松阪大輔投手が西武へ入団した。あと残り30勝に迫った200勝という目標を達成したいという。
11日の入団会見では、「終わりというものがだんだん近づいている中で」と覚悟の表現をしている。
球速の低下も本人は認識しそこに触れており、厳しい入団である覚悟と、決意した西武への感謝が伝わる会見だった。
人間だれしも加齢という自然現象に逆らうことはできない。新庄氏の再チャレンジに驚かされたが、200勝という目標にこだわる松阪に涙が出てくる。
かつて昭和の怪物と言われた江川投手はたった9年で引退している。平成の怪物のすごいところは、世間から何と言われようと、その肉体が燃え尽きるまで頑張ろうという姿勢である。
巨人入団のごたごたも含め余力を残して引退した昭和の怪物を好きになれなかったが、平成の怪物が苦しむ姿には声援を送ってきた。
苦しむ姿を見せることなくカッコよく引退するのもいいのかもしれないが、必死で力の限り努力しチャンスが無くなるまで頑張る人生が求められている時代のような気がしている。
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東芝はじめ多くの企業で早期退職を募っている。また、再雇用では給与が下がるのが当たり前になっている社会だ。
昨日のTVの早朝講座でもこのあたりを切り口にもう少し有益な話をすべきだったと思う。
ここで問題となるのは労働者側の意識である。昔は会社にしがみついておればなんとかなった時代であるが、今はしがみついていても良いことは無い。
しかし、国内に就職するにも就職先が無い、と嘆いている人は甘い。今中国、台湾、東南アジアの企業において求人が多い。
当方は中国や台湾企業のコンサル業務を行っているが、管理業務の人材紹介を頼まれたりする。但し給与は年収500万円前後である。再雇用対象者ならば魅力があるかもしれない。
技術者ならばさらに高い。さてここで問題となるのが技術力である。これは国内で実際にあった話だが、某中小企業からスポットの相談を依頼されていったら、見かけたことのある技術者が同席していた。
名刺交換などした記憶が無かったので初対面としてあいさつしたが、相手もそのように対応していた。すなわち、中小企業に技術者として就職できたが技術が無くて問題解決できず、当方を紹介してくださったのだ。
これはこれでうれしいのだが、努力してスキルアップの勉強をしてもらいたいと思った。もし、技術に自信が無くて悩まれている方は弊社にご相談ください。
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朝午前3時に目が覚めてTVをつけてみたら、教養番組を放送しており、講師が日本のGDPを上げるには、日本人が付加価値の高い仕事をすればよい、と当たり前のことを講義していた。
しばらく見ていても何も有益なことを語らず、バブル崩壊後の産業界の話をしていただけだった。この講義そのものが日本のGDPを下げているような気がした。
20世紀に日本のGDPが飛躍的に上昇したのは先人の勤勉性とモーレツ社員のサービス残業によるところが多いと思っている。
特に10年以上中国で仕事をしてみると、日本の戦後の状況との差異を感じる。中国は安い人件費を武器に世界から工場を誘致しGDPを押し上げることに成功したが、日本では自ら技術開発をした歴史があるのだ。
今日本のGDPがなかなか上がらないのは、技術開発により新たな市場を生み出す機会が戦後30年間に比較し減っているからだ。
60年以上生きてきて、かつて新技術による新製品が街にあふれだしていた時代を懐かしく感じる。今そのような感動は無い。
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瀬古氏が、自分はリーダーなのにマラソンの情報をネットで知るような状態と嘆いている記事が掲載されていた。
組織活動においてこのような状態に置かれたリーダーは、1.リーダーとしての活動をしていないのか、あるいは、2.リーダーとして不適であると周囲が判断しているのか、どちらかだろう。
ぼやいている場合ではないのだ。積極的に情報を取りにゆかなければいけない。あるいは、2であると気がついたならば、さっさと辞表を提出し、組織に新たなリーダーを迎えられるように行動しなければいけない。
これは企業という組織の中においても同様である。自分の知らないところで管理している組織のことが決められている状態のリーダーは、すぐに反省した方が良い。
組織リーダーの役割は、常に全体の組織が有効に機能できるように責任を負っているのだ。おそらくボヤキの内容から、瀬古氏はリーダーという役割を理解されていないのかもしれない。
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昨日のNHK「あさイチ」で大人のいじめを扱っていた。しかし、そこで展開されたのは無難な内容であり、実際の組織内の複雑ないじめまで踏み込んでいなかった。
また、先日7日には三菱電機新入社員が上司のパワハラで自殺したニュースが報じられた。そして上司は書類送検されたらしいがトカゲの尻尾きりの感じがしないでもない。
これだけパワハラやセクハラが社会で叫ばれていても社会でこのような事件が無くならないのはなぜか。
当方はゴム会社で高純度SiC事業を立ち上げているが、異業種の新事業を立ち上げたことで推進中に研究所で様々な「いじめ」に会っている。
転職の引き金になったのは会議前日に大切なデータが入っていたFDに他人のデータを上書きされた事件であり、これは隠蔽化されようとした。
ここまでくると犯罪であり、命の危険を示すサインもあったので転職を決断している(注)。
転職後は管理職の立場となったが、特許に履歴が残っているような多大な成果を出していたにもかかわらずリストラや単身赴任を経験している。
それでも部長職まで昇進しておればラッキーなのかもしれないが、ゴム会社のサラリーマン生活も含め、サービス残業までして成果をだす貢献をしても苦労の連続だった。
ただ、その苦労を今から思い出すと楽しい思い出となっている。倉庫に使用していた部屋をあてがわれ給与をもらいながら自由に仕事を選べたのである。そしてゴム会社で学んだカオス混合技術を実用化できた。
また、ゴム会社におけるいじめの数々は、人との交流における学びの機会であった。32年間のサラリーマン生活を通じて現役世代にアドバイスできるとしたならば、「誠実真摯に生きる」ことである。
また、死にたくなるようなことは何度もあったが、殺されそうになったら会社を辞めることである。命は大切にすべきである。
どのように社会が進化したとしても善人ばかりの社会にはならないだろう。仮に周囲が悪人ばかりになったとしても、自分だけは誠実真摯に生きる努力をし続けたい。
もし、NHK「あさイチ」に紹介されたような、あるいは転職した当方の様な陰惨な事件に巻き込まれている方にはご相談にのります。
(注)ここまでの経験をしてもゴム会社に恨みは無い。また、ゴム会社に特許の実施報償やサービス残業代その他深夜勤や休日出勤手当などそれらを申請できる証拠が残っていても転職後に要求していない。転職後ゴム会社では週刊誌や新聞を騒がせる事件が起きているが、その事件については社長に同情している。組織におけるいじめの難しさにはこのような複雑なところがあるが、犯罪を防止するよういじめる方もいじめられる方も仲良く努力すべきである。いじめる方は越えてはいけない第一線があることを知るべきである。そのために誠実真摯に生きる必要がある。世の中悪い人ばかりでなく、転職して20年経過した時にはゴム会社から年金の一部未払いについて手続き書類が送られてきたり、無機材質研究所に支払われた特許報奨を当方に送りたいから、といった涙が止まらない経験もある。生きておれば良いことの一つや二つはあるので腐らず挫けず努力することが大切である。
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電気粘性流体の開発では、その方法において科学を用いていない。例えば、電気粘性流体の耐久性問題を解決するのに、論理的ではない、たった一晩の実験で成果を出している。
ただし、高偏差値の大学の修士以上の学歴の複数の研究員が1年かかって、その方法ではできないと科学的に完璧な報告書を書いていた。すなわち当方が出した成果は「科学的にできない」と結論されたカテゴリーの技術成果だった。
科学的にできないとされた方法で実用化できた理由は、以前この欄で書いているので、ここでは簡単に説明する。
これは、哲学者イムレラカトシュが、その著書「方法の擁護」で述べている事例となる。
すなわち、科学で完璧な証明ができるのは、否定証明だけである。わかりやすく言えば、科学的にできる、あるいは問題解決可能な方法を科学的に導く方法は、いつでも「できる」という結論に至るとは限らない、ということだ。
これが科学の方法で業務を進めるときの非効率性につながる。また、スタップ細胞の騒動は、データを捏造してまでも科学に忠実であらんとした結果起きている。
科学の世界で捏造は悪いことだが、技術の世界では、繰り返し再現性があれば、捏造データはそれを再現できる限り必ずしも悪いことではない。この十年に起きた品質管理問題にこの誤解から生じた捏造の問題が多い。
捏造が人を欺くために行われたならば、それは悪いことである。しかし、自分一人で完結した実験を行う時に、捏造は新しいアイデアを生み出す場合があることを知っておくと便利である。
こんなデータが得られたら良いと考えて(第三者が見たら捏造だ)、実験シナリオを書いてみて実験を行うのである(これは科学の仮説設定とは異なる、誰でもできる易しいことだ)。
ここで科学の形式知を採用しようが経験知を採用しようが構わない。ヤマカンは外れる可能性が高いのでとにかく「知」を使うことは実験の成功確率を高めるために重要である。
半導体用高純度SiCを世界で初めて高分子前駆体から合成した実験では、原因不明の電気炉の暴走が起きたおかげで大成功している(運が良かったが、それ以外は知の集大成の実験だった)。
この時合成された高純度SiCを社長の前のプレゼンテーションで使用しているが、どのように合成されたのか説明していない(さすがに運よくできたとは言えなかった)。
モノができているので、嘘でも捏造でもないのだが、なぜか胸を張って説明できなかった。それが謙虚な社員と誤解されたのだから世の中何が幸いするかわからない。
たった1回の実験で、2億4千万円の先行投資を引き出せたのだから、極めて効率の高い仕事である。
いつでも運や偶然に頼って気楽に仕事ができたなら面白いに違いないが、研究開発において真面目に科学の世界だけで仕事を行うのは見直した方が良いのではないか。
技術を検証したり解析したりするときには科学的に行うべきであるが、技術を生み出す仕事を行う時に科学にとらわれる必要はない。
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社会をよく知らない時には、総理大臣が偉いと思ったり、会社の重役はさぞ立派な人たちだろうと思っていた。
しかし、社会が分かってくると、本当に偉い人というのは、例えばスーパーボランティアとして紹介された元魚屋だったり、有名人としては国民栄誉賞を今回も断ったイチローと思えてくる。
組織の幹部であっても組織が社会に悪事を働いたならば幹部は悪者とみなされるが、組織が一応社会に貢献していると偉い人とされたりする。
しかし、これが間違っていることは組織で働いた経験のある人でなくてもワイドショーに映し出される官僚や先日の池袋で事故を起こした元通産省工業技術院トップをみて理解する。
今の若者がかわいそうなのは、人生のロールモデルとなりうる本当に偉い人がいないことだろう。
逆に偉そうな顔をして自分一人では仕事もできないのに口先だけで社会を渡り歩いている反面教師となりうる人物が増えているような気がしている。
早期退職した会社の元役員と称する人物が事務所に訪ねてきて、カラー複写機の新しいCD技術を調査してくれ、と依頼してきた。成功報酬の仕事を請け負わないことを告げても先輩であることを担保にされ、引き受けることになった。
3つほど技術をまとめ、それを実行できるように手配をして準備ができたところで、騙されていたことに気がついた。すなわちその先輩と称する人物がL社顧問に採用されるための手土産づくりをワークさせられていたのだ。
元役員の先輩は、顧問として採用されなかったのでこれまでの調査は必要なくなった、と言ってきた。しかし、当方はそのような話ではなかった、と怒ってみても頭を下げている老人にきつく言えない。
仕方がないので手配をした会社の謝罪に同行してもらい、すべて幕引きを行ったが、当方の労働対価は0。幕引きが終わったところ、「さすが君は優秀だねえ」と言って去っていったが、謝礼を払わないことに悪びれた様子は無く、最後まで上司の様な偉そうな顔をしていた。
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All Nippon NewsNetworkに日本財団の若者の意識に関するアンケートが載っており、「自分で国や社会を変えられる」と考える日本の若者は18.3%で、残り8カ国で最も低い韓国の半数以下となっていたそうである。
また、「自分の国の将来についてどう思うか」という質問に至っては「良くなる」と答えた日本の若者は9.6%で、調査した9カ国中最低だったそうだ。また、トップの中国の若者の10分の一という。
連日ワイドショーでは「桜を見る会」に関して報じられている。そこには、官僚の幹部が野党から追及され、「ウソではないがあまりにも情けない答弁」をしている姿が映し出されている。
官僚が国民を見て働いていない姿、として解説されたりしているが、これを若い人が見たらどう感じるか(どう思うか、ではない)。
おそらく家族ならば情けない父親の姿として感じているに違いない。家族でなくても将来の出世の姿として捉えたときに幻滅を感じるだろう。
政治家どおしの攻防ならばまだ我慢できるが、政治家ではない官僚のこのような姿を国民にさらけ出す必要があるのだろうか。
組織を経験した人であれば、家族を抱え明日の生活を考えたときの発言として彼らの発言は、理解できる。またあの場で正義感を出してまともな答えを胸をはって言ってみても日本は変わらない。発言したその人のその組織における将来が無くなるだけだ。
当方はTVに映し出される官僚とは異なるサラリーマン人生を送り、転職や単身赴任、そして早期退職を経験している。
しかし、以前この欄にも書いたが、新入社員のころに書いた始末書も含め、組織から課せられた理不尽な仕打ちに対して素直に従い恥ずかしい、と感じたことはない。
ちなみに始末書では新技術提案をそこに書き、モノにしている。この時の経験から理不尽な組織に媚びる必要など無い、と自信を持って言える。ただ、それは組織から放り出されても生きていくという覚悟が必要である。
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働き方改革は、「働く時間を短くする」のが目的ではない。本来は、効率よく成果を出すための改革である。
昔から日々の改善は日本企業のルーチンだったはずだ。現場ではQCサークル活動として定着したが、ホワイトカラーの業務では定着しなかった。
原因の一つに科学を重視しすぎていた点にある。企業はアカデミアではないのだ。研究所さえも、本来はアカデミアと同じ活動を行っているのがおかしい、という感覚にならなければ働き方改革などできない。
故田口先生は良いことを言われていたが、この先生も科学から離れることができなかった。せっかくタグチメソッドを考案しながらも科学の世界でそれを定義づけようとした。
学者はそれが必要かもしれないが、所詮「メソッド」である。しかし、技術開発を効率化するものすごい「メソッド」なのだ。
科学はいつの時代でも大切である。少なくともこの50年くらいは科学に代わる世界共通の言語あるいは宗教、哲学は現れないと思う。
技術さえも他の人とその成果を共有化しようとしたり、次の世代に伝えようとするときに科学の力を借りなければいけない。しかし、それはコミュニケーションの手段としての科学である。
技術はいつでも人が中心であり、人の生活を豊かにするための営みである。科学の中心に来るのは論理学であり、結果がどうであれ、論理に忠実でなければならない。だから人類は科学を管理しなければいけないのだ。
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昨日の喜美子と父親常治の対立には胸を打たれた。きっかけは喜美子の妹百合子の進学であるが、働く意味についての激論だった。
喜美子は、絵付師深野が新しいことに挑戦するために会社を去る、すなわち、ドラッカーが言うところの働く意味における自己実現について語っているのだが、それに対する常治のセリフには胸を打たれた。
常治は、生きるために働かなければいけない、だから一生懸命働いている、それがわからなければ出ていけ、といって喜美子の前から去るのだが、働く意味を貢献と自己実現と語れるのは幸せな時代と身に染みて感じた。
豊かな時代の今、常治の「働く」論理の時代があったことを忘れていた。多くの常治により今の豊かさがもたらされたことを思い出させてくれた15分だった。
そもそも社会の安定があり、皆が仕事にありつけて食べていける状態になって初めて自己実現が問題となるのだ。
バブルがはじけて30年経ち、社会が二分化されてきた問題が指摘されている。また、仕事があってもその賃金で食べていけない状態がテレビで特集として組まれたりしている。
中国の状況を見ている当方からは、ただ富の分配がうまくいっていない、というステレオタイプ的な解釈では説明がつかないと感じる今の日本である。
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