ゴム会社に入って2年目1980年に軟質ポリウレタンの難燃化技術を担当した。難燃化技術には炭化促進型と溶融型がある、と最初に指導された。後者の技術には胡散臭さを感じた。溶融型と同様のコンセプトとして変形して炎から逃げる技術で成功した話を聞かされたからだ。
実験してわかったことだが、溶融型で高分子を難燃化するとLOIは21を越えなくても各種試験を通過する。一方餅のように膨らみ変形する硬質ポリウレタンフォームは、難燃2級の試験だけパスして、他の評価試験にはいくつかパスしない。ASTMの試験ではうまく炎から逃げ切るように変形すると規格に通過できるが、逃げ切れなかったときには燃焼して燃え尽きる。すなわち10サンプル試験を行うと半分は通過しないサンプルとなり不合格となる。
溶融型ではLOIの値は低いが、建築材料以外の用途に要求されるあらゆる試験に通過するので、変形して炎を逃げるタイプの難燃化技術と少し異なる。また、実際に寝具を組み立ててみて、寝たばこと同様の状況で実験を行ってみても火が消えるのである。溶融型はLOIが低くても難燃化技術として使用できそうである。
しかし、高い難燃効果を高分子材料に付加するならば炭化促進型である。普及し始めたUL試験を行ってみると溶融型は最も下位ランクの試験にしか合格しない。V0試験ではドリップそのものがあってはならないので溶融型では合格しない。
難燃性軟質ポリウレタンフォームの開発を行いながら難燃性評価試験を幾つか検討し、難燃化技術を科学的に行うにはどのように研究を進めたら良いのか悩んだ。コーンカロリメータがまだ無かった時代で、LOIの普及が始まったばかりの時である。
LOIは、酸素濃度の値を指数で表す評価試験方法で、空気中で燃えるか燃えないかという科学的な判断には使用できそうに見える。しかし、溶融型についてはLOIとは無関係に自己消化性を示すのである。すなわち高分子材料に実際に火がついてもその火が消えるのである。炭化促進型では、LOIが21を越えない限り自己消火性にならない。
炭化促進型は空気中で燃えにくい=空気の酸素濃度においては自己消火性となる、という感覚的なズレが存在しないが、溶融型では空気中で燃えやすく燃えることにより溶融し自己消火性となっているので不安が残る。しかし、難燃剤を用いなくとも高分子の分子設計だけで各種難燃化規格を通過できるのでコストパフォーマンスは良い。アカデミアの研究者の意見を聞いても初期消火に効果がある難燃化システムという評価である。
高分子材料は実火災においては燃えてしまうので初期消火に効果がある難燃化システムでも意味がある、と当時言われていた。また普及し始めたUL規格も用途に応じた難燃グレードの試験方法を提供しており、溶融型による難燃化システムを認める規格になっている。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
高分子の難燃性評価試験は、帯電性評価試験と同様に実際の現象との相関性が厳しく問われる。1947年に建築基準法が制定されて以来不燃材料の評価は何度も見直されてきた。特に1969年の同法の大幅な改正は建築材料認定の出発点と言われている。
高分子の難燃化技術については科学的な取り組みが古くから行われてきたが、実験室における評価技術の実火災との対応になると、コーンカロリメータの発明ではじめて科学的に分かりかけてきた、という印象を持っている。元名古屋大学武田邦彦先生のご研究は、この分野で科学的に高い成果をあげている。科学的に取り扱いにくい火災という現象をアカデミアの立場で研究を行う時の参考になるだけでなく、難燃化技術について勉強するときに役にたつアカデミアの成果の一つだと思う。
1970年代にも科学的研究は行われていたが、難燃化技術が先行していた。その結果とんでもない難燃化技術が開発されたりした。某会社が開発した硬質ポリウレタン発泡体の天井材で商品名は「炎を断つ」意味の名前がついていたが、よく燃えた。一応建築基準であるJIS難燃2級を取得していたのだが、このJIS難燃2級の評価法を研究して生まれた材料のようだ。
すなわちその「炎を断つ」という商品名の天井材を評価すると、餅のように大きく膨らみ、評価試験に用いている炎から材料がうまく逃げるように変形する。その結果材料は評価試験中燃えること無く温度も上がらなければ煙も出ないので、評価試験を通過することになる。
評価試験と材料の関係から見れば、あっぱれ、と言いたくなるが、実火災を想定したときにこのような天井材では役にたたない。ちなみにLOIを測定したら19という低い値であった。1970年代はこのような建築材料も難燃性材料として建築基準を通過していた時代である。コーンカロリメータの発明が建築材料開発に与えた影響は大きい。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
燃焼試験器のコーンカロリメータは建築材料の難燃化研究のために考案された評価装置だが、実火災に近い材料の難燃性試験ができるために、1998年の建築基準法改正以来、日本の建築規格にも取り入れられている。
普及しているUL規格では、自己発熱により燃焼を継続するタイプの難燃性を評価しているため、高分子の熱分解が燃焼を抑制し、気相で燃焼阻害を発揮する難燃剤の機能を高く評価する傾向にある。
これに対し、コーンカロリメータでは、サンプルが評価中にヒータから継続して輻射熱を受けるために気相における燃焼阻害を引き起こす難燃剤の効果を低く評価する。実火災ではこの評価条件がより適しているとの考察が成されているので、ノンハロゲン系難燃剤技術への期待が高まることになる。そしてこれは環境対策にもなるので昨今のノンハロゲン難燃化システム開発ブームとなっている。
コストから材料の物性、難燃性能まで考えたときに最も良い難燃化システムは、三酸化アンチモンと臭素系難燃剤の組み合わせシステムである。さらにコストダウンを狙えば塩素系難燃剤との組み合わせとなる。しかし、ノンハロゲン系システムでは、リン以外に有効な元素が50年以上行われた高分子の難燃化研究の歴史の中で見つかっていない。
組み合わせ難燃化システムかつ添加量が多い系で幾つかノンハロゲンのシステムが見つかっているが高分子材料の力学物性の低下を引き起こしている。リン系難燃剤では、一般にリンの含有率で難燃効果が決まる、と言われている。実際には含有率以外に、リン化合物の構造や高分子材料への分散状態で難燃性能は左右される。
ホスファゼン誘導体は、難燃剤として注目されて以来効果の高い難燃剤として有名で、さらに煙の発生も抑える優れた効果があると報告されている。しかし、ホスファゼン誘導体の全てがこのような性質を持っているわけではない。ホスファゼン誘導体でもハロゲン原子を含んでいる場合には、煙は多くなる。すなわちススの発生は気相で働くハロゲン原子が原因である。ただし、これは経験談で科学的に確認したわけではない。
科学的ではないが、30年前50種類ほど難燃剤の組み合わせシステムを検討したときに、ハロゲン元素を含んでいる系では、アラパホ式煙量計で評価したときに煙量が多かったので経験的に間違いではない、と信じている。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
酸化スズゾルのパーコレーション転移を制御して18vol%という低添加率で10の9乗Ωcmの体積固有抵抗を有する帯電防止層を開発したが、これは特公昭35-6616という昭和35年の特許の実施例をトレースした成果である。
インピーダンスの異常からパーコレーションの閾値を評価する方法を考案するアイデアも生まれた。そのアイデアから多数の特許を出願し、改めて昭和35年に公告となった技術領域の権利を取り直した。
温故知新の典型例だが、世の中にはこれよりもすごい事例が外にもある。例えば難燃性の評価試験器のコーンカロリメータは、1917年米国のThortonが発見した酸素消費量と発熱量の関係が基になっている。60年以上経ってからこの研究成果の再確認がなされ、コーンカロリメータの開発に至っている。
コーンカロリメータは、有機物の燃焼時に消費される酸素の量1kgに対して発生する熱量が13MJとほぼ一定であることを利用し、燃焼時の発熱量を酸素センサーで求める装置である。1993年にはつくばでこの評価技術に関する国際会議まで開かれている。そして現在建築材料の規格にまで取り入れられている評価装置である。
火災という現象に関して科学的に取り組める方法を提供した装置でもある。この評価装置の面白いところは、発熱量の変化を酸素の消費量でモニタリングしているので微妙な現象の変化までうまく捉えることができる点である。温度は強度因子なので、大きな物体の燃焼物に関して温度で発熱量を推定することは難しい。発熱量という容量因子を同じ容量因子である酸素の消費量でモニターしているので評価装置として成功した。
このコーンカロリメータを用いた研究はかなり進んだようで、理想的な難燃剤の作用機構のあるべき姿まで描かれるようになった。この装置が無い時代に燃焼時にガラスを生成するポリウレタンの難燃化システムを開発したが、その時用いたのはTGAとLOIである。
大容量熱天秤という科学的に怪しい装置があったので重宝した。一般の微量で測定する熱天秤の結果と少し測定値がずれたり、重量減少のプロファイルが変化したりするが、測定原理が分かっていれば技術分野には便利に使えた。
コーンカロリメータは、大きなサンプルで実験できるので実火災で発生する現象に近い状態で難燃性の効果を評価することができる。また、その測定原理も科学的に指示される。このような評価装置では技術と科学をつなぐ重要なデータが得られる。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
高分子にカーボンブラックを分散し、その分散状態を制御する技術に関して、1992年に東工大住田教授の論文でパーコレーションとの関係が記載されている。特に住田教授の論文を調べたわけではないが、住田教授が行われた外部セミナーの資料に添付されていた論文である。
相分離状態で観察されるカーボンの分散に関して議論した論文であるが、特許ではパーコレーションという現象でありながらその言葉と結びつけていない技術が20年以上前から出願されていた。すなわちパーコレーションという現象も技術が科学よりも先行していた。
カーボンを分散して製造するゴム製のスイッチは、早くから実用化されていたが、これもパーコレーションという現象とカーボン粒子の形態をうまく活用した技術である。カーボン補強したゴムの弾性率がばらつく現象もパーコレーションと関係している。しかし、これらの技術事例はパーコレーションという現象でありながら、その科学的内容が明らかにされないまま用いられてきた。
科学の時代なので現在活用されている技術がすべて科学的に明らかになっている、と信じている人もいるかもしれないが、実際には科学的に明らかになっている現象の方が少ない。それらの現象を科学的に明らかにすれば、また新しい技術の発展を期待できる分野が多数存在する。
アカデミアの研究は無駄な物が多い、と批判される方がいるが、学会発表を見る限り本当に無駄な研究は半分くらい、と思っている。毎年日本化学会年会に参加しているが、半分程度は何らかの価値を見いだせる研究である。世間で批判されるほど日本のアカデミアはひどい状態ではない。
セラミックスから天然物合成、高分子合成、高分子物性まで様々な分野を技術として扱い、幾つかは科学的研究も行って学位を取って、学会の研究を眺めてみると、研究を評価する側の責任の重さを考えたりする。表面的に見ればムダと思われる研究でも、技術で遭遇した現象と結びつけると頭の上に電球が灯ったような感動を覚えることがある。そのような研究は無駄な研究では無いはずだ。
世の中の技術の中には、アカデミアの研究テーマとなるようなネタがたくさんあるので、アカデミアの先生も技術を勉強されると面白いのではないかと思う。
91年に写真会社へ転職し、酸化スズゾルを導電性粒子として用いてパーコレーション転移のシミュレーションとパーコレーションとインピーダンスの関係を研究していたときに、部下が住田先生のセミナーに参加した。当方はセラミックスの専門家として写真会社の社内で紹介されていたから、高分子フィルムの表面処理に関しては素人に見られていた。
そんな素人の企画だから軽く見られていたが、住田教授の論文は、怪しいと思われていた開発方針が間違っていないことを示す事例として当時役立ち感謝している。
技術は機能を実現する方法や行為であるから、専門分野よりも問題解決力が大きく影響する。問題解決力があれば専門性は不要といっても良いかもしれない。タグチメソッドの田口先生も類似のことを言われていた。弊社の問題解決法は技術者の問題解決力に大きく貢献します。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子
pagetop
パーコレーションの理論的解析によると、次元によらず無限のクラスターの生成する確率(閾値)が存在する。そしてその確率は次元が高くなると小さくなる。やっかいなのは、どの次元でもサイトで考えた場合とボンドで考えた場合でその確率が異なることだ。
パーコレーションの閾値手前(仮にA領域)と閾値付近(B領域)、閾値を過ぎた確率(C領域)で物性が最も安定なのは、C領域でその次はA領域である。B領域ではばらつきが最も大きく、この領域で微粒子分散系の材料設計をしてはならない。
好ましい材料設計方法は、目的とする複合材料の導電性の1/100から1/1000程度導電性がある異方性の大きい微粒子をC領域の体積分率で添加する方針である。ただし、この設計方針では微粒子が凝集する問題を考えていない。微粒子が凝集する場合にはn次元のパーコレーションが参考になる。
例えば、1Ωcmの微粒子を絶縁体高分子に分散して半導体領域の抵抗を自由に作り出すにはどうしたらよいか。
この問題は、微粒子を凝集体として分散すればよく、凝集状態の見かけの比重を真比重の1%から60%程度まで変化させて分散する。微粒子表面の性質にもよるが、10の4乗Ωcmから10Ωcm前後まで凝集粒子の体積固有抵抗を制御することができる。この凝集粒子をC領域あるいはA領域の体積分率で絶縁材料に分散すれば、10の9乗Ωcmから10の5乗Ωcmまで安定に抵抗を制御できる。
しかし、あくまでもこれは計算上のことで実際にこれを行おうとすると、高分子中に微粒子を分散し制御する技が必要になってくる。ただ、特許をみると偶然この技が使われている場合があるから面白い。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子
pagetop
パーコレーション転移の閾値近傍で材料設計を行うと物性がばらつく、という科学的真理は30年以上前から数学の世界で明らかにされていたが、材料科学分野では1990年代に入ってから普及し始めた。
1980年代まで材料科学分野では、混合則とか複合側とか呼ばれている電気抵抗の直列接続と並列接続のときの抵抗計算式とよく似た式が使用されていた。
1991年になり雑誌「炭素」で、コンピューターシミュレーションする方法が公開され、手軽にパーコレーション転移のシミュレーションができるようになった。科学の世界ではすでに7次元で生じるパーコレーション転移について数値解析が行われていた。
多次元のパーコレーションが実用上意味があるのか、というと実用上の意味は不明だが、多次元空間を実空間の現象に翻訳して活用することはできる。
例えば、凝集粒子で生じるパーコレーションの問題である。クラスターの生成を凝集粒子内で生じるクラスターと凝集粒子そのものが形成するクラスターの2種考えなければいけない場合である。単純には6次元のパーコレーションを考えることになるであろう。
しかし、これを科学の真理そのままで理解しようとするとかなり難解で盆休み程度の短期間で凡人には理解不能。また、理解できたからといって他人に説明するときに6次元のパーコレーションを説明するにしても難しい。天下り的に結果がこうだからこうなる式の説明しかできない。
凝集粒子の問題については、すでにある一定のクラスターが生成している塊が分散するモデルを考えると直感的に理解しやすい。すなわち、多次元空間で考えるのではなく、あくまで重量分率と体積分率の関係を用いて3次元空間で考えるのである。そうすると凡人の頭でもすっきりと理解可能である。
凝集粒子のクラスターが均一である、そしてそのクラスターは確率に依存しないという仮定を暗黙のうちに置くことになるので、やや科学的な正確さには欠けるが、実務にそのまま展開できる表現で科学の真理を正しく理解することは重要である。このような科学の理解の仕方は、科学を技術へ展開するときに便利である。但し不正確さの原因となる前提条件を忘れないこと。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子
pagetop
「勝 ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」、とは勝負師野村克也氏の名言だが、科学では仮説に基づく実験を行うので、「失敗に不思議な失敗あり、成功に不思議な成功なし」となる。ところが仮説に基づく実験を行う科学の世界でも不思議な成功がある。ややオカルトのような体験になり、真夏の夜の夢ではな いか、と言われそうだが、秋も深まり始める10月中旬の栗の名産地で実際に科学者3人が体験した不思議な出来事である。
有機無機ハイブリッドからセラミックスを合成する企画が上司から却下され、会社の50周年記念論文にその内容を基にした事業展開を投稿してもボツになった。しかし、おりからのセラミックスフィーバーの中でファインセラミックス分野進出が全社方針と決まり、無機材質研究所に留学することになった。留学して半年が過ぎた頃人事部から衝撃的な電話が入り、その電話の内容を御指導してくださっていた猪股先生が聞かれていた。小生を元気づけるため、1週間だけ自由に実験を行って良い、との許可が下りた。
半導体用高純度SiCの合成実験を行うことにした。月曜日にゴム会社へ出向き前駆体高分子である有機無機ハイブリッドを合成し、火曜日と水曜日には無機材質研究所でそれを1000℃で炭化処理した。配合処方からシリカとカーボンの比率が4水準の炭化物が得られているはずである。シリカとカーボンの比率を分析している時間は無い。一発勝負でこの4水準のサンプルを4個のカーボン坩堝につめ、1600℃でSiC化の反応を行う事にした。
SiC化の反応は、2200℃まで昇温可能な最新の炭素抵抗炉を使用した。熱処理プログラムは田中先生が設定してくださった。シリカ還元法で必ずSiC化できる反応条件である。SiC化の反応をプログラム制御で行っていたところ、1600℃になってもヒーターの電流は下がらない。PIDの設定が悪いのか、と眺めていたところ、電気炉が突然暴走を始めた。
慌てて非常停止ボタンを押したところ、温度が下がり始めた。しかしアルゴンガスを流しているので下がる速度は速く、1600℃以下になりかけたので、ヒーターのスイッチを手動で入れた。電流のつまみを手動で制御しながら、1600℃15分保持した。1600℃以上であればSiC化の反応が進行するはずなので、必ずSiCができている、と確信していた。
翌日金曜日4水準のサンプルの坩堝を、猪股先生と田中先生同席の上取り出したところ、2水準の坩堝で真っ黄色のSiCができていた。
電子顕微鏡観察を行ったところ、粒度の揃った超微粒子が得られていた。その後、30分温度を保持する条件で、1600℃、1700℃、1800℃で実験を行ったが、黄色い粉末は得られるが粒度分布がシャープな粉末は得られなかった。SiC化の温度条件が粒度分布を決定していることが最初に分かったわけだが、単純に温度を保持しても市販品よりも粒度は揃っていたので、電気炉の暴走した温度条件の実験を行わない可能性があった。
この実験結果を製造条件に取り入れた異形横型プッシャー炉の発明に結びつくのだが、まことに不思議な成功であった。この成功要因は、SiC化の反応実験を行うチャンスが1日しかなかったので、電気炉の前につきっきりになり手を合わせお祈りしていたことである。祈りが通じて電気炉が暴走し最適条件の熱処理となった。極めて非科学的な体験だが、以後重要な実験では、気合いを入れこっそりと祈りながら実験を行うようになった。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子
pagetop
高分子材料自由討論会の質問がきっかけで書き始めた昨日の話を少しまとめる。
ゼラチン水溶液に、シリカ超微粒子とラテックスを分散して塗布液を調製する。この塗布液からは靱性の低い薄膜しかできない。また塗布液は增粘する。塗布液中でシリカ超微粒子が一部凝集し增粘しており、ゼラチン薄膜の中でもこの凝集体が残っているため、塗布膜ではそこが破壊の起点になりひび割れしている。塗布液をどのように調製しても、ゼラチン水溶液と、シリカ超微粒子、ラテックスを別々に添加して混合する限りシリカの超微粒子の凝集体が生成する。コロイド科学では当たり前の現象が塗布液の中で生じているために、シリカの超微粒子をコアにしたコアシェルラテックスを使う以外にこの系における科学的なソリューションは無い。
しかし現象をよく見てみると、シリカの超微粒子は凝集しやすいがラテックスの凝集は起きにくいことがわかる。シリカの超微粒子をミセルにしてラテックスを重合し、そのラテックス溶液とゼラチン水溶液をまぜたならシリカ超微粒子の凝集体はできないのではないか、と研究開発しているメンバーに問いかけた。ただし、ゾルをミセルに用いたラテックス重合などという話はコロイド科学に存在しない(注)。
たまたまコアシェルラテックスの合成研究を行っていたとき、失敗した合成条件でシリカ超微粒子の表面において全く重合が起きず、シリカゾルとラテックスが安定に分散している状態を経験した担当者がいた。
コアシェルラテックスの重合条件としては失敗であったが、うまくシリカゾルがミセルになっているかもしれない。もう一度その条件でラテックスを重合し、ゼラチン水溶液と混ぜて状態を観察したらどうか、とその担当者に指示を出した。翌日笑顔で目的を達成したラテックスができていた、との報告があった。驚くべき事に、シリカ超微粒子が存在するにもかかわらず、その水溶液の粘度は、ゼラチンとラテックスだけを混合した水溶液の粘度と同じレベルであった。シリカ超微粒子とラテックス、あるいはシリカ超微粒子とゼラチン水溶液いずれの組み合わせでも增粘するが、シリカ超微粒子をミセルに用いた場合には、そこへゼラチン水溶液を添加しても粘度上昇が生じない。
この技術をすぐに製品展開するとともに、特許も出願した。しかし、本当にシリカ超微粒子からミセルができて、そのミセル内でラテックスの重合が起きているのか、三重大学川口先生の御指導を受けながらコロイド科学の視点で研究を行ったところ、本当にミセルが安定に生成していた。あたかもホワイトボードに書いた絵のようなことが実際に起きていたのだ。この技術は写真学会からゼラチン賞を頂いたが、科学が基になってできた技術ではない。むしろ非科学的な方法で技術が先にできて、それを科学的方法で現象の証明を進めた手順になっている。
あるいは失敗という経験を基に技術を作り上げ、できあがった技術を科学的に検証している、と表現できる。もし時間や設備の関係で科学的検証をできなくとも、技術で製品を作ることは可能である。科学的検証はを行わなくともタグチメソッドで品質の安定化が可能だからだ。ここで科学的検証を行った理由は二つあり、一つは人材育成、他の理由は技術を正しく理解し、他へ応用できないか考えるためである。後者は正しい科学的視点から技術を見直すことにより、その上に構築しようとする技術が砂上の楼閣とならないようにするためである。
(注)1992年当時の話で、2000年になってからコロイド科学の雑誌「Langmuir」にゾルからミセルを生成し、オイルを安定に分散した研究が発表された。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
高分子材料自由討論会で多糖類高分子の発表をした。3年前に日本化学会から依頼され雑誌「化学と教育」に執筆した内容の一部とミドリムシプラスチックを組み合わせての報告。「化学と教育」では少し書いたのですが、18年ほど前に味の素で開発されたバクテリアセルロースに触れなかったことに関して質問があった(ミドリムシよりも昔の技術に関心が高いのか、とがっくりきた)。
バクテリアセルロースに関しては当時ゼラチンとの複合系で評価し、弾性率と靱性を同時に向上できる材料として注目をし、「科学と教育」には水分散性高分子フィラーとして面白い材料と紹介した。しかし、他の材料技術と比較評価したときに、コストパフォーマンスの観点であまり面白くない材料という社内の技術的位置づけになった。
そのため「化学と教育」では、単なる添加フィラーという用い方では無く一歩進んだ技術を紹介し、高分子材料自由討論会ではナタデココの話題とともに割愛した。そのかわりに「化学と教育」では触れなかった「おから」について少し紹介した。バクテリアセルロースよりも「おから」のほうが少し面白い話題性(注)を含んでいる。
ところで、バクテリアセルロースを18年前に高分子材料のフィラーとして評価したときに問題となった、脆いゼラチンを固く割れにくくする技術として、当時シリカをコアとするコアシェルラテックスが最先端の技術として議論されていた。
シェルを構成するラテックス成分がゴムで柔らかく、これでゼラチンの靱性を改善し、シリカという固い無機微粒子の存在で硬度を稼いでいるのだ。アナログ写真におけるバインダー技術の最終完成形としてデジタル化の波が起こり始めたときに登場した。
コアシェルラテックスは当時の先端技術であり、学会でも様々なコアシェルラテックスが発表されている時期でもあった。ゼラチンにゴム成分のラテックスと固い超微粒子を均一に混合しようとすると、超微粒子が凝集し、それが破壊の起点となり、脆いゼラチンはますます割れやすくなる。この3成分の混合において超微粒子のシリカの凝集を防ぐには、コアシェルラテックスが科学的に考えて最も良い方法である。
(科学的に最も良い方法だから科学を知っている誰でも考える陳腐なアイデアとも言える。)
ところで、実現したい機能はシリカの超微粒子とゴムのラテックスとゼラチンが凝集体を作らずに均一に水に分散していること、そして塗布してもその状態が維持され、シリカの超微粒子とゴム状のラテックスがゼラチンバインダーに均一に分散し、それが割れにくく固いという物性だ。
ホワイトボードにその状態の絵を描けば、他のアイデアを引き出せるかもしれない。ゴム状のラテックスのまわりにシリカの超微粒子が分散している絵を描くことは難しくないだろう。ゴールはその絵で、それを実現すれば良い。
このような話をすると優秀な科学者は笑う。コロイド科学の常識では、電荷二重層が存在するので、混合時にこれが乱れどうやってもシリカの超微粒子の凝集ができるはずだ、としたり顔で説明する。実際の開発現場ではもっと辛辣でコロイド科学を知らないからそのような発言ができる、と全員の前で馬鹿にされるような状態であった。
転職したばかりであったが、ポリウレタン発泡体の開発や電気粘性流体の開発を通じ一応のコロイド科学の知識を教科書程度持っていたので、シリカの超微粒子をミセルにしてラテックスを重合したらこのような姿にならないか、と嘲笑にくじけず再度提案した。
この提案では8割に笑いが起きたが、一人頭の上に電球が灯った社員が現れた。彼はコアシェルラテックスの合成実験をしていたときに、シリカの超微粒子存在下でラテックスを合成したら、まったくシリカの超微粒子表面で重合が起きず、コアを含まないラテックスが合成された経験を持っていた。
コアシェルラテックスが目標だったので、その実験条件は失敗だと思っていたが、その条件を見直せばホワイトボードの絵の状態ができるかもしれない、と発言した。開発の検討過程では失敗はつきもので、失敗という経験の中には新しい科学のヒントが隠されている可能性があり、この発言を待っていた!
<明日に続く>
(注)討論会でも回答したがバクテリアセルロースに関しては20年ほど前に出願された特許の幾つかが期限切れになり、ブレークする可能性があるかもしれない。ただしブレークするためには、競合するフィラーよりも価格が安くならねばならない。例えば300円/kg以下。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop