企画に盛り込む技術要素については、事業により、あるいは経営者により考え方が異なると思う。自前技術を重視する会社と企業買収を得意とする会社で考え方も異なると思う。ここでは一般的な話を説明したい。
技術要素として知財の問題は重要である。それで特許に関する考察は、最初にやるべきというのが当方の考え方である。基本特許を取れる可能性があれば大変強力な企画になる。高純度SiCの合成法は基本特許であり、その公開前にゴム会社で周辺技術について抑えることができた。その結果、お客を持っていた他社からJVの声をかけてもらえた。特許に関する考察がまとめられておれば、企画に盛り込まれる予定の技術について独創性の判断ができる。
また、独創性のみならず、他社から技術導入が必要かどうかとか、企画に盛り込む予定の技術について実現可能性やさらには企画の可能性までまとめることができる。さらに特許出願件数のトレンドから先行性や、技術の応用発展性まで考察可能である。先行性については、企業別に整理された特許のトレンドデータが重要で、競合他社についてどれだけ時間的技術的に先行できるかがわかる。
このように特許調査から企画のネタを拾い上げることができるが、これだけでは企画として不十分である。通常の企画の指南書には市場情報あるいはユーザー情報として書かれているユーザーサイドの話をまとめなければいけない。立案中の企画を実現したときに、性能やコスト、品質面で大きな効果や他社に格差をつけることができるかどうかまとめる。
そして最後に量産技術や設備、周辺技術や商品化に必要な会社のリソースについて考察する。商品化に進んだときに過去のリソースをそのまま使用できるかどうかについて一番最初に技術面から考察を加えることは大切である。どれだけ会社に適合した企画であるのか(適社度)レーダーチャートでまとめてもよい。
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某会社の追い出し部屋の記事を読んでから、今どきの技術部門の余剰人員をどのように処遇し指導したら良いのか考えながら書いている。結局30年以上前の指導社員の思い出になってきた。当方にとっては恋人以上の存在なのかもしれない。その人から聞いた企画を考えるポイントは、1.企業性、2.市場規模、3.投資額、4.技術要素。
技術要素が最後になっているのは、技術者にとって易しいことだから、特に考えなくても良いかもしれない、と言っていた。市場規模や投資額は経営者から必ず尋ねられる項目であり、見落としがちなのが企業性なのでトップにくる、とのこと。
企業性とは、その企業でやる価値があるかどうか、という問題である。昨今の企業の社会的責任や環境問題が問われる時代では、市場規模と投資額の関係において単純な利益のみ考えていては事業継続が難しい時代である。その意味で、30年以上前に教えられた企業性をまず考える、という手順は今でもそのまま通用する。
さらに企業性を考えるとは、自分の勤めている会社のことを良く考える作業なので、帰属意識が高まる。また、この企業性はどのように事業に貢献すれば良いのかを考えることにつながるので、企画作業を通じて働く意味を意識することになる。
市場規模や投資額は、世間の情報から「決める」以外にない。よく世間の情報をそのまま市場規模にしている場合があるが、企業性をよく考察したならば、世間の情報の市場規模を見直したくなるはずだ。世間の情報はこうだが、よく考えてみるともっと小さいかもしれないとか、世間の市場規模とこの企画で生じるシナジーとで市場規模は二倍になるかもしれない、とか独自のイメージが浮かぶはずだ。また浮かばなければいけない。
この市場性には、企画が成功したときのシェアの推移も重要で、イメージで良いから書き加える。それは企画の目標に相当する。注意しなければいけないのは、経産省などの公的機関の発表数値を鵜呑みにする人がいる。これらの数値には、リアルなデータとフィクションが共存している。
投資額は、目標が決まれば、「えいや」で決めても良い。企画段階において細かいところで悩む必要は無い。経営に近い仕事をやっている人は、とんでもない、というかもしれないが、投資額は技術開発で小さくなることもあれば、天文学的数値になる場合も存在する。技術開発をしながら精度を上げてゆくべき数値で、当初は目標のイメージである。また、最初の企画段階では、細部まで議論しても時間の無駄になる項目でもある。
高純度SiCを社長の前でプレゼンテーションしたときには、その資料で投資額は書くな、と言われた。すなわち誤解を与える数値だからである。指導してくれた方は、夢の話を社長がどのように判断するのかを学びなさい、と言われた。高純度SiCのプレゼンテーションが終わってすぐに社長から飛んできた質問は、最初にいくら欲しい、だった。
プレゼンが成功したと思い、Vサインを上司に送ったら、社長から2億か、と言われた。上司は、もっと上だ、と手でサインを送ってきた。思わず指を4本にしたら、二億四千万円だな、と社長が言われて、会議は終了した。
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昨日まで1週間中国に出張していた。空港で同伴していた中国人から理研副センター長の自殺のニュースを聞いた。中国でも朝からそのニュースを報じていたようだ。
STAP細胞の騒動では最も辛い立場と同情していたが、辛くても耐えて欲しかった。3年半前に亡くなった父は、とにかく生きることの重要性と生きることは辛いのが当たり前と言うのが口癖だった。辛いからほんのささやかな楽しいことが幸福につながると言っていた。
父が亡くなる3ヶ月ほど前に、写真会社を早期退職して会社を始めることを伝えた。何故65歳まで勤務しないのだ、と問われたが、単身赴任を終了し閑職にあることと、会社経営をしてみたかった夢を話した。父親に夢の話をするのは40年ぶりだった。
ゴム会社を転職するときと異なり、ただ静かに納得し激励してくれた。そして自然とゴム会社転職の時の話になり、ゴム会社に残っていたら高純度SiCの事業が別会社として運営され、リスクを犯さなくても社長になっていたのではないか、といわれた。
20年以上前の話を覚えていてくれたのだ。数え年100歳でもぼけていなかった。FDを壊されたりその他の状況で転職が辛い中での選択だった話をしたが、その辛さを我慢し留まるべきだったのではないか、と問われた。だから、今回新会社立上げという辛い道を選択した、と答えたら、そうか、という言葉以外何も言わなかった。
亡父は大変な読書家だった。亡くなったときに一番苦労したのが古書の処分だった。亡父の愛読書として残すのかどうか悩んだが自宅には保管する場所が無い。結局大半を廃棄することになった。本を整理していて亡くなる前の10年間仏教の本ばかり読んでいたことに気がついた。生前仏教関係の本をよく買っていたが、10年間は、全てが仏教関係だった。
読書が楽しみの一つ、というのが亡父の言葉だったが、生き続けることを努力しながら仏教関係の本を読んでいた姿を想像し親不孝だった自分の生き方を反省した。
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金属やセラミックス、高分子に関する材料科学は20世紀著しい進歩を遂げた。その進歩が材料技術を牽引した時代でもあった。しかし、21世紀に入り材料科学の進歩は緩やかになった。イノベーションの中心はSTAP細胞の騒動に見られるように生科学分野へ移った
新材料により新たな機能が見つかり、その機能を活用して新技術ができていた時代から、市場で求められる商品に対して技術者が自ら機能設計をしなくてはいけない時代を経て、いまや市場で価値を顧客とともに創り出す時代になった。そして市場で共創された価値を実現するための機能を技術者は考えなくてはいけない時代である。
実はこのような価値の共創という作業は20世紀にも行われていた。例えば新商品企画会議がそれである。そこでは各部門から集められた責任者が新商品の姿を討議し、その結果を各部門に持ち帰り、各部門の技術者がその責任領域で求められる機能を考える作業を行っていた。すなわち共創を行う場が社外になっただけである。
定まった市場をターゲットにして開発を行ってきた企業では、新機能を考えなくても従来からの機能の性能を上げるだけでよかった。しかし、今は定まった市場ではコスト競争に曝されたために機能の性能向上とともにコストダウンも行わなければならない時代である。
とにかく従来の延長線上で安直な企画を立てていたのでは事業の先行きが心配される。業界1位だったゴム会社でさえ、先行きを心配して新たな事業へ挑戦したのである。新たな事業へ挑戦を行いつつ世界一位まで上り詰めた。このような企業は社内で常にイノベーションを起こそうとする風土があり、研究所で技術者は事業企画ができなければ生き残っていけない厳しい風土である。すなわち研究だけ安直にやっていては給料が増えない会社であった。
当方が新入社員時代の指導社員は、レオロジ-の専門家であっただけでなく、シミュレーション技術者でもあり、ゴム屋でもあった。さらに優秀な企画マンというマルチな技術者だった。彼は、常に企画を考えていなければこの会社で生き残っていけない、というのが口癖だった。すなわち技術者として生きてゆくためには企画能力が必要と教えてくれた。
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SiCは難焼結材料である。ゴム会社の50周年記念論文の審査に落ちた企画だったが、無機材質研究所で花を咲かせることができた。そして世界初の高純度材料が得られたことで、次々と新しい現象が見つかった。
当時SiCを焼結するために必要な焼結助剤は学会でも議論されていた重要なテーマであった。各種の助剤が研究されていたが、プロチャスカのBとCを用いた技術は秀逸であった。また、Cだけでも焼結するという研究発表も当時存在したが、焼結密度は高くはなかった。
しかし、高純度SiCを用いたところ、BとCの添加量はプロチャスカの特許に書かれた量よりも少なくて緻密化した。さらにフェノール樹脂を助剤として用いて、すなわち炭素だけを助剤に用いてホットプレスにかけたところ、99%まで緻密化した。
高純度材料を用いて過去の実験データを見直しただけでも新たな研究テーマがたくさん生まれた。特にフェノール樹脂を助剤に用いたホットプレス焼結技術は、半導体用冶工具を製造する為に重要なテーマとなった。
新しい発見は企画を容易にする。すなわち新しい発見により新たな機能が生まれ、新たな技術の可能性まで展開されるので、何も苦労しなくても企画のネタが得られるのである。
30年前はこのような企画のスタイルを取れる状況だった。
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新入社員として配属された研究所で、新しいテーマを考えることの重要性を教えられた。そして、実験とは企画した内容の確認である、とも言われた。実験室では当方より2-3歳年上の若い技術者による「研究所と言っても看板だけだ」という不満がささやかれていた。
世界的に有名な元東京大学のN先生が東大へ転職されたのはその1年後であった。かつては、大学の研究所よりもアカデミックな雰囲気だった、と語る先輩社員もいた。研究所ブームで設立された基礎研究所が新しいスタイルのマネジメントに変わる過渡期であった。
ゴム会社の基礎研究所にはBR01という成功体験があった。高純度SiCの企画が認められたのは、世間でセラミックスフィーバーの嵐が吹き荒れていたこととこの成功体験によるところが大きい。
半導体用高純度SiCの企画は、当初会社の50周年記念論文応募のために準備された。残念ながら審査には落ちたが、無機材質研究所留学というチャンスが訪れた。このあたりの経緯は既に述べたが、波瀾万丈の人生を経験し、30年経った今もこの時企画された事業が継続されている。
看板だけの研究所と揶揄されたが、担当者さえその気になればアカデミアよりも恵まれた環境で研究ができるのはゴム会社の良いところであった。高純度SiCの合成プラントを立ち上げながら、SiCの反応速度論的解析を行った。この研究を行うために2000万円かけて超高温度熱天秤を開発した。また専用の電子顕微鏡も買い込んだ。
開発を行いながら同時並行で研究を行っていた。なぜこのようなことになったのか。それは開発過程で新しい自然現象が次々と見つかったからだ。セラミックスフィーバーは数年続いたが、この時参入した企業で十分な研究を行えなかったところはおそらく撤退しているのではないだろうか。
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バブルがはじけ、失われた10年という言葉がもてはやされ、あっという間にさらに10年経った。今アベノミクスでようやくバブル崩壊からの脱却ができるかもしれない、と期待している経営者も多いだろう。
ただ戦後の復興を10数年で実現したことを考えると、バブル崩壊から20年近くかかった状態を反省しなければいけない。当時と世界情勢が異なっておりマクロ経済の動きが、と説明されても当方は経営者の責任を問いたい。
失われた10年と言われたときに、企業が必要なのは自社の強みを考えることであり、コア技術やコア事業をもう一度見直そう、と叫ばれた。しかし、復活はさらに10年かかっている。そして新聞には人員削減問題などが載った。
経営者が今考えなくてはいけないのは、企業で行うのは技術開発が重要という当たり前のことではないだろうか。企業で行われる基礎研究はすべて事業につながらなければいけない。研究のための研究を企業で行うべきではないと考えている。このように厳しく考えるとコーポレートの研究所で行われる研究テーマでゴールが不明確なテーマは0になるはずである。
ゴールを実現する機能を研究する場がコーポレートの研究所であり、そこにいるのは機能を追究する技術者である。このように考えると、コーポレートの研究所は企画マンの集会所というイメージを描けるのではないだろうか。コーポレートの研究所は、事業部門の開発部隊よりも、企画提案活動というものに力を入れなくてはいけない。
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これまで企業では研究と開発を分けてきた。また研究者と技術者という分類も存在した。ゴム会社で半年の研修を終え配属されたのは研究所だった。指導社員は関数電卓でレオロジーのシミュレーションをやっていた技術者だった。運が良かった。研究所には研究者が多くいて指導社員のような技術者は少なかった。また研究者から職人になっていた人もいた。
32年間企業における研究開発について考えてきた。ゴム会社では、当方は研究者と見なされた。指導社員から教えられたスタイルをかたくなに守って仕事をした12年間であった。指導社員は優れた企画マンでもあった。樹脂補強ゴムを用いた防振ゴムは、彼の手による企画であった。
熱可塑性エラストマー(TPE)の研究が盛んに行われていた時代に、樹脂相の海とゴム相の島から発現される機能が防振ゴムの設計に最適であると睨んで、それをシミュレーションで示し、企画にまとめ上げた。配属されて指導社員から仕事の説明を受けたときに用いられた資料はその企画書であった。
優れた企画書であった。その結果1年の予定のテーマを3ケ月でまとめることができたが、これはサラリーマンとしてやってはいけない事であった。テーマが終了したという理由で、指導社員は新たな企画をしなければならず、当方は軟質ポリウレタンの研究開発を行っているチームへ異動となった。
3ケ月後指導社員の企画発表会があり、指導社員は新たな企画を持って横浜工場へ転勤した。指導社員はアイデアマンというよりも実務能力の長けたレオロジーの専門家であった。指導された期間は短かったが、研究開発について言葉ではなく実務を通して指導を受けた。「今の仕事を行いながら、次の新しいテーマを常に考えろ」これは指導社員の口癖であった。
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商品開発に直結した開発部門では、技術者の職人化が起きやすい。しかし一方で市場に直結した部門であり、市場情報に接することが可能なので商品企画を行うには適している。
難しいのは全社共通基盤技術を扱う、いわゆるコーポレートの研究所で起きている職人化防止策で、企画提案という策を用いる前にそもそも働く意味から指導しなければいけないケースもある。
コーポレートの研究所には大学に置かれた研究所と勘違いしている技術者がいる。そもそもコーポレートの研究所でも技術者が働いているはずなのだが、専門研究を行う職人ばかりになっている会社もあるかもしれない。
ゴム会社から写真会社に転職して配属された部署にそのような職人があふれていた。極めつけは、毎日出社して図書室へこもり本ばかり読んでいる人がいた。参考文献を調べている、と書きたいところだが、目的が不明確であれば何の参考になるのかも分からないので、ただ本を読んでいる状態に等しい。
20世紀には科学技術はどんどん細分化され、そしてその狭い領域を深く追求してゆくことが進歩だと考えられていた。企業のコーポレートの研究所の中には大学よりも先鋭化したところも出てきた。
昭和40年代に始まった研究所ブームで多くの企業で「中央研究所」が作られた。一時期その見直しが行われたが、それなりの貢献が認められていたのでバブルがはじけるまで細分化された機能研究所形式が日本企業のコーポレート研究所における姿だった。そこでは専門家という職人が多数育成されていった。
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技術者の職人化がメーカーの問題となっている。技術者の職人化を防ぐには開発現場のマネジメントが重要である。この傾向は高度経済成長期の時にも存在したが、低成長の時代になって職人を処遇できる場所が肉体労働部門だけになった。職人には企画提案力も無いので、もはや仕事は社内だけでなく国内に無い厳しい状況である。
一方本人が職人である、という自覚を持っているかどうかという問題がある。この自覚を促すために企画を担当させると良い。長年技術開発の現場で仕事を担当してきたならば、ある程度の企画提案力がついているはずで、半年に一度アウトプットとして事業企画を求めるのだ。技術者の気質が残っているならば企画提案力はあるはずで、もし半期に一度企画を提案できないならばそれは技術者に戻ることができないスキルの無い新しい職人である。
この判定方法は、開発現場で技術者の職人化を防止する時にも使える。すなわちチームを作らせて、それぞれのチームのミッションとして次世代技術のシナリオを担当者に書かせる。定期的にシナリオ発表会を行い、これぞと思われるシナリオを選び、さらに事業企画まで練り上げる作業を進めさせる。そして、これらの仕事はすべて見える化して行う。
日々の多忙な開発業務の中で負担を強いることになるが、このような活動は技術者の職人化を防ぐことができるとともに、企画とは何かを指導することが可能となる。開発現場は本来企画マンのたまり場になっているのが望ましい。
ここで注意しなければいけないのは、アイデアマンと企画マンは異なる、ということだ。アイデアだけでは良い企画提案まで至らない。
企画能力で最も重要なことは、企画する能力そのものよりも社内の調整、いわゆる根回しをどこまで丁寧にできるかという社内調整能力である。この能力は、特別な能力と言う人もいるが、知識と情報で補うことが可能と考えている。
社内で公に企画提案する前に調整すべき部署と企画の内容に関して十分な調整を済ませておくこと、これが企画提案力として最も重要である。管理者は担当者に社内の情報を与え、この点をうまく指導しなければいけない。
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