部下のマネージャーが成功したサンプルを見て、成功はしたけれど製品には載せられないですね、としたり顔で言い始めた。何故だ、と尋ねたら、デザインレビュー(DR)をやっていないから、というのがその答えだった(注)。
ここに至るまでの彼の姿勢から不誠実極まりない回答と感じたが、まさかできるとは思わなかったからすぐにやってみることに賛成した、と言うのである。すなわち失敗すればアイデアを諦めてグループリーダーの役目に戻る、と思った、といい、本心はグループのマネジメントを心配しての対応だったようだ。
正直なマネージャーである。不誠実と思ったが、彼は彼なりに20名近くのグループの運営を心配していたのである。君がグループリーダーをやれ、といったら彼は、それはむちゃな回答です、人事上ありえない、という。それにDRはステージゲート法に似ていて、各段階を踏んでステップアップしなければいけないので5ケ月ですべてのゲートを通過することは難しい、と教えてくれた。
一か月に3回ゲートを通過すれば、2ケ月後には、今検討している材料と同じファイナルステージになる、と言ったら、健康に気をつけてどうぞご自由に、となった。
DRの資料作りは徹夜すれば可能なので、一人で進められるが、問題は実験データである。部下のマネージャーは極めて堅物なので捏造でもしたら、その時点で新提案のプロジェクトは終了となってしまう。
新薬の開発などでデータを捏造をしたりするのは、おそらく薬が完成すればそれでもう商品ができた、という技術者の思い上がりが原因だろう。薬は人体への副作用なども明らかになって初めて完成する商品である。だから臨床データの捏造は許されない。
今回の中間転写ベルトについて、ベルトの押出成形機でコンパウンドを製造する、というプロセスは、その繰り返し再現性も確認していた。また、そのコンパウンドを用いて製造されたベルトを旧製品に取り付け絵出しを行い、PIベルトよりも美しい絵が出ることを確認できていた。
問題なのはコンパウンドの量産機が無い点である。ファイナルステージの手前のDRだけで許してもらえないのか、とマネージャーに相談したら、そんな馬鹿なことを言ったら品証部に叱られる、と悲鳴にも聞こえかねない回答が返ってきた。下手な回答をしたら、社内の調整を始めかねない困った上司に見えたのかもしれない。
DRのようなゲートを用いた管理はステージゲート法が有名で20年ほど前から日本でも普及していたが、当方は各社の実施状況を高分子同友会の開発部会など企業人の勉強会で話を聞き、この方法に疑問を感じていた。
すなわち開発スピードが要求される時代にウオーターフローのような開発の進め方をして良いのかという問題である。ゴム会社ではもっと気の利いた開発方法を行っていたが、そのおかげで高純度SiCの事業は立ち上がり、30年たった今でも事業が継続している。
今回の場合、ゴム会社であれば、すぐにやれ、という判断をトップが簡単に出してくれただろう。そしてトップは品質保証部に品質保証体制の構築の指示を出したと思われる。高純度SiCの事業立ち上げはそうだった。品質保証体制はすべて品質保証部が整えてくださった。しかし、今回は、仕様書も含め品質保証体制つくりも自分たちで行わなければいけない。それも5ケ月未満でプラント立ち上げとコンパウンドの品質検査方法も開発しなければいけない!コンパウンド技術の基盤もない会社でできるのか?
(注)今日の話は、苦労の状況をお伝えするために一部フィクションを書いている。実際には部下のマネージャーは二人いた。一人は極めてまじめで、仕事を誠実にこなすマネージャーだった。彼にマネージメントの仕事を託すことができたので、当方はコンパウンドのプラント建設に集中でき、感謝している。ただ最も大きな障害となったのは、DRを通過させる作業だった。このあたりは、書けない話もある。しかし、新製品の発売タイミングに支障をきたすことなく無事コンパウンド工場を立ち上げることができたので、終わりよければすべてよし、と気持ちよく退職するはずだった。しかし、この仕事以外に新たな仕事をすることになり、退職が一年延びて、最終日2011年3月11日は記憶に残る日となった。
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技術の知恵の構造体が明確になっていると、アイデアを具体化しやすいばかりでなく、その実体を作り出す方法も見えてくる。もしその機能を創りだすために代用できる道具が身近にあるならば、それを活用して実体を作り出せばよい。この時その道具の本来備えている機能と全く異なる場合もあるが、代用できれば何でも良い。
新しい非科学的アイデアであるPPSと6ナイロンを相溶させるカオス混合で必要な機能は、急速に引き延ばし、すばやく折りたたむプロセスである。また6ナイロンをPPSに相溶後それを急冷しなければ相分離が始まる可能性がある(注1)ので、混練後急冷するプロセスが必要になる。
詳細な説明は省略するが、身近にあったベルト押出成形機がそれらの機能を備えていた(注2)。不完全な部分は「急速に」という点だけだった。実験用の押出機にはトルクと回転速度の大きなモーターが運良くついていたので、外部のコンパウンドメーカーの製造したペレットを押出機の能力限界を超えた速度で押し出してみた。サイジングダイには水を流し、押し出されたクチャクチャのベルトをそれで急冷した。
10kgほど強引に押出し、粉砕器でそれらを粉砕した。電子顕微鏡写真を見てびっくりした。6ナイロンの島は狙い通り無くなり、カーボンのソフト凝集体がうまくできていたのである。
一応その高次構造ができることを期待した実験ではあるが、あまりにも期待通りの高次構造が一発でできたので、そのような場合には、心の準備ができていてもやはり驚く。これは、30歳の時に無機材質研究所で初めて高純度SiCを合成できた時と同様の感動した驚きである。いくつになってもこのような感動は心地よい興奮を伴い天に上るような不思議な気持ちとなる。ましてや今回は30年近く温めてきたアイデアである。そのアイデアを試すチャンスが不運の処遇で訪れただけでなくその実現にも成功したのである。
理想通りのコンパウンドができたので、翌日それでベルトを成形してみた。周方向の電気特性を測定し、こんどは思わず涙が出てきた。PI製ベルトよりも精度の良い抵抗安定性だったからだ。6ナイロンがPPSに相溶していたので、脆さはMIT値でPPS単体の50倍以上となった。品質特性をすべて満たしPIよりも電気特性が優れたベルトを簡単に作ることができたと同時にカオス混合の条件と得られる機能も確認することができた。
(注1)科学的可能性なので対策は必須である。この技術を創りだしてわかったことだが、PPSと6ナイロンのスピノーダル分解速度は遅く、また流動状態ではこれが極めて遅いこともわかった。これは技術を創り上げる上において幸運な現象だった。このように技術を作ってみて初めてわかる科学もある。iPS細胞もそのような幸運があったので成功している。
(注2)どのような押出成形機でもこの機能を備えているわけではない。この時の金型形状は現場で5年間改良されてきた特殊な形状だった。驚くべきことは、その改良点には科学的意味があり、マトリックスが単一成分の時に発生した問題は、ウェルドも含め不完全ではあるが改善されていた。この部分は科学と技術の違いや科学的に解明されていない世界で科学的に問題解決した時に生じる問題を論じるには適した例であるが、そこには偶然様々な技術が生まれていたので、ここでその詳細を公開できない。ちなみにPPSだけの場合にこの金型で押出成形を行うと歩留まり30%程度で低価格プリンターにかろうじて使用できるレベルとなる。
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バンバリーと技を用いて混練したコンパウンドを用いて、力学物性は脆くて使い物にならないが、電気特性は良好な中間転写ベルトを作ることができた。樹脂の混練については一流のコンパウンドメーカーの研究者から見れば素人だが、バンバリーを用いた高分子の混練については30年近く前に獲得した技術があった。技で製造したベルトの高次構造は6ナイロン相の島がPPSに分散し、その島の中にだけ導電性のカーボンが分散している。
もしこのベルトの高次構造において、6ナイロン相がPPSに相溶したならば、カーボンの凝集は拘束が無くなり、ソフト凝集体になるだろうと想像した。相談者も含め周囲はその考えに納得し、6ナイロンがPPSに相溶し、カーボンがソフト凝集して分散した高次構造のベルトを開発目標にしようと言うことがすぐに決まった。(この結果豊川へ単身赴任し、相談者から業務を引き継ぐことになった)
科学的には否定されるアイデアであるが、目の前に実体があり、6ナイロンを相溶させる技術的アイデアも用意していたので、社内の合意を得るのは簡単だった。
しかし、外部のコンパウンダーの説得には苦労した。挙げ句の果ては新しくコンビを組むことになった部下のマネージャーからアイデアが極めて危険な賭ではないか、と科学的に正しい指摘をされ苦しい立場になった。技術としては実現可能性が高い方法だと説明しても納得してもらえなかった。
結局部下のマネージャーは従来通り外部のコンパウンドメーカーからコンパウンドを購入し科学的に開発を進めて、当方が混練プラントを立ち上げることでその場は納得してもらった。驚いたのは外部のコンパウンドメーカーも了解したことだった。
あとが大変だった。危険な賭という噂が広まる前に、技術の知恵を完璧な実体として示す必要があった。しかし、新アイデアに用いるカオス混合機は、その時この世に存在しなかった。
この状態でどうするのか、弊社の問題解決法を用いて考えた。すぐに答えが出てそれを実行に移したところ、6ナイロンが相溶したPPSにソフト凝集したカーボンが均一に分散した理想通りのベルトを製造できた。知の全てを動員する点に特徴がある弊社の問題解決法は、巷の科学的問題解決法よりも強力である。
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中間転写ベルトのコンパウンドは、その道の一流メーカーで二軸混練機によりコンパウンディングされていた。また、コンパウンディング条件も設計者の希望を満たすように設定して行っている、と語っていた。
そこで、6ナイロン相にカーボンがすべて取り込まれてPPSに分散しているコンパウンドを製造してくれないか依頼した。回答はすぐに来た。「そんな物は二軸混練機でできない」という。考えていることが当たれば面白い材料となるが実用性の無い材料であることが分かっていたので、しぶしぶゴム会社で獲得した実践知を活用して、某社から借りたバンバリー(注)で目標とするコンパウンドを製造した。
そのコンパウンドで押出成形を行いベルトを製造したところ、周方向の抵抗偏差が0.5桁以下という、電気特性についてはスペックを満たしたベルトを製造することができた。但し、6ナイロン相にカーボンが分散しているため、その相の弾性率が高くなった。
一般に、樹脂へ大きな硬い粒を分散すると脆くなることが知られている。もともと脆いPPSへそのような硬い相が分散したので紙のような脆い材料になってしまい、これでは電子写真の中間転写ベルトとして使えない。
電気的品質特性を満たすが力学的品質特性を満たさないベルトができた。これは技術の知の形態から想定内の実体であった。このベルトは商品として使い道が無かったが、中間転写ベルト開発の方針変更のためには大切なベルトだった。
このベルトについて、相談者と同様に電子顕微鏡写真を揃え、解析した。コンパウンド段階でカーボン粒子はすべて6ナイロン相に取り込まれていたので、導電相は6ナイロンの島の数だけ数えれば良かった。解析の結果、周方向のどこをみても6ナイロン相の島の数はすべて等しかった。すなわち、ウェルド部分が他の部分と同一高次構造になれば、ウェルド部分の抵抗も他の部分と等しくなるのである。
(注)ゴムのコンパウンドは、バンバリーとロール混練で製造されているが、樹脂のコンパウンドはその技術が誕生以来一軸あるいは二軸押出機が進化した連続式混練機(多くは二軸混練機)で混練されてきた。最近低コストのゴムは二軸混練機でも製造されるようになってきたが、樹脂をバンバリーやロールで混練することは通常行われない。後日解説するがこれは樹脂の混練技術について考える時に落とし穴のようなものである。バンバリーやロール混練技術はおよそ二世紀の歴史があるが、連続式混練機の歴史はその半分もない。最近トリッキーな二軸混練機の使用方法によるフィラーのナノ分散技術やポリマーアロイの権威故ウトラッキーによるEMFがようやく登場してきた。そして10年近く前に二軸混練機による当方のカオス混合技術(第一世代)が登場したのである。今この技術について第三世代の開発を行っている。
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(昨日からの続き)相談者は、科学的に推論してペレットの材料設計を行い、そのペレットを用いてベルトの押出成形を行ったところ、科学的な材料の分析結果では期待通りの中間転写ベルトができていたが、品質特性は改善されていなかった、と説明した。
成形された中間転写ベルトの周方向の抵抗データを見せていただいたが、ウェルド以外は、抵抗偏差は小さかった。相談者も6ナイロンの効果が出ている、と胸を張っていた。ウェルド部分について詳しく分析したのか尋ねたところ、電子顕微鏡写真や光学顕微鏡写真を多数見せてくれた。
百聞は一見にしかず、という科学的なアプローチだった。しかし、見せていただいた写真からは何も分からなかった。カーボンの個数を数えてみたか尋ねたところ、それは難しい、と言われた。
確かに質問した当方もその場で数える気にはならない数である。しかし、品質データに表れている結果は、カーボンの個数がウェルド部分で多くなっている、と解釈しなければ説明できない現象である(注)。
すなわち、このベルトの周方向における抵抗ばらつきの問題は、ウェルド部分でパーコレーション転移が起きて抵抗が下がっている現象と推定され、顕微鏡写真では分散状態が同じようなので、導電相の個数が変化している、と科学的に推論を進めることができる。
しかし、多数のカーボンの粒子を数えるのは至難の技であった。また、数えられるように拡大したならば、全体の現象を捉えることができなくなる。
このような解析の科学的限界以外に、PPSに6ナイロンとカーボンとを一緒に混練しているにもかかわらず、顕微鏡写真に写っている像では、6ナイロン相内部にカーボンが取り込まれていないことを奇妙に思った。
当方のゴム会社における実践知では、二相に分離した場合、カーボンと親和性の高い相の内部に一部カーボンが取り込まれたりする。技が必要だが、親和性の高い相にすべてのカーボンを分散させることも可能である。
1990年代に読んだ論文でマトリックスが二相分離したときのカーボンの分散状態を議論している研究があった。この研究でも相談者が見せてくれたカーボンの分散状態だった。
その論文の著者に学会でお会いしたときにカーボンの分散が不十分ではないかと尋ねたら、大学の実験用ニーダーで混練した結果だから、と愛想の無い簡単な回答だった。
アカデミアの先生は混練プロセスで高分子の高次構造が変わったり、フィラーの分散状態が変わったりする現象に無頓着なのかもしれない。しかし実務では重要なことなのである。コンパウンドのモルフォロジーを科学的に考察する時には、混練プロセスや混練条件との関係を科学的に考察することが重要になってくる。真理が一つの科学で高分子のモルフォロジーは扱いにくい分野だ。
(注)単身赴任後、部下にカーボンの個数を数えさせたら、ウェルド部では1割ほどカーボンが多い、という結果が得られている。1割の違いで生じる抵抗変化ではないので、カーボン粒子間の接触抵抗も疑うことになり、面白いアイデアがその後生まれた。
すなわち導電性粒子の接触抵抗は粒子間にかかる圧力で二桁以上変化する。これは、粒子間がわずかに離れていても電子はホッピング伝導で流れることができ、距離で電流が大きく変化するからである。高分子に分散した導電性粒子の接触抵抗は、その密度を上げたり、ひっぱたりすると変化させることができる。かつて酸化スズゾルの帯電防止層を研究していたときに、延伸しながら帯電防止層の電気抵抗を測定したことがある。このときパーコレーション転移前後で変化の様子は変わる(日本化学会講演賞受賞)が、やはり2桁以上変化した。この機能を用いると、コンパウンドの段階で1桁程度抵抗がばらついても、押出成形段階で引き取り速度を調整することにより、抵抗をスペックにあわせることが可能になる。
これはノウハウのように思えるが、科学的に考えれば当たり前の方法である。しかし、この方法が使えるためには、カーボンの分散がソフト凝集状態でうまくクラスターを生成している必要がある。そうでない場合には、常時引き取り速度を変化させながら押出成形を行うことになる。この理由は少し考えていただくと分かる。ソフト凝集したカーボン分散状態を作り出す混練技術がノウハウとして重要である。これはゴム会社でセラミックスとゴムのハイブリッドの研究を行っていたときに獲得した技術である。
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昨日はレーザープリンターの仕組みを簡単に説明したが、中間転写ベルトの性能は、周方向の抵抗偏差以外に基材の誘電率や表面の濡れ性など様々な因子に左右される。押出成形ではつきもののベルト表面の凹凸は、画質に致命的な影響を与える。
一つ一つの特性と画質との関係は、科学的推論からおおよそ見当がつくが、一部のパラメーターを除き数値シミュレーションできるところまで解明されていない。おそらくすべてを科学的に完璧に記述するのは不可能だろうと思われる。だからベルト開発で問題が起きたときには職人的発想が科学的なそれよりも大当たりする可能性が高い。ところが、6ナイロンとPPSの組み合わせは前任者が科学的推論を行い考え出したアイデアで問題解決も科学的に行っていた。
6ナイロンを数%添加したPPSの材料設計は科学的ではあるが設計者の願望が強い考え方だ。しかしこの仕事を相談されたときに、6ナイロンを選んでいたことにとりあえず感心した。そしてすぐに、科学的に正しくないが技術のチャレンジテーマとして面白い、6ナイロンをPPSに相溶させるという発想がひらめき、サラリーマン最後の仕事として請け負いたい、と思った(注)。
ところで、設計者の考え方はこうだった。絶縁体であるPPSを半導体にするためにカーボンを添加したペレットを一流のコンパウンドメーカーに作らせて研究していた。しかし、カーボンの分散が安定しないために、押出成形工程でカーボンが暴れ、ウェルド部分における抵抗ばらつきが異常に大きくなり、ベルトの周方向の抵抗偏差が2桁近くになる問題に遭遇した。
そこで、改善策として次の案を考えた。PPSに相溶しない6ナイロンを分散したならば、PPSが海で6ナイロンが島となる海島構造に相分離した高次構造となるだろう。また、カーボン表面には酸化されて生成したカルボン酸があるから、6ナイロンの島に吸着されカーボンの分散安定化を期待できる(これは科学的な願望である)。
ここで、6ナイロンがPPSに相溶しないで島相になるという考え方は、教科書にも書かれているフローリー・ハギンズ理論から科学的に正しいといえる。さらに海島の相分離高次構造で島を小さくしたいので島成分を少量添加としたところもよく勉強していると思った。またカーボン粒子表面にカルボン酸が生成していることは論文などに書かれており、彼が採用しているカーボンでは、表面にカルボン酸の多い素材だったので科学に忠実な仕事をする人だと感じた。
科学的に正しいと思われる推論でコンパウンドの材料設計をしたにもかかわらず、押出成形で製造したベルトでは期待通りの成果が現れなかった。さらに科学に裏切られる悲劇は続き、電子顕微鏡でベルトの高次構造観察を行っても6ナイロンの海島構造はできており、きれいな均一な構造になっている。カーボンの分散も画像として均一に見えるので、ベルト周方向の抵抗ばらつきが発生している原因がわからない、と言うのだ。
形式知だけで成立していない世界において科学一本槍で突き進むと裏切られる現実をご存じない純粋な人だと思った。転職する原因となった電気粘性流体の増粘の問題を相談してきた人もそうだった。形式知だけで成り立つ世界、例えば入試の数学の問題などは、科学的に考えなければ正解は絶対に出ない。しかしそのような世界でもエレガントな解答は実践知で生まれる。
その昔大学入試の模擬試験で複素数で計算すると容易に証明できる図形問題を時間が無かったのでベクトルを使い、たった3行で解答して正解となりとんでもない偏差値がレコードされた時にはびっくりした。ところが開発の現場では、時間が十分あっても暗黙知や実践知をフル動員しなければ問題解決できない場合が多い。また、科学的に解決困難な仕事を科学的に進めると否定証明に陥る話を以前紹介している。
この相談者の尊敬できる点は、科学的に考え科学的に解析して見通しの暗い結論が得られていても否定的な答えを絶対に出したくないともがいている点である。なんとしても6ナイロンとPPSの組み合わせで技術を完成させたいと当方に相談している。初対面にもかかわらず、当方なら絶対できる、とまで言い切る一途さである。さらには当方が仕事をやりやすいように相談者の役割まで交代してくれるといってきた。
後日分かったことだが、開発管理がステージゲート法で行われており、すでにファイナルステージに至り配合処方を変更することができない状態だったのが真相で、これまでのマネジメントも含め、この開発に成功する以外その人の出世の可能性が無くなるという状況だった。二つの会社の合併直後で管理職のリストラが進められている最中だったので、自ら役割を交代してでも、と言いきった点は並の部長ではない、と感じた。
どのような事情があっても、科学に反する技術で問題解決しようと決心した当方にはどうでもよい話だった。それよりもゴム会社の指導社員(新入社員時代)から頂いた宿題を定年間近に解決できるチャンスが偶然訪れたのがうれしかった。問題は、残された時間が半年しかない、という点だけだった。ただ、この時間の少なさはこれまでの開発経験を一人部屋でまとめた「研究開発必勝法」を試すのに好都合であった。
(注)以前倉庫として使用されていた部屋で一人住まいの見るからに不遇な状況だった。このような処遇でも会社に大きな貢献をするために相談者の問題を他社が追従できないぐらい最も高いレベルの技術で完成することである、と真摯に考えていたのだ(某社で昨年追い出し部屋問題が新聞で騒がれたが、定年間近に退職を促すような扱いを受けても騒ぐ話ではないのである。このような場合にサラリーマンならば追い出し部屋と考えるのではなく、まだチャンスを残してくれた、ととらえるべきである。そのように考えられないならさっさと会社を辞めるほうが精神衛生上良い。成果を軽視する会社もあればゴム会社のように人材を大切にする会社もある。それぞれの組織の風土である。また、芸が身を助け、という言葉があるように、成果を出した評判があればここで書いているようなこともおきる。)。これが科学ではなく技術の視点で問題をとらえた本当の理由である。科学のような形式知だけで商品を完成しても、他社が科学的に解析を進めれば簡単にリベールできる。分析や解析は科学で問題解決すると簡単であることは既に述べた。ところが暗黙知や実践知の塊の技術ならば容易にリベールできない。今メーカ-が目指すべきはそのような技術である。 当たり前の科学技術を開発しても特許で守られるのはせいぜい20年である。
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カラーレーザープリンターの仕組みは、YMCKの4色のデジタルデータをレーザーで4つの感光ドラムに書き込み、それぞれのドラムにYMCK各色のトナー画像を形成する。そしてこれらを一度中間転写ベルトと呼ばれるベルト上に転写してトナー画像を完成させ、その後ベルトから紙にその画像を再転写し、定着工程で紙にトナーを溶融固定する。
各プロセスにおいてトナーの受け渡しは静電気の性質を利用しており、画像品質は各プロセスに使用されている半導体の部材品質とトナー品質に大きく影響を受ける。全行程のモデル材料による機能の科学的解明はされているが、実際の系は均質ではないので各プロセスの細部の誘電体の機能は複雑に変化する。
例えばトナーには粒度分布が、各部材には誘電率のばらつきなどが存在するが、それらの細かいばらつきが画像品質にどのような影響を与えるかは、未だ不明であり、新製品開発では、職人的技術が要求されたりする。
ところで、中間転写ベルトの抵抗の均一性は重要な品質項目であるが、ベルト全体で抵抗偏差が0という部材を量産することは不可能で、市販されているカラーレーザープリンターの中間転写ベルトには少なからず抵抗ばらつきやその他誘電率のばらつきが存在する。
高級機の中間転写ベルトは、導電性カーボンを分散したポリイミド(PI)溶液(ドープ)をベルト状の型にキャストするプロセスで製造されている。ドープには有機溶剤が含まれているので、カーボンをPIに均一分散しやすく、ベルトの周方向の抵抗偏差を小さくできる。
PIベルトの周方向の抵抗偏差は、0.8桁未満であり、画像品質は高い。しかし、有機溶媒を使用するので環境負荷が大きいだけでなく、高価となる。もしPIを熱可塑性樹脂に置き換えることができれば、大幅なコストダウンを達成できるだけでなく、LCA的にも優れた技術になる。
そこで、安価なカラーレーザープリンターには、熱可塑性樹脂製の中間転写ベルトが使用されているが、これは高級機に比較して、要求される画像品質がやや低いから可能となった。ベルトの周方向の抵抗偏差は、0.8桁を多少越えても良いので、導電性カーボンを分散した熱可塑性樹脂をベルト状に押出成形して使っている。
しかし、高級機である多機能印刷機に用いられる中間転写ベルトでは、PI並の品質を満たすベルトを熱可塑性樹脂で製造することは難しかった。それを非科学的な新たな技術で可能にした。PIと同等品質を目標にしたPPSベルトの印字品質はPIよりも高かった。
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技術の知の体系、あるいは形態、構造体から具体的に表現される実体は、技術の成果物として現れる。ところが、人間が生み出した実体であるにもかかわらず、科学の知の体系で理解できない場合がある。例えば6ナイロンを相溶させたPPSを用いたカラー複合印刷機(電子写真)の中間転写ベルトがそれである。実際に某学会の技術賞では審査員から嘘だろう、間違っている、などと言われた。しかし、これは10年近くたった今でも安定に生産されている技術の成果物でインチキな代物ではない。
審査会場にはアカデミアの先生方もいらっしゃったが技術内容を理解できなかったようだ。この成果は中間転写ベルトだけでなく他のポリマーアロイにも利用可能な応用範囲の広い技術であり考え方である、と説明したが、科学の知の体系では理解が難しかった。やはり現代は科学という形式知からかけ離れた技術というものは理解されない時代なのだろう。
6ナイロンを相溶させたPPSは、カオス混合で混練後急冷して製造している。アモルファス金属の製造方法と同じ着想である。相溶という現象がアモルファス相だけで生じるという科学の情報と、カオス混合という実践知を結びつけた技術の成果であるが、フローリー・ハギンズの理論という科学の形式知では理解できない現象が起きている。
それでも実践知に自信があったので、豊川へ単身赴任しこれを完成させた。この事例は、科学の知の体系と技術の知の体系の違いを説明するのに適当な実体なので、やや自慢話になるが数日にわたり、裏話を書いてみる。
まず、この技術を創造しなければいけなくなった背景について。この欄で以前にも書いたが、中間転写ベルト用のコンパウンドを外部に頼み、押出成形技術の開発を行っていた担当者が豊川にいた。その後任として業務を引き継いだときに、外部のコンパウンドメーカーから「素人は黙っとれ」と言われたことがきっかけである。
確かに二軸混練機で樹脂を混練した経験など無かったので素人といわれても反論できず、その時黙って引き下がる以外にすべがなかった。しかし、外部のコンパウンドメーカーは科学の知の体系でコンパウンド開発に取り組んでおり、それでは問題解決できない、と懸念して新技術の提案をコンパウンドメーカーへしたのである。提案を理解しようとしないばかりか、頭ごなしに否定されたので、彼らに提案した技術を自分で開発する決心をした。
ところで提案した技術内容の実体は、自分でも科学的に怪しい内容と思っていた。それ以外に世の中に類似技術が存在しないので、外部のコンパウンドメーカーの担当者が怒るのも仕方がないことだと同情していた。しかし、当方の立場では、成功しなければ給料が下がるので、外部の力を早急にあきらめる決断をしなければいけなかった。
しかし、コンパウンド技術を社内で開発するとなると社内の説得が必要になる。特に実用化のためには他の開発部門や品証部門に今すぐ実体を示さなければならない。また実体が無ければ会社から設備投資も引き出せない。外部のコンパウンドメーカーから協力を得られなかったことで、技術の知の体系からどのように短期間で実体を生成するのか、あるいは自然現象から機能をどのように取り出すかということについて真剣に考えなければいけなかった。
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事務所の窓際に鉢植えが3つ飾ってある。実は、この鉢植え、太陽光が当たると動くおもちゃである。100円ショップで見つけて飾ってみた。太陽電池とムーブメントがついて100円という価格に驚かされた。
機能性高分子の開発は、高分子でも面白い分野の一つである。ただ難しいのは、その応用となる出口である。多数のアイデアが生まれ消えていった過去の歴史を思うと、今更夢の機能性高分子の開発など特別に面白い分野には見えない。しかし、研究としては高分子材料の可能性を考えるときに面白いテーマで高分子の年会にゆくと新しいアイデア提案が一つや二つ必ずある。
技術の応用分野というとすぐに産業用途に目を向けるが、おもちゃも新素材や新技術の重要なマーケットの一つと思う。昔新素材だったシリコーンゴムは大人のおもちゃへすぐに展開されバカ売れしたそうだ。そんなある意味ショッキングな話を若いときに聞かされて材料の応用分野として産業用途だけでなくおもちゃも考える習慣となった。
ただ、おもちゃの泣き所は昔のダッコチャンのように売れるときと売れないときの落差が大きいことだ。また売り方も大事だ。楽しいと思わせる仕掛けが重要になってくる。さらに楽しい以外に癒やしもおもちゃに必要な要素だ。
工業用品の機能は明確でニーズに合わせた商品を企画すれば必ずある規模で売れる。しかし、おもちゃは顧客の「楽しい」とか「癒やされる」という機能が抽象的であり、その売れ行きを見込んだ商品企画は難しい。コンピューターゲームですらそのトレンドが大きく変わりつつあり、事業環境が厳しくなっているという。おもちゃを企業で新規事業として立ち上げるのは難しいが、大学であれば教材も兼ねて事業として立ち上げる方法がある。
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シリコーンLIMSは、1980年代に急速に普及したシリコーンゴムの技術である。ポリウレタンのRIMとよく似ているが、ポリウレタンと大きく異なるのは、低分子量のシリコーン化合物をA液とB液の二成分にわけ、それを混合して用いる点である。
A液とB液の二つの成分をスタティックミキサーや二軸混練機、一軸混練機などで混合して射出成形したり、注型後加熱して成形する。ミラブルタイプのシリコーンゴムよりも生産性が高いので一気に普及した。また、シリコーンメーカーの間で激しい技術開発競争が起き、特許には各メーカーの棲み分けがくっきりと描き出されている。
例えば信越、東レ/ダウ、モメンティブの御三家のLIMSは、A液B液にそれぞれ特徴があり、その結果各社技術の限界が存在する。どのような限界があるのか弊社に問い合わせていただきたいが、科学と技術の違いを学ぶのに良い題材である。すなわち科学では真理は一つだが、技術における機能実現の方法は一つではない、という典型例である。
多機能複写機の定着ローラにおけるシェアは、上記の順番であり、信越化学がトップである。LIMSの設計に無理が無い点が優位に働いているのだろう。しかし、死角は存在し、他の二社はそこを攻めれば勝てる可能性がある。単身赴任早々福建に出張しなければいけなかったのは、まさにその死角が原因だった。
シリコーンポリマーの分野は、原料を安価に調達可能な御三家の寡占状態だが、最近伸びているシリコーン製食器のように素材の市場は今でも拡大しているので、新規参入可能な分野に思える。また、20世紀に開発された、特許の権利が切れた技術を用いても物性の良いシリコーンゴムを提供可能なLIMSを開発可能である。
中間転写ベルトの開発を行いながら、単身赴任という気楽さもあり、粘弾性の測定装置を買い込んで研究をしてみた。ワークライフバランスが叫ばれているが、研究が趣味の場合に仕事との境界が怪しくなり、バランスの取り方が難しくなる。単身赴任は家族と離れて寂しい環境であったが、家族に気兼ねなく研究のできる時間がたっぷりあった五年間でもある。シリコーンゴムは辛い単身赴任の状態で一服の清涼剤の位置づけとなった。
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