カオス混合機の見積もりのため、昔福井大学客員教授を務めた時期に、大学院で学んでいた中国人学生の勤務する金型メーカーにお願いしてみた。
詳細見積もりを見て驚いたのは、日本と変わらない加工費となっている部品と日本よりも安い価格に見積もられている部品とが存在したことだ。
いろいろ調べてみると、旋盤ですべて加工できる製品は、日本と同じ価格のレベルか、あるいは構造が単純な場合に若干日本が安い。
NC工作機械を使用する製品では、日本よりもかなり安い。カオス混合機は設計形状を工夫し旋盤で全て加工できる場合には価格差は出ないが、特殊なカオス混合機はNC工作機械でなければ加工できないので、その価格差から金型加工における中国と日本の事情を知ることができた。
中国のこの金型メーカーは、日本の某電機メーカーも活用している中国でもトップの金型メーカーで、作業者は皆若く、NC工作機械も先端設備が入っている。
知人の説明では、弊社の紹介であれば、成形加工用樹脂金型も特別安価に提供できるという。
もし、射出成形メーカーで金型のコストダウンを考えられている方は一度お問い合わせください。この中国の金型メーカーをご紹介させていただきます。
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新婚生活を始めたころ、生活圏内に日産自動車のディーラーが3軒、スバルが1軒、トヨタ自動車が2軒あった。今はレクサスが1軒増えて、日産自動車のディーラーは1軒になっている。
これは、ゴーンが社長になったときのリストラの影響だが、ディーラーが減っても営業の努力があり、独身時代に乗っていたプレリュードを初代セレナに乗り換えてから今乗っているジューク1.6GTまで日産自動車である。
ジュークを購入する時、当初予定では他社に変更するつもりだったが、営業マンの熱心な勧めでジュークを買うことになった。日産車に面白い車が無いから、とことわったのだが、熱心にこの車の試乗を勧められた。
試乗してみてびっくりしたのは、みかけや車格から想像できなかった車の性能である。300万円前後なので、価格から見れば納得できるが、このクラスの車としてはあまり採用されないマルチリンクの足回りであり、さらに馬力は200馬力に近くトルクベクタリングもついて十分に面白い車に仕上がっていた。
ただジュークの売れ筋は1.5lであり、当初購入時に抵抗があったが、営業マンの至れり尽くせりの売り込みに負けて購入した。他のディーラーの営業マンはあっさりしており、トヨタに至っては、カタログを持ってきただけであり、レクサスのディーラーではカタログすら頂けず店内の口頭説明だけだった。
初めて新車を購入したときは、逆だった。トヨタの営業マンの熱心さに負けてセリカを購入している。今日産自動車が販売台数を伸ばしている背景に納得できる状況だが、ホンダの営業マンとこの30年会話をした経験が無いのも気にかかった。少し足を延ばせばホンダのディーラーがあるが、魅力的な車が無い限りそこまでわざわざ行こうとしない。
シビックは面白い車だが、車格と価格のバランスが悪く興味がない。ジュークも興味は無かったが、営業マンの努力で買うことになった。少なくともご近所のディーラーの営業マンのスタイルにこれだけの違いがある。
自動車は電化製品よりも高い。高価格の商品を選ぶときにやはりサービスは重要である。所詮社交辞令と分かっていていても至れり尽くせりのサービスにお客は弱いのだ。ジュークを購入した後、営業マンが退職するとわざわざあいさつに訪れた。某航空会社に転職するという。どこまでも丁寧な人だった。
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音楽の友社発行の7月号ONTOMO MOOKに付録としてついていたマークオーオディオ製スピーカーは、デスクトップスピーカーとして最良ではないか。
このスピーカー専用に設計されたバーチベニヤの箱キットを購入し組み立ててから1ケ月以上過ぎた。
毎日10時間は音楽をかけっぱなしなので、かなり音が落ち着いてきた。大変良い音がする。
トランペットはトランペットの生音が、ギターはギターの生音が聞こえてくる。老化した耳でも秋葉原で6万円ほどしたオルトフォンスピーカーとの差が歴然とわかる。
周波数ソフトをかけてみると、この小さな振動板の口径から信じられないが40Hz前後から音が聞こえだす。残念ながら老化した耳のせいでこのスピーカーの特徴である10kHz以上は聞こえなくなってしまったが。
しかし、まさにその楽器の生音を聴くようなスピーカーは、B&Wの100万円以上のスピーカーでなければだめだと思っていたが、このスピーカーはそれに匹敵する音が出ているようだ。
ただし、定格入力8Wと小型なので大音量で聴くことはできない。低音も大型スピーカーほどの迫力は無い。しかし、デスクトップスピーカーとして、広がり感やリアル感は、最高である。
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現象の概念化、そしてそこから機能を浮かび上がらせる方法は、その習慣化で容易にできるようになる。連想ゲームのように円滑にできるようになるとアイデアを考える時にも役立つ。なぜならアイデアを出す方法の一つにこの概念化がある。
故矢島先生のポリジメチルシランを用いたSiC繊維は、炭素繊維と同様の方法で繊維化が行われている。
これは、炭素繊維の製造プロセスを概念化し、そこで働いている機能、すなわち不活性雰囲気におけるポリマーの炭化機能、不融化処理の機能などを抽出する。その理解の後ポリマ-前駆体をポリアクリロニトリルからポリジメチルシランに置き換えて生まれたアイデアだ。
矢島先生のご研究を改めて概念化すると、セラミックスの組成を含んだポリマーを熱処理して高純度のセラミックスを製造するプロセスを思いつく。
ポリマーの高純度化技術は、1000℃以上の高温度で行わなければいけないセラミックスの高純度化技術よりも経済的にできる。
問題はポリマーを用いることの経済性であるが、これは低価格のポリマーを選択することで経済性を上げることが可能となる。
すなわち概念化して考えているときに、SiCだのポリジメチルシランなど具体的な組成は必要ではない。
概念化せず、ポリジメチルシランからSiC化する製造プロセスを眺めながら経済性を論じると、前駆体ポリマーの低コスト合成のアイデアを必死で考えることになる。
これに対して概念化した場合には、すべてのポリマーが対象になるので、アイデアをたくさん出すことができる。例えば安価なポリマーとしてフェノール樹脂は代表的ですぐにその高純度化のアイデアまで出てくる。
ケイ素原は、シリカゾルやポリエチルシリケートが高純度低価格な材料として候補アイデアになる。
このようにして故矢島先生の技術を概念化して捉え、セラミックスの前駆体ポリマーをポリマーアロイで実現するアイデアが生まれた。
ただし、非相溶系ポリマーアロイでは、大きなサイズのドメインで相分離する問題が生じる。この問題解決の手段としてリアクティブブレンド技術まで考えた。
概念化しない場合には、ここまで考えを発展できないが、概念化し、その後具体的にアイデアを展開した結果問題点が見つかり、新たなアイデアの展開を強いられることになりリアクティブブレンドに至った。
これを概念化によるアイデア抽出法の欠点とみるのか、新たなチャレンジの機会を生み出す方法と捉えるのかは、技術者の資質に依存する。
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早朝のNHKの放送で紹介していたが、老化すると道具の使い方が分からなくなる「失行症」という症状を発症する人がいるそうだ。当方は逆に道具のいろいろな使い方のアイデアが出てきて特許を調べる時間が増え困っているが、おかげで特許の検索スピードだけは若い時よりも退職後向上した。
公開されている検索システムは慣れないと使いにくく、サラリーマン時代はあまり使わず、会社の検索システムを主に使っていた。あの無料の検索システムは誰が設計したのか知らないが、検索システムとして機能が貧弱だ。
ところでNHKの放送による失行症の説明では、人間が道具をどのように認識しているかの説明をしていた。それによると、目の前の道具を人間が見つけたときにまず目の前の「道具の使われ方シミュレーション」を行うという。
その後、手に取って道具を使おうとして、そのシミュレーション結果と照合し、使えるようになるという。失行症では「道具の使われ方シミュレーション」ができなくて、必要な道具を選べなくなるそうだ。
ただし、この失行症は脳の一部が老化してきたためにおきているので、リハビリによりそれが回復する。この失行症がリハビリで治る様子を実際の患者だったAさんの記録映像で説明していたのだが、それを見ていて、人が現象から新しい機能を見出す能力を高めるためにどのような訓練をすればよいのか思いついた。
そもそも中間転写ベルトの開発において、どのようにしてカオス混合装置を発明できたのか、その過程をすべて論理的に説明できていなかったが、目の前にある押出機を混練機の代わりに使う、という発想が最初であった。
なぜそのようなことを考えたのか不思議だったのだが、この失行症の説明で理解できた。すなわち技術者は目の前の現象、これは人工の現象であっても自然現象であっても何でもよいが、そこに新しい機能を見出した時に、その新しい機能を繰り返し再現できるシステムを無意識に工夫するのだ。
その後必要に応じて、目の前の現象を解析あるいは分析するのだが、この時今様であれば科学を道具として使うことが推奨されるが、ガリレオでさえ我流で解析していた。経験知があればわざわざ科学を用いなくても自由に目の前で見ている機能を動かせばよい。科学という束縛が無い分、良く動く。
また、解析さえしなくても妄想のごとく自然現象を見て心躍る想像をしてその機能が動作する様子を思い浮かべることもできる。これは、ファーガソンの言うところの「心眼」である。
昔授業中に冗談で、優秀な学者にはスケベが多い、と自己弁護されていた何事にも好奇心が強い大学教授がおられたが、失行症のメカニズムを知りこの迷言にいまさら納得した。学者にその傾向の人が多いのかどうかは知らないが、分野を問わず想像力が強くなれば、現象から新たな機能を取り出せる能力も高まってゆくだろう。
この能力を鍛える一つの方法に芸術による訓練がある。特に訓練を意識したことが無いが、当方は子供のころから絵画や彫刻が好きで、展覧会があると父親に愛知県美術館へよく連れて行ってもらった。
ゴム会社には創業者のコレクションが解放された美術館があり、これは就職先を決める動機の一つになった。あいにく当方には才能が無いのでせいぜいカメラがその表現のための道具だが芸術家の作品を見て感動が湧き上がるのも失行症の説明からうなづける。
70歳を過ぎたゲーテは18歳の少女に心奪われ「野ばら」に匹敵する詩を書いたと言われている。実績を上げた経営者が金に目を奪われ罪を犯すのに比べれば建設的だが、世間が許さない点は同じである。
しかし芸術家の作品から彼が見ていた世界を想像して感動するのは周囲にはばかる必要はない。もう芸術の秋は終わり冬になるが、まだゆっくりと作品を見て歩いていても今年は気持ちのよい季節である。
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ゴム会社に入社した時に指導社員から混練の教科書を読まないようにと言われた。そして毎朝午前中その指導社員から経験知をいろいろ教えていただいたのだが、これは今でも感謝している。
10年以上前に豊川へ単身赴任し中間転写ベルトの開発を担当しなければいけなかった時に、何冊か混練の教科書を買い込んだ。無機材研の先生が高純度SiCの発明に対してゴム会社が無機材研に支払った特許料を小生にくださったので、専門の高価な本を購入することができた。
しかし、それらを読んでみて現実に起きている現象を眺めてみて、昔指導社員から指導されたことが正しかったことに気がついた。教科書の記述がおかしいのだ。また、混練分野の論文にはおかしな研究が存在する。
例えば伸長粘度が剪断粘度の3倍になるという理論は、まず実用的にはあてにならない。また、この理論を支えに実験を行っている論文があり、その考察では、剪断粘度はうまくシミュレーションにあってくるが、伸長粘度がシミュレーションからずれる、と述べている。
このようなことは昔からゴムの混練経験のある技術者には常識なことだが、それが21世紀に公開されている論文に改めて書かれると、一言突っ込みたくなる。伸長粘度には弾性項が含まれるが剪断粘度は粘度の項だけで議論できることを知っているとこのことを理解できる。
ゴーンも含めた日産の役員報酬の総額が30億円と株主総会で認められたのに、実際に役員へ支払われた総額が20億円という話よりも簡単である。剪断粘度には弾性項が含まれていないのにそれを弾性項の含まれる伸長粘度と比較しようというのだ。複素数になるから30-20=10という簡単な計算ではないが、Trouton則は正しいのか?教科書にも疑惑の目を向ける必要がある。
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世の中すべてが科学的に説明できるわけではない。科学的に研究が行われていると思われている高分子の世界でも非科学的な実験が行われていることに研究者は気がついていない。
昔ものすごい光景を見た。ある部長がレオロジーで理論的に導き出したグラフに合うように部下にサンプルを作らせていた。
部下は、ロール混練条件をいろいろ変えて、なんとかグラフ上の点にあうようなサンプルを創り出した。すなわち配合が同じでも、プロセスが異なると物性が変化する高分子の特性をうまく利用し、上司の指示にうまく合うサンプルを創り出していたのだ。
これはサンプルの物性を測定すると測定値が再現するので捏造ではない。またロール混練条件を変えたと言っても、ナイフ作業や返しのテクニックでそれをやっていたのだから論文に掲載されない部分である。
グラフ上にプロットされたサンプルについて、すべて同じ条件で作った時にどうなるかとかいったことをその部長は問題にしなかった。ただご自分の理論に適合したサンプルができたことに満足されていた。
しかし、理論に合うサンプルを配合を変えることなく、プロセスの工夫で創り出そうと苦労していた部下の悩みなど無視していた。新入社員であった当方は、先輩社員のその悩みやボヤキを聞くことで、高分子材料におけるプロセスの役割を学ぶことになった。
高分子材料の物性は、主に配合とプロセシングで決定されるが、このワンマン部長は、プロセシングの寄与やそれを工夫する難しさには目をつぶり、自分の理論に合うように部下にサンプルを作らせ、その科学の成果を椅子に座ったまま吸い上げていた。この科学の成果が事業にどのように寄与しているのか不透明であったが、科学がやがて盤石な基盤技術を作り上げると信じられていた時代である。
これは「ゴーン=日産」という構図と似ていなくもない。ブランドへの寄与という名目で高い報酬がどんどん高くなるだけでなく、海外にゴーンの豪邸が作られていった状況は今後解明されると思われるが、事業に対して本当の寄与がわかりにくい「こじつけ」ともいえるような成果なり経費は不誠実なリーダーにより生み出される。
ドラッカーは、その多くの著書で誠実なリーダーを選ぶことの重要性をいつも述べていた。日産の事例は長期独裁政権は必ず腐敗するというよりも、事業において、不誠実なリーダーを選ぶな、という事例だろう。
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この科学の時代でも世の中すべての現象を科学的に説明できるわけではない。例えばポリエチルシリケートとフェノール樹脂から作られたSiCの前駆体炭化物を当時の無機材質研究所で初めて1600℃の温度で加熱処理実験を行っていたときに温度コントローラーが暴走した実験がある。
この実験では、ただ暴走しただけではない。その時慌てて無機材研の先生を電話で実験室まで呼び、その先生がスイッチを改めて入れなおしたところ、その暴走状態が解除された。
驚いたのは一連の偶然の行動が生み出した温度パターンがこの前駆体の熱処理に最適の温度パターンだったことだ。この偶然は、今でも不思議な体験として忘れられない。
当方は、電気炉の前でただひたすら神様にお願いをしていた。親は大谷派の仏教徒だったが、その時無意味に十字を切っていた。しかし、キリスト教徒であったわけでもない。神に祈るとはそうすることだとキリスト教徒の友人が教えてくれたからだ。
しかし頭の中にはキリストなど現れず、出雲大社が描かれていたのだから、無茶苦茶なお祈りである。実験がうまくゆくように祈りながら一方で良い配偶者に恵まれることを考えていても神がかり的なことは起きる。
ここで大切なことは、STAP細胞と異なり、この時偶然得られた前駆体炭素の熱処理パターンで温度コントローラーのプログラムを組み動作させると実験結果を再現できたことである。
ただし説明できない不思議な出来事である温度コントローラーの暴走は、この時の一回限りで、その後起きていない。
一生涯の運をこの時使い果たしたような偶然がこの時に重なり、たった4日間の実験で製造された数100mgの高純度SiCに対してゴム会社で先行投資として24000万円が決定された。
さらに、その時から始まった開発テーマが今日まで30年以上ゴム会社で事業として継続されていることは世間から見れば最も不思議なことかもしれない。
さらに、住友金属工業とJVを運営していた時にFDを壊される妨害を受け、写真会社に転職した。退職直前に担当した中間転写ベルトの仕事で、ゴム会社の新入社員時代に指導社員から二軸混練機で実用化できたら凄い技術だと言われていたある技術を思い出した。
すなわち、中間転写ベルトの製造工程を経験知と暗黙知で眺めながらカオス混合装置をひらめいた。そして、そのプラントを建設できたことは、運命というものの「不思議さ」だと思っている。
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40年以上前、名古屋駅前の銅像にいたずらでふんどしをつける人がいた。警察が張り込んで犯人を逮捕しようとしたらしいが、結局犯人は捕まらず、1ケ月その裸像は毎日新しいふんどしをつけていた。
警察の監視の目を潜り抜けてふんどしをつけ続けた犯人にも感心したが、ふんどしをつけた裸像をまじかで見て下品に見えたのは、むしろつけていない方がデフォルトの美として完成していたからだろう。
ふんどしを着けていなければ、わざわざそこを見ず全体を鑑賞する。ふんどし一つで視点が拘束されたりする人間の性は、アイデアを出すコツにも通じる。
ある現象と対峙した時にどれだけその現象の周辺あるいは奥行きも含め観察できるのかは訓練してそれができるようにしなければいけない。それができないのはふんどしをつけた裸像を見ているような状態だ。
知識を身に着け、科学の視点で現象を眺め、そこから創造を行うという考え方は、自然現象の観察において、このふんどしをつけた裸像を鑑賞せよというようなものだ。
知識については、あらかじめ身についた知識だけに頼るのは裸像のふんどしだけに着眼するようなものだ。自然と接したときに自己の無知に気づく感動が湧き上がる状態でいたい。無知に気づき、新たに学び、自分がどこに感動したのか考える。その時に、創造は生まれるのではないか。
例えば、先人は、俳句や絵画にその感動をまとめようとしていた。科学と異なるこのような方法で技術を生み出すことができる。科学だけが技術の創造に必要なエンジンではない。先人が自然現象から受けた感動を表現した文学や芸術の成果に科学で学んだ知識を適用して、そこに科学の誤りや不思議さを見出し、新たな形式知を生み出したときに温故知新というが、このような創造では科学の豊富な形式知が必要というわけではない。
形式知以外にその人の経験知や暗黙知が先人の経験した感動とシンクロしている。経験知や暗黙知が多ければ感動の機会も多くなる。経験知や暗黙知が科学で整理されていると、その感動で形式知が整理されてゆくかもしれないが、技術の歴史的遺産を見ればわかるように形式知が整理されている必要もない。
すなわち、技術を創造するときに科学の形式知がいつも必要というわけではなく、形式知以外の経験知や暗黙知があればよい。それは科学に囚われて行う創造的な活動を行うときにも重要である。
アカデミアでこれまで人文科学として束縛してきた間違いに気がつかなければならない。芸術や文学は本来科学とは異なる知の形である。例えば、中間転写ベルトの開発を担当する前、現場で一日ベルトの押し出される風景を観察していた。豊川まで出張して時間が余ったからそのようにしていたわけではないが、周囲からはそのように見えたようだ。
しかし、知識がないからボーっと見ていたのではなく、具体的な知識や情報を得る前に、まさに頭の中に全く先入観の無い状態で10%も達成できていない歩留まりの原因を探したのである。そしてその問題が工程にあるのではなくコンパウンドにあると確信した。
その時頭の中には30年前のタイヤ工場における現場実習における文字にできない感動やシミュレーションを行い帯電防止層の開発に成功したときのパーコレーション転移を検証して蓄積された経験知はじめ様々な妄想が描かれていた。決して論理的なことがらだけではなく、文字にならないそれらの妄想も含め頭の中に現れる有象無象の事柄が目の前のプロセスと重ね合わされコンパウンドの問題を導き出した。
これは人間だけにできる発想法である。あたかも画家が絵を描くような作業に似ている。画家が目の前の実際の色と同じ色を使わない時に論理的な理由を考えているわけではない。その方が良いと思ったからその色を当てはめたに過ぎない。
これは単なる思いつきとは異なる。単なる思いつきでは外れることが多いが、当方はこの方法で導き出したアイデアで外れたことが無い。そもそも論理的という時にその論理の基本は科学に基づくが、科学以外の論理的結合も存在する。
すなわち、科学では説明できないが、「そのように考えたほうが自然だ」、という結合だ。このような結合で導き出された成果を後から科学で検証するとそれなりに科学的に説明がつくから面白い。また、人に説明するときには、唯一の共通語である科学で説明する必要がある。科学はその時に必要になるだけである。
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印刷感材の開発を担当した時に網点表現の歴史を調べた。驚くべきことに網点表現の歴史は明治時代までさかのぼる。
デジタルの発想など無かった時代に印刷におけるカラー画像の表現技術として網点画像が生まれている。
これに限らず、ダビンチの飛行機の模型をはじめ、もっと古くはピラミッド建設などがあるから、科学と無関係に人類が技術を生み出してきたという技術史を理解するのは容易である。
ゆえに網点表現がデジタルとは無関係に、すなわち科学の時代に科学とは無関係に生まれたとしても驚くべきことではない。しかし、これが美しく表現したいという人間の欲求から生まれたと聞くと驚く。
これは銀塩写真からデジタル写真へ変化した時に、その極めてクリアーな画像にびっくりしたことと反対の驚きである。銀塩写真でも銀の粒子が感光し、それが色素雲を生成し画像を作っていくのでドットで絵ができているという理由でデジタルと変わらないかもしれない。
しかし、仮にニコンDfのようなデザインのカメラが登場したとしても、銀塩写真に戻る動きは起きていない。明らかにデジタル画像のほうがきれいだからだ。もし銀塩写真のような画像が欲しければ、デジタル処理でそのようなこともできる時代である。
今では科学的にドットを操作し、画像をいかようにも加工できる時代だが、それができなかった明治時代に美しく表現するために網点画像が登場しているのは、やはり驚異的なことである。
身の回りのすべてのものが科学的にできているような錯覚をしてしまう現代であるが、科学によらない新たな機能を創り出す努力をしている技術者だけが新たな独創的コンセプトを創り出すことができる。
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