電気粘性流体の増粘問題の技術的解決に、300種類の界面活性剤を用いて一晩しか時間はいらなかった。しかし、その科学的真実を求めるために1年費やし、科学的真実は得られたが、増粘問題は解決していなかった。そして、新たな「加硫剤などの添加剤が入っていないゴム開発」というテーマを企画している。
このテーマは当方が拒絶したためにお蔵入りとなったが、面白いのは当時のゴム会社の研究所には、ゴムの配合設計ができる修士卒以上の担当者はセラミックスが専門であった当方しかいなかったのだ。
そもそも、ゴムの配合設計ほど非科学的な技術は無い。これを科学的にできると思っている人は、安全なタイヤ開発などできない。そのような人に開発できるのは、単なる黒くて丸いゴムの商品である。
これは40年以上前の新入社員研修で聞いたCTOの言葉であるが、この言葉を聞いた新入社員の一人は、10月1日新入社員配属の日に辞表を提出し、某会社へ転職し社長となっている。
当方は、しばらく悩むことになった。悩んだ結果、科学は人類が手にした素晴らしい道具であることに気がついた。
気づきは学びを生み出す。イムレラカトシュやファーガソンの優れた科学や技術に関する名著と出会うことができた。
さて、冒頭は昨日の文章に一行加えた同じ文章であるが、気づきと学びを書くつもりは無かったので、明日また同じ始まりで書く。
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電気粘性流体の増粘問題の技術的解決に、300種類の界面活性剤を用いて一晩しか時間はいらなかった。しかし、その科学的真実を求めるために1年費やし、科学的真実は得られたが、増粘問題は解決していなかった。
この事例は、ドラッカーが指摘している「正しい問題を解くこと」の重要性と1980年代一部の経営者が科学の問題を指摘し科学史の研究者が科学について語り始めた時代に「科学でモノはできない、技術でモノを作る」という名言の正しさの事例でもある。
一部の経営者が講演で言い始めた科学に対する懐疑的な発言はバブル崩壊とともに忘れ去られたが、哲学者イムレラカトシュが指摘したように科学に問題があるのではなく、科学の方法に対する誤解が問題なのだ。
「科学の方法」というその著のタイトルが示すように、科学は「道具」なのだ。問題を解くのは、いつの時代でもその道具を使っている人間である。
17世紀に科学が誕生して、その道具を活用した技術が著しく早い進歩を遂げた結果、知らない間に人類は科学の奴隷になっていた。教育まで科学を道具として教えるのではなく、教育の根幹にそれを置いてしまった。
その結果、STAP細胞のような騒動が起きているが、あのような騒動が起きても科学に隷属した多くの日本人技術者は、科学から解放されていない。科学で導かれる当たり前のアイデアで日々技術開発を行っている。
10年以上前に豊川へ単身赴任しているが、そこでUSITを普及しようと奮闘している若手社員がいた。
あるグループにおける勉強会で「当たり前の結果ではないか」と質問が出たところ、「それが大事です。科学的に導かれた結果ですから当たり前の結果でなければ困るのです。USITを使えばこのように当たり前の結果(注)を導けるのです」と若手リーダーは答えていた。優秀な若手リーダーの熱い発言を聞き、未来は明るいのか、暗いのか、ふと疑問に思った。
(注)当たり前の結果こそ重要という言葉は、このUSIT勉強会以外でもたびたび聞いていた。この言葉を発する人の心の中には、「思いつきのアイデアをやめて、科学的に考えてほしい」という思いあがりがある。科学的に考えていることがそれほど尊いことなのか、今一度反省する必要がある。当方がゴム会社でフェノール樹脂とポリエチルシリケートをブレンドしてSiCの前駆体に用いるアイデアを始めて話した時にも、同様の言葉が飛び出し、さらに「フローリー・ハギンズ理論を知らんのか」とまで言われている。思わず学生時代の体験を言うところだったが、高純度化のためには、原料が高純度化できなければだめだ、と説明している。ニュートンでさえ、マッハから科学的ではないと評価されているのである。古くはユークリッド幾何学という学問があった。当方は高校で「指導要領ではなくなったが、ユークリッド幾何学を少し授業で扱う」と言われた先生に感謝している。
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30年前と現代では、技術開発のマネジメントは大きく変わった。しかし、未だに30年前と同じ技術開発マネジメントを行っている企業があるとしたならば、時代遅れと捉えたほうが良い。
30年ほど前に情報工学分野で始まったアジャイル開発が各分野に普及したからである。今「アジャイル開発って何?」という技術系の管理職がいたならば、すぐに他の仕事へ変わったほうが良い。
ステージゲート法が話題になり始めた30年前も同様の状況だった。「ステージゲート法って何?」という方が、それをタイトルとしたセミナーに押し寄せた。
当方はゴム会社時代に本部長代理として参加した企業研究会のセミナーでステージゲート法を知った。しかし、ゴム会社の研究開発本部長の当時のマネジメントは「開発をおこなってから研究を行う」アジャイル開発であり、30年進んでいた。
ただ、研究者にそのマネジメントは評判が悪く、本部長は悩まれていた。ステージゲート法がアメリカから日本に上陸した時に本部長はステージゲート法とアジャイル開発を合体した方法を考案したが、それを実施する前に研究畑出身のX本部長と交代された。
高純度SiCの住友金属工業とのJVはじめ事業の芽を幾つか育てた名本部長でも定年の前には去るしかなく、残念なことだった。X本部長は幸運な方だったが、やや問題のある方だった。
さて、研究開発を効率よく投資配分し事業化成功率を高めるとされたステージゲート法では、確かに事業化手前までの投資効率は従来よりも上がったが、事業化の成功率はどのようであったか。
世界ランキング5位のゴム会社が3位のゴム会社を買収し、買収前と財務状況が同じになるには20年かかった、と聞いているが、その方面の雑誌に公開されているのは10年で買収事業は軌道に乗ったとされている。
今仮に10年新事業が続いたならそれを成功とみなす、という尺度を用いたなら、ステージゲート法で研究開発を進めた結果がどれだけの成功確率になるのか自社の事例で調べてみるとよい。80%以上あるだろうか。
事業継続3年という尺度で見て80%以上ではないだろうか。10年という尺度で80%以上の成功確率ならば、技術開発マネジメントが大変上手な会社である。今の時代、10年事業を継続できる新事業を探すのも一苦労必要な時代である。
10年事業継続可能ならば、研究開発を3年かけるのも良いのかもしれないが、研究開発期間を3年かけた技術で10年事業が持つかどうか不明の時代だからこそアジャイル開発が普及してきたのだ。
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科学で二律背反となる問題でも技術者は解決しなければいけない。もし、人間の生活に利便性を与える機能でありながら、科学的に二律背反の現象ゆえに実用化できない問題を前にしたならば、技術者は常にそれに向かってチャレンジしなければいけない。
また、そのような意欲が湧かないならば技術者としての適性は無い。これは訓練でどうにかなる問題というよりも動機付けが重要である。
適性がないのに技術を担当している若者には動機付けで気づきを導き学ばせる。もし、本当に適性が無い、と悟った若者ならば転職する。みかけで適性が無いようならば、気づき、学び、自ら訓練する道を選ぶ。
スポーツに夢中になっていて仕事に身が入っていなかった若者に学位を取得させたところ技術開発に興味を示しはじめた体験は、動機づけの重要性を教えてくれた。
技術開発では、科学的に二律背反の現象にたびたび遭遇する。電気粘性流体に配合されていた粒子は、帯電しやすくて電流も瞬時に流せる物質が理想とされ、科学的に考えるとそのような物質は無い。しかし、技術者はこのような二律背反の物質を創り出さなければいけない。
当時研究で使用されていた生焼けのカーボンは、この二律背反を満たす特異な物質としてその解析が行われていたが、品質が安定していなかっただけでなく、性能も不十分だった。
耐久性問題を解決後、その粒子を開発したいと申し出たら、どうして当方にそれができる自信があるのか、と問われた。自信については答えようがないが来週3種類の粉体を提供するので評価してほしい、と「お願い」している。
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当時検討されていた電気粘性流体は、シリコーンオイルに生焼けのカーボンを分散した処方だった。生焼けのカーボンを用いた理由は、この物質が半導体だったからだ。すなわちカーボンのように導電性が高くなく絶縁体領域に近い物質だった。
この処方の電気粘性流体をゴムの容器に封入し用いていたのだが、ゴムからゴム薬がシリコーンオイルに抽出されて増粘し、電気粘性効果が失活する問題が発生した。
これを改善するために界面活性剤を持ち出して研究し、否定証明により、この耐久性問題を解決できる界面活性剤は存在しない、と結論を出しているが、少し高分子をご存知の方であれば、なぜ界面活性剤なんだ、という突っ込みを入れたくなる。
シリコーンオイルという高分子に高分子の添加剤が染み出してきたのだから、コンパチビライザーを検討すべきだ、というアイデアを言い出すかもしれない。
否定証明に邁進しているメンバーに対して、当時そのような突っ込みをした人もいたようだ。当方が第三成分について本部内報告をしたときに、早い話がコンパチビライザーでしょう、と報告後したり顔で話しかけてきた人がいる。
そこで界面活性剤もコンパチビライザーも界面で機能する添加剤という視点が重要で、面白いことに見つかった添加剤はどちらにも属する、と回答している。
回答しながら、界面活性剤とコンパチビライザーをシームレスに扱えるのは技術者ゆえの特権だろうと思った。
科学者ならばそれぞれの専門家がおり、それぞれの形式知で物事を説明する。技術者は機能に着眼するので、界面活性剤と呼ばれようがコンパチビライザーと呼ばれようが、機能がうまく働けば「そんなの関係ない」。
実はしたり顔で話しかけてきた人は、電気粘性流体を古くから研究していたメンバーにコンパチビライザーの検討を勧めたそうだ。そうしたらバカにされた、とも言って笑っていた。
せっかくアイデアを提案したのにバカにされた腹いせもあって、わざわざ当方に笑い話として話しかけてきたのだろう。その方も科学で武装した研究者だったが、このような光景は科学で毒された研究所で見かけがちである。
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界面活性剤の話が水と油の関係で議論されているおかしさに気付いている人はどれだけいるだろうか。
界面は、水と油のような性質の異なる物質の間ではどのような組み合わせでも必ず生じる。例えばPPSに6ナイロンをブレンドした時にもPPSと6ナイロンとの間に界面が形成されて相分離する。
この時界面エネルギーを安定化させる添加剤を高分子の世界ではコンパチビライザーと呼ぶ。あるいは相溶化剤とも呼ぶがこれも界面活性剤の1種と見なせるが、界面活性剤の教科書にここまで書いてない。
あるいは、これを界面活性剤と呼ぶと高分子を知らない人だという学者もいる。それでは、仮に界面活性剤とコンパチビライザーの中間の性質の界面に影響を及ぼす効果のある物質があったとするなら、これを何と呼ぶのか。
電気粘性流体の耐久性改良実験で見つかった界面活性剤は、水に分散するとミセルを形成し、臨界ミセル濃度も存在したが、他のよく見かける界面活性剤とは少し異なる分子構造をしていた。
アイオノマーとポリオレフィンのコンパチビライザーになりそうな格好にも見えた。すなわち界面活性剤として知られていたが、コンパチビライザーとしても用いることが可能な添加剤だった。
逆に、高分子添加剤の中には、わずかに水和により溶解し分散する添加剤がある。おそらくこのような添加剤は界面活性剤と呼ばれていないだろう。しかし、特殊な用途では、界面活性剤として機能するときがある。
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界面活性剤の機能について教科書には、親水基と疎水基の比率を用いたHLB値というパラメーターで議論するとよい、と書かれているが、同一HLB値でも異なる界面活性効果のあることについては触れていない。
また、水の中に油を分散した場合に用いる界面活性剤(O/W型)と油の中に水を分散した場合に用いる界面活性剤(W/O型)の存在について触れている教科書もあれば、触れていない教科書もある。
ひどい教科書になると界面活性剤について水の中に添加してミセルを形成する話だけしか書いてないものがある。このような教科書しか書けない大学の先生は研究者として失格である。
現実をもっと勉強すべきだが、現実を知らないことを自慢する学者もいたりするので厄介である。昔ならば隠遁生活の研究者はそれなりに価値があったかもしれないが、現代において研究が社会に及ぼす効果を自覚していない研究者は、公的機関の研究者として好ましくない時代となった。
企業でも同様で、事業にどのように役立つのか検討せず研究に没頭する研究者をそのまま放置していては損失を生み出す。40年の研究所生活で見てきた経験を言えば、そのような研究者は善良そうに見えるけれども何かしら問題を抱えている人が多かった。
ゴム会社で当方のFDを壊した犯人も日常では少し変わった程度の人であったが、社会感覚の少しずれた発言が見られた。
このような人にひどい目に遭ってみるとその恐怖を理解できる。これは経験しないとわからない恐怖である。当方が転職してから、「あの人はおかしい」と言ってきた人がいたが、日常の生活でみかけ無害の人である。
界面活性剤ではないが、科学を道具として用いるという社会とのバランス感覚は重要である。17世紀以降に科学は生まれており、連綿と続く人類の経験知の蓄積である社会生活とは、まだ完全な融合がなされてない。
科学一辺倒であった教育界にようやくプログラミング教育という非科学の世界に少し触れられるカリキュラムが用意された。ようやく科学の形式知と非科学的な経験知や暗黙知の重要性に気付くきっかけを日本社会が提供し始めたのだ。
1980年代に科学に対して批判的な著書が多数現れたが、バブル崩壊とともに忘れられたようだ。あれから40年経ってようやくプログラミング教育の導入である。この教育で科学以外の問題解決の道具を学んでほしい。
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主成分分析は因子分析の一つで多変量解析手法である。ビッグデータからそこに潜む因子を容易に整理し導き出すことができる。さらに各因子の傾向について、データ群を説明できる序列まで示してくれる。
「界面活性剤を第三成分と呼べ」と命じられて一瞬目が点になったが、増粘した電気粘性流体と組み合わせた界面活性剤以外の市販されている界面活性剤のデータまで集めて主成分分析を行った。
すでにマイコンは8ビットから16ビットの時代になり、フロッピーディスク以外にハードディスクも普及してきた。MZ80Kで作成した多変量解析のプログラムをLATTICE社の C で書き直していた。
このLATTICE社処理系の良いところは、多数のライブラリーが用意されており、行列演算のライブラリーも当時安価に手に入った。独身時代に8ビットから16ビットに移行したので、自宅のパソコン環境はゴム会社の研究所よりも進んでいた。
さっそく自前のパソコン環境で界面活性剤データを主成分分析にかけたところ、70%の寄与率を有する強力な第一主成分が見出された。
主成分得点を精査したところ、界面活性剤のHLB値に相当する因子であることが分かったが、HLB値の第一主成分への寄与は80%程度であり、市販されている界面活性剤の機能をHLB値だけで説明できないこともわかった。
科学の教科書では今でも界面活性剤といえばHLB値であるが、界面活性剤を特徴ずける因子がほかにもあり、驚くべきことにそれが30%を超す寄与率を持っていた。
第一主成分と第二主成分の象限に各サンプルの主成分得点をプロットしたところ、いくつかの群に分かれ、そのうち最も大きな群は、第一主成分と相関するように広がっていた。
電気粘性流体の耐久性問題を解決できた界面活性剤は、この大きな群から外れたところの群に属し、その広がりには、第一主成分と第二主成分との相関は無く、独立した集団として存在していた。
得られた多変量解析結果は、界面活性剤のビッグデータを用いているので界面活性剤の統計的分類を示しているが、形式知的な界面活性剤と、形式知で説明できない界面活性剤が存在する、と読み解くことができる。
そこで、増粘した電気粘性流体を回復できた界面活性剤は、形式知で説明できない界面活性剤に属していたので、狭義の界面活性剤と第三成分という分類を行うことにした。
マハラビノスのタグチメソッドでも同じような解析が可能であるが、タグチメソッドは統計ではない、というのが田口玄一先生の遺言であるので、科学の世界では統計手法である多変量解析を使うことが正しい。
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来週開講の無料セミナーは2時間枠で2日間行う予定でおり、現在テキストを作成中です。当初予定では、これまでのテキストの使いまわしを考えていたのですが、2日間に分けて行う長所を出せるように作り直しております。
第一日目には、日本企業の多くが導入している、あるいは導入経験のある科学的問題解決法の問題点を指摘し、第二日目には、科学を道具として使う問題解決法について説明したい。
すなわち、非科学的な問題解決法を中心に前回は行ってきましたが、科学的な問題解決法を中心に講義しようと思い、内容を作り直しています。
ゆえに申し訳ないのですが、有料テキストのダウンロードは金曜日とさせていただきたく。
なお、来週の無料セミナーはこれまでと同一内容ですが、テキストは科学論を補強し書き直したものを用意させていただきます。
また、カオス混合を開発した非科学的方法も公開いたします。これは、以前高分子学会から招待講演を依頼されました時に1時間お話しした内容を短縮して公開いたします。混練の知識が無くてもその方法を理解でき、業務に応用可能です。
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技術者は自分を納得させるために科学を道具として活用する。科学的に導き出された結果であれば、現代の技術を開発するためにそれは現代の物差しとして使えるからだ。
統計は、このような場合に便利な科学的道具である。「統計でウソをつく」という本があるように、科学の道具として珍しく柔軟性がある。悪が使えば凶器にもなる。
「女性の何%は**だから、**」という口説き方もあり、恋愛の道具になったりする。科学に毒された女性ならば、簡単に口説くことができてしまうのも統計が科学の道具として愛用される理由でもある。
ただし、女心は秋の空、という言葉が示すように、魅力的な女性は統計で語ることのできない技術者のようでもある。
秋の空のようにその心の変化をつかみにくくとも、現象から機能を取り出す技術者と同じような考え方の背景のようなものが女心にはある。
そこを男性は理解しようと努めなければ、女心に永遠に振り回されることになる。女心を取説に例えた歌に騙されてはいけない。それを信じるのは科学的問題解決法で問題を解きはじめようとする愚行だ。
まず、最初にやらなければいけないことがある。弊社が提案している問題解決法では、多くの科学的問題解決法が教えていない最初のステップを大切にしている。
多変量解析は、大量のデータを処理するときに便利な科学的道具である。女心さえもこれで処理できる、と科学者は誤解する。ただし、処理するときに用いたデータのよりどころ、時代背景を付記することを忘れてはいけない。
江戸時代の女心のデータを多変量解析にかけた結果と現代の女心のデータを多変量解析した場合では、まったく異なる結果になるはずだ。もし一致する結果となれば、それは時代を超えた普遍的な形式知と呼んでも良いような成果である。
このような思惑で、マテリアルインフォマティクスという学問が今流行している。多変量解析だけでなく、シミュレーションも駆使して、科学者たちが一生懸命に、あたかも技術者が科学を道具として活用するように取り組んでいる。
科学と技術の境界線は時代により変化するといった人がいるが、まさか科学者が技術者のような仕事を行う時代になるとは想像していなかった。まさに業務改革花盛りである。
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