表題は、毎日新聞デジタル版に掲載された記事のタイトルである。
「現役世代(15~64歳)の人口は50年後、現在より4割以上減るとされた。人口構成が激変していく中、社会の担い手をどう確保していくのか。 政府が昨年6月に発表した「1億総活躍プラン」。現役世代の男性に偏っていた働き手に、女性や高齢者にもより多く加わってもらい、経済活動の維持を図る狙いがある。今後、65歳以上の雇用延長も進める方針で、高齢者に、支えられる側から支える側に回ってもらいたい考えだ。高齢者となっても「引退」しない時代は目前に迫る。」
上記はその記事の抜粋であるが、目前ではなく、もうそのような時代だと思う。そのような時代の訪れは亡父の読書三昧の日常から感じていた。亡父は80過ぎまで郵便局のポスター書きをボランティアで請け負っていたが、自分の思うように書けなくなった毛筆書きのポスターを見て、引退を決めている。
亡父は元警察官だったが、自己実現目標として書道を追求していたようだ。当方も小さい頃から書道塾に通わされた思い出がある。兄弟誰もが書道の大会で何か賞を取っている。亡父の遺品にはその時の賞状が束になっていた。
現在の社会の組織では65歳までしか働けないが、組織で働きながら自己実現努力を行い、65歳以降はその成果で働く、という姿勢が現在のシステムでは必要だ。しかし、それを受け入れる社会の組織の少ないことが問題である。
一方で電通の過重労働が問題なったように若い人の労働環境の改善が求められている。ここは社会の知恵が必要になるが、高齢者と若者とのペアで働けるような組織を作り出せないだろうか。
子育てが必要な若者の時給は高く高齢者のそれは半額としても良いような社会のコンセンサスが必要となるが、おそらくそれは容易だろうと思われる。社長が新入社員の10倍の給与をもらうのは当然という時代から、社長の給与は従業員の平均よりも低い、という会社が理想となるかもしれない。おそらくそのような会社では社長の引退は陰口として出ないだろう。
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レシプロエンジンで発電し、それを電池に一度充電してからモーターを動かす、あるいはレシプロエンジンで発電されたエネルギーでモーターを動かすというシステムは、高速走行ではもっぱらガソリンエンジンを使い、日常走行では、力の足らない部分をモーターで不足するトルクを補ったりするハイブリッド方式よりも燃費が悪いと推定された。
それゆえ,複雑なハイブリッドエンジンが考案され、トヨタやホンダが積極的に展開し成功した。実際にハイブリッド車のカタログ燃費は、同等排気量のガソリン車と比較しおよそ倍ぐらいである。
但し実燃費はカタログ燃費よりも極端に悪くなることもあるが、走り出すときに低回転で高トルクを発生するモーターのおかげで乗り味に高級感が出てハイブリッド車は社会に受け入れられた。
トヨタやホンダは高級車から大衆車まで競ってハイブリッド車を展開している。タンデム自転車を若者がこぐ模型とそれを年寄りがこぐ模型が作られ、それによりホンダが奮起してレシプロエンジンを改良した話題はニュースになった。
しかし、技術の進歩により皮肉なことに日常の運転条件では、ハイブリッドよりも効率が悪いと思われた日産自動車のe-Power方式がシステムとして優れている状態を創り出した。
すなわち、日常の運転では、車は必ず一旦停止を繰り返したり、加速しても減速することを強いられる。この時のエネルギー回生技術が進歩し、この技術をうまく組み合わせるとエンジンで発電してモーターを動かすというシステムの非効率性を補うことができるようになった。
また、アクセルペダルは、モーターの回転制御すなわち電力調整ペダルだけの役目を果たせば良いので、車が減速し停止するときにレシプロエンジンで使用しているようなブレーキ動作が不要になる。遊園地の自動車のようにアクセルペダルの操作だけで運転が可能になった。
それだけではない。ハイブリッドエンジンではレシプロエンジンも走行用に用いるのでその回転数を頻繁に変動する必要があるが、これを発電用だけに使用すれば、最もエネルギー効率の高いところにおける定速運転となるので、日産方式でもそれほど燃費の悪化につながらなかった。
その結果、日産ノートは実燃費においてアクアを抜いてしまった。カタログ燃費こそ同じような値だが実燃費ではノートの方が良くなるとの評判である。
その結果、技術としては劣っていたはずの日産自動車がうまくPRして消費者に支持されるようになった。おそらく、今後ハイブリッド車よりも日産自動車の方式の車が多数出てくるのかもしれない。
例えばマツダのロータリーエンジンは、発電用に特化すれば大変小型化でき、エネルギー効率の良い条件で運転も可能となるので日産自動車の方式に向いている。
日産自動車ノートの成功例は、技術をどのようにPRしたら社会に受け入れられるのかという参考になる。科学的に見れば劣勢でも技術として捉えたときに優れておれば良く、そこをうまくPRすればよいのである。
面白いのは日産方式でもエンジンとモータを使うのでハイブリッドと呼べるのだが、そこをトヨタと差別化しアピールするためにハイブリッドと呼ばずePOWERと呼んでいる。
余談だが、中国蘇州の街中では10年以上前から安っぽい赤色の電気自動車がたくさん走っており、日産方式のどこに先進性があるのか当方には理解できなかった。2ケ月前セールスマンの積極的な売り込みにもかかわらず燃費の悪いターボ車で4駆のジュークをあえて選んだ。
ところが驚いたことに冬場の街乗りで平均燃費が9.2km/lで、昔のターボ車のイメージと大きく変わっておりびっくりした。恐らく夏場ならば10km/lを超すだろう。おまけにランサーエボリューションより安いが、トルクベクタリングという凝ったシステムもついている。
ePowerノートと同じような値段で、内装はチープだがドアの開け閉めの音やコーナリング時の挙動など高級車に負けていない。デザインも飛んでいる。今最もコストパフォーマンスの好い車はこのジュークとスバルインプレッサだ。インプレッサは一クラス上のレボーグと同等以上の乗り味である。ドアの開閉音は高級車のそれで、内装はスバルとしては頑張っている。
「いつかは、クラウンーーー」というCMが昔あり、いつかはクラウンに乗りたいと思っていたが、クラウンの乗り味よりも値段の安いマークXの方がBM*に似ていた。おまけに電子制御のサスペンションがついており、高速走行の気持ちよさは外車のそれである。
一方今やクラウンよりも高級なレクサスがトヨタから販売されている。レクサスの高級感は外車以上で何よりも販売店の応対がすごい。思わず車の購入検討にスーツで出かけたくなるような雰囲気だが、ハイブリッド車を進められるとがっくり来る。
おまけに動力システムは一世代前のプリウスと同じである。同じホットハッチならばジューク1.6GT fourのほうが、内装は安っぽいがメーター類のデザインも含め運転していて楽しい。今のトヨタは、どこかちぐはぐな感じがする。
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セラミックスフィーバーのさなか、いすゞ自動車がアスカにオールセラミックスのレシプロ断熱エンジンを搭載し公道を走らせた。この様子はNHKで紹介され、フィーバーの火にますます油を注いだ(宮崎緑氏がレポーターをされた「日本の先端技術」でその姿が紹介されている(注))。
しかし、21世紀になってもこのアスカのような自動車は登場していない。一方ガスタービンをオールセラミックス化しようというプロジェクト、ムーンライト計画の参加企業だったトヨタ自動車は、ガスタービンとモーターのハイブリッド車をモーターショーで提案した。
ガスタービンというエンジンは一定の高速回転で運転したときには効率が高くなるが、回転数を変動させると極端に熱効率が悪くなる、という。それで自動車に用いるときにはモーターとハイブリッド化して、高速走行ではガスタービンを用いる、というアイデアにたどり着いたようだ。
また、エネルギー効率を考えてエンジンとモーターのハイブリッドとなっている。同じ時に日産自動車はセラミックスガスタービンだけを参考展示していた。
ガスタービンとモーターのハイブリッドエンジンは、その後レシプロエンジンとモーターのハイブリッドとしてプリウスに展開され現在至るが、日本の消費者は、このハイブリッドエンジンが、未来の電気自動車へ変遷するつなぎ技術と信じたのでハイブリッド車が普及した。また、複雑な機構によりエンジンとモーターとの切り替えやエンジンとモーターの同時使用など凝ったつくりを好む日本人には支持されやすいシステムだ。(明日に続く)
(注)ゴム会社はこの番組のビデオを昼休み中も含め、少なくとも4回社内で上映している。4回見た、と吹聴していた社員がいたから回数を覚えていた。当方は3回しか見ていないが、3回見てセラミックスアスカに感動し高分子の難燃化テーマの傍ら高純度SiCの企画を練っていた。
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ノートの月間販売台数がアクアのそれをぬいたのだそうだ。しかもノートの売り上げの70%はe-Powerというガソリンエンジンを発電専用に用いた電気自動車。この現象はハイブリッド車が生まれた歴史的背景を考えると面白い。
まずエネルギー効率について説明すると、ガソリンエンジンだけで車を動かした場合と、ガソリンエンジンで発電して電気モーターを動かした場合、ガソリンエンジンで発電しそれで電池を充電しながら電池で電気モーターを駆動した場合では、この順にエネルギー効率、すなわち燃費は悪くなる。
エネルギー保存則など持ち出さなくても、ガソリンエンジンから直接駆動力を取り出したほうが燃費が良くなることは、科学に詳しい人ならば直感でわかる。また物理に詳しい人ならばすぐにモデル計算を行い、そのような結果になることを示すことができるはずだ。実際にその昔そのような議論を学会で聞いたことがある。
セラミックスブームの時にオールセラミックスガスタービンエンジンが話題になった。このエンジンを断熱状態で稼働すると熱効率が40%を超えるという。この40%というのは内燃機関の熱効率目標になっているが、未だに超えられない夢の目標なので、セラミックスブームは一気にフィーバーとなった(明日に続く)。
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科学者は自然現象に存在する普遍的真理を導き出すのが使命である。技術者は、自然で発生するいかなる現象が生じても安定して機能する技術を創り出すのが使命である。
両者の使命は異なるので、当然その業務プロセスは異なる。科学的方法については義務教育から高等教育までの間に十二分に学べる。しかし、技術的方法については企業の現場以外では学ぶ機会が無い。
例えば商品に必要な帯電防止技術を考えてみる。特定の帯電現象について科学的に解明しても市場で帯電故障を起こさない品質の商品を設計できないことは経験者ならば理解している。
市場における帯電故障が複雑な帯電現象の各要素と複合的な作用で起きている場合が多いからだ。また、帯電という現象そのものも材料が異なればメカニズムは複雑である。
しかし帯電現象について科学的方法でそれを解明する作業は面白く楽しい。仮にそれが解明できたとしても、そこで得られた真理で商品を設計できるかどうかは、真理が市場における現象の100%をカバーしているかどうかにかかっており、これは運である。
帯電の科学について詳しい人であれば、自分の見いだした真理がとても100%カバーしているとは怖くていえないはずである。得られた真理が市場における数%の現象を説明したに過ぎない場合だってある。換言すると帯電防止技術を科学的に行えという指示は、技術開発を運に頼って行え、と言っているようなものだ。
一方技術では、商品に必要な帯電防止機能をまずシステムとして設計し、それが市場で発生する様々なノイズに対しどれだけロバストがあるのか検証するといったプロセスとなる。
これは田口先生の教科書にも書いてあることだ。この時、基本機能を考えるのは技術者の責任であり、その責任遂行のためには科学的知識以外に経験(K)と勘(K)(注)が重要となってくる。
今技術の伝承の重要性が言われているのは、このKKを伝える方法が難しいからである。市場で発生した問題をどのように解決したのかは重要な教材である。面白いのは中国人はこのあたりを良く理解しているが、日本では未だに現場的思考を軽視する人がいるのは残念である。
当方は今でも日本で学会活動を行いながら、現場の指導を中国で行っているが、KKを素直に受け入れる中国人の合理的考え方には脅威を感じている。
(注)ヤマカンではダメである。心眼で見えて仮説のようなイメージのことだ。カンにもいろいろある。
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昨日はTVもWEBニュースも浅田選手引退の話題でもちきりだった。そのニュースの一つからキムヨナ選手との直接対決では6勝9敗だったことを知ったが、キムヨナにはできない難度の高いトリプルアクセルを飛べたという理由で、スポーツ選手として彼女はキムヨナ選手よりも技量で常に勝っていたと思う。
かつて4回転ジャンプが初めて登場したときにジャンプを飛ぶことがフィギュアスケートの目的ではない、と言っていた選手がいたが、今や男子は4回転ジャンプができなければトップになれない時代になった。
失敗のリスクが高くても常にトリプルアクセルに挑戦し続けたその姿は、常に挑戦することこそアマチュアスポーツの神髄の一つと考えると、無難な演技にまとめていたキムヨナよりも世界に与えた影響力は大きい。
プロスポーツならば勝つことこそ重要であるが、アマチュアスポーツでは挑戦が最も価値があると思う。
フィギュアスケートのような採点競技のスポーツでは、演技に対する評価でどうしても個人差が出る。昨日某TV局で放映された浅田選手のスケートを見ていて感じたのは常に難易度の高い技術へ挑戦し続ける姿だった。
これは彼女のこれまでのスケーティングの映像を見れば誰もが感じることではないか。それゆえ演技にはトリプルアクセルを跳ばない選手よりも失敗というリスクがつきまとう。
リスクを犯してでもトリプルアクセルを跳んだのは勝つことよりも挑戦を重視していたのだろう。ちなみに彼女のジャンプ能力はキムヨナと同等以上であることは誰もが認めている。
彼女はキムヨナに勝つことを意識していたかもしれないが、ただ勝つことよりもその勝ち方、すなわちリスクに挑戦して勝つことにこだわっていたように思い出される。
日本中にブーイングの嵐を巻き起こした迷言「真央ちゃんは大事なところでいつもころぶ」は、「真央ちゃんはいつも挑戦をし続けているのでこけることがある」とでも言っていたならば、少しは国民の反感をやわらげたかもしれない。
彼女はいつも極限のスケーティング技術を追求していた。対するキムヨナは失敗のリスクを避けパーフェクトのスケーティングを目指していたとも言われているが、彼女の能力は女子スケーターのトップであったと思う。
個人差を少なくするために採点基準では失敗したときに必ず減点となるが挑戦意欲に対する加点は無い。膝の故障から難易度の高い演技に挑戦できなくなり、この一年間彼女の演技には精彩さが欠けた。
本当は肉体的にとても次のオリンピックを目指せる状態ではなかったのだろう。スケート選手にとってひざの故障は致命的である。それでも国民の期待を背負って挑戦しようと努力していた。10年以上その真摯な姿勢を国民に向けて十分に社会に貢献したので、国民栄誉賞を受賞してもよいスポーツ選手だと思う。
国民栄誉賞受賞のためにはオリンピック金メダルレベルの功績が必要とか言われているが彼女の世界選手権3回制覇の偉業はそれに匹敵する。また何よりも国民にこれだけ愛されているスポーツ選手である。国民栄誉賞をぜひ検討していただきたい。本日の記者会見最後シーンでは必死に涙をこらえ笑顔を見せようとする姿が印象的だった。
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科学の生まれる前の時代にも技術は存在した。この当たり前のことが1970年代の研究所ブームで忘れられたかのように、企業では科学的方法による研究が技術開発の全てと思われるマネジメントが行われた。
社会人のスタートはゴム会社の研究所だったが、この職場も同様だった。しかし、ゴム会社全体はKKDが技術開発の王道であり、新入社員研修では、それを職場研修を通じて学んだ。この時の職場研修にゴム会社の風土と異なる研究所が含まれていなかったのは当然だった。
そもそも科学とは技術開発のための道具であり、それをうまく使いこなすことが重要で、それを追及することが企業の目的ではないはずだ(注)。科学的真理は、誰がどこで実施しても成立しなければならず、またその真理は強固な論理的検証に耐えられなければいけない。
換言すれば、科学で理解できることあるいはできることは、誰でも論理的にたどればそこにたどり着ける。だから科学に裏付けられた差別化技術というものは簡単にリベールされやすいのである。
ところが、科学では説明できないが、技術としてどのような市場においても再現性良く機能する商品をリベールするとなると大変に難しい。例えば高分子科学はこの30年急激に進歩したが、それ以前のタイヤ産業は高い技術障壁が存在した。
(注)技術開発の結果、科学を高めることに貢献している姿が企業の研究所のあるべき姿である。技術開発の成果の一部を研究して学会で発表するなり担当者に学位をとらせるなりすれば良い。企業は他社と差別化できる技術こそ開発しなければいけない。その技術基盤を創造活動により新たなパラダイムとして提案するのが研究所の役目である。
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名古屋金城ふ頭で開業したレゴランドががらすき、というニュースが話題になっている。値段も高く、場所も金城ふ頭では当たり前である。誰が企画したか知らないが、大人の値段を2000円まで下げても行く人がいるかどうか。
もし名古屋でテーマパークのような遊園地を作るなら、南部ではなく北部である。土地は高いかもしれないが栄近辺もよい。久屋公園をレゴランドに変え料金を2000円にしたなら繁盛するに違いない。
なぜ南部がだめなのか。名古屋人は南部へ遊びに行かない。南部に人を集めるために作ったとしたならば、名古屋人の習性を知らない人の企画だろう。
昔、名古屋は大いなる田舎と呼ばれた。すなわち生活習慣や土地柄が大都市と大きく異なるのである。ゆえに名古屋で事業が成功したならば、全国で成功できる実力がついたともいわれたりするぐらいに新事業そのものも難しい土地柄である。
ましてや今まで遊びに行かなかったエリアに何か珍しいところができたからといってそこへ遊びに行く人も少ないので、レゴランドは今後かなり苦戦するだろう。
実は名古屋には無料で遊べる観光資源が豊富な土地で、名古屋に観光に行ったならぜひそこで遊んでほしい。名古屋の魅力を十分に味わうことが可能である。例えば有名どころでは名古屋城のある名城公園。今の季節ならば桜を無料で楽しめる。コンクリートのお城にお金を出して見学をする必要はなく、名城公園を散策するだけで十分に楽しい。
また、ここは名古屋人のデートスポットでもある。春先から夏にかけてお堀沿いの道路には夕方人が乗った車が多数停車している。ほとんど駐車ではあるが、人が乗っているので駐車違反ではない。
デートスポットと言えば東山動物園。昔有名だったが、今はあまりはやらないようだ。これは聞いた話なのであてにならないが、この動物園の池でアベックでボートに乗るとその恋は実らないという伝説もアベックがボートに乗らないので消えたという。
名城公園以外に名古屋駅から徒歩15分の所にあるノリタケの森は、ボーンチャイナや絵画などの美術鑑賞を一部無料で楽しめる。800円だせば、ノリタケの森の大半とその近くにあるトヨタ産業館を楽しめる。トヨタ産業館にはレゴランド同様の遊園地もある。大変コストパフォーマンスの高いテーマパークが名古屋駅周辺に二つもあるのだ。
有料だが、少し足を延ばせば明治村やモンキーセンターがある。それほど高くはないテーマパークだ。特に明治村は、日光江戸村よりもコストパフォーマンスは高い。さらに江戸時代よりも明治時代のほうがおもしろい。
そのほか今は残念ながら閉館しているが、西区にあるパチンコの正村に展示されているパチンコの歴史は圧巻である。ここは大人専用の場所だが再開したらぜひ見に行っていただきたい。
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今初めてプログラミングに取り組むのに最適な言語は、C#だと思う。PYTHONやBASICのほうが易しい、という人がいるが当方はC#をお勧めする。
その理由は、初めてプログラミングを学ぶときに最先端のパラダイムを一緒に身につけることができるからだ。これが不要でExcelの計算で十分だと思う人は、わざわざプログラミングの勉強などする必要はない。
ただ技術者が日常仕事をしているとExcelで不自由を感じることがある。このようなときにはWINDOWS環境に用意されているプログラミング環境を自由に使用できると便利である。
この時Visual BASICがよいのか、C#がよいのか、という議論は無用で、C#を選んでおくと良い。BASICだから易しいと思い取り組んでも、結局はC#と同じパラダイムまで勉強させられる。
すなわちVisual BASICがオブジェクト指向のパラダイムまで拡張されており、それを使いこなすためにはC#と同様の苦労を要求される。
C#を理解できると、BASICやPYTHONの理解は早くなる。逆にBASICやPYTHONに取り組んでC#を学ぶと難解に感じるだろう。
プログラミング言語は一つ学べば十分と思われている方がいるが、プログラミングの世界では、多種類の言語を理解していないと時代の進歩について行けない。
例えば今FORTRANを使ってプログラミングしようとすると大変敷居が高くなっている。コンパイラは無料で提供されているが、学習のための情報が大変少ないのだ。
プログラミング言語には大別すると2種類ある。ただしインタープリタやコンパイラという2種類ではない。BASICやPYTHONのような簡易言語的な言語とC#のような言語である。しかし、簡易言語と言ってもそれを用いるときには最先端のパラダイムの考え方を要求される。
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「「こんなね、人を誹謗するようなことは許さんよ!」「避難者を困らせているのはあなたです」「うるさい!」2017年4月4日午前、復興庁の閣議後記者会見で、今村雅弘復興相(70)がフリージャーナリストの質問に「ブチ切れ」てしまった。」
「その姿はテレビなどでも何度もリピートされ、菅義偉官房長官や公明党・井上義久幹事長からも苦言を呈されるなど、波紋を呼んでいる。今村復興相はなぜブチ切れたのか。」
以上はJ-CASTニュースの冒頭部分の抜き書きである。先日問題となった4月4日の復興相ぶち切れ事件を細かく報じている。このニュースを読むと、きれた復興相も問題だが、同じ内容の質問を言葉を換えて繰り返しくどく質問している記者も大問題である。
「復興相「ちょっと待ってくださいよ。あなたどういう意味で、こうやってやるのか知らないけど(笑)、ここは論争の場じゃありませんから」」
ぶちぎれる前の冷静な一言で、これは場をわきまえない記者を諭している「親切な」言葉である。ここで「親切な」と書いたのは、常識の無い記者に復興相が「親切心」から、「教えなくても良い常識を親切に」問題の記者に教えたのである。
しかし、それでも記者は同じ質問を繰り返し、ここで復興相がぶちぎれている。改めて文章で読むとこの記者は復興相を怒らせるために質問をしていた悪質な行為であることが浮かび上がる。
過去にFDを3回続けて壊され、3枚目では犯人が名乗り出ているような壊し方をされた経験を持つ筆者は、復興相の気持ちが痛いほど分かる。
2回まで上司に職場の問題を冷静に相談していたが、3枚目では自ら犯人(目撃者の証言もあった)に人前でその行為を辞めるように忠告してしまった。
犯人がわかった3枚目でも上司に相談したが、上司は対応してくださらなかったからだ。これは若かった頃の行動であり、もう少し自分の担当している仕事の重さを理解すべきだった、という反省もできるが、アメリカの会社を買収し、リストラの嵐が吹き荒れている社内風土の中で起きた出来事である。
TVで流されている光景だけからは、大人げない復興相の姿しか伝わってこないが、J-CASTニュースのように文章で書かれたものを読むと悪意のある記者の姿が浮かび上がる。
このような場面で気の利いた事務方がおれば、非礼な記者の質問に答えなくても良いとのアドバイスあるいは何らかの行動が取られたと思われるが、官僚も高給を取っていながらぼんやりと仕事をしていたのだろう。
親切心からエネルギーが爆発した70歳でも元気の良い復興相に少し同情する。それなりの立場、それなりの仕事を抱えた人は、どのような場面でも頭を下げることが求められる社会である。おそらくあのような場面で復興相という肩書きが無ければ「元気の良いおじいちゃん」で終わっていたかもしれない。
ぶち切れる人格では大臣が務まらない、と言う理由で大臣辞任を要求するのは、少しおかしいかもしれない。いくら腹が立っても、どのような状態でも冷静で何も言わないのが人格者で大臣としてふさわしいと言われるかもしれないが、親切に指導しているのを理解しない若者に何も対応しないとしたら、それは無責任だろう。やや特殊な評価かもしれないが、礼儀や場をわきまえない若者に対して責任を果たした大臣とも表現できる。
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