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2017.05/10 科学は技術開発の道具(4)

思考実験ではないが、思考実験というものがどのようであると豊かな着想が湧くのかというヒントとして「テルマエロマエ」という映画化もされたマンガがある。ストーリーは単純でローマ時代の浴場技術者が現代にワープし、近代的なお風呂やトイレなどを見て、それをローマ時代に再現するという話だ。

 

ばかげた話だが、現代の電子機器で管理されたお風呂やトイレに感動する阿部寛の表情が面白く、その後ローマ時代に戻りその時代の技術を駆使して現代と同じシステムを再現してどや顔するところは大笑いできるシーンである。

 

思考実験もこれとよく似たプロセスで始めることがある。最初は実現出来ないようなシステムで「開発したい機能」を確認する作業でスタートする。この段階では、あたかもテルマエロマエのように未来へワープしたかのような荒唐無稽のシステムで良い。

 

とにかく実用化したい機能について機能が動作する仮のシステムを思い浮かべることが大切である。この段階は科学者に話すと、あるいは科学を唯一の技術開発プロセスと思っている人に話すと馬鹿にされるから言わない方が良い。せいぜい何も知らない女房に話す程度にとどめておく。

 

ただ、この「人に話してみる」という作業は空想を具体化できるので大切なプロセスである。ばかばかしい話を聞いてくれる人がいない場合には、白い紙にマンガで良いから書いてみるのも良い方法である。

 

20年ほど前に高靱性ゼラチンを開発したときには、ホワイトボードに荒唐無稽の絵を描いて部下に示した。そこに居合わせた5人は、否定証明を始めるものや、頭ごなしに馬鹿にするものなどそれぞれ異なる反応を示したが、その中にたった一人、この絵をあるべき姿として真剣に考えてくれた部下がいた。彼はその場をすぐに離れ、4時間後にはホワイトボードの絵に相当するラテックスを合成して持ってきた。

 

科学的ではないプロセスから生まれた高靱性ゼラチンは写真学会でゼラチン賞を受賞したが、そもそもこの技術はライバル企業のそれよりも簡便で優れていた。当方は担当者が特許回避に苦労していたので、気休めに当方の頭に浮かんだマンガを書いてみただけである。

 

ただ、できあがった技術については三重大学川口先生と共同研究を行い、何がどのように機能したのかを科学的に解明している。世界初のゾルをミセルに用いたラテックス重合技術が誕生した裏話である。

 

ちなみに、当方がホワイトボードに書いた漫画は、特殊ではない。「そんなことは誰でも考えている。しかし、科学的にナンセンスな現象だ」と、否定証明をした部下は話していた。

 

その一方で、当方の漫画を受け入れた部下は、「実験に失敗した材料の状態がそれに近いかもしれない」と考えたという。そして、「科学的に考察して実験を失敗と判断した」という。

 

岡目八目という言葉が昔からあるが、科学的プロセスで考えていると科学という条件で否定されてアイデアに行き詰まってしまうが、「科学」という枠をとっぱらって考えると、あたかも未来へワープしたように荒唐無稽も含めていろいろと多数のイメージを描くことができる。

 

それらのイメージを目標に手持ちの技術で創り上げてゆくプロセスは、まさにテルマエロマエの物語のようでもある。ゾルをミセルに用いたラテックス合成技術は、科学的に考えていたら、すなわち仮説を設定して実験をしていたら、絶対に思いつかなかった技術である。

 

しかし、できあがった技術は科学的に解析され、ゼラチンをこのラテックスと混合しても、なぜ安定だったかも解明された。解析や分析に科学的プロセスはふさわしいが、モノづくりには弊社の提供する問題解決法が便利である。

 

ゴム会社で事業として現在も継続されている高純度SiCの基盤である前駆体技術や、電気粘性流体の実用化のために提供した多数の技術、酸化スズゾルを用いた帯電防止層、高靭性ゼラチン、Tg以上でアニールするPENのまき癖防止技術、カオス混合技術、PPSと6ナイロンを相溶した中間転写ベルト、廃PET樹脂を用いた環境対応射出成形体など多くの技術でこの問題解決法を用いてきた。

 

一方でポリウレタンの難燃化技術は、上司から「趣味で仕事をやるな」と叱られたために科学的プロセスで忠実に実行した成果であるが、技術が生まれるまでに半年から一年程度時間がかかっている。実はこの開発を行いながら弊社の問題解決法を考えていた。タグチメソッドと似ている、相関係数を用いた実験計画法を考案したのもこの時である。

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2017.05/09 科学は技術開発の道具(3)

廃PETボトルを用いた環境対応樹脂は、強相関ソフトマテリアルという概念を用いて材料設計している。この概念はゴム会社の研究員も経験された元東大教授N先生方が中心に提唱されたコンセプトだ。

 

アカデミアの中にはこのコンセプトについて批判的な先生もいらっしゃる少し科学的というには危ないきわもの的コンセプトである。また、20年近く前に作られた説明資料の図も科学の視点からご都合主義と言ってしまえばそれまでだが、技術者から見ると大変にわかりやすい説明になっていた。

 

ポリマーブレンドされたコンパウンドから強相関する各成分を本当に回収できるかどうかはともかく、ポリマーブレンドの設計にそれぞれの機能性成分を添加して材料設計を行う考え方は、無機材料ではうまくできても高分子ではうまくいかないことも多いが、うまくいったときには痛快である。

 

PETはよく知られているように射出成形で良好な成形体を得ることが難しい高分子である。ゆえに押出成形によるフィルムや繊維あるいはブロー成形によるボトルといった応用が主でPETの射出成形体をほとんど見かけない。当方は大学の研究室以外では見たことがない。

 

ゆえに廃PETボトルを電子写真の精密部品に使用できるようにするためには良好な射出成形体が得られるように変性しなければいけないが、その変性方法は他のブレンドする成分と二軸混練機で混練する時に1プロセスで実現出来なければコストが高くなってポリ乳酸コンパウンドと競合する。

 

コスト目標は300円/kg(注)とし、強相関ソフトマテリアルのコンセプトで思考実験を行った。その結果、射出成形性以外に難燃性や靱性向上、弾性率向上などの因子と相関する成分を20wt%程度含有し80wt%が廃PETで精密な射出成形が可能なコンパウンドを実用化することができた。この詳細についてご興味のある方は問い合わせていただきたい。

 

(注)使用済みPETボトルはリサイクル業者へ40円/kg前後で売り渡されている。それが洗浄されて70-80円/kgとなる。バージンPETが130円/kg前後で取引されている現状を考慮しても環境樹脂というプレミアがついているので安価な材料という位置づけになる。またこの価格であれば十分にコスト目標を達成できる。ちなみに環境対応樹脂として当時定番だったポリ乳酸は450円/kgを超えていた。ゆえにリサイクルPETを主成分とした環境対応射出成型用樹脂は、環境対応樹脂というコストの視点からみると大変魅力的な技術となるが、科学的にはPETの性質を考慮すると大変難しい企画である。まともな科学的プロセスでは開発が難しい技術だが3ケ月程度で最初の試作品ができた。少し手直し後開発を開始して半年程で製品に搭載された。昔ながらの技術的プロセスでは科学を道具として用いると著しく効率があがる。PETの結晶化がどのように制御され射出成型性が出たのか、靭性がどのような機構で改善されたのかなど科学的データは何もない。しかし完成したコンパウンドは、PET以外の各成分が期待された機能を発揮してくれたので目標スペックを満たしていた。これは手品ではない。非科学的ではあるが伝承可能な技術的プロセスである。ご興味のある方は問い合わせていただきたい。

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2017.05/08 科学は技術開発の道具(2)

コロンボとホームズの共通点は事件現場も含めた「観察」を重視している点である。しかし観察した後の行動が異なっている。ホームズは仮説を立て、その仮説が正しいかどうかワトソンと一緒に確認する。ところがコロンボは「どうすると」その観察結果となるのか試行錯誤を進める。

 

すなわちコロンボの行動は、試行錯誤を繰り返してモノ創りを進めてきた技術者の行動と似ている。技術者は自然界の現象から機能を取り出すときに自然界でどのように機能が働いているのか、自然界で起きている現象を再現できるように、試行錯誤でモノを作ってみてうまく機能する形や構造を探す。

 

ニュートンもコロンボと似ていた。彼は、リンゴが木から落ちるのになぜ月は地球へ落ちてこないのかと思考実験を繰り返し、すなわち「どうすると」月は地球に落ちずにそのままになっているのか、力の釣り合いについて試行錯誤を行いながら万有引力の法則を発見している。

 

マッハはこのュートンの思考実験を非科学的と批判しているが、それは科学の立場からの見方であって、ニュートンを技術者とみなせば、昔から技術者が行っていたプロセスを彼は踏襲していたにすぎない。

 

手前みそになるが、退職直前の仕事ではニュートンの思考実験を有効に使いカオス混合装置や廃PETボトルを用いた環境対応樹脂を実用化している。思考実験の優れたところはどこでもいつでも迅速に実行できることだ。さらにそれらを繰り返しても費用が発生しない。弊社ではこの効果的方法を提供しています。ご相談ください。

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2017.05/07 科学は技術開発の道具(1)

科学と技術は車の両輪である、とは1970年代にとある経営者が学会の講演で言われた言葉である。当方はベクトルとしての例えならばこれでもよいが、そもそも科学は技術開発の道具にすぎない、と思っている。

 

科学が生まれる前から技術は存在していた。いつの時代に技術が生まれたか知らないが、少なくともマッハ力学史では技術は遠い昔から存在していたことになっている。そして科学が誕生する直前にニュートン力学が生まれた、と書かれている。

 

すなわちニュートン力学は科学の成果ではなく技術の成果であり、その象徴がリンゴの落下現象である。マッハ力学史ではニュートン力学の誕生過程を非科学的である、と言っている。非科学的成果であっても科学の時代に通用する成果が生まれているのだ。

 

科学はそもそも哲学の一種であって、論理学の誕生により生まれている。またこの論理学の成果が無ければ、現代の科学の研究など発展しなかった。驚くべきことに論理学の誕生から1世紀も経たないうちに探偵小説が生まれている。すなわち論理学という学問が恐るべきスピードで大衆化しているのだ。

 

特にホームズ探偵は巧みに科学のプロセスを駆使して事件解決を行っている。面白いのは科学が成熟しつつあるときに刑事コロンボが生まれている。コロンボ刑事はどちらかと言えば非科学的で技術開発の手本にできそうな方法で事件解決を行っている。

 

もしコロンボとホームズが事件の解決を競ったならばコロンボが勝つと思っている。なぜならコロンボは上手に科学を道具として利用しているからだ。すなわち科学は彼にとって道具にすぎず、ドラマにはそれがわかるシーンが幾つか見られる。

 

 

 

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2017.05/06 科学の問題(10)

電気粘性流体の増粘問題を事例に、科学の研究プロセスで「モノ造り」をしたときの問題を指摘した。最近はものづくり論とプロセス産業論の議論が盛んに行われるようになってきたが、抽象的な議論が多い。

 

具体的な問題をとりあげづらいのだろう。しかし、裸の王様をそのままにしておくことが本当に良いことなのだろうか。またその事実を指摘するのは子供にしか許されないことなのだろうか。成長する正しい社会のあり方は、大人でも裸の状態を王様に申し上げることが可能な懐の深い「世間」だと思う。

 

科学の研究プロセスにおける問題の一つとして、仮説設定によるモデル化の過程で排除される現象の処理方法がある。これはやや婉曲な表現であるが、わかりやすく言えば、科学ではいつでも解ける問題を設定して解いているに過ぎない、ということである。

 

子供のころ読んだ科学雑誌に、「科学というものは複雑な自然界の絡み合った糸を紐解き一つの真理として明らかにすることである」という言葉が書かれていた。素直に感動したこの言葉だが、自然界から人類に役立つ機能を長年取り出してきた立場からすれば、絡み合った紐のままロバストの高い技術を創りださなければいけない苦労を科学者は理解してほしい、と言いたい。

 

高純度SiCの新合成技術を初めて学会で発表したときの屈辱感は今も忘れられない出来事だった。フェノール樹脂とエチルシリケートから合成された均一前駆体を炭化しその炭化物からSiC化の反応を行った熱分解カーブから反応速度を均一素反応として取り扱うことが可能と結論したら、前駆体の均一性が証明されていないのに、なぜそれが言えるのか、という質問が飛び出した。

 

覚悟していた質問だったので、フェノール樹脂とポリエチルシリケートを酸触媒存在下で混合すると透明な前駆体が得られ、それで均一と判断した、と答えたら、フローリーハギンズ理論をご存知か、となった。すなわちフェノール樹脂とポリエチルシリケートは均一に混ざらない組み合わせだからその結果はおかしい、と指摘されたのである。

 

透明な前駆体が得られたので均一と仮定し、まず今回の発表に至った、と当方も若かったのでまともに受けて答えてしまった。そのあとは偉い先生から発表そのものがおかしいようなコメントをされて時間切れとなった。このできごと以来高純度SiCについては招待講演以外で講演することをやめた。

 

技術発表ができないような学会では技術者の参加は増えない。ちなみにこの技術は30年近く事業として続いており、日本化学会技術賞も受賞している。(実はこの受賞についてもドラマがあり、機会があればそのドラマを公開したい。)

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2017.05/05 科学の問題(9)

電気粘性流体の増粘問題解決をお手伝いすることになった時に、過去の報告書や科学文献を機密書類だからという理由で見せていただけなかった。すでに世間で係長に相当する職位になっていた当方に、それはないだろう、と思ったが、貢献が働く意味なのでお手伝い業務を快く引き受けた。

 

当方の仕事は、オイルでブリードアウトしないゴムの開発なので電気粘性流体の情報が無くても考えられるだろう、と言われた。ただ、今から思えばこれが良かった、と思っている。業務に必要な科学的情報が全くない中で、目の前に起きている現象をそのままとらえることができたからだ。

 

増粘したオイルを1kgだけ欲しい、とお願いしたら、ごみとして処分される流体を全部もってけ、となった。増粘したオイルが大量にいただけたので、手当たり次第に界面活性効果のありそうな物質とそれらを組み合わせて一晩放置する試行錯誤実験を行った。

 

科学は時として問題解決を遅らせる。また、否定証明に走れば問題解決ができないということを科学的に証明して終わるので、問題解決そのものを科学による問題解決プロセスが問題解決そのものを不可能にする場合もある。

 

当方に依頼される前の一年かけたプロジェクトでは、電気粘性流体の増粘問題を増粘の原因物質の解析業務から始めていた。そして界面活性剤のHLB値が変わるとそれらの物質が電気粘性流体とどのような相互作用をおこすのか、科学的な解析と推論により解決策を探るという科学的問題解決プロセスで進められた。

 

その結果、すべてのHLB値で増粘を防ぐ解は存在しないという結論が膨大な解析データに支えられて、一つの真理として導き出された。そして、界面活性剤を電気粘性流体に添加しても問題解決できないという結論が「科学的に」導き出されていた。

 

転職する直前に報告書を見せていただいたが、科学的に完璧な否定証明論文だった。だから界面活性剤ではなく別の名前で呼ばなければ科学的につじつまを合わせることができないので、問題解決できた界面活性剤を第三成分と呼ぶようにしたようだ。

 

科学のプロセスで否定証明の結論を導き出したのは、当時の研究所の風土では避けられないことだった。つい最近では理化学研究所でスタップ細胞が存在しない、という否定証明が行われている。科学こそすべて、という風土では否定証明が優れた成果として評価されたりする。

 

 

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2017.05/04 科学の問題(8)

界面活性剤の機能についてはHLB値が定義されている。そしてそれを用いて議論を進めるプロセスが教科書に書かれている。しかし、実用化されている界面活性剤は、教科書に書かれているような美しい単一構造の化合物ばかりではない。

 

構造が異なる多数の化合物が混合された状態のものもあれば、構造不詳のものも存在する。さらにひどいカタログでは界面活性剤のHLBを推定で記述しているケースもある。カタログに書かれたHLB値について営業担当は推定とは言わず、相当品という言葉を使っていたが、その値を実際に測定していない、と回答された経験もある。

 

研究所の報告書では、HLB値について自分たちで測定し使用していた。そして混合物については科学的に扱いにくいという理由で検討対象から外していた。これは、技術開発を科学的プロセスで進めるときに犯しやすい過ちである。

 

すなわち科学的な厳密性を追求するあまり、問題解決の手段を科学的に論理展開できる対象だけに絞り、その他を排除するプロセスをとってしまう。その他の現象の中には科学的に意味の無い現象であっても技術の視点で重要な現象も存在する。

 

例えばiPS細胞の研究では、24個全ての遺伝子を検体に放り込んで細胞の初期化を観察する実験を行っている。多数の遺伝子を同時に放り込んでも細胞内に取り込まれるかどうか不明であり、科学の厳密な視点で言えば、意味の無い実験である。

 

むしろ実験がうまく行かないので手持ちの遺伝子を破れかぶれになり全部放り込んだ、と誤解されるので普通は行わない。しかし、その実験で細胞の初期化が起きたのだ。科学的に意味の無い実験であったが、iPS細胞の技術開発では価値のある機能を現象として起こしたのだ(技術開発ではこのような実験は大切である)。

 

山中先生の本当に偉いところは、科学者でありながら学生の破れかぶれの実験結果を丁寧に評価し採用している点だ。科学こそ命、あるいは科学オタクと言ってもよいような上司の場合には、「たまたまうまくいっただけで、科学的に意味がない」と実験結果を軽く扱う場合もある。

 

トリュフというキノコは見つかるまでに7人の人間の股の下に置かれる、とか言う言葉を外人の科学者の講演で聞いたことがある。日本人ならば松茸を引き合いに出すかもしれない。あるいは股下という言葉から日本人でも忖度して松茸をトリュフとするかもしれないが、新発見が見つかるまでにその現象は幾人かの科学者の目に触れるが見落とされる、と言う意味だそうだ。

 

ところがこのiPS細胞については、未だに初期化確率を上げる研究が行われている。ノーベル賞級の研究なので特にコメントしないが、当方のあらゆる界面活性剤を集めて行った電気粘性流体の増粘問題を解決する実験や高純度SiCの前駆体を合成する方法、カオス混合技術など試行錯誤の成果でありながら極めて再現性の高い機能を一発で仕留めている。

 

科学的なKKDの成果と言ってもよいが、いずれの成果もまっとうな思想に基づく技術開発プロセスで行っている。最近その方法についてセミナーで公開しはじめた。

 

 

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2017.05/03 科学の問題(7)

電気粘性流体の増粘問題を界面活性剤で解決した体験を過去にこの欄で紹介している。その解決方法を一口に言えば、試行錯誤である。増粘した電気粘性流体を多数のサンプル瓶に入れ、そこへ手持ちの界面活性剤を添加し、一晩放置したところ、粘度の下がっていたサンプル瓶があったので解決できた、という話だ。

 

ところが電気粘性流体の増粘問題を界面活性剤では解決できない、という科学的証明を1年近くかけて研究を行っていた複数の優秀なスタッフがいた。当方がこの増粘問題のお手伝い業務を依頼されたときにはそのような話を聞かされていなかったので、業務を頼まれてたった一晩で問題解決できた、と言ってしまった。

 

会社で忖度の無い発言は敵を作る。しかし、電気粘性流体の実用化は研究所内の重要テーマで後工程へのお客さんに完成品を渡す納期が迫っていた。そこで界面活性剤を第三成分と名前を変えて、「界面活性剤では問題解決できなかったが、第三成分で解決できた」として当方の成果は報告され、このアイデアが問題解決法として採用された。

 

研究所の報告では第三成分と表現されているが界面活性剤のことである。なぜ第三成分と表現しなければいけないのか上司に尋ねたら、界面活性剤に関する報告書の存在を知らされた。歪んだ報告であったが、当時は採用されるとのことで了解した。

 

ただ、この時に組織の問題に気がつくべきだった。写真会社へ転職しても前任者の間違いを正さない組織活動における悪い慣習を見てきたが、オリンパスや東芝の例もあるので、そろそろこのような組織のあり方を反省すべき時ではないか。

 

増粘した電気粘性流体へ思いつくすべての種類の界面活性剤を添加する実験を実施しておれば簡単に解決できたのに、なぜ優秀なスタッフが1年もかけて問題解決できなかったのか。理由は単純で、当方の様な試行錯誤ではなく科学的に問題解決を進めたからである。

 

教科書を読むと、界面活性剤はHLB値でその性質を科学的に記述できる、と書いてある。これは間違いではない。しかし、世の中には同じHLB値でも界面活性効果が微妙に異なる界面活性剤が存在する。すなわち界面活性効果とHLB値は1:1対応の関数関係ではない。

 

優秀なスタッフは、HLB値の異なる界面活性剤20種類前後を徹底的に研究したらしい。そしてあらゆるHLB値の界面活性剤を使用しても電気粘性流体の増粘問題を解決できない、という結論を出したようだ。

 

仮説を設定し、仮説を確認するための実験だけを行い、科学的に結論を出していた学術論文のような報告書を読み、技術開発を進めるときの科学の問題を改めて認識した。等しいHLB値でも界面活性効果の異なる界面活性剤が存在することが科学的に解明されていない以上、科学のプロセスで作成された報告書を科学的に間違いという結論を出せない。

 

しかし、技術開発は自然界で安定に機能するオブジェクトを創造して初めて完結するのである。科学的な正しさという問題ではなく、「人類に役立つ機能」が重要である。

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2017.04/30 オーディオ商品(5)

ギターという商品はすでに確立された技術を真似ている職人技の商品と思われがちであるが、現在生き残っているギターメーカーのギターを見ると、材木の管理技術や接着剤、塗料、力木の配置などに細かい技術の改良成果を読み取ることができる。

 

ヤマハギターは、他のギターメーカーよりも2-3割高い値段でギターを販売しており、それでも売れている。これは差別化がうまくいっている事例だろう。昔家具メーカーがギターを作り始めた、と揶揄されたその他大勢の一社モーリスギターは、デザインと独自の力木配置や材木管理技術などで成果を出して1970年代よりも高い一定の評価を得ている。

 

その他の生き残っているメーカーも同様で探せば1970年代よりも優れた技術を店頭に並んでいる商品から見つけることが可能である。音の品質が商品性を左右するギターであっても見た目は大切でありデザインの工夫はすぐに価値向上アイデアとして思い浮かぶが、デザインを変更すればアコースティックギターの音は激変する。

 

デザインに合わせて材料の調節や力木の工夫、塗装材料やその厚みの工夫など必要になり、手工ギター製作家に尋ねるとそれは試行錯誤で決めて行くという。ギターブームが下火になったときにとにかく売れる商品を作るために努力したという。カスガ楽器や木曽スズキはじめ倒産したギターメーカーは多数あるが、現在日本に生き残っているギターメーカーは職人技術者が技術開発を進めたメーカーのようだ。

 

このギターと類似ではないか、と最近感じているのは、オーディオのスピーカーである。最近のスピーカーには様々なデザインの商品が存在し、昔ながらのツイーターとスコーカー、30cm以上のウーハーの3点盛りのブックシェルフタイプは、オンキョーとJBLの一部の商品しかない。

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2017.04/29 オーディオ商品(4)

クラシックギターが昔ながらの構造と形をそのままにして作られているのに対し、スチール弦ギターは今も改良が行われ、新作が登場している。例えば主要なフォークギターいわゆるアコースティックギターの構造は、どのメーカーから販売されているギターも同じような材料で同じような作りになっているが、40年前ドレッドノートタイプが大半だったデザインは多種多様になってきた。

 

アコースティックギターは、弦がスチール、ボディーの振動する板はスプルースなどの松や杉の仲間の材料を薄くしその裏に力木を配置した複合構造でできている。またボディーを頑丈に作るために振動板以外はローズウッドやハカランダなどの堅い木が使われ、ネックはマホガニー材とほぼ決まっている。

 

この材料構成の基になったのはアメリカのマーティンギターで、1970年代のフォークギターでよく売れていたのはデザインまで真似たフルコピー版である。だからどこのメーカーのフォークギターも同じような音の傾向だったが、振動する表板が合板であるか単板であるかの違いにより響き方、音色が少し異なっていた。

 

そのなかでマーティンギターに最も近くマーティンギターよりも美しい響きがする、と話題になったのはS-ヤイリギターで、全ての商品が手工で表板には単板のスプルースが使用されていた。当時安価なギターならば1万円程度で購入できたが、このS-ヤイリギターは4万円以上の商品しか供給していなかった。

 

また、マホガニーのネックにアジャスターロッドが使われていなかったことも話題になっていた。すなわち材料の管理が優れているのでアジャスターロッドが無くてもネックが永久に変形しないなど、とにかくS-ヤイリは多数あったフォークギターメーカーの中で別格の扱いを受けていた。

 

このマーティンギターのフルコピーが主流を占めていた時代に差別化を行ったその他のメーカーはヤマハとアリアで、ヤマハは科学的に音の解析を行い独自のボディー形状と力木の構造のLシリーズというギターをヒットさせた。それに対しアリアはクラシックギターの名工松岡良治にフォークギター製作を依頼し、アリアブランドを高めていった。

 

松岡良治氏によるフォークギターも形状こそマーティン社のコピーだったが、ヘッドが一枚板ではなくクラシックギターと同様に2枚重ねの削りだしだったり、外から見えない力木の仕上げとその構造が美しかったり、サウンドホールの飾りが木の寄せ木造りで工夫されていたりと細かい技術がマーティンギターと異なり、その結果S-ヤイリ同様に音の響きが大変美しいギターとして評判になった。

 

ただし形状こそマーティンドレッドノートを真似ていたが、そのフルコピーではなかったので、あのマーティンギター独特な腹に響くような低音が出なかった。1970年代のギター雑誌には、デザインや使われている材料が同じでドングリの背比べ状態だった多くのギターメーカーの中でヤマハとアリア、S-ヤイリの話題がよく取り上げられていた。

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