昨日フォルクスワーゲンの社長が、ディーゼル車の排ガス不正操作問題の責任を取るため、監査役会に辞意を伝えた。VW創立以来最大級のスキャンダルは、トップの辞任という事態になった。ウィンターコルン社長は、「この規模の不正が社内で行われたことに衝撃を受けている」とした上で、「自身で過ちを犯したとは考えていないが、社の利益のために決断した」と強調している。そして「辞任により、新たなスタートへの道を開きたい」と述べた。
答弁で語っているように、恐らく社長は今回の問題にかかわっていないのだろう。事件の内容から、現場の判断で行われた可能性が高い。これは推定になるが、自動車を開発する時に排ガス規制の仕様を目標にちゃっかりと不正プログラムを開発していたと思われる。すなわち技術者の意識として、スペックを満たすことだけが商品開発と勘違いしていたのかもしれない。
30年以上前に同様の体験をした。ゴム会社ではタイヤ開発においてスペックを満たしただけでは、それは商品ではない、という意識がトップから担当者まで浸透していたことをこの欄で紹介した。事例として新入社員の体験を二つほど紹介していたが、配属されたコーポレートの研究所ではこの意識が徹底されていなかった。
その研究所の当時のアウトプットとして台所の天井材があった。この台所の天井材については、商品として市場に出すには「JIS難燃2級」という通産省の策定した規格に通過しなければならなかった。この規格は、30cm四方程度の板状のサンプルにライン状の炎を当て燃焼する時に発生する熱量と煙量を測定し、その値が一定値以下であれば合格と評価する内容であった。
可燃性の材料であれば燃焼熱と煙が発生し、規格に適合しないと評価される。しかし、自己消火性がありライン状の炎が当たっていても一定時間大量に燃焼しなければ、発生熱量と煙量が規格内となり合格と判定される。無機材料の石膏ボードであれば燃焼しないので、もちろんこの規格に合格する。有機材料でこの規格に合格するには、空気中で効率よく炭化し、力学特性の優れた炭化物を生成する材料でなければならないはずだった。例えば分子設計されたフェノール樹脂ならばこの条件を満たし、規格に合格する。
ゴム会社の技術者はポリウレタンを変性し、加熱されると餅のように膨らみ炎から逃げるように変形する材料を開発した。この材料はLOIが19以下であり空気中で燃えるが、JIS難燃2級の試験を行うと、ライン状の炎から材料が逃げるように変形し、着火すらしない形状に変化する。そして熱量と煙量ともに0となる。規格ではこのような大変形する材料を想定していなかったので、規格に通過することになる。
ゴム会社の少し熟練した技術者ならば、会社の哲学とその良心からこのような材料をエラーとして扱うが、当時の主任研究員は素晴らしい発明として特許出願しこの技術で商品化してしまった。もしゴム会社の哲学を理解し、技術開発に人格としての良心をこの主任研究員が持っていたならば実火災を想定した試験を行ったはずだが、その主任研究員は当方の上司になった時に商品は規格を満たしていたので規格に問題があったのだ、と説明するようないい加減な技術者だった。おそらくフォルクスワーゲンの技術者もこのような技術者だったのだろう。すなわち、規格を評価するモードになると排ガスが少なくなるような仕組みを技術として開発したのである。
この技術開発思想を問題とするかどうかは、商品はただ規格を満たせばよい、という思想を正しいとするかどうかという視点で見解は変わる。おそらく技術者には不正の意識がなかったのではないか。ゴム会社の「最高の品質で社会に貢献」という社是にある最高の品質について、ただ規格を満たすだけが商品開発ではない、とゴム会社の役員は新人発表会の席で教えてくださった。
その結果、配属先の主任研究員と衝突し恨まれることになったが、これはサラリーマン生活の良い思い出になっている。フォルクスワーゲン社では誰も規格を満たすだけの商品開発について批判をしなっかた、と思われる。インチキプログラムは問題であるが、安全な商品開発の視点から現場で誰も批判しなかったことの方が問題は大きい。当時のゴム会社では餅のように大変形するインチキ材料から、まともな不燃材開発へすぐに方針転換されている(注)。
(注)難燃2級の規格はその後見直され、1981年ごろこのゴム会社は建築研究所と新しい規格策定に協力することになった。当方は筑波にヘルメット持参で通勤した思い出がある。当時出来上がった規格は、簡易耐火試験で、この試験に合格できる可能性のある有機材料はフェノール樹脂以外なかった。そしてフェノール樹脂天井材の開発を行うと同時に、高純度SiCの企画を立案した。
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昨日朝6時30分から、NHK「インタビューここから、東村アキコ」を見て感心した。技術者というものをうまく語っていたからだ。もちろん彼女は技術者ではなく今旬の漫画家である。しかし彼女の語る漫画家としての自己描写は、技術者そのものだった。彼女は語った。「私は自分が見ていないものを描けないんですよね」と。
彼女の漫画に登場するキャラクターに、創造したものは無いという。すべて実在の人物、あるいは自分が見たキャラクターを漫画にしているという。創造したキャラクターでは、漫画の中で登場人物がうまく動いてくれないという。そして、彼女は自分には0からモノを創りだすことができないんですよね、と、さらっと語っていた。
彼女の独創性に関して、さらにエピソードが語られた。彼女は絵が好きで美大へ進学を決めたという。しかし、美大へ進学を決めたとたんに、自分が何を描きたいのかわからなくなったという。さらに美大の授業では油絵の時間は地獄だったという。同級生は、皆キャンパスに創造性を発揮しているが、自分にはそれができず悩んだと告白する。
そして、卒業制作の油絵が映し出されたのだが、そこには無表情の女性3人が描かれた独特の世界があった。インタビュアーが、これは東村さんの学生時代そのものだったんですか、と質問すると、そうなのかもしれないと答えた。そして彼女は卒業しOLになるのだが、子供のころから大好きだった漫画家になる決意をして、現在の職業になったのだという。
このインタビューで、彼女は、自分には独創性が無い、と語っているようにみえるが、実在の人物を抽象化して漫画の世界でうまく機能させるのは、あたかも技術者が自然現象から有用な機能を抽出し、製品を創りだす創造のプロセスとよく似ている。
独創性を「無から有を創りだすこと」と誤解している人がいるが、具体的なオブジェクトを抽象化する作業、すなわち部分をモデル化(これも抽象化である)し最適な機能として取り出すプロセスも、過去になかった新たな機能を生み出すという意味なので独創性なのである。彼女は、自分の体験から従来なかった漫画の世界を描いているので独創性のある漫画家として成功したのだ。
技術者の中には、0から新技術を創造可能な優秀な方もおられるかもしれないが、大半の技術者は、自然現象を観察し、そこから人類に有用な機能を抽出する、あるいは他社のリバースエンジニアリングからヒントを得て新たな機能を創造するなど、彼女が言うように「自分が見たモノ」から新たな機能を創造しているのである。そして、これも特許を取得できれば独創と呼べる。
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卒業研究でシクラメンの香りを合成していたときに指導をしてくださった先生が小竹先生のコラムを見せてくださった。このコラムには研究とは「何か新しいコトを見つけること」である、と書かれていた。科学は自然界の真理を追究する哲学であるが、それを「研究する」意味など考えたこともなかったので少し感動した。
シクラメンの香りの全合成は、他の研究者によりすでに成功していた。しかし卒研ではスタート物質としてジケテンを用いた新たな合成ルートを研究し見つけるのがゴールだった。分子骨格のデザインを実現するために新たな合成ルートを見つけることは当時の有機合成化学のテーマの一つだった。また合成ルートをコンピューターで見つけるロジックも発表されたばかりの時代だった。
小竹先生のコラムを読むように言われた意味も当時の研究背景から理解できた。すなわちジケテンをテルペン類の前駆体に用いる基礎研究は前年の研究テーマとして完成していた。だから、それを用いてシクラメンの香りの合成ルートを研究する意味は、合成条件を探す作業だけになる。しかしそれだけの作業にも様々な新しい発見があった。それを学べ、というのが指導してくださった先生の意図であった。
当時官能基の変換を行う反応に関する科学情報はすでに豊富にあった。しかしそれらは理想的な分子構造あるいは反応条件におけるアイデアだった。新たな合成ルートの研究には、過去に検討されていない分子構造における反応条件の最適化が必要になった。その最適化の過程で過去に提案された反応機構の間違いなどが見つかることもあった。すなわち実践知の蓄積と形式知の完成の両者の知を追求する学問が有機合成化学だった。
科学という分野における化学は、科学成立以前から存在していた特異な学問である。ゆえに化学には技術を学べる科学的なテーマも存在する。しかしアカデミアでは、技術を教えていないもったいない現実がある。このあたりは別の機会に書くが、学生時代に化学と言う学問に技術の要素が含まれていたおかげで、模倣から創造を生み出す方法を学ぶことができた。
そもそも実践知の進歩では、模倣が重要な役割を担う。暗黙知も含めて完璧な模倣がまずできることが重要なので、昔は徒弟制度という仕組みが利用された。ただし完璧な模倣だけでは知の進歩は無い。機能を進歩させる何か新しい要素が加えられて初めて知が進歩し、そのとき創造がなされた、と人類は評価している。
模倣は創造のための一つのステップであり、決して軽蔑される行為ではない。軽蔑すべきは模倣を自分の独創と主張することだ(注)。模倣から創造された実体について独創が認められるためには、オリジナルとの相違点、とりわけ「新しさ」が重要になる。技術ではさらに「進歩性」が問われる。弊社では、模倣から創造を行う方法について一部を発明として特許にまとめた。そして著作権が問われないオリジナルデザインを可能とする特許を現在審査請求の準備中である。もし斬新なデザインをご希望の方は弊社へお問い合わせください。
(注)研究であれば、他人の研究を自分の研究の如く発表したり、独創の研究を行った人間との立場や地位の違いを利用して自分の研究にしたりすることも軽蔑すべき行為である。研究についてこのような行為を行う破廉恥な人を身近に見てきたが、そのような破廉恥な人を信じる社会的損失の大きさも問題である。真のクリエーターを育てるためにはオリジナルを尊重する風土が重要となるが、日本はまだこの点において後進国のような気がしている。
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40年前の基礎研究所ブームの時代に比較すると研究開発の方法は大きく変わってきた。故ドラッカーが提案していたオープンイノベーションもブームのようである。今更ステージゲート法を導入しようとしている企業もあるが、効率的な研究開発方法を追究する努力はいつの時代でも求められており、研究だから失敗しても良い、という経営者は、さすがにもう少なくなった。
高純度SiCの事業化で苦しんでいた時に、研究所のテーマだからやめる決断も重要だ、とテーマ中止を勧誘してきた管理職がいた。その管理職は、日本化学会賞を受賞するや否や電池事業をやめてしまった。鮮やかだ、という人もいたが、当方はその「撤退」に賛成できなかった。経営者や他の担当者を欺くような撤退だった。
当方の経験談になるが、ポリウレタンの難燃化テーマで新入社員の始末書問題になったホスファゼン技術は、技術シーズとして大切に継続検討し、電気粘性流体のオイルや電解質の難燃剤として展開された。この経験から細々とでも継続する工夫は、やめる決断よりも難しいが重要なことだと思っている。
研究開発で得られた形式知は、特許や論文などで表現され容易に伝承可能であるが、経験知や暗黙知は属人的あるいは属モノ的になり、その伝承に工夫が必要となる。研究開発をやめたあとに何を残し大切に伝承してゆくのかと言う議論は、このためさらに重要だと思う。事業はやめてしまっても、研究開発で生まれた知はその企業の資産として大切に伝承しておくと、新たなテーマを扱う時に独自の技術展開や問題解決が容易になったりする。
例えば、科学的に解決できないと一度証明された電気粘性流体の増粘の問題も経験知のおかげで一週間でソリューションが見つかったが、この時には解決ができないと結論が出されたところで、当方をこの問題解決に推薦した管理職がおられた。この方は立派な方で研究所のメンバーひとりひとりのキャリアーをよく御存じだった。すなわち独自の経験知に関するデータベースを持っていたのである。
弊社では研究開発で生まれた知の扱いについても32年間のノウハウを整理しており、生み出された知の伝承による研究開発の効率向上について取り組んでいる。研究開発は予期せぬ要因で中断しなければならないことが起きるものである。研究開発の効率を上げる方法として、そこで生まれた知を整理し伝承する努力は研究開発の効率向上に寄与すると弊社では考えている。
故ドラッカーは予期せぬところで発展した技術を適用しイノベーションが起きたことに注目するように述べていたが、失敗したテーマの知が予期せぬ分野の技術ソリューションになることもある。自社で生まれた知が他社でイノベーションを起こす事例に感心していてもしょうがない。大切に伝承する努力をしよう。
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富士通の電子書籍サービス「BooksV」が2015年9月29日(火)で終了になる。今利用ユーザーへ丁寧な連絡が届けられているときだが、難しい問題が潜んでいる。リアル書店ならば店じまいだけで済むが、電子出版では、バーチャル空間の本をどのように処理するかが問題になる。店じまいとともに書店の本だけでなくユーザーの購入した本も無くなってしまう、あるいは読めなくなってしまうのである。
弊社も4年前電子出版事業を創業と同時に開始したが、売り上げの問題と事業に失敗し閉店したときのリスクを再検討し、結局ユーザーが少なかった、開店して1年半の時に店を閉じたいきさつがある。すなわち電子出版では、閉店するときにかなりのコストがかかるが、閉店の事例が無いので、それが見えないという問題がある。これは原子力発電と同じである。
原子力発電は、福島原発の例を見れば明らかなように、ひとたび事故にあい廃炉となると一国の一年間の予算が吹き飛ぶような費用がかかる。この点は電気会社から知らされていない。また費用の問題以外に放射性廃棄物の捨て場所すら未だに決まっていない状態である。
事業をやってみて賢くなった点は、事業は失敗したときの費用まで考えてスタートすべき、という当たり前のことが結構難しい問題である、ということだ。一番難しいのは失敗したときの事業の状態を見積もる点である。これを簡単にできる方法があればどなたか教えていただきたい。
弊社の事業の一つだった電子出版は、当時早めに閉店した方が費用がかからない、と判断し、苦渋の決断で中断した。借金は残ったが会社を継続しながら何とか返却できる規模である。今事業を再構築中で今年度中に定款を書き直すかどうか決断したいと考えている。
さて、富士通の始めた電子出版サービスだが、ユーザーに書籍のダウンロードを促しており、ダウンロードすればいつでも読める、と謳っている。この「いつでも」読める、と言う点をどう解釈するかである。
例えば万葉集であれば、千年以上前の書籍を今でも読むことが可能である(当方は眺めることしかできないが)。しかしデジタルデータの千年後はフォーマットも変わっているだろうし、そもそもデジタル端末の千年後など予想がつかないのでオブジェクトを見ることができなくなる、と言っても過言では無いだろう。
ユーザーの寿命は高々100年前後なので千年以上の心配はナンセンスかもしれないが、改めてリアルな「本」の偉大性に気づくことになった。
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常圧焼結よりもホットプレス焼結が容易な理由は、焼結反応時にかかっている圧力に違いがあり、ホットプレス焼結では、その圧力で異常粒成長が抑制されるため、と言われている。
高純度SiCの事業化で苦戦しているときに、切削工具の企画を立案せよと指示が出た。この時の企画は「まずモノを持って来い」企画である。SiCは鉄と反応するので切削工具は難しいと言われていた。しかし、そんなことは言っておれない。
一発勝負でSi-Ti-B-Al-C系の組成で切削チップを開発することにした。当時クラチメソッドという怪しい方法を開発していたのでその方法を用いた。この方法はタグチメソッドと似ており、ラテン方格を用いる。但し外側因子には相関係数を割り当てる。切削チップなので、硬度測定における荷重と特殊な圧痕サイズから求めた相関係数を用いた。
実験計画法と同様の方法で相関係数が最小になる、すなわち圧痕がつきにくい材料組成を求めたところ、複合組成にもかかわらずSiC並の硬度の組成を見いだすことができた。驚くべきことに硬度はSiC並だが、靱性は部分安定化ジルコニアに近かった。
この開発で驚いたもう一つあり、それはホットプレス焼結における挙動だ。収縮カーブのモニタリングデータから、この組成において液相ができる領域があり、それを活用すると低温度で焼結できることも発見した。
その他にも興味深い現象が観察されたが、まずモノを作る必要から、最良組成の試料で、実際に切削チップを作って鋳鉄を削ってみた。切削チップは和井田製作所のご協力を得て製造し、鋳鉄の研削は赤羽の工業試験所で指導してもらい実験を行った。
結果は大成功でSiCで鋳鉄の切削ができ、工業試験所の先生もびっくりされていた。早速企画にまとめ研究テーマとして半年遂行したが、マーケッターの報告から、今回得られた組成を中心とした事業ではマーケット規模が小さいことがわかり開発中断を申し出た。
住友金属工業と半導体治工具のJVを立ち上げるまで、このような事業企画は数多く検討されたが、技術的な理由ではなく、マーケット規模ですべてアウトになっていた。半導体治工具の事業も一度つぶれた企画である。しかし、住友金属工業が当時としてはそれなりのマーケットを持っていたので、会社からJVの許可が下り20年以上経過した現在まで事業として続いている。
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なぜSiCの常圧焼結においてβSiC>αSiC>高純度SiCの順にホウ素の添加量を少なくできるのか。理由は簡単で、SiC粉体の一個の粒子内部に含まれる不純物酸素の量がこの順に少なくなっているからだ。例えばβSiCでは0.7%以上の内部酸素が不純物として含まれているが、αSiCは0.5%前後であり、高純度SiCでは実験誤差程度である。
この粒子内部に含まれる不純物酸素の量に違いが生じるのは、粉体の製造プロセスが異なるためである。すなわち高純度SiCでは、理論上不純物の内部酸素は含まれない。αSiCもSiCインゴットを粉砕して製造するので、理論上含まれないはずであるが、インゴットの内部に不純物として含まれてくるとこれをそのまま引き継ぐことになる。
βSiC粉体だけ多量に内部不純物を抱き込むことになる。昔市販のβSiCの内部酸素を計測したところ、最大で1.5%も不純物酸素を含んでいる粉体が存在した。
SiC内部に不純物酸素が含まれると、1500℃以上でその酸素が助剤のホウ素と反応し、ホウ酸ガスとして系外に排出されてしまう。ゆえにホウ素をプロチャスカは多めに入れる必要があったが、高純度SiCでは0.1%以下でも焼結できた。
常圧焼結では微量でもホウ素を添加する必要があったが、ホットプレスではカーボンだけでも良かった。面白いことにカーボンだけを助剤にして用いたときの成形体の密度はβSiC<αSiC<高純度SiCとなった。高純度SiCでは、3以上の密度が安定して得られた。
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お茶わんなどの材料をセラミックスといい、セラミックスで成形体を製造するためにはセラミックス粉体を焼き固める必要がある。粉体をあらかじめ成形し、それを常圧で焼き固めるプロセスを常圧焼結法と呼ぶ。筒の中に粉を詰めて上下から圧力をかけながら焼き固める方法をホットプレス焼結法と呼ぶ。SiCでは、カーボン製の筒とカーボン製のシリンダーを用いる。
かつてSiCの常圧焼結は難しい、と言われ、様々な焼結助剤の探索が行われた。1970年代にプロチャスカにより発見された、ホウ素とカーボンの組み合わせによる常圧焼結技術は画期的な発明だった。
ところが、彼の特許クレームでは、ホウ素の添加量とカーボンの添加量がクレームとされ、その後この特許を見て同じ組成で添加量を変えた他の人によるαSiCの常圧焼結技術の特許も成立している。恥ずかしながら当方の開発した高純度SiCでもホウ素とカーボンを究極まで少なくした技術として特許が成立した。
プロチャスカが特許クレームに添加量まで入れなければいけなかったのは、周期律表の主立った元素についてホットプレス焼結を用いてSiCの焼結挙動が調べられていたからだ。すなわち、ホウ素だけ、あるいはカーボンだけを用いて常圧焼結は難しかったが、ホットプレス成形では、100%の緻密化は難しくとも90%以上の緻密化を実現した論文が存在した。
特許では新規性と進歩性が求められるので、ホウ素とカーボンを組み合わせた技術では特許化が難しいと判断したのかもしれない。しかし、常圧焼結技術は誰も成功していなかったので、本来は添加量など関係なく、元素の組み合わせだけでも特許として成立したはずである。
おそらくプロチャスカの勘違いあるいはまじめさが他者の特許成立を許したのかもしれない。当時面白いと感じたのは、αSiCに限定した特許を出願しようとした発想である。技術者として駆け出しだったので、この根性は勉強になった。勉強になったので、ちゃっかりと高純度SiCをクレームとしてホウ素とカーボンの組み合わせで添加量が最小の領域をクレームとして特許出願をさせていただいた。
この特許出願の裏話をすると、実は高純度SiCとカーボンだけでも常圧焼結に成功していた。しかし、緻密化に再現性が無く、やはりカーボンだけでは無理だろうと言うことになって、少量のホウ素を添加した領域で実験をすすめ、4回に3回程度成功することができた。
STAP細胞は一度も成功しなかったが、無機材質研究所では一度の成功でも謙虚に繰り返し再現性を評価して、一度しかできなかった条件をあきらめたのだ。ホットプレス焼結ではカーボンだけでも再現性よく緻密化していたので、特許のクレームにカーボンだけでも常圧焼結可能と、当方は記載したかった。
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この10年ワークライフバランスが流行し、多くの企業が取り組んでいる。故ドラッカーは早くからこの点に着目し、「現代の経営」の中で大企業の抱える問題の解決策として、「組織の中の人たちの生き方を変えさせることである」と述べている。イノベーションで書いたゴム会社におけるCI導入における論文募集はその一手段であったが、当時と異なり現代は、個人の人生に対する姿勢に重点が置かれている。
彼は「大企業や巨大企業は経営管理者に対し、会社を生活の中心に据えることを期待しすぎている。」と指摘し、それが結果として、「組織だけが人生であるために組織にしがみつく」状態を作り出している、と述べている。
企業活動において新陳代謝は重要で、社員に会社へしがみつかれたのでは、大企業は経営そのものが危うくなるので従業員のワークライフバランスが重要になってくる。一方従業員にとって会社は60歳まで、と考えなければいけない時代において、政府から70歳まで企業が雇用する云々という話がでてきて、このワークライフバランスの本来の意味が従業員に分かりにくくなっている。
当方は「第二の人生」という考え方が嫌いである。すなわち会社勤務を第一の人生ととらえる考え方は、人生に会社生活の比重を重く置いて考えているようなものだ。そもそも人生には、仕事と生活(衣食住)以外に家族や地域社会、自分そのもの価値(自己開発)、余暇など様々な事象が存在する。この事象をうまくバランスさせてその人の独自の「人生」が生み出される。第一も第二も無い。
生活の糧を考えると会社にしがみつくのが最も安直であり、政府がいうように企業に対して70歳まで雇用する義務を課するのは必要かもしれない。しかし、それでは社会の発展が期待できないのである。働くことの基本は「貢献」であり、社会に有用な人材が、60歳以降大企業に安く雇用されるよりも、中小企業で高給で優遇され、それに見合うアウトプットを社会に出していったほうが良い。
そのためには、会社員として40年弱過ごしているときに5年程度は遊ぶつもりで思い切ったイノベーションを企画し実行すると勉強になる。人生のバランスを考え自由にそのバランスを設計できるためには、生活の糧を自由に選択できる自分を40年弱の間に創り上げなくてはいけない。すなわちワークライフバランスを考えるときに企業が従業員にサポートしなければいけないのは、弊社のような仕事のやり方のソフトウェアーを提供するコンサルタントをうまく活用することである。
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今回二つの台風の影響による水害は、50年来とのことと報道されていたが、40年前の1974年に起きた台風16号による多摩川氾濫を忘れていないか。当方はまだ上京前の学生時代だったが、その後この水害を扱った「岸辺のアルバム」が中日新聞に掲載されていたので記憶していた。
さらに、この新聞小説が映画化されたときには当時の災害の実写フィルムが使用され、多摩川沿いに立っていた家が流されてゆくシーンが映し出された。記憶が正しければこの家は、木造の2x4住宅で耐震の高い造りだった。
今回の災害では、水害でびくともしなかったヘーベルハウスがネットで話題になっている。これは茨城県常総市鬼怒川の氾濫で多くの木造住宅が水流で破壊され流されてゆくのに白い建物が踏ん張っている様子が全国に放映されたからである。
ご近所で某社製鉄骨住宅の建設が行われていたので、その現場をのぞいてみると頑丈な構造体を見ることができた。へーベルハウスに限らずこのような鉄骨とそれを支える頑丈な基礎で建てられた構造体の家では、木造住宅のように基礎から離れて流されることはないのだろう。ただ1974年当時は、基礎から離れて流されても筺体が壊れなかったことから2x4住宅の堅牢なつくりが話題になっていた。
何か災害があると住宅を始めとした生活のインフラの脆弱性あるいは逆にその堅牢性が話題になる。かつてゴム会社のパネル水槽は、市場占有率が低かったが1983年の日本海中部地震でその頑丈さが話題になり、一気に市場占有率を伸ばした。
この時は、この業界で後発のゴム会社が最新の耐震設計で商品を出していたことと市場占有率が低く震度のひどかった地域に販売されていなかったことが寄与した。商品の中にはその品質を一生に一度遭遇するかどうかわからない事象で保証しなければならない項目がある。このような項目の品質設計はメーカーの技術力だけでなく品質に対する哲学の影響を受けると思われる。
例えばゴム会社では、新製品開発において必ず商品化前に実車テストが繰り返し行われるが、新入社員時代はそこまでやるのか、とあきれたぐらいである。しかし、長年自動車を運転してきて当時見学したテスト風景に今では納得している。
科学的品質管理と言われるが、科学という哲学の視点だけで満足してはいけない領域があることを銘記すべきである。ちなみにこのゴム会社では30年以上前から免除振装置を販売しており、今でも最初に設置された装置を抜き取り点検で定期的に取り外し調査している。新事業としてスタートする時に開発されたシミュレーターで、科学的には100年以上の耐久性のあることが確認されているが、予測と実際の結果との比較を行っている。
防災に対しては科学的に得られた結果から100%安全と、油断してはいけない。原発は科学的に安全な究極の発電システムといわれたが福島のような状況になっている。
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