論理で仕事を組み立て、その結果見落としが生じても気がつかないということは、形式知の情報が乏しい時によく起きる。このような場合には、形式知重視の進め方だけでなく、思い切ってすべてのケースについて実践知に基づく実験を進めた方が良いという事例をERFの体験で書いたが、高純度SiCの発明プロセスに話を戻す。開発に用いたフェノール樹脂の処分作業がどうして楽しかったのかという4日前の話の続きである。
フェノール樹脂やポリエチルシリケートの反応に関する形式知は、当時実用性の乏しい内容しか公開されていなかった。フェノール樹脂発泡体を用いた天井材の開発では、酸触媒により反応速度が異なることは、形式知から理解できていても、フェノール樹脂に添加剤が入って複雑な処方になると、その形式知は活用できず試行錯誤で発泡とゲル化のバランスをとることになる。科学的な反応解析も可能であるが、合理的な試行錯誤の実験方法であるクラチメソッドのほうが効率がよい。
ところが、主任研究員である上司から、試行錯誤ではいけない、科学的に仕事を進めよ、と言われていたので、最適化実験以外に、ゲル化速度のデータを収集したり、発泡速度が系の内部温度で決まる、という仮説を支持するデータを集めたりしなければいけなかった。しかし、このようなデータは一年と言う短期の開発では、研究成果を活かすことができない。(注1)
しかし、役に立たない、と言ったならば、基礎研究をやれと言われ仕事が増えることは経験から学んでいたので、片手間に集めたデータに速度論の色をつけて、試行錯誤で出来上がった技術の説明に利用していた。この時運よく、パチンコ玉を使ったゲル化速度測定法に関する論文を見つけた。
これは、アメリカの技術者によるややインチキ臭い論文だったが、反応速度論など十分に理解していない上司には、歓迎された。このような状況では、試行錯誤による開発成果をあたかも形式知で出来上がったかのように組み立て説明すると上司を満足させることができた(注2)ので、そのおかげで反応速度論については深く勉強する機会となった。
不燃天井材の開発は、科学的な成果を求める上司と技術で短期に仕事を解決したい担当者の思いとのジレンマで悩むこととなったが、これは、技術と科学の違いについて企業のモノつくり哲学を深めるために良い体験だった。
この体験のおかげで、フェノール樹脂とポリエチルシリケートとの相溶を否定するフローリーハギンズ理論という形式知など怖くは無かった。現象の一部しか占めていない形式知で否定されたとしても、天井材の開発で行ってきたような試行錯誤ですべての条件で実験を進め、形式知から漏れた条件を見つければよいだけである。
幸いなことに天井材の開発に使用し余ったフェノール樹脂やポリエチルシリケートは大量にあった。さらに、ごみ処理業務なので科学的なレポートをまとめる必要もなかった。フェノール樹脂とポリエチルシリケートが相溶し透明になった状態だけを目標にひたすら混合すればよいだけだった。
(注1)研究としてまとまったときには、すでに天井材の配合が完成していた。すなわち研究と開発が同時進行で進むコンカレントエンジニアリングというとかっこよいが、研究のための研究を開発データから流用し、まとめていただけである。科学一筋の人は研究を先に行うかもしれないが、研究で解明される結果と、開発で望んでいる結果が異なっていた、という事態になる。この場合、ゲル化と発泡反応のバランスをとる界面活性剤と酸触媒が必要なのだが、研究成果では、それぞれが反応に及ぼす効果を示す結果しか得られない。そこから最適な組み合わせが分かるのかというと、残念ながら研究成果と実際の結果は異なることになる。しかし、報告書は、研究報告書と開発報告書が同時に作成され、このような作業で作成された報告書は、あたかも研究成果はすばらしく、開発にそのまま活かされているようなレポートを作成することが可能である。研究は千ミツと言われているが、すなわち1000個研究して3つ成功すれば良いそうだが、このような研究レポート作成法は開発が必ず成功する研究を約束する。このとき、無駄な作業をやらされている、という気持ちが強かったが、言われたことをサービス残業の連続で遂行してみて、良かったと思っている。すなわち、研究と開発をコンカレントに行う必要がなく、研究報告書が必要であれば、開発を完了してから研究報告書を作成すると、同じようなレポートを作成することが可能となる。そうすると開発を100%成功できる研究のやりかた、となる。じつはこれは大切なことで、開発で得られた実践知の中から形式知をまとめておく、という作業であり、技術の伝承のために重要なことである。
(注2)科学のまずいところは、あたかも論理的に正しい議論に組み立てると、それが真として定まってしまうことである。この時の上司への説明では、データの捏造をやっていない。また、捏造ではない証拠に、その時の論理的説明のとおりに技術ができあがり、工場で安定に生産できているのである。しかし、説明している当方は、捏造に近い恥ずかしさがあった。例えば、熱分解の速度論では、TGAのグラフで接線を引いて値を求めたりするが、当時はアナログデータしか取得できなかったので、チャート紙の上で、自分の好きな傾きで接線を引いても問題にならない時代だった。ただこの時の気恥ずかしさから、高純度SiC生成の反応速度論の解析では、2000万円かけて当時の技術レベルでほぼ完璧といえる熱天秤を自力で開発している。学位論文にその天秤の仕組みと解析データが掲載されているのでご興味のある方はご一読ください。ちなみに当時1000℃までのTGAならば500万円以下で購入できた時代である。しかし、2000℃まで短時間に温度を上げることが可能な熱天秤など存在しなかったので4倍の値段をかけてでも会社から許可が出たのである。科学をまじめに追究するのはお金がかかる。ちなみにSTAP細胞の研究費は1億4500万円かかったそうだ。
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300種類の界面活性剤について、カタログデータを用いて主成分分析を行うと、それらを幾つかの群に分類することができた。この処理で得られた結果は、統計的に偶然得られた関係である。これが科学的に意味のある関係かどうか、すなわち形式知として認められるかどうかは、統計的な意味と科学的な意味とのすりあわせ考察を行い、そこに普遍的な関係を見出だし、実証実験を行い、形式知として、改めて考察しなおさなければいけない。
しかし、技術開発に使うだけであれば、この分類された結果を一つの「機能分類表」と捉えノウハウあるいは実践知としてそのまま活用可能である。軟質ポリウレタンフォームの報告書を書くために作成した界面活性剤の分類マップをERFの劣化問題でも活用した。すなわち、増粘したERFを200個の試薬ビンに分けとり(注1)、それぞれにすべての群から選ばれた界面活性剤を一種類ずつ添加し変化を観察したのである。
この作業を形式知としてよく用いられるHLB値だけを頼りに行うと、昨日説明したような理由で最適な界面活性剤を見落とすことになる(注2)。実践知を用いて、すべての条件を実験するという姿勢が大切である。
また、界面活性剤はいろいろな分野で用いられるキー素材であり、等しいHLB値でも分野が異なると用いられる界面活性剤の分子構造が大きく異なっている場合も多い。表面界面の科学は21世紀の今日でも新しい研究論文が出ているような分野なので、形式知だけですべてを語ることは難しい、と思った方が良い。その道の職人の意見の方が、アカデミアの先生の意見よりも正しい時がある。
研究として界面活性剤の検討を真面目に行うと大変な工数がかかるが、界面活性剤の特定の機能だけを調べたいのであれば、実験計画そのものを簡単にできる。
ERFの劣化問題では、粘度を下げることができる界面活性剤を見つけるだけ(注3)なので、200個の試薬ビンを一晩静置し、翌朝粘度の下がっている試薬ビンを見つければよいだけである。この探し方も、目の前で試薬ビンを振り観察するだけの簡単な作業で済む。目視で粘度変化が分かるくらいの効果が現れない界面活性剤では、実際に用いることができない。
ところで、軟質ポリウレタン発泡体の場合には、界面活性剤とイソシアネート以外の成分をあらかじめ大量に混合しておき、ここから紙コップで分取して、紙コップの中で界面活性剤とイソシアネートを添加した時の反応を観察するだけの簡単な作業で簡単に最適な界面活性剤を見出すことができた。
以上のように、形式知に頼り真面目に実験を行っても、漏れがあったならば、長時間かけて否定的な結論しか得られないが、漏れがないようにすべてのケースについて(その結果、実験数は膨大になるが)実践知を活用して機能だけを追求する(その結果、実験時間を短縮できる)ような実験を行えば、短期間で技術シーズを見出すことができる。
この連載で伝えたいことは、何でも科学的に行おうという考え方をそろそろ見直したほうが良いのではないか、と言うことである。科学は技術者にとって便利で大切な哲学であるが、形式知が不足している分野では、それを使って問題解決できない場合も出てくる。しかし非科学的な方法で問題解決できるならば、それは良い方法で活用すべきである。iPS細胞の研究も非科学的問題解決法から始まっている。
(注1)この時手元には200種類の界面活性剤しか用意していなかった。
(注2)実際に複数のスタッフが一年以上界面活性剤の検討を行ったが、この問題を解決できる界面活性剤を見つけることができなかった。HLB値を頼りに100種の界面活性剤について実験を行ったそうだが、それでも見落としているのである(当方は偶然二倍の量だったが実験は一晩である)。科学は普遍的な真理を提供してくれるが、それは自然現象をモデル化したある側面の真理であることを忘れてはいけない。
(注3)繰り返しになるが、ゴムに封入されたERFの機能が喪失した現象を問題として捉えるときに、(1)増粘しているERFに着目する、(2)ゴムに着目する、(3)ゴムとERFの界面に着目するという3つの視点がある。当方にお手伝いの依頼が来たときには、(1)の視点については解決策が無い、という結論が出され、難しい(2)と(3)の視点で問題解決しようという方針が立てられていたようだ。しかし、そのような方針すら知らされなかったので、まず一番解決しやすいと思われる(それゆえ依頼してきたマネージャーも最初に取り組み否定証明で解決策無しという結論をだした。)(1)の視点で実験に取り組んだ。同じ部門でありながら、奇妙な秘密主義のおかげで問題解決が早くできた。
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係長に相当する研究所の中堅スタッフを扱うのに、単なる肉体労働者のような指示の出し方をするようなマネージャーはその職務に適さない。知識労働者と言うものは、資本と同じであり、戦略的に投入しなければ、無駄になるだけでなく、マネージャーの意図しない貢献をしたりする。
ドラッカーの著書が愛読書であった当方は、方針の提示など何も無かったので、真摯に貢献の道を探り、会社における当方の職位からERFの新しい技術企画提案が最善の道と自分で決断した。それで、オイルや微粒子設計、そして耐久性劣化問題の解決法について急いでまとめたのである。
オイルと微粒子設計については、長くなるので説明を省くが、ERFの耐久性劣化問題の解決法について、実践知をどのように活用したのか説明する。形式知については、当方が要求してもマネージャーから情報を見せて頂けなかった。しかし、耐久劣化したサンプルだけは頂くことができた。実践知を働かせるだけならば、分析データも何も必要なく現物があれば十分だった。
サンプルで起きている現象は、ゴムの配合物がオイルにより抽出され、増粘しているだけであった。ゆえに正しい問題は、「オイルと微粒子、ゴムの多数の添加剤が混合された系の粘度を下げるにはどうしたらよいか」、となる。すなわち、「耐久性劣化という現象の理解」では、正しい問題設定をできない。
多成分系が分散してゲル化したオイルの低粘度化方法が正しい問題であり、正しい問題が分かれば解決方法は簡単で、オイルの粘度調整剤を見つければよいだけである。
多成分が分散したオイルの粘度調整剤とは、いわゆる界面活性剤である。界面活性剤については、天井材開発前に担当した軟質ポリウレタン発泡体の難燃化技術開発で、その形式知があまりあてにならないことが分かっていた。すなわち、当時の教科書に書かれていた界面活性剤の形式知は、HLB値というパラメーターを基にして大系がまとめられていた。
しかし、等しいHLB値の界面活性剤を用いても、ポリウレタンフォームの発泡反応の挙動が大きく異なる場合があった。当時の教科書には、そのあたりが詳しく説明されていなかったし、困ったのは界面活性剤メーカーの技術者も形式知の範囲で情報提供してくるだけだったことである。
ホウ酸エステルを添加したポリウレタンの発泡反応について、一流界面活性剤メーカーの技術者でもお手上げ状態だった。仕方がないので、手当たり次第に界面活性剤をテストし、最適界面活性剤を見つけたのだが、困ったのは報告書をまとめる時であった。
研究所の報告書ともなると、力ずくで見つけましたとか、iPS細胞のようにあみだくじ式に見つけましたでは、評価されないばかりか、報告書に上司の印がもらえない。アドバイスでももらえれば良いのだが、形式知が欠落している分野で「科学が命」とがんばってきた人には、「これぞ修士という報告書を書いてくれ」程度のアドバイスしか出てこない。
仕方がないので、テストに用いた300種類の界面活性剤についてカタログに書かれたパラメーターを主成分分析し、第一主成分と第二主成分を求め、その座標系にデータをマッピングした。
ただ、第一主成分と第二主成分の寄与率を精査したところ、それぞれをある数式で表現することもできたので、倉地の経験式として名づけ、それらを軸とした平面に300種類の界面活性剤をマッピングしなおしたところ、主成分分析のマッピングと類似の図が得られた。
HLB値は、形式知としても認められているパラメータであり、第一主成分に寄与率70%で含まれていた。ゆえに倉地の経験式ではHLB値+α(補正値)という表現になっている。第二主成分にはHLB値の寄与率は極めて小さく、曇点とか凝固点などのパラメーターの寄与が高かったので、構造因子と名付け、計算式はax曇点+bx凝固点+β(構造修正項)とした。
このマッピングされた結果を見ると、等しいHLB値の界面活性剤でも構造因子が異なると、大きく離れた位置に現れる。面白いことに、発泡反応のバランスを取ることができた界面活性剤の近くにプロットされた界面活性剤ならばどれを用いても、安定に発泡反応を進行させることができた。(続く)
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話が横道にそれたが、高純度SiCの開発プロセスについて中断し、少し電気粘性流体(ERF)を事例に実践知による問題解決の重要性を書いてみる。
ERFは、絶縁オイルに半導体微粒子を分散した流体で、この流体に電場をかけると微粒子が帯電してつながりゲル状態になる。そして、電場を取り除くと帯電状態から解放され、元の流体に戻る。すなわち、電場のONとOFFで固体に近い高粘度状態にしたり、低粘度の流体にできたりと、可逆的に電場で粘度を制御可能な流体である。
しかし、どのような半導体微粒子と絶縁オイルの組み合わせでも、可逆的なER効果が発現するわけではない。1980年頃はERFが登場して40年ほどしかたっていなかったので、どのように半導体微粒子を設計すればよいか、まだ形式知として知られていなかった。この形式知が存在しない時代に、当方の発明による3種類のERF用微粒子構造設計法の特許が出願されている。
一つは、微粒子の表面から内部にかけて抵抗が10の12乗Ωcmから10の5乗Ωcmに低下している傾斜組成の微粒子構造である。二つ目は、あたかもコンデンサーが分散した構造のような微粒子である。そして三つ目は絶縁超微粒子を半導体中に分散した構造の微粒子である。いずれも1μm前後の大きさの微粒子の構造を実際に制御して創り上げた世界初の材料で、実践知と馬鹿力により瞬間芸あるいは手品のごとく短期間で開発している。
オイルについても、誘電率が高いとER効果が高くなるので、ホスファゼンオイルを発明したが、これは大学院時代に恩師から授かった形式知の成果であり、その後この技術は二次電池の電解質の難燃剤技術へ展開されて行く(形式知の良いところは、論理がつながる限り、すぐに第三者が開発に取り組める長所がある)。
但し、微粒子がうまく材料設計されていれば、オイルはホスファゼンオイルのように高誘電率でなくても高いER効果を出せたのでこの技術は蛇足だった。また、その後誘電率が高いと応答性が悪くなるという問題も見つかった。
さて、ERFとはこのように特殊な絶縁オイルと特殊な構造の半導体微粒子との組み合わせで構成されるが、これをゴムの中に封入して用いると、ゴムの配合成分がERFへ抽出され、その結果ERFが増粘し、ひどい時にはゲル状になる。ゲル状になってしまうと、電場のON、OFFで粘度変化を制御できなくなり、電気粘性流体の機能が無くなる。これがERFの耐久劣化問題である。
ERFをゴムに封入し耐久試験を行うと一週間未満でER効果を示さなくなる。ゴムの種類によっては、耐久試験を始めて一日でダメになることもあった。ERFの実用化のためにはこの劣化問題の解決が不可欠だった。
そこで、高純度SiCの事業化を一人で推進していた当方が駆り出されたのだが、ひどいのは同じ研究部門に所属していたにもかかわらず、それまでの開発成果を見せてもらえず、ただ一週間後から仕事を手伝ってくれればよい、という指示だった。それで、一週間の猶予の間に、耐久性の劣化問題の解決とERFの微粒子設計、そしてホスファゼンオイルのアイデアなどを実験結果を添えてまとめた。周囲はびっくりしていたがーーーー。
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フェノール樹脂とポリエチルシリケートとをリアクティブブレンドで相溶させる技術は、形式知だけでは実現できなかった。フェノール樹脂やポリエチルシリケートの個別の反応に関する形式知は存在したが、両者が共存した時の反応に関する形式知は、公開されていなかった。
SiC化反応(シリカ還元法)の反応前駆体となるシリカとカーボンの均一混合物の製造方法については、(1)シリカとカーボン、樹脂を混合し固める方法、(2)カーボンとポリエチルシリケートとを混合し固める方法、(3)フェノール樹脂とシリカを混合し固める方法の3種類が、特許として公開されていた。
ポリエチルシリケートとフェノール樹脂をリアクティブブレンドしてコポリマーを生成する技術が公開されていなかった理由は、すでにここで書いたように、相分離してそれぞれの高分子が個別に反応するため、急速に分離し不均一な前駆体しかできないからである。
(2)法と(3)法が公開されていたので、リアクティブブレンドは誰でも思いつきそうな技術であったが、このアイデアは形式知であるフローリーハギンズ理論からは否定され、実験を行っても理論の再現を確認するような結果となる。すなわち仮にアイデアが生まれても、研究者ならば否定証明を行いたくなり、モノはできない。
話が高純度SiCの発明プロセスからやや脱線するが、この事例のように、形式知が新しいアイデアを抹殺する事態は数多く存在する。ところが大半の研究者は、科学という形式知の世界で仕事をしているのでそのことに気がつかない。その理由は、形式知で否定される現象については懐疑的に見ながら実験で確認し、実験でうまくできないと安心して否定証明を行うからである。
例えばSTAP細胞は、一流の研究者がその再現にチャレンジしたができなかったので存在しない、とされたが、もし楽観主義者か未熟な誰かが科学的に否定できない条件で実現したら、「存在しない」とされた結論がひっくり返る可能性がある。
STAP細胞に限らず、このようなことは度々起きる(注1)が、否定証明が成された直後にその結論がひっくり返るようなことは、あまり起きないので気がつかないだけである。また、否定証明され「起こりえない現象」とされた結論が、その直後にひっくり返ったならば大騒ぎになる。
例えば、こんな事例もある。留学から会社へ戻り、高純度SiCの事業化で苦しんでいた時に手伝った(注2)電気粘性流体の耐久性問題では、界面活性剤の添加という手段で問題解決できない、という結論が否定証明で出されていた(注3)。
HLB値というパラメータを軸にして、すべての検証が行われたかのようなレポートを転職直前に見せてもらったが、科学的にその内容が正しくとも技術者から見れば大間違いのレポートだった。幸運にも当方に問題解決の依頼が来た時には、このレポートの存在を知らされず、ただ仕事を手伝え、と言われただけである。そこで実践知として体得していた技術の定番である界面活性剤を用いて1週間ほどで問題解決をした。
実践知を用いた技術的問題解決法というのは、形式知を重視している人からは許しがたい方法に見えるものらしい。しかし、形式知が存在しない領域の現象を扱う時には、暗黙知や実践知を総動員して問題解決しなければ、新しい技術など生まれない。これを科学の時代だから研究を行い形式知を蓄積して問題解決しましょう、などと言い出す人がいるから困る。
現代の科学で解けない問題や、科学を用いずに解いた方が早い問題は世の中に多数存在する。ビジネスの世界では大半がそうだ。電気粘性流体の耐久性改善問題では、増粘してだめになった電気粘性流体を200個の試薬ビンに入れ、その200個の試薬ビンへ全て異なる界面活性剤を添加し、一晩放置後、粘度が低下している試薬ビンがないか探しただけである。そして、たった一晩で答が出た。出た答についてその再現性や理論的こじつけを考えるのに3日かかり、企画書が出来上がったのは実験を始めてから5日後だった。
(注1)STAP細胞については、まだ、いろいろな条件を設定して行った実験でできなかった段階である。数学的帰納法では、すべての自然数で成立しないことを論理的に示すことができるが、自然科学の新しい現象について、すべての条件でその現象が起きないことを示すのは難しい。
(注2)今ならば、パワハラあるいはモラハラになるが、単なる肉体労働をすればよいとか、どうして頼んでもいないことを考えるのか、とリーダーに叱られたりした。当時は貢献したいと真摯に考えての行動だったが、理解されなかった。ゆえに「手伝い」という表現を用いている。実際には片手間の手伝いのつもりではなく、遅れていたテーマを強力にバックアップする意気込みで仕事をしていた。
(注3)ようだ、と表現したほうが適切かもしれない。お手伝いの依頼を受けた時には、界面活性剤を検討した結果について情報を頂けなかった。ただ、界面活性剤でできるのではないか、と依頼を受けた直後に応えたら、「そんな簡単な問題ではない、ゴムの配合を検討しなければいけないのでその開発要員だ。」と言われた。
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フェノール樹脂とポリエチルシリケートとのリアクティブブレンドは、フェノール樹脂天井材の開発初期に、技術が成功した、と報告書にまとめていた。この報告書にはシリカ超微粒子をフェノール樹脂マトリックスにナノ分散するための技術として書かれている。
ここに書かれた材料でも1000℃まで焼成すれば高純度のシリカと炭素の均一混合物を製造できるので高純度SiCの原料として使えないことはない(注1)。しかし、シリカのナノ粒子と言っても電顕で詳細に調べると粒度分布があり、SiC生成反応が不均一となる心配があった。(注2)
フェノール樹脂開発前に担当したポリウレタンの難燃化技術のテーマで、ホウ酸エステルとリン酸エステルとの組み合わせ難燃剤システムを開発していた。この技術は無機高分子のモノマーに相当する成分をポリウレタンに分散し、燃焼時の熱でこれらを反応させて無機高分子を合成するという画期的な方法である。この時に得られた実践知からも、ナノレベルの微粒子分散系と分子レベルで分散した系とは反応の均一性に差が現れることが予想できた(注3)。
実践知をもとに、いろいろ技術イメージを展開すると副生成物による弊害について思考実験で確認できた。すなわち、微粒子や分子状態の難燃剤を添加した様々な難燃性高分子をTGAで解析した経験から、理想と異なる微粒子を分散したSiC前駆体で生じる弊害を予想したのである。恐らくこれはファーガソンの著書「技術者の心眼」に書かれた心眼の使い方と同様と思われる。
そして、シリカと炭素が均一な反応で進行し、生成するβSiCの粒度が揃うためには、シリカが分子レベルで炭素に分散している構造が不可欠という結論が思考実験から導き出された。このような構造が得られるためには、フェノール樹脂とエチルシリケートとのリアクティブブレンドの段階で両者の高分子が相容し,コポリマーが生成しなければならない。
フェノール樹脂天井材の開発で行った実験では、形式知を動員してもイメージ通りにうまくゆかなかった(注4)。しかし、天井材の開発を完了後、技術の見直しを行ってみると、なぜか頭の中でうまく反応が進行してゆき、理想の技術を実現できそうな気がしてきた。すなわち、天井材の開発過程で遭遇した新たな現象から利用できそうな機能を取り込み思考実験を繰り返すことにより、フェノール樹脂とポリエチルシリケートを反応させた時に生成する、透明な液体が、中間体として合成されるイメージが具体化された。
しかしこの結論は、形式知から見出されたわけではなく、実践知の組み合わせによる思考実験から導かれたものであり、非科学的な見通しだった(妄想と言う人もいる)。
(注1)シリカ還元法によるSiC合成法では、シリカ微粒子とカーボン粉体を樹脂で固めてペレット化した原料が使用されている。あるいは、シリカ微粒子とカーボン粉末の流動層で反応を行っている場合もあるが、反応に必要なカーボン量の2倍から3倍の量のカーボン粉末を使用している。そしてSiC化の反応終了後、カーボンを燃焼させて除去しSiCを取り出しているが、その結果、シリカ不純物が生成するという問題を抱えている。ポリエチルシリケートとフェノール樹脂のリアクティブブレンドで生成したコポリマーを使用した場合にはほとんどカーボンを残さないようにしたSiC化の反応を行うことが可能である。2%前後カーボンが残っていても助剤として使用可能なので問題ではない。また、SiCウェハー生成用に用いる場合でも問題とならない。
(注2)この1年半後、無機材質研究所の留学から戻り、自作の熱天秤を用いて研究したシリカ還元法の速度論で見出された結果では、この前駆体を用いるとSiOガスが生成し、炉内を汚染するという可能性が示された。
(注3)燃焼している材料では急激に酸化が進んでいる部分とそうではない部分との界面が存在する。あるいは、あくまでも燃焼は気相で進み、燃焼が進んでいないところとの界面を仮定する場合がある。この界面で無機高分子が生成するとそれが耐熱層となり、酸化の進行を止める。この界面に無機高分子相が生成する現象は科学的に確認され実証実験にも成功している。高度な難燃性を実現するためには発泡断熱層の生成が重要と言われているが、発泡断熱層でなくても火を消す作用はある。
(注4)山中先生も、当初実験がうまくゆかず、悩んでいたが、学生の形式知からずれた思い切った実験で突破口ができた、と語られている。
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知識には科学で代表される形式知と経験から獲得される実践知や暗黙知が存在する。20世紀は科学の時代ともよばれ、形式知一辺倒の時代だった。1960年代末から始まった研究所ブームがそれに拍車をかけ、企業でもアカデミアと同様な細分化された知の獲得競争が、あたかも陣取りゲームのように行われた。
そして新たに見出された形式知を基に新たな技術開発が行われ、様々な価値が企業から提供された。しかし、20世紀末の情報革命は、形式知の公知化速度を速め、企業の研究所で開発された形式知の独占期間を著しく短縮化した。また、細分化の方向に進んだ科学は、体系の緻密さを可能としたけれど新しい形式知の創出を困難にしていった。
科学の良いところは、真理が一つと決まっている点と新たに見つかった真理が過去の真理の上に緻密な論理で結合されている点である。だから科学教育を受けた誰でもが形式知の塊である技術を容易に理解できる。その結果、リバースエンジニアリングも活発に行われ、特許で技術が守られているといっても、新たな機能と組み合わせの新規性で特許を回避した新商品の市場参入を許すことになった。
例えば液晶TVや太陽電池のような高度な形式知の塊の商品でも短期にコモディティー化する時代である(注1)。すなわち現代は、単なる形式知の組み立て技術で実現された商品は、戦略を工夫しない限り、新しく見出された形式知を用いたとしても高々20年の市場独占が許されるだけで、すぐにライバルとの価格競争に巻き込まれてしまう。
科学による問題解決法では誰でも真理にたどり着くことができ、そのたどり着いた形式知を共有化するのも容易である。すなわち、科学は技術開発の効率を上げたが、企業に技術の独占という力を与えなかった。それどころか、形式知を重視した結果、実践知や暗黙知が軽視され、リベール容易な技術を生み出すことになった。
衆知のように、科学と技術の目標は異なり、技術では自然現象から新しい機能を取り出して、新しい価値を創造できれば、それだけでよいのである。その時、現象が形式知で記述されていなくても実践知や暗黙知で理解できれば技術を商品に創りこむことが可能になる。
例えば年末まで連載で書いてきた高純度SiC合成技術の基になった、フェノール樹脂発泡体でできた天井材では、難燃化と高靱性化という機能が求められた。材料の難燃化では、その直前まで担当していたポリウレタンの難燃化技術開発で獲得した実践知が重要な役割を担っていた(注2)。難燃化手法だけでなく実験計画法を工夫した手法は、当時形式知で説明できなかった。
実践知を躊躇なく技術開発に用いることができたのは、理論派であった指導社員が教えてくださった「高分子材料の形式知が貧弱」という事実である。徹底して混練ノウハウを伝授していただいたが、カオス混合は当方の宿題とされた。人生とは不思議なもので、ゴム会社でセラミックス事業を起業することになり、カオス混合の開発をあきらめていたが、退職直前に担当した電子写真機用樹脂部品開発で開発「しなければいけない」状況になった。
30年前の実践知と暗黙知を活用し無事開発できたその技術は、10年経った今でも無事トラブルなく稼働している。そして、カオス混合という形式知で解明されていない特殊な混練技術でブラックボックス化されたコンパウンドが安定に生産されている。このコンパウンドは、χが大きなポリマーアロイであり、形式知であるフローリー・ハギンズ理論では理解できないので、リバースエンジニアリングが難しい技術になっている。
(注1)技術の流出が騒がれたりしているが、亀山ブランドのシャープが苦境に立たされているのは、技術に占める形式知の比率が高いためだ。また、製造設備の展示会にゆくと、誰でもお金を出せばその設備を購入することができ液晶TVの製造ラインを作れそうな状態である。ブラックボックス化された技術が無い状態の事業が液晶TV事業である。
(注2)当時日本のトップであったゴム会社の研究所は、アカデミアに近い状態の思想とその会社のDNAに基づく実践知と暗黙知の活用を認める思想のせめぎ合いが存在した。新入社員のスタートが後者の思想の指導社員だったのは幸運だった。ところが、この指導社員とは3ケ月間しか仕事ができず、その後担当したポリウレタンのテーマでは、科学こそ命と言う主任研究員の指導の下、学会発表や論文執筆をさせられた。大学院を修了して間もない小生にはありがたい仕事でもあったが、ゴム会社に入社後1年間で強烈なカルチャーショックを受けていたので、心中複雑であった。また、高分子の難燃化は形式知で語れる部分が少なく(それゆえ形式知による論文は書きにくい)、実践知や暗黙知の占める割合が大きい。実火災など未だに形式知だけでは説明ができない。実践知で偶然見つかった現象を科学的に解析し、形式知の成果で材料設計されたお餅のように膨らむポリウレタン発泡体は、実火災では燃えやすいが、規格に基づく燃焼試験では燃えないという奇妙な商品を生み出した。上司である主任研究員の自慢の成果であったが、こっそりと極限酸素指数を測定し19(空気中で良く燃える材料である)であったことでびっくりした。あわてて問題提起をしたところ、「難燃化技術とは燃焼試験規格に通過する商品を作ることであり、君はまだ実務をよくわかっていない」と妙な指導を受けた。この指導は形式知の視点では正しいかもしれないが、消費者の求めている品質と異なり社是に反する考え方だ。この主任研究員とは、形式知と実践知の戦いのような状態の人間関係になった。その後市場で火災が多発しこの天井材が問題となり、当時の通産省が燃焼試験規格(形式知100%の規格だった)を見直すことになった(新しい規格は、実火災に近づけるために実態に近い試験方法が規格になった。当方はそのお手伝いを担当でき光栄であった)。そしてフェノール樹脂天井材の開発、という仕事を担当することになった。
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フェノール樹脂へアモルファスシリカとリン酸エステルを均一に分散したフェノール樹脂発泡体技術で一番難しかったのは、アモルファスシリカの分散方法である。高分子へアモルファスシリカを均一に分散する技術は、ゴム会社に実践知を有する人が多くいたので問題解決そのものは容易だった。
ところが、形式知ならばすぐに技術ができあがるのだが、実践知や暗黙知を活用して技術を組み立てるときには、再現性の問題あるいは技術の安定性の問題、いわゆるロバストの問題との格闘になる。そして、実験室スケールにおける技術のロバストと生産スケールにおける技術のロバストが異なれば、生産立ち上げに苦労することとなる。
実験計画法からリン酸エステル系難燃剤とアモルファスシリカとの間に交互効果が存在することが示され、この効果のロバストが低かったので量産化の際に技術の微調整が必要だった。しかし、それでも計画に遅れることなく開発から1年程度で技術移管できたので、無機材質研究所の留学を控えた立場では、計画通りできたことよりも留学準備の時間に余裕ができたことが一番うれしかった。
業務移管が無事完了し、開発に使用した様々なフェノール樹脂を処分することになった。社内の廃棄処理施設で処理するには、液状物をすべてゲル化させる必要があった。これはフェノール樹脂と酸触媒をかき混ぜてゲル化させる単純作業である。
天井材開発の初期に、フェノール樹脂とポリエチルシリケートとの混合で相分離してうまくゆかなかったことが気になっていた。フローリー・ハギンズの理論、すなわち形式知からすれば当たり前だが、ポリエチルシリケートが分解したときに生成するシラノールの反応速度はイオン反応よりも遅いので何とか工夫すればリアクティブブレンドできる可能性がある。
すなわち、フェノール樹脂とエチルシリケートとの反応バランスを取ってやれば、RIM技術のようにχの異なる高分子でも均一に相溶させることができる(実践知)。フェノール樹脂の反応速度やポリエチルシリケートの加水分解速度の情報はモデル反応において知られており、それらの形式知の情報を見る限り、RIMのようなシステムができると推定された(技術の大半が実践知であっても、20世紀にできあがった技術には形式知の部分が必ず存在し、その形式知の類似性から新しい技術の成功確率を予測可能である。また、材料技術では、少なからず実践知の部分が必ず存在する。例えば高分子の難燃化技術や混練技術は実践知の部分が多い。)。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子
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フェノール樹脂にナノレベルのシリカを分散する手段としてポリエチルシリケートを使用する必要はなく、フィラーとして販売されている安価なアモルファスシリカを使えば良い、というアイデアはすぐにひらめく。しかし、フェノール樹脂の難燃性改良をどのように実現するのか、という問題は未解決のままである。
この問題については、樹脂の難燃化技術の定石通り、リン酸エステル系難燃剤を使用すれば良いのでは、ということになり、アモルファスシリカとリン酸エステル系難燃剤の組み合わせでクラチメソッドによる実験計画法を行った。このクラチメソッドとは、タグチメソッドが日本で知られていなかったときに、当方が開発したメソッドである。
ゴム会社では入社すると技術者全員統計的品質管理の通信教育を受けさせられた。そしてその受講修了後、日科技連が推進していた同様のタイトルのBASICコースを一年受講する、というカリキュラムで統計的品質管理手法と問題解決法を徹底的に身に着けさせられた。さらに実務でそれらを活用することが義務になっており、研修課担当者のフォローがさらに一年間あった。
ところが、せっかく学習した実験計画法であったが、実務でうまく結果が出ない場合が多かった。しかし、うまくできない、手法がおかしい、などということは受講直後正直に言えない。会社が1名当たり50万円前後の費用をかけて新入社員の教育に採用している統計手法である。定年退職するまでこの会社で仕事をしてゆこうと決心していた当方は、実務にうまく使用できない手法を前にして悩んだ。そこで考案したのがクラチメソッドだった。
当時習った実験計画法では計測値をラテン方格の外側にそのまま割り付ける方法である。このラテン方格の外側にわりつけられた計測値のかわりに、タグチメソッドの感度に相当する相関係数を割り付けて実験したのだ。すなわち、改善効果を相関係数で評価するようにしたらどうなるか、と工夫して実験計画法を使ってみたところ、どんぴしゃで良好な制御因子の組とその値が見つかるようになった。
当方は会社の研修で習った手法を用いて問題解決できればよく、当時それがどのような理由でうまく改善できる仕組みになっているのか深く考えなかったが、ちょうどその時田口先生がタグチメソッドを開発されていた時代(注)でもあるので、無駄なことを考えなくて良かったと思っている。
さて、シリカ変性フェノール樹脂天井材の開発では、外側に割り付ける信号因子は、シリカ量を変量したときの極限酸素指数あるいは脆性の値を用いる場合が多かった。この時極限酸素指数の測定方法も便利に測定できるように改良し、会社から改善提案賞を頂いている。これはゴム会社で貢献を認められて頂いた唯一の賞である。(高純度SiCの事業化では随分と貢献したつもりであるが、----。)
(注)1979年に経営工学シリーズ18として田口先生の「実験計画法」が日本規格協会から発刊されている。その本に書かれた分散分析の手法に損失関数の記述がある。当時企業では、日本科学技術連盟の統計手法が企業内教育で使用されており、そこには損失関数の概念は述べられていない。当時実験計画法だけでも数冊本を買い込んだが、この田口先生の書籍が一番読んでいて面白かった。但し、この書にはタグチメソッドは書かれていない。
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昨日の続きで、フェノール樹脂天井材の開発について。
フェノール樹脂天井材の開発は、難燃性評価用の炎から逃げるように膨らみ合格した可燃の硬質ポリウレタン発泡体に置き換わる商品として企画された。国内で多発した火災の反省から評価法が見直され、難燃性の規格レベルも高くなり、ポリウレタンではゴール達成が難しいので、フェノール樹脂が選ばれた。しかし、フェノール樹脂でも発泡体になると難燃性能が著しく低下するので新しい技術が要求され、無機高分子で変性する技術を提案した。
最初に検討したのは、ケイ酸ソーダから抽出したケイ酸ポリマーの変性効果である。これは当時発表されたばかりの研究成果があり、形式知により良い結果が出ることが見えていた。すなわち、可燃性の有機成分の一部を無機成分で置換すれば、単位重量当たりの発熱量は必ず少なくなる。発熱量が抑制された結果、不完全燃焼となり炭化促進されるという仮説があった。また、無機成分として用いるケイ酸ポリマーの抽出方法もセメントの分析技術として公開されていた。
この実験結果は仮説通りになり、無機成分が多いほど難燃効果が高かった。また、フェノール樹脂そのものが炭化しやすい樹脂だったので、ケイ酸ポリマーを増加すれば燃焼後も構造材としても使用可能なレベルの材料ができた。しかし、問題となったのはTHFやジオキサンを使用してケイ酸ソーダからケイ酸ポリマーを抽出するプロセスである。
作業環境に悪い有機溶媒を使用するだけでなく、抽出過程も考慮すると、かなりのコストアップになりそうだった。そこで当時半導体用途で市場に出回り始めたポリエチルシリケートに着目した。この化合物は、テトラエチルシリケートを加水分解し、重合させた液状のケイ酸ポリマーの重合体である。タンクローリーで購入すればkgあたり800円という難燃剤として捉えると安価な価格であった。
しかし、実験を始めてすぐに挫折した。フェノール樹脂と混合するとすぐに二相に分離するのである。また、混合攪拌し二相に分離する前にフェノール樹脂を硬化させようと酸触媒を増加させると、ポリエチルシリケートが加水分解し、シリカとして沈殿し、その形態でフェノール樹脂に分散して狙った効果が得られないのだ。
仮説から期待された実験結果は得られなかったが、この時思わぬ発見をした。超微粒子が分散したフェノール樹脂の脆性が著しく向上するという複合材料の形式知どおりの材料が得られただけでなく、燃焼試験後の炭化したサンプルの靱性も向上しており、難燃効果は小さかったが、燃焼前と燃焼後の力学物性改良技術として使える成果だった。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子
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