昨日今回の東京五輪・パラリンピックで最高位のトップスポンサーを務めるトヨタ自動車は、五輪に関するテレビCMを国内では放送しない方針を明らかにした。
その理由は表題であり、具体的には述べられていないが、昨日というタイミングを考慮すれば、武藤事務総長の知らなかったから続投する発言が引き金になったのではないかと当方は推測する。
知らなかった、などという言い訳謝罪は通用しないのに、さらに下された判断が続投である。もうすぐ開幕するが、昨日書いたように今回の五輪の関係者は、武藤事務総長以下日本国民の心を理解されていない人ばかりである。
さらに、月曜日に加藤内閣官房長官は武藤事務総長の判断に疑問を持っていると明確に表現したが、東京オリンピックでありながら東京の首長は未だ黙認したままである。
開催も目前だが、五輪関係者に今一度五輪憲章の理解と日本国民の総意をくみ取ることをアドバイスしたい。五輪はいわゆるオリンピック貴族と呼ばれる一部の人間のためだけではないのだ。
トヨタ自動車の社長はパワハラ騒動が起きたときにすぐに遺族に謝罪したばかりか、判決が出た後も改めて遺族に謝罪している。異例の2回も謝罪したのである。企業のトップとはこのような心のある姿勢を示すべきで、そのトヨタが今回の声明を出した意味は重大である。
今回の五輪のような状態の仕事を引き受けたときに責任者はどのように判断をすればよいのか理解していない人が多い。この時、何もしないのも一つの方策、というドラッカーのアドバイスがあるが、今回の問題ではそれでダメなのだ。
当方が半導体無端ベルトの開発を製品化まであと半年という状況で、コンパウンド工場を自前で立ち上げた理由は、周囲にできて当たり前の状態でありながら、科学的に状況を判断すると絶対に失敗することを当方だけが理解できたからだ(通常1年以上かかるコンパウンド工場を半年で立ち上げる、といっても理解されないばかりか、他の方策を考えろと言われるのが関の山だ)。
ゆえに当方は自分の業務をコンパウンド改良に焦点を絞り、プロジェクトのマネジメントを部下の課長に任せ、10%以下の歩留まりを100%にできるコンパウンド開発と工場立ち上げに土日を返上して専念したのである。その結果、無事製品化に間に合ったが、当方の仕事は、事前に覚悟をしていたように評価されない隠れた仕事に終わった。
今回の五輪は、無観客と決まった時点で満足な運営は難しくなった。満足な運営は難しくなったが、五輪憲章の追求は、まだ100%の実現が可能な唯一の仕事である。武藤事務総長は先日この決断をすべきだった。
また、高谷スポークスマン(注)は、昨日続投を改めて強調していたが、おそらくこの人の頭には開会式を盛大にやることしかないのだろう。彼も日本の状況を理解できていない人物であり、今一番大切なことは理想を追求することなのだ。いざとなったら開会式は行進だけでもよいはずである。当方ならそのような決断を下す。
不完全な開会式となっても理想を追求する姿勢を示すべきだと思っていたら、夜遅く小山田圭吾辞任のニュースが報.じられた。時間が無くて何もできない状態でも、リーダーは何かできるのである。それがうまく機能したのだろう。.
最後の砦、組織委員会名誉会長は元キャノン社長御手洗氏である。良い仕事をされたと思う。ダメな組織委員会の重しになっていた。
(注)組織委員会のメンバーがどのような思いで仕事をされているかは、この人物の発言から垣間見える。オリンピック貴族の一員と疑われるような発言が多い。例えば今回のCM打ち切りに対応した発言では、本来組織委員会としてまずスポンサー企業に謝罪しなければいけないところを、スポンサーのご苦労と表現している。さらに自分たちは支援していただいている、という表現まで飛び出している。ここでは、感謝は当たり前であり、組織委員会の運営のまずさについて謝罪の心をまず表現に出すべきである。毎度の発言がオリンピックは組織委員会はじめオリンピック貴族のためであり、スポンサーはそれに協力すべき、という姿勢になっている。どれだけの税金が投入されているのか、組織委員会の方々には改めて投じられた金額を見直していただきたい。
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まもなく東京オリンピックが開幕となるが、小山田氏の問題が解決していない。ネットには様々な見解が出ているが、そもそもいかなる理由で彼が採用されたのか不思議である。
武藤事務総長は知らなかったから続投発言をしているが、おそらく今回の東京オリンピックに関わっている人たちは、この程度のいい加減な人たちと考えておいた方がよさそうだ。
5年前になるが新国立競技場の総工費が当初の1625億円から2520億円に膨らんでいた問題。これは著名な建築家が隈氏に交代し、総工費が1569億円となった。担当者はどのような考え方で業務を進めていたのか。つい最近6月7日には経理担当者が鉄道事故に遭っている(自殺かどうか不明。山下会長もお答えできないとしている。闇のまま。)。
その後オリンピックロゴに関し、元電通社員のデザインがデキレースで採用された結果盗作問題が起きた。誰が見ても盗作とわかるデザインだったが、本人は知らないの一点張り。
当然知っていたなんて口が裂けても言えないから答えは決まっている。このようなわかりきった展開でも権威ある審査員は盗作ロゴで押し通そうとしていた。このあたりの仕事の進め方は極めて見苦しかった。国民を舐めている、と言っても良いかもしれない。
コロナ禍が無ければ直前となった2019年には桜田五輪パラリンピック担当相が、「五輪憲章など読んでいない」などと発言したものだから辞任に追い込まれている。正直もここまでくると**である。
2020年には延期が決まり、組織委の森会長の女性蔑視発言である。五輪憲章とも関わる小山田氏の問題に比べれば年寄りのボケ発言にもとれそうだが辞任に追い込まれている。
さて小山田氏の問題だが、一番の問題は彼を採用したことにある。過去に何度も問題を起こしていた。インターネットにはその信ぴょう性を疑いたくなるような情報が多数出ている。今回彼はその大半をあっさりと認めたのである。
今回の東京オリンピックを呪われたオリンピックという人がいるが、問題の内容を見る限り、当事者あるいは担当者が無責任である。しかし、「五輪憲章なんて知らなかった」と、堂々と言ってしまった人は、国政を担当する議員に選ばれた責任の意味も分からない**だから、それを選んでいる有権者の責任である。
結局国民の責任に戻ってくる。今という時代は、誠実真摯に仕事をしていてもそれが報われないだけでなく、要領の良い人間や犯罪すれすれの手段を使ってうまく世渡りできるところにある。
これを変革するためには、少しでも尻尾を出した「より良い社会にふさわしくない人物」を有権者が選ばないようにしなければいけない。裏で反社会的な活動をしていた人間を日本の代表のような職につけてはいけない。
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小学6年生の夏休みの自由研究で空き缶ゴミを取り上げている。当時アルミニウムの精錬が先端技術として注目を集めていた時代である。鉄缶をアルミ缶に置き換えると空き缶ゴミを解決できる、という提案をして、何か賞を頂いた記憶がある。
仕掛けは簡単である。ボーキサイトからアルミを取り出すには膨大な電気エネルギーがかかり、2円の鉄缶と同じアルミ缶は3倍弱の5円となる。しかし、アルミ缶をリサイクルすれば、鉄缶より安くなる、という論理である。
小学生の頭だったので回収費用など見込んでいない。5円もする高いアルミ缶だから、皆拾うだろう、という子供の発想である。有名メーカーのアンパンが15円程度の時代である。子供の1日の小遣いは10円だった。これで、卵や牛乳の入っていないパンケーキにアンコを挟んだ無印のどら焼きを1個買えた。
大人が回収しなくても、どこかアルミ缶買い取りセンターでも設置すれば子供が小遣い稼ぎにアルミ缶を拾うアイデアも自由研究には書いている。5缶を拾うのは大変だが、2缶程度なら50m歩けば拾える時代だった。そのくらい空き缶がゴミとして道に落ちていた。
缶蹴りで遊ぶときや、空き缶でおもちゃを作る時に苦労しない時代だった。この2円の鉄缶でも一生懸命集めているおじいさんがいたのも記憶している。それでも街の空き缶が目についた時代である。プラスチックはこの鉄缶よりも安いゴミとなるところが問題である。ダイヤモンドぐらい高ければ皆拾うのである。
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今日本では不倫が社会現象として取り上げられ、何となく50年ほど前のアメリカ映画に描かれた退廃さがあり、意外にも脱プラスチック社会を受け入れるかもしれない。多少の不便があっても緩んだ精神のインモラルな社会では,日常がどうでもよく感じるものである。
しかし、プラスチックに置き換わることでその材料特性を前提として技術革新が進んだ分野では、脱プラスチック時代に戻れない。プラスチックに代わる新素材開発をすべき、と主張される方は、単純ではあるが難しい「軽量化」という技術革新のアイデアを出してほしい。このような簡単な問題でさえも脱プラスチックのコンセプトは行き詰まるのである。
環境問題において脱プラスチック=プラスチックを使わないこと、と考えてしまうと、問題解決が難しくなる。NHKスペシャルでは、包装容器を使わない昔の計り売りと同様の風景(外国の風景)を紹介して脱プラスチックのお手本としていたが、これは問題解決を難しくする提案である。
醤油や味噌は、「いだてん」でも出てきたが前回の東京オリンピックの時でも一部計り売りが残っていた。岡崎に行けば、今でも計り売りで味噌を売っている風景を見ることができる。ゆえに海外の計り売りよりも八丁味噌の計り売りをNスペで取り上げるべきだった。
この八丁味噌の計り売りは、脱プラスチックのために行われているわけではないのだ。得体のしれない店頭に並んだ八丁味噌ではなく、正真正銘の岡崎産出来立ての八丁味噌というプレミアをつけるための計り売りである。
環境問題の解決を迅速に進めるためには、それが付加価値を生み新たな事業のチャンスとなる事例をどんどんTVは紹介すべきである。「脱プラスチック=プラスチックを使わないこと」という誤ったメッセージを大手メディアは発信しないでいただきたい。
プラスチックすなわち高分子材料は、金属やセラミックスと並ぶ人類の技術を支える基本素材である。この材料の存在を認めたうえで環境問題を考えなければ、その解決は難しい。例えば鼻にストローのウミガメを救うには同じ高分子材料のカテゴリーとなる紙製のストローとすればよいのだ。
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鼻血を流し、そこにストローの突き刺さった海亀の映像は、世界中に海洋汚染の衝撃を伝えた。2015年のこの映像は、NHKスペシャルでも紹介されたので、バブルがはじけたときの「鼻から牛乳」よりも多くの人に深刻なメッセージを伝えたかもしれない。
ところで、50年ほど前の日本人は、朝を告げる鶏の頭に斧が突き刺さり血を流しているのを見て笑い飛ばしている。この時「アサー」という流行語も同時に生まれている。高度経済成長の始まりであり、もはや戦後ではない、と言われた時代である。
この戦後ではなくなった時より少し前に射出成型技術が普及し、プラスチックが世界にあふれ出したのだ。1960年代に作られた映画「卒業」には、富裕層の家庭の息子に叔父が「プラスチックは伸びる、プラスチック事業をやれ」と告げるシーンが描かれ、その時代のアメリカ風俗とともにプラスチックが主役になる時代の始まりを知ることができる。
この時、日本の若者はヘルメットをかぶり角材を振り回していたが、アメリカの若者はガールフレンドの母親と情事にふけっていたのである。日米の意識格差を知ったのもこの映画からである。アメリカではすでに若者のモラトリアムが問題となっていた。
ゆえに脱プラスチックを実現した社会をイメージするには、このような1960年ごろまでの時代を頭に浮かべると、脱プラスチックで環境問題が克服された時の世界を想像できるのかもしれない。
しかし、である。当時は近所に豆腐屋があり、早起きした子供が鍋持ってそれを買いに行くことができたが、今豆腐は、工場生産の時代である。そして、それが網の目のように普及した高速道路を経由して全国へ迅速に配達されている。
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豆腐に限らず、あらゆるもののサプライチェーンが50年前と変わったのである。買い物かごをモダンな籐編みにすることぐらいはファッションとして普及するかもしれないが、豆腐をプラケース以外で包装し価格を維持することは不可能だ。サプライチェーンまで50年前に戻すことはできない。
(PR)今年の下期に環境問題と脱プラスチックについてセミナーを計画しています。10年前までの環境対策と今日の環境対策では環境問題に対する考え方を変える必要があります。DXと結び付けて環境対策を新事業とするアイデア例も説明します。
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我が国の製鉄業は瀕死の状態であり、日本製鉄による東京製綱の敵対的公開買い付けが話題になった。しかし、カーボンニュートラルが叫ばれる時代に華々しい研究開発の噂を聞かない。
製鉄業はよく知られているように大量のCO2を放出する産業である。ゆえに今水素で製鉄する研究が活発に行われているが、この大量に放出されるCO2に着目したニュースを聞かない。
製鉄するために水素を使うよりも発生するCO2と水素あるいは水を反応させてメタノールあるいはホルマリン等のC1化合物を合成し、ここから石油コンビナートで現在合成されている化合物群を合成する新たな化学工業を起こす発想が出てこないのが不思議だ。
製鉄所から発生するCO2はわざわざ集めなくても製鉄プロセスをクローズドにすればよいだけである。これが経済的に成立するかどうかは、不明だから考えない、という姿勢ではだめで、そこから生まれる新たな事業に着目する必要がある。
石油コンビナートではクラッキングにより低分子量化し、様々な化学製品を合成しているのだが、製鉄コンビナートでは最初からC1化合物が合成されるので、医薬品を製造するプロセスを併設すれば、製鉄の付加価値が上がる。
二酸化炭素からC1化合物を合成する技術については、もう権利期限が切れた平成1年の工業技術院長の出願がある。それ以外にCO2からメタノール合成を行う技術特許はいくつか出願されている。製鉄業に関係している技術者はこのような発想をしないのだろうか。
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グローバル市場で販売されていた同一品種のすべてのタイヤを集め、解剖して各種データを収集する。その集められたデータ群から、主成分分析を行い、世界のタイヤメーカーの製品設計の特徴を見出すことができる。
タイヤの中には、高速度安定性に注力して設計されたタイヤや、ぬれた路面の安定走行を狙ったタイヤなど、各種存在していたが、自動車のバネ下重量を軽く設計する必要があるので、すべての市販タイヤには軽量化因子が含まれてくる。
すなわち、商品品質とタイヤ性能を維持しつつ軽量に設計しなければいけないので、どのような軽量化因子をどのように組み合わせてタイヤを軽量化するのか、という情報は、各社のタイヤの設計思想が表現されたものと言える。
大量のデータを多変量解析し、軽量化設計思想という知を取り出す作業は、一つのデータマイニング事例である。ここでは、作業プロセスが科学の成果であって、そのプロセスで得られた知が科学の成果となる保証は無い。なぜなら大量のデータを他の時代に収拾しなおせば、異なる知が得られるかもしれないのだ。
ゆえにデータマイニングは科学プロセスを用いて技術成果を得る手法と言える。しかし、得られた成果がうまく機能するかどうかは、さらに異なる問題を含んでいる。ゆえに、タイヤの形にして機能の動作を確認し、それが品質を満たした時に初めて「技術が生まれた」と言える。
それではデータマイニングで得られた成果とは何か。それはヒューリスティックなその時代の解、一つの技術のアウトラインであり、新人研修発表で走行テストの完了していないタイヤを前にして、CTOが「大バカ者」と言われたのは、齟齬ではないのだ。これをパワハラと思われた方は科学と技術を正しく理解していないことになる。
いかなるハラスメントも今の時代は許されるものではないが、大勢の前で怒鳴られ気づくこともある。逆に同じことを優しく言われて、気づかないことがある。前者は一瞬プライドがつぶれる痛みを我慢する必要があるが、後者は無知をさらけ出して生き続け恥をかく覚悟が無ければ一生気づかない。
人間の感度は個々異なるゆえに実務の現場における社員指導には高度なスキルが求められる。昔は体育会系根性一発で良かったが、今は弊社にご相談ください。各種ハラスメントの体験豊富で転職経験も生かしたご指導をいたします。
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人海戦術で集められた大量のタイヤ解剖データを多変量解析で処理して知識を取り出す作業は、データマイニングと呼ばれるが、40年以上前にそのような言葉など無かった。
閃き提案したM君含め、多変量解析がどのようなものか、十分に理解していなかったが、身近にコンピューターとプログラムがあったので、大量のデータを放り込んでみた。そうしたら大量の処理されたアウトプットが出てきたのである。
ただ、コンピューターの出力データの取り扱い方については、日本語の教科書に書かれていたので、それに従ってアウトプットをまとめていった。詳細は省略するが、驚くべきことに、理にかなった一つの値が見つかった。
一方で予算の心配をしていた指導社員は、明るい笑顔でタイヤ1本転がしながら現れた。なんとそのタイヤの重量と新入社員が四苦八苦しながら求めた値とが一致したのだ。指導社員はどや顔でKKDの方がコンピューターより早かった、と説明してくれた。
新入社員には意味のない大量の解剖データ群でも、タイヤ開発の経験の蓄積があった指導社員には意味のある数値列として見えていたのだ。そしてその数値列で指導社員の頭の中に描かれたイメージは、主成分分析でまとめられたグラフと一致していた。
新入社員は、コンピューターを湯水のように使いながら、多量のデータから知識を取り出しただけではなく、多変量解析の知識まで身につけていた。解剖データ群を一度主成分分析にかけて一次独立データ群に変換し、その値を用いて重回帰分析を行い、最小値推定をできるレベルまで到達していた。
ここで注目したいのは、タイヤの設計技術など何もわかっていない新入社員が求めた値と、タイヤの経験知が豊富な指導社員が大量のデータから設計因子を取り出して試作した軽量タイヤの重量と一致した点である。
また、数値が一致しただけでなく、主成分分析におけるグラフから、タイヤの設計技術傾向と軽量タイヤの位置づけまで明らかにできた。
以上は実話であるが、これにはオチがある。新入社員テーマ報告会でこれを報告したところ、CTOから「大馬鹿もん」と雷が落ちたのである。これは科学と技術の違いについて新入社員に気づきを与えるCTOの指導だった。
今ならパワハラと誤解される(パワハラそのものという人もいるかもしれない。苦労してまとめただけでなく、過重労働と私財を投じたプレゼンが全否定されたのである。40年以上前の出来事であり、マテリアルインフォマティクスやパワハラという言葉や概念は無かった。数分の説教の間全員固まっただけでなく、会場も静まり返っていた。もちろんそのあとに質問も出なかった。)
当時「大馬鹿もん」は愛の言葉として人事部長から説明された(本音は人事部長も困っていたのかもしれない)。あたかもアントニオ猪木の平手打ちのように。この会社の技術者にはKKD以外に闘魂も重要だと理解した。
(注)およそパワハラというものは、加害者側の無知と思いやりの無さから生じる。被害者側はその真意を冷静に眺め、自己の成長に役立つ部分だけ取り込めばよい。このときCTOは、新入社員がこのテーマのために過重労働をしていたことも私財(個人の持ち出しは書籍代だけではない)を投じたことも知らされていない。それだけではない。40年後にアカデミアが取り組むようなテーマをすでに体得し、成果を出していたことに気がついていない。これも一因となり、新入社員配属の日に優秀な新入社員が1名辞表を提出している。
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池袋東口に道路を挟んで2件ビックカメラがあり、1件はパソコン館と呼ばれ、その両者でかつてはカメラを扱っていた。先週池袋駅へ行く機会があり久しぶりにビックカメラを覗いてビックリした。
地下にあったカメラ売り場が無くなっていたのだ。店員に尋ねると売り上げが減少したのでパソコン館へ集約したという。カメラを売っていないビックカメラの登場に現在のカメラ市場の状況が伺われる。
かつて写真フィルムを開発していたところデジタル化の流れにフィルム事業をやめるとの話が出たかと思ったら、窓際にいた。仕方が無いから豊川へ単身赴任しカオス混合技術を開発したのだが、まさか転職した写真会社で混練工場を建てることになるとは思わなかった。
時代の流れは急速に進み、今度はカメラが世の中から消えるのか、と思われるような様相を呈してきた。そのような状況でペンタックスはとんでもない価格の高性能一眼レフを発売したかと思ったら、今度はニコンが安価な面白いミラーレスカメラを発売した。
デジカメでありながら、アナログデザインで昔のフィルムカメラニコンFM2を彷彿とさせるデザインである。ただファインダーをのぞくとがっかりする。有機ELディスプレーで上位機種Z6やZ7の高級感が無い。
ペンタックスと同じAPS-Cで値段がペンタックスK-3Ⅲの半額程度なので仕方がないかもしれない。しかし、あの値段が高いカメラしか作らないニコンが思い切った価格設定で凝ったデザインのカメラを出してきたことに驚いている。
アナログダイヤルはコストがかかるにもかかわらず、アンティークさを出すためのかなり努力したことをうかがわせるデザインになっている。
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翌日皆の顔は明るかった。なぜなら購入した本の著者の力量が高くうまくまとめられていたので式の理解などしなくても、数ページを読むだけで多変量解析のスキルを理解できたからである。
(このような本は数式を並べてページ数を稼ぎ価格を高くした本、という捉え方もできる。学術書では重要かもしれないが、実務ではワラビや軍配を並べられてもその料理が目的ではない。数式の部とスキルの部の二冊分冊とするのが実務家を対象とした本として好ましい。当方の上梓した著書では、難解な式を極力さけた。パーコレーションもスタウファーの教科書とは異なり、コンピューターシミュレーション結果で説明している。混練を行う時に知っておきたいことだけをまとめた本である。15年ほど前にカオス混合プラントを建設しようとしてゴム会社で学んだメモを探し出し勉強している。この本はその体験からまとめている。)
それぞれの100ページ近くのコピーは無駄に思われたが、100ページ前後を読んだような満足感がこのような場合には重要である。
それぞれの理解した手法の説明を発表しあい、それを皆で検討して、今回のデータ処理には重回帰分析と主成分分析を採用することにした。ただし、それぞれの手法の応用方法は多岐にわたる。
そのため、IBMの統計パッケージには、重回帰分析について5種類ほど準備されていた。但し主成分分析は1種であり、主成分分析を重回帰分析に組み合わせるときには、主成分分析の吐き出したデータを手入力でデータを組みなおす必要があった。
但し、複雑な処理をしなければ、入力データとして同じものを使えたので、とりあえずデータをコンピュータに放り込んで出てきた結果を見ながら、指導社員の形式知と比較しながら(注)、解析スキルを高めてゆくことにした。
例えば、主成分分析については1種類の手法だけだったので、その比較のために心理学で用いられる因子分析も試してみて、教科書に書かれていなかったその手法の特徴を探ることにした。
このような手抜き方針でコンピュータに一晩計算させたところ、電話帳1冊分の出力が出てきた。予想外の帳票の厚みに、これまた蜂の巣をつついたような騒ぎになった。新入社員は出力データの多さで騒いでいたが、一人指導社員は予算を心配して青くなっていた。
当時コンピューターはPOS用と技術開発用にそれぞれ1台解放されており、その計算能力から費用を考えなければ湯水のように使える環境だった。すなわち、データを記録したカードセットを放り込めば、いつでも指定した時間に出力が出てくる。
すぐにアウトプットが欲しければ使用料が割高になるルールになっており、そのため大抵は夜中の時間を使う人が多かった。また使用料は帳票1枚がいくら、という基準で決まっていた。これは、専用紙の料金が高かったためかもしれない。コンピューターのリース料は定額であり、消耗品で稼ぐ考え方は、プリンターメーカーと同様である。
(注)統計手法は、ただデータを処理するだけである。ゆえにどのような手法を適切に使うのかは、使用者のスキルにゆだねられている。データ処理した結果、わけのわからない状態になる場合には、データの品質が悪いのか、用いた手法が悪いのかどちらかである。故田口玄一先生は、基本機能をどのように選ぶかは技術者の責任であり、間違った基本機能にタグチメソッドを使っても正しい結果を導けない、と言われていた。日本でタグチメソッドの普及が始まった時に田口先生の講演会で、某自動車メーカーの技術者がしたり顔でタグチメソッドの最適化よりも経験知による最適化のほうがSN比が良かった点について質問したところ、田口先生は動じず、「君が実験に用いた基本機能が間違っていただけだ」と一言。質問者は大勢の聴衆の中で立ったままフリーズしていた。
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