言をされた。経験豊かな日本のトップランナーがリケジョに引きづられた結果KKDでSTAP細胞の科学の世界が生み出されたのは新聞や週刊紙の報じるところである。理研という国民の税金で運営されているレベルの高い場所で作成されたイタヅラ書き程度の実験ノートは、その度胸の大きさを物語っている。

 

カテゴリー : 一般 連載 高分子

pagetop

2014.05/13 理研の対応

先週行われた理研の会見を受けてネットには様々な反響が書かれている。また、テレビ報道でもやや的外れな意見が述べられたりしており、今回の問題が一般には誤解されやすい事件であると思われる。例えば科学的検証を行うに当たって小保方氏をメンバーから外している点について。

 

この点について小保方氏がかわいそうだ、という意見があるが、それは科学的検証を厳密に行う、という視点から的外れの意見である。また今回の騒動の原因は小保方氏の科学者として未熟な行動とそれを許した理研の体制にある。そして、STAP細胞は誰の成果か、と問われれば、科学的な成果は未だ得られていないので、誰の成果でもない。

 

もしこの段階で理研以外の研究チームが再現性よくSTAP細胞を作ることができ、その科学的証明を完璧に行ったなら、その研究チームの成果となる。これが科学の世界の厳しい掟である。税金で運営されている理研としては、まず理研で科学的成果を出すことが最重要課題となってしまったのである。それでは小保方氏が報われないのでは、という意見が出てくるかもしれないが、それに関しては、技術的成果の評価を受けるチャンスが残っている。

 

技術的成果は特許でその権利が守られる。このあたりは理研も十分に配慮し、論文の取り下げを行っても特許の取り下げまで行っていない。ただ、この特許に対して理研がどこまで配慮しているのかについては、企業で厳しい特許戦争を経験してきた立場から疑問が出てくる。すなわちこれまでの会見内容からインチキ基本特許を出願できる状況を作ってしまったのだ。

 

例えばSTAP細胞について全く素人の当方でも、現在理研が出願しているであろう特許内容と、それを踏まえた上で理研の特許と差し違え、新たな権利範囲でSTAP細胞の技術を権利化できる特許を書くことができるのである。もし小保方氏が力量のある研究者であれば、このリスクに気がつき、すぐに対策を打つ行動をするはずである。

 

裁判の戦略を考えるよりも技術の権利についてそれを守り切る戦術を実行することの方が大切である。当方が同じ状況に遭遇したならばその様に行動するし、類似の状況では会社に迷惑をかけないことをまず配慮してきた。STAP細胞の特許の権利については、一個人の権利というよりも国家の利益の観点からも無視できない。

 

有効な戦術をとらなければ現在出願されているであろう特許でSTAP細胞の個人の権利を守りきれないだけでなく、出願人としての国の権利も守られず税金の無駄遣いとなってしまう。小保方氏がもし研究者としての権利を主張するのであれば、それを守り切る行動を取って頂きたい。自分の権利を守りきる特許群を出願すること、それが彼女の現在とるべき行動であり、それが自分の権利を守ることにもつながるのである。その行動を取れないならば研究者としてSTAP細胞の発見者という資格は無い。腐ったり悩んだりするヒマなど無く、特許出願の行動を取るべきで、ご相談頂ければいつでもアドバイスいたします。

 

カテゴリー : 一般

pagetop

2014.05/09 理研の会見

昨日STAP細胞の論文について理研とその調査委員会の会見が生で報道された。専門性の高い内容にもかかわらず、一般会見が頻繁に行われている面白い事件だ。学位論文の20ページ以上を他人が書いた内容でごまかす科学を理解していない未熟な研究者が本来その役目をこなす能力が無いのに抜擢され、そのような抜擢を行ってしまうような管理能力の無い研究者集団の中で起こした事件について、これほど丁寧に記者会見を行っている例はこれまでないのではないか。

 

科学について詳しい方であれば、今回の事件は、一部の大学で行われている学位の適当な審査も含めいろいろな「些細なこと」と思われる不祥事が偶然積み重なった事件であると理解されているのでは。科学論文が「科学の真理」を追究するために厳格な倫理を守らなければいけない、と言われていても倫理的に問題のあることが日常平然と行われてきた結果である。

 

学位についていい加減な審査を行っている大学のあることは、審査された学位論文を読めばわかる。またその学位でも審査する先生が審査料とは別にお金を要求してくることもあるのだ。これは当方も国立大で学位を取得しようとして経験した事実である(注)。しかし、こうした問題はあまり事件として大きく扱われずそのまま隠れてしまっていた。

 

科学とは真理の追究で成立する世界である。また専門性が高くなればなるほどその道の研究者でなければその真理を判断できなくなるので性善説が前提となっていた。その世界では未熟も悪となるぐらいの厳密さを維持しなければ真理を明確にできない。

 

しかし、この掟も未熟な学習者に対してゆとり教育はじめ様々な「優しさ」でどこかに隠れてしまったのが現代の科学の世界で、そこで起きたのが今回の事件である。理研の鬼軍曹が「とうとう起きたか」と言われたように事件が起きる環境になっていたのだ。

 

学位論文に他人の書いた文章を引用文献も示さずコピペをしてはいけないのである。まずこれは確実にアウトで自ら学位を返上すべきである。厳格に判断すれば、たとえそれが一般記載であっても許されない。さらに学位論文の画像をその後の新しい研究の成果として用いているのもおかしい。自分で書いていて気がつかない、というのはあり得ないことなのだ。

 

今回の事件は「科学の真理」について厳格さを求めたために起きている。だから裁判でシロクロを出せないはずで、裁判で出せるのは「真理」の追究のために取られた手順に法律の視点で誤りがあったかどうかである。STAP細胞の騒動の科学的結論まで出すことはできない、という当たり前のことを理解しておくことは重要である。そもそも今回の事件で裁判に持ち込もうという発想そのものに疑問があるのだが。

 

(注)学位を取得したい人が申請先の先生からお金を要求された場合にどうするか。黙ってお金を払って学位を取得するのか、それ以外の方法となる。科学の世界では前者を選択してはいけないのだ。前者を選択した場合には永遠にこの問題が公にならない。またお金を払わず学位を諦めた場合には、お金を要求した事実を訴えることができるが裁判までするのかどうか。社会正義の観点ではそのような先生を懲らしめることも重要かもしれない。しかし御指導を受けた先生を訴える、という恩を仇で返す矛盾も生じる。だから問題を避けて国立T大で取得することを辞めて中部大学で学位を取得した。中部大学では学位審査料80,000円だけであった。それでも親身な御指導をいただけ、最後にはしっかりと試験と学位授与式までやってくださった。本当に試験がある、と伺ったときには涙が出てきた。アカデミアの使命を十分理解できる体制であり、学位の取得過程は大変だった。楽をさせようと、お金を要求してきた国立T大の教授の気持ちも幾分理解できた。しかし苦労した思い出はお金で買うことはできない。学位論文の大半は、某ゴム会社の現在でも継続されている事業の基になった高純度SiCに関する内容ですべて日本語で書かれており英文のコピペは無い。

カテゴリー : 一般

pagetop

2014.05/06 卓球世界選手権

昨晩日本は中国に完敗で、石垣選手が1ゲーム取っただけであった。この3日間毎晩卓球選手権を楽しみに観ていたが、昨晩はややつまらなかった。選手の目の色が石垣選手以外オランダ戦や香港戦の場合と少し違っていたからだ。

 

特に香港戦における平野選手の逆転劇では鳥肌がたったが、昨晩の平野選手にはそのようなシーンは無く、あっけなく終わった。中国が強すぎたのか?確かにすべて3-0で勝ち上がってきた中国は強いかもしれないが、オランダ戦や香港戦における日本選手の戦いぶりを観ると勝負に臨む意識や姿勢も大きく影響しているように思う。

 

中国戦で石垣選手が唯一1ゲーム取ったときにその様に確信した。世界ランキングが30位以上も異なる相手に対して1ゲーム取るのは大変なはずだ。実力以上の力が働かなければ勝てないだろう。たとえそれが相手の苦手意識だったとしても実力以外の要素である。勝負に勝つためには能力以外の要素を引き寄せる力も必要だと思っている。そのために誠実かつ真摯な日々の努力が必要なのだ。

 

32年間の研究開発経験でも能力を超える現象を何度も見てきたので、その努力の重要性を信じている。例えば半導体用高純度SiCの合成に初めて成功したときには原因不明の電気炉の暴走という事件があった。但し、その暴走のおかげで最適なプロセス条件がたった一回の実験で見つかり、ゴム会社から2億4千万円の先行投資を受けることができた。

 

PPSと6ナイロンを相溶させるプロセシング技術を開発した時においても、運良く押出機の能力で必要な剪断速度が得られる実験環境が目前にあり、試作機を新たに立ち上げなくとも押出機を含むシステムをそのまま試作機として活用できた。また、ポリオレフィンにポリスチレン系TPEを相溶させる実験では、それを担当していた派遣社員のモラールが下がり始めた16番目(注)のTPE合成条件で初めて相溶し透明になるポリマーが見つかった。

 

さらに驚いたのは、昨日の地震である。実は6月6日に高分子学会主催ポリマーフロンティア21が開催され、その招待講演者に選ばれているが、そのために必要な資料が紛失していて、予稿集を書くときに苦労した。退職者の立場で公開されている実験データは重要である。講演までに探さなければいけないが、と悩んでいたら、震度5弱の地震のおかげで資料棚に積み上げてあった資料の一部が崩れ落ち、なんと崩れた資料の一番上に探していた大切な資料が現れたのだ。これにはびっくりした。

 

 

カテゴリー : 一般

pagetop

2014.05/03 ヨドバシカメラの早期退職

ヨドバシカメラを10日でやめた新入社員の話がインターネットで話題になっている。何のことかと調べてみたら、ヨドバシカメラの採用チームの担当者が10日でやめた新入社員を説得した体験についてブログに書いていた。それも前編と後編にわけて書いているのだから、何かアピールしたかったのだろう。

 

このブログについて前編後編とも読んでみたが、読み手により判断が分かれる内容である。間抜けなブログと判断する人もいるかもしれない。あるいは採用担当に同情する人もいるかもしれない。だからインターネットでも議論しやすく意見がいろいろ出ているのだろう。ブログにはこのような書き方や内容が受けるのかもしれないが、ヨドバシカメラという企業に対する印象を左右しかねない内容である。

 

「入社10日目でアルバイトと変わらないつまらない仕事だからやめる」、と正直に言っている新入社員を説得しているのである。ブログを読んでいると、説得している採用担当もその点を認めているように思われる。つまらない仕事しか無い会社なのだろう。

 

もっともデズニーランドのような誰もが行きたくなる楽しい会社であれば、給料を払うのではなく、社員から入社料を頂かなくてはならない。一般に会社の仕事には快楽的な楽しさの要素は少ないかほとんど無いはずだ。そのうえで「働いて幸せ」という採用担当の価値観を説いて聞かせ、辞めた後の人生の幸せを願っている、という内容である。

 

この採用担当はどこまで真剣に新入社員の立場まで考え説得しているのか疑問である。新入社員はただ公務員になりたかったが訳あってヨドバシカメラに入ってみたものの勤務している時間がもったいないから辞める、公務員試験の勉強を集中して行いたい、と言っているのである。

 

当方が新入社員時代に「この会社にはメーカーとしての技術は無い」と言って6ケ月の新入社員訓練を受けて配属の日に退職願を提出した同期がいる。ゴム会社としては大損である。たまたま研修中に交流する機会があり、その個性も含め退職理由も理解できたが、今や某一流企業の社長である。かたや、「技術が無いから僕はがんばる」といってゴム会社で高純度SiCの事業を立ち上げ、頑張ったにもかかわらず気がついたら写真会社を早期退職していた、というサラリーマン人生もある。貢献と自己実現を十分に実践してきたが、「働いて幸せ」と考えたことは無い。「働く場所がある幸せ」は感じていたが。

 

写真会社で退職願いを出しても「もう少し後でやめれば、優遇制度の退職金上乗せ額が増えるかもしれない」と言ってくれた人もいて、「確かに業績が良くないからそうなるかもしれないが、追い出されて辞めるよりは」、と答えるのが精一杯である。新入社員で会社を辞めるときと、サラリーマンの晩年で会社を辞めるときでは、その動機は全く異なる。サラリーマンの晩年は「働く場所」が年齢とともに無くなるのである。無くなってから辞めるのか、無くなる前に辞めるのか、辞めてからの苦労を考えなければ、幸せ感を持って辞めた方が精神衛生上好ましい。

 

ヨドバシカメラの新入社員は、説得されなくても公務員という夢を持って会社を去った。若くして会社を去るのはその会社に魅力が無いか何か問題があるときである。おそらく社会に歓迎される話は新入社員の早期退職ではなく、60過ぎたら仕事を自由に選べる会社の話題だろう。弊社はその様な会社を目指して頑張っている。

カテゴリー : 一般

pagetop

2014.04/30 技術の発明

技術の発明には、科学的成果を前向きの推論で使い科学的方法で行う方法と、蓄積された経験(K)を基に要求されている機能を心眼で見つめ逆向きの推論により、創り上げる方法がある。後者については心眼の代わりに勘(K)と度胸(D)をあげて、KKDによる開発として知られているが、単なるヤマカンではなく経験を積み重ねると生まれる心眼を使うところがミソである。

 

機能から逆向きの推論を進める方法については、花冠大学のホームページ(www.miragiken.com)で紹介中だが、この方法は学校で教えない。企業で伝承されている方法で、ゴム会社で習った。写真会社はもっぱら科学的方法を信奉している企業で、KKDを馬鹿にしている。

 

ゴム会社ではKKDは大切な一つの方法として認知されているが、実際に行われているのは心眼を用いた方法である。大切なのは商品に要求される機能から逆向きの推論を行い技術を生み出してゆく活動である。この方法を謙遜してKKDと言っている。単なるヤマカンは、ゴム会社でも馬鹿にされる。

 

経験は大切である。人類は経験を普遍的な知識として伝承するために「科学」という哲学を創り出したのかもしれない。「科学」から生まれた知識を正しく伝承するためには、その知識が「普遍的な真理」として保証されていなければならない。ゆえに捏造が許されないのだ。科学の伝承は性善説が前提となり、そこに邪悪な考えが忍び込むと捏造が起きる。

 

山中先生まで頭を下げている写真が新聞に載っていた。立派な姿である。一方STAP細胞の騒動では、この一連の謝罪をもとに鬼の首を取ったように自己の捏造を正当化しようとする人がいる。科学の世界では、まず真実の前に謝罪が必要だ。学位論文のデータを転載したのは、明らかに言い訳のできない悪意だ。いくら整理整頓が悪くても自分がまとめた学位論文のデータぐらい記憶している。

 

STAP細胞については、iPS細胞で山中先生がやられたように、まず技術として生みだし科学として完成させる方法が有効だと思う。科学的方法一本槍では、時間がかかる。当方ならばSTAP細胞の技術を技術として創り出せる自信がある。

カテゴリー : 一般

pagetop

2014.04/20 おからのポテトサラダ風

昨日WEBで表題のレシピを見つけて作ってみた。おいしかった。このレシピに着目したポイントは、おからハンバーグを工夫していたときに採用したおからを炒る工程。このレシピでは、コンソメスープを入れて炒めるプロセスになっている。ふっくらとした炊きあがりになり、マヨネーズ、キュウリその他とあえるとおいしいポテトサラダができあがる。

 

フライパンで炒る工程が少し難しい。おからハンバーグで一度失敗しているから今回はうまくいったが、レシピにはそのあたりについて書かれていない。どこが難しいのかというと、おからは多糖類なので焦げ始めると一気に焦げる。ゆえに火加減と炒めどころである。250gのおからを炒めるときに中火で10分以内に終わることである。また時間が短いとうまくおからに火が通らずホクホク感を出せない。このレシピにはそのあたりを詳しく説明していないが大事なプロセスである。タグチメソッドで最適化すべきかもしれない。

 

たかが料理であるが、ここは高分子の難燃化技術の知識を活用し、品質工学の煩雑な手続きをスルーする。かつて砂糖をチャー生成剤としてポリウレタンの難燃化に使用したことを思い出す。当時サンプルを保管していたところ、アリがたかってきたので建材への実用化が難しい、と判断したが、おからなら使えそうである。なぜ当時おからまでアイデアが展開されなかったのか残念である。

 

その後多糖類を難燃剤に用いる特許が他社から出された。半導体用高純度SiCの事業化を一人で担当していたときで、毎日だだっ広いパイロットプラントへ一人で出勤し、先の見えない状態で苦しんでいた。取締役からしばらく他部署のお手伝いをしたらどうだ、とアドバイスをうけ、一日の半分は現業に役立つ企画をしていた。たまたま取り寄せた特許にその技術があった。

 

二十代は視野が狭かった。これも未熟と言われる原因である。若い頃自分では広いつもりでいても、今から考えると恥ずかしくなるくらいに狭かった。今ならば砂糖からおからやミドリムシまでイメージが広がりこれでも満足していないが、当時はデンプンからご飯までしかすぐに頭に浮かばず、技術を諦めていた。多糖類については大学の教養部の化学で半年も学んでいたが、おからやミドリムシは出てこなかった。

 

若さの問題は興味を持たない限り深掘りをしない習慣にある。年を重ねある時期から興味とは無関係に技術をまとめる習慣になる。すなわちコンセプトを重視し、コンセプトを明確にするために興味の無い周辺技術まで深掘りをする。年寄りが若い人よりも物知りなのは興味だけで知識を獲得していないからだ。この感覚は30を過ぎないと理解できない。昔は30過ぎると「オッサン」「オバサン」と呼ばれた。今は30過ぎても未熟と呼ばれる。未熟と呼ばれるのは20代で卒業したい。

 

アリがたかったポリウレタン発泡体の技術は、未熟な技術者ゆえにそれ以上改良されることなくお蔵入りとなったが、燃焼試験で観察していたチャー生成現象は、おからを炒るときにおからを焦げさせない工夫として活かすことができた。

 

カテゴリー : 一般 高分子

pagetop

2014.04/18 研究者や技術者の躾け

「非常に豊かな発想力がある反面、ある種のずさんさがあった。その両極端が一人の中にある」と笹井副センター長は、30過ぎの未熟な研究者の評価を述べた。しかし、データの扱いや実験ノートの書き方については、理系であれば最初の二年間の学生実験で学ぶ。また4年の卒業研究では、講座に配属され、厳しい指導の下に研究の掟を学ぶ、というのが普通の大学である。

 

40年近く前、学生の間でも評判の大変厳しい先生の指導を受けた。自分から進んでその様な先生を選んだが1年間その先生だけでなく、諸先輩にも叱られてばかりであった。器具の整理整頓だけでなく、洗浄後の状態の検査の仕方まで事細かく躾けられた。雑誌会ではレポートのまとめ方や説明の仕方まで厳しかった。おかげで打たれ強くなった。

 

大学院に進むことになったが、所属していた講座が廃止されることになり、大学院の2年間は別の講座に進学した。その時も学生に評判の悪い厳しい先生のところを選んだ。当初高校教師になるつもりであったが、技術者の夢を持ったのはその先生のところで学んだ2年間のおかげである。研究テーマではなく短い学生の期間の厳しい指導を求め講座を選んだが、教育費のコストパフォーマンスとして最高だったと思っている。

 

同じ授業料を支払うのである。一生懸命指導してくれる先生を選んだ方が得ではないか。未熟な研究者で問題になったのは、実験ノートにデータの取り扱いや論文の書き方である。これらは少なくとも大学4年間に当然躾けられていなければならない項目である。コピペをやってはいけない悪事であることは、初年度に学ぶ。なぜ論文に引用文献が書かれているのかも学生実験の時に参考文献とともに学ぶ。そして他人のレポートをコピペした場合には単位を出さない、ということも指導される。40年近く経った今でも、友人の「代返」をして叱られた記憶とともに残っている。

 

20歳前後というまだ感性の低下していない年頃の時に研究者や技術者になろうとする人は厳しい躾けを受けるべきである。特にデータの扱いや実験装置、器具の扱いについては徹底して躾けられるべきである。発想力や集中力は生まれながらの資質であるが、これらは指導されなければ身につかない事柄である。社会に出る前に早めに躾けられるのが良い。30歳でそれが躾けられていない、というのは異常なことなのである。今回のSTAP細胞の騒動は日本の高等教育の欠陥が原因で起きたのかもしれない。

 

30歳という年齢は、専門外(注)であっても半導体用高純度SiCのパイロットプラントをゴム会社で立ち上げた年齢である。普通の会社ならば未熟や専門外であることが許される年齢ではない。諸先輩のサポートを受けながら一人前の仕事が求められる年齢である。ちなみにゴム会社では現在でもこの事業は継続されている。

 

(注)大学4年の卒業研究は、シクラメンの香りの全合成で、大学院2年間のテーマはリン系無機高分子の合成だった。無機材質研究所へ1年半留学し、SiCの結晶や焼結技術について学び、ゴム会社へ戻って速度論の研究を企画し学位を取得した。

 

カテゴリー : 一般

pagetop

2014.04/17 笹井副センター長会見(STAP問題)

3時間以上の長い会見だった。意地悪な質問にも誠実に回答されていた。おそらく理研の将来の幹部になられてもおかしくない人物という印象である。大きなハプニングも無く、それだけに3時間半近く退屈であったが。とにかく「笹井副センター長」という人物を週刊紙や新聞で報じられた印象で理解していたのを少し恥じた。

 

質問でもあったが、小保方さんの将来に関しても小保方さんの自己責任で選択できるような配慮をされる方だろうと安心した。STAP細胞の問題は、彼がその存在を否定しなかったことから、理研だけの問題ではなく再生医療の将来に関わる大きな問題となった。是非検証を成功させて頂きたい。本音はどうであろうと現在進められている検証結果は重要である。言葉をかえて同じ内容の質問が繰り返されたが、彼の回答どおりそこに小保方さんが加わらなければいけない、という理由は無いのである。

 

その他特定研究法人の問題や山中博士と笹井副センター長の関係、STAP細胞の研究は誰の成果といったことはもう無意味である、と感じさせるクールな会見だった。理研の調査結果どおり彼の責任は重いが、昨日の会見で責任の一つを果たしたのではないか。

 

何か問題が起きたときにその問題にどのように対峙するか、で人物がわかる、と亡父によく言われた。当人の将来に関わる問題では、なかなか中立的な判断で問題に対応することは難しい。ゴム会社でFDを壊される事件が発生したときに判断を間違い、自分で犯人捜しをした後悔は今でも忘れない。

 

当時、S社とのJVの形式で高純度SiCの事業化が会社方針として決まり体制もできたので、犯人が分かっても仕方がないことだった。よりによってその犯人が犯人であってはいけない人物だったので解決の仕方が難しくなった。犯人探しを行わなければ、半導体用高純度SiCの研究開発をサラリーマン最後まで続けることができたかもしれない。SiCの速度論解析について論文発表し、結晶に関する研究のビジョンまで考えていただけに残念であった。自分が発明し企画から開発まで行い、6年間という死の谷を一人で歩き続けたという自負から、どこかに驕りがあったのだろう。

 

若い頃を思い出しながら会見を聞いていたが、笹井副センター長のようにクールに問題に対応できること、それが組織活動では大切とつくづく思った。彼は会見ではとりあえず過去の実績にこだわらず、丁寧にわかりやすく記者の質問に応えていたが、所員章をつけて臨んだ覚悟が伝わる会見だった。

 

カテゴリー : 一般

pagetop