単身赴任する前に日本化学会産学交流委員会のシンポジウム委員長を務めていた。委員会の休憩時間に花王の研究所長との雑談でケミカルアタックという言葉は不適切、と聞いた。花王ではケミカルアタックという言葉をケミカルクラックとストレスクラックとして使い分けているとのこと。
射出成形体には成形時の内部応力が蓄積されており、それが化学物質と応力で破壊に至ったときがケミカルクラックで、化学物質が存在しないときにはストレスクラックとのことだった。手元にある「溶解性パラメーター適用事例集」には、溶剤クレイズや溶剤クラック、環境応力割れという言葉が使用されている。
そしてこの言葉の使い分けとして、非晶性プラスチックであるPCやABS樹脂では溶剤クレイズや溶剤クラックという言葉が用いられ、結晶性の樹脂で環境応力割れという言葉が使用されるとある。そして両者をまとめて環境応力割れと称する、と説明されている。
その他、環境応力歪みやケミカルストレスクラックなどもケミカルアタックの現象を称して使用されている。言葉の問題は科学の世界では定義が重要になってくるが、実務の世界では業界によりそれぞれの言葉が存在する。ケミカル製品を提供する立場の花王で、ケミカルアタックという言葉は忌み嫌われる言葉ではないかと想像した。
また自社の製品が使用される環境によっては問題を引き起こすことをパンフレットで説明しているのは企業姿勢として好感を持てる。最もPL法を考慮すればリスク回避の視点でもあるが、パンフレットから伺われる企業の誠実な姿勢にはコンパウンドの責任を成形メーカーに押しつける某企業と雲泥の差がある。
それでは業界用語であるケミカルアタックについて常識としてどのような言葉がよいのか。
例えば特許では、どの言葉が主流なのか調べてみた。特許庁のデータベースで公開特許に
ついてキーワード検索をしてみると以下の結果になった。
ケミカルアタック 37件
ケミカルクラック 10件
ケミカルクラッキング 0件
ストレスクラッキング 58件
環境応力亀裂 192件
環境応力歪み 0件
ケミカルストレスクラック 4件
環境応力亀裂が圧倒的に多いので、ケミカルアタックという現象は学会でも使用される機会が多い環境応力亀裂という言葉が一般的に使用されていると推定される。特許検索では、これらの用語をすべて和集合として検索する必要があるが、当方の経験ではケミカルアタックが金原現象やパーコレーション同様に古くから存在する言葉でなじみ深い。
混合則については最近あまり使われなくなり、力学物性の分野でもパーコレーションが使用されている。ケミカルアタックという言葉はいずれ使われなくなるのか、樹脂メーカーの都合の良い言い訳の言葉として残っていくのかどちらかだろう。
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ケミカルアタックという現象は、応力がかかっている樹脂に化学物質が付着して破壊に至る現象である、と思っていた。仮に応力がかかっていなくても、樹脂には射出成形時の内部歪みが存在するので化学物質が付着するとクラックが発生することがある。
この現象に初めて出会ったのは、小学校の低学年の時に水陸両用のスーパーカーのプラモデルで遊んでいたときだ。これは、サンダーバードの前に放送された人形劇「スーパーカー」に登場した車がモデルになっていた。
お小遣いを全て使い購入したプラモデルは、完成からわずか一ヶ月でギアボックスを固定していたボスが壊れ使い物にならなくなった。ギアボックスには付属していたグリースをたっぷり塗っていた。破壊したボスは少し変色していたのでグリースでプラスチックが腐ったのではないか(注1)、と疑問に思った。その後いくつかプラモデルを作ったが、例え異音がしてもグリースを塗るのをやめた。
中学校に進級し化学クラブに入部した。そこで真っ先に実験を行ったのはケミカルアタックの実験である。当時からケミカルアタックという言葉は存在した。また金原現象という言葉やパーコレーションという言葉も覚えた。そして大人になるにつれこれらの言葉がトラッキング現象や混合則という言葉との相違で悩み仕事に活かされていった。
ケミカルアタックは退職前6年間によく接触した言葉である。電子写真の複合機におけるボス割れでケミカルアタックという品質故障が多いのを疑問に思った。そしてこれが樹脂メーカーの責任逃れに便利な言葉であることをある一流メーカーの役員も含めた品質問題の議論の場所で知った。
一流企業の看板を掲げながら、現場の品質管理も不十分で「ス」の入ったペレットを納入し、それが原因でボス割れが起きていてもケミカルアタックと主張した凄い企業である。可能な限りのケミカルアタックを否定するデータを揃えても、ケミカルアタックでないことを認めなかった。挙げ句の果てはケミカルアタックを知らないのか、というところまで発展した。日本の樹脂メーカーの信用も地に落ちた。
また、ケミカルアタックという品質故障が正体不明の場合に樹脂メーカーが用いる便利な技術用語であることもこの時覚えた。子供の頃に覚えた意味では狭く、一流樹脂メーカーの技術者に馬鹿にされた(注2)。言葉は拡張されてゆくものである(続く)。
(注1)警察官であった亡父が泣いている息子を慰めるために言った言葉である。今から考えれば、科学者ではなかった亡父の冴えた推理である、と思う。
(注2)これは実話で、すでにこの欄でも過去に紹介している。中国の現場で二軸混練機のシリンダー温度が管理されず40℃も高い温度で混練され、「ス」の入ったペレットが生産されていた。証拠写真や正常に生産されたときのペレットとの強度比較、DSC、電子顕微鏡写真、IR、ガスクロなど会社で活用できるデータを使い、ペレットの異常を証明したつもりであったがケミカルアタックの一言で片付けられた。個人的には訴訟まで起こしたかったが、企業間の問題であり、結局ケミカルアタックという言葉で幕が引かれた。フロッピーディスクを壊された事件同様にサラリーマン時代の悔しい思い出の一つである。樹脂メーカーのこのような姿勢に成形メーカーは注意されたほうがよい。ただし、誠意が無いのは一部の樹脂メーカーだと思う。
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シリカゾルを高分子に均一に分散するために表面処理が必要になる。コロイド状態でラテックスと混合する時にも表面処理が重要だが、それが無くとも見かけ上うまく分散できたような状態となる。表面処理を行わず混練でシリカゾルを分散した場合には、完全に単粒子で分散することは難しい。これは微粒子の混練を行ったことのある人は直感的に理解できるようだ。
コロイド状態の分散では、ラテックスあるいは水溶性高分子を水に分散した溶液を用いるが、両者を混合したときに沈殿ができるかどうかで、分散状態の判断は可能である。ところが沈殿ができない状態だからうまく分散できたのかというと、そうではない。単膜を作成し、電子顕微鏡観察を注意深く行うと数100nm以上の凝集体が見つかる。
混合時にpHを揃えてもシリカ粒子のゼータ電位が乱れるために凝集体が生成する。ホモジナイザーを用いても凝集体の数を少なくする程度の効果である。数100nm程度の凝集体ができると破壊強度に影響を及ぼす。すなわち単膜の引張強度の低下を引き起こす。
しかしシリカ粒子による補強効果で弾性率が上がるため、それに気がつかないことがある。シリカゾルの量を増やして引張強度あるいは弾性率の増加率のデータをとってみると気がつくことがある。横軸に添加率、縦軸に引張強度あるいは弾性率のグラフを書くと、後者はシリカゾルの増加とともに下に凸あるいは上に凸の曲線を描く。いわゆるパーコレーション転移のグラフが得られる。
しかし引張強度は弾性率のようなきれいな曲線にならないときが多い。わずかなシリカ粒子の凝集体が破壊の起点になり、期待される強度を低下させているのだ。1990年までこのことを明確に書いた論文を見つけることができなかった。ところがシリカゾルに高分子を吸着させてミセルとして用いたラテックス合成を行い、できた単膜の力学物性を評価したところ驚くような効果が得られた。K1cを評価してみても3割ほど増加していた。
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マツダが同社のリコールの原因は部品にある、として東海ゴムを訴えたという。これまでの日本における部品メーカーと組立てメーカーとの関係ではあり得ない訴訟である(注)。東海ゴムの利益がすべて無くなってしまう金額である。詳細については新聞記事をご覧ください。
以前この欄でも書いたケミカルアタックの問題もこのような事件と関係してくる。樹脂材料メーカーと組み立てメーカーの間では、品質問題が生まれたときに暗黙の了解で組み立てメーカーが責任を負っているケースが多い。すなわち市場の問題解決のためには樹脂メーカーの協力が必要で、迅速な解決を優先し樹脂メーカーと二人三脚で市場問題の解決に当たるために組み立てメーカーが譲歩してきた。
樹脂部品の接合部分には応力がかかるので、樹脂の製造ばらつきで大きく強度低下する場合には明らかに樹脂メーカーの責任であるが、そのような場合でもケミカルアタックという言葉が使われてきたケースがある。明らかに大手樹脂メーカーに過失があっても、ケミカルアタックとして問題解決した事例を少なくとも一度体験した。一度の体験で多くあるような書き方をしている、と思われると心外だが、担当者の話で樹脂メーカーにケミカルアタックと言われたらそれで終わりだ、という言葉もある。
この体験が元になり会社の品質問題のデータベースを見たところ、ケミカルアタックが原因となっている品質問題が多くびっくりした。ケミカルアタックは樹脂の接合部分で発生する原因不明の品質問題で使用するには便利な言葉のようだ。
マツダと東海ゴムの問題はケミカルアタックではない。ゆえに本欄の表題は、あたかもケミカルアタックが自動車のリコール問題と関係しているかの誤解を生む表現である。意識的にこのような表題をつけている。すなわち誤解を生み出す言葉の不思議さに気がついて頂きたいからである。業界用語の中には大まかな定義の言葉があり、当業者がその大まかな定義の中で納得しながら言葉を使用している。
ケミカルアタックは本来ケミカル製品の影響で樹脂部品の寿命が著しく低下した現象で使用されてきた言葉である。しかし、樹脂メーカーは原因不明の強度低下の問題にまでこのような言葉を使い始めたために、この言葉の意味は大きく拡張された。実際にあった話だが、現場で接合部分の強度低下が起きると、原因を調べもせずケミカルアタックとして処理していた。
言葉を適切に用いなかったために現場の感度が低下した事例だが、組み立てメーカーと部品メーカーとの関係においても、従来の慣習から見ると違和感のあるマツダと東海ゴムの訴訟のような刺激が必要になってきた時代かもしれない。すなわち材料メーカーや部品メーカーがあぐらをかいているとこのような訴訟が必要なように、不適切な言葉の使用でその場を繕っていると、そのうちこの言葉から大きなしっぺ返しを受けるかもしれない。
(注)海外では多い。
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省燃費タイヤのトレッドにはフィラーとしてシリカが使われている。このシリカについて最も研究が進んだのは20世紀末の20年間である。セラミックスフィーバーもあり、様々なシリカ粒子が登場した。タイヤ用フィラーとしてもオイルショックの影響から省燃費フィラーとしての研究が行われていた。
高純度SiCの開発を担当した時にもシリカについて検討したが、コストダウンは可能であるが反応時にSiOガスの生成が多くなるので、前駆体用に採用することは見送った。すなわちフェノール樹脂とポリエチルシリケートからリアクティブブレンドで合成される前駆体で、シリカは分子状で分散していることが間接的に証明された。
超微粒子のシリカをシリカゾルと呼んでいるが、写真会社に転職し、改めてその奥深さを学んだ。シリカの結晶である石英よりもはるかに面白く難解な材料である。特にアモルファスである点が問題を難しくしている。表面状態は合成法により様々に変化する。用途によりその影響が大きく出る場合もあれば、表面状態に鈍感な用途も存在する。
また、合成時にアルミなどの原子をドープすると表面に塩基性サイトと酸性のサイトを創りだすことが可能である。このような工夫をしたシリカ粒子に高分子を吸着させるとシリカゾルをミセルに活用できるようになる。
金属酸化物ゾルをミセルに用いる研究は2000年以降行われているが、世界で初めての成功は写真会社である。過去に研究が行われていたかどうか調べて、自分たちが初めてだとわかっても、単純な技術なので初めてだという自信が無かった。特許だけ書いてそのままにしていたら外国の研究者による論文が2001年に発表された。
その論文にはゾルをミセルに用いてオイルを分散した初めての研究とあった。編集者は日本の特許など読んでいないことはすぐに分かった。あわてて高分子学会で報告したが、あまり反響は無かった。しかしシリカゾルへの高分子の吸着を研究しているアカデミアの研究者と知り合うきっかけになった。
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タグチメソッドで有名な田口先生は個性的な先生だった。写真会社がタグチメソッドを導入するに当たり、田口先生をコンサルタントに招き、田口先生から直接学ぶ体制が取られた。当方も帯電防止技術やフィルム表面処理技術をテーマに直接御指導していただいた。
田口先生は基本機能の研究は認めたが、それ以外の研究について認めなかった。また、「タグチメソッド」を「田口メソッド」と書いていると、この書類は大きな間違いをしている、と指摘された。タグチメソッドはアメリカからの輸入品なのでカタカナで書く必要があった。
田口先生は、システムと基本機能を明確にせよ、とよく言われた。そして基本機能のロバストを上げることが技術開発であると。感度よりもSN比を重視するのがお約束であり、感度を最大にするような条件を選択すると叱られた。技術開発ではロバストが一番大切である、とSN比重視の技術開発と設計段階からSN比を評価することの重要性が田口先生の口癖であった。
帯電防止技術では、パーコレーション転移を田口先生にご理解頂くのが難しかった。ロバストの話をすれば良かったのだが、シミュレーション結果で話をしたので雷が落ちた。田口哲学を十分理解していないときだったので、議論は平行線になった。議論の過程で科学的現象ではなく、技術の話に絞れば良いことに気がつき、基本機能として低周波数領域におけるインピーダンスの絶対値を提案したところ褒めて頂いた。
基本機能としてインピーダンスの絶対値のロバストを高めれば帯電防止層の接着力も同時に改善されているはずだ、と言われた。最初は力学現象と電気的な現象が同時に解決つくのか不安であったが、接着力の評価法を工夫し、インピーダンスの絶対値を基本機能にしてもその値に反映できるようにした。すなわち力学特性も電気特性も同時に計測できるようにしたのである。
科学的に開発を進めているときにこのような物性評価の考察を行わない。あくまでも科学的な情報がどこまで精密に得られるのか考える。技術では機能のロバストを評価するために評価技術が重要なのだ。
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絶縁体である高分子に導電体のカーボンを分散した半導体材料は、多くの分野で用いられている。この材料技術で最も難しいのはカーボンクラスターの制御である。いわゆるパーコレーション転移の制御を生産技術で実現できるかどうかにかかっている。
導電性の高いカーボンで10の9乗Ωcmを安定に実現するのは大変である。すぐに10の5乗Ωcmレベルまで下がってしまう。押出成形において押出工程でパーコレーション転移の制御を行うことは難しく、コンパウンド段階で目標となる抵抗を実現できるように創りこんでおかなければいけない。
このとき、どのような材料設計が理想かと言えば、カーボンの同じ大きさの弱い凝集体が均一に分散している構造が理想である。これは科学的に考察しモデルをつくりコンピューターでシミュレーションすればすぐに理解できる。
弱い凝集体もカーボンのクラスターだが、この凝集体のパーコレーション転移を制御したほうが、カーボン粒子の分散をあげる設計よりも技術的に容易である。すなわち1Ωcmの粒子が分散した時に生じるパーコレーション転移は急激に抵抗が下がるが、弱い凝集体では、その抵抗は凝集状態で制御でき、パーコレーション転移を穏やかに制御できるようになる。
すなわちカーボンの凝集体は凝集が密になればなるほどその抵抗は下がる。高分子の中にできるカーボン凝集体の抵抗は、おおよそ10の7乗から10の3乗Ωcm程度まで変化する。目標とする抵抗の凝集体ができるように高分子の配合設計を行えば、パーコレーション転移をうまく制御できるのである。
このように科学的なモデルで説明できる知恵が、なぜ教科書に書かれていないのか不思議である。「目標とする抵抗の凝集体を作る」という部分が技術的に難しいが、試行錯誤にプロセスで制御できる因子を動かし、カーボンクラスター生成の様子を体系化すればよいだけである。この部分は科学的に考えると意外と実現が難しくなる。
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製品化ステージでコンパウンドの内製化など提案しても反対されたかもしれないが、運よくグループ内の別会社でコンパウンド工場を立ち上げることができ、外部購入のコンパウンドと同等の扱いで開発を進めることができた。開発を進めた、といっても土日を利用したボランティア活動だ。製品化ステージなので集めなければいけないデータは生産に関わるデータだけである。根津にある中小企業のご厚意で実験を進めることができた。
休日にそのような努力と苦労をしていたことなど同僚の誰も知らないと思っていたら、問題社員のひげ親父だけは気がついていたようだ。出世するとたいへんですな、と言ってきた。この仕事ができてもこれ以上出世できる年齢ではないので出世目的ではない、と答えたら、俺も最後の仕事だからいい仕事をしたい、と言ってきた。
まっとうな人物で安心した。臭いのきつい煙草をパイプで吸い、サングラスをかけて現場で仕事をしているその姿は、およそサラリーマンの姿ではなかった。この姿は最後まで変わらなかったが、仕事に向かう姿勢は出会った時と180度変化し、積極的になっていた。知識欲も旺盛であった。
二軸混練機など扱ったことが無い、というので面白い男と二人並べ混練の講義を行った。当方も二軸混練機の扱いは初めてだった。しかし中古機の整備など土日のボランティア活動で薀蓄を語れる程度にはなっていた。その上混練の教科書には書かれていない高分子融体のレオロジーについて講義をしたので先生と呼ばれるようになった。ゴム会社で教えてもらったことがサラリーマン最後の仕事で活きた。
できあがった技術もカオスだがこの時の二人も多分にカオスであった。ただこの二人がいなければ、短期の生産立ち上げから安定生産維持に至るまで供給をショートすることなく立ち上げることができなかった、と思っている。
この二人がどこまで技術を理解して仕事に臨んでいたのかは不明であるが、メヤニはじめ工程で発生した細かいトラブルの対応は見事だった。科学的ではなく、現場的発想のヒューマンプロセスで動きに無駄は無かった。人手もなく予算も無かったので問題解決できればそれでよし、という姿勢を貫いた。お互いが初対面で性格もカオスであったが、量産開始後は安心して二人に仕事を任せていた。
ただ、化学工場の中でひげ親父に堂々とパイプを吸われた時には慌てた。マネジメントで苦労したのは、プラントからは遠かったが喫煙室まで行く習慣をつけなければいけないことぐらいであった。
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実用化された技術は、中古の二軸混練機の先に弁当箱よりも少し大きめの箱が取り付けられただけのシンプルな装置である。大きな弁当箱には、ある幅のスリットが3本内蔵され、ストランドを押し出すための穴が前面に幾つか開いている。このような単純な構造だが、その穴からは、フローリー・ハギンズ理論を信じていては理解できない樹脂が吐出する。
PPSと6ナイロン以外では確認していないので他の樹脂でどのようになるのか不明である。特許を書くためにPC/ABSで実験を行ったところ、驚くべきことに細かく均一に分散したゴム相だけが見える高次構造の写真が得られた。興味のある方は特許を見ていただきたいが、明らかに二軸混練機だけで混練した場合と大きく異なる高次構造である。二軸混練機だけの場合には、不均一なゴム相と他の樹脂相の分散した高次構造が観察される。
科学的な研究も技術開発もほとんど行わず、いきなり生産機を立ち上げたのはこれが初めての経験だった。日本化学会技術賞を受賞した高純度SiCのパイロットプラントを立ち上げた時には、独自開発した2000℃まで測定可能なTGAを用いて速度論的解析を済ませていた。実現すべき機能が明確になっており、それを達成できる手段があるならば、科学ですべてが証明されていなくても技術を作り上げることができる。
科学の無い時代でも技術が存在し進歩できたのは、人類の欲求が機能を明確にし、試行錯誤で達成手段を探すことができたからだ。科学の時代になり、人類は科学の成果に期待するようになった。科学の成果により機能や達成手段がパーツのごとく提供される時代である。そのおかげで技術者は科学の恩恵を受けて科学の無い時代よりも速いスピードで技術を進化させることができた。
その結果、学校教育も科学一辺倒となりネコも杓子も科学的な思考プロセスで問題解決するようになった。確かに科学的プロセスは論理的であり、その結果に誰もが納得する。但し科学で解明された分野は未だ自然現象のほんの一部分であることを忘れている。たとえば高分子融体については科学的に不明の部分が多いにもかかわらず、高分子材料技術者は多く残されている未解明な領域で技術を創り上げなければいけない。そのような状況でも技術者に科学的な答えを要求するケースを見かける。
技術者には技術者特有のヒューマンプロセスがあるはずで、それは時々KKDと揶揄されたりするが、それを大切に伝承する風土がメーカーには必要である。ゴム会社ではそのような風土が存在したが、残念ながら写真会社ではそのような風土を築くことは否定された。科学的プロセス以外は認められなかったのである。弊社の研究開発必勝法プログラムはゴム会社で考案したヒューマンプロセスを独自ツールで使いやすくしたプログラムである。
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若い技術者1名と技能者1名でコンパウンド内製化チームを作った。当方も現場で作業をしなければならなかったが、短期決戦では少人数により効率をあげることができる。特許に公開されているように3mm未満のスリットへPPSと6ナイロン・カーボンが混練された状態で通過させるとフローリー・ハギンズ理論で否定される現象が生じる。すなわちPPSと6ナイロンの相溶が起きて、PPSのTgは85℃まで低下する。
中古機の検収条件として、PPSと6ナイロンだけ混練し透明になることを記載した。この検収条件は科学に反するが、量産開始3ケ月前に一発で検収に成功している。コンパウンドの内製化工場は大成功だった。立ち上げて7年近くになるが問題なく稼働しているようだ。
さて細いスリットへ高分子の混合物を流すアイデアは、1995年にウトラッキーがEFMという装置で実現している。ただ、これは鋭利なスリットを使い、伸張流動を発生させる装置でカオス混合を狙った装置ではない。特許に書いたように平行な距離が10mm以上のスリットでカオス混合が起きる。ロールと同様に剪断流動により生じる急速な伸張で二相界面の規則性は無くなりカオス混合となる。
急速に引き延ばされているので伸張流動という呼び方になるのかもしれないが、スリットの間隙が狭いことから発生する大きな剪断力がカオス混合を実現している、と考えている。この技術実現のためにアイデアは30年以上練られたが技術を実現するために費やされた時間はせいぜい数ケ月である。十分な科学的研究は行われていない。
KKDと批判されてもいいような技術であるが、科学に先行する技術とはそのようなものだ。iPS細胞でもできた当初はKKDの賜物である。KKDと科学を節操も無くブレンドして推進されたのがSTAP細胞だ。
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