昨日の話にどうしたら努力できるのかと質問を頂いた。コビー氏ではないが、努力を習慣化すればよいだけであるが、いくつかコツがある。
ここでは一つだけ紹介する。「自分をほめてやりたい」とは有森氏の言葉だが、この言葉の持つ意味と奥深さは相当なものがある。また、有森氏が言った言葉ゆえにその意味の膨らみも大きい。
「努力しても成功するとは限らない」は内村氏の言葉だが、人生の価値は出世や仕事の成功だけではない。むしろ出世など長い人生を思うとあまり意味が無い。例えば先日判決が出た池袋母子ひき殺し犯は、ネットで上級国民と騒がれたりしたが、裁判の過程における発言や態度を見る限り、人間としての良識を欠いた人物だった。
当方のFDを壊した犯人もそれなりの役職の人物であり、その事件を隠蔽化したのは研究開発本部を統括していた取締役と聞いている。自分の出世のために他人から成果を奪って生きてゆくサラリーマン人生にどれだけ価値があるのだろうか。
組織を離れれば、その人の人生の積み重ねで生きてゆくことになる。その一部に他人の業務妨害までして出世しようとした歴史が残ることは恥ずかしくないのか。当方の研究成果を勝手に論文にした大学の先生もそうである。
ご自分が全く関与していない研究の成果だけを奪い論文を書く、そこまでして研究者としての立場を守りたいのだろうか。またそのようにして守られた人生は、空しくないのだろうか。一度出版されれば永遠に証拠として残ってゆくのだ。
確かにポリエチルシリケートとフェノール樹脂を前駆体とした高純度SiCの研究は、それを自分の成果のようにして学会賞を狙う人物まで出てきたように第三者から見て素晴らしい発明だったのだろう。
当方はこの発明を徹夜や休日返上した過重労働によりたった一人で成果として出している。そして、この成果について何ら報償を受けていない(注)。FD事件を隠蔽化されて退職したゴム会社から特許報償も受けていない。住友金属工業との共同出願特許が成立しており、少なくともこの事業報償があったことを理解していてもである。
死ぬほどの努力をなぜしたのか、と聞かれたことがある。その時「生きるため」と答えている。知識労働者として生きるために知識を獲得する努力は、人間の基本3欲求と同様に重要である。
(注)窓際となり豊川へ単身赴任したその日に無機材研でご指導いただいた総合研究官からお手紙を頂いた。ゴム会社では信じてもらえなかったポリエチルシリケートとフェノール樹脂の均一混合されたポリマーアロイを用いた高純度SiC合成法を実証できるチャンスをくださった方である。基本特許は無機材質研究所から出願されたのだが、その時この方がゴム会社から頂いた特許報償をすべて小生にくださる約束を言われた。小生はお気持ちだけで十分とお答えしたが、その方が退職されるときに当時の思い出とともに激励の手紙を小生に下さった。写真会社へ転職し一番つらかった時に頂いたこの手紙が起爆剤となり、カオス混合装置が発明されている。努力を見ていてくださる人が必ずいるのだと確信した。世の中には悪人ばかりでなく神様のような人もいる。
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昨日の日刊スポーツ電子版に内村航平氏がオリンピック会場から去った訳を語っていた。そこで彼は「努力しても成功しないことがあると経験した」と、ものすごいことを語っていた。
当方など努力の塊が人生のような生き方をしており、高純度SiCの発明のような成功もあるが失敗の数は多い。また今の彼よりも若い18歳の時に一度大きな挫折をしている。当方の人生の失敗談など価値が無いかもしれないが、昨日の彼の失敗談は一読の価値がある。
「努力は裏切ることもある、その事実に受け身で甘んじるつもりはない」と語る彼の話は、やはり卓越した天才であることを理解させる。
凡才の人生を生きてきた当方ならば、「努力は報われるとは限らない。報われないことの方が多いかもしれない。しかし、一生懸命努力した結果の失敗であれば、必ずそこに成長がある。それを楽しみに努力したい。」
内村航平氏は、彼の言葉から想像するに、まだ挑戦者である。当方は、さほど大きな成長を望めないことが分かっていても毎日ギターの練習をしている。ここで一生懸命努力するのはボケ防止のためである。
スポーツ選手ならば、早い人で25歳から能力の低下が始まる。フィギュアスケートでは25歳前後で皆引退している厳しい世界である。知的労働者は努力しなければ、40歳から能力の低下が始まるかもしれない。
あの孔子は40にして惑わず、と言っている。15歳から学び始めて40で悟りをひらいたと説明されているが、おそらく学ぶ努力を辞めたのだろう。サラリーマンは少なくとも定年まで学ぶ努力したほうが良いように思っている。
学ぶ努力は第三者が見て価値のない趣味でもよい。当方は努力の価値もないようなギターの練習を始めたが、若い時には挫折して楽譜の最後まで弾けなかった「禁じられた遊び」をようやく弾けるようになった。
練習を始めて50年弱である。途中まったくギターを弾いてなかった期間が40年以上あるので弾けるようになるまで少なくとも5年程度はかかった計算になる。
若い時にできなかったことが、この年でできるようになった感激は、高純度SiCの発明をしたときと同じような興奮を覚えた。そしてコロナ禍前よりも頭の回転が速くなってきた実感がある。練習後の首の運動で首の回転が楽になったのである。
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身の回りのゴムや樹脂は、高分子だけで作られているケースは稀である。また、高分子は分子量分布を持っているのでそれ自身が多成分系であり、分子量が1000未満のオリゴマーが可塑剤の働きをしている場合も存在する。
ゴムや樹脂は、加工性や使用される条件に合わせるために耐久性を上げる必要から各種添加剤が使用される。そのために配合設計技術が重要になってくる。
コンパウンド開発や部材開発を行っている企業では、伝統的な配合設計技術が存在している。当方が写真会社へ転職した時にも塗布液の設計方法についてノウハウが存在した。
しかし、その設計方法が今の時代にも合理性を発揮しているとは言い難い例もあるので、環境問題解決が必須となった現代において見直しをするには良い機会ではないかと思う。
20年以上前のことなので問題ないと思うが、塗布液の配合設計において必須の添加剤が存在した事例を紹介したい。その添加剤は塗布された後に無害となるが、化合物単体では環境適合性がない素材だった。
当方はこの化合物の使用を禁止したいと思ったが、担当者から不可能と言われた。PETの表面処理には必須の素材だという。確かにその化合物の構造から機能性を十分に理解でき、コーティング用には不可欠との説明を理解できた。
それでも、当方が心配したのはその化合物が使用禁止となった時に新たな技術開発をしていては遅い、と言う問題である。環境問題とは、企業にとって突然死を宣告するような事態を招く問題である。
伝承されていたその化合物の機能性について異なる視点で見直し、新たなコンセプトの技術を担当者に提案してみたが採用されなかったので、自ら実験を行いその有効性を確認した。
この新たなコンセプトを実用化するために現場の説得も必要となり時間がかかったが、伝統的な配合設計技術を新たなコンセプトの設計技術に転換することに成功した。しかし、10年近くかかった。
配合設計技術は長い間伝承されてきても時代の進歩に合わせて見直す必要がある。しかし、その刷新には時間がかかる。一因として市場の問題を恐れる保守的な考え方があるが、今はロバストを検証できるタグチメソッドという方法がある。当方の新たなコンセプトもタグチメソッドを使用し実用化されたが、ロバストは従来技術よりも高かった。
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当方の時代に大学4年までの授業のカリキュラムにおいて高分子の教科書は、高分子合成に関するものだけで、高分子物性については自分で学ぶ以外に接する機会は無かった。大学院でレオロジーに関する外部講師による特別講義が唯一の高分子物性論であり、その時は数ページの印刷物が大切な教科書だった。
高分子合成に関しては2種類のタイプの教科書があり、一つは純粋に高分子合成法についてだけ書かれており、他の一つは高分子物理に少し近づいた内容で高分子ブレンド系の話が出てくる。ただし物性論まで展開されていない。
日本人の著者によるこの本は、フローリーの高分子とポリマーの総説の良いとこどりをしたような教科書だった。予定外で大学院に進学した時に、心を入れ替え2年間必死に勉強しようと無機の講座に進学したにもかかわらず、高分子の勉強を独学していた。
ゆえに大学院までの6年間に購入した高分子の教科書は10冊を超えており、無機化学の教科書よりも多い。大学院で高分子の教科書を買いあさったのは、高分子を十分に理解できる教科書が無かったからだが、それは当方の頭の悪さだけが原因ではなく無機化学の教科書よりも体系的でなかったため、わかりにくい教科書が多かったためだと思いだされる。
無機化学は結晶と熱力学の体系で相分離現象まで合成から物性までうまくまとめられており理解が容易だったが、高分子の教科書ではその構造と物性について当時はまだわかっていないことが多かったため仕方がなかったかもしれない。
学部の授業も無機化学の先生は優秀にみえて、高分子の先生はどこか頼りなげな先生が多いように思われた。無機の講座に進んだ原因でもあるが、高分子の教科書をいろいろ集めて学んでみてもフローリーの教科書以外はわかりにくかったので、授業が分かりにくかったのはあながち講師の力量ばかりではなかったのかもしれない。
無機化学の講座で学びながらも就職先に選んだ会社はゴム会社で、面接官に何をやりたいか聞かれ返答に困り、「社長をやりたい」と応えている。この答えが良かったかどうか知らないが、採用されて研究所へ配属された。
そこで出会った指導社員は、今日まで含め当方にとって最も優れた高分子科学の先生である。たった3か月間だったが、毎朝9時から12時まで座学で午後は自由時間となった毎日の生活はゴム漬けであり、「指導社員から学んでも無駄知識となると言われた」ダッシュポットとバネのレオロジーはじめ高分子の構造と物性の当時最先端の知識を伝授された。
自由時間はバンバリーとロール、粘弾性装置、テンシロンを自由に使うことができ、学んだ知識をそこで確認することができた。1年のテーマをサービス残業の繰り返しにより3か月で仕上げることができたが、学んだ知識を展開してまとめた防振ゴム用樹脂補強ゴムの報告書は卒業研究のようなレポートとなった。指導社員からそこまで仕上げなくても良かった、というお褒めの言葉を頂いている。
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音楽は全くの素人と言うよりも不得意科目だった。それを改めて学ぼうと努力しているのだが、教則本をいろいろ取り揃えて読んでいると面白いことに気がつく。
ギターの教則本と言えばカルカッシの教則本がクラシックで有名であり、ジャズやロックの教則本にもこの流れをくんでいるものもある。古い教則本に多いが、新しい教則本にはジョー・パスの教則本に類似の構成が多い。
すぐにギターが弾けるようになる本は無いかと探していたら、10数冊ギターの教則本ばかり集まった。面白いのはNHK趣味のギター教室の教則本である。神田の古本屋で見つけた1970年代のNHKギター講座の教則本は古賀メロディー一色である。
今ならば編集会議でクレームが出ただろうと思われるが、古賀メロディーにチャレンジしたい方は、この教則本が良いかもしれない。2009年のNHK趣味悠々の教則本は石川鷹彦氏が担当しており、これは70年代のフォークソングで全体が構成されている。
アントニオ古賀氏の教則本はカルカッシのそれに近いが、石川氏の教則本は読み物として仕上がっており、DVDも付属しているのでお買い得である。要するに見て覚えよ、というスタイルである。
後者は1曲1曲仕上げてゆきながら学べるので飽きない限り楽しい教則本である。前者は運指方法の練習で多くの人は挫折するかもしれない。
養父貴氏の「ギターで覚える音楽理論」は、1-2曲ギターの弾ける人には適した理論書と思われる。基礎的な知識から始まり、論理的に構成されている。但し、これを読み終えたからと言ってすぐにジャズギターを弾けるわけではない。
布川俊樹氏の教則本は、いろいろ出ておりCDも発売されていた。この人の著作だけでも5冊買い込んだ。矢堀孝一氏についてはDVD含め3冊あり、面白いのはジョー・パスと布川氏の良いとこどりをしている。
教則本ばかり読んでいてもなかなかギターが弾けるようにはならないが、2年近く様々な教則本を読んできて面白いことに気がついた。自然科学の教科書には大体の定型的な流れがあるが、ギターの教則本はバラエティーに富んでいる。
最初に書いたようにおおよそのタイプに分類することも可能だが、著者の気持ちになって読んでみると、それぞれの流儀が見えてくる。例えば矢堀氏は布川氏にギターを習ったと序文で述べておられるが、著書の流れは布川氏ではなく、ジョーパスである。ジョーパスの影響を受けているのかどうかは知らないが、布川氏のスタイルと少し異なる。
昔、バーローの物理化学を読み、本の構成も含め教科書としてその斬新さと癖の強さに感動したことがあるが、自然科学の教科書にはこのような例は少ない。ゆえに形式知と呼ばれるのかもしれない。
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昨日音楽における固定度と移動度の違和感を感じたことから音楽教育についてその指導要領を見直してほしい、と一言書いたが、形式知にもそのような部分が存在する。
当方は、FDを壊され転職したという不幸からセラミックスから金属、高分子材料まで学習する幸運に恵まれた。学位論文の中心が高純度SiCの反応速度論だったので、高分子材料についても何かまとめたいと思っていたら、ゴムタイムズ社から「混練」について教科書を書いてほしい、と依頼されたので2年前ハンドブックとして上梓している。
この本では高分子の混練について知っておくべき知識を経験知と形式知を中心に分配混合と分散混合の体系を意識して(材料の変性を意識し、材料を中心として、分配混合と分散混合とは異なる視点で)まとめている。4500円とこの手の本としては安価であり、弊社にご注文いただければ、消費税と送料をサービスいたします。
さて、固定度と移動度に潜む違和感以上に違和感を感じているのは、無機化学と有機化学で議論される結晶や、拡散、混合に関わる現象についてその説明である。
自然科学において数学は現象を記述する言語のように例えられる。ゆえにそれぞれの分野で現象を説明するときには数学表現で行われるのだが、無機化学でうまく表現されていたものが有機化学ではうまく表現できないにもかかわらず、強引に当てはめられているような違和感を持っている。
無機化学ではイオン反応が中心になるので、原子の玉を仮定して議論を進めればよいので数学で表現しやすいが、有機化学では、C-C結合で一定の立体形状を持たない分子の引き起こす現象となり、数学表現が複雑化する。
これを取り扱いやすくするために粗視化したりして計算するが、その結果について固定度と移動度以上に強い違和感を感じているのは当方だけだろうか。この違和感のおかげで、写真会社では数多くの特許を書くことができた。ジョー・パスの枯葉において多くのアイデアが展開されている理屈と同じである。
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現在の音階ドレミファソラシドを決めたのは音楽の父バッハである、と言われている。バッハより前にも音階は存在したらしいが、ピアノの鍵盤の並びを平均律としてチューニングし、様々なピアノ曲集はじめ現代にもその音楽表現が「鼻から牛乳—」として伝わるような「トッカータとフーガ」の衝撃的な出だしを作曲している。
ニュートンと同時代を生きた人物であり、マッハはニュートンを非科学的と断じているので、ちょうど科学が生まれる直前17世紀末から18世紀初めに活躍している。
ニュートン力学は高校生で学ぶが、バッハのドレミファソラシドは小学校で平均律による固定度と移動度を学ぶ。固定度は「ハニホヘトイロハ」と呼び、ハ長調やヘ長調など、かなり深いところまで学ぶ。
ギターを弾き始めて感じたのは、学習指導要領のアンバランスである。中学校でもう少し体系的に指導すればよいところをなし崩し的に知識を詰め込むので音楽の体系を誤って覚えてしまうことになる。
当方は固定度と移動度を単純にドの位置が変わるだけ、として身に着けていた。しかし、ギターを練習し初めて気がついたのが、調を変更すると曲のニュアンスがわずかに変わるのである。
ギターのチューニングがおかしいのではない。移動度でドレミファソラシドを弾いていただければ、その微妙な音の響きの違いに気がつく。ドレミファソラシドと思って聞いてしまうとその違和感に気がつかないが、音の流れとして捉えると波長の並びの微妙な違いに気がつく。
絶対音階の身についている人ならば、小学校の時から違和感があったかもしれない。「全全半全全全半」は、ドレミファソラシドの各音の間隔を表現しているが、これは平均律を前提として省略した表現である。
平均律ではなく純正律でラの音を示せば440Hzの振動となる。ギターでチューニングする時最初に440Hzの基準音叉を用いて5弦をチューニングし、他の弦は、この5弦を中心にしてチューニングしてゆく。今はチューニングメーターがあるので簡単だが昔は大変だった。
一つの曲で転調が効果的に聞こえるのは、音楽の流れの中でスケールの変化をとらえていることとも関係していると気がついたが、このようなことを小学校から体系的に指導すべきと思う。
例えばジョーパスは、枯葉をト長調(Gmajar)で演奏しているが、一般に枯葉はB♭majarで演奏されている。ここに気がつくかどうかで、彼の演奏のからくりを理解できるかどうかが変わる。彼の「枯葉」を昔聞いて「ジョー・パス」という名前を知ったが、このあたりの強い感動を引き出すために調を変えていることが大きいと思っている。
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財務事務次官の矢野氏による政府批判が週刊誌に掲載され、それが問題になっているようだ。更迭という意見も飛び出した。週刊誌の内容はまっとうな意見であり、もしこれを政府が更迭するようなことがあれば、国民の反発を招くことは必至である。
安倍内閣の時には、忖度の結果省内の資料を書き換える、という問題が発生し、部下を自殺に追い込んでもトップに従おうとする次官が問題となり、こちらは現在遺族による裁判が進行中である。
今回は真反対のことが問題となっている。組織の在り方としては今回の問題のほうが国民にはありがたい。なぜなら政治の現在の問題が明らかにされるからだ。
とかく政治の結果と言うものは、10年以上過ぎた後でなければ、正しい問題が明らかにならないことが多い。例えば郵政民営化について、民営化したメリットの方がはるかに大きかったことが現在明らかになっている。
土日の配達も無くなるようだが、電話やメールなどの通信手段が普及した現在において郵便物が毎日届けられる無駄は、まだ切り詰めた方がよい。速達との併用で隔日配達にしても良いとさえ感じている。このようなことは民営化されなければ議論さえ起きないかもしれない。
ところで、事務次官は事務方のトップであり、現場の状況を把握している責任者である。今回は正しい手順を踏んで週刊誌への発表に至った、と上司である大臣はこの次官を擁護している。
税金のアップを狙ったパフォーマンス、という見方もあるようだが、ここは素直に受け取りたい。故ドラッカーは異なる見解こそ重視せよ、と言っていた。すなわち異なる見解には予期せぬリスクの指摘などの合意された見解に見えていない問題が指摘されているからだが、今回の事務次官の財政問題に対する見解を国民は注視する必要がありそうだ。
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ここのところ大手企業の早期退職者募集記事がニュースとなっている。昨日SPA!電子版記事に「正社員9割が負け組に転落、日本の絶望的近未来とは」というタイトルがあった。
内容はバブル崩壊後言われ続けてきたことの総まとめであり、目新しい記事ではない。高卒者の50%以上が大学へ進学する時代であるにもかかわらず、少数の高度な業務をこなせる人材で運営が可能となっている現在の組織では、大卒として入社しても入社後能力が向上しない人材が不要となるのは当たり前である。
当方は55歳となった時に早期退職制度を利用して退職しようとしたら、環境対応樹脂の開発をしなければいけないといわれ2011年3月11日を最終日に設定して、退職を延期した。
相談されたので、まじめに退職を延期して仕事をやって成果を出してみても退職金が増えるわけでもなく、最終日に準備された最終講演も退職記念パーティーも吹っ飛んで帰宅難民となった。
会社にしがみついていたわけでもないのにひどい目に会う時代である。かつての時代のように会社にしがみつこうとしても、組織にふるい落とされるのは仕方がないことである。当方は地面が震えてしがみつくつもりが無くても退職した会社に泊まることになった。
サラリーマンの現実とは退職さえも希望通りとならないことを悟っておれば、勝ち組も負け組もない。退職しても日当も出ず1晩余分に会社に縛り付けられたサラリーマンもいるのだ。
ふるい落とされる前に自分から会社を辞めるのが今の時代のサラリーマンの理想の姿である。当方はゴム会社で新事業を立ち上げたが、その過程において本部長が交代したとたんにFDを壊されるなどの妨害を受け、写真会社へ転職している。
この時は、9月30日までゴム会社に出社し、翌日10月1日に写真会社へ出社している。朝新宿駅で中央線を待っていたら、ダイヤが乱れており、特別快速が3台続けてきた。新小平駅に未練があって待っていても現実は迷いさえも許さない。
そしてゴム会社で構築したセラミックス技術者のキャリアをすべて捨てて、高分子材料技術者として出直した。38歳の時である。この時の経験や今ギターの練習から学んだことを基にサラリーマンへのアドバイスがあるとしたならば、65歳まで勉強の機会がある、と信じて自己研鑽に努力する人生をお勧めしたい。
65歳としているのは、当方の体験からであり、個人差があるかもしれないが、誤差を考えても60歳までは若い時のように勉強できるだけの力が現代人には備わっている。65歳を過ぎるとかなりの忍耐と向上心が無い限り、学ぶ活力は出てこないように思う。
当方は、ゴム会社で高純度SiCの事業を住友金属工業とのJVとして立ち上げるまでの6年間、まさに死の谷を一人で歩き続けた経験があり、65歳を過ぎた今、それを思い出しながら音楽を学ぼうと努力している。孔子は40歳が限界だったようだが、栄養状態が良くなった今の時代は60歳(注)すぎても勉強は可能なので、まず弊社にご相談ください。
(注)亡父は死ぬまで勉強が口癖だった。遺品を整理していたら、死ぬ直前まで勉強していた記録が残っていた。恥ずかしながらこの時人生において学ぶ意味を理解できた。亡父は100歳になってもボケることなく、当方を叱るのが習慣となっていた。亡父の人生観から当方を見たらナマケモノになってしまうが—-
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音楽の才能など無いことを承知しており、それでも昨年コロナ禍でstay homeを強いられたためギターの練習を始めた。オークションで落札した7万円のセミアコは生鳴りの音がギブソンES335よりも美しく、その効果もあり、エフェクターを通さなくても手製のスピーカーからきれいな音が出てくる。
とりあえず指板上の音名を把握でき、簡単なメロディーならば、楽譜を見て弾くことができるようになった。しかし、コードとか音楽理論がなかなか頭に入らない。おおよその体系を理解できても、すぐにそれを使うことができないもどかしさがある。
おそらく専門外の人が高分子やセラミックスの教科書を理解できたとしても、その知識をすぐに材料開発に応用できないもどかしさとこれは似ているのかもしれない。
音楽理論を演奏に活かすためには、あとどのくらいの時間がかかるのか不明だが、記憶力が若い時よりも落ちてきている現実をどう克服するのか悩んでいる。反復学習の効能を理解していても、反復練習しているときに覚えていた知識を翌朝すっかり忘れている。
この繰り返しですでに半年が過ぎた。小学校のときから新しい知識を学ぶことに関してあまり抵抗はなかったが、この低下した記憶力は、学ぶ上においてものすごい抵抗となっている。
ただし、毎日少しずつ進歩している実感はある。それは、学んで身に着けたはずの知識についてどこを忘れたのか思い出せるからだ。断片的に知識として残っている部分があり、それがやりがいにつながっている。
努力して獲得した知識をほぼ忘れることは悲しいことだが、忘れた部分を覚えている自分をほめながら断片的な知識を頼りに再び同じ内容を確認している。ある女性ランナーが、金メダルを取れなかったが自分をほめてやりたい、と言っていたことを思い出したが、これは学ぶためのよいコツかもしれない。
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