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2020.05/12 高分子の劣化

高分子の劣化を概念的に論じるのは難しい。単純な一次構造の劣化であれば、熱分析装置や化学分解の結果から反応速度論的に説明でき、それをもって科学的な劣化の説明とすることもできる。

 

しかし、実務ではこの説明で解決できない問題が多い。ただし、科学的な説明がすでに存在してもそれを活用できないのは、科学の責任ではない。

 

なぜなら、製品開発では、高分子の劣化を論じるときに製品の寿命との関係を考える必要がある。例えば構造材として高分子材料を用いるときに、製品の機能に影響を与えないよう構造材としての寿命を設計する必要が出てくる。

 

大抵は製品の寿命を満たすように高分子材料の仕様を決め、各メーカーの高分子材料が仕様を満たすかどうかをテストし、採用の可否を決める。

 

言葉で書くと簡単に見えるが、実は製品設計で一番難しい作業が、この高分子材料の仕様を決める作業だ。

 

過去の実績がある場合には、過去の実績により安易に決められることが多いが、無い場合には大変である。

 

ところが、新製品で想定外のクレームが来てお手上げになるのは、過去の実績のある場合である。

 

実績がない場合には、想定外のクレームを覚悟している。もし、このような場合に想定外のクレームが出るようであれば、それは仕事のやり方に見落としがあったのだ。

 

心当たりのある方はご相談していただきたいが、高分子材料の耐久試験とその評価結果の解釈には、科学がこれだけ進んだのに、落とし穴が残っている。

 

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2020.05/11 説明できない仕事

2005年に担当した中間転写ベルトのテーマでは半年後までに製品を安定供給できている必要があった。しかし、外部のコンパウンダーは改良案を採用してくれない、また、ベルト成形の改良手段も6年近く開発してきたので手詰まりだった。

 

10%にも満たない成形歩留まりを半年で90%以上に上げるには、思い切った手を打つか、白旗を挙げるのか、どちらかしかなかった。リーダーとして大変わかりやすい問題だった。

 

但し思い切った手を打つと言っても生産立ち上げ直前のフェーズであり、QMS上の制約から配合を変更できなければ、サプライチェーンの変更も難しかった。

 

コンパウンドの内製化について、品質保証の在り方も含め、社内における合意が難しかった。

 

ただ、センター長が、成功するためにいくら必要かと聞いてくれたので助かった。センター長は成功することだけを考えていたので、当方は成功さえすればよかった。

 

ゆえにセンター長の決済が役員会議で承認されるまでに、子会社の敷地を整地しながら、中古機を購入して関東の某所でそれを組み立てていた。

 

センター長の決済が承認されるや否や組みあがったラインを子会社の敷地に設置し、コンパウンドをベルト成形検討チームに供給し、無事「外部からコンパウンドを購入し、押出成形だけ内部で開発する」という当初の戦略でテーマを成功させた。

 

この時、子会社で立ち上がったコンパウンド工場で使い物になるコンパウンドができるかどうかは、ばくちの様なものだが、実際にはばくちなどしていない。

 

決済が下りる前に某所で製造したコンパウンドでベルト成形を行い、歩留まりが90%以上になることを確認し、それで製品化部隊や品質保証部隊の評価をもらっていたのだ。また、これらの評価結果があったので決済がおりている。

 

ここで大切なことは、目標のモノさえできれば細かい説明など不要であり、QMSに準拠しておれば、それで組織が動くのである。そのためにリーダーたるもの苦労を惜しまない覚悟が必要である。

 

コロナウィルスの対策チームの問題は、PCR検査の信頼性や体制構築について、何も作業が進められていなかったところにある。

 

何をやったらよいのか当方には具体的にはわからないが、データの整理さえ科学的に満足にできていなかったようなので、残念である。

 

組織を動かすときに大変な苦労が必要な時がある。しかし、誰もが目標となるあるべき姿を理想とするならば、火中の栗を拾う決断でも誰かがしなくてはいけない。それが実行されれば組織は動く。

 

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2020.05/10 方法の擁護

日本のウィルスバスタ-が批判にさらされている。理由はPCR検査の量が少なかったこととその運用基準である。

 

すでにこの問題について説明しているので、本日は少し異なる視点で彼らの方法について当方の感じていることを述べる。

 

今彼らへの批判はこれまでにも指摘してきたが、企業の研究開発過程においてもしばしば見られる光景である。

 

それでは、彼らの方法が間違っていたのだろうか?当方は専門外なので彼らの方法について細かいコメントはできないが、PCR検査の信頼性が低い問題について、コロナの症状が明らかな感染者についてだけ行う方針にしたのは、一つの正しい方法だと思っている。

 

ここで、「一つの正しい方法」と書いたのは、科学ではありえないが、技術では取るべき正しいアクションが複数考えられることがある。

 

これは、科学では真理が一つであるが、技術では機能を実現できればなんでも良いのだ、という科学と技術の本質的な特性の違いから生じる。

 

おそらく日本のウィルスバスターは、これが分かっていなかったのではないだろうか。

 

今回のコロナウィルス対策については、形式知において不明点が多く、そのため科学では対応が難しく技術的センスによる対応が重要である。その時の仕事の進め方を彼らは知らなかったのだ。

 

それでは彼らはどうすればよかったのか。当方は専門家ではないので一般化した回答しか答えられない。例えば、

 

1.PCR検査の信頼度について示す。2.1を基にPCR検査の抱える問題とそれを運用した時に発生する問題を示す。3.PCR検査の運用方法とその得られた結果に対してどのようにアクションをとってゆくのか示す。4.事前に複数の考えられるアクションすべてについて影響と評価を示す。

 

一番最初に最低限でもこのようなことを国民に示さなければいけなかった。もし最初に示されておれば、現在起きているような批判は少なくとも回避できた可能性がある。

 

ちなみにこれはFMEA的手法である。すなわち、研究開発において一番最初の企画の説明では、自分たちが推進する戦略以外に他の戦略の可能性があるならば、それらのすべてについて実施した時の評価を提示するのが上手な方法である。

 

許されないのは、自己の責任回避のために合議でさしあたりのない戦略を決める方法である。例えば、今回世界はPCR検査を積極的に行っていたので、日本もこれに倣う、という戦略である。

 

おそらく日本の感染状況から逆算すると医療崩壊したかもしれない。今かろうじて医療崩壊もせず、死者数も世界の水準からは少ないので、日本のウィルスバスターはよく頑張ったのだと思っている。

 

弊社は7日からの予定を変更し明日から通常営業に入るが、当分は出張業務を控えるか、出張の際には社有車で出向く予定である。

 

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2020.05/09 「戦略の間違い」は正しいか

正しい問題が設定されて、戦略が決まり、アクションが展開される。今のコロナウィルスの問題では、クラスターに注力し、PCR検査を絞ってウィルスと闘う戦略が設定されていることは、日々報じられている。

 

また、ロックダウンを避け、細々とでも経済活動を続けながらウィルスと闘う方針を提示している8割おじさんのアイデアに従い、日本人はひたすら行動変容をしてきた。

 

しかし、医療崩壊寸前のところに達し、非常事態宣言が出されて、行動変容を行っても思うような感染者減少とならない。

 

一方で今回のコロナウィルスについていろいろと新しい情報が明らかになってきて、当初の戦略が間違っていたのでは、という声が大きくなってきた。

 

これは、開発が思うように進捗していない企業の研究開発現場でもよく見かける雰囲気である。

 

この時よくやる間違いが、当初の戦略の見直しから入る解決法である。このような方法では、当初の戦略の妥当性評価に陥り、正しい問題を途中で間違えてしまうミスを犯す。

 

手前みそで恐縮するが、2005年に豊川へ単身赴任し担当した中間転写ベルトの開発では、製品化を半年後に控え歩留まりは10%に満たない状況だった。

 

研究部門の窓際にいた当方は左遷となるような選択をしてまでも、わざわざ単身赴任しているが、その理由は、研究部門において、このテーマが戦略の失敗で製品化できず、ベルト内製化チームはつぶれる、とささやかれていたからである。

 

この時、当方は旧ミノルタ開発担当者らの戦略を遵守する方向で、すなわち戦略はそのままで、ベルト成形歩留まりを100%近くまであげて開発を成功に導いている。

 

戦略が思うように展開されていない時でも、まず最初に行うべきことは、「正しい問題は何か」という作業と、「その時の課題は」である。その結果、戦略が変更される場合も出てくるかもしれないが、それは、当初の戦略が間違っていたからではない。

 

正しい手順で立案された戦略であれば、まず、それを真摯に遂行しながら、改めて「正しい問題」を問う必要がある。そして新たな課題が見つかったならば、思い切って戦略を変更するなり、新たな戦略を加えたり、あるいは戦術展開の変更をしたりするのだ。

 

間違った問題で導かれた戦略ならば間違いかもしれないが、正しい問題から導かれた戦略は、課題設定した時点におけるアクションを決定した結果なのだ。

 

戦略が意思決定の結果である限り、技術開発において、戦略の間違い、という評価は無い。戦略の間違いではなく、正しい問題を設定しなかったのか、あるいは正しく設定された問題の解き方を間違えたのか、どちらかである。

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2020.05/08 何が問題か(2)

日本では、信頼性の低いPCR検査法をコロナウィルスの症状が出た人に対してだけ実施する道を選んだ。これは、低い信頼性を補う一つの方法である。

 

この結果、ウィルスに感染しても症状の出ない、あるいは症状の軽い人を見逃し、実際の感染状況を把握できていない、という問題が発生している。

 

問題解決の作業において新たな問題が発生したり、見落としていた問題が見つかったりすることは多い。この時重要になってくるのは、改めて「何が問題か」を問うことである。

 

その時、あるべき姿と現状の認識を間違えていて、新たに見つかった問題が、当初考えていた問題よりも正しい問題であることは稀に経験する。

 

あるいは、課題解決のアクションの過程で新たな情報が得られ、その情報から最初の問題が誤りではないかと疑われる場合も出てくる。この場合には、すぐに正しい問題を考察し、それを解くように行動を変えなければいけない。

 

ところが、解いてきた問題が正しくて、新たに見つかった問題は、その問題とは異なるゴールであることもしばしば遭遇する。

 

もし、ゴールの異なる問題で重要な問題が見つかったならば、それを明確にし、解いてきた問題と新たな問題のゴールとの関係を正しく記述する作業が必要になる。

 

この作業が重要な理由は、周囲の批判と言うノイズの中で正しい問題を見失わないためである。

 

今、感染状況の実態を知るために抗体検査とPCR検査数を増やす必要性がニュースで報じられているが、注意しなければいけないのは、PCR検査の扱いである。

 

すなわち、症状が軽いかあるいは出ていないのに陽性と判定された場合には、すぐに隔離するのではなく、複数回検査を行うとか、隔離先を自宅とするとかしなければ、感染していない人を誤って感染者とする問題が発生するので、陽性者が出たときの扱いを見直さなければいけない。

 

そうしなければ、医療崩壊を起こす恐れが出てくる。そもそも今批判されているウィルスバスターたちは、医療崩壊を最も避けなければいけない事象として捉えていた。その努力を情報が増えてきて安直な批判が誰でもできるようになったことで無にしてはいけない。

 

研究開発で失敗し、その原因を担当者に押し付けるが、そのとき、周囲のノイズで研究開発が担当者の意図しない方向へ変わってしまった責任を忘れてしまう人は多い。

 

ただ、そうならないように努力するのも担当者の責任であることも忘れてはいけない。

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2020.05/07 何が問題か(1)

「何が問題か」は、問題解決にあたり最初に問うべき質問、としてよく知られたドラッカーの言葉だ。

 

今世界中でコロナ禍により混乱が起きている。ここで「何が問題か」は明らかであり、「ウィルスによる死亡者を最小にするには」である。

 

人の命以上に重要なものはない、という思想は、先進国の合意事項である。

 

問題が明確になると、そこに含まれる課題を明確にする作業を行うのは、問題解決の王道であるが、「課題」という言葉を理解されていない人は多い。

 

そもそも課題を考える、とは「あるべき姿」と「現状」との乖離を明確にする作業である。問題を解決に導く課題が明確にされるとアクションが具体化され、アクションプランの作成が可能となる。

 

新型コロナウィルスについて課題はたくさんあるが、感染したかどうかを判別する検査に関する課題は、上位になるだろう。

 

ところが、この検査法の信頼度が低い課題と、その信頼性も不明確という課題がニュースで報じられている。

 

最近では、サンプリングの信頼性を上げるために唾液を使うと簡便であるとの報告があった。

 

このような報告を聞くと、そもそも感染学という学問は検査とか検定をどのように扱っているのか、という疑問が出てきて、これも課題の一つになる。

 

しかし、問題のゴール(解)を理解しているとこの課題の重要度は低く、それよりも信頼度の低いPCR検査法をどのように運用してゆくのか、という課題が重要になってくる。

 

その結果、この課題の対策、すなわち信頼度の低い検査法でエラーが発生したときを考えると、陰性の患者を陽性と判定したときのリスクの対策が重要になってくる。感染していない人をウィルスがうようよいるところへ隔離することになる問題を防ぐためだ。

 

WHOはとにかく検査を行えと言い、各国もPCR検査を多く行う方に走った。しかし、日本だけPCR検査を受検するための基準を設け、検査数を絞る方向で活動してきた。(続く)

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2020.05/06 新生活

専門家会議から経済活動を再開するにあたり、新しい生活様式の提案があった。しかし内容は当たり前であり、がっかりした。

 

このような内容を発表するにあたり、コロナ感染者の解析が十分にできているのだろうかという疑問が湧いてきた。

 

先日福岡で行われた感染経路不明者の解析結果について述べたが、感染経路不明者には明確な特徴があると感じている。それらを区別できるような提言はできなかったのだろうか。

 

コロナ禍で感染者と非感染者の分断がおきてはまずい、とか言われているが、非常事態宣言が出されても風俗街に出入りして感染しているような50過ぎの大人について区別しても問題は無いと思う。

 

むしろ、彼らを区別せず、経済活動を遅らせる様な判断をすることこそおかしいのだ。早い話が、不謹慎な行動をとる人にはそれなりの指導法を適用し、誠実な市民生活をおくる人の被害を小さくするようにすれば感染を防げるのだ。

 

コロナ感染が連日ニュースで報じられるのに海外渡航し、発熱していてもパーティーに参加したりするような分別のない大人には、やはり何らかの対策が必要である。

 

罰則が無いために慶応大学研修医のような問題が発生する。週刊誌を読むと、彼らの医師免許を返納させても良いような破廉恥な行状である。

 

およそ常軌を逸した行動であり、このような人々が感染者になっている場合については考慮しなくてもよいのではないかと思いたくなる。

 

もし、東京都の感染者について細かいアンケートをとり、集団感染を考慮したりして解析をしたならば、不真面目な生活様式による感染者とその被害者という構図が出てくるのではないか。

 

ポストコロナ禍における新生活では、不謹慎な行動でコロナに感染した場合、感染経路不明という回答を許さない毅然とした掟が必要だろう。

 

もし、このような事態において不謹慎な酒席を開催した医療従事者は、その免許を剥奪するという決まりがあったなら、慶応大学の研修医は週刊誌に載るような醜態をさらさなかったと思われる。

 

 

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2020.05/05 医者もQCを学ぶべき

二回のPCR検査で陰性になりながらも再発する事例報告が多くなってきた。以前より指摘されてきたがPCR検査法の信頼性が低いためと思われ、関係者のどなたかは早急にPCR検査についてその信頼性を「科学的」に明らかにするべきだ。難しい作業ではない。

 

一方で、PCR検査をしないで医者がコロナ陽性を判定したことが神戸新聞に報じられていた。理由は保健所でPCR検査を行ってくれないからだというが、これは危険行為だ。

 

もし、本当は陰性だったなら、コロナに感染していない人をコロナウィルスがうようよいる病院に放り込むことになる。もし自分が患者の立場であれば、民間の検査機関にPCR検査をお願いしたい。

 

コロナ問題が発生してから気になっていることの一つに科学的に解析を行っていると言いながら、非科学的な手続きが見え隠れするところである。

 

技術開発では非科学的な手続きについてQC手法で検査を行いその繰り返し再現性を確認する。QC手法には、一部経験知が取り入れられている。すなわち、形式知と経験知をうまく組み合わせた体系になっている。これが製造現場で愛用される理由である。

 

そもそもすべての自然現象を科学的に解明できるというのは人間の思い上がりであり、日常の問題解決においてどうしても経験知を用いる必要が出てくる。

 

暗黙知まで動員しなければいけない場面もあるが、そのような場合にQC手法では、暗黙知を見える化するようなツールも用意している。

 

もし、PCR検査をしないで陽性の判定をしたいならば、FMEAでも行い患者の納得を得てから隔離すべきだろう。

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2020.05/04 コロナ感染者の特徴

400人近いコロナ感染者を出している福岡市で、感染経路不明のコロナ感染者について解析している。

 

その結果によると、男性が女性の4倍であり、世代別では50代が多く、ほとんどが中洲など繁華街の飲食店を利用している習慣の人、というからわかりやすい。

 

早い話が、感染者の半分以上を占める感染経路不明者の大半は、感染経路を言えない事情があるのだ。このような感染を広げる人たちにより社会が迷惑している。

 

週刊誌には、京都産業大学女子学生や慶応大学医学部研修医などの行動(注)が詳細に報じられていた。

 

感染リスクが高いと言われていても刑罰が無いためにとったのであろうそれらの行動には、多くの人が憤りを感じている。

 

人間とは愚かな生き物ではあるが、それだけに道徳を社会で守ろうと努力する人が多いが、その努力よりも無思慮な人の行動の影響が大きく出てしまう。

 

差別を助長するような発言は好ましくないとか、弱者を守らなければいけないとか、感染者に罪はない、というフレーズは間違っていない。

 

しかし、このような自分の行動が社会に迷惑をかけていることを理解できない無思慮の人物を取り締まる法律を作ることは、善人を守るために必要ではないか。

 

福岡市の解析結果が示すように、無思慮な人が社会的に許されない行動をとり、善人に感染させている構図を性善説で改善できるとは思えない。

 

期間限定の特別立法でこのような人を取り締まれば、感染を防ぎつつ経済活動を早期にできる可能性がある。しかし、日本は世界に例のない大人の国であり、罰則を作らずにコロナ禍を乗り越えようとしている。

 

(注)昔大学生は少なかったので社会的エリートとしての責任感なり分別を持っていたが、今は50%が大学へ進学する時代である。また、医者という社会的に誇りのある職業に進む学生の意識は高かった。

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2020.05/03 PCR検査とコンパウンドの品質検査

PCR検査で陰性と判定された老人が死亡し、死亡後再度PCR検査を行ったところ、陽性だった、すなわちコロナ感染者だったことが分かった事件が報じられた。

 

これは、2月ころに、世界では疑わしい人すべてにPCR検査を行っているのに、日本では、PCR検査を行う対象について細かな制約事項が設けられていたことと関係している。

 

現在はそれも少し緩和されたが、諸外国の検査数よりも少ない状態は変わっていない。

 

ところで、これまで検査数が少ない原因はPCR検査法の信頼性が低いため、と説明されてきた。

 

しかし、信頼性が低い検査法ならば、確率の検定を導入し、陽性の判定率を上げることができる。しかし、PCR検査法について信頼性が不明というのが実態ではないだろうか。

 

PCR検査法についてその信頼性が不明である、と指摘する理由についてもう少しわかりやすく説明する。

 

今仮に感染しているかどうか不明の検体Aについて、陽性である確率は1/2、すなわち50%となる。また、新型コロナウィルスに感染している可能性が99%以上を示す症状が出ている検体Bについて、陽性である確率は99%である。

 

このそれぞれについて、信頼性が50%の検査を行ったときに、陽性を示す確率は、Aの検体では25%で、Bの検体では約50%となる。

 

すなわち、信頼性が50%の検出能力しかない検査法でも、陽性の患者だけにその検査を適用すれば、信頼性が50%で陽性を検出できる。また、感染しているかどうか不明の検体について、検査を辞めれば25%のエラーを防ぐことができる。

 

もし25%のエラーにより陰性の患者を誤って陽性の患者が隔離されている病院に放り込む問題と25%のエラーで陽性の患者を逃がす問題の両者を天秤にかけたときに、陰性の検体を誤ってコロナウィルスのうようよいる隔離病棟へ送る問題の方が大きいだろう。

 

年末ジャンボに当たる確率よりも、陰性でありながら誤って陽性として判定される確率ははるかに高い。年末に上板銀座の福引でよくあたりを引く当方は、陰性でありながら陽性とされる可能性は高いと思うので、明らかな症状が出るまではPCR検査など受けたくはない。

 

日本のウィルスバスターたちはおそらくそのように考えたに違いない。しかし、WHO含め世界の感染学者たちは、検査の信頼性など度外視して、どんどん検査を進め、陰性の患者を陽性として判定し隔離する過ちを犯してきた可能性もある。

 

かわいそうに、誤って陽性にされた陰性の患者は病院で正真正銘の陽性になって死亡したかもしれない。しかし、残念ながらこのエラーは検証しようがないエラーである。死体は正真正銘の陽性になっているのだ。死んでからは陰性だったかどうかなど不明である。

 

日本のウィルスバスターの頭がいいところは、さらに感染者が見つかったところでその感染者と濃厚接触した人たちを徹底して検査している。それは名古屋市保健所の談話として2月下旬の時に公開された。

 

以前症状が出ていないが自主的にPCR検査を受けた藤波選手は陽性となったため、彼と濃厚接触していた二人の同僚を検査して、やはり陽性となった。そこで、さらにこの三人と濃厚接触していた女性についても検査を行ったら、二人陽性となった。

 

もし本当にPCR検査の信頼度が低いならば、この5人が本当に陽性かどうか疑わしいが、信頼度が低くても、5人とも過ちとなる可能性は、統計上3%以下である。

 

ゆえに日本のウィルスバスターがクラスターに注目している、という理由には、PCR検査の信頼度を補う効果もある。藤波選手が本当に陽性だったのかどうかは知らないが、濃厚接触者(この時の母数が5だったか6だったかは報告されていない)のある一定数が陽性になれば、コロナ患者は少なくとも一人必ずいる。

 

ただし濃厚接触が男三人に女性二人では数字が合わないように思う方もおられるかもしれないが、それは下衆の勘繰りで、どうでもよい。ニュースによれば、阪神球団の選手ふくめて周辺の人たちは2週間隔離され、症状が出るかどうか観察のため隔離されたのはとばっちりだろう。

 

このように日本では独自の方法で信頼度の低い検査法をうまく使いこなし、もしかしたら、という推定により、感染者の近くにいた人については隔離し観察している。

 

すなわち、日本のウィルスバスターは、科学ではなく技術的センスでウィルスと闘っているように見える。なぜなら、検査をしないことによる陽性患者の出現については、柔軟に経過観察で対応している。

 

これは論理からは考えつかない方法であるが、技術開発ではよくやる。例えば、品質検査の能力に対して、工程能力が高くなったときに、品質検査を撤廃し、工程管理を徹底する。すなわち工程を安定に維持することにより、検査を不要にしコストダウンできる。

 

コンパウンドの生産ではこのような手法を取っているところが多い。この手法についてどのような問題が出てくるのか科学的に調査したことがある。

 

すなわち工程能力よりも高い検査方法を開発し、コンパウンドの品質検査を徹底して行いエラーの出る確率を1年間モニターした。

 

残念ながらたった3ケ月で立ち上げたラインであるにもかかわらず、運転を開始して、3RUNほどで工程能力と検査方法との能力が一致して、エラーが起きなくなった。

 

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