カオス混合は30年以上前に指導社員から教えていただいた混練技術である。彼の説明ではロール混練でそれが起きている、という。そしてその機構をバッチ式ではなく連続式で実現したら混練技術に革新をもたらす、と教えてくれた。そしてその実現が当方の宿題となった。
その後ポリウレタンやフェノール樹脂の難燃化というテーマからセラミックスへ仕事がかわり、カオス混合を考える機会が無くなった。しかし、カオスを混合したらどのようになるのだろうと、酒を飲みながら話のネタにはしていた。
以前紹介したが、退職前の単身赴任の時に偶然その技術開発を行うことになった。人生とは面白いもので、思い続けているとそれがかなうことがある。カオス混合はいつかやってみたいと思い続けてきた技術の一つだ。
思い続けてきたが、ストーカーのように追い続けてきたわけではない。学会で関係する発表があれば、それを聴いてみる、という程度である。印象に残っているのは、日本化学会で発表のあったラテックス粒子の自己組織化現象である。
ラテックスが一層流れる程度の薄いスリットの中にラテックスを流すと規則正しく粒子がならぶという報告である。溶融した高分子の粘性流体をそのような細いスリットに流すことは不可能だが、ロール混練の条件に合わせたスリットへ急速に流したらどうなるか、というアイデアが生まれた。
アイデアが生まれたがそれを実施するまで10年近く月日が流れた。運良くカオス混合を開発できるテーマが目の前に現れた。そして、単身赴任した開発現場には、それをモデル的に確認できる環境が整っていた。
カオス状態とは混沌としたものだが、問題がうまく解決されるときというのは、不思議なことにとんとん拍子に進む。人生全体はカオスのようなものかもしれないが、その一瞬一瞬というのは、努力の積み重ねた結果が現れるのではないか、と思うようになった。
だから苦労しているときには、なおいっそう真摯に努力に励まなければいけないのだろう。長期的視野では、努力は必ず報われると信じたくなる、そんな人生である。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
どのような高分子でも完璧なコンパウンドにできるように、混練技術を形式知として体系化するのは困難だろうと思う。だから、実践知と暗黙知、そしてわずかな形式知の知性の境界を越えた体系化が必要になってくる。
混練技術者とはそれができた人を言う。おそらく30年以上前に当方を指導してくださった指導社員は、今でも通用する混練技術者だろう。彼の指導方法はあくまで実践知が中心に据えられていた。彼の形式知さえも本人は懐疑的に見ていた。
暗黙知を伝える方法も秀逸だった。二本のロールにゴムを巻き付け、それが混練されてゆく様子を30分眺めていた。そしてそこへ少量のカーボンを添加し、あっという間に真っ黒くなる現象を解説してくれた。言葉ではなく黒くなったゴムをロールから外し、実際に触れることでカーボンがゴムに分散された状態を教えてくれた。その説明に分散混合と分配混合は出てこなかった。
彼は職人ではない。ダッシュポットとバネのモデルから導いた常微分方程式を電卓で解き防振ゴムの材料設計を行う京都大大学院出身のレオロジストだった。面白いのはダッシュポットとバネを使ったレオロジーの形式知が将来は使われなくなるだろうと予測していたことだ。
また、研究用のサンプルを作成するときにも、小型のニーダーを使用するのではなく、現場のパイロットスケールのバンバリを使用した点である。マスターバッチを大量に製造できるので効率を考えてのことかと質問したら、ゴムはプロセスの履歴が物性に表れる、と実践知を教えてくれた。
そのほか彼から教えられた知識は多い。3ケ月間マンツーマンで指導され、ゴムの混練技術とその考え方は良く理解できたが、ゴム会社でその知性を活かす機会は二度と無かった。
しかし実践知や暗黙知は、水泳や自転車のように一度身につけると忘れない。形式知は忘れてしまう部分があるが、実践知は体で覚えている。たった3ケ月で身につけた知識(注)であるが、指導社員の熱意とともに自然と思い出す。10年前に単身赴任して、その時初めてバンバリーを操作したときも躊躇なく運転できた。
高分子科学は現在もアカデミアの努力で進歩している。特に高分子物理は地味ながら20年前よりも大きく進歩した。まずダッシュポットとバネのモデルでレオロジーを論じる研究者を見かけなくなったことだ。OCTAの登場で容易に高分子物理をコンピューターで学べる環境が整った。今教科書に書かれている混練の形式知はおそらく10年後は異なった内容になっている可能性が高いと思う。
(注)今ならばブラック企業という騒ぎになるような勤務状態だった。ほとんど毎日自主的な夜勤と休日出勤だったが、楽しかった。会社の管理も緩い時代だったので、実験を思う存分にできた。指導社員からはバネとダッシュポットのモデルから計算された粘弾性のグラフを渡されており、当方はひたすらそのグラフに合った材料を見いだすのが仕事だった。樹脂とエラストマーのポリマーブレンドがすべて計算通りの粘弾性特性になるわけではなかった。
50種類ぐらい検討を進めたところ、樹脂の結晶化度が影響していそうな傾向が見えてきた。さらにその傾向は2種類の群に分かれ、コポリマーが良さそうに思われた。試作サンプルが100を超えたところで多変量解析を行って整理をしてみた。昼間は指導社員の指導を受け、夜は自分の思うように仕事ができたサラリーマンで一番楽しかったときかもしれない。高純度SiCの事業化は今思い出すと楽しかった時代になるが、この防止ゴム開発の3ヶ月間は明確なゴールとチェックポイントが示され、あたかも宝探しのような楽しさが毎日の仕事にあった。材料開発では、形式知ですべて解決できるわけではなく、試行錯誤の作業が必要になる場合がある。凡才にとって、形式知で解決できないテーマは、実践知を磨くチャンスとなる。指導社員はシミュレーションは完成したが、具体的な材料が分かっているわけではない、と正直に教えてくださった。そしてシミュレーションがはずれた材料一つ一つについて、ダッシュポットとバネのモデルで解説してくださった。最初は本当に材料の配合が見つかるのか不安だったが、指導社員が必ずできる、と励ましてくださったので、がむしゃらに混練を続けたら、最初の1ケ月でゴールに近い材料が見つかり、一週間後にはシミュレーションのグラフとずばり適合する処方が見つかった。その後はさらに探索を進める作業と、見つかった系について耐久試験を進める作業と忙しくなった。テーマを開始して3ヶ月後には新しいコンセプトに基づく防止ゴムの実用配合と、その理論の報告書が完成していた。
まったく新しいコンセプトの材料は、試行錯誤のプロセスを経てできあがる場合が多いのではないか?
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
樹脂を二軸混練機で混練するときに、分散混合と分配混合という考え方でスクリューセグメントの設計を考えるようだ。ようだ、と書いたのは、当方はこの考え方でスクリューセグメントの設計を行わないからだ。
「未だ科学は発展途上」で、一流のコンパウンド会社から素人扱いされ、混練のアイデアを受け入れていただけなかった体験を紹介した。そこの技術者は、分散混合と分配混合、弱練りと強練りという言葉などあたかも形式知のように使っていた。
しかし、その一流コンパウンドメーカーの形式知をもってしても解決できなかった問題を素人が30年前の実践知で解決したのである。一流と言われたコンパウンダーの混練の形式知とは何か調べてみたところ、某書籍に書いてあり、やはり完成された知識の体系としてまとめられていた。しかし、実際の現象には使えない形式知だと感じた。
分散混合と分配混合については、液体モデルに何か分散させたいときの考え方であり、様々な樹脂の混練でこの考え方が当てはまるわけではない。混練では伸張流動と剪断流動が発生し、その力で混練が進む、という形式知程度しか分かっていない、ととらえた方が良い。
そのほかに二軸混練機を購入するならば、KOBELCO以外はどこの混練機を購入しても同じ、と以前から感じていたが、この10年の経験からこれは正しいかもしれないと思うようになった。
理由は10年前に購入した同社製の中古機が未だトラブルなしで量産に使用されているのと、中古機に対するアフターサービスの良さ、そしてすでに20年以上経っているのに安定に使用できる耐久性などから、made in JAPANのブランドの信頼性の高さが裏付けられたからである。
二軸混練機と言えばKOBELCOというのは実践知ではなく形式知になるのかもしれない。そのくらいすばらしい装置である。中国で数社の混練機を実際に使用してみたが、KOBELCOの足下にも及ばないものばかりだった。KOBELCOの唯一の欠点は値段が高いことである。
もし二軸混練機の勉強をしたいならばKOBELCOのカタログをダウロードして読んでみると良い。スクリューセグメントの考え方も簡単ではあるが丁寧に記載されている。そして購入したくなったら電話をかけ相談すると、スクリューセグメントの設計まで親切に行ってくれる。依頼すればそのシミュレーション結果もサービスとして送ってくれる。ちなみに弊社は同社と無関係の中立の立場である。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
混練を形式知で記述しようとするときに、装置と混練される材料との関係が問題となる。すなわち高分子材料は、その種類により一次構造が異なればレオロジー特性も異なる。しかし、溶融状態のレオロジーについてはいまだ学会で議論されているレベルである。
材料側の物性変化が一義的に定まらない状態で装置と材料の関係を議論するとなると、科学的にどのように論理展開すればよいのか。そこで材料モデルを考案し、近似解を得られるように問題を解くわけだが、ここで怪しいことが起きる。
約10年にわたり、樹脂の混練技術に携わってきた。そして新しいカオス混合装置を開発し、そこから創りだされる新たな材料の特許出願もできた。この装置は日本と中国でそれぞれ稼働している。日本で量産に使用されている装置を第1世代とすれば、中国のそれは思想の進歩した第2世代である。
第1世代を開発したときに、社内のデザインレビュー(DR)と呼ばれる、ステージゲート法のゲートに似た仕組みを突破するためにシミュレーション技術を駆使した。そのときはDRを通したい都合で、あたかも形式知がそこにあるかのような説明をしてきた。
混練のシミュレーションなど普通に計算するとうまく適合した結果など出ないのだが、シミュレーションそのものを実際に合うようにパラメーターを設定して結果を出してきた。すなわち通常粘弾性の測定データを入れるところを、現実にあうパラメータの値を入力し、結果とあわせこんで計算したのだ。
実際にあわせて計算しているので、何のためのシミュレーションだ、というつっこみは起きるかもしれないが、実際に計算しているので捏造には当たらない。データを説明しやすいようにシミュレーションで得られるきれいなグラフィックを利用したかっただけである。
そのようなシミュレーションのやり方で分かったことはいくつかあるが、スクリューセグメントを設計するために行う混練機の温度シミュレーションは、実践知によく適合すると感じた。もっとも実践知が蓄積されるとシミュレーションを行わなくてもスクリューセグメントの配置から概略温度変化は予想がつくようになりシミュレーションなど不要だが、実践知が無いときには、シミュレーションされた温度データは頼りになるはずだ。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
身の回りにある高分子材料には必ず何か添加剤が入っている。高分子合成段階に添加剤も一緒に混合する方法もあるが、多くは混練機で添加剤を高分子に混練する。
二種以上の高分子を混ぜるときには必ず混練プロセスが必要になるが、この混練技術について誤解が多い。例えば、未だ科学で完全に解明された混練プロセスは存在しない、という事実でさえも否定する人がいる。
これはゴム会社を定年で退職した同期の技術者に聞いた話だが、ようやくロール混練について80%ほど科学的に解明できたところだ、とのこと。バンバリ-については未だ藪の中だそうだ(注1)。
だから混練について書かれた書籍は、非科学的内容と受け止めながら読む必要があるが、科学的に断定して書かれている論文に遭遇すると誤解が生まれるのも仕方がないとため息がでてしまう。
混練について書かれた論文を読むときにはこのような考え方もある、というぐらいの心構えが必要である。それでは、混練技術を理解するための基礎は何か、と問われるとレオロジーという抽象的な回答になる。
混練プロセスでは、伸張流動と剪断流動が起きており、この組み合わせで混練が進む、というのが一般的な考え方だ。そして少し古い論文には、剪断流動では細かく分散できる粒径に限界があり、ナノオーダーまで分散するには伸張流動が有利である、と書かれている。
しかし、2000年頃に行われた高分子精密制御プロジェクトで、高速剪断流動でナノオーダーまで高分子が分散されることも示された(注2)。すなわち過去に書かれていた剪断流動の話は混練プロセスにおけるスクリューの回転速度の範囲では、という条件付きで読む必要がある。
(注1)昔は闇の中、と言われたので少しは進歩した。
(注2)あの技術は分子量低下が起きているからだめな研究だ、と批判していた人がいたが、分子量低下が起きていてもナノオーダーまで分散している、という見方が実践知による見方である。なぜ500回転前後の二軸混練機で剪断流動を中心とした混練でナノオーダーまでゆかないのか、と疑問を持つことは重要である。そして1000回転以上でナノオーダーまで混練が剪断流動で進むという実践知が生まれている。ここで問題になるのは、せっかく有用な知が生まれても、実験結果に科学的な厳密性が欠けている部分をみつけ、知の全てを非科学的と否定することである。混練では少しの条件変動で興味深い結果が生まれたりすることがある。それらをどのように扱うかで技術の蓄積量が変わる。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
高分子のガラス転移点(Tg)は、溶融して液状となった高分子を冷却する過程で高分子が流動できなくなり、固体となった時に現れる変曲点である。無機ガラスのTgよりも高分子のTgは面白い。
分子レベルでは運動性を失っていないので、分子を眺めることができたならば微小領域の隙間を観察すると、犬のしっぽのように高分子の端がぴくんぴくんと動いている様子を見ることができる。
この部分は、高分子の自由体積(部分)と呼ばれる。すなわち高分子を溶融状態から急冷すると非晶質となるが、この状態で、完全に分子運動が凍結された部分と自由体積部分の二つの構造ができる。
結晶性高分子では、さらに非晶質状態の中で規則性が高い構造もできるので、高分子の急冷プロセスでは3種類の高次構造ができることになる。これらは構造の特性が異なるので、急冷した高分子を熱分析、例えばDSCをTg温度を超えるあたりまで測定したときには3種類の変曲点が現れても良さそうだが、DSCの感度はそこまで高くなく、Tgが一つ観察されるだけである。(ただし、結晶性高分子では結晶化温度Tcで鋭いピークを示すので、2つ現れることになるが)
二種以上のコポリマーでは二つ以上Tgが観察されるが、ここでは話を簡単にするために1種類の高分子で考える。さて、DSCで観察されるTgは、結晶化温度を示すTcのピークのように鋭く現れない。明らかなピークとして現れず、時にはわかりにくい情報となるが、高分子のプロセシングの履歴をそこに観測することができる。
教科書を読むとTgはTcのような相転移ではないのでDSCでは、熱エネルギーの解放あるいは吸収を示すピークとして観察されない、とある。そしてただ比熱が変化するのでベースラインの変化が観察されるだけ、とそっけない説明である。
昔そのベースラインの変化量は高分子の自由体積の量を示している、と習った。そして、DSCでTgを計測してそのような単純なグラフとして現れた時にはうまく測定できた、と思っていたが、Tgが現れなかったり(注)、ピークとして現れたりするデータと遭遇するようになり、その意味の奥深さを味わっている。いまだ実践知と暗黙知の残っている世界である。
(注)DSC測定において、Tgが観察されない場合の隠し技がある。Tgが観察されないからTgが無い、という結論は正しくなく、そのような材料でもTMAを用いるときちんとTgが現れる。隠し技を用いるとDSCでも本来のTgが現れるようになる。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
中間転写ベルトのコンパウンドは、子会社の敷地を間借りして建設されたプラントで現在も生産が続けられている(現在はリスク管理の観点から国内2ケ所で生産を行っている)。科学では説明できない6ナイロンとPPSが相溶したコンパウンドが、技術で組み立てられた生産体制で品質が安定に維持(注)され、後工程の押出成形で高品質のベルト生産を可能としている。
科学の知の体系では、二相に相分離すべき系である。当初の材料設計では、この考え方に沿って開発が進められた。しかし、技術として完成できなかっただけでなく、分析を科学的に進めてもその原因を解明できなかった。
科学的に解決困難に見えたのだが、電気粘性流体の増粘の問題や酸化スズゾル薄膜の導電性問題のように、ウェルド部分では必ずこのような現象が生じるため、この技術を完成させることは不可能だという論法で前任者は否定証明を行わず、技術を完成させる意志決定をして当方に相談に来た。科学的手順でゆきづまったらヒューマンプロセスに頼る賢明さが大切である。
ところで、科学の知の体系では高分子のプロセシングの効果に関する情報が不足している。理由は、多くの高分子材料が非平衡で進行するプロセシングにより生産されているからである。これは科学的な解明が難しく、今でも研究が行われているテーマである。しかし技術では技術者の想像力により、異分野で行われている類似のプロセシングを応用することができる。そして異分野で成功した事例で起きている変化を活用し新たな材料を作り出すことができる(アナロジーの活用はヒューマンプロセスの一つ)。
技術者の知の体系では、アナロジーは重要な手段で、科学の知の体系では想像のつかない技術を生み出す原動力になっている。科学で未解明の現象でも、アナロジーにより機能を絞り出し、技術の実体として実現できる。
科学以外を排除するマネジメントでは、このような技術を生み出す土壌は育たない。TRIZやUSITなどのツールを用いて技術を科学で支配し、開発を論理的に進めることは科学の勉強になるかもしれない。しかし、実践知や暗黙知を軽蔑する風土では、形式知を超える技術を生み出すことが難しくなる。
6ナイロンとPPSが相溶し、しなやかなベルトを生み出すコンパウンドに科学的な解説を与えることは難しいが、カオス混合という技術について実践知と暗黙知がどのように生かされたのか説明することはできる。昨年高分子学会から招待されて、すでに公開された資料とその後の研究成果を基に1時間の講演を行っった。また、暑くて眠れない夜には、フローリー・ハギンズ理論の見直しを行い、睡眠不足解消に役立っている。
(注)ベルトの電気特性をコンパウンド段階でチェックしている。その結果、工場出荷されたコンパウンドでエラーが一度も起きていないという。弊社の研究開発必勝法を用いて短期間にプラント立ち上げから品質管理体制まで当方含め3人で行った。高純度SiCのプラントと同様に小平製作所に助けていただいた。
カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子
pagetop
部下のマネージャーが成功したサンプルを見て、成功はしたけれど製品には載せられないですね、としたり顔で言い始めた。何故だ、と尋ねたら、デザインレビュー(DR)をやっていないから、というのがその答えだった(注)。
ここに至るまでの彼の姿勢から不誠実極まりない回答と感じたが、まさかできるとは思わなかったからすぐにやってみることに賛成した、と言うのである。すなわち失敗すればアイデアを諦めてグループリーダーの役目に戻る、と思った、といい、本心はグループのマネジメントを心配しての対応だったようだ。
正直なマネージャーである。不誠実と思ったが、彼は彼なりに20名近くのグループの運営を心配していたのである。君がグループリーダーをやれ、といったら彼は、それはむちゃな回答です、人事上ありえない、という。それにDRはステージゲート法に似ていて、各段階を踏んでステップアップしなければいけないので5ケ月ですべてのゲートを通過することは難しい、と教えてくれた。
一か月に3回ゲートを通過すれば、2ケ月後には、今検討している材料と同じファイナルステージになる、と言ったら、健康に気をつけてどうぞご自由に、となった。
DRの資料作りは徹夜すれば可能なので、一人で進められるが、問題は実験データである。部下のマネージャーは極めて堅物なので捏造でもしたら、その時点で新提案のプロジェクトは終了となってしまう。
新薬の開発などでデータを捏造をしたりするのは、おそらく薬が完成すればそれでもう商品ができた、という技術者の思い上がりが原因だろう。薬は人体への副作用なども明らかになって初めて完成する商品である。だから臨床データの捏造は許されない。
今回の中間転写ベルトについて、ベルトの押出成形機でコンパウンドを製造する、というプロセスは、その繰り返し再現性も確認していた。また、そのコンパウンドを用いて製造されたベルトを旧製品に取り付け絵出しを行い、PIベルトよりも美しい絵が出ることを確認できていた。
問題なのはコンパウンドの量産機が無い点である。ファイナルステージの手前のDRだけで許してもらえないのか、とマネージャーに相談したら、そんな馬鹿なことを言ったら品証部に叱られる、と悲鳴にも聞こえかねない回答が返ってきた。下手な回答をしたら、社内の調整を始めかねない困った上司に見えたのかもしれない。
DRのようなゲートを用いた管理はステージゲート法が有名で20年ほど前から日本でも普及していたが、当方は各社の実施状況を高分子同友会の開発部会など企業人の勉強会で話を聞き、この方法に疑問を感じていた。
すなわち開発スピードが要求される時代にウオーターフローのような開発の進め方をして良いのかという問題である。ゴム会社ではもっと気の利いた開発方法を行っていたが、そのおかげで高純度SiCの事業は立ち上がり、30年たった今でも事業が継続している。
今回の場合、ゴム会社であれば、すぐにやれ、という判断をトップが簡単に出してくれただろう。そしてトップは品質保証部に品質保証体制の構築の指示を出したと思われる。高純度SiCの事業立ち上げはそうだった。品質保証体制はすべて品質保証部が整えてくださった。しかし、今回は、仕様書も含め品質保証体制つくりも自分たちで行わなければいけない。それも5ケ月未満でプラント立ち上げとコンパウンドの品質検査方法も開発しなければいけない!コンパウンド技術の基盤もない会社でできるのか?
(注)今日の話は、苦労の状況をお伝えするために一部フィクションを書いている。実際には部下のマネージャーは二人いた。一人は極めてまじめで、仕事を誠実にこなすマネージャーだった。彼にマネージメントの仕事を託すことができたので、当方はコンパウンドのプラント建設に集中でき、感謝している。ただ最も大きな障害となったのは、DRを通過させる作業だった。このあたりは、書けない話もある。しかし、新製品の発売タイミングに支障をきたすことなく無事コンパウンド工場を立ち上げることができたので、終わりよければすべてよし、と気持ちよく退職するはずだった。しかし、この仕事以外に新たな仕事をすることになり、退職が一年延びて、最終日2011年3月11日は記憶に残る日となった。
カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子
pagetop
技術の知恵の構造体が明確になっていると、アイデアを具体化しやすいばかりでなく、その実体を作り出す方法も見えてくる。もしその機能を創りだすために代用できる道具が身近にあるならば、それを活用して実体を作り出せばよい。この時その道具の本来備えている機能と全く異なる場合もあるが、代用できれば何でも良い。
新しい非科学的アイデアであるPPSと6ナイロンを相溶させるカオス混合で必要な機能は、急速に引き延ばし、すばやく折りたたむプロセスである。また6ナイロンをPPSに相溶後それを急冷しなければ相分離が始まる可能性がある(注1)ので、混練後急冷するプロセスが必要になる。
詳細な説明は省略するが、身近にあったベルト押出成形機がそれらの機能を備えていた(注2)。不完全な部分は「急速に」という点だけだった。実験用の押出機にはトルクと回転速度の大きなモーターが運良くついていたので、外部のコンパウンドメーカーの製造したペレットを押出機の能力限界を超えた速度で押し出してみた。サイジングダイには水を流し、押し出されたクチャクチャのベルトをそれで急冷した。
10kgほど強引に押出し、粉砕器でそれらを粉砕した。電子顕微鏡写真を見てびっくりした。6ナイロンの島は狙い通り無くなり、カーボンのソフト凝集体がうまくできていたのである。
一応その高次構造ができることを期待した実験ではあるが、あまりにも期待通りの高次構造が一発でできたので、そのような場合には、心の準備ができていてもやはり驚く。これは、30歳の時に無機材質研究所で初めて高純度SiCを合成できた時と同様の感動した驚きである。いくつになってもこのような感動は心地よい興奮を伴い天に上るような不思議な気持ちとなる。ましてや今回は30年近く温めてきたアイデアである。そのアイデアを試すチャンスが不運の処遇で訪れただけでなくその実現にも成功したのである。
理想通りのコンパウンドができたので、翌日それでベルトを成形してみた。周方向の電気特性を測定し、こんどは思わず涙が出てきた。PI製ベルトよりも精度の良い抵抗安定性だったからだ。6ナイロンがPPSに相溶していたので、脆さはMIT値でPPS単体の50倍以上となった。品質特性をすべて満たしPIよりも電気特性が優れたベルトを簡単に作ることができたと同時にカオス混合の条件と得られる機能も確認することができた。
(注1)科学的可能性なので対策は必須である。この技術を創りだしてわかったことだが、PPSと6ナイロンのスピノーダル分解速度は遅く、また流動状態ではこれが極めて遅いこともわかった。これは技術を創り上げる上において幸運な現象だった。このように技術を作ってみて初めてわかる科学もある。iPS細胞もそのような幸運があったので成功している。
(注2)どのような押出成形機でもこの機能を備えているわけではない。この時の金型形状は現場で5年間改良されてきた特殊な形状だった。驚くべきことは、その改良点には科学的意味があり、マトリックスが単一成分の時に発生した問題は、ウェルドも含め不完全ではあるが改善されていた。この部分は科学と技術の違いや科学的に解明されていない世界で科学的に問題解決した時に生じる問題を論じるには適した例であるが、そこには偶然様々な技術が生まれていたので、ここでその詳細を公開できない。ちなみにPPSだけの場合にこの金型で押出成形を行うと歩留まり30%程度で低価格プリンターにかろうじて使用できるレベルとなる。
カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子
pagetop
バンバリーと技を用いて混練したコンパウンドを用いて、力学物性は脆くて使い物にならないが、電気特性は良好な中間転写ベルトを作ることができた。樹脂の混練については一流のコンパウンドメーカーの研究者から見れば素人だが、バンバリーを用いた高分子の混練については30年近く前に獲得した技術があった。技で製造したベルトの高次構造は6ナイロン相の島がPPSに分散し、その島の中にだけ導電性のカーボンが分散している。
もしこのベルトの高次構造において、6ナイロン相がPPSに相溶したならば、カーボンの凝集は拘束が無くなり、ソフト凝集体になるだろうと想像した。相談者も含め周囲はその考えに納得し、6ナイロンがPPSに相溶し、カーボンがソフト凝集して分散した高次構造のベルトを開発目標にしようと言うことがすぐに決まった。(この結果豊川へ単身赴任し、相談者から業務を引き継ぐことになった)
科学的には否定されるアイデアであるが、目の前に実体があり、6ナイロンを相溶させる技術的アイデアも用意していたので、社内の合意を得るのは簡単だった。
しかし、外部のコンパウンダーの説得には苦労した。挙げ句の果ては新しくコンビを組むことになった部下のマネージャーからアイデアが極めて危険な賭ではないか、と科学的に正しい指摘をされ苦しい立場になった。技術としては実現可能性が高い方法だと説明しても納得してもらえなかった。
結局部下のマネージャーは従来通り外部のコンパウンドメーカーからコンパウンドを購入し科学的に開発を進めて、当方が混練プラントを立ち上げることでその場は納得してもらった。驚いたのは外部のコンパウンドメーカーも了解したことだった。
あとが大変だった。危険な賭という噂が広まる前に、技術の知恵を完璧な実体として示す必要があった。しかし、新アイデアに用いるカオス混合機は、その時この世に存在しなかった。
この状態でどうするのか、弊社の問題解決法を用いて考えた。すぐに答えが出てそれを実行に移したところ、6ナイロンが相溶したPPSにソフト凝集したカーボンが均一に分散した理想通りのベルトを製造できた。知の全てを動員する点に特徴がある弊社の問題解決法は、巷の科学的問題解決法よりも強力である。
カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子
pagetop