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2013.07/04 科学と技術(電池)

リチウム二次電池の開発は1970年頃から盛んになり、正極活物質材料がいろいろと研究された。正極材料として層状化合物もTiSやTaSなどが研究された。1980年には、LiCoO(層状岩塩型構造)が電気化学的手段によりホストゲスト系としてLiを可逆的に出し入れできることが論文に出ている。そしてその論文には、4Vの起電力があることもさりげなく書かれていた。

 

以上は1980年頃のLiイオン二次電池の科学の状況だが、Liイオン二次電池の実用化は同じ時期にポリアニリンを正極に採用し、ブリヂストンで成功する。すなわち科学的にホストゲスト系のLiイオン二次電池の可能性が示されていたが、技術として最初に登場したのはポリマーLiイオン二次電池である。この技術は白川先生の導電性高分子の発見に触発されてブリヂストンで企画された。

 

当時のブリヂストンは、世界ランキング6位、国内ランキング1位のタイヤメーカーで企業名もブリヂストンタイヤ株式会社だった。この時故服部社長は将来のブリヂストンの姿としてタイヤも扱うケミカルデバイスメーカーを夢見ていた。創業50周年を記念してCIを導入し、社名からタイヤを外しブリヂストンと改名するとともに、電池、メカトロニクス、ファインセラミックスの3分野を未来の事業を牽引する3本の柱とした。

 

この3本の柱が何故決まったか。それは、電池についてはポリアニリンのリチウム二次電池が、メカトロニクスは電気粘性流体やラバチュエーターの技術がそれぞれ育ちつつあったからだ。ファインセラミックスは通産省のムーンライト計画が引き金となり、セラミックスフィーバーが起きていたためである。ファインセラミックスについては、研究陣に投げかけられた宿題となった。

 

さて、ポリアニリンLiイオン二次電池はどのようになったか。研究開発開始から10年の間に事業化され日本化学会賞まで受賞したが、その後事業を中止したのである。企画した中心人物は転職した。何故かという理由はここで述べないが、多くの本に書かれているLiイオン二次電池の歴史にこの技術が載っていないのが不思議である。当時科学としてポリアニリンLiイオン電池の性能は悪いことは分かっていたはずだが、技術として最初に完成できたのは機能発現の設計をやりやすかったためである。技術の成果としてもう少しとりあげても良いように思う。

 

この電池という分野は混練と逆の意味で科学と技術の違いを理解するために良い対象である。すなわち、混練では科学的に未解明な現象が多いにも関わらず技術として発展しているが、逆に科学的に解明されたからといってすぐに技術が完成するわけではない事例が電池である。見つかった真理ですぐにロバストネスの高い機能を実現できないのである。

 

このことを経営者に理解せよと言っても無理で、技術者が誠実に真摯に開発活動を行う事によってのみ、経営者の理解が得られる。賞を目当てに企画したのでは良い事業など企画できない。ちなみに当時のブリヂストンの3本の柱の中で30年以上事業が継続している事例がある。学会発表も最低限に抑制し、ただひたすら事業化に向けて開発が進められた半導体用高純度SiCの技術、すなわちファインセラミックスの柱である。当初の立ち上げは課単位であったが、その後一人の担当者で5年間の開発期間を経て住友金属工業とのJVとして事業をスタートした。

 

*高純度SiCあるいは電池につきましてご相談事項がございましたらお問い合わせください。

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2013.06/16 科学と技術(主成分分析法)

タグチメソッドで多変量解析といえばマハラビノスタグチ法であるが、多変量データの組を単純に分類するだけならば主成分分析法が便利である。

 

例えば、半導体微粒子を絶縁オイルに分散した電気粘性流体(ERF)がゴム製の容器に封入されている。耐久試験を行ったところ增粘してきた。ゴム容器からゴムの配合成分がERFへ溶け出したため、と推定される。

 

この問題の解決には界面活性剤が有効であるが、水に油を分散する場合、あるいは油に水を分散する場合ではそれぞれ用いる界面活性剤の構造が異なることはよく知られている。しかしERFには水は入っていない。界面活性剤、というアイデアにすぐ結びつかない人もいる。さて、どうするか。

 

半導体粒子とゴムからの抽出物、そしてオイルである。ゴムからの抽出物が、半導体粒子とオイルに作用して增粘している様子が頭に描かれると、水と油の関係で無くても界面活性剤で問題解決できそうだ、というあるべき姿が見えてくる。しかし、そこまで見えてきても、界面活性剤は星の数ほど世の中に存在する。この後どうするか。

 

界面活性剤に詳しい人ならばHLB値という界面活性剤の分子構造の指標を頼りに探索する。しかし水と油の関係ならばHLB値で何とかなるが、今回の場合には、有機物の微妙な界面相互作用を界面活性剤で制御しようというのである。HLB値だけで考えて問題解決できる、と思う人は弊社の問題解決法のプログラムを勉強する必要がある。弊社の問題解決法では、このような短絡的な思いつきアイデアよりも有効なアイデアを導き出す方法を伝授している。

 

PRはさておき、頭のいい人の場合は、增粘した物質を解析してその結果から界面活性剤を選ぼうと考える。実際の現場でもこのような科学的アプローチが取られていた。そして界面活性剤では不可能だ、という結論が出されていた。

 

詳細は省き、とりあえず答を書くが、科学的結論が間違っていたのである。この場合は、界面活性剤の公開されている情報(多変量データ)を主成分分析にかけ世の中に存在する界面活性剤を分類する。そしてできあがった分類マップから、代表例の界面活性剤を一つづつ選び、增粘したERFに添加してみる。そして少しでも改善されたなら、その効果のあった界面活性剤の属するグループの界面活性剤を增粘したERFに添加して最良の状態になる界面活性剤を選ぶ、という方法が有効で、実際に問題解決できた。すなわち泥臭い刑事コロンボ型で問題解決するのがベターな方法である。

 

この問題解決を行ったのは20年以上前(ゴム会社を転職する1年前)であり、マハラビノスタグチ法を知らなかった時代であるが、知らなくて良かった、と思う。単純に界面活性剤を主成分分析してグループ分けをする、という手順が今でも最良の解決方法だと思っている。

 

主成分分析は、科学的統計手法として心理学の分野や経済学の分野でもよく使われている。既製服のA体、B体、AB体などの分類も主成分分析で決められる。因子分析の一手法であるが、全体の変動の大きな順に主成分が並べられるので便利である。興味のある方は多変量解析を勉強してみてはどうだろう。技術の分野でも重宝する手法だ。

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2013.06/12 科学と技術(タグチメソッド7(帯電防止薄膜の基本機能))

写真感材用フィルムの表面処理技術について田口先生から御指導を頂いた時の話。酸化スズゾルを用いた帯電防止薄膜について、基本機能の議論で田口先生も楽しまれていた。

 

帯電防止薄膜は半導体薄膜なので、それまでの事例では導電性を基本機能としてみなし直流で測定されたVI特性を動特性として使用していたそうだ。その事例に対し、インピーダンスを基本機能にした方が良い結果になる、と提案した。動特性を直流で計測するよりも交流で計測してL18を行えば、電気特性を計測しても薄膜の接着力という力学特性まで評価していることになり、基本機能のSN比を改善したときに薄膜の物性すべてが改善された結果になる、まさにこれこそ基本機能だ、と提案した。

 

なぜ直流で測定するよりも交流で測定した動特性の方が優れているのか。理由は交流で測定した場合には情報量が多くなるからだ。直流で計測した場合には容量成分を見ていない。しかし、交流で測定すると容量成分を見ることになるので、膜の付着力をテストする誤差を調合して実験すると、この容量成分に誤差の結果が大きく反映されるからだ。

 

直流で計測した場合にも膜の付着力のテスト結果は少し反映され、基本機能としての役割をしているが交流で計測した方が誤差因子に対して大きく影響を受けた結果を得ることができる。

 

実際に調合予定のそれぞれの誤差因子に基本機能がどれだけ影響を受けるのか実験をしてみたところ、交流で計測した場合には全ての誤差に計測結果が影響を受けるが、直流で計測した場合に幾つかの誤差因子に影響されないケースが観察された。

 

基本機能の動特性を用いて実験を行い、SN比を改善すると、システムにおける全ての品質項目が最適化される、という点がタグチメソッドのセールスポイントだが、これを胡散臭く思っている人もいる。しかし、帯電防止薄膜についてインピーダンスを動特性に用いてタグチメソッドの実験を行ったところ、帯電防止薄膜のシステムについて全ての品質項目が改善された。このテーマのコンサルティング結果について田口先生は大変満足されていた。

 

<明日へ続く>

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2013.06/05 科学と技術(酸化スズゾル6)

結晶については、分析データを用いてどのような結晶であるかを議論できる。各種分析結果から同定された結晶についてその物性を議論すれば、誰でもどこでもその議論を検証できる。

 

伊藤・犬塚共著「結晶の評価」(1982)には、固体であって結晶性でない物質を非結晶または無定形と呼ぶ、と書かれている。前者にはnon-crystalline、後者にはamorphousと英語読みがふられており、さらに結晶の細かい分類について英語で記述し、日本語の記述を避けている。結晶という言葉に対するこの本のこだわりから結晶ではないものを定義する難しさが伝わってくる。

 

さらにこの本では、アモルファスに対して非晶質ではなく無定形という言葉だけをあて、本の中に非晶質と言う言葉はどこにも出てこない。アモルファス金属などが世の中に登場し、すでに実用化が始まっていた時代の教科書である。もちろんガラスは昔から知られていた。だから、意図的に非晶質という言葉を外しているのかもしれない。この本では、タイトルどおり結晶という物質をどのように評価し定義づけるのか、という点を厳密かつ明確に記述している。

 

一方で結晶ではない物質については、未だに科学としての研究は続いている。アモルファスについては曖昧のままだ。例えば電子顕微鏡で探しても結晶など見つからない状態の物質でもX線の散乱ではブロードの信号が現れたりする。潜晶質とも呼ばれているがこの言葉は金属以外の分野であまり聞かない。ちなみに潜晶質と呼ばれる物質は、先の教科書によれば結晶に分類されない。また無機化学の専門家10人にヒアリングした結果でも、9人までが無定形あるいは非晶質と解答している。

 

ただ、潜晶質のデータを結晶と答える先生がいらっしゃることも事実である。「あの先生はご自分で実験をやったことの無い先生だから」という批判やここでは書けない辛辣な言葉もあったが、いろいろ調べてみると古くから鉱物学をやってこられた先生は粉末x線の回折にブロードのピークが現れていてもその位置が期待された位置だった場合に結晶と見なすらしい。

 

これは結晶という言葉の起源を探るヒントになる。ある先生がここだけの話、とひそひそ話として教えてくださったのだが、結晶とか非晶とか結構いい加減に扱っている研究者が多いとのこと。

 

(注:確かに高分子の結晶と無機の結晶では少し異なるところがある。高分子の非晶質状態に至っては、無機のガラスと異なる挙動をとる場合もあるのに無機ガラスと同様の考察が進められている。科学ではそれで良いのかもしれない。しかし、技術では無機のガラスと高分子のガラスが異なるという認識を持つことはアイデアを出すために重要な時がある。)

 

その先生曰く、結晶とは鉱物学から生まれた言葉で、もともとは目で見て規則正しい形をしている物質に対して与えられた言葉とのこと。大きな結晶は、砕いて小さくしても規則正しい形を保っている、それが結晶の言葉の起源、と言うのである。昔はX線ぐらいしか分析手段がなかったから、目で見て結晶かどうか分からない物質はX線で分析していた。

 

鉱物学の分野ではあらかじめ目視段階で構造の予想をつけているから、ブロードなピークだろうがなんだろうが、期待された位置に回折ピークが現れれば、それで分析データとして充分だった、と言うのである。結晶という言葉の成り立ちから考えると、潜晶質を結晶ととらえる学者が鉱物学の流れを学ばれた先生にいらっしゃる理由を理解できる。

 

特公昭35-6616に記載された酸化スズゾルのx線回折データは、ブロードだがそれでも比較的シャープに回折ピークが現れる。しかし、酸化スズであれば現れなくてはいけない位置のいくつかにまったく回折ピークが出ていない。すなわちX線の反射面が存在しないのだ。電子顕微鏡観察では、ところどころ数層であるが積層状態を見つけることが可能である。しかし、それを結晶というのには無理がある。だから特許には非晶質と書かれていた。

 

特許の出願された時代の科学的成果を論文から考察すると、わざわざ非晶質と書かなくても結晶質の酸化スズまで含めた特許として成立した時代である。驚くべき成果として特許は出願されていたが、その結果、この特許の5年後にアンチモンドープの結晶性酸化スズによる帯電防止層の特許が出願され成立している。昭和35年の発明でわざわざ非晶質とこだわり特許が書かれていたことに改めて驚いている。

 

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2013.06/04 科学と技術(酸化スズゾル5)

タグチメソッドで最適化された酸化スズゾル水溶液に含まれる非晶質酸化スズの体積固有抵抗は10000Ωcm前後で安定して合成できた。また、この程度の導電性であれば、帯電防止層を設計する時に最適な値である。

 

帯電防止層は、酸化スズゾルをラテックスに分散した溶液をPETフィルムに塗布して製造する。帯電防止層の表面比抵抗は10の10乗Ω程度あればよいので、導電性粒子の体積固有抵抗は10000Ωcmもあれば充分である。パーコレーション転移の安定化の観点からは、タグチメソッドによる実験で最適な透明導電性材料が得られたのである。

 

過去の技術を見直し、すなわち温故知新ですばらしい技術ができた。公知技術を用いて完成しているので1000件以上あるライバル会社の特許も気にする必要が無い。この非晶質酸化スズゾルを用いた帯電防止層は、アナログからデジタルに移りつつあった感材の新製品に使用されるすべての支持体に採用され、化学工業協会から技術特別賞を頂いた。

 

この技術開発を行いながら、科学の視点でも非晶質酸化スズを見直した。その過程で驚くべき事実に遭遇した。無機化学の世界では偉い先生なのでお名前を伏せるが、10人中9人の学者が非晶質と答えた分析データを結晶との区別ができなかったのだ。この事実から改めて結晶という言葉の科学的意味を調べてみたら、無定義用語に近い言葉であることがわかった(1995年の出来事)。

 

ガラスには定義が存在したが、結晶については明確な定義が無く、非晶質との境界が不明確なナノ結晶などという言葉も存在する。例えば完全非晶質なカーボンを合成しても、粉末X線で測定すると低角側にブロードな反射がわずかに現れる。TEMでカーボンの結晶を探しても存在しないが、わずかに積層しているような構造が観察される。しかし、TEMで層間距離を測ってみても一般のカーボンよりも広い。

 

この材料を2000℃程度で処理を行うと徐々にカーボンの結晶らしきものがTEMで見えるようになるが、粉末X線の反射像はブロードのままだ。すなわち結晶と非晶の区別に明確な境界線を引くことができない可能性がある。そこで複数の分析データが必要になり、それらを組み合わせて非晶と判断することになる。非晶質体を科学的に研究しようとするとこのあたりの難しい問題が存在する。

<明日に続く>

 

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2013.06/03 科学と技術(酸化スズゾル4)

特公昭35-6616に記載された実施例には酸化スズゾルの詳細な製造条件が書かれていない。四塩化スズを加水分解して得られた沈殿をデカンテーションの繰り返しで精製し高純度酸化スズゾルを得る。これをアンモニア水に分散すると、安定な高純度酸化スズのコロイド水溶液ができるのだが、四塩化スズの細かい加水分解条件やデカンテーションの回数等が実施例に記載されていない。

 

デカンテーションの回数については副成する塩素が残らない条件なので10回以上であることが計算から容易に推定がつく。しかし、加水分解温度について詳しく記載されていないのは不思議に思った。四塩化スズと水の混合物が得られてから煮沸するので、100℃までであれば、四塩化スズの添加温度など気にする必要がないようにも思われる。また四塩化スズを液体の状態で添加するのか、あるいは水和物の固体で添加すのかについてはどちらでも良いような中途半端な書き方である。

 

ところが実験をやってみて分かったことだが、発明者はこの加水分解温度の重要性に気がついており、わざと丁寧に記載しなかった可能性があると推定した。

 

タグチメソッドで実験を行うと、この添加温度の因子が感度とSN比に大きく影響する。困ったことに感度を高める条件ではSN比が低下し、SN比の最大をとると、感度は中程度となるのである。

 

最適条件の選択では、田口玄一先生と喧々諤々の議論を行った。田口先生はあくまでSN比を優先すべきだ、というお立場で、当方はSN比中間で感度もそこそこの良さそうなところを、という立場である。何のために動特性で実験を行ったのか、という雷が落ちる。当方は実験を行った感触から、SN比最大で無くとも生産安定化ができる、と予想した。

 

ちなみに非晶質酸化スズの体積固有抵抗は、この時の実験結果で500Ωcmから100000Ωcmまで約200倍以上変動している。タグチメソッドの動特性の実験として典型的な結果が得られる実験系である。SN比と感度の議論では、田口先生が正しい判断をされていることは理解できていても、ものすごい結果を目の当たりにした生徒の立場では未練が残る。ただ、田口先生の一言「科学の研究をやっているのではない、技術開発をやっているのだ。」に、すなおに「はい、分かりました」と納得して答えた。偉い先生である。

 

<明日に続く>

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2013.06/02 科学と技術(有機系太陽電池)

昨日名大名誉教授高木克彦先生の「有機系太陽電池の機能評価と規格標準化」というご講演を拝聴した。色素増感太陽電池の技術に関わる内容だが、この技術が実用化されるのか、単なる科学的な興味の対象で終わるのか不明確であった。

 

講演で示されたデータは、実用化されてもおかしくない技術データである。チャンピオンデータでないことは、学会発表のデータを見てきたから理解できる。色素増感太陽電池をエネルギーシステム商品として見たときに魅力的な企画ができる。発電効率のポテンシャルは現在主流のアモルファスシリコン太陽電池よりも2%低いそうだが、この普及が始まった太陽電池とは異なるカテゴリーの商品企画ができるのである。

 

今朝特許を調べてみたが、この10年出願された特許の中にはそのコンセプトに関する発明は存在しない。ボーイング787の事故があったのでコンセプトに気がついた人がいるかもしれないが、新しいコンセプトを思いつくことがそれほど困難な行為とは思っていなかった。しかし、この10年間の特許に存在しないということは発明を思いつくのが容易ではないのだろう。

 

科学で考えている限り思いつかないコンセプトである。技術で考えれば、当たり前のコンセプトである。おそらくこのあたりが関係しているのかもしれない。弊社の問題解決法プログラムは、このあたりに着眼して開発したプログラムである。

 

以前この蘭でも書いたのだが、科学は真理を追究する思考方法をとるが、技術は機能を追究するのである。科学の思考方法で思いつかないコンセプトでも技術の思考方法で容易に出てくることは32年間何度も経験した。おそらく色素増感太陽電池に関わっている人たちは、科学的思考の研究者ばかりなのだろう。

 

さて色素増感太陽電池は実用化できるのだろうか。量産されたときのコストはアモルファスシリコン太陽電池よりも安くなる、といわれている。その構造からロールtoロールによる生産が可能なので、日本で生産してもコストはアモルファスシリコン太陽電池よりも安くなる可能性がある。

 

発電効率が2%低いというが、明るさとともに発電効率が低下するアモルファスシリコン太陽電池に比較すると、明るさに影響されずほぼ一定の発電効率を示す色素増感太陽電池は、魅力的である。例えば部屋の中で使用するときには、アモルファスシリコン太陽電池よりも色素増感太陽電池のほうが発電量が多い。

 

技術的な観点からは魅力的な商品を思いつく。

 

<明日に続く>

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2013.05/31 科学と技術(酸化スズゾル3)

特公昭35-6616は世界で初めて非晶質酸化スズが導電体であることを示した技術論文である。昭和50年前後の特許では、この特許が公知事例として引用されていたが、50年末から引用されなくなっていった。

 

おもしろいのはこの特許が引用されていたときのライバル特許には結晶性酸化スズ透明導電体を帯電防止材料として利用することが権利範囲として明示されていたのだが、この特許が引用されなくなったあたりから、その存在すら無いような特許の書き方に変わっていった。

 

すなわち結晶質だろうが非晶質だろうがすべてが自分たちの権利範囲だ、という書き方に特許が変わっていったのである。審査請求時の証拠としてあげられている資料を調べると、驚くべきことに昭和35年の特許を誰も証拠書類として出していないのである。

 

科学の歴史から見れば昭和35年に非晶質透明導電体の技術が存在した、という事実は大変なことなのである。その約20年後に高純度酸化第二スズ単結晶が絶縁体であると、科学的に証明されたのだから、技術が科学よりも20年近く先行していたことになる。しかもその特許には透明導電体の湿度依存性までデータが示されており、電子伝導性であることまで記載されていたのである。

 

一般には科学が技術を牽引している、と誰もが信じている。信じているから科学を発展させれば技術が発展し経済が成長する、と考えている。ところが科学の論理的な流れの中の発展とは関係なく、技術では突然変異のような展開をしている場合があるのだ。

 

導電性非晶質酸化スズについて1992年に科学技術大学の協力を得て見直しを行ったところ、暗電流の測定から結晶性酸化スズでは観察されない、導電性に関与するエネルギー準位を見つけることができた。ところがこのエネルギー準位の再現性は怪しく論文発表を見送っている。しかし、その後技術としてこのばらつきの意味が分かってきた。

 

科学では怪しい現象だが、技術では品質管理技術で安定な導電性を得られるようにできる。当時タグチメソッドが日本で流行しはじめた時であり、田口玄一先生の御指導を直接受けながら電流と電圧を測定し動特性でSN比の高い非晶質酸化スズゾルの製造条件をL18で容易に見つけることができた。

 

<明日に続く>

 

 

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2013.05/30 科学と技術(酸化スズゾル2)

1970年代に酸化第二スズは、絶縁体であるかどうかが科学の分野で重要問題であった。そして完全に近い酸化第二スズ単結晶の合成研究が無機材研で進み、合成された酸化第二スズ単結晶の電気特性を評価したところ絶縁体であった、と言うのが結論である。

 

しかし、技術的には透明導電体としての物性に興味が持たれ、どこまでその導電性が上がるのか、また酸化第二スズ以外に透明導電体が存在するのか、という研究が今でも進められている。

 

すなわち、酸化第二スズに関する研究は科学と技術の向かう方向がまったく逆となった材料である。このような材料の科学的研究の評価は社会から得られにくく、科学的研究を続けることが難しい場合も出てくる。

 

科学的真理の追究に無駄な活動は無い、という考え方が社会に定着しているのが理想と思うが、技術開発の目標に二番ではダメなのか、という認識の大臣経験者がいる国ではこの理想から遠くなる。科学に関して日本は研究者の善意に頼らざるをえない研究環境だろう(但し劣悪な環境というわけでは無い)。

 

緊急度の低い、あるいは重要度の低い科学的真理は存在する。しかし、経済効果が0に近いからといって科学的真理の価値が下がるわけでは無い。技術開発は科学という思想で行われるために、科学的真理すべてに価値がある。ただしその価値の高さには高低があるが、それは歴史が決めることである。

 

高純度酸化第二スズ単結晶が絶縁体である、という科学的真理は、酸化第二スズがなぜ導電体になるのか、という問題を明確にする。「高純度単結晶は絶縁体である」という命題に対して、「絶縁体でないならば高純度単結晶ではない」、という対偶が成立する(注)。

 

すなわち半導体から導電体まで電気特性が変化する材料であるなら高純度単結晶ではない、という仮説を立てることができる。この仮説について、高純度結晶で酸素欠陥が存在する場合、あるいは結晶で不純物が存在する場合についてその導電性を科学的に証明され、アンチモンドープあるいはインジウムドープされた材料の技術的使いこなしや品質管理技術が発展した。

 

しかし、単結晶ではない非晶質の場合にどうなるかの科学的解答はまだ出ていない。

 

<明日に続く>

 

(注)対偶どおしは真であるので、もとの命題を考えにくいとき、あるいは新たなアイデアを考えるために視点を変えたいときには対偶を考えると良い。科学的論理学では、等価と言われている。

 

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2013.05/29 科学と技術(酸化スズゾル1)

酸化第二スズ単結晶は絶縁体である。昭和30年頃には半導体材料として研究が行われ、1980年前後に科学技術庁無機材質研究所(以下無機材研)で高純度酸化第二スズは絶縁体であることが確認された。

 

この酸化第二スズ結晶に不純物がわずかでも混入したり、酸素欠陥ができると正孔あるいは余剰電子ができ半導体から導体まで導電性が変化する。固体物理の進歩はすさまじく、酸化第二スズ結晶の導電性については詳しく調べられており、導電性に寄与するすべての電子のエネルギー準位まで科学的に説明されている。絶縁体であるかどうかが問題にされ、絶縁体であると科学的に結論が出るまで25年(あるいはそれ以上かもしれないが)かかっている。

 

酸化第二スズが科学的な真理として絶縁体である、と分かっても技術的には影響が少ない。透明導電体を得たいならば、アンチモンやインジウムを不純物として加えれば良く、科学的真理が確定する前からすでに技術として実用化されていた。

 

それでは、酸化第二スズ結晶が絶縁体であるという科学的真理が人類に意味の無い成果か、というとその評価は間違っている。この科学的真理があるから導電性の高純度酸化第二スズに注目するのである。そしてどのように理解したら良いのか思い巡らし技術的なアイデアが生まれてくる。このあたりについては、ファーガソン著「技術屋の心眼」に詳しい。ファーガソンが触れていない点だけ述べれば、正確な科学的真理は、正しい技術ソリューションを導いてくれる。凡人の技術者にとって正確な科学的真理は暗闇の灯台のような役割である。

 

特公昭35-6616という特許は唯一番号を正確に記憶している高純度酸化第二スズ導電体の特許である。小西六工業(現在のコニカミノルタ)の技術者による発明であるが、コニカの社員でさえ1991年にその存在を忘れていた。この特許は高純度酸化第二スズ導電体に関する世界初の資料である。しかも科学的な研究結果が乏しい時代の技術成果である。この特許に記載された非晶質酸化第二スズは物性データから、その後の追試で1000Ωcm未満の導電性を有している、と推定された。

 

この特許は写真フィルムの帯電防止材に関する発明である。塗布でTACフィルム上に高純度非晶質酸化スズを含む薄膜を形成すると湿度に依存しない帯電防止材となる。しかも現像処理後もその導電性が残っている透明の永久帯電防止処理技術である。この発明が公開された後、イースタマンコダック(EK)と富士フィルム(F社)から蒸着によるITO薄膜を用いた透明フィルムの帯電防止技術の発明が数年研究され、特許がそれぞれ10件前後出願されている。

 

その後EKからは非晶質五酸化バナジウムの発明が行われ、この五酸化バナジウムを用いた帯電防止技術を守るように特許戦略が組まれ、おびただしい数の特許が1990年頃まで出願されている。一方のF社からはITO薄膜の発明の後、アンチモンをドープした酸化スズを用いた透明フィルムの帯電防止材に関する発明が、これまた1000件以上2000年頃まで出願されている。

 

<明日へ続く>

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