40年以上前の始末書の思い出をもう少し思い出しながら書いてみる。本来なら暗い思い出だが、ホウ酸エステル変性ウレタンフォームの発明アイデアが生まれた楽しい(?)思い出でもある。
部下から見ればとんでもない上司だが、ゴム会社でそれなりに出世されているので、日本のサラリーマンとして優秀な人だったのだろう。
始末書を書く理由を当初理解できなかったが、上司は市販されていない材料の使用を責めていた。そこで市販されていたなら世界初は難しいでしょう、と尋ねてみた。最近ホスファゼン事業をやめた大塚化学がその誘導体をようやく開発し始めた頃の話である。
当方は大学院を修了後上京前の約3週間、無機材料ではなく有機合成化学の視点でホスファゼンの研究を行い、ショートコミュニケーションを発表している。その時に学生の研究のためにバケツの中で原料を大量合成し、その日当代わりとして指導教官から数kgほど頂いていた。この卒業記念品を用いてイソシアネート基と反応しうるジアミノテトラフェノキシホスファゼンをゴム会社の研究所で合成したのである。
上司にはそれは報告し許可されていた。状況を上司は知っていても始末書を書く書かないで揉めていたのだが、上司がもっと簡単に合成できる新規無機化合物は無いか、と突然言い出した。
その場の勢いで、ホウ酸エステルならお釜一個あれば簡単に合成できる、と答たことを今でも後悔している。この時、ホウ酸エステルが加水分解しやすく扱いにくいことを瞬間的に脳裏を横切ったが、上司から、何故それを最初に選ばずホスファゼンを選んだのだ、とすぐに責められた。
サラリーマンは円満な人柄が出世すると言われている。この上司は恐らく上から見れば従順な人柄かもしれないが、部下に対して陰湿であり、イジメるツボを心得ていた。
このような人物にゴム会社ではよく遭遇したが、うまくいなして12年間務めることができた。このときなぜ上司の術中にはまり、上司のストレス解消の餌食になるような議論となったのか、反省している。
毎日1時間生産性の無い議論が数日続いていたので、当方も精神的に疲れ、ホウ酸エステルの企画提案と言う形で始末書を書きます、と週末に回答してしまった。
始末書の議論を横道にそらすために、ああだこうだとホスファゼンの難燃化メカニズムの特徴を説明してみたりしても、すぐに話は始末書に戻される。始末書を書くと言わない限り、解放されないと悟ったので企画書添付という条件付き提案をしたのである。
ホウ酸エステルとリン酸エステルとが燃焼時の熱でボロンフォスフェートを生成し、ホスファゼンと同等の難燃効果を発揮する技術はこうして生まれたのだが、マネジメントが人を成して成果を出す意味ならば、この上司は極めて高いマネジメント能力を持っていたことになる。
しかし、連日呼び出され始末書を書けと上司から責められるのは地獄だった。同期の友人は、新入社員の2年間は、試用期間と同じで責任が無く残業代もつかない、ということで新入社員に始末書を書かせようとしているのだから、出しとけばいいのではないか、と言っていたが、上司から工場試作を指示され、連日ホスファゼン誘導体の合成を行うために深夜まで働いていた、その報酬が始末書か、とアドバイスに対して答えている。高分子の難燃化技術の思い出では、この始末書問題がホウ酸エステル変性ポリウレタン技術のアイデアを生み出したので、一生忘れられない思い出となっている。ホスファゼン変性ポリウレタンフォームでは特許を書いても発明者の末席となり、工場試作の打ち合わせ資料には名前すら書いてもらえなかった。もし、成果となっていたなら上司の成果となったのだろうが、これが次工程の部署からクレームがつき、始末書を書くような仕事となった。おかげで学会誌に投稿する論文では、執筆者筆頭を主張しても一言新入社員だろ、と言われた程度だった。サラリーマン研究者のスタートがこのような状況で、まさか12年後他社とのJV立ち上げ後転職するような事件に巻き込まれるとは想像していなかった。
ホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームが実用化された後、高分子材料から高純度セラミックスの合成研究の企画を提出するのだが却下されている。そしてフェノール樹脂発泡体の天井材実用化後、無機材研に留学し、それを実証するのだが、12年間イバラの道だった。しかし、退職後も事業が続く技術を生み出す夢を実現しようと努力した楽しさもあり、会社を辞めようと思ったことは無い。
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倉庫には、様々な燃焼試験装置がホコリをかぶっていた。指導社員の説明では、新しい装置が発表されると上司である主任研究員がすぐに購入指示を出していたからだそうだ。
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研究所では評価技術の研究に重点が置かれていた。現象を把握するために現象の分析・解析技術は重要である。燃焼という現象解析のためにその評価装置をすべて揃える、という考え方もこの観点では正しいのかもしれない。
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しかし、アラパホメーターは新品同様だった。指導社員の説明では、アラパホメーターの測定原理が燃焼時に発生する煤を濾紙に吸着させる方法なので、精度の高い煙評価ができないとのこと。
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例えば、塩ビと三酸化アンチモンの組み合わせによる難燃性ウレタンフォームでは、難燃性能を変えて合成されたサンプルのどれを測定しても差異が明確に現れなかった。それで、使い物にならないと判断されて倉庫入りとなったそうだ。
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この説明を聞き、ホスファゼンが低発煙であると書かれた論文を読んだ時の上司の顔が浮かんだので、すぐにこの装置を使用した実験結果を報告した(指導社員の指示でもあった)。
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案の定上司のツボにはまり、アラパホメーターを購入してからの経緯を説明されるとともに部下が使い物にならないと判断したのは間違いだった、とまで愚痴ってきた。
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この時、まさかホスファゼン変性ポリウレタンフォームの工場試作に成功した後に始末書を当方に求めてくるとは夢にも想像しなかったが、このアラパホメーターの発言から自己責任能力の乏しい人と理解すべきだった。
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反応型ホスファゼン変性ポリウレタンフォームは、工場試作に成功するまでは研究所で評判が良かった。ゆえに新入社員の2年間は残業代がつかないルールであっても進んで残業を行い、企画段階からたった6カ月という短期間で工場試作を成功させている(指導社員の説明では異例とのこと)。
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この工場試作サンプルについても、すぐにアラパホメーターで無煙難燃化技術であることを確認しろと指示が出た。学会発表するから実験の様子も写真に撮るように、と工場試作に成功後、次から次と仕事を命じてきたが、ある日その指示が始末書を書けとなった。
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これは、実話である。新入社員の当方は始末書の意味が不明だった。上司は市販されていない材料を使用した責任を取れという。企画時に世界初の化合物のため新規に合成する必要があり、と明確に説明していた。
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また、上司は実験中に、無機の講座出身なのに有機合成もできるのか、と褒めていた。その時、世の中に無い新素材、何でも合成したい、といったところ、上司へのアピールを軽蔑するような発言を返してきた。
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本来なら、このような上司にアピールする冗談に対してモラールアップする言葉で返すのがマネージメントスキルとして重要なはずだが、逆にモラールダウンするような言葉が返ってきたのである。
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そばで聞いていた指導社員は、ネクラな上司だから、と言っていたが、この言葉に対し難燃化研究は燃えるようなファイトで仕事をしてはいけないことを指導しているのでは、と意味不明な冗談を返したような記憶が今でも残っている。
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暗い上司の部下として、明るさだけで頑張っていた新入社員時代の思い出である。技術開発には前向きの明るさが重要である、と心掛けている。ゆえに、わけのわからない始末書に対して、ホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームの企画提案を添えて提出している。
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始末書の書き方については、上司から新入社員の説明不足を詫びるだけでよい、と言われたが、真実と異なっているので、「人に聞けない書類の書き方」という本を購入して研究している。
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その本にも始末書というものは謝罪の心が伝わるように簡単明瞭に書くのが良い、とされている。しかし、当方はこの年に至っても何故上司は新入社員に始末書を求めてきたのか不思議に思っているぐらいなので、当時はこの出来事を全く理解できていなかったと思っている。
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高校生の時に父親に勧められて「断絶の時代」を読んだ。ドラッカーとの出会いだが、大学に残らず企業へ就職したのも知識労働者としてドラッカーの書を理解したい、という思いからである。
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ゴム会社は当時すでに日本を代表するタイヤ会社になっていた。そのような企業ならば、という思いもあったのだが、この始末書事件は喜劇でもある。
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リンの難燃効果は、燃焼時にオルソリン酸が生成され、オルソリン酸の脱水作用により炭化が促進されて、それが空気を遮断する被覆効果を発揮し現れる。1970年代から80年代にかけてこの機構に関する論文が多数発表され、形式知として教科書に掲載されている。
ところが、オルソリン酸の沸点は240℃前後であり、燃焼時に揮発している可能性がある。1979年に入社して9カ月後にポリウレタンの難燃化テーマを担当できたのは、最先端の研究を行う機会であり幸運だった。
今ならばパワハラセクハラ公私混同など問題の多い上司であっても毎日が楽しかった。当時「趣味で仕事をやるな!」と上司から再三叱られた記憶がある。上司は、研究をまじめにやるように勧めてきたが、研究というものがどのようなものか理解していない方だった。
研究とは何か新しいニュースを現象から見出すことだと大学4年の時に指導教官から教えていただいた。当時この方から頂いた大阪大学小竹先生の講義録のコピーにそれが書かれていた。
上司は、論文で面白いと思ったことをそのまま実験してみろ、それが研究だと言ってきた。科学の研究とは、論文に書かれていることの再現性を確認することだと誤解していたのかもしれない。
言われたことの結果とそれを発展させた面白い結果を出すと、「趣味で仕事をするな」とよく言われた。指示されたことだけやれとも言われていたが、指示されたことが的外れな実験の時には、その実験結果と新たな現象を見出すための実験結果とを報告していた。
これが上司のツボにはまった時には、「指示が正しかっただろう」と悦に入るようなおもしろい上司だった。世界初の難燃化技術という指示に対して、世界初の反応型ホスファゼン変性ポリウレタン発泡体の合成に成功した時には、大変喜ばれた。
ホスファゼンは低発煙の難燃剤、と書かれた論文を見つけてきて、ここでは添加型で実験をしているので反応型でも低発煙かどうか確認しろ、と言って倉庫にあるアラパホメーターを使うように指示してきた。
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昨日惜しくも女子フィギュア界でトリプルアクセルと4回転の連続技の成功を見ることはできなかったが、中井亜美選手がトリプルアクセル二回成功など浅田真央選手以降女子選手のジャンプ力が男子並みのレベルになったことを知った。
一方全日本を二連覇した坂本香織選手は、トリプルアクセルを回避する演技に徹し、3回転ジャンプの連続技構成で高得点を狙うプログラムで成功している。
彼女の同世代樋口新葉選手は、坂本選手はじめ4回転を武器とするロシア勢と対抗するためトリプルアクセルを演技に取り入れるようになったが、今シーズン途中で疲労骨折が分かり、休養中である。
休養と言えば、同じくプログラムにトリプルアクセルを取り入れて注目を浴びた紀平梨花選手は、2年近くの休養から初めて姿を見せ昨日演技したが、右足首の痛みの残る中3回転までのジャンプで精彩を欠き、11位に沈んだ。
かつてトリプルアクセルで世界の注目を集めた浅田真央選手は、足のけがのため選手継続をするかどうか悩み、数多くの伝説を残し結局26歳で復活することなく引退している。
女子選手の足のケガが続く状況から3回転以上のジャンプは、現在の女子選手にとって過酷なのかもしれない。かつてフィギュア界の帝王プルシェンコ氏は、男子の4回転時代の到来の時に、それを彼が扉を開いたにもかかわらず、フィギュアスケートはジャンプの回転数を争う競技ではない、と言っている。
日本の坂本選手や三原選手は、彼の言葉を具現化し活躍しているのだが、肉体の限界に挑戦をし続けるスポーツ選手の姿も残酷であるが楽しみなのがファンである。
かつて浅田選手とキムヨナ選手とのライバル戦は、3回転以上に挑戦するスタイルと3回転までに徹し完璧を目指すスタイルの戦いだった。この好組み合わせに対し、「浅田選手は大事なところでころぶ」と意味不明の非難をした日本の元総理はスポーツというものを理解していない。
スポーツ選手には、勝つことだけでなく肉体の限界を目指すスタイルもあるのだ。その限界に挑戦するときにコーチングが重要であることを宇野選手は見せてくれた。
2019年から20年のシーズンは、小さいころから指導を受けていた樋口コーチから離れ、しばらくコーチ不在の状況になった。この時の宇野選手の演技にはミスが目立ち、表彰台に乗ることができなくなった。
何故樋口コーチと別れることになったのか知らないが、まさか本田真凛選手との交際が原因ではないだろう。ステファン・ランビエールコーチに落ち着いてから、演技のロバストが高まり,より進化を遂げたように思われる。
週刊誌も彼を称える記事を載せても興味本位のゴシップネタを書かない。彼の限界に挑戦する誠実で真摯な姿を見れば、称える以外の言葉など書けない。ちなみに、メダルの数は羽生選手よりも多いことを女性ファンは知っておくべきである。
かつてシルバーコレクターとして有名だったが、二番でもいいのではないか、といった女性国会議員もいるにもかかわらず、トップへの挑戦を続けているのだ。そして、それを支えているのがあの選手としても有名だったステファン・ランビエールコーチなのだ。
マネジメントにおけるコーチングスキルの重要性は指摘されているが、部下の能力を限界まで引き出すコーチングの視点を読んだことが無い。パワハラによる自殺に社会の関心が集まるきっかけとなった風祭氏が亡くなって7年がたった。
命より大切な仕事は無い、という談話を母親が発表されたが、事件が起きてからも電通の上司側の談話は無い。新入社員の指導過程における事件であり、やはり社会は真相を知りたかったはずだ。
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昨日リンの難燃効果の線形性の高さを書こうとしたが、途中で脱線してタグチメソッドもどきの手法を1982年に工夫した体験を述べてしまった。
故田口先生にこの体験をお話しした時に感度を高めるために用いるとよいかもしれないが、ロバストを高めることが技術では重要なので、タグチメソッドを用いるように、と褒められた。
たしなめられた、と書くべきかもしれないが、誤差因子を割付けず、相関係数の高くなる条件を求める方法として認めていただいたので、褒められた、と捉えている。
PがLOIに対して高い線形性を示すのは、燃焼時に炭化促進触媒として機能していることを示している。Pの脱水機能で炭化が促進されることは、1970年代に明らかにされ、多数のリン酸エステル系難燃剤が1980年代にかけて開発された。
ところで、Pと同様に燃焼時に炭化促進効果が高い、塩ビと三酸化アンチモンの組み合わせについて、高い難燃効果が得られることは1970年以前に知られていた。
この難燃化機能について、気相で塩化アンチモンを生成し、それが燃焼面の空気を遮断してチャーと呼ばれる独特の炭素を生成することが科学的に確認されたのは、1980年前後のことである。
そして、塩素より重い臭素ならば、アンチモンを併用しなくても原子が重いため効果が高いだろうと着眼し、毒性の高い臭素ガスが燃焼面で漂い空気を遮断することを期待して、多数の臭素系難燃剤が1980年から90年にかけて開発された。
今は安価となったが、昔の臭素系難燃剤は高かった。臭素系難燃剤もアンチモン系化合物との併用効果が確認されている。しかし、このようなハロゲン系難燃剤の問題として、燃焼時に大量のすすが発生することだ。
当方のセミナーでは、それを示すために、ホスファゼン添加系の場合と塩ビとアンチモン系化合物との併用系との比較実験写真を見せている。その差に誰もが驚く写真である。
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高分子材料に対するリン(P)の難燃効果は、他の元素に比較して線形性が高く、添加量を増加させればLOIの値は、上昇する。
空気のLOIは、21であり、ゆえにこの値が21未満の高分子材料は空気中で燃焼し続ける。しかし、ローソクの炎程度の火炎による燃焼では、この値が21以上の高分子材料は自己消火性となる。
難燃剤無添加でもLOIが21以上であり、空気中で自己消火性を示す高分子材料には、ザイロン、PPS、プロセス制御されたフェノール樹脂、分子設計されプロセス制御されたPIなどがある。
フェノール樹脂で「プロセス制御された」と接頭辞をつけたのは、不適切なプロセスを選択するとLOIが21未満となるフェノール樹脂が合成される場合があるからだ。
同様に、PIでは適切な分子設計まで行わなければLOIが21以上のPIを製造することができない。困るのは、総説などでこれらの高分子のLOIについて注釈が無く21以上のLOIを示す、と書かれていたりすることだ。
フェノール樹脂天井材の開発を行ったときに、同一ロットのレジン原料でLOIが大きくばらついてびっくりした。さらにそのばらつきは製造条件により変動する。当時タグチメソッドなど知られていなかったので、当方は外側因子に信号因子としてLOIを割付け、実験計画法を行い、最適化している。
すなわち、データ駆動で安定したLOIが21以上となるフェノール樹脂を製造したのだが、LOIを信号因子として割付けず、実験値として用いた場合には、ロバストの再現実験を行っても再現しなかった。
タグチメソッドが実験計画法ではないことが知られているが、実験計画法よりもタグチメソッドのロバスト再現性が高いのは、誤差因子を外側に割付け、ラテン方格を用いたときにラテン方格が誤差変動へ与える影響を少なくしているためだ。
このことから、タグチメソッドを成功させるためには、可能な限り誤差変動に大きな影響を与える因子をすべて網羅し、調合誤差として用いる。
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高分子の難燃性にプロセス依存性が現れるのは、難燃剤の分散状態がその効果に影響を与えるためである。反応型難燃剤は、その問題解決のため考案された。
しかし、コストアップにつながるので普及していない。また、分散技術が進歩したので添加型と反応型の差が少なくなったのも一因である。
難燃剤は、その添加により大きく効果として現れるので、研究が進んだが、その他の高分子の一次構造の効果や組み合わせ効果について、難燃性への寄与が小さいのでよくわからないことが多い。
例えば、硫黄(S)の難燃効果について、フェノール樹脂とポリウレタンで検討したが、効果の存在を確認できても量依存性について結論を出すことができなかった。
難燃性能の評価法としてLOIは、その評価原理から理解しやすく、また評価データにも多くのケースで線形性が現れるので扱いやすいが、Sの難燃効果を評価すると添加量に対して非線形となった。
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PPSの高い難燃性能では、分子構造に含まれるSも寄与している可能性が高い。また、PPSに含まれる芳香環の凝集性に着目するとPH01同様の難燃助剤としての機能を期待できる。
現在のところ、燃焼時に効率的にチャーを生成できる触媒はオルソリン酸を含むりん系化合物以外知られていないが、こうした難燃助剤と呼びたくなる化合物との組み合わせで、リン系化合物の添加量を減らすことが可能となる。
それではリン系化合物の添加量をどの程度添加すると空気中で自己消火性となる高分子材料を設計できるのか。これは高分子の種類と難燃剤であるリン系化合物との組み合わせで変化する。
また、リン系化合物の分散状態にも依存する。高分子材料へ低分子を分散するときに低分子のSP値がそれに関係しているようなデータも得られている。
SP値が関係しているとすると、PC/ABSのようなポリマーアロイの場合の難燃性高分子の設計をどのように行うのか、という疑問がわいてくる。
SUSHIを用いてシミュレーションをしてみると、どの高分子の相に難燃剤が分散するのか、という仮説により設計方針が変わる。PC/ABSの難燃剤としてBDPが良く用いられているが、これはシミュレーションによりPC相に分散しやすい傾向が示されることから納得できる。
このような工夫や思索をあれこれしてもカオス混合を用いるとびっくりする。難燃剤の種類の差をリン原子の含有率を揃えて比較して1%前後の違いとなる現象が観察されるからで、プロセスの寄与に関心が向く。すなわち二軸混練機を用いた場合にはプロセス条件が大きくかかわる。
このような経験知を獲得すると、射出成形条件によりLOIがばらつく現象を理解できる。射出成形では、二軸混練機で不十分だった混練がわずかに進むからである。
これは、過去に東京大学生産技術研究センターの研究において、金型内の樹脂流動の可視化データを見ればわかる。ゲート部分で剪断流動が起きている。
金型の設計により伸長流動も起きる場合があり、剪断流動と伸長流動が発生すれば混練が進行することになる。高分子の難燃性を向上できる金型設計という技術特許を出願することが可能である。
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日本生産性本部が19日発表した2021年の労働生産性の国際比較によると、日本の1時間あたりの労働生産性は49・9ドルで経済協力開発機構(OECD)加盟38か国中27位だったそうだ。
日本人の労働生産性の低さは、長時間労働がその原因と昔から言われており、20世紀末に総労働時間1800時間を目標に日本中がその削減に努力した。
当時ささやかれたのは中高年のデジタルリテラシーの低さだった。当方はすでに40となり、中高年の仲間入りをしていたが、驚いたのは部下に資料作成をさせている管理職が多かったことだ。
プレ資料ぐらい自分で作成せよ、と言いたかったが、転職者ゆえに我慢した。面白いのは10年後にはそのような管理職は周囲に少なくなった。
それから5年後2つの会社の統合のため生産性の高い仕事をしていた当方は何故かリストラされ、フィルム事業とは全く異なる事業部のある豊川へ単身赴任している。
腐ることなく気持ちを切り替え(注1)、たった3人で6カ月という短期間で、その基盤技術のない会社でコンパウンド工場を立ち上げた。これは工場立ち上げを経験された方なら、あるいはコンパウンド製造ラインをご存知の方ならば、異常な生産性の高さ(注3)であることをご理解いただけると思う。
当方はゴム会社でもたった一人で、高純度SiC半導体治工具事業を住友金属工業とのJVとして立ち上げている(注2)。さらに電気粘性流体の耐久性問題の解決やその性能向上のための傾斜機能粉体の合成はじめ3種の特殊粒子の開発を同時に行っている。当時の研究所の一人平均の4倍以上成果を出していた。上司の手紙が証拠として残っている。
これらを可能としたのは、デジタル技術である。ゴム会社では、主にLattice CとLOTUS123を駆使しFDがノート代わりだった。ゆえにそのFDをいたずらされた事件を隠蔽化されたので、高純度SiCのJVが立ち上がったところで転職している。
生産性を落とすような環境で仕事などできないと判断したのも理由の一つである。DXの進展で、本来は生産性が上がらなければいけない。まさか日本全国でデータ媒体のいたずら事件が起きているわけでもあるまい。
来年、当方の仕事のノウハウを公開するセミナーを企画している。確実に技術者の生産性が上がる方法である。余った時間で新しい技術の構想を練るようになれば、日本の将来は明るい。
(注1)この欄で投げ売りされていた新品のギブソンES335を購入した話を紹介している。ES335のおかげで自己の強みを再認識して単身赴任している。もちろんES335も単身赴任先に持っていったが、5年間一度も弾くことが無かった。その代わりカオス混合はじめ5年間に数多くの成果を出すことができた。早期退職の翌年には最後の仕事が社長賞を受賞している。元部下が記念のPETボトルを大量に送ってきてくれた。
(注2)Y本部長時代に社長方針1.電池、2.メカトロニクス、3ファインセラミックスが出されていたが、Y本部長はファインセラミックスに前向きではなかった。しかし、当方の活動により2億4千万円の先行投資が社長決裁で決まっている。U本部長になり、プロジェクトは縮小されたので生産効率を上げる工夫をしなければならなくなった。ただ、U本部長はそのためのアイデアをいろいろ指南してくださった。研究者が営業部員となって活動することもその一つだった。それだけではない。設備が無ければ外部機関の設備を借りて実験を進める活動も。機密の問題については、いわゆるアジャイル開発で特許出願して守ればよい、という指導だった。U本部長からI本部長に代わり、当方一人で推進していた高純度SiCの住友金属工業とのJVは、厳しい扱いを受けた。電気粘性流体の仕事も手伝うことになったのだ。おそらく人生で最大の生産効率だったと思っている。この経験を活かし、転職後コンパウンド工場を立ち上げている。ホワイトカラーの生産効率については、知識労働者が主体的に行動しない限り、上がらない。そのために職務権限をどうするかは重要である。このあたりの考え方については弊社にご相談ください。
(注3)コンパウンド工場の立ち上げは、予算外の業務だった。上司のセンター長は権限上限の決済を決断し、当方は本来のグループ運営の業務を部下の課長2人に任せ、自ら現場で中古機の組み立てを手伝って成し遂げた生産効率である。役職者がその役職にしがみついていては、いつまでも生産性は上がらない。
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燃焼時に炭化しやすい高次構造になっているかどうか、という点と、炭化した構造が層を形成し酸素と熱を遮断できる機能が生まれるかどうかが、高分子の難燃化では大切である。
この時、気相で空気を遮断して炭化を促進する機構の難燃剤と固相あるいは液相で有機物の脱水触媒として働き、炭化促進機能を発揮する難燃剤の2種が存在する。
PEやPPなどのポリオレフィンの難燃化において、これを満たすように添加剤を工夫すると、後者で用いられるリン酸エステル系難燃剤の添加量を減らすことが可能となる。
PH01という新たな難燃助剤を5年前に開発したが、難燃助剤としてだけでなく、流動性改質剤としても機能することがPPで確認された。
PPのガラス繊維補強樹脂のMFRは流動性が悪く、そのために流動性改質剤を添加するが、そのかわりとしてPH01を添加すると難燃性を向上するだけでなく流動性まで改善できるので便利である。
PPと異なる樹脂ではどうなるか。たまたま、炭素繊維をPPSで被覆し複合材料を製造する技術の相談を受けたときに、このPH01を試したところ、PP同様に流動性が改質され、押出成形温度を10℃下げることが可能となって炭素繊維の酸化劣化を防止できた。
面白いのは成形温度を10℃下げる機能があってもTgには影響を及ぼさないのだ。この理由は、成形後PH01が球晶を形成し、PPSの分子運動性に影響を与えないため、と想像している。
このPH01の分子設計では、主に難燃化助剤として思考実験により開発しているが、高分子の燃焼状態を観察して得られた妄想でも体系化すれば、経験知として科学の形式知同様に活用できる。
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