1970年末にタイヤのビード部のゴムを樹脂補強ゴムで設計する技術が登場している。この時用いられた樹脂はフェノール樹脂である。フェノール樹脂にはレゾール型とノボラック型があり、前者は室温で流動性を有する分子量が低い樹脂を容易に製造可能である。
ゆえにゴムへ配合して混練する時の難易度は低い。しかしノボラック型フェノール樹脂はゴムの混練温度範囲で粘度が高く混練の難易度は高い。ゆえにビード部のゴムとして最初に実用化されたのはレゾール型フェノール樹脂との複合化で、その後ノボラック型との複合化で製造された樹脂補強ゴムが登場している。
プロセス性の悪いノボラック型フェノール樹脂とゴムとの複合化が検討されたのは、特許回避のためとフェノール樹脂以外の樹脂ではゴムとの複合化で海島構造になりにくかったためである。ゴムへ少量添加しても高次構造が海島構造となるのはフェノール樹脂だけと当初思われていた。
しかし、樹脂をゴムへうまく混練できれば、樹脂の少量添加でも樹脂が海となる高次構造をとりうることを当方の指導社員は見出した。そのとき用いられた技がカオス混合である。
ところで樹脂をゴムに分散しにくい原因は、ゴムの溶融温度付近で樹脂の粘度が高いためである。これは混練の教科書にも書かれているように、大きな粘度差があるときに剪断流動ではせいぜい10μm程度の構造サイズまでの分散しかできない。
伸長流動では、教科書によればその限界が無くなると言われている。混練で伸長流動による混練が20世紀末より注目されるようになった理由である。しかし伸長流動でも、樹脂が溶融していなければ、樹脂の粒子径が大きいとその分散が難しいので、どうしても混練効率の高い剪断流動による分散も必要になる。
これが伸長流動と剪断流動とが程よく機能するカオス混合に最近注目するようになった理由である。ロール混練では技を使ってカオス混合が可能である。ゆえに樹脂補強ゴムの混練ではこのカオス混合の技を習得することが最初に必要で、同一処方を用いて1週間混練の練習をした。
カオス混合を用いても結晶化している樹脂をゴムへ分散するには難しい。そのような場合には、事前に樹脂を微粉末にしてから混練するが、ゴムの溶融温度で結晶がなかなか融解しないので剪断流動を駆使して分散することになる。
このようにゴムと樹脂の混練は難しく、その実現のためにプロセシングの工夫に頭を使うことになる。表面が平滑な二本のロールで混練が進行することも不思議だったが、技を体得し頭を使うと混練効率が上昇する面白さがあった。
ロールの表面は平滑だがロール混練を工夫していると脳みそのしわが増えてゆくような錯覚になった。指導社員がニーダーを安直に使用するのではなくロールで混練するように指導された意図を理解できた。
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指導社員の形式知や経験知、暗黙知の豊富さには驚かされた。また、率先して実験を行われていたが、樹脂補強ゴムのテーマとは全く無関係の実験であるだけでなく、レオロジーとの関係も不明な実験であることも多かった。
指導社員は就業時間後は囲碁をされるのが習慣だった。定時になると業務を終え机の上を整理したかと思うと姿が消えていた。
一度どこに行かれるのかついていったところ、DEMOS室というミニコンの設置された部屋に入られ、その中で囲碁を始められた。
そこは、空調が効き快適ではあるが事務を行う部屋は無く、段ボール箱を広げた上に座り、囲碁を打っていた。指導社員の会社における生活はこのように、朝出勤すると午前中は小生の指導にあて、午後は定時まで自分の業務、定時後は囲碁というのが習慣だった。
知識をどこで吸収しているのか不思議に思い尋ねたところ、出勤の往復時間が2時間あり、本を読むには十分な時間だと教えてくれた。多くの研究員が、講習会で出張しても指導社員は率先して出張することが無かった。
これも不思議だったので尋ねたところ、情報は学術雑誌を読めば先端の情報を容易に取得でき、講習会で間違った話を聞くよりも良い、と言われた。間違った話、という指摘にびっくりしてその意味を質問したところ、教科書通りの話は間違っていることが多いから、と理由を説明された。
そして、大学教授として転職された某部長がご自分の理論に合うように部下に実験させてデータを収集している話を聞かされた。これは当時の高分子科学の実情を知るには十分な事例だった。
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ゴム会社における新入社員時代の経験談を書いているが、たった3ケ月の指導期間であるにも関わらず、研修終了時のプレゼンでCTOから「技術とは何か」と、同期の社員1名がその説教の直後退職するような激しい技術論の薫陶を受けた直後でもあり、この時の指導社員は高純度SiCの事業化経験と同様に生涯忘れられない人物となった。
後輩への技術の伝承はメーカーに勤める技術者の重要な仕事の一つであるが、ゴーンの給与と技術者の処遇とを比較するとそれを重要な使命ととらえ、無償の貢献として行えるかどうか疑問である。
ましてや、成果を出しても評価されないだけでなく左遷までされたのでは、私費まで投じて獲得したスキルを無償で伝承しようなどとは考えないものだ。組織と技術者に信頼関係が無ければ、伝承どころではなく逃げ出す技術者も出てくる。経営者はこの点をよく認識しない限り、せっかく蓄積された技術が蓄積されず流出するだけになる。
それゆえ技術の伝承を円滑にできる方法を経営者は真摯に考えなければいけない。経営者が真摯に考えない限り、いくら誠実な技術者であっても自己の技術を無償で伝承しようなどとは考えないだけでなく、自ら技術を磨こうとする技術者さえも生まれない。
当方が体験した大企業は、自ら技術者として自己実現する人を冷遇する環境だった。指導社員は彼の同期より4年以上昇進が遅れている人だった。彼の実力であれば本来数名の部下を率いて研究開発を推進できたはずだ。しかし、当方が初めての部下となるような処遇をされていた。
噂では彼の新入社員時代における上司との折り合いが悪く、よい評価査定がついていなかったという。このような処遇のされ方をされても、彼は当方に対しては熱心に技術伝承をしてくださった。
FD事件で転職するまでの12年間ゴム会社に勤務したが、この指導社員ほど混練技術について精通した技術者と出会ったことがなかった。形式知や経験知だけでなく、質問をすれば暗黙知を必死に伝承しようと努力された。その技術伝承の姿勢は、まるで混練の神様のように見えたほどである。
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樹脂補強ゴムの開発テーマはたった3ケ月で完了した。指導社員は、当方が初めての部下だったので親身に業務以外についても指導してくださった。
部下の立場としてそれを指導されても困るということもあった。しかし、30年以上実務を経験してみると、それらは表現の問題であり社会経験の乏しかった当方には誤解を与える内容であるが組織活動の視点で考えなければいけない問題、と思うようになった。
例えば、「アイデアは盗まれるので研究の真の狙いは周囲に言うな」、とか、「成果は他人に簡単に盗られ評価されないことがあるので、仕事をするときには自己実現に励め」という指導である。
指導社員は大学院でレオロジーを研究し、ゴム会社に入社後もその専門を活かす仕事を担当していた。しかし、実務を通して大学で学んだダッシュポットとバネのモデルで高分子のレオロジーを研究する間違いに気がついたという。その結果、混練プロセスの研究がライフワークであり、当方にカオス混合を実用化してほしいと言われた。
また、会社の中に混練プロセスを研究しているグループがあり、そのメンバーには指導社員のアイデアを話してはいけない、と指導された。そして、研究テーマは樹脂補強ゴムだが、このゴムの開発を通して、プロセスの問題を考えてほしい、混練プロセスが当方の専門家としての目標だとも言われた。
樹脂補強ゴムのテーマを防振ゴム開発まで担当することができないので、この仕事で当方が評価されないこと、それゆえに評価ではなく自己のスキルアップに専念して欲しい、と言われ、当方が進んで過重労働を行っても注意されなかった。
当方は自己実現目標を早期に混練技術をマスターすることとし、朝の座学は指導社員と懸命に毎日遭遇した現象について議論した。樹脂補強ゴムは、溶融温度の異なる樹脂とゴムとをブレンドしなければならず、それを実現するためには「技」が必要だった。
このロール混練における技こそ指導社員が他言してはならぬと言われたことで、カオス混合に通じる技術アイデアである。指導社員は通常の方法ではゴムに分散できない樹脂を分散するための技をKKDで見出していた。ご興味のある方はお問い合わせください。
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年末年始の休日を返上し報告書をまとめ上げたが、研究としてはたった一つの真理しか得られなかった。測定された樹脂のSP値をゴムのSP値と比較してもその相関は、あるとはいいがたい結果だった。
原因は、指導社員が用意してくださった樹脂以外に当時の新素材樹脂(TPE)を評価に加える提案を当方がしたためで、SP値との関係を説明しにくい結果となった。
また、TPE以外の樹脂でもSP値がゴムと離れているにもかかわらず、うまく海島構造を形成していた事例も見出された。
指導社員は、研究のシナリオを考えて樹脂の手配をされていたのだが、当方の素人の提案と素人ゆえにロール混練条件を多数変更していたロールの操作がそのシナリオを無駄にしたような結果となった。
すなわち、得られた多数のデータを見ると、シミュレーションで示された防振ゴムのモデルにおいて、バネ定数を高めるには樹脂を添加し硬度を高めればよい、という仮説をほぼ立証してはいるが、そのバネ定数が必ずしもカタログ上の樹脂の弾性率と相関していなかった。
しかし、これはDSCの結果から樹脂補強ゴムに配合された樹脂の結晶化度が異なっていることが原因と推定され、その視点で結晶化度の異なるTPEを添加した系で確認したところ、その結晶化度とゴム硬度が相関していたという結果だった。
詳細は当時出願した特許をご覧いただきたいが、樹脂補強ゴムにおける樹脂の配合効果が単純ではないことに感動した。しかもそれがプロセスにも依存していたことから、指導社員に教えられた夢のカオス混合という混練技術に強く魅かれるようになった。
2011年に起業後カオス混合装置について、その開発費用を得るため経産省の補助金申請を数度行ったが、補助金を頂けなかった。また、大手樹脂メーカーに共同開発のお願いやコンサル契約をお願いしたりしたがかなわなかった。
仕方がないので中国樹脂メーカーとカオス混合装置の開発を進め現在に至るが、この7年間に当時をしのぐ事例が得られ、先月日本のシンクタンク大手KRIが主催されたシンポジウムで発表する機会を得た。数社から引き合いがきて良い年を迎えることが出来そうだ。
しかし日本の樹脂メーカーは混練技術に無頓着でよいのか?この7年間に開発された新コンセプトに基づく添加剤をある樹脂に添加した場合には、その添加効果がカオス混合に大きく依存している結果も出ている。この添加剤のすごいところは、添加により樹脂のTgを下げないが、Tmを下げたりその他の効果が得られることだ。
ただしこの効果はカオス混合で初めて現れる、混練技術に依存した樹脂の性能を上げる添加剤である。これは、樹脂メーカーの技術をブラックボックス化できる。このようなコンセプトは40年前のこの3ケ月の混練体験で思いついた。
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指導社員の計画は、緻密だった。指導される側は、ただ、計画に沿ったメニューをこなすだけだった。また、1年間の実験で使用する材料はすべて手配され倉庫に積まれていた。
さらに、その計画を進めていった結果、必ずそれが成功すると科学的なシミュレーションで示されていた。ただし、これはあくまでも計算上のことで本当にできるかどうかは当時の高分子科学から得られる知識で保証されていなかった(恐らく今でも科学的に理論だけで保証できないはずだ(注))。
それに対して、指導社員はKKDを駆使して成功の見本となる材料を作り上げていた。しかし、その見本はロバストの無い見本であり、プロセス依存性が大きいだけでなく耐久寿命のばらつきも大きかった。
当方が、1年の計画を3ケ月に短縮できたのは、緻密な計画と分析担当の女性を2名に増員されたことが見かけ上大きく寄与しているが、このKKDで作られた見本の存在も研究成果を実用化するときの問題点を早期に得ることができたので期間短縮に重要だった(これはアジャイル開発である)。
KKDによるサンプルがプロセス依存性の大きいことをこのサンプル処方を用いた1週間のロール混練の練習で指導社員に説明している。この1種類の処方だけで行った1週間の練習期間のデータについて指導社員が丁寧に回答をしてくださったので、バンバリーの操作からロール混練におけるツボなどプロセスに関わる経験知や暗黙知を体得できた。
また、毎日1種類の同じ処方を混練しては加硫し引張試験を繰り返している姿は周囲の同情を誘い、多くの先輩社員が当方の作業中に近寄ってきてああでもない、こうでもない、とそれぞれの暗黙知を提供し指導してくださったので大変勉強になった。
先輩社員の中には当方の学生時代の専攻領域とゴム会社と言うミスマッチをからかわれる方もおられたが、それはそれで社会勉強になった。ただし、大学で何を学び社会でどのように貢献するかは、ドラッカーの書に書いてあった受け売りの回答をしていたため生意気な新入社員に誤解されたかもしれない。
当時配属された研究所ではゴム会社の事業に関わる基礎研究を学生時代に学んでこられた方が多かった。そのため、仕事のやり方が学生時代と変わらぬスタイルになるという弊害が職場に存在した。
例えば、混練というプロセスは、経験知や暗黙知の占める割合の大きなプロセスである。ゴム会社の研究所では、科学的アプローチでこれを研究されているグループがあった。しかしこのグループの研究スタイルを指導社員は否定されていた。
研究の進め方についてアカデミアの方法を学生時代に学ぶ。しかし事業を考慮した研究スタイルのあることを社会人のスタートの時に実務を通して学べたのは、その後高純度SiCの事業を立ち上げるときに役立った。
セラミックスのプロセシングもゴムのプロセシングと同様に経験知や暗黙知が多い世界である。しかし、このような世界は、言葉で聴くだけではなかなかそこに潜む知を実感として理解できない。
工場実習期間中に現場の職長から、押出成形は行ってこいの世界だ、とわかりやすく教えられた体験では、なかなかその神髄まで理解できなかった。しかし、指導社員がKKDで作成された成功見本を1週間何度も繰り返し混練しながらその言葉を味わってみると、大変含蓄がある言葉だと理解できた。
科学の研究では、目の前の現象について仮説を設定し、それを実験で真であるかどうかを確認しながら進めてゆく。しかし実験結果にばらつきが大きい時には、仮説が真であるかどうかを証明することが難しくなる。イムレラカトシュは「方法の擁護」の中でこの問題を扱い、否定証明こそ科学で完璧にできる唯一の方法だと述べている。
これを平易に言えば、ゴム材料の研究を科学のスタイルで仕事を進めると「できない」という報告書が山積みになることを意味している。事業ではこのような状態は無駄な研究と評価される。事業に貢献できる研究とは指導社員がやられていたようなアジャイル開発のスタイルが好ましいと新入社員のこの時期に学んでいる。
(注)スタップ細胞の騒動で理研の某理事が、細かい実験はやめてとにかくスタップ細胞を作れ、一つでもできればよいと言っている、とインタビューで回答していた姿を今でも忘れられない。科学のスタイルでできることを示すのは、実際に繰り返し再現できる事実を積み上げなければならない。科学に存在するこの不完全性があるゆえに捏造が生まれる。捏造ではないが、ゴム会社の某部長が生み出したような怪しい理論が氾濫する事態にもなる。科学的に正しいが実務では役立たない理論をどのように伝承するのかも技術の指導では重要である。指導社員が神様に見えたのはこのような指導をうまくされたからだ。
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過重労働に限らず、労働というものは、人に命じられて行う場合にはその量に関わらず少なからず面白くないものである。しかし、自ら進んで行う場合には、過重労働であっても楽しい。
樹脂補強ゴムは後工程ですぐに商品化され会社に貢献した研究テーマと評価されたらしいが、指導社員も当方もそのような評価を受けていない。また入社二年間は残業手当が無いルールだったので、残業代も0であった。
さらに、テーマが完了したということで、当方は新たなテーマを抱える職場へ異動となっている。指導社員は、その立場から、新たなテーマを企画することになった。
1年間のテーマを3ケ月で仕上げたことを研究所内では批判されたようだ。当方は社会人になったばかりで陰口に対し理解できなかったが、指導社員には申し訳ないことをした、と反省した。
メーカーの研究部門において新しいテーマの企画業務は、予算が決まっているテーマを推進するよりも大変である。なぜなら、企画が採用されるまで研究所では評価されないからだ。
また、テーマが商品化されてその成否の結果から初めて評価される。当方はこの仕事を楽しく推進することができたが、指導社員は全く知識の無かった当方を指導することになり、どのような気持ちだったのか異動後想像し申し訳ない気持ちになった。
指導社員の技術者育成プログラムは1年間の計画として作られていたが、そのメニューを当方のペースに合わせ繰り上げて進めてくださった。40年たった今から当時を思い出してみても高分子科学の先端を見据えた優れた内容だった。
シミュレーションによる材料設計、ワイブル統計を用いた材料の信頼性評価、高分子の高次構造写真や豊富な熱分析データ、これらと関連付けされた粘弾性データなどお正月を返上して報告書としてまとめたが、年末年始の休みを返上しても十分に満足できる宿題だった。また、この時の教育のおかげで約30年後に指導社員から夢と言われたカオス混合装置を発明することができた。
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指導社員はダッシュポットとバネのモデルを駆使したシミュレーションから樹脂補強ゴムを用いたエンジンマウントを発明した。当時知られていたフローリー・ハギンズ理論から、配合で用いられる樹脂とゴムのΧは0であるべき、とも考察したが、実験で用いる樹脂については、ΧではなくSP値を求めるように指示されていた。
SP値の求め方についても分子構造から計算で求める方法が知られていたにも関わらず、必ず溶媒を用いて調べるように教えられた。計算値の信頼度が低いためだった。フローリー・ハギンズ理論をそのまま実務で活用できない問題について40年前から技術者は知っていた。
3カ月間で収集された樹脂のSP値やその他のパラメーターと測定された加硫ゴムの力学物性、そして電子顕微鏡で観察された高次構造から、シミュレーション結果に相当する物性を設計するためには、樹脂が海でゴムが島となる高次構造を形成できる配合でなければいけないことや、この構造をとった材料について、樹脂の結晶化度がダッシュポットとバネのモデルにおけるバネ定数を支配していることがわかった。
興味深かったのは、最適に配合された時、樹脂の配合量が少なくても海島構造の海を樹脂が形成していることや、Χは0にならなくてもこのような相分離現象を示したこと、そしてプロセスもこの高次構造形成に影響していたことだ。
わずか3ケ月間の実験であったが、大半を今で言うところの過重労働で行ったので、一年分の業務量に相当するデータと成果が得られた。指導社員の優れた実験計画と毎日の考察のおかげで、業務効率が指数関数的に加速していっただけでなく、業務の理解が進むにつれスキルも上がり、仕事の楽しさが倍増していった。
過重労働の問題は解決されなければいけないが、労働者が自主的に過重労働をする場合をどのように指導するのかは当方の経験から難しい問題だと思う。知識やスキルを習得する方法としてこのような自ら率先して行う過重労働方式が効果を上げる場合がある。
また過重労働を肯定するわけではないが、長い人生の一コマとしてこの時の過重労働を楽しく思い出すことができるだけでなく、セラミックスが専門だった当方の知識とスキルを広げるために重要な3ケ月間だった。
理解ある指導社員のおかげで集中して仕事ができて、興味深いテーマについて深く理解が進むとともに0であった高分子物理の知識が教科書や当時の論文をしのぐレベルまで高まってゆく錯覚があった。健康は何にもまして重要である。健康だったからこそ、睡眠が4時間に満たなくても2ケ月以上頑張ることができた。
そしていつの間にか睡眠学習になることもあった毎朝の座学とそれに連動した実験で全くの無知の状態から当時の先端の高分子物理の知識を習得できたことを考えると当時の過重労働を批判する気持ちになれない。
また、長い人生でこの時の過重労働以外で知識とスキルを一気に高める機会が無かったので、残業代0であっても会社には感謝している。精神や肉体を害する過重労働はあってはならないが、自己啓発の場を労働時間に組み込む時に「労働」に対する考え方をどうするのかは、特に技術者を育成するときに難しい問題となる。
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午後の時間は、当方の自由時間の様なものだった。指導社員は当方にすべて仕事を任せてくれて、当方はただ翌日の座学の最初に一日の実験報告をするだけだった。
その報告の中である日、実験方法について議論になった。材料の振動エネルギー吸収能力の評価時間が材料開発の律速段階となっていたからである。すなわち混練し加硫したサンプルについてスペクトロメーターでデータを収集していたのだが、その測定時間が2時間近くかかっていた。
当方は、目標からほど遠いサンプルについても同じ測定するのは時間の無駄で、とりあえず80Hzと10Hzの2点だけ測定すればよいのでは、と提案した。
当時開発していたのは防振ゴムであり、振動周波数の広い領域で振動を吸収できることが材料に要求されていた。しかし、高分子材料はある特定の狭い振動数の領域だけエネルギーを吸収し、それ以外はバネの効果が大きかった。
ゆえに80Hzと10Hzの二点でエネルギー吸収能力の大きい材料ができれば、それが目標の材料物性を備えていると考えた。
このエネルギー吸収能力のわかりやすい例として、室温付近にTgを有する材料でボールを作ってみると、ほとんど弾まないボールになる事例がある。
すなわち、このボールは室温付近でエネルギ吸収能力が大きいので、弾ませたときにエネルギー吸収が生じて反発できない。
測定周波数を変えながら、このエネルギー吸収の大きさをスペクトロメーターで測定していた。そして気がついたのは、80Hzで損失係数が高いときには、10Hzで低くなり、10Hzで高いときには80Hzで低くなる、という当たり前の現象だった。
目標は80Hzで測定しても10Hzで測定しても損失係数が高い材料なので、この2点だけで評価を進め、両方の周波数で条件を満たした材料だけすべての周波数で測定すればよい、と考えて評価時間の短縮を提案した。
そして用意されたすべての樹脂を1ケ月で評価し終える、と宣言したら、これは1年間のテーマだから急がなくてよい、と指導社員は応えられた。
当方は提案について指導社員が否定されなかったので、翌日から提案した方法で仕事を進め、1ケ月どころか1週間ですべての樹脂の評価を終えて、いくつか製品の候補になるような樹脂補強ゴムの配合を見つけることができた。
このような仕事のやり方について指導社員から特に注意を受けなかったので、見つけた配合について耐久試験に移ろうとしたところ、指導社員から分析グループの女性を紹介された。
そして当方が候補として選んだ樹脂以外に指導社員が評価済みの樹脂の中からいくつか樹脂を選び、それらについて細かくデータを収集するように指示を受けた。そして、作成したサンプルはすべて分析担当の女性に渡すように、とも言われた。
翌日から座学の半分の時間は、分析担当の女性が撮影した電子顕微鏡写真とゴムの製造プロセスも含めた処方の議論が行われるようになった。
この業務状態は1週間ほどで軌道に乗ったので、それから平日は夜中まで仕事をするようになった。すると評価サンプルがどんどん増えたので、分析担当の女性がもう一人つけられた。ますます仕事は加速し、3ケ月で材料開発と報告書作成が完了した。
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毎日午後は、自由に実験できる時間だと言われた。そのため、配属されて最初の一週間は、社内の実験設備を使用する方法を指導された。
指導社員が設計して創作された世界に一台しかない粘弾性測定装置スペクトロメータは、現在市販されている粘弾性装置の4倍の大きさだった。
当時マイコンが無かったのでミニコンで動作しており、この制御部分が半分の面積を占めていた。またサンプル取り付け部分やサンプルに信号を送るモーター部分はじめすべてが大きく頑丈に作られていた。
このスペクトロメータは指導社員の管理装置だったので自由に使えた。それ以外の設備はすべて予約や設備管理者との調整が必要だった。
指導社員は使う必要のない設備も含めてすべていつでも使用できるように設備管理者を紹介してくれた。おかげで名刺ホルダーがすぐにいっぱいになった。
勉強になったのは、ゴムの混練製品開発の実用化を考えたなら必ずパイロットプラントの試作設備でゴム材料を混練しなければいけないといわれたことである。
また、製作したゴム材料について早い段階で繰り返し引張による耐久試験器を用いて信頼性のチェックを実施することが実用化を失敗しないコツである、と指導された。
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