カオス混合装置は、2005年に瞬間芸のごとく開発されたが、そのアイデアの種は1979年に蒔かれている。指導社員からロール操作の指導を受けているときに、カオス混合の話題が出た。
日本の餅つきやパイ生地の練り方だそうで、これを連続生産装置として実現できたら天才だ、と言われた。指導社員は少し個性的な方で時々新入社員の当方の興味や能力を試すような冗談とも言えない話題を唐突に出してきた。
悪くとれば揶揄われていたのかもしれないが、当方は真摯に対応した。その結果カオス混合の話題は時折出た。しかし連続生産可能なその具体的姿については闇の中だった。それから3年後には高純度SiCの構想を立てていたので忘れていた。
その後N先生からポリマーアロイの話の中でウトラッキーの名前を聞き、注目していたら、EFMの特許を見つけた。そしてそこに書かれた図を見て指導社員から聞いたカオス混合を思い出した。
その後京都大学で行われた偏芯二円筒を用いたカオス混合シミュレーションの論文を読む機会がおとづれた。頭の中でアイデアを展開する機会は偶然重なった。
頭の中に寝かしてあった概念が少しずつ具体的に見えてきた。しかし、混練実験を行うテーマは写真会社になかった。ところが、写真会社とカメラ会社が統合し、豊川へ単身赴任することになり、コンパウンドメーカーから素人は黙っとれ、と言われた幸運に恵まれた。
そのおかげで、PPSコンパウンドの混練プロセスを堂々と内製化する口実が生まれた。そこで30年近く寝かしてきたアイデアを実行することになったのだが、それまでの間に連続プロセスのアイデアを練るだけでなく、ポリマーアロイについて実験を繰り返し、加工で高分子がどのように変性されるのか勉強してきた。
商品化の納期が迫っていた状況も幸いした。あれこれ迷う時間などなく、寝かせて練り続けたアイデアを用いる以外に道が無く、意思決定は簡単だった。それで瞬間芸的にカオス混合装置を作ることができた。
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木曜日から昨日まで高分子材料自由討論会に出席していた。この会はいわゆるクローズドセミナーの色彩もあり、あまりこの欄で内容を公開するのはお金を払って出席された企業の方に失礼になる。
しかしこの二泊3日の討論会の特徴である夜の自由討論で公開しても差し支えない、というよりも公開して世間に問題提起したほうがよい話題があったので紹介する。
N先生が指摘され、当方も以前より気になっていたことだが、科学で解明された分野の事業の終焉である。N先生は終焉とまでは表現されなかったが、金属や半導体分野の企業が凋落してゆく昨今の状況は終焉と表現しても間違いないのでは、と思っている。
すでに他の方も言われていることだが、金属や固体物理の科学は20世紀にかなり進歩し、ほぼその体系が確立した。この科学の体系が完成した事業分野の日本企業は新興国の追い上げで今苦境にあえいでいる。
一方高分子分野では、高分子物理の研究者が頑張っており、その科学的体系を構築しようとしている。しかし、半導体分野のように容易ではない。
そのおかげで当方が12年在職したゴム会社はまだ成長し続けている。ゴム材料技術について、階層構造で考える体系が見えてきたとはいえ、科学で解明されているところはほんの一部の現象だけでありいまだにノウハウの領域が多い。これが高い参入障壁になっているのだ。
20世紀に科学が進歩したおかげで企業の技術開発は急速の進歩をしたが、科学の知識だけで成立する技術は、その分野の知識労働者さえ集めれば、どこでもすぐに事業を始めることが可能である。
また、仮にノウハウを詰め込んでブラックボックス化できたとしても、科学の体系が確立されているならば、そのリベールも容易である。中国に追い上げられ抜かれてもおかしくないのだ。中国の知識労働者には日本人よりも優秀な人材が育ってきている。
今日本の企業が行わなければいけないのは、アカデミア同様の科学による研究ではなく、科学で解明されていない分野から機能を取り出す技術開発である。
そして、20世紀の研究所ブーム以来多くの企業が行ってきたような研究開発は、アカデミアへアウトソーシングしたほうがよい。21世紀に入り以前にもまして産学連携が重要になってきた。日本企業は現象から機能を取り出す技術開発を重視すべきである。中国ローカル企業経営者にはこの考え方が支持されている。
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おいしいカレーライスを科学的に作り出すことが可能だろうか。おそらく一つの真理として導き出すためには、「おいしい」という定義から入らなければならないだろう。仮に定義できて、おいしいカレーライスを作り出すことができたとしても、汚い実験台の上で食べたならその味もだいなしになる。
そこで食べる環境までもおいしい定義に入れるとしたら、この定義そのものも大変に難しくなってくる。しかし技術的においしいカレーライスを作ることは可能だ。またそのためのルーを開発することも容易で、その証拠に市場に行けばいろんなカレールーが店頭に並んでいる。
どんなに安いルーでも父親が愛情込めて作れば、香辛料が機能してカレーと呼べる料理になっておれば、少なくとも家族は、「おいしいカレーライス」と言ってくれる。
だから、おいしいカレーライスを科学的に作り出すことが難しくても、香辛料の機能を損なわないようなプロセスを用いる限り技術的には容易である。また、おいしいカレーライスを作るためにあえて科学を道具として使う必要はなく、食べる人を想像しながら愛情を込めて作れば良いのである。
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料理の教材としてカレーライスは大変適している。市販のルーと最適な水の量さえ間違えなければ、食べられる料理となるからだ。市販のルーの完成度に感心する。すなわち極めてロバストが高い。
ロバストと言う言葉はタグチメソッドを学んだ言葉だが、市販のカレールーにとって料理人の腕前は誤差になる。その誤差因子に対して市販品はすべてある一定のロバストを持っている。特にバーモントカレー中辛のロバストの高さは一番である。ココイチでも使われていると言うが、このルーを選択した創業者の品質に対する考え方を聞いてみたい。
バーモントカレー以外に大変おいしいカレーができるルーは幾つか存在する。エバラの横浜**というカレールーは当方が一番気に入っているルーだが、このルーと黒毛和牛の組み合わせでは、本場インドカレーも含めこれまで食べたカレーの中で一番おいしいカレーライスができる。
もっとも味覚には個人差があるので、絶対的な真理という意味で述べていないことを一言くわえる。ただこのカレールーの場合にチキンやポークを使うとそこそこの味にしかならない。まずくはないのだが、安いバーモントカレーを使ってその製造プロセスを工夫し、目標価格1人前100円を目指したカレーのほうがおいしかったりする。
すなわち、カレールーはその値段が高いからと言ってロバストまで高くなるわけではない。高価な食材と管理された製造プロセスで料理したときに最高の味となることが特徴のルーも存在する。
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カレーライスが正しいのかライスカレーが正しいのか知らないがカレーうどんという商品があるのでカレーライスが日本語としてしっくりくる。土曜日の夕食としてカレーライスを作り始めてから10年近くなる。
この10年で安定した品質でできたカレーは、エバラのカレールーと黒毛和牛との組み合わせの時だけだ。ルーの値段もさることながら肉の値段も高く、材料費だけで一人前1000円前後かかる。この材料費については家族に秘密にしている。
さすがにこれだけの材料費をかけると、失敗しないように慎重になりその作るプロセスはマニュアル通りとなる。これはあまり面白くない料理だが、これだけの材料費をカレーライスにかけてまずかったら大変である。
ちなみに材料費が最もかからないのはチキンカレーでタマネギやニンジン、ジャガイモの調達を工夫し、バーモントカレーを特売日に購入すれば一人前100円という低価格となる。
面白いのは10倍の開きがあってもまずいカレーライスをまだ一度作ったことがない。仮にその製造プロセスにミスがあったとしても市販の中辛以上のルーを使う限り、お子様カレー程度の味以上のカレーライスとなる。味に対する香辛料の機能性は凄い、と感心している。
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先日日曜日の21時にAI将棋についてNHKで放送していた。途中から見たのだが、TVの電源をONにした瞬間に羽生氏が「人間が思いつかなかった手をAIは考え出す」と語っていたところが妙に引っかかった。一方、将棋のプロ棋士に勝つAIを開発した担当者は、羽生氏の言葉に答えてAIどおしで勝負をさせてAIの力を鍛えたという。
しかし、所詮之は将棋の世界の話だ。ルールと将棋盤の制約を設けての思考法である。AIを甘く見るわけではないが、人間の無限の可能性を生かしたとんでもない発想をAIが将来できるようになるとは思えない。
例えば、人間のとんでもない発想の一つに、勘違いやミスから生まれるアイデアがある。これをAIが学習することができるというならば、当方はAIに負けてしまうが、人間の行う勘違いやミスには時として大発明を生み出す力がある。
また、完璧なロジックで進めてうまくいかないときがある。このような場合にAIは否定証明を行い、おそらくできません、というだろう。しかし、科学に基づく完璧なロジックの成果とは異なる成果で自分の目標を達成する思考方法も存在する。このような場合にはAIも歯が立たないのではないか。
さらに都知事の言葉で流行語になりそうなアウフヘーベンする思考法もAIと人間では得られる結果が異なってくる可能性がある。例えば、他の組織との根回しで行う方法などAIがうまくゆく方法を思いつくとは思えない。
ゴム会社と写真会社における30数年の開発経験を会社を起業してからまとめてきた。一部はこの活動報告で公開しているが、科学のプロセスに疑問を持ちながら開発してきた経験から、AIに負けない人間性あふれた思考法の可能性が存在する、と考えている。哲学者でなくても人間らしさを考えなくてはいけない時代だ。
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14歳の将棋士が新記録を樹立した。一方でAI将棋が話題になっている。将棋には多数の定石があり、まずそれを記憶し、詰め将棋で実力を磨くことから始める、と子供の頃に教えられた。学校の勉強も九九を暗記する記憶から始まった。
遊ぶために勉強と同じようなプロセスを踏む将棋を楽しいと思ったことが無いので藤井少年は凄いと思う。科学者と技術者の関係も似たところがあるように思う。技術者という職業は科学者と少し異なり、知識を詰め込む必要はない。遊び感覚で楽しく技術開発を行った方がよい結果が出たりする。
その分野の科学的知識のまったくない担当者が面白い技術を発明した現場に遭遇した体験をゴム会社でしている。この体験は衝撃的だった。本当にド素人でもKKDで技術開発ができるのだ。一方でその分野では著名な大学で学んだ理学博士がまったく技術開発ができない状況に驚かない。このような状況を複数の事例で見てきたが、これまでその原因に納得している。
科学的な理論が正しいのか間違っているのか、それを確認するのは、当方の仕事ではないし、社会的にその役割が与えられているわけでもない。ただそれでもこの活動報告でいろいろ書いているのは、このように科学の専門家(注)の問題が実務に大きな影響を与えているからだ。
実務で議論するときに、ビジネスプロセスでロジカルシンキングは常識である。技術の現場では、科学で記述された事柄について常識としてそのように議論が進められる。そして、隘路にはまったときにせっかく良いアイデアが出てきてもそれをつぶすのは科学の否定証明である。
アイデアをうまく出せない、と悩んでいる人の原因の一つに子供の頃から学んだ科学の制約があると考えている。科学は単なる哲学の一つに過ぎないのにそれが技術開発の全てであるように脅迫的に迫る上司もいたりした。
なかなかアイデアが出ないと言う人でも、空想を語らせると楽しそうに話す。しかし、その空想をアイデアへ展開する方法を学校で教えていない。隘路にはまったら、最初に「考える」ことは「科学を忘れる」ことである。忘れることができないなら、科学の制約を外し解決策を考える努力をする。
高靱性ゼラチンを実現した、ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術はこのプロセスで生まれている。そして技術ができあがってから、改めて現象の解析を科学的に行い、なぜゾルがミセルのようにふるまったのか簡単に解析を行うことができ、科学の方法で技術をまとめることができた。この技術は写真学会からゼラチン賞を受賞している。
もし、科学の方法でいつまでもコアーシェルラテックスを開発していたなら、科学の視点で張り巡らされたライバルの特許網に抵触しない技術を開発出来なかっただけでなく、世界初のゾルをミセルに用いたラテックス重合技術も生まれなかった。
優秀な科学者と、問題解決では科学的に進める方法とヒューマンプロセスをうまく組み合わせて使う凄腕の技術者との関係は、将棋の棋士とAIの関係とは異なる。AIの問題解決法では大量の教師データとロジックで人間の思いつかない解決策を見出すが、凄腕の技術者は心眼により人間でなければ思いつけない(あいまいさ、いい加減さ、荒っぽさ、大胆な論理の飛躍などAIには無理)アイデアで解決策を見つける。
(注)当方は一応工学博士の学位を取得しているが、科学の専門家として仕事をしていない。また時間があれば学会に出かけるが、科学を学ぶためではなく、若い科学者を指導するためである。最近はアカデミアでも企業に近いテーマを扱うようになり、科学を知らない大学院生も多くなった。ポスターセッションなどでびっくりするような論理の飛躍をする若者もいる。技術者ならばそれでよいが、科学者は緻密で正確な論理が命のはずだ。アカデミアで学ぶ間は科学者であるべきだ。学位取得の際には科学者に徹したし、ゴム会社にいたときお世話になった国立T大では放任主義だったが、写真会社に転職した事情で新たに審査をお願いした中部大学では、明確にそのように求められ今読んでみても恥ずかしくない学位論文に仕上がった。
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コンパウンドの品質管理はどのように行われているのか。退職前の5年間に電子写真用樹脂材料を担当し、多くの樹脂メーカーの方と打ち合わせる機会がありびっくりした。各社各様の考え方で共通していたのはコスト重視だった点だ。中間転写ベルトのコンパウンドでさえ高い費用を支払い購入していてもコストの問題でこれ以上品質管理項目を増やすことができない、と平気で答えて来た。
この場合には、品質管理項目が増えた場合に、どのような価格になるのか提示すべきと期待していたが、簡単に期待が裏切られただけでなく、コンパウンド業界を知らない、とまで言われた。このとき懸念したのはコンパウンド業界はお客に顔を向けて商売をしていない、という現実だった。驚くべきことに多くのコンパウンドメーカーが大なり小なりこのような調子で、お客に対して誠実真摯に対応してくださったのは2社程度しかなかった。
国内のこのような状況をうけて、自分でコンパウンド工場を立ち上げたり、中国ローカル企業を指導し始めたりしたのだが、国内のコンパウンドメーカーのこのような高飛車の態度がどこから出てくるのか不思議だった。ただ、成形加工メーカーを見学して気がついたことがある。それは成形加工メーカーの高分子材料技術に関するスキルが著しく低いのだ。高分子材料技術に関する担当者がコンパウンディングに関して工場見学をした経験はあっても、その実務を御存じない。
知識の獲得ができていないだけでなく、知識に対する関心もない担当者もいた。すなわちコンパウンドについては、コンパウンドメーカーの言いなりになっている状態だった。さらには、出来の悪いコンパウンドでも成形できるのが成形技術と豪語する担当者もいた。すなわち業界の構図がコンパウンドメーカーにコストだけを考えるような仕組みになっていたのだ。
出来の悪いコンパウンドでは、必要な物性を満たす成形体ができないことを中間転写ベルトの事例で示した。このとき出来の悪いコンパウンドとして2種類あり、まったく材料設計ができていないコンパウンドと正しい材料設計はできているがその設計を維持するための品質管理ができていないコンパウンドである。
成形加工メーカーは、出来の悪いコンパウンドとして、後者だけを考えているように思われる。すなわち性善説的な考え方だ。ところが中間転写ベルトのコンパウンドを供給していたような性悪説で考えなければいけないコンパウンドメーカーも存在するのだ。成形加工メーカーは、コンパウンドメーカの品質管理技術を指導できるぐらいのスキルを身につけなくてはいけない。
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高分子材料は合成された高分子をそのまま活用するケースは稀である。多くの場合に他の材料を配合して用いる。例えば、樹脂やゴムの成形体は、混練プロセスで配合物を均一に混合してコンパウンドと呼ばれる形態にしたものを成形加工して製造する。
混練プロセスは、コンパウンドに要求される性能に応じて設計されるべきだが、これまで出会った樹脂技術者はゴム技術者よりもその感覚が乏しい。樹脂技術者の中にも混練機に様々な工夫をして高性能なコンパウンドを製造できるよう努力している人もいるが、ゴムの混練プロセスにおけるそれには及んでいない。
樹脂の混練プロセスでは二軸混練機が一般に用いられるが、タイヤなどに使用されている高性能なゴムの混練プロセスは、バッチ式のバンバリーとロールの組み合わせプロセスである。ゴム会社の工場見学に行くと、バンバリーで混錬後ロール混練を行っている工程を見せられる。ところが実際のゴムの混練はそのような単純なプロセスではない。
ゴム種によってはこのような単純なプロセスで混錬されるコンパウンドも存在するが、ロール混練を行ってからバンバリーにそれを投入し、その後またロール混練する場合や、ロール混練を繰り返し用いる場合も存在する。すなわちコンパウンドの要求される性能に応じてプロセスも変更されているのだ。
ゴム材料の値段とその重量から乗用車用タイヤは一本2000円前後で販売されてもよいはずだが、プロセスコストがそれなりにかかるので単純に原材料価格からその値段を推定することは難しい。
これが樹脂のコンパウンドでは、自動化された二軸混練機からストランドが押し出され、ペレタイザーでペレットにされて出来上がる。原材料からコンパウンドに至る時間はせいぜい10分以下である。1台の二軸混練機で一時間あたり1t以上生産されているコンパウンドも存在する。
このようにゴムと樹脂のコンパウンドの生産プロセスは大きく異なるので、それぞれの技術者のコンパウンドに関する考え方も大差がある。ゴム技術者はコンパウンドに性能を創りこむ感覚で混練プロセスを眺めているが、樹脂技術者は、どのように生産効率をあげるのかを考え、性能は二の次である。
実際に射出成型用コンパウンドに問題があり、某会社の混練プロセスを監査に言ったところ、二軸混練機のシリンダー温度を計測する温度計が2本壊れていても平気で生産していた。現場でそれを指摘したところ、異常が無いから大丈夫だという。当方はコンパウンドを分析し、射出成形体で品質問題が起きた原因をコンパウンドの品質ばらつきにあるとにらんで監査に来ていると伝えても、問題にしない。
ペレタイザーから出てきたコンパウンドを手で取り眺めたところ、スが入っていた。ところがそれを見せても問題ない、という。結局このコンパウンドメーカーとの取引をやめるようにレポートを書いたが、もし射出成型メーカーの方でコンパウンドに疑問が生じたら弊社にご相談ください。大手のコンパウンドメーカーでもその現場管理が十分にできていない事例をいくつか見てきたので対策の仕方を御指導いたします。
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この中間転写ベルトの研究開発は、数年にわたりステージゲート法と類似手法で、研究開発の各段階をチェックしながら進められてきた(注)。ゆえに押出成形技術はコンパウンドメーカーが言っていたような欠陥技術ではなく、コンパウンドの問題を吸収できるほどの技術まで進んでいた。
実際に、コンパウンドのカーボン分散状態と押し出されたベルトのカーボン分散状態では、大きく異なっていた。またベルトの各位置のカーボンの分散状態も異なっており、これを押し出し成形である程度調整できるようになっていた。この調整技術がもう少しで完成する、というシナリオで当方に業務が引き継がれたのだが、これは、押出成形技術としてやりすぎである。さらに、ゴールが近くに見えていても、そこには底なしの谷が存在するような状態である。
昔、ゴム会社に入社したときの工場実習で現場の職長から伝承していただいた押出成形技術は、大変理にかなった考え方だった。すなわち、押出成形プロセスでは、賦形だけに徹して高分子の高次構造はコンパウンド段階で完成させておくのが鉄則という考え方である。
この職長は、押出成形を10数年担当していたという。10数年悪戦苦闘した結果たどり着いたのがこの考え方だそうだ。彼の言葉で表現すると、「押出成形プロセスは、いってこい」の世界だそうだ。
ダメなコンパウンドを押し出すと、ダメな成形体しかできないという。しかし、カメラメーカーでは、ダメなコンパウンドを用いても押し出して良好な成形体を作ろうとする努力をしていた。
このような姿勢だったからコンパウンドメーカーの技術者はあぐらをかいてコンパウンディングの問題を解決しようとしていなかった。当方がこの仕事を担当したとき、コンパウンドメーカーの技術者に言われたようにド素人だった。ド素人ではあったが、ゴム会社の職長から伝承された技に関する知識を持っていた。
はじめて中間転写ベルトを担当したときにあいさつ代わりに日本の一流コンパウンドメーカーの工場を見学したが、ゴム会社のそれと比較して赤ん坊のような状態だった。日本の樹脂メーカーはゴム会社の高度なコンパウンド技術を知らないように思われた。
樹脂のコンパウンディングについてはド素人だったが、ゴムのコンパウンディングについては、天才肌の指導社員のもとで3ケ月過重労働で鍛えた技を持っていた。まさに赤子の手をひねるがごとく、コンパウンド工場を素人3人で、しかも中古機械を集めてたったの3ケ月で立ち上げた。
そこで生産されたコンパウンドは、日本の一流コンパウンドメーカーで到達できなかったレベルだった。技術開発は長時間かかる分野もあれば、瞬間芸の如くできてしまう分野もある。科学で未解明でもその周辺の技術が確立されていれば、アジャイル開発が適している。
(注)開発段階のチェック時にコンパウンディング部分はブラックボックスとして扱われていた。すなわち一流コンパウンディングメーカーに絶大なる信頼を置いていたのだ。
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