最近の話題としてアクセルとブレーキの踏み間違いによる悲惨な事故がある。ネットでは事故後の運転者の扱いの差異から上級国民というキーワードが飛び出しており、問題の本質から視点がずれているように思われたので、本日取り上げてみた。自動車会社の技術者にはぜひ読んでいただきたい。
一連の事故の本質的問題は、自動車の進化過程で、自動車の基本機能「走る」、「止まる」、「曲がる」の3要素における「止まる」が軽視されてきた点にある。
40年以上前、自動車学校で車を止めるときの動作として、「アクセルから足をはなす」→「クラッチに足を乗せる」→「シフトダウンする」→「ブレーキを踏む」→「クラッチを切る」→「ブレーキを力いっぱい踏み車を止める」と習った。止める動作は、基本3要素の中で最も手間のかかる作業、あるいは「走る」や「曲がる」とは明らかに異なる動作になり、止めるときに足はアクセルから離れるように昔の車は設計されてきた(アクセルから足を離さなければ、車を止められなかった、これが重要である。日産リーフのすごいところはこれを実現している点だ)。
これは、教習所の第一段階の試験で1回落ちたときの理由だったのでよく覚えている。すなわち、この試験の時にエンジンブレーキをかけずにブレーキだけで停車したことが大きな失点となり落第している(ただし、この時瞬間的にクラッチを切り、エンストを防いでいるのでOKと誤解していた。すなわち、止まればよいとだけ考えていた。教習所の先生に教えられた、止めるときにアクセルから足を離す動作を体に覚えさせる深い意味を考えていなかった。車を止めるときには絶対にアクセルから足を離すこと、そのためのエンジンブレーキと強く言われた。)。
この失敗以来、必ずエンジンブレーキをかけて停止するように心がけてきた。このためオートマチック車に乗ってもエンジンブレーキをかける工夫をして気がついたことがある。この30年の車の進化過程でエンジンブレーキの「車を止める人の動作に果たす役割」を自動車メーカーの技術者が忘れかけてきていることである。
例えばハイブリッド車や電気自動車では、エンジンブレーキではなくエネルギーの回生システムがその役目を担うようになり、自動でブレーキがかかるようになっている。これは「安全」の視点では「止める」技術が後退(注)していることを意味している、と当方は捉えているが、これを補間する技術開発を日産以外のメーカーは忘れてしまったようだ。
日産の電気自動車は、1ペダルであり、車を止めるときにはペダルから足を離せば自動車が安全に車を止めてくれる先進的なシステムだ。これについては、試乗してさすが技術の日産と生まれて初めて感じた。
すなわち、「車を加速する」動作と「車を止める」動作を明確に異なる動作に分けている。ただ、このペダルが踏みやすい位置にあるのは問題だ。安全を優先したら踏みにくい位置にすべきである。万が一を考えて、リーフを購買対象から外した理由である。
1年ほど前に車を購入するとき、ハイブリッド車に試乗したが、エンジンブレーキを自分で制御できないのでやめた。最近はパドルシフトが流行しているが、これもついていない車だった。営業マンにエンジンブレーキの話をしたら、ピントのずれたエネルギー回生システムの説明をしてくれた。
すなわち、ハイブリッド車はブレーキを踏む以外に車を減速し止める手段が無いばかりか、加速する動作と止める動作が同じ動作になる欠陥車と呼びたくなるような車なのだ(「止める動作と走る動作を明確に異なる動作にしたハイブリッド車」は、特許調査をしたところ出願可能なクレームだ。)。
さらにアクセルを緩めれば車は回生ブレーキが働き減速させることができるが、足は常にアクセルペダルに乗っている。これは「車を止める動作」と「加速する動作」に区分けが無く「大変危険だ」と思った(と、同時に特許を出せる技術につながるとも思ったが、自動車の安全を願いやめている)。
減速動作と加速動作が同じペダルで行われ、減速動作から停止動作に移る時に、停止動作だけを意識することになる。停止動作に移る前に「アクセルから足をまず離す」という安全につながる動作を車が要求していないのだ。
さらに説明を加えれば、ペダルこそ違ってはいるが、加速動作も停止動作もペダルを踏むという同じ動作になっており、ペダルを間違えたなら大事故につながる仕組みが現在のハイブリッド車である。なぜこのような点に開発過程で気がついていないのか不思議だ。Fun to drive が「不安とドライブ」に聞こえてくる。
少なくとも車を減速し止める動作になる時には、アクセルから足をいったん離すことを義務づける動作になるよう車を設計すべきである。トヨタのハイブリッド車は、この視点で当方にとっては欠陥車のように思えたので、営業マンに「これでは走る棺桶だ」と皮肉を伝えている。
ジュークに試乗し感動したのは、安い車なのにオートマチック車でありながらマニュアルモードが付いている。実は、これまでオートマチック車に乗りながら、エンジンブレーキをかけるのに不便をしていた。
ODスイッチを切って減速してから、オートマチックレバーを一段下げる、という面倒な動作である(だから進化の過程で、技術者が「止まる」機能を軽視しているとみなした。どうしてエンジンブレーキをかけるのに複雑な機構にしたのか不思議だ。)。自動車を止めるのにかなりの手順を踏んでおり、オートマチック車=不便な車という認識だった。しかし、この不便が身についた結果、車の運転時には「止まる」動作を間違えない習慣が身についた。車を止めるときには、絶対に足がアクセルペダルから外れ、ブレーキペダルに足が添えられている習慣だ。
ちなみに、ジュークの4駆にはマニュアルモードがついており、しかも7速である。こまめにエンジンブレーキを動作させるのだが、この時足はアクセルから自然にはなれる。ハイブリッド車や電気自動車は、その「止まる」動作について少し研究をする必要があるのではないか。
プリウスで暴走事故が多いのは、「止まる」動作について「走る」動作と明確に区別をした日産車のように工夫されていない点にある、と試乗した体験から思っている(素人が感じたのだから欠陥構造と言ってもよいかもしれない)。だから年寄りはハイブリッド車の運転を「絶対に」やめる「べき」である。ハイブリッド車は年寄りにとって「棺桶」ではなく、「走る」動作と「止める」動作を間違える可能性が高い「走る凶器」となりうる。
(注)もし、「止まる」動作を自動ですべて行うならば、車が止まらないことによる事故の責任は100%自動車メーカーになる。おそらくこのようなリスクのある車を自動車メーカーは販売しないだろう。リーフでは、「止まる」動作について、アクセルから足を外すことを求めている。「止まる」動作についてハイブリッド車の様な中途半端な自動化は、運転者の「止まる」動作に対して感度を落とす危険性を生み出す。安全な車とは、運転者が動作を間違えることなく車を止められるようにした車だ。少なくとも昔のマニュアル車はそのように設計されていた。すなわち、一般路の走行では、いきなりブレーキを踏むとエンストを起こし、必ず車は止まった。今車を設計するならば、ブレーキは足の操作で行い、加減速は手で行うメカニズムの車が理想ではないか。30年前のプレリュードXXには、ハンドルにアクセルスイッチが付いており、これで加速できた。加減速を足で行う必要はあるのか?左足ブレーキというアイデアもあるが、踏み込む動作が共通なので危険である。ブレーキを足で踏みこむ動作にしたならば、アクセルはそれと異なる動作にすることは、今の電子化された車で容易ではないか。電気自動車で1ペダルを実現できたのでハイブリッド車でも1ペダルは可能だと思う。同じ動作でペダルだけが異なる現在のハイブリッド車の仕組みは、認知機能の衰えた老人でなくても踏み間違える危険性がある。アクセルから足を外す動作を人間に要求するような機構にカイゼンすべきである。
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「家を建てるなら」と題して、工務店社長が気を利かせて造ってくれたオーディオルームのおかげで当時流行していた「オーディオ」という趣味にハマった体験を連載で書いている。
当時、家電業界だけでなくオーディオの専業メーカーが雨後の竹の子のごとくオーディオ界に参入していた。家電業界は普及価格帯の製品に力を入れ、専業メーカーは金に糸目をつけず先端技術を取り入れた製品を市場に投入していた。学食でカレーライスが100円の時代に100万円台のスピーカーやアンプが登場している。
家電業界のオーディオへの取り組みの面白さは、そのブランドの名前にみることができる。例えば東芝電機は音の神様をイメージした「オーレックス」、これに三洋電機は、大阪のノリで音をそのままブランド名にした「オットー」、技術こそ命と家電開発をしていた日立は、低歪という性能から「ローディー」というブランド名をつけていた。松下電器は「パナソニック」、ソニーはそのままでテープデッキのデンスケは大ヒットした。
オーディオ専業メーカーは、今は無き、「サンスイ」、「アカイ」、「トリオ」、「ナカミチ」はじめ大小多数のメーカーが日本に誕生し、「ローテル」は早々とヨーロッパへ活動の拠点を移し、今やグローバル企業になって社長は外人である。
とにかく店頭でその音を聴く限り、価格に相関した良い音がしていた。当時カローラが100万円以下で購入できた時代に、1セットが車より高いオーディオセットについては感覚的に高すぎると誰もが思っただろう。
視聴しても高級品の半額程度の我が家のオーディオセットとの違いが判らなかった。当時の技術において音場感は重要なファクターであり、部屋の設計をどのように工夫したらよいのかというノウハウが重要と言われていた。すなわち、高級オーディオでも設計の悪い部屋ではその実力を十分に発揮しないことが知られていた。
そのため装置の使いこなしに関するオーディオ評論も盛んで、多数のオーディオ雑誌が誕生している。今は「stereo」はじめ3種類程度しかないが、当時書店の雑誌コーナーには多数の新刊が登場していた。
高度経済成長の波に乗り、オーディオと言う趣味も普及してゆくのだが、面白いのは音楽を聴くためだけでなく、良い音を再生できる機器をそろえることだけが目標の趣味人も登場したことである。
当方はレコード代の出費が膨らむとともにオーディオバブルに疲れて機器への興味が薄れていったが、最高の機器を目標とする人たちの中には、スピーカーやアンプを自作する人たちが現れた。
長岡鉄夫はその代表的スターで、死後教祖のように扱われている。その門徒は今も健在で音工房Zは自作が趣味の人たち向けにスピーカーのキット販売を行っている。先日土曜日は、そのミサの日のようでもあった。
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昨日スピーカーキット及びその完成品を販売している音工房Zの新作視聴会に参加した。まずお決まりのハイエンドオーディオスピーカーとこの会社のローエンドスピーカーとの比較試聴テストで始まった。
これが楽しみで参加しているのだが、昨日は音工房Zの3万円もしないスピーカーと300万円以上もするJBLハイエンドスピーカーK2S9800との聴き比べである(やや過激な企画である。結果次第では高いスピーカーなど誰も買わなくなる。)。
価格はおよそ100倍の開きがあり、これまでの比較試聴では最大の価格差だと思う。しかし、これだけの価格差があっても10問中3問間違えた。
比較試聴ではブラインドテストでどちらのスピーカーが鳴っているのかわからない状態で好きな音を選ぶアンケートだが、いつも好きな音ではなく高い方のスピーカーを選ぶ努力をしている。
驚いたのは安いスピーカーのボーカルの美しさである。JBLはオバQのような口になるのだが、安いスピーカーでは、きっちり人間の口の大きさで聞こえるのだ。
普段このような比較試聴をしないので気がつかなかったが、スピーカーの性能の一つ、音の定位感の重要性を再認識した。
楽器の数が多い演奏では、低域の効果もあり、高価なスピーカーを容易に選ぶことが可能だが、中高域主体の音源では、安価なスピーカーと高価なスピーカーの差はほとんどわからない。むしろ定位感において安価なスピーカーに軍配が上がる。
この比較試聴で毎度感じるのは、いかなる音源でも完璧に再生できるスピーカーなどこの世にない、ということだ。これは50年近く音楽を聴いてきた経験から自信を持って言えるし、各種ブラインドテストの結果を見ても数値としてそれが現れている。
弊社の事務所では、昨年評判になった音楽之友社付録マークオーディのスピーカーを音工房Z設計のキット(バーチベニヤ版)の箱に入れて使っている。その音はB&Wの30万円前後のスピーカーに十分勝っている、と感じている。
当初B&Wのスピーカーを事務所に置くつもりだったが、節約のため単身赴任中に使っていたオルトフォンのスピーカーをROTELのアンプで鳴らしていた。しかし、音工房Zの視聴会でマークオーディオスピーカーの音を聴き、事務所のオルトフォンスピーカーよりもはるかに安くて良い音に聞こえたので、すぐに購入した。
このスピーカーの箱についてはアマゾンで9000円程度でMDF製の同社のキットが販売されている。今回マークオーディオの付録スピーカーが単品販売されるということでこのMDF版のキットも昨日産地直売で購入してきた。
実はバーチベニヤ版は前回の視聴会でMDF版より良い音に聞こえたので購入したのだが、箱の材質がどの程度音に影響するのかもう少し細かく聞き比べてみたいと思い、ゴールデンウィークに組み立ててバーチベニヤとの比較をする予定でいる。
なお、このスピーカーボックスは吸音材を入れない設計になっているが、バーチベニヤ版では少し吸音材を入れたほうが音が明瞭になった。そのためMDF版よりも良い音に聞こえたのはこの響きが原因ではないかとの疑いを持つにいたった。
バーチベニヤ版は吸音材が無くても十分にきらびやかで実用的な音だが、聴きなれたクロスオーバーでは響きすぎてややうるさく感じる。
これを改善するために100円ショップのポリウレタンたわしを箱の中に貼り付けたところすっきりした音になった。ゆえにMDF版よりバーチベニヤ版が良いと感じたのは錯覚で、本当はMDF版が良かったのではないかと疑いだしたのだ。
昨日新商品である16cmスピーカーのPRが行われ、旧製品である10cmスピーカーよりもスケール感のある音で欲しくなったのだが、この疑問があったために思いとどまることができた。
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知識労働者の出現がドラッカーの著書の共通したテーマである。もし初めてドラッカーを読まれる方がいたなら、その読む姿勢として、知識労働者の在り方を考えながら読んでいただきたい。
今、日本中で働き方改革が叫ばれている。一方AIの出現でホワイトカラーの職が無くなる、などという書き物が多い。そしてロボットの導入に反対する労働者の様子なども報じられている。
ドラッカーの書にはこのような話ではなく20世紀末に新しく出現した知識労働者について、脱資本主義の視点で議論が展開されている。
マネジメント論は、マネジメントのやり方というよりも知識労働者の働くモチベーションの様な意味合いが強い。これをマネジメントの指南書として読むと難解な意味になってしまうかもしれないが、知識労働者の働き方のコツの様なイメージで読むとわかりやすい。
知識労働者の成果とは、他の知識労働者がそれを活用しなければ成果とはならない、と明確に働くときのコツを述べている。仕事があるから労働が必要ではないのである。
知識労働者が働くことにより、仕事が社会に生み出されてゆくのである。ドラッカーはこのことを膨大な著書の中で述べている。AIやロボットの出現により仕事が奪われるという発想は前時代的であり、AIやロボットを活用しなければ仕事を生み出せない時代になったのだ。
組織とは知識労働者が効率よく成果を出すためのシステムであり、もし、AIやロボットの普及が労働者の意欲を沈滞させるとしたならば、それは組織が悪いのだ。むしろ知識労働者の根源的なモチベーションがそれにより上がってゆくのが正しい現代の組織の在り方だ。
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シリコーン類は、金属ケイ素を原料にしてジメチルシラン類を合成し、それらを原料にして様々な化合物が合成されている。SiC繊維の原料となるシランポリマーの主鎖はSiだがシリコーンポリマーの主鎖はらせん構造をとる柔軟なSiO結合だ。
だから、線状シリコーンポリマーはゴム弾性を示す。ややこしいのは架橋密度が上がり、ゴム弾性を示さない物質はシリコーンレジン(樹脂)と呼ばれていることだ。
C-C結合を主鎖に持つ一般の有機ポリマーの樹脂とはTgが室温より高い物質が樹脂と呼ばれているから、これはシリコーンゴムの架橋密度の高い物質と呼んだ方が分かりやすい。
しかし、エラストマーとしても用いられるポリエチレンが樹脂と呼ばれたりしているから、これらの物質を眺めると、樹脂とかレジンと言う呼称が室温において弾性を示すかどうかという視点がわかりやすいことに気づく。
ところが、熱可塑性エラストマー、TPEという物質が存在したりするので、この議論をますます難しくする。そもそも、レジンとエラストマーを同じ土俵で定義されていないのではないかと思えてくる。
技術者の間でもこの感覚が異なるから、高分子と言うものが難しく見えてくる。エラストマーと感じた物質をレジンと言われたりすると、当方は未だに不気味になる。
これは地下鉄の電車をどこから入れた、という三球照代の漫才ネタと同じではない。学会が整備しなければいけない言葉の問題だ。
さて、言葉の問題は漫才同様に結論が出にくいが、シリコーンレジンについて有機置換基の量が少なくなると可撓性が低くなり、硬度も高くなることが経験的にわかっている。すなわち、硬いシリコーンレジンを製造したいなら有機置換基を少なくすればよい。
また、有機置換基の芳香環の割合が増えると、可撓性が高くなり、柔らかいシリコーンレジンになる。すなわち置換基の量と芳香環の割合を制御しながら様々なシリコーンレジンが合成されている。
合成法は、有機ポリマーよりも簡単で分かりやすいが、ここに物性コントロールをするときの落とし穴がある。すなわち、可撓性が高く柔らかいシリコーンレジンを設計したつもりだが割れやすかったりする。
この問題の答えはここで書かない。ご興味のある方は弊社に相談して欲しい。本日の内容だけでも勘の良い人ならばすぐに理解できる。無機高分子研究会というのがあるが本来こうした問題をもっと多く議論してくれたなら面白いのだが。
カテゴリー : 電気/電子材料 高分子
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昨年台湾ITRIから講演依頼を受けてから、すでに3回シリコーンに関して講演を行った。ケイ素化合物の反応を初めて扱ったのは大学4年の時で、トリメチルシリルメチルグリニア試薬を合成し、ジケテンを開環する反応である。
グリニヤ試薬は極めて反応性が高いので-20℃以下に冷却してエーテル溶媒中で行う。少し危険な実験で、設備が整った実験室でなければ行えない反応である。大学院に進学後は、ケイ素ではなく3塩化リンを相手に合成実験を行ったが、こちらはやや反応がマイルドで室温で行えた。
さて、シリコーンを事業としている会社の大手は、何らかのケイ素源を持っている。例えばこの分野で日本最大の信越化学は、シリコーンウェハーもその事業の一つとしており、低コストでシリコーン類を製造可能なはずだが、シリコーン類は、他の高分子に比較し、高価である。
昔からシリコーンポリマーが高価格だったことは問題となっており、水ガラスから新たなシリコーンポリマーを合成する試みは古くからおこなわれてきた。40年ほど前、大阪工業試験場椎原先生は水ガラスからシリコーンポリマーの様なエラストマーを合成し、新聞発表され関係者を驚かせた。
しかし、その時の水ガラスエラストマーは、水を含んでいることで弾性体となっていたので、耐久性のないエラストマーだった。すなわち乾燥雰囲気化に長時間放置するとゲル化し、弾性を示さなくなった。しかしこの実験で多くの人が水ガラスの中のシロキサンがポリマーであることを十分理解することができた。
ゴム会社に入社後、この椎原先生の実験が気になって、水ガラスからケイ酸ポリマーを抽出する実験を行っている。THF-ジオキサン混合溶媒でケイ酸ポリマーを抽出したのだが、すばやく処理を行わないとゲルが沈殿し、扱いにくかった。
そこで、フェノール樹脂との複合化を行ったところ、電顕でシリカ粒子が観察されない有機無機ハイブリッドを製造することができた。ただ、Na不純物などが残っており、水ガラスを使用していては高純度化が難しい、と判断した。
そこでこの発明はTEOSとフェノール樹脂との反応に展開されてゆくのだが、今度はフェノール樹脂とTEOSとを均一に混合できない問題が生じた。ここから先はすでにこの欄で書いているので省略するが、いずれの話も特許出願されているが、現在の特許庁のデータベースでは、このころの特許を収録していないので調べることができない。
カテゴリー : 高分子
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オーディオという趣味はお金がかかる趣味である。また、自然の音を電気で再現することの難しさを考えると、ゴールのない趣味である。
そもそも趣味にゴールを考えるのはナンセンスであるが、自分ですべてをコントロールできず、金さえあれば欲求が満たされてゆくような趣味は、麻薬のようなものだ。
卒業研究に取り組み、趣味であった化学実験を思う存分できる環境ができたときにそれに気がついた。卒業研究は一生懸命取り組むと指導担当の先生(助手)から褒められて、次々と新しい論文を読むように勧められた。
当時天然物の合成がブームであり、またTVでは小椋佳作詞作曲で布施明の歌がヒットしていたので、シクラメンの香りの合成を目標にしていたのだが、発表されたばかりの新反応を取り込み半年もかからず清々しい香りが実験室に充満するようになった。
指導されるがままの、アルバイトの回数も減らし夜遅くまで実験をしていたので、今でいうブラック企業のような環境だったかもしれないが、無料で腹いっぱい実験ができる楽しさはオーディオよりも最高の趣味に思えた。
出版されたばかりの雑誌に発表された新反応を自分で開発した化合物に応用しながらシクラメンの香りを目標に反応条件を検討する楽しみは、初めて有機合成を担当した学生には最適なテーマだった。
自然科学という学問の良いところは、対象が自然現象である点である。ところがオーディオという趣味は、ハイファイ再生装置を開発している人は楽しいかもしれないが、その成果を金で楽しんでいる立場では、どこか満たされない部分が残る。
この満たされない部分を考えてゆくと、「ブラックボックスをお金で購入している」という行為をどのように考えたらよいのか、という問題にゆきつく。そもそもブラックボックスを解明したいという欲求が強かったので子供のころから科学にあこがれたのである。
工務店社長が気を利かせてくれたおかげでオーディオという趣味に足を踏み入れたが、当方の性分には合っていない趣味であると気がついた。すなわちアルバイトで稼いだお金の大半を投じたにもかかわらず飽きたのである。
初めてのアンプは、OTTOのマルチアンプ。帯域ごとに独立したアンプでスピーカーを駆動するので良い音がした。しかし、ONKYOインテグラの迫力あるステレオ再生を聴き、マルチアンプでなくてもよいことに気がついた。
アンプを換えたらスピーカーが物足りなくなった。25cmウーファーよりも30cmのほうが低域再生に優れている、ということでパイオニアの30cm3wayスピーカーへ買い替えた。ツイターにはマルチセルのホーンがついていた。
音量を上げたら家が揺れたような気がした。30Hz以下まで出るとスピーカーの仕様書には書かれていたが、映画「大地震」のサントラ盤を聴いたときに映画館以上の迫力にびっくりした。
これは、お金の成果である、と低周波が聞こえたときに、ややむなしさを感じた。お金をかければかけただけの成果がでるのがオーディオの世界であり、その果ては無く、ブラックホールの様な趣味なのかもしれない。
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最近の話題として人材不足がある。一時期高齢者のリストラが話題になったが、最近はその高齢者も引っ張りだこだ。他社から依頼されて人材を探してもなかなか見つからない。
また、人材不足の要因の一つとして、新入社員が30%前後恒常的に3年以内に退職していることが原因ともいわれている。新卒者がこの割合で退職しているのなら、中途入社は、と調べてみたら、新卒者の様なデータはなく、様々な数値が出てくる。しかし、近年中途入社の早期退職が増えている傾向だそうだ。
新卒者が30%前後の安定した数字ならば、30%多くとれば解決するが、中途入社の場合にはそのようなわけにはいかない事情がある。すると中途入社組をどのように定着させたらよいのか、という問題が重要となってくる。
当方も写真会社に中途入社し、転職直後バブルがはじけたために転職先の組織がリストラされ、その時に次の転職を考えた経験がある。またバブルがはじけても声をかけてくださった地方の会社が4社ほどあったので、家族に話せず大いに悩んだ。
今から思えば、なぜあの時転職していなかったのか不思議である。外部から引きがあり、内部では押しがあれば転職を考えてしまうのは当然だが、もし転職していたなら異なる人生になっていたのでは、と思いを巡らせたときに中途入社組の定着を高める秘策を思いついた。
中途入社組の定着率を悪くしている原因として、中途入社組に対する研修内容がある。そもそも中途入社組に対して写真会社のように研修を行っていない会社もある。当方は転職してびっくりしたのは、いきなり配属されセンター長付主任研究員として業務をしなければいけなかったことである。
午前中総務課長から簡単な説明があった程度でほかに何も指導は無く、午後配属先に出勤したら、いきなりセンター長のアメリカ出張の調整を命じられた。庶務の女性から見せられた帳簿ではセンターの予算は赤字状態で、とても退職前のセンター長の目的不明のアメリカ出張費100万円を捻出できるような余裕はなかった。しばらくして社長から全社員向けに経営危機というショッキングな講話がビデオで配信された。
センター長からはそれでもアメリカ出張の調整をするようにつつかれて、常識的には会社を辞めたくなるような状況だった。全社の研究予算を精査してもそのような予算をひねり出せる状況ではなかった。
センター長からはアメリカ出張の予算確保だけを仕事と思って推進するようにはっぱをかけられ3ケ月取り組んだ結果、写真会社の経営状態を学ぶことになった。
磁性体事業で年間数千億円の赤字を垂れ流していた。今から思えばこれが研修だったのだろう。ありがたいテーマをくださったセンター長はしばらくしてアメリカ出張をすることなく退職した。
センター長のアメリカ出張費についてはゴールを達成できなかったが、会社の事業構造を理解でき、既存事業に密着したテーマを企画し次々とゴールを実現している。残念なことにそれでも給与はそれほど上がらなかった。
頑張っても報われない社会、という東大の先生の話を書くつもりは無く、バブル崩壊後の失われた20年をこの写真会社で頑張って、変異原性のあった添加剤を使用しない接着技術や、金属酸化物透明導電体を用いた帯電防止技術、ライバル会社のコアシェルラテックスよりも機能の高い有機無機複合ラテックス技術、3元系ポリマーアロイ接着技術、高温アニール技術、インピーダンスによる新規帯電防止評価技術、薄膜の粘弾性評価技術、空隙受像層のインクジェット用紙、カオス混合技術、再生PET樹脂技術など当方がいなかったら生まれなかっただろう技術を写真会社で開発し、自己実現に努めた。
また、退職前の五年間に瞬間芸的に袋井にある写真会社の子会社で建設したカオス混合のプラントは、現在は神戸の事業所に移設されトラブルなく稼働しているという。昨年末はゴム会社で起業した高純度SiC半導体治工具事業が名古屋の会社へ移管された。こちらも有機無機複合材料を前駆体として用いた当方がいなければ生まれなかった事業であり、いまだ現役の事業として続いている。
その結果、セラミックスや金属から高分子技術まで、さらにはこれらの複合技術である有機無機複合材料の専門家として知られるようになり、現在は、混練技術に関するセミナー、帯電防止技術に関するセミナー、シリコーンポリマーに関するセミナー、高分子の難燃化に関するセミナー、技術開発手法に関するセミナー、フィルム成膜技術に関するセミナー、滑り性付与に関するセミナー、ブリードアウトに関するセミナーなどおよそ専門家の少ない領域のセミナーに講師として国内外で招聘される機会が多い。昨年は国内以外に2か国で講演を行っている。
頑張ったにも関わらず、その会社で評価されなくても、身に着けた知識や技術はさらに価値を生み出すことを知っていただきたい。コンサル業を始めてからも、PPS-炭素繊維複合材料の開発、およびその押出技術を可能とした新規添加剤の開発、CNTの水分散技術、皮革の難燃化技術等その他まだここで書くことができない成果を国内外で生み出している。
人材不足であっても知識不足ではないのが日本である。材料技術でお困りの会社は今すぐ弊社へご相談ください。人材不足を補うソリューションも提供させていただきます。困った時の神頼み、より頼りになる弊社を活用すれば何か技術が生まれます。また、カオス混合技術に関する問い合わせが増えております。
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単一組成のフィルムのインピーダンスを計測している限りにおいては面白い計測ではない。しかし、表面処理されたフィルムや成膜に失敗したフィルムなどを計測すると途端に面白いデータが得られ始める。
主に低周波領域で周波数分散に異常が観察されるようになる。ここでは書きたくないような面白い現象も観測されるが、その中でパーコレーションとの関係を示すデータについて経験談を書く。
酸化第二スズゾル(以下スズゾル)をPETフィルムにバインダーとともに塗布すると、パーコレーション転移の閾値以上の添加量で帯電防止層ができる。
面白いのは、厚みが1μmもない帯電防止層の表面比抵抗が10の10乗から11乗程度の高抵抗であってもタバコの灰付着テストに合格する。このとき、スズゾルの体積分率とインピーダンスの変化の関係を整理すると面白い。ここであまり書きたくないが、すでに国際会議等で発表した内容もあるのでそれについて説明する。
インピーダンスの絶対値の周波数依存性データで低周波領域に異常分散が現れ、それがスズゾルの体積分率と相関する動きをするのだ。すなわち、インピーダンスの絶対値を用いるとパーコレーション転移の閾値を容易に検出できる。
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4月12日に開かれた東京大学の入学式の祝辞が、話題を呼んでいる。【BuzzFeed Japan から】
「あなたたちはがんばれば報われると思ってここまで来たはずです。ですが、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています」と述べ、さらに
「がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください」と言い、社会に根付く構造的差別に目を向けるよう求めたという。
全文を読んでみて、どれだけの東大生に理解されたのだろうか、と疑問に思った。この話は東京医科大の不正入試を事例に話を展開されたのだが、男女の性差に限らず、構造的差別は社会に存在し、出世を目標にまじめに頑張ってもそれが報われるとは限らない社会ではある。
堺屋太一氏はその著書で指摘していたが、国家公務員は採用試験の成績で昇進や配属部署が決まるという。これは試験制度が公正に運用されたなら一見公正に見えるかもしれないが、その後の公務員人生に採用時の成績がついてまわる。
これをどうとらえるかが問題になるが、そもそも公務員は努力をしない人種だから、と社会に思われている原因として堺屋太一氏はこの採用時の試験の問題を取り上げていた。
堺屋太一氏は頑張る必要が無い、あるいは頑張っても報われない公務員の問題をのべていたが、頑張っても報われない社会だとしても働くときにはやはり頑張る必要がある。
ドラッカーは、働く意味を貢献と自己実現とのべていた。すなわち頑張っても報われるかどうかはわからないからそれを当てにせず働くので貢献という意味になる、と理解できると、ドラッカーの働く意味を理解できる。
それでは働くときに頑張る必要が無いかと言えば、自己実現のために頑張る必要があるし、なにはともあれ、活力ある社会とするために貢献であっても頑張りたいと思う。
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