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2018.01/27 貴乃花親方の行動の不思議

隠蔽化されていた過去の春日野部屋の暴力問題が公にされた。すでに裁判も終了しているので完全に隠蔽化されていたわけではないが、広報部長である春日野親方は事件の起きたときの速やかな公開を怠っていた。

 

ワイドショーでは、さらに衝撃的なこととしてこの隠蔽に当時危機管理委員長であった貴乃花親方が関わっていたと報じており、びっくりしている。

 

しかし、これは今回の日馬富士問題における、貴乃花親方の理事解任という処罰を受けた彼の一連の行動から、ワイドショーが間違った解釈をしている可能性がある。

 

すなわち、今回貴乃花親方が、なぜかたくなまでに組織人として間違っている行動をとり続けたのか、という不思議が、ワイドショーが騒いでいる今回の隠蔽化された問題の経緯から垣間見えたことだ。

 

今回公になった暴力問題で一番不誠実なのは春日野親方だろう。自己の正当性ではなく当時の協会内部の動きをつぶさに報告すべきで、危機管理委員長貴乃花親方が隠蔽化したような説明の仕方を改めるべきだ。危機管理委員長よりも権限があるのは理事長だ。

 

ここは貴乃花親方が日馬富士問題について語ったレポートを公開してほしい。彼の性格から恐らく多くをマスコミに語らないだろう。しかしそれは組織にはびこる不誠実な人間に悪用されるだけである。

 

小生も旧住友金属工業とのJVを立ち上げた後ゴム会社を転職した理由をしばらくは語らなかった。語らなかっただけでなく、技術伝承のために転職後一年間転職先を定時退社し、無償でゴム会社の指導をした(注)。

 

しかし、これらの一連の行動が歪曲され、さらにはゴム会社で新事業が誕生した真の経緯が、あたかも小生の転職後引き継いだ人たちだけで生み出された歴史のように書き換えられた。

 

住友金属工業との数年にわたるJVが無ければ決して今日まで継続されなかっただろう事業を、さらには故服部社長がCIを導入し、明確にファインセラミックス事業の起業を方針としなければ生まれなかった事業を不誠実な人たちの成果として書き換えられたのだ。

 

これは、ゴム会社のHPに書かれたその歴史から知ったのだが、その後社内の天の声により少しづつ修正されていったようだ。しかし、ゴム会社で畑違いの高純度SiCの事業が生まれた歴史について、まだ完全に正しく修正されたわけではない。

 

当方は、転職後ゴム会社の管理職からいただいた手紙やその他いくつかの転職原因の証拠をまだ公開していない。組織の問題で沈黙は必ずしも金ではないことを学んだのだが、公開されている情報と真実との乖離が大きい場合に公開の仕方が問題となる。

 

恐らく貴乃花親方も当方と同じような考えで沈黙しているのかもしれない。当方の問題は一企業の小さな事業の問題であり、沈黙していても社会的影響は小さいが、相撲協会の問題は社会的影響が大きい。

 

(注)開発の歴史は、公開された特許情報から知ることもできる。しかし、本来発明者として当方の名前が入るべき発明に当方の名前が無かったり、おかしなことがある。このような状態でも、当方は、例えば公告となったいくつかの当方の発明について転職前に書いた特許も含め特許報償を一切請求していない。貴乃花親方の行動から組織における沈黙の価値を考え直したい。

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2018.01/26 ドラッカーの遺言(7)

ドラッカーは大学へ進学する前に就職している。対談集でその時の様子を述べているが、それは仕事を楽しむ一つのコツかもしれない。ドラッカーの対談だから軽薄な表現は使われていないが、貢献を説明しながらドラッカー少年の仕事を楽しんでいる様子が伝わってくる。

 

残念ながら雑誌に掲載されたこの対談集が手元にないので記憶をたどりながらの話になり、少し正確さを欠くかもしれないが、ざっとは次のようであった。

 

ドラッカー少年は編集者の秘書として雇われた。高卒だったので編集者のスケジュール管理程度の簡単な仕事が彼の役割だった。勤務して間の無いある日、経理部から編集者が領収書を提出していないので探して持ってきてほしい、という電話がかかってきた。探して持ってきてほしい、という言葉がひっかかり経理担当者に確認したら、彼のボスは領収書を紛失する常習者だった。さっそくドラッカー少年はボスの行動を観察したところ、毎朝出勤後ボスはポケットの中のゴミを捨てるのが習慣であることに気がついた。さっそくゴミ箱を探索したらごみと一緒に捨てられた領収書が一枚出てきた。彼は、毎朝ボスが出勤後ゴミ箱の中を確認する仕事を自分の仕事にした。毎朝の仕事にしたのは、昼近くに掃除婦が、ゴミ箱のゴミをすべて捨ててしまうからだった。彼は編集者の秘書を1年ほどでやめて大学へ進学したのだが、この時の仕事で組織に一番貢献したのはこのゴミ箱捜査だったという。そして知識労働者は常に貢献を軸にして身の回りの仕事を探す努力をしなければいけない、と述べていた。

 

おそらくボスが捨てたゴミの中には前日夜の飲み屋でもらった名刺やその他プライベートの生活がわかるゴミがあったかもしれない。彼は楽しみながら仕事をしていたに違いない。対談集にはニヤニヤ笑いながらとは書いてなかったが。

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2018.01/25 働き方改革

昨晩、高分子同友会で行われた中央大学大学院教授佐藤博樹氏の講演「なぜ今、働き方改革か?ダイバーシティー経営の土台づくり」を聞きました。

 

講演のポイントは、働き方改革の目的やその進め方で、平日のゆとりの重要性を指摘されていた。今話題のテーマであり、講演の内容は興味深く、ふとわが身の人生を振り返ることとなった。

 

ゴム会社に勤務していた時は、結婚するまで過重労働の毎日だったが、過重労働が辛いと思ったことは無く、むしろ楽しかったので仕事をやりすぎたのではないか。

 

過重労働で時間の余裕は無かったが、土日はテニスツアーに誘ってくれる友人がおり、「私をスキーに連れてって」という映画に描かれたようなバブル期の若者の生活をそれなりに楽しんでいた。写真も趣味として撮っていたので、当時の楽しい思い出が多数残っている。

 

ただ、高純度SiCの開発グループは、米国タイヤ会社買収の影響で途中から担当者が当方一人となった。職場まで徒歩二分の独身寮住まいでは、精神衛生が悪化すると感じたので結婚することにした。

 

新婚生活は通勤に1時間半かかったが、それまでの仕事のやり方を見直し定時退社を心がけた。第三者が見たら仕事は厳しい状況だったが新婚生活を楽しむことができた。本音は、そうでもしなければ仕事を続けられない,研究所内の管理職の目も厳しく、毎日針の筵状態だった。

 

同時に、仕事も他社との結婚というコンセプトでJVに絞って活動したところ、これもタイミングよくパートナーの紹介を無機材質研究所から受けて住友金属工業とのJVをスタートさせることができた。

 

この時の体験で、働く意味は貢献と自己実現かもしれないが、働き方はやはり仕事を楽しめるように工夫することではないかと、講演を聞きながら思った(注)。

 

人生の半分は寝てる時間かもしれないが、残りの時間で労働の占める割合は高い。これをどう楽しめるかが働き方改革のコツかもしれない。仮に労働時間を短縮できたとしても心に余裕のない仕事のやり方では、平日のゆとりなどできない。

 

(注)写真会社に転職後、50歳を過ぎて単身赴任となっても、この時の体験で乗り切った。優秀な課長と専門職課長が部下におり、横にはエリートの前任者とサンドイッチされたような自分の置かれた立場では、少しみじめな単身赴任だった。しかし、中間転写ベルト押出成形プロジェクトの責任者としてプロジェクトを成功させるために、この会社の基盤技術とは無関係の仕事、すなわちカオス混合の発明や決裁を受けてから3ケ月で立ち上げた樹脂プラント、退職前の置き土産のPETボトルのリサイクル材を電子写真に実用化するなどの仕事ができ、早期退職までの5年間十二分に楽しむことができた。もちろん失敗したときの責任者という自分の役割も真面目に勤めていたが、戦力が無かったので自分が土日をつぶしたり深夜無理をしてやらなければならなかった、成功するまでテーマとして認知されていなかった仕事の方が社業への貢献が高かった。サラリーマンは誰でも良い役割が回ってくるとは限らない。辛い役割でも楽しめる要素はある。ワークライフバランスを難しくとらえる必要はなく、仕事を人生の中にどのように取り込み楽しめるかが工夫するポイントだろう。社長をやってみて分かったことは、社長にはこのような楽しみ方が許されないということだ。中間管理職でそれ以上の昇進が望めないならば、責任は役員に任せて仕事を楽しんで成果を出すべきだろう。担当者であれば、やはり責任を上司に任せて仕事を楽しみ、自己実現努力をするべきだ。子供の頃、スーダラ社員という言葉が流行したが、経済はバブルへ向かう助走のような勢いで成長していた。スーダラ節で2度のオイルショックも乗り越えたのだ。スーダラ社員は無責任社員のように思われているが、組織というものは責任の分担体制で成り立っている。新入社員で残業手当もつかない時期に成果を出して始末書を書かされたような自分の役割以上の責任を負わされることもあるが、この時も始末書で新規テーマを提案しているように腐ったり悲観的な気持ちで仕事をしていない。毎日が松岡修造であった。

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2018.01/24 AIと西部邁

故西部氏は、学生時代は左翼の活動家だった。彼にとっての保守は、保守政治や「伝統文化」の擁護を直接は意味しない。「慣習の奥底に示唆されている歴史の知恵を自分の力で発見し、自分が納得できる間はそれを仮に伝統とみなす。そうした論陣を張るのが保守というもの」だという。

 

また、伝統を「危機においてバランスを取るための知恵」とも述べていた。彼の人生やその思想を思うときに、AIが人間にとって代われるとは想像できない。

 

1970年前後に左翼的思想だった若者が、いつの間にか企業幹部になっている例は多い。当方の友人にも高校時代結構過激な発言をしていたのに左翼思想では決して出世できない大企業の副社長のいすに座っている人物もいる。

 

影響を受ける周囲の人たちは大変だが、思想の変説を社会は許容すべきである。それこそ人間の成長の証だからだ。昨日まで左の思想が突然右に変わったとしても、そこに哲学が存在するのであれば、立派な人間である。AIのデータを入れ替えたり、プログラムを変えたりした結果とは異なる。

 

故西部氏は、日本の保守思想家のリーダーの一人だったが、恥ずかしながら当方は彼の左翼時代を知らない。恐らく彼の若いころから知っている人の中には批判する人もいるかもしれない。

 

逆に彼の著書から当方は左翼だったことを素直に理解できないが、あえて納得するために伝統を認識する暗黙知がどのようなものであったかは想像できる。そしてこのような暗黙知が関わる思想の変化をAIが真似できると思えない。

 

だからAIが社会に普及することを恐れる必要は無いように思う。人間の営みの中には、AIが理解できない矛盾があふれており、そしてその多くの矛盾は営みの場に影響を与える伝統との摩擦から生まれる。

 

このような矛盾を矛盾としない知恵(注)を論理に基づき動作するAIが獲得できないだろう。西部氏の訃報から、人間の思索活動をAIが超えられない確信を持った。

 

(注)技術においても、形式知例えばフローリーハギンズの理論に矛盾する技術アイデアを経験知や暗黙知を駆使してカオス混合で実用化する場面では、分野は異なるが西部氏の思想に通じるところがある。AIがある人間の作ったプログラムとこれまた特定の人間の集めたデータからその能力を発揮するメカニズムである以上、すべての分野で人間を超えることはできない。二律背反を解決することこそ技術開発、という言葉をゴム会社に入社したときの研修で聞いたが、AIの時代にはますますこの言葉の実践が重要になってくる。

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2018.01/23 西部邁氏の自裁死

昨日西部邁氏の死が報じられた。日本を代表する思想家であり経済学者だ。「国民の道徳」の著者でもあるので、この人を右翼と勘違いされている人もいるのではないか。

 

すでにネットには様々な情報が流れているので、この方に関することをここでは書かない。ただ、昨年暮れから自殺について「自裁死」という表現をされており、心配していた。

 

「生の最期を他人に命令されたり弄(いじ)り回されたくない」という思いから今回の死に至ったとするなら、大変もったいない生命の使い方だと思う。70歳定年制が議論されている時代に、まだ78歳である。

 

高校生の時に同級生が自殺した。高校合格後、父親が中国・四国地方へ転勤となり、彼を一人名古屋に残して家族は父親と引っ越していた。

 

彼の遺書には「交通事故などの他動的な死よりも能動的な死を選びたい」とあった。ベルリオーズのレクイエム(LP)とともに列車に飛び込んだのだが、今でも新聞記事の内容を覚えている。

 

生命を十分に燃焼した結果の死であれば、周囲の悲しみは和らぐが、そうではない死は、周りに少なからず傷を残す。死者に近ければ近いほどその傷は深くなる。

 

自裁死を唱え始めた西部邁氏はこのあたりに思いを巡らされたかどうか。健康ならば命続く限り生きたい、あるいは生きていてほしい人がいる。

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2018.01/21 小室哲哉氏引退

コンビニの店内で販売されていた昨日の大衆紙の一面は、小室哲哉氏の引退記事が多かった。確かに一時代を築いた作曲家かつ歌手、プロデューサーである。人生100年時代では、60歳の引退はこのような扱いになるのだろう、と思った。

 

ところが手にした大衆紙の記事には、不倫の禊ぎとして引退する、という内容ばかりだった。小室哲哉氏の不倫を報じることで、どれだけの社会的影響があるのか知らない。

 

彼は、独身時代に今の配偶者と交際しながら、同時並行に他の女性と浮き名を流してきた人物である。女性衆院議員の不倫疑惑ほどのニュースとして世間の興味をひかないのではないか。

 

また、彼の現在置かれた状況から不倫という問題でマスコミが取り上げるのは、彼に対する同情からの批判が出るかもしれない。女性議員の不倫疑惑とは問題が異なる。

 

多くの新聞各社は60歳引退で読者を惹きつけたかったに違いない。だから、タイトルの多くは引退の文字が大きかったが、一部不倫を大きく報じた新聞があり、これは的を外している。

 

創造的な仕事をしている人が、時代の急流についていけず、その才能に限界を感じて早々と引退、というのはいつの時代でも世間の話題となる。また、自分で才能に限界を感じ、それを打破できる気力が無ければ引退した方が本人も幸福であるが、華やかな世界では第三者から見たときに惨めさは増幅される。

 

技術者も創造的な職業の一つだが、昨日の羽生名人の姿勢のように、想定外の出来事に遭遇したときに、初めてその局面を前にしたらどうするか、と考える心の余裕や考え抜く気力さえあれば、いくつになっても楽しく仕事ができる。

 

また、技術者は新たな経験知を未知の自然に対抗するための新たな武器とすることができるので、経験知獲得の意欲さえあれば良い、ある意味長寿の時代に適した創造的職業かもしれない。

 

小室哲哉氏が売れていた時代に、グローブや華原朋美、安室奈美恵の曲を聴いたが、どれも同じに聞こえた。まるで演歌のような曲作りという印象だった。同じような旋律を歌手の変更により新鮮に聴かせているだけ、というのが当方の評価である。

 

セラミックスから高分子までまったく畑の異なる材料を扱ってきた経験からどうしても評価が辛くなるのかもしれない。しかし当方の仕事も扱った材料の範囲は広いが、混ぜる技術しか考えていなかった、と言われると辛いが、最近は、新しいチャレンジとして牛や羊を相手に格闘している。

 

混ぜる、というプロセシングは奥が深いのだ。混練プロセスでは、混ぜるだけでは不十分で如何に練り上げるかが求められる。セラミックスでは混ぜるプロセスと粉砕が同時に生じることもある。同じようなコード進行で曲をつくる場合と比較し難易度が大きく異なる。

 

また、その対象は味も素っ気も無い単なる材料だ。純粋に知的欲求を楽しめなければ、面白くも何ともない将棋の棋士ような仕事だ。ただ、期待以上の成果が出たときの喜びは大きい。「期待以上」の成果が得られるところが、形式知100%の科学の研究と異なる。

 

(注)科学的研究では、仮説にあった結果が出ることが求められる。結果が仮説から外れたのに仮説どおりのように修正することは捏造と言われている。技術では、機能が実現さることが重要で、期待した以上の機能が得られたときに、それを技術の成果にしても捏造とは言わない。ただし繰り返し再現性が求められる。

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2018.01/20 想定外の出来事に遭遇したら

昨晩の報道ステーションで先日の大雪で立ち往生した電車事故の反省を報じていた。そこで司会者がゲストの羽生棋士に、相手が想定外の手を打ってきたらどうされますか、と質問した。

 

想定外の出来事に対する判断について名人なら良い答えをすると期待して質問したわけだ。

 

しかし、質問された名人は司会者の質問に「想定外の手が打たれたときには、自分が初めてその局面に遭遇したときにどうするかと考える」とまともに答えてしまったので、頓珍漢な会話になった。

 

司会者がどのような回答を期待したのか知らないが、羽生名人の回答は司会者の質問に対しては名答である。ただし、先日の大雪による電車事故のコメントとしては司会者にとって困る回答だったようだ。

 

さて、羽生名人の回答だが、想定外だから、そこまで打ってきた自分の手を考えて反省しているよりも、まったく初めてその局面に対面したと捉えたほうが良いアイデアが出る可能性が高い、と考えてのこと。

 

当方も技術開発において想定外の実験結果になったなら、実験手順の反省以外に初めてその結果が得られた場合にどのように現象を捉えるのか、そしてその現象をどうやって処理したら良いのか、と考えて対応してきた。

 

それまで積み上げてきた仮説や形式知にとらわれることなく、新しい現象が得られた、あるいは新発見をした、と現象を捉え、形式知のみならず経験知や暗黙知を総動員して考える対応をしてきた。

 

司会者は羽生名人の回答に右往左往していたが、彼は決して頓珍漢な回答をしたのではなく、自分の経験から正直に回答したのである。

 

一方、立ち往生したJRは、従来通りの考え方に則りすべて自分たちで何とかしようと誤った判断をした結果、先日の事故となったのである。もし初めての大雪として対応していたなら、最悪の事態を想定した対応をしていたに違いない。

 

もし、司会者が羽生名人の回答の真意を理解していたなら、このように応えれば昨日の質問シーンでは何とかなった様な気がする。

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2018.01/19 プログラミング(11)

プログラミング言語を全く知らない実務経験者がオブジェクト指向のパラダイムだけを学ぶと、比較的理解しやすいかもしれない。すなわち、実務で問題解決にあたるとき、熟練実務経験者の思考方法はオブジェクト指向に近いからだ。

 

ちなみにドラッカーも問題解決の熟練者で、問題とは現状とあるべき姿の差異だと述べている。すなわち問題というオブジェクトが見えにくいときには、あるべき姿というオブジェクトと現状というオブジェクトを具体化せよ、と言っているのだ。

 

彼の問題の定義によれば、問題解決とは現状をあるべき姿に導く道筋を見つけることであり、その方法は、常にあるべき姿から考えることだという。

 

すなわち、あるべき姿というオブジェクトを忘れずに、現状というオブジェクトに幾つかのオブジェクトを組み合わせてイノベーションを進めゴールのオブジェクトに到達する作業といえる。

 

この時、現状というオブジェクトの実体(C#ではインスタンスと呼ぶ)は存在するが、あるべき姿は具体的に見えていたとしても実体は無い。しかし、イノベーションを行うときに使用するオブジェクトでは、イノベーションするときに実体を生成しなければあるべき姿に近づけない。

 

以前、女子スケーターにはグレーシーゴールドのようなオブジェクトもあれば、演技が始まると突如輝き、その実体が現れる女子スケーターもいると書いたが、オブジェクト指向では、ゴールのオブジェクトへたどり着くまでに、すべてのオブジェクトが実体(インスタンス)として存在している必要はない。必要なときにそのインスタンスが作られれば良いのだ。

 

(注)実際の問題解決では、オブジェクトとその内容(C#では、プロパティとメソッドなど)が明らかになっておればよいが、プログラムではそのコードがメモリー上に存在しなければ動作できない。オブジェクトをあるメモリー領域にロードする操作を「オブジェクトからインスタンスを生成する」と言っている。C#では、newというコマンドを使い、オブジェクトの名前には、オブジェクトがロードされたメモリー領域の先頭の番地が割り当てられる。このため、オブジェクトのメソッドを活用したいときには、オブジェクトの名前に割り当てられた番地を頼りにメソッドへたどり着いてそれを実行することになる。このように直接目的とする値やオブジェクトなどにアクセスせず、メモリーの番地を頼りに間接的にアクセスすることを参照という。プログラミングの教科書には、日常生活で使わない言葉が説明もなくポンポンと出てくるものがあり、それが日本語で書かれていても理解を難しくしている。

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2018.01/17 科学と技術

科学と技術は車の両輪である、というのは学生時代にある実務家の講演で聞いた言葉である。ところが新入社員研修で、科学的な技術開発を全否定されていわゆるカルチャーショックを受けた。

 

その半年後、アカデミア以上に充実した設備を持ち、業務の進め方もアカデミアと変わらない職場に配属され頭が混乱した。

 

タイヤという商品がどのような技術で出来上がっているのか説いた役員は、同期の父親であり、その人柄は技術者の鏡だった。この技術哲学の講演を聞き、科学とは異なる哲学が世の中に存在し、それは人間の営みそのものであると感じた。

 

人間の自然な営みであるはずの技術だが、18年間の科学教育で忘れてしまっていた。ただ、その教育の中身について今から思い出すと、技術の方法も見え隠れしていた様に思う。例えばコーリー博士の逆合成という考え方だ。

 

また、先端であるはずのコンピューターの授業は、科学と技術が混在した内容だった。情報科学は生まれたばかりだから、というのが先生方の見解だったが、情報科学は科学を道具として使い技術の方法で発展しているように見える。

 

「技術者の心眼」を読むと、科学偏重の教育に対して警鐘を鳴らす著者の思いに感動する。また、「マッハ力学史」では、科学誕生以前における人間の技術開発の営みの様子を述べている。「方法の擁護」では、科学で行われる否定証明を科学で完璧にできる唯一の論法と紹介している。これら3冊の本は科学と技術に携わる人が読んでおきたい良書である。

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2018.01/16 成人式のやり直し

はれの日の倒産で影響を受けた新成人のために成人式をやり直す、との話が出ている。民間の有志だけなら問題にはならなかったが、お役所もそれに賛同して動き出したので税金の無駄使いだ、と言い出す人が出てきた。

 

成人式が人生に一回きりという理由だけで救済する必要があるのかどうか、よく検討する必要がある。人生に1回きりという機会は、最後から順番に葬式、定年退職の送別会、結婚式などがある。

 

最近は何度も結婚する人やしない人、何度も転職を繰り返す人も多くなったから、だれの人生にも確実に1回しかない、というのは成人式と葬式になる。

 

このように考えると成人式は定年退職の送別会より重い価値となるのかもしれない。一方で、定年退職の送別会や結婚式披露宴では、文句なしにヨイショしてもらえるので、回数に関係なく人生で気持ちよくなれる貴重な機会だ。

 

退職の日が東日本大震災と重なり、最終講演会と送別会が吹っ飛んだうえに帰宅難民となって、誰もいない会社の事務所で一夜を過ごした。この貢献した会社に地震を起こされて引き留められたような体験をしてみると、気持ちよくなれるはずの送別会がつぶれたのも一つの思い出として、あきらめることができる。

 

ゆえに人生に数少ない機会がつぶれたからというだけの理由で、やり直しをするかどうかは、人生さいおうが馬で、どちらでも良いような気がしている。

 

例えば、子供から大人になる儀式の日に厳しい社会の試練を味わうことができた、という視点に立てば、成人式のやり直しは不要という考え方もできる。

 

一方で、ひどい大人と関わったためにかわいそうな目にあったが、成人式のやり直しを実行してくれるような親切な大人に巡り会えたという健全な思い出を重視するならば、やり直しをした方が良い。しかし、やり直しで何人集まるのか。

 

サラリーマン最後の日が天災でつぶれた時に最初に考えたことは、この日定年退職を迎えた人は何人いたのだろう、という同じ境遇の人への思いである。

 

さらに、当方は交通機関がすべて止まったために自宅へ帰宅できなくなる不幸が重なった。そこで不幸な仲間の次に考えたことは、定年退職の思い出として長年勤務した会社に泊まりたいと考える人は何人いるのだろう、と物好きな人の数を想像した。

 

その夜、写真会社は災害時のために準備していた夕食と朝食を帰宅難民として宿泊する社員に配布してくれた。それを食べながら机の上に置かれた花束を見て、不思議な気持ちになった。

 

(注)退職してしばらくしてから送別会をやるから都合の良い日を教えて欲しい、と元部下から電話があった。転職したときには、ゴム会社で人事決済が下りず、どたばたした退職だったので、やはり転職まで送別会をしてもらえず、この時と同様に退職後に連絡が来た。その時は冗談で、住友金属工業とのJVを立ち上げたVIPの退職祝いだからどこかのゴルフ場で1泊二日の送別会ぐらい開いてくれるなら参加する、と回答したら、平社員の身分なのに豪華な送別会を企画してくれて、記念品はゴルフバッグだった。転職理由が後味の悪いものだったので、本当は送別会など期待していなかった。嬉しい気持ち半分と無理なお願いを聞き入れてくださった元同僚達の懐を心配し、少し複雑な気持ちになった。この時の経験もあり、定年退職後の元部下からの問い合わせには、「ささやかに焼き肉屋で」と謙虚に応えたらほんとうに部門だけのささやかな楽しい送別会を開いてくれた。その1年後、最後の仕事で社長賞を取ったから、と彼はその時の記念品をわざわざ送ってきてくれた。成人式をやり直した方が良いのかどうかは、皆が賛成し支持する形式ならば参加する人に良い記念になるだろう。人生の節目の思い出は、いつまでも忘れないものなので、全員が納得するような結論が良い。

 

 

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