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2019.01/19 スーダラ節

1960年ごろに植木等のスーダラ節が大ヒットした。分かっちゃいるけどやめられない、というフレーズが流行語となっている曲で、日本の高度経済成長前の助走段階をうまく表現している。

 

この歌は名古屋で火が付いた、と言われているが、当時名古屋は中小企業が多く、平均年収では全区平均より低い地域だったらしい。酒のはしごも仕事もすべてがスイスイスーダララッタと進んでいった時代で、賃金も右肩上がりで労働者が皆幸福感を味わっていた。今池に黒川、女子大小路にキャバレーが乱立していった時代で、昼間のネオンが子供の目にもまぶしかった。

 

このころのサラリーマンは気楽な稼業だったが、今、サラリーマンは当時よりも職場環境が良くなったにも関わらずスイスイスーダララッタと調子よくいかないようだ。GDPも中国に抜かれた。

 

中国は、10年前よりも給与生活者の待遇は良くなり、去年まで、このスーダラ節のような状態だったが、今年仕事始めに上海まで出かけたが、米中関係の悪化からか少し陰りが出てきた。情報化時代は変化が激しい。

 

植木等に象徴される無責任サラリーマンが当時の世相を表しているのだが、ある意味ではワークライフバランスがうまくいっていた時代なのかもしれない。それが給与が上がり、ワークライフバランスがおかしくなっていったのかもしれない。

 

当方が就職した時の初任給は月給10万円の時代で、無機材質研究所に留学していた時の年収は、300万円台だった。そして転職するときには、家族4人で600万円前後の年収だった。また、肩書も何もなく、すなわち業務の責任は会社から与えられていなかった。

 

当時はバブル時代で、当方の倍の年収になった社外の友人もいた。当方のこの安い給与でも30年続く半導体治工具事業を立ち上げている。経営から見ればコストパフォーマンスの高い新事業立ち上げであるが、給与も安く、肩書も無く気楽だったから、うまくいったのかもしれない。この事業はスーダラ節に火が付いた名古屋の企業に移管されたので新たな発展を期待している。

 

 

 

 

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2019.01/18 恫喝

今ならば役員による恫喝はパワーハラスメントである。新入社員実習の時、当方のグループ発表に対して「大馬鹿モン」と一喝され、しばらく感情的な説教が続いた。

 

これは、明らかなパワーハラスメントである。この役員に回答した当方はじめメンバーは張り付け状態になった。グループメンバーではなかったが、実習発表を聞く立場のU君は、この出来事はじめ社風が合わないと言って配属が決まるや否や退職している。

 

きっかけは、当方のグループの発表内容について、タイヤ設計技術の基本が理解されていないということで、「君たちにとって、発表内容のタイヤとは何か」という哲学的な質問だった。この質問に対して、当方は多変量解析を用いたデータ解析をグループメンバーに提案した責任から、コンピューター解析手法により解明された設計パラメーターで設計されたタイヤと言うような意味を答えている。

 

当時はZ80が発表されたばかりの時代で、コンピューターと言えばIBMの大型コンピューターであり、それを初体験でも使いこなした自負があった(コンピューターの大きさや価格、OSの難解さを考慮すると初対面で自由に操作できた自信が一人前の技術者になったような錯覚になる存在だった)。

 

当時ゴム会社にはこの大型コンピューターが2台あり、その一台IBM3033というコンピューターを使って解析を進めたので、得意げに成果を説明している。この態度が余計にこの役員を刺激したのかもしれない。

 

当方は一瞬メンバー同様シャキッと(不思議なことにこのような音が聞こえた)凍り付いた。しかし、この役員の説教の内容には新鮮な響きがあり、妙に感謝の気持ちが湧いてきた。当方はマゾではないが、役員は科学と技術は異なり、科学で開発をやってはいけない、と説教しており、反発を感じつつもその言葉のパワーが大きいためにその考えを受け入れる以外に道は無く、なぜか気持ちよくなってきた。

 

洗脳とはこのような状態をいうのかもしれないが、発表会がすべて終わり解放されたあとの夜、U君から退職の話を打ち明けられ、その呪縛は解かれている。U君は科学技術こそ技術の理想としており、経験知を重視したような技術で開発を進める様な会社は肌に合わないというのである。

 

その夜、U君と技術談義となったのだが、夜が明けるころには何故か恋愛談議に代わり、技術開発が生活の営みの一部であることを実感している。この出来事で、当方は科学技術という言葉に疑問を持つようになった。学生時代にTDKの役員による講演、科学と技術は車の両輪であるという話を聞いていたことも影響している。

 

新入社員発表会における役員の説教は、発表内容を頭ごなしに全否定し、自分の考えを押し付け、従うように命じていたので、第三者から見ればパワーハラスメントになるのかもしれない。しかし、これがきっかけで技術というものと科学との関係を真剣に考えるようになったことを思うとパワハラと思えないのだ(女子体操選手の気持ちを理解できるが、今の時代はこれでは間違っている,といわれてしまう)。

 

科学こそすべてという現代の教育が間違っているとは言わないが、経験知も重要な発展の動力となっている技術を少なくとも大学課程だけでも教育カリキュラムに入れる必要を感じている。今、経験知をふんだんにフィーチャーした技術本を書いている。

 

経験知の難しいところは、科学的ではない、という点と、ぼーっとしていてはそれを身に着けることができない点である。科学で未解明な現象ならば、試行錯誤の繰り返しでそれを確認しながら経験知を蓄積することになるが、今の時代ならば、科学で既知の現象理解ができない場合には、科学的論理との類似性から導かれる想像で経験知を見つけ出す努力を要求される。

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2019.01/17 稀勢の里引退

稀勢の里(32)がついに現役引退を決断した。和製横綱の引退ゆえかどうか知らないが、昨日朝突然臨時ニュースが流れたのでびっくりした。昨日は地元・茨城県牛久市の「稀勢の里郷土後援会」がバス2台の応援ツアーを実施、95人が両国国技館に駆けつける予定になっていた。

 

初日からその取り組みを見てきてかわいそうだった。本人の意欲が気力に結びつかず、その結果体がついていっていない。素人が見てももう無理だと思われた初日の取り組みだった。二日目、三日目は涙なくしてみていられない状態で、男の裸に涙する自分がおかしかった。

 

サラリーマンには定年がある。この定年は、現在の人間の寿命から考慮すると早すぎる、というので75歳定年制が議論されている時代である。32歳で引退は早すぎる。しかしスポーツの世界は厳しく、もっと早い世界としてフィギュアスケートがある。村上嬢は頂点を極める前にさっさと引退し、芸能界で成功している。

 

稀勢の里のような引退が良いのか、村上嬢のような引退が良いのか、他人がどうのこうの言えないのが引き際である。大関陥落後も相撲を取り続ける力士が増えてきた。しかし、横綱には、引退しかない。どこか組織社会に似ている。

 

出世しなければ、65歳まで働きやすいが、若くして管理職以上になって55歳あるいは60歳で役職定年になり、それ以降組織で仕事をするにはそれなりの努力が必要になる(若い人には分からないかもしれないが)。

 

今派遣社員との賃金格差を埋めるために同一業務同一賃金が叫ばれているが、役職定年後の無役の業務はどのように賃金評価すればよいのか働く立場として考えてしまい、早期退職の道を選んでいる。

 

大企業の社長になったことが無いのでその役目の人が働くことに対してどのような考え方をしているのか興味があったが、今回のゴーン事件における様々な意見を読んでいると、甘い社長が多いようだ。

 

中には経営にも技術が必要であり、その対価として考えればまだまだ安い、という意見を読んでこれでは日本の未来は危ないと感じているのは当方だけだろうか。

 

社長の給与には従業員の血と汗の結晶が詰まっている。中には十分な働きをしているのに賃金が支払われていない従業員も多いのだ。そのような日本の現状を踏まえたうえで、ゴーンの給与を世界水準でみれば、という意見はどこかおかしい。

 

特に日産の場合には、やめたくなくても辞めさせられた従業員が多いのだ。ゴーンは、過去の称賛を伝説とするために、ニッサンをV字回復させたところでやめるべきだった。経営の数値だけで社長を判断してはいけない。経営の数値は、社長として達成すべき最低限の業務である。

 

 

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2019.01/16 成功体験

仕事において成功体験は重要である。どのような仕事にも成功と失敗がある。以前紹介したドラッカー少年の仕事でも早朝のごみ箱探索は一つの成功体験だろう。

 

成功体験を一つでも経験すると仕事に対する見方が変わる。逆に失敗ばかり続けると仕事にやる気はなくなるかもしれない。

 

組織の仕事においてどのような上司でも怖い存在と思ってはいけない。もしおかしな指示をするような上司がおれば、十分納得がゆくまで上司と打ち合わせるべきである。これも経験として重要である。退職の覚悟をいつもしておれば怖い存在は無くなる。

 

上司を怖い存在と思ってしまうと、パワハラという事態が生じる。第三者から見るとパワハラでもパワハラになっていない状態もある。今は第三者から見てパワハラと判定されると何でもパワハラとなってしまうが。

 

昔上司が役員報告をしているときにその横で聞いていたら、ある役員が「女学生より甘い」と当方の上司を一喝した。その後厳しい説教が続いたのだが、この一言は今ならばパワハラだけでなく差別用語ともいわれそうだ。

 

上司に申し訳ないが、その時この役員の古びた表現に吹き出しそうだったことを記憶している。事前に当方はこの考察は言わない方がいいのでは、と上司に告げていたが、上司がそれを言ってしまったのだ。

 

上司は、報告を誠実真摯に行う成功体験を持っていた、誠実が看板のような人物だった。ただ、報告する相手の性格を考えないといけない場合もある。相手の顔を見て仕事をせよというのではない。事業を中心に考えている人の中には、事業の成功と無関係な報告を嫌う人がいる。技術畑でこのような役員の存在は困るが、役員を選べる立場ではない。

 

このような場合に雷が落ちたなら、まず謝っておいた方が良い時がある。事業との関係をきちんと報告できないから謝るのである。仮に論理が正しくても相手が希望していない答えであると相手にそれがうまく伝わらないという点はコミュニケーションの難しさである。

 

日々の些細な報告業務でも成功体験を正しく積み重ねないといけない。誠実真摯に報告することは大切だが、その内容が相手の気分を損ねる場合には、日または報告場所(例えば酒の席)をあらためるなりしないといけない。

 

誠実真摯に行動し、叱責を買うとモラールに一番響く。当方の場合は、サービス残業など一切する気が無くなった。高純度SiCの仕事を担当していた時に、やはり全く仕事をする意欲が無くなったので、定時退社をしている。そして気分を入れ替えるために結婚し、結婚休暇を一か月ほど取得してモラールを戻す努力をしている。

 

その後、私生活とシンクロするようにJVの契約がまとまり、ゆるやかに事業が立ち上がっていった。もし、当方のモラールが下がらなければ、もう少し早くJVをスタートできたかもしれない。やりがい詐欺と異なるケースだが本田先生はこれをどのように表現するのか?また、これはワーク・ライフシンクロになっている。

 

 

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2019.01/15 労働

生きるためには、食べなければいけない。食べるためには、お金がいる。お金がいるので働いて賃金を得る。これは当たり前のことを書いてみただけだが、TVで働く意欲のない若者たちの意見を聞いてびっくりした。あまりにもびっくりしたのでしばらく考えてみた。

 

最近の働き方改革に関する記事で本田教授の意見にもびっくりしたが、どうも世の中は労働に関する価値観を大きく変革しようとして混乱している状態ではないか。

 

誰だってやりたくない仕事があるが、そのやりたくない仕事の中には、先日のこの欄で書いた添加剤の入っていないゴム材料開発のような仕事そのものに価値のない仕事や、仕事から生み出される成果に価値はあるがきつい仕事、賃金が不当に安い仕事(注)などがある。

 

仕事をやり終えても何ら価値を生み出さない場合には、「やらない」決断が誰にも迷惑をかけないので好ましい。しかし、その仕事の成果に価値があっても、やろうという意欲を自分で鼓舞しない限り、やりたい仕事にはならない。やりたくない仕事でもその対価としての賃金が刺激になれば公序良俗に反しない限りやりたい仕事になる。

 

問題は賃金が成果の対価として不当に低いか、0あるいは自分の持ち出しになる場合である。写真会社でカオス混合のプラントを建設したときには、土日を使っての労働でも手当はつかず、交通費等自分の持ち出しだった。また、その仕事が成功しても退職前だったので評価などされないことも分かっていた。

 

すなわち、仕事を成功させても失敗と早期に判断しても、当方の役職や位置づけからどうでもよい仕事だった。しかし、他人から見たら、特に本田教授から見たら、バカではないか、と思われるくらい一生懸命成功させるために仕事をしたのである。その結果PPSと6ナイロンを混練して透明な樹脂が出てきたときには気持ちよかった。すべてが報われた気がした。

 

(注)労働時間と賃金から計算すると高純度SiCの事業化業務や中間転写ベルトの業務などは賃金が不当に安かった業務だろう。中間転写ベルトの業務では終了後役員から早期退職の打診を受けている。一方で環境対応樹脂を2011年までに開発するには、などと相談を受け、55歳から1年早期退職を伸ばし2011年3月11日を最終出社日にしたらひどい目にあった。15時からの最終講演や退職記念パーティもすべてなくなり、帰宅難民となっている。会社のために一生懸命働いても天災にはかなわない。成果を出しても報われず、天災でひどい目にあっている状態でも、やはり若い人には、貢献と自己実現が働く意味だと自信を持って言える。なぜなら貢献と信じなければ天災を恨まなければならない。これは無意味な行為である。中間転写ベルトや環境対応樹脂の成果はセラミックスの専門家だった当方が高分子の専門家を目指した自己実現を達成できた証の一つともいえる。

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2019.01/14 ドラッカーの体験談

ドラッカーは高校卒業後すぐに大学へ進学せず実務の道を選んでいる。この時両親に大反対にあった話も含めその著書で述べているが、面白いのは彼もサービス残業をしているのだ。

 

彼は働く意味として「貢献」と「自己実現」を言い出した人物であるが、それは高卒後初めての仕事でそれが実現されている。彼は編集長の部下として職業人のスタートを切る。日々の仕事は秘書のような仕事だったらしい。彼はそれ以外に自分が会社へ直接貢献できるような仕事を日々探していた。

 

ある日、経理から領収書を探してくれと言う依頼を電話で受けた。そこでゴミ箱から探し出した領収書を経理に持ってゆくと、編集長から細々とした領収書も含め、提出されないことがあることを聞かされる。

 

彼は編集長を観察し、ポケットの中の掃除をする癖を見つけた。編集長の机の横にはゴミ箱があり、そのゴミ箱は毎朝掃除のおばさんが始業前に回収に来ることを知っていた。そこで彼は掃除のおばさんよりも早く出社し、編集長の机の横のゴミ箱の中を整理する仕事をはじめた。

 

この仕事を始めてから、経理から編集長が提出し忘れた領収書を探すようにと言う依頼が無くなったという。ただし、早朝のゴミ箱掃除の仕事についてドラッカーはやりがいの無い仕事とは述べず、自分が担当した仕事の中で会社に一番貢献した仕事であると体験談を終えている。

 

この彼の体験談には仕事のやり方のヒントが隠されているが、それよりも早朝出勤の仕事がサービスである点を今の時代は問題としなければいけない、と本田教授ならば言うのかもしれない。

 

ちなみに彼は現代の労働者を知識労働者とし、肉体労働者と区別している。ドラッカー少年は高卒であり、最初に与えられた仕事は時間勤務の肉体労働であり、その対価をお金で換算するという考え方も出てくるのかもしれない。しかし、ドラッカー少年は、組織における知識労働者として自分の仕事を捉えていた。

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2019.01/13 やりがい詐欺

東京大学本田教授のやりがい詐欺と言う言葉が引っかかっている。サラリーマン時代当方は、どんな仕事でも自分で自分を鼓舞しながらやる気を出して仕事をしてきたが、それ以外に上司はじめ周囲の激励にはそれよりも高いモラールアップ効果を感じてきた。

 

一方どこの会社でもあるかもしれないが、モラールアップした当方に冷水をかける人もいた。このような逆風(注)に対して,例えば高純度SiCの事業化では、意地でも立ち上げる思いで推進し続けた。ただ、いずれの成果の出た仕事でも仕事の対価にふさわしい賃金を頂いたことは無い。

 

ところが、当方の成果で恩恵にあやかった人たちは多い。日本化学会技術賞では、ゴム会社で全く無関係の事業を創り出したのだから最も貢献したのだろうと思っていたが、そこに名前は無い。代わりに電気粘性流体を担当していた人物の名前が入っている(公開情報からだけでもそれがわかる。またメンバーに入っていなかったから、当方に審査の依頼が来ている。このとき、おもしろいドラマがあった。)。電気粘性流体は大きなプロジェクトだったのでそれがつぶれたときに高純度SiC事業は助け舟になったことが理解できる。

 

このようなことを書くのは、いろいろとサラリーマ時代に痛い目にあったとしても、仕事を行うときに対価としての賃金以外にやりがいが無ければ人生の思い出として残るような仕事(人生の一番良い時間帯で仕事をしている時間と睡眠時間が大半を占めている。この事実を知るとお金だけで仕事を見つめる考え方が如何に人生にとってマイナスかが理解できるかもしれない)はできない。やる気もおこらず、嫌だった仕事も人生にはあったが、それらはすっかり記憶から無くなっている。

 

電気粘性流体の仕事では、増粘問題の解決や電気粘性効果に重要な3種のモデル粒子合成、難燃性油の業務の記憶はあるが、これらは極めて短時間で行われた業務である。それ以外のお手伝いとしてやらされた多数のつまらない仕事は忘れた。

 

Li二次電池のお手伝いについても、同様にすっかり忘れていたが、二次電池に関するセミナー依頼をされて、かつて福井大学電気化学講座の客員教授を依頼された背景とともに少し思い出した。ブルーレイ用レンズ開発もポリオレフィンにポリスチレンを相溶させた実験の思い出はあるが、主担当者に、このままでは失敗するからガラスでやったほうが良いと言い続けて迷惑がられたことも含めその他は忘れた。

 

やりがい詐欺という言葉が引っかかるのは、やりがいを持って行った仕事の楽しい記憶はあるが、そうでない仕事は忘れている、という体験からだ。これはどうでもよいことだが、やりがいの起きなかった仕事はすべて事業になっていない。やりがいはどのような仕事でも重要、とはドラッカーの言葉だが、引っかかっていることについて文字数の関係で今日はここまで。

 

おそらく、本田教授はドラッカーの考え方にも否定的かもしれないが、ドラッカーの基本思想は脱資本主義にある。そこには知識労働者が重要な資本で社会の中心にあり、事業の成否を決めるという考え方だ。ゴム会社で半導体用高純度SiCの事業が生まれ、それが30年以上続いた事例は高校生の時から読み続けたドラッカーの思想を具現化したものである。

 

(注)Li二次電池のテーマがセイコー電子工業とのJVとして事業化されたときに、当方はそのグループのメンバーとされた。そして上司から、ファインセラミックス研究棟内の設備を廃棄し、電池事業のための場所を提供するように命じられている。しかし、このような命令に対して役員の方に相談したところ、高純度SiCの事業化テーマは生きていること、また当方の異動は電池事業化のための短期的措置とのことを聞き、上司の命令に対して不動を決め込んだところ、いつの間にかLi二次電池の上司から解放された。それ以外に、他部署に間借りしていた設備について、勝手に廃棄処分されたり、極めつけはFD問題であった。今職場のセクハラやパワハラが問題とされ、社会全体で職場問題を取り上げているが、当方のような辛く楽しい体験もある。設備を廃棄せよ、と言った上司やFD問題はいわゆるパワハラかもしれないが、そのパワーに対してやりがいパワーで抵抗している。もっとも会社方針テーマという錦の御旗があったので、誠実真摯に行動すれば、直属上司と言えどもその活動を止めることはできなかった。当方が転職の決断をするまで職場の問題の深刻さに気がつかなかった役員にも少し困ったが、これがなかなか見えないものであることは、見える化運動の遠藤先生から学んだ。

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2019.01/12 研究開発の投資タイミング

昨日中間転写ベルトの開発実話を書いたが、そこで8000万円の投資をセンター長が約束してくれた、とコンパウンド工場の投資額を書いている。しかし、コンパウンド工場の建設費としては安すぎるので奇異に感じた方がおられるかもしれない。これはすべて中古の設備で、子会社の敷地に建設したから安くできた。

 

但し、それでも利益の出ない金額である。さらに工場建設ならば設置場所との調整も含め設計期間も含め通常短くても1年以上かかる。また、8000万円の投資約束には、もし、目標とする中間転写ベルトができたなら、という条件付きなので、もし失敗していたら投資はされなかった。

 

このあたりの詳細は書きにくいこともあるが、これは実話であり、この開発過程で法に触れることがあるとしたならば当方の過重労働とコンパウンド工場建設計画が社内で知れ渡り、次第に大きくなっていったパワハラもどきの叱咤激励だけである。センター長の決断力と人柄がすべてを成功させたとしておきたい。すなわちセンター長の投資約束と人柄が無ければ中間転写ベルトは完成しなかった、といえる。

 

ゴム会社の高純度SiCについては2億4000万円の投資を頂き、高純度SiC生産のパイロットプラントと研究所の建設を行っている。SiC生成の速度論を研究するための超高温熱天秤もこの投資のおかげで開発できた。当時2000℃まで1分未満で昇温可能な熱天秤が無かったので自分で開発する必要があった。

 

この投資は当方が無機材質研究所へ留学してから一年以内に決定されている。だからこの投資は先行投資となる。一方、中間転写ベルトの開発では、半年以内に研究開発ステップのすべてを消化してから投資を受けているので、開発期間とその価格には常識はずれな点はあるが、形式上は一般投資である。さらに、各ゲートごとのデザインレビューの審査書類はすべて残っている。

 

これらの書類には捏造データはなく、各審査過程の詳細や差戻も記録されている。但し、その記録に書かれた差戻理由は優しい言葉になっており、審査中の針の筵状態の香りは、残念ながら残っていない。すべての書類は当方と部下の課長とで作成しているが、寝る時間などほとんどなかった。単身赴任中のアパートは事務所となった。

 

高純度SiCについては、過去にこの欄で詳細を書いているが、留学して半年後に人事部長からかかってきた電話のおかげで一週間だけ所長からプレゼントされた研究期間の実施成果が基になって先行投資が決まっている。すなわちたった数十ミリグラムの黄色い粉を見て社長が決定している。

 

写真会社のセンター長とゴム会社の社長とどちらの勇気があるのかと言えば、ゴム会社の社長だろう。一応センター長には当方のアイデアにより実現した中間転写ベルトの実物があった。但しそれを成形するためのコンパウンドを製造するための、手元にあった設備は二軸混練機でもなければカオス混合機でもなかった。押出成形機だけである。しかし、常識外れの押出機の操作と言う力技で一応理想とすべきコンパウンドができていたのだ。

 

一方、ゴム会社の社長には数十ミリグラムの黄色い粉しか見せることができなかった。あとは無機材研の先生方のご指導や世間に溢れていた夢の情報をちりばめたプレゼンテーションの資料だけである。社長も夢を買ったつもりで投資する、と話されていた。しかし、この社長の決断で30年以上続いた事業の研究開発体制が整った。社長は故人となったが、事業は30年後も生き続け他社へ業務移管となった。

 

 

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2019.01/11 研究開発部門の企画(6)

写真会社を退職前に担当した、PPS・6ナイロン系材料を用いた中間転写ベルトの開発では、中途採用1名と退職前の技能職1名で、本来の企画には予定されていなかったコンパウンド工場建設を問題解決型企画として立案し推進している。

 

これでも過重労働が発生している。当方は豊川へ単身赴任中、土日のほとんどを東京へ戻り、根津の会社の協力を得ながら、カオス混合技術開発に費やしている。ちなみに当方は名古屋に実家があり両親からは、名古屋に戻ったほうが安い、と嫌味を言われるような親不孝をしたことが後悔として残っている。

 

しかし、科学に反する技術の開発であり、成功を確信していたのは当方と8000万円の投資を約束してくれたセンター長だけだった。単身赴任したばかりの当方を信じていただけたことと根津の中小企業の社長の心意気が無茶な仕事のエネルギーとなっていた。

 

そして、世の中には存在しなかったカオス混合技術と、さらにフローリー・ハギンズ理論すなわち科学では否定されるポリマーの組み合わせの相溶系材料の創出を過去の経験知と成功体験を頼りにして開発を進めた。おそらく実務における人との交流で得られる喜びと言う対価を東大本田教授には理解できないだろう。

 

部下の課長は、中間転写ベルトプロジェクトは従来方針で進めますから安心して頑張ってください、と当方の行動を黙認してくれた。やさしく訳も分からず応援してくれる人たちがいるだけでも幸せ(?)だが、小説でもないのに社外からも助っ人が得られる状況で失敗するわけにはいかない。自然とモラールは上がるが仕事の対価としての個人の金銭面は交通費も含め赤字となり、実質賃金は目減りする一方だった。

 

新規コンパウンド開発とコンパウンド工場立ち上げには、少なくとも6人工数で1年必要なところ3人で半年間という短時間企画なので異常なパワーを発揮しなければならないのは当然である。

 

この時の企画は、働き方改革が叫ばれている今ならばありえない仕事の進め方だった。しかし、健康には気をつけた。常に健康第一で過重労働を行っている。休むときには二人のメンバーとともに大いに休み、仕事の遅れはリーダーである当方がすべて請け負っている。

 

 

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2019.01/10 研究開発部門の企画(5)

研究開発部門の企画には、経営方針に基づく大きな企画と、その企画を推進してゆく過程で発生する予定外の問題を解決するための問題解決型企画が、必ず必要となる。

 

研究のための研究を進めてゆく限りにおいては、その必要は生じないが、事業化を考えたときには必ず問題解決型の企画が一つや二つは出てくると思う。換言すれば、それが出てこない場合には、当方の経験では事業について研究開発段階で十分に検討していないことになる。

 

酸化第二スズゾルの帯電防止技術では、知財部から指摘を受けて企画段階から問題解決型企画が飛び出した。ゆえに企画を練り直すことになったが、企画段階から常に「それがどのような事業になるのか」を問いながら進めることは、ドラッカーに言われなくても心掛けねばならない。

 

この心がけで立てた企画に対しては、スタート当初に十分な経営資源を確保してから進められるが、企画推進過程で突発的に発生した問題の解決のために、どうしても他の企画を推進しているメンバーを動員しなければいけない事態になる。

 

その時、「経営資源が乏しい大企画を推進しているメンバーを動員」することは避けるべきである。かならず過重労働を強いることになるからだ。

 

とりわけ、一人で事業化推進を行っているいる人は責任感が強いので、そのような人物を動員するからには、法令違反も含めそれなりの決意が必要となる。しかし研究部門では、このようなことを軽く考える人が多い。人材がいない場合には、頭脳だけを借りる、という方法もあるが、これも注意して行わなければ過重労働を生み出す。

 

このような場合に弊社を活用するのが、今の働き方が問題とされる時代に賢明な手段である。多数の会社に一度に来られると困るが、そのような場合には弊社から予定を提案させていただいている。弊社でどのように仕事を進めるかはこの活動報告に書いているような仕事ぶりである。今年の仕事始めは中国で現場仕事からスタートしている。

 

 

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